月を憂う銀龍   作:Marian

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鬼と龍

 

 (ここは、どこ?)

 

 目を開けても光が入ってこない。きっと暗闇の中にいるんだろう。

 手足に意識を向けてみるが、何か鎖のようなもので縛られていて、動かそうとするたびに鎖の音がジャラジャラと暗い空間に響き渡る。

 

 (どうして私、こんなところに?)

 

 誰かに助けて貰おうと思い、大声を上げてみるが、叫びは闇の中へと吸い込まれるだけであった。

 

 私は必死に頭をこらして、なぜここにいるのかを記憶を頼りに思い出そうとする。

 

 

 

 

 

 あ、そっか。私、封印されちゃったのか。

 

 

 

 

 

 あの時、母と桜龍を殺されたことに対する憎悪は計り知れないもので、それに反応して龍気が身体に溢れ出し、目に映る全てのものを破壊したくなる衝動に駆られた。

 

 けれど、それでも月夜見のことはしっかりと認識していた。

 

 私に強くなるきっかけを教えてくれた人。

 芯があって何事にも屈しない心を持つ人。

 いつも陽気で、清々しい笑顔を見せてくれる人。

 

 

 

 

 

 だから、壊したくなった。

 突然、誰かを失う喪失感を。この煮え滾る憎悪を。

 私の心を、月夜見に知って欲しかった……。

 

 けれど、やはり届かなかった。あの、月夜見の隣に佇む少女によって……。

 きっとあの人が、永琳という人なんだろう。私のどんな攻撃すらも防がれてしまった。

 

 

 

 あはは、どうしてなのかな。母も妹も失い、唯一の友であった月夜見も裏切った。こんな私が生きていて何になる。いっそ、殺してくれればよかった。

 こんな誰もいない真っ暗な空間で一生を過ごすなんて、私には……耐えられないよ。

 

 でも、これはきっと私への罰……。

 何も守れなかった、無力な私への……。

 

 * * *

 

 あれからどれほどの時間が経ったのだろうか。一日くらいしか経っていない気もするし、一年ぐらいの気もする。もしかしたら、もっと途方もない時が過ぎているのかもしれない。

 けれど、どっちにしろ私にできることは何もないんだから、もうどうでもいいや。

 

 そう思って、私は再び深い眠りにつこうとしたのだが、何やら上の方から声が響いてくる。

 

 「いーや! あたしはここに眠っていると思うね。鬼の勘ってやつさ」

 

 「あのなぁ萃香。こんなとこに埋まってるわけないじゃないか。酔っ払い過ぎて頭もおかしくなっちまったのかい?」

 

 「この下に凄い"密"を感じるんだ。きっと極上の酒が眠っているに違いない。さあ、勇儀はそっちの方から掘り始めてくれ」

 

 「はあ、なんで私がこんなこと……」

 

 ガリガリ

 

 「勇儀のせいで、今日やる宴会の酒が尽きちまったからさ」

 

 ガリガリ

 

 「いや、私より萃香の方が明らかに多く飲んでたじゃないか」

 

 ガリガリ

 

 「あたしは飲んでいい酒だと思ったんだ。勇儀が飲んでなきゃ、飲まなかったさ」

 

 ガリガリ

 

 「確かに先に飲んだの私だけど……ん?」

 

 ゴツッ

 

 「どうしたのさ、勇儀」

 

 「いや、なんか固いものに当たってさ」

 

 「なにっ! あたしにも見せろっ!」

 

 「うーん……、(ツノ)……だな」

 

 「あぁ、角……だな。まさか鬼でも埋まってるのか?」

 

 「と、とにかく掘り出してみよう。萃香、手伝ってくれ」

 

 頭上からガリガリと削られる音がする。

 うるさいなあ、もう少し静かにしてよ。私は今から眠ろうと思ってたのに……。

 

 まあでも、偶にはこういうのもいいか。

 私は、耳に響くガリガリ音と共に意識を落としていった。

 

 * * *

 

 ガヤガヤとした音が、遠くの方から聞こえて来る。まるで宴会でもしているかのようだ。無音の空間に慣れ過ぎたせいで、小さな音にも敏感になってしまう。

 私はゆっくりと瞼を開く。暗闇では自分が目を開いているのかすら分からなかったが、どうやらここには光があるようだ。

 目線の先には知らない天井があった。天井には四角い木枠の中に弱い照明が吊り下がっている。目を横に向けると光に当てられ、黄みを帯びた障子が見える。身体からは暖かい感触が伝わってくる。

 どうやら私は、布団に寝かされているようだ。

 

 でも、本当にここはどこなんだろう。さっきまで暗闇の中にいたはずなのに、いきなりこんな場所に移動しているなんて……。

 

 「あれは……鬼じゃないね」

 

 「あぁ。けど、旧都で角を持つ妖怪なんて鬼しかいないはずなんだけどなぁ」

 

 「でもあいつの角はなんか丸まってたし、そもそも鬼に翼なんて生えてないじゃないか」

 

 そう不思議に思っていると、部屋の襖の向こうからこちらに向かってくる足音と、二人の会話が襖の向こう側から聞こえてきた。

 

 あれ、なんか身体に力が入らないな。封印されてた影響かな。起き上がろうと思ったのに、これじゃあできないよ。

 

 そんなことを考えてるうちに襖の扉は開かれた。

 

 一人は背の高い女性で、真っ赤な角がおでこから一本生えている。角の中央には髪の毛と同じ金色をした星マークが付いている。

 もう一人は背の小さい少女だった。木の幹を連想させる二本の長い角が頭に生えていて、片手に瓢箪を抱えている。

 

 どうして二人とも手首に鎖を巻き付けてるの? もしかして、この人達も封印されていたのかな。

 ふふ、だったら仲間だね。

 

 二人は私のそばにやってきて、よっこらせと言いながら畳に腰を下ろした。

 

 「おや、アンタ目が覚めたのかい」

 

 「お仲間さんですね……ふふ」

 

 「……はぁ?」

 

 「いえ、なんでもないです。ここがどこか聞いてもいいですか?」

 

 封印されてからずっと暗闇の中にいたから、今私がどこにいるのかすら分からなかった。あの山の中なのか、それとももっと遠くの場所なのか。

 

 「ここは勇儀の家さ。今日は宴会でね、宴会をするときはここに決まっているんだ。なんせ旧都で二番目に大きな屋敷だからね。ぷはぁ……」

 

 「勇儀? 旧都?」

 

 「あぁ、まだ自己紹介をしてなかったね。私が勇儀。山の四天王、怪力乱神の星熊勇儀とは私のことさ。ま、山っていっても今は山に居ないけどね。で、こっちの小さいのが伊吹萃香。私と同じく四天王の一人さ」

 

 萃香と呼ばれた少女は瓢箪の中にあるものを飲みながら、私の顔をじっと見つめ。何やらニヤリと笑みを浮かべた。

 

 「それで、お前の名前は?」

 

 「銀子です」

 

 いつまでも寝ていては失礼だと思い、身体を起こそうとするのだが、やはり力が入らない。というか今気づいたのだけど、私の服が着物になっている。一体なぜ……。

 私が身体を起こそうとしていることに気付いた勇儀が、私の身体を支えて引き起こしてくれた。

 意外と優しんですね、勇儀さん。

 

 「銀子、アンタの角はなんか丸まってるけど、どうしてなんだい? それに頬に鱗みたいな模様もあるし」

 

 私は勇儀にそう言われて、頭に意識を向けた。そういえば、前より頭が重くなっている気がする。頬に何かあると言われたけど、特に覚えはないし……うーん。

 私の様子を見た勇儀が、どこからともなく手鏡を取り出して私に差し出してくれた。

 

 「ほらよ」

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 貰った手鏡を片手に持って、自分の顔を見る。封印される前は、ほんの小さな角であったのに、今は母と同じような渦巻型の立派な二本の角が生え揃っていた。それに、頬には銀色の鱗を模した刺青のようなものがある。

 

 な、なんだろうこれ。こんなの今までなかったはずなのに……。

 

 自分の姿の変化に戸惑うが、鏡に映る自分の額を見た瞬間、それら全てが吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 「な、ない……! ないっ!」

 

 あ、ありえない。私は額を両手で懸命に(まさぐ)るが、そこには龍の象徴とも言える額石がなくなっていた。

 これがなきゃ、龍として名乗れないよ! どうしよう……。

 

 「お、おい。どうしたんだよ」

 

 「……ん? 銀子、その左腕に付けてるのは何なのさ」

 

 左腕? あぁ……。

 

 「これ。月夜見さんに貰ったんですよ……」

 

 私の腕には腕時計があった。龍から人の姿に変化した時、前足が細くなったせいで緩くなってしまったから母に調整してもらって左腕に付けたんだった。

 桜龍にも同じものをせがまれて、オロオロとしている母の様子が面白くて笑ってしまったのが、懐かしい。

 他にも、この腕時計には目覚まし機能も付いていて、試し半分で朝早くにセットしたら、翌日に私は桜龍に叩き起こされてしまった。どうやらアラームの止め方が分からず、犯人である私は寝続けていたため、ずっと一人で煩く鳴り響くアラーム音を聞き続ける羽目になっていたそうだ。

 

 当然、その日は一言も口を聞いてもらえなかった。

 

 

 

 

 

 ほんと、懐かしい。

 

 「うぐっ、ぐすっ……お゛うりぃぃ……」

 

 気付けば、私の瞳からは涙が溢れていた。もう二度と戻ってこない光景を思い出して、二人の前であるにも関わらず、私は啜り泣いてしまった。

 

 「うぅ、ごめんなさい……」

 

 「はぁ……、いきなり叫び出したかと思ったら、今度は泣きっ面かい。地底にいる連中でも、ここまで感情豊かなのはアンタくらいだよ。なぁ、萃香」

 

 「あぁ? あたしは美味い酒が飲めればなんでもいいよ」

 

 私は勇儀に背中をさすられたまま、溢れる感情を抑えながらひっそりと泣き続けた。

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