月を憂う銀龍   作:Marian

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大宴会

 

 「よっしゃあ! 飲め飲めぇ!」

 

 『うおおおおおおおおお!』

 

 萃香の叫びと同時に、宴会場内から歓声が湧き上がる。席の至る所で鬼達が飯を平らげ、酒を呑み交わしていて、ちょっとした小競り合いすら起こっている。

 

 (ど、どうしてこうなったんですか……)

 

 私は勇儀の胸元でシクシクと泣いていたのだが、それを見かねた萃香が私を宴会場へと引き摺り込んでしまったのだ。そして私を連れ出した張本人である彼女は見ての通り、鬼の仲間達とお酒を飲むことに夢中になってしまい、私のことなど忘れてしまっている。

 鬼達の宴の勢いに圧倒され、私はどうしていいか分からず、その場におろおろと立ち尽くしてしまった。

 そんな時、綺麗な金髪をショートボブにした女性が隣で何かをボソボソと呟いているのが聞こえてきた。

 

 「妬ましい。あんなに騒いで……妬ましい」

 

 どうやら、何か悩みがあるようだ。私のこの状況を解決してくれる糸口になるかもしれない。どれどれ、私がお悩みを聞いてあげようじゃないか。えぇと、人に話しかける時は……。

 

 「あのぉ〜?」

 

 「妬ましいっ!」

 

 「ひっ!」

 

 な、なんだ急に……びっくりさせないでほしい。こっちはただでさえ寝起きだっていうのに……。

 

 しかし、その女性は私の顔をじろじろと見つめた後、驚愕の表情をして私に話しかけてきた。

 

 「あ、あなた……! 妬ましいわっ!」

 

 「……えっ?」

 

 「地底にはあなたみたいな不運な人もいるのね! ああ……でも、あなたのその絶望的なまでの不幸さにも嫉妬してしまうわ!」

 

 ……なかなか難儀な性格をしている妖怪のようだ。他人の幸福さに嫉妬するだけではなく、自分より不幸な者にすら嫉妬してしまうなんて……。

 しかし、酷い言われようである。いや、確かに私は不運の連続ばかりだったけど、そこまで言わなくてもいいじゃない。

 

 「私は水橋パルスィ。地上と地底の境界渡りを守護する橋姫よ。あなたの名前を聞かせてもらえる?」

 

 「銀子です」

 

 「そう、銀子ね。久しぶりにあなたのような不幸で妬ましい人に会ったわ。聞きたいことがあったらなんでも聞いて頂戴ね」

 

 この人はもしかしたら女神様なのかもしれない。天はまだ私のことを見捨ててはいなかったんだね。

 でも質問といってもなぁ、聞きたいことなんて山ほどあるし……。宴のことでも聞いてみようかな。

 

 「あの、今日は何か特別な日なんですか? こんな大規模な宴会をするなんて……」

 

 「いえ、別にそういうことではないわ。鬼は毎晩のように宴をするから。……まったく、妬ましいわ。あ、でも今日は地霊殿の主様からお酒を貰ったとかなんとかって……。ほら、見て」

 

 パルスィは宴の中央で酔っ払ってふらふらとしている萃香を指差した。

 彼女の手には未開封と思われる酒瓶が握られていて、何を思ったのか急にそれを手に掲げ、叫び始めた。

 

 「お前らぁ! これがなんだか分かるかぁぁ!?」

 

 鬼の一同は静まり返り、彼女が掲げているお酒を凝視する。そして、何かに気付いたようにその中の鬼の一人がポツリと呟いた。

 

 『朧月(おぼろづき)

 

 その言葉が徐々に鬼から鬼へと伝わっていき、場内はどよめき始めた。

 

 「ばっ、ばかな! あの千年以上前に消えた幻の……」

 

 「あ、ありえない……。いくら萃香様とはいえ……」

 

 ふむふむ、どうやら珍しいという言葉では済まされないほどのレアなお酒みたいね。お酒というものは飲んだことはないけど、少し興味が湧いてきた。

 鬼達は期待の目と疑心の目を半々にしながら、彼女の次の言葉を待った。

 萃香は不敵な笑みを浮かべ、鬼達にこう告げた。

 

 「これはぁ! あの地霊殿の主から貰った伝説の酒『朧月』だぁ! これを呑みたい奴はあたしを倒してみるんだな!」

 

 鬼達の間にさっきとは比べ物にならない程のザワザワとしたどよめきが広がる。しかし、誰も動こうとはしなかった。

 確か、萃香は確か四天王の一人とか言ってたような気がする。

 まあ、それじゃあ誰も挑みたくなんてないよね。

 

 萃香はそんな鬼達の臆した様子を見て、舌打ちをした。

 

 「チッ。どいつもこいつも腰抜けばっかりだなぁ。鬼としてこっちが恥ずかしくなってくるよ」

 

 そんな鬼のプライドを煽るような言動をする萃香に対して、鬼達も黙ってはいられないようで、徐々に宴会場内の空気が熱気を帯びてくる。

 

 「……俺は、やるぞ」「俺も……」「ふざけやがって……」「ぶっ殺してやる……!」

 

 小さな反発だったものが、あれよあれよという間に怒号へと変わっていく。場内はもう、さっきのような和んだ雰囲気はなく、殺気で溢れていた。

 萃香はその様子を見て、大きな笑い声を上げ始める。

 

 「あはははは! かかってこい腰抜けどもっ! 全員まとめて叩き潰してやるよっ!」

 

 『うおおおおおおおお!』

 

 萃香の高らかな挑発を合図にして、いっせいに大勢の鬼たちが雄叫びを上げて襲いかかる。

 

 なんだか大変なことになってるけど……大丈夫かな。でも、戦いを見るのって意外とワクワクする……。

 

 「パルスィさん。この勝負、一体どっちが勝つと思いますか?」

 

 「まあ、勝つのは萃香でしょうね」

 

 パルスィはさも当たり前のように言ってみせた。その顔からは妬みなどの感情は一切なく、ただ純粋に萃香が勝つという事実を述べているだけのようであった。

 

 「そうは言っても相手は百を超える鬼達ですよ? そう簡単には倒せないんじゃないんですか?」

 

 「いいえ。萃香はね、この地底では勇儀と並んで最強の鬼なの。例えどんな奴でも蹴散らしてしまうわ……」

 

 「そ、そうなんですか……」

 

 半信半疑になりながらも、冷静になって観戦してみるとパルスィの言葉通りになっていることがすぐに分かった。

 鬼達は長机に並べられた料理を蹴散らしながら、萃香さんに向かって一直線に進んでいる。対する萃香はが鬼を一人、また一人と投げ飛ばしていて、その度に宴会場の壁がぶち壊されていく。

 というか、本当に大丈夫なのかな。……ここって確か勇儀さんの家って言ってたよね。

 

 「なんかもう、宴会どころじゃないですね」

 

 「あぁ、萃香にはあとできっちりお仕置きをしてやろう」

 

 いつの間にか、勇儀がこめかみに怒りマークを浮かべながら、私の隣に立っていた。

 

 「勇儀さん、来てたんですか……」

 

 「アンタ、もう歩けるのかい」

 

 「はい、おかげさまで助かりました」

 

 「そいつはよかった。私らも結構心配したんだよ」

 

 なかなか目を覚さず、二人は鬼としては珍しく慌てていたそうだ。しまいには、萃香が殴れば起きるかもしれないと言い出したらしいが、流石に勇儀が止めてくれたらしい。

 あの強烈なパンチを眠っている間にもらっていたかもと考えるだけで胃が痛くなる。勇儀には感謝してもしきれない。

 

 「そういえば、朧月……でしたっけ? そんなに珍しいお酒なのに、どうして萃香さんは他の鬼さん達に見せたのでしょうか。一人で隠れてこっそり飲めば誰にもバレずに済んだのに……」

 

 「萃香はな、見ての通りの戦闘狂なんだ。はぁ……地霊殿に行って酒を奪ってきたって話を聞いた時から、何となくこうなる気がしてたんだ。私の屋敷を無茶苦茶にしやがって……」

 

 そう言って、次々と鬼の意識を刈り取っていく萃香のことを見つめた。

 

 「あーなった萃香はもう止められないよ。この旧都で萃香に勝てる奴なんざいないからね。……ほら、もう終わった」

 

 そこには百以上はいたはずの鬼達が、為す術もなく地に伏していた。一方で、大勢を相手にしてきたはずの萃香は汗一つ垂らすことなく、優雅に朧月を独り占めしていた。

 

 「ぷはぁっ! うめぇ!」

 

 しかし、伝説のお酒を飲んでもまだ満足していないようで、今度は私達のいる方へと視線を送ってきた。

 

 「おい銀子ぉ! 勝負だあ!」

 

 「えええぇぇ!?」

 

 いきなり指名されて、思わず驚愕の声をあげる。

 あ、あれと戦うなんて……む……むりっ!

 

 「勇儀さんっ、助けてください!」

 

 「はぁ……残念だけど諦めな。萃香はあぁ言ったらもう止まらないよ。大丈夫、死にはしないさ」

 

 あいつは戦闘狂だけど流石に殺されることはないさ……と、勇儀はサムズアップと共に私を送り出した。

 

 「ひえぇっ……」

 

 「おいっ! さっしゃと構えろ!」

 

 伝説の朧月はお酒の度数も高いようで、酒豪である萃香でさえも、少しばかり意識が朦朧としているようだった。

 しかし、戦いの熱意だけはひたすらに燃え上がっているらしく、一瞬たりとも私の目を逸らすことさえしない

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 互いに無言の時間が続き、心なしか宴会場の雰囲気も僅かな緊張感を帯びてきた。

 萃香になぎ倒されていた鬼達もいつの間にか気を取り戻していたらしく、なぜか観戦ムードになっている。

 

 「っ…………」

 

 その雰囲気に呑まれてしまったのか、どうしてだか私の心の内側からも戦意が膨れ上がってきた。

 あぁ、この感じ……懐かしいな。

 

 「負けても恨まないでくださいね。本気で行きますから」

 

 「元よりそのつもりさ」

 

 酔っ払い相手に本気を出すのもどうかと思ったが、さっきの萃香の戦いぶりを見るに、力を温存して勝てるような相手ではなさそうだ。

 私は静かに呼吸を整え、細く息を吐き出す。心が胸が、燃え上がっていくのを感じる。

 あぁ、この感覚いつぶりだろう。あの永琳と戦った時以来だ……身体から龍気がこんなにも溢れ出るのは。

 

 長い年月によって溜め込まれた龍気が一気に放出されていく。

 

 それは私が封印されて、千年とか一万年とかそういうレベルじゃないほどの途方の年月が過ぎていることを示していた。

 

 まぁ、今はそんなことどうでもいい。

 目の前の相手に集中しよう。さあ、闘志を燃やせ。龍気を爆発させろ。

 

 * * *

 

 空気が変わった。はっきりとそう分かる。さっきまでのオドオドとしていた銀子とはまるで別人だ。口を三日月のように吊り上げ、頬の鱗の模様は銀に輝いている。

 

 (やっぱり、あたしの目に狂いはなかったよ……銀子)

 

 初めて会った時から、銀子の持つ強大な力についてはなんとなく分かっていた。私の『密と疎を操る程度の能力』で銀子には妖力とは異る、全くもって異次元の『気』のようなものが密集していたのが感じ取れた。

 しかしその本人である銀子は、そんな力を感じさせないほどの臆病で泣き虫な様子を私達に見せていた。

 だから、無理矢理に宴会場へと連れ込んだ。こいつの本当の姿は、あんな弱虫の姿なんかじゃない。きっと心の奥底に何かヤバいものを眠らせている、そう感じ取った。

 朧月を独り占めするつもりなんて更々なかったが、銀子を戦いへと誘い出すにはちょうどいい材料だったから、雰囲気づくりとしてそれを餌に私の配下の鬼達をボコした。

 こうして銀子がやる気になってくれたのだから、作戦は大成功と言えるだろう。

 

 (さあ見せてくれ、銀子。お前の実力を)

 

 私は目の前の強者を倒すこと、ただそれだけに意識を集中させる。しかし、私の考えとは裏腹に銀子は何やら不思議なポーズを取り始めた。手を胸の前に合わせ、ただただ目を瞑っている。

 

 一体何をするつもりなのか、そう考えるが銀子に動く様子はない。

 

 (ま、まさか見当違い? いや、そんなはずは……)

 

 そう、私が意識を逸らした瞬間だった。

 十五メートルは離れていたはずの銀子が一瞬で私の目の前に迫り、顔へと拳を放たれる。

 あまりのスピードに驚愕するが、これでも四天王の一人、妖怪の中でも最強であると自負している。とっさに両腕を顔の前で交差させ、銀子の攻撃を防いで……。

 

 

 

 「がはっ……!」

 

 銀子の狙いは頭ではなかった。

 ありえない速度で銀子の上体が下がり、拳の向きが変化して、無防備だった私の腹へと突き刺さった。

 強烈な痛みと共に、大量の血液を口から吐き出す。内臓が潰されて、思うように息ができない。瞬時に妖力で体内を治療して、二発三発と拳を放ってくる銀子から後ろに跳んで距離を取る。

 

 「ははっ……初めてだよ……こんな痛み」

 

 生まれてから一度たりとも、こんな奴に出会ったことはなかった。紫や勇儀とかの、そういう強さとは違った全く異様な存在だ。それに、さっき見たときとは比べ物にならないほどの気があいつの身体から溢れ出しているのが感じ取れる。

 だが、関係ない。強ければ強いほど……燃える。私の心が、身体が収まりきれないほどの熱さを伴う。

 なら試してみよう、この得体の知れない化け物に。私の"鬼"としての矜持を、力量を、こいつに叩き込んでやる。

 

 「ふはは……ははっ」

 

 あぁ、楽しい。ここで死んでもいい……死んでもいいから、殺したい。

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