月を憂う銀龍   作:Marian

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もう二度と負けたくない

 

 一撃で仕留めるつもりだった。

 

 龍気の活性化による瞬間移動に萃香が動揺すること。

 拳を顔に振りかぶればガードすること。

 その結果、中段の腹部がガラ空きになること。

 

 動く前から全て読めていた。

 しかし、驚くことに萃香は倒れなかった。私の龍気を解放した全力の一撃を見事に堪え切って見せた。

 

 まあいい、倒れはしなかったが内臓は破壊できたはずだ。

 そう思って、二発三発とさらに拳を打ち込むが、萃香は即座に後方へとジャンプして私から距離を取った。

 

 あぁ、なるほど……妖力……ね。

 

 彼女の身体からは有り余るほどの妖力が溢れ出ていた。きっとその豊富な妖力で体内の臓器を修復したのだろう。

  

 私が暮らしていた頃は、妖怪はそれほど強い生き物じゃなかったはずだ。母はもちろん、桜龍でさえも道端で出会う妖怪なんて取るにならない存在だった。

 私は龍気を満足に使えない、そんなヘンテコな奴だったからそういうことはできなかったけど……。

 だけど、今の私は無尽蔵に龍気を使える。いくら消費しようとも、尽きることがないように感じるほど……。

 

 しかし、それでも妖怪である萃香を倒し切れないのは、妖怪の力が強くなったからなのだろうか。龍がいなくなってから、もう一億年以上は経過しているはず……。なら、妖怪がこの世界で最も強い存在となっていても不思議じゃないか。

 

 「ははっ……随分と余裕そうだな」

 

 萃香が、私に殴られた部位である臍のあたりを抑えながら、そう呟く。

 

 「……………」

 

 余裕があるわけではない。……あれが私の全力。

 

 あの一撃で相手を倒せなかったのだから、もし倒そうとするなら、それはもう彼女の首から上を吹き飛ばすくらいの気概がなければならない。

 しかし、萃香は私を封印から解いてくれた命の恩人でもある。そんなことは、決してしたくはない。

 

 「なぁ、銀子……。お前なんか勘違いしてねぇか?」

 

 「……え?」

 

 「あたしを、あまり舐めるなよ……!」

 

 私の態度に憤りを感じたようで、萃香は猛スピードで私の元へと突っ込んできた。

 速いっ! 私の龍気速度ほどではないが、それでも目に捉えるのがやっとの速度だ。

 

 「はあっ!」

 

 萃香が私の顔を目掛けて拳を放つ。私もそれに合わせて、冷静に左手で上げ受けをして防ぐ。

 また一発、さらに一発と交互に放たれるが、それら全てを弾き返す。遂には頭へと回し蹴りをされるが、それも僅かに腰を落とすことで、空気を蹴らせる。

 

 あははっ、楽しいな。

 

 こんなにも心躍る戦いができるなんて、お母さんにも桜龍にも自慢できるよ。

 

 私……こんなに……強くなったんだよ。

 

 ねぇ。

 

 「よそ見してんじゃねぇ!」

 

 「ぐはっ……!」

 

 萃香さんのブローが私の脇腹部分に突き刺さる。

 

 痛いな。痛いよ……。

 あぁ、でも……本当に。

 

 萃香が私に攻撃を仕掛けるたびに、私の鼓動が速くなり、気分が高揚する。

 ずっと受けていたい、そう思えるほどに彼女の猛攻は止まらない。本当に素直な攻撃だ。溢れ出る殺意を抑えようともせずに、腕を、拳を、足を、腰を、頭を……身体の至る所を使って私を殺そうとしてきている。

 

 萃香の顔を見れば、彼女も笑っていた。この激しい攻防の中でも、互いに戦いを楽しむ余裕はあった。

 そして私の身体も、もう既にボロボロだった。いくら龍気で身体を守っているとはいえ、彼女の怪力は凄まじいもので、強靭であるはずの肉体が最も容易く傷ついていく。

 

 あぁ、死にそう。でも、もう……十分頑張ったよね。お母さんも、桜流も、月夜見さんもいないこんな世界で……私が生きる意味なんて……。

 

 「銀子ぉぉぉ! あたしを見ろっ!」

 

 「っ!?」

 

 萃香が拳を振りかぶる姿が、スローモーションで見える。当たれば、確実に……負ける。

 

 私が……負ける? 

 

 

 

 

 

 ……いやだ。

 

 

 

 

 

 嫌だっ! 

 

 もう誰にも負けたくないっ! 大切な人を今度は…っ…ちゃんとっ……!

 

 守りたいっ!

 

 「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 

 私は雄叫びを上げて、彼女が顔へと放ってきた右腕を、左腕でがっしりと掴み取り、勢いに合わせて私の方へと引き寄せる。

 そして、動揺した彼女の鳩尾へと強打を叩き込む。

 

 「うぐっ……!」

 

 まだだ、これだけでは彼女の意識は落ちない。吐き気を催すように前のめりになった、彼女の顎へと追撃をかけるように膝蹴りをする。

 

 「か…はっ……!」

 

 「これで……っ……終わりっ!」

 

 最後に衝撃のあまりに白目になってしまった彼女の頭を掴み、龍気でさらに強固となった私の頭突きを叩き込んだ。

 

 ドサッという音と共に、萃香さんが背中から仰向けになって倒れる。彼女の顔を見れば、目は完全にあらぬ方を向いていて、口からは泡を吹き出している。

 

 

 

 かっ……勝った? 

 

 

 

 私、勝て……た……の?

 

 

 

 そう思ってふと周りを見てみると、気付けば勇儀やパルスィ、観戦していた鬼達だけでなく、他の地底の妖怪たちも集まっていたらしい。

 私と萃香の勝負に魅入られていたようで、全員が目の前の光景を信じることができないかのように、口をポカンと開けていた。

 

 静かな空気が、その間を通り抜ける。

 

 そしてその沈黙の最中、鬼の一人がまた呟いた。

 

 「……か、勝った」

 

 その言葉が会場内に徐々に浸透していく。

 

 「……マジかよ」

 

 「嘘…だろ」 

 

 「…ありえない」

 

 「萃香が……負けた?」

 

 最後に放った勇儀の声をきっかけにして、次から次へと鬼の歓声が湧き出した。

 

 『うおおおおお! 勝ったぞおおぉぉ!』

 

 今日にして三度目の絶叫が叫び声が響き渡る。鬼達は私のそばへとぞろぞろと近づき、私を持ち上げるようにした。

 

 「えっ? えっ? な、なんですかっ!?」

 

 『わっしょいっ! わっしょい!』

 

 そんな掛け声と共に私は胴上げをされた。身体が上下にゆっさゆっさと揺れる。

 

 「い、痛いですっ! はっ、離してぇ!」

 

 萃香に殴られた痣に鬼達が触れるたびに、全身に痛みが広がる。

 そして、鬼一匹ですらあの怪力なのにそれが百以上も集まればそれはやはりとてつもないものであった。

 私の身体は屋敷の天井すらも突き抜け、空高くへと飛び上がる。

 

 「ぎにゃぁぁぁ! 下ろじでえ゛え゛え゛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 私の叫びは地底の空へと消えていき、再び急降下し始める。鬼達はコントロールも正確なようで、胴上げした位置と全く変わらない所へと落ち、永遠と胴上げを繰り返される。

 

 「いやあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!」

 

 『わっしょい! わっしょい!』

 

 私の悲鳴は鬼達には全く届かなかった。

 何度目か分からないほどの飛躍により、私の意識は徐々に薄れていった。

 

 「……あ、もう……ダメ…」

 

 今までで最も高い位置へと飛ばされ、私は情けない声と共に気絶してしまった。

 

 * * *

 

 「お、目が覚めたかい?」

 

 「ん〜? お母さん?」

 

 あぁ、馴染みのある声が聞こえる。お母さんのように暖かくて、逞しい声だ。その方へと顔を向け、ゆっくりと瞼を開く。

 

 「お母さん、私ね……」

 

 ん゛ん゛っ?

 

 赤い一本の角が私の視界に現れる。声の主は勇儀だった。

 はっ恥ずかしいっ! いくら雰囲気がお母さんに似ているからって、間違えるなんてことはないじゃないっ!

 

 私は顔から火が出る思いをして、咄嗟に勇儀から顔を逸らしてしまった。彼女は私のそんな様子を見て、顔を和ませたように呟いた。

 

 「私はアンタのお袋じゃないよ、まったく……。それにしても……まさか萃香に勝っちまうなんてな」

 

 そ、そうだっ! 萃香はどこだろう。勝負とはいえ、やりすぎたかもしれない……。

 

 「あの……萃香さんは、…大丈夫ですか?」

 

 「ん? 何言ってんだい、萃香ならアンタの横で眠ってるじゃないか」

 

 そう言われて、慌てたように布団を捲ると萃香が私のお腹に抱きつくようにして、スヤスヤ寝息を立てて眠っていた。さっきから胸の辺りがチクチクしていたのだが、どうやら萃香の角の先が当たっていたみたいだ。

 

 「むにゃむにゃ……もう……むりぃ」

 

 夢の中でも伝説のお酒を飲んでいるようだ。寝言を言いながら、笑顔で私の腰に巻き付いているのを見て、私も思わず笑みがこぼれる。

 良かった。心配はいらないみたい……。

 

 勇儀も萃香の様子を見て、表情を緩めるが、すぐに神妙な面持ちを私に向けて語りかけてきた。

 

 「萃香はさ、全力で戦える相手がいなかったんだ。生まれた時から強くて、戦かった奴はみんな萃香にボコされた。私も萃香と時々やったりするけど、本気を出したらどっちもただじゃ済まないからさ。そういう意味では、やっぱり全力なんて出せなかったんだよ」

 

 そう言って、勇儀は私に目を合わせた。

 とても綺麗な瞳だ。萃香のことをどれだけ大切に思っているか、その強い意思のようなものが伝わってくる。

 私が桜龍を思っている時のような、そんな表情かな。

 

 「だから、アンタには感謝してるんだ。私には到底できなかったことをアンタはしてくれた。全力で戦いたいっていう萃香の願いを、銀子……アンタは叶えてくれたんだ」

 

 勇儀は私の元でスヤスヤと眠る萃香さんの髪を優しく撫でながら、呟く。

 

 「ほら、見てみろよ萃香の顔。酒を飲む時でさえも、こんな表情は見たことないよ。きっとこいつもアンタと戦えたことに満足してるんだ」

 

 そう言って、勇儀は改めて私の方へと向き返った。

 

 「だから、私からお礼を言っておくよ、銀子。萃香と戦ってくれてありがとう」

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