「うえぇぇぇん! づくよみさぁぁぁん……ごべんなざぁぁい」
今日も萃香たちと共に宴会をしているのだが、どうやら私はお酒に弱かったらしい。
特に鬼が飲むお酒は純度が高く、そんなもの一度も口にしたことのなかった私は、あっという間に酔いが回ってしまったようだ。
「また泣き出しちまったよ……。本当に感情豊かだね、アンタは」
「なんか色々事情がありそうな子で大変ね」
勇儀の宴会場は昨晩の乱闘騒ぎにより壊滅的になってしまったので、急遽予定変更して地霊殿という屋敷で飲み交わしている。
地霊殿の主様から『もし屋敷を破壊したら、鬼共々地底から追い出します』という取り決めのもと、この宴会場を使わせてもらっている。
今日来ているのは私、勇儀、萃香の三人と行きががりに出会った土蜘蛛妖怪の黒谷ヤマメであった。
ヤマメは人に病気などを掛ける能力を持っているらしく、人間から嫌われてしまいこの地底へと封印されてしまったそうだ。
でも話してみると意外と気さくな人で、嫌われるとかそういうのとは無縁な人だと思った。多分、能力だけが一人歩きしてしまい皆から恐れられてしまったんじゃないかなと思う。
でも、クールなイメージを通してきた私が泣きながら萃香の髪に頭を突っ込んでる様子を見て、ヤマメは若干引いてしまっているみたいだ。
「……ぷはぁ! やっぱり地霊殿の酒は極上だねぇ!」
「うわぁぁぁぁん……どうしてぇぇぇ」
盃を片手にわんわんと泣き喚きながら、擦り付いてくる私を気にも留めず、萃香は豪快に酒を嗜んでいた。
「萃香……。この状況で何も動じずに酒を飲めるお前には感心するよ」
「鬼といい、この子といい……地底に集まる妖怪はやっぱり変人ばかりね」
「こいつはそういう奴なんだ。慣れるしかないさ。ただ……」
萃香は、優しく私の肩を掴んで引き離し、憐れむような目線で見下ろした。
「……銀子、いい加減にしないとあたしも怒るよ」
「うっ……。ごめんなさい……萃香さん」
あれから長い月日が経ったとはいえ、やはり私の心は未だに叫びたがっている。しかし、彼女たちには無関係の話であり、もうこれ以上迷惑はかけられない。
私の弱虫な精神は、なにも変わっていないんだ。
もう、私は誰とも関わらずに生きていく方がいいんじゃないかな……。
「あと、その"萃香さん"ってのもやめろ」
「え?」
てっきり愛想をつかれてしまったのかと思ったのだが、違ったようだ。
「あたしを倒した奴にそんな風に呼ばれたきゃないよ」
「私もそんな他人行儀な呼ばれ方はしたくないね」
萃香に続いて、勇儀までもがそう言ってくる。
ふと周りを見上げてみれば、呆れた顔をしつつも、誰一人として私を蔑む人はいなかった。
「あんたの事情は知らないけど……ここは旧地獄。嫌われ者が集う場所よ。遠慮なんてする必要ないわ」
……今まで、家族以外に対しては心のどこかで無意識のうちに、何か壁のようなものをおいて接してきた。
「じゃあ、その……なんて呼べば」
「萃香って呼び捨てで構わないよ」
だから、こういうことは慣れていない。
「す……す……」
言葉を発しようと思えば思うほどに、心臓の鼓動が早まってしまう。
あぁ、やっぱりダメだ。
距離が近づけば近づくほどに、別れは惜しくなる。どんなに親しくなっても、死んでしまえばそれで終わり。
あの瞬間だけは脳裏に焼き付いて離すことができない。また一人取り残されて孤独な人生を送ることになる。あの暗闇の中で、誰一人として私のことを見てくれない、話しかけてくれなかった。
もうあんな思いはしたくない…。心が、割れてしまう。
震える私の手に誰かがそっと暖かい手を重ねてくれた。
「銀子。あたしは何でお前が封印されてたのかとか、本当はどんな奴なのか、一体どんな辛い過去や後悔があったのか、そういうのをちゃんと知りたい。……だけどさ」
萃香さんは、ゆっくりと私の目を覗き込む。
あぁ、やだ。そんな目で…私を見ないで。
「結局は……心を開いてくれなきゃ分からないもんなんだよ」
髪がふわりと舞いあがり、私の胸に萃香が軽くのしかかった。
「え?」
私、抱きしめられた? どうして?
「あたしの名前、呼んでみてよ」
私の耳に甘い囁きが響き渡る。これは麻薬……私の心の扉を溶かすように、脳を蝕んでくる。けれど、抗えない。抵抗しようと思う気すらなくなってくる。彼女の能力だったりするのだろうか。
「す……す……いか」
「あぁ」
「すい…か」
「あぁ」
「萃香っ」
あぁ、踏み込まれてしまった。
私の壊れかけていた心に、一筋の光が差し込んでくる。
「萃香っ!」
私より小さな身体を抱き締めるたびに、存在感が膨れ上がっていく。萃香の後ろ髪を結う赤いリボンの香りに私の鼻腔がくすぐられる。
あぁ、良い匂い。
「なんか私たち空気になってない?」
「あぁ、私もなんかそんな気がしてきたよ」
大丈夫、勇儀の言葉もヤマメの言葉も、ちゃんと私の心に響いているよ。
私は幸せ者だったんだね。
桜龍……私、頑張るよ。
「そういえばさ」
私の身体をギュッと抱きしめたまま、萃香が呟いく。
「……はい、なんですか?」
今ならなんだってできる気がする。
萃香との戦いは、きっと私を成長させてくれた。
もっと強くなって、みんなを守れるようになりたい。
そう願う私の心とは裏腹に、萃香は声のトーンを一段下げて、私の耳元で囁いた。
「昨日の頭突き、痛かったよ」
「え?」
言葉の真意をくみとる前に、頭に破裂するかと思うほどの衝撃が伝わってきた。そして勢いあまって、背中から畳に倒れ込んでしまう。
かろうじて目にしたのは、こちらを見下ろした後にずかずかと外へ去っていく萃香の姿だった。
ははは、そりゃ……そう……か。
* * *
気づけば、また知らない場所にいた。
あのまま気絶してしまったのだろうか。
どうやら私は赤いベッドの上に寝かされていたらしい。とても豪華な部屋だ。カーテンも天井もシャンデリアもどれも高級品のように見える。
一体誰の部屋なのかな。
「お目覚め?」
紫色の髪にヘアバンドを付け、フリルのついた水色の服とピンクのスカートを着た半目の少女が椅子に座ってこちらを見つめていた。
あ、あの特徴的な浮いてる赤い目は……ええと、地霊殿の主の……あれ、名前は何だっけ。
「古明地さとり」
「うん?」
「名前、分からなかったんでしょう」
思っていたことをずばり言い当てられてしまった。凄い、なかなかの洞察力の持ち主らしい。流石地底のトップの方だ。
「違うわ。貴方の心の中を読んだのよ」
「心の……中?」
「私の第三の目は貴方の心象を映し出す。貴方の心には深い闇が漂っているのね」
「…………」
私の心が探られていく。揺さぶれるほどに、その感情は昂っていく。
「貴方の喪失感は埋まらない。何をしてもね……きっとこの先もずっと。行方のない憎しみだけが貴方を蝕んでいく」
「どうすれば……いいんですか?」
「さあね。それは貴方にしか分からないわ」
さとりはなんでもないように言う。
私にも……この憎しみ、喪失感をどうすればいいのか分からない。
月夜見は、今どこで何をしているのだろうか。私のことなんて、もう忘れしまっているだろうか。
恨んでなんていないから、せめて……もう一度だけ。
「……会ってみることね」
私の心の声に被せるようにして、さとりは仄めかす。
「……そ、それって」
「もう行くわ」
さとりは後ろを振り返り、もう何も口にはしなかった。