私のペットに10点満点のレビューをつけるとするなら、彼女たちの評価はどうなるのでしょうね。
暗い部屋の中、机に立てられた蛍光灯の穏やかな光に照らされながら、私は筆を持って考える。
誰かと話をするよりも、読書をしたり何か考え事をしている方が楽しい。会話をする前に相手の考えが分かってしまうから、言葉を介さずにできることの方が刺激的だわ。
(お燐は……)
灼熱地獄の燃料である死体を猫車で毎日運んできてくれて、とても働いてくれている。なにより、よく懐いてくれていて、毛並みもとても綺麗で可愛らしい。
気付けば、いつも猫の姿をして隣に寝転んでいるから、つい撫で回してしまうわ。温かくて気持ちがいいし、お燐は素晴らしいペットね。
10点以外付けようがないわ。
《お燐:10点》
私は自慢げに筆を滑らせる。
当然ね、何一つ減点する要素がないんだもの。満点をあげて何が悪いのかしら。
(……さて、お空ならどうかしら)
お空には、普段から灼熱地獄の温度調整をしてもらっている。頭は少々馬鹿な子ではあるが、私の手伝いもよくしてくれるし、そこがチャームポイントでもある。
純粋で子供っぽく、私を従順に慕ってくれているし、やっぱりお空も可愛いペットね。
《お空:10点》
あら、どっちも10点になってしまったわ。どうしましょう……これじゃあ点数をつける意味がないわね。
こいしのレビューをしてもいいけれど、正直なところ評価しづらいわね。
こいしの心は閉ざされていて、心を読むこともできない。それに、いつも無意識で行動しているがゆえに、行動も挙動も予測することができず、何処で何をしているかも分からない。
姉としては、非常に心配である。
(まあ、仮に点数をつけるとしたら……7点ってとこかしら)
せっかく、人の心を読めるという最高の力を持っているのに、それを使わないは残念だわ。
今も危ない目にあってるかもしれないと考えると気が気でないから、もう少し大人しく過ごしてほしいものだけれど。
(だいたいこんな感じかしら。全体的に評価が高いのは仕方ないわね……可愛い私のペットだもの)
椅子の背もたれに寄りかかり、軽く伸びをする。しかし、頭に何か解消されていないわだかまりが残っている気がする。
誰か、とある人物もといペットを忘れているような……。
(あっ……)
思い出したわ。最近会っていないから、すっかり忘れてしまっていたわ……盲点ね。
あの子が来てから、もう早いこと三年の時が経っていた。
私がペットに餌をあげていたら、羨ましそうに外から覗いていたので、分け与えたらいつの間にかここに居着くようになったのだ。
あの子には主に、敷地内の清掃や他の放し飼いをしているペットのお世話をしてもらっている。ペットなのに、ペットの世話するというのもおかしいけれど。
まぁ、勝手にふらりと出歩くことも多く、聞く話によると鬼の元に頻繁に出入りしているのだとか。
さらには、なんと鬼の若頭として向こうの地で崇めれているらしい。
(自由奔放だけど、素直で思っていることがまるっきり表情に出るのが……可愛いらしいところね)
龍なのに、鬼のトップだなんて、なかなか面白い子よね……ふふ。
《銀子:………》
またもや自分のペットに10点満点をつけてしまいそうになるが、銀子という名前を書き終えたところで筆を止めた。
(あの子は思いやりがあって、とても優しい心を持っているわ。……だからこそ、心の奥底はいつも揺らいでいるのかしら)
椅子を立ち、真紅のカーテンを開けて窓ガラスから屋敷の庭を覗いてみる。
すると、今日は珍しく外出していないようで、銀子が子猫たちに餌をやっている様子が目に入った。
『はーい、皆さん一列に並んでくださ〜い。……そうですそうです!』
『早くよこすにゃ』
『そうにゃそうにゃ!』
『あたいにもよこすにゃ!』
『あ、ちょっと! あなたもう十分食べたでしょう!? というか、お燐ちゃん! どうしてここにいるんですか、お仕事は!? あ……あわわ、他の子の分が無くなっちゃいましたっ!』
窓ガラス越しだから声が聞こえるわけじゃないけれど、まあだいたいこんな感じね。
『仕方ありません……。すぐに取ってきますから、ちょっと待っててくださいね』
彼女は決して誰も見捨てたりはしない。きっと自分を犠牲にしてでも、困っている誰かを助けてようとするのだろう。
銀子は屋敷の方へ振り向いて、何かに気付いたように上を見上げる。
(……あ、目が合ったわ)
『さとり様〜!』
満面の笑みで、手を振ってくる。
どうして彼女が私を慕っているのかは分からないが、心を読んでも本当に私のことを好いてくれているのは、容易に感じ取れる。
普通、心を読まれているなんて知ったら離れていくはずなのに……。やっぱり、変な子だわ。
(でも……慕ってくれているなら、それに応えるのが主の務めね)
私もにこやかに、手を振り返してみる。すると、彼女はもっと嬉しそうな顔をして、今度は万歳をして犬の尻尾のように、両手を左右に大きく振った。
(ふふ、やっぱり面白い子ね)
* * *
「まさか、さとり様と一緒にお出かけできるなんて嬉しいです!」
「たまには、こういうのもいいでしょう。外での貴方の様子も知りたいし」
本当の目的は、鬼に地底から出ていった妖怪あるいは地上から入ってきた妖怪はいないかを確認するためである。
実はつい先日、幻想郷の管理者である八雲紫と、地上と地底の妖怪の相互不可侵の条約を結んだ。地底で鬼達が社会を築き、地上で嫌われていた他の妖怪を受け入れたため、幻想郷の賢者達は危機感を持ち始めたようだ。
私も、これ以上妖怪が旧地獄へと入り込むことを好ましく思っていないので、その提案を受け入れた。
旧地獄の管理者としての仕事の一環である。
「あ、もうすぐ着きますよー」
銀子が指差す先には、一際豪華な伝統的和風の屋敷が聳え立っていた。
普段は他者とのコミュニケーションを避けるために、あの地霊殿から出ることなく過ごしていたため、ここまで旧都の周辺が発展しているとは思わなかった。
鬼の群勢が地底にやってくる前は、地獄跡ということもあり、その名残で寂れた風の吹く廃墟が並ぶ場所であった。しかし、今ではその光景は全くといいほど別物になっていて、かつての地獄にあった繁盛街のように大勢の妖怪たちで賑わっている。
「銀子、入りまーすっ!」
元気よく玄関の引き戸を開ける彼女と共に、屋敷の中へと入っていくと、そこには手下と鬼の群衆が綺麗に廊下を整列していた。
鬼は同時に頭を下げ、口を揃えて出迎える。
『若、お帰りなせぇ!』
「あはは、皆さんありがとうございます」
銀子は慣れた様子で礼を言い、奥へ進んでいく。
鬼の若頭になったとは聞いていたけど、まさかここまでとはね……。あの傲慢な鬼が、誰一人として銀子に悪感情を抱いていない。銀子の強さと優しさに、魅力的なオーラを感じているのかしら。
私が視線を移してみると、鬼どもは嫌気な顔と共に目を逸らした。
(まあ、当然ね。好かれているのは銀子であって私ではないもの。……どうでもいいことだけれど)
私に対しての嫌悪感が伝わってくるが、別に気にする必要はない。自分の欠点や劣等感を曝け出しているわけだから、むしろ滑稽とも言える。
やっぱり、この心を読む能力は本当に素晴らしいわね。どんな相手も、私の前では取り繕うことはできないのだから。
「……り様? さとり様、どうしたんですか?」
「……え?」
愉悦に浸っていると、銀子が不思議な顔をしながら私を呼んでいることに気が付いた。
「ほら、こっちですよ」
「……あ、ちょっと!」
ポカンとしていた私の手を握り、銀子はこの屋敷の主人がいる部屋へと優しく誘導してくれる。
銀子の感情からは、一つも私に対しての不快感も嫌悪感もない。純粋な好意のみが伝わってくる。
どうしてそこまで、私に対して尊敬と愛情の気持ちを持っているのか、まるで理解できない。
(初めて会った時も、無遠慮に貴方の心を覗いてそれを暴いてしまったというのに……)
「勇儀、入りますよー」
コンコンと襖を叩き、掛け声と共に銀子は扉を開けた。
部屋の中央には、酒を巨大な盃に注いでいる豪快な鬼と、笑いながら陽気な雰囲気で瓢箪の酒を飲む小柄な鬼がいた。
「お、銀子じゃねーか! よく来たな」
「あたしに会いに来てくれたのか! こりゃ嬉しいなー!」
「いえ……今日は私が会いに来たというより、さとり様が二人とお話がしたいそうなので、お連れししました」
銀子の背中から、二人の鬼の前に姿を現す。勇儀と萃香は、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに穏やかな顔に戻った。
「ご無沙汰ね、二人とも。元気にしていましたか?」
「あ、あぁ」
勇儀は盃をテーブルの上に置いて、私を見つめる。
複雑な感情ね……。どう反応すればいいのか戸惑っているわ。萃香は相変わらず、酒を飲む手を緩めないけれど、若干私を警戒しているわね。
私が長居をしても、場の雰囲気が悪くしてしまうだけだわ。早く用事を済ませましょう。
「大した要件じゃないわ。地底を出入りしている妖怪はいないかどうか聞きに来ただけよ」
まぁ、多少の出入りなら目を瞑ってもいいけれど、大勢で移動されたら困るもの。一応、念を押すという意味でも伝えておかなければならないわ。
「いや、そんな妖怪は聞いたことないね。萃香、何か知ってるか?」
「あたしも特には知らないな」
「……そう」
二人とも嘘をついている様子はなく、本心で話していた。なら、もうここにいる必要はないでしょう。
要件も済み、踵を返そうとすると当たり前のように銀子もここを去ろうとする。
「銀子、私はまだ用事があるからここに残っていていいわよ」
「え……は、はい」
用事なんて何もない。真っ直ぐ地霊殿に帰宅するだけだ。でも、銀子にとっては私といるより、鬼たちと和気あいあいとする方が楽しいはず。
邪魔な私は、さっさといなくなるべきだわ。
私は振り返ることなく、その場を去って襖を閉める。
(はぁ……。どうしたのかしら、私)
嫌われることに苦悩しているわけではない。そんなものは、とっくの昔から慣れている。他人から向けられる嫌悪感も猜疑心も、全て受け流せる。
けれど、どうしてだろうか。自分が心を許している人が、他の誰かと親しく話して姿を見ると、なぜか胸が苦しくなる。
私といるよりも、銀子が楽しそうにしている姿を想像すると、余計に邪な思考が加速してしまうのだ。
本当に私のことを慕っているのか、なぜ慈しむ気持ちを持って私に接してくれるのか。
"心を読む程度の能力"はとても素晴らしい能力ではあるが、読める心は表層意識に限られる。つまり、私が問い正さない限りは、私が知りたいことを相手が意識して思考することはない。
さっきの疑問も、私が直接聞かなければ答えなど分かりはしないのだ。
「……ぷはぁ。そういえば銀子、一つ聞きたいんだけどさ……どうしていつもあいつの所にいるんだ?」
(…………っ!?)
随分と長く思考していたせいか、鬼たちは私がもうこの場を去ったと思い込んだらしい。
襖を一枚隔てて、私の知りたかったことを銀子に聞いている。
今の銀子の心を読み取るには、第三の目で彼女を見る必要がある。しかし、この場所から彼女の姿を捉えることはできない。
銀子の真意を悟ることはできないのだ。
「……そんなの、決まってるじゃないですか」
心臓の鼓動が、ドキリと跳ねる音がした。普段であれば、絶対にあり得ない状況だ。相手が何かを言葉にする前に、その全てが分かってしまうのだから。
けれど、今は違う。言葉を聞かなければ、分からない。
(心を覗けないことが、こんなに辛いことだとは思わなかったわ)
「そんなの……」
言ってほしい、言わないでほしい。そんな矛盾した気持ちが私の脳を交差する。
心臓が跳ねるように波打っているのが、伝わってくる。
(あぁ、どうか言わないで)
「そんなの……ニンジンをくれるからに決まってるじゃないですか!」
(………………え?)
「さとり様はとても優しいんですよ! 鬼はみんなお肉しか食べませんし……。勇儀と萃香も、全然野菜をくれないじゃないですか! 私は肉より野菜の方が好きなんです!」
「だっはっはっは! そいつは無理なお願いだねぇ! 私ら鬼は脂っこい食べ物が好きなんだ。野菜みたいに淡白ものは食べやしないよ」
「もうっ! 野菜というのは生きるのにとても重要な栄養源なんですよ! 特にニンジンはカロリーが低くて、食物繊維が豊富に含まれていてですね…………こう、シャキシャキしてて……」
銀子の熱弁している声を背に、私は早足で去っていく。思わず頬が緩みかけるが、帰るまでの辛抱だ。
(やっぱり貴方は、変な子ね)
「ふふ、ふふふふふ」
あぁ、だめだ。やっぱり笑いが溢れてしまう。
「何か物音がしなかったか? 萃香」
「さあね。ただの野良猫だよ、きっと」
* * *
地霊殿のもとへ辿り着き、椅子に腰掛けてそっと息をつく。
机を見下ろせば、先ほど書き忘れていたレビューが途中であったことに気づく。
ニマニマと上がる口角を抑えることもせず、私は筆を持って書き足した。
《銀子:11点》
「…………」
私の……ペットだもの。
甘やかすのは、私の自由だわ。