月を憂う銀龍   作:Marian

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パルスィの嫉妬集め

 

 勇儀の屋敷から帰る途中、鬼の繁華街でひとり俯きながら呪怨を唱える人影があった。

 

 「ぱるぱるぱるぱるぱるぱるぱる……」

 

 近寄って見れば、それは虚な瞳をしながら白いハンカチをガブリと噛み締めているパルスィの姿であった。

 どうしたのだろうか、普段はここから遠く離れた縦穴の近くの橋にいるのに……。

 

 「妬ましい……妬ましいわ」

 

 「パルスィ、こんなところで何をしているんですか?」

 

 「妬ましいっ!」

 

 「ひっ!」

 

 パルスィは突然にこちらを振り向いて、声を荒げる。思わず私は驚きの声を上げてしまうが、どこかデジャブを感じるのは気のせいだろうか。

 

 「あら、あなた……銀子じゃないの」

 

 ここ最近は地霊殿と鬼たちの若頭としての仕事の両立に忙しく、パルスィと顔を合わせる機会がなかったため、忘れらているかどうか不安であったが杞憂だったようだ。

 

 「はい、お久しぶりですね」

 

 「しばらく見ないうちに、随分と変わったのね……あなた。初めて会った頃よりもずっと幸せそうだわ。……妬ましい」

 

 「ふふ、パルスィも相変わらず元気そうで安心しました」

 

 当然のように嫉妬をするパルスィに、クスッと笑いが溢れてしまう。

 パルスィにとっては嫉妬心こそが力の源であるため、いつも妬ましそうにしている。

 けれど、実は心の奥底ではみんなへの尊敬や憧れをちゃんと持っていて、みんなが思っているよりもずっと優しい妖怪よ……と、さとり様が言っていた。

 現に私を妬ましく思っていながらも、表情には僅かな笑みを浮かべていることから、本当に彼女が優しい心を持った子であることがよく伝わってくる。

 

 「妬ましい……妬ましい……あぁ、でも全然足りないわ!」

 

 「え、何がですか?」

 

 しかし、今日は少しばかり様子がおかしい。いつもより嫉妬心が増しているような気がする。

 

 「あなた、もっと妬ましい話を持っていないの!?」

 

 「えぇぇぇぇ!?」

 

 パルスィ曰く、地底と地上における妖怪の出入りが全面的に禁止された影響で、縦穴から地上の妖怪が全く現れなくなってしまった……とのこと。

 普段は、縦穴を抜けて一本橋を通る妖怪を嫉妬することによって活力を得ているそうなのだが、誰も橋を通らなくなってしまったせいで、妬む対象が居なくなってしまったらしい。

 

 「このまま誰も妬ましい妖怪が居なくなったら、私は消滅してしまうわ……。あぁ……妬ましい……地上の光も、巡る風も、目に映るすべてのものが妬ましいわ……!」

 

 虚な表情と共に、怒りと苛立ちを含んだ声で語気を荒げる。

 まずい……! パルスィが暴走しかけている! 私がなんとかしなきゃ……。

 

 (でも、どうすればパルスィの嫉妬心を満たせるのでしょうか……)

 

 生憎、私は嫉妬されるような自慢話や惚気話など持ち合わせていない。むしろ、自分を不幸の塊とすら思っている。萃香や勇儀、さとり様と出会えたことはとても嬉しく思っているが、それでもやはり羨ましいと思われるような境遇ではない。

 どうしたものか……。

 

 (うーん…………。あ、いい事思い付きました)

 

 自分で話せないなら、他の妖怪から聞けばいいじゃない。ふふん、さすが私。パルスィに嫉妬させまくってあげましょう。

 

 「不肖私め、銀子が力になりましょう!」 

 

 私は自信満々に胸を叩いた。早速、パルスィを嫉妬させる舞台を整えようじゃないか。

 

 * * *

 

 エントリーナンバー1 《村紗水蜜》

 

 「本当になんでもしてくれるの?」

 

 最初のお客さんは、海兵の帽子を頭に被り、背中に大きな錨を背負っている妖怪だった。

 見るからに、海の上に居そうな妖怪である。地底には海などないのに、一体何故こんな場所にいるのだろうか。

 まあ気にしていても仕方がない……。パルスィのためにも、早速話を聞かせてもらおうではないか。

 

 「はい! 悩みでも自慢でも、なんでも話してください! 私がそのお手伝いをさせていただきすよー!」

 

 謎の海妖怪を、簡易的な屋台の椅子へと招く。

 看板には『なんでも屋』と書かれている。

 羨ましい話だけを聞かせてもらおうとも思ったけど、パルスィの他にも悩みを抱えている妖怪がいるかもしれない。折角なら、それも一緒に解決してしまおうという作戦だ。

 それにパルスィの場合は、悩みだろうが自慢だろうが何であったとしても嫉妬してしまうのではないかと思うし、一石二鳥だ。

 

 「私、最近悩みがあってさ。なんか成り行きで地底に封印されちゃって、その時一緒に聖輦船も落ちてきたんだけど……。あ、聖輦船っていうのは私の船のことだよ。大切な人から貰ったんだ」

 

 昔は、水難事故の念縛霊として海で通りかかった船を転覆させて人間を溺れさせ、人間から大層恐れられていた妖怪だったらしい。

 でもある時、命蓮寺の僧侶である聖白蓮という方によって退治され、聖輦船という船を与えてもらったことで改心してその船の船長となり、人間を襲うのは辞めたという。

 

 「まあ、聖も魔界に封印されちゃって……今はもう会うこともできないんだけどね」

 

 ……ふむふむ、彼女にもなかなかショッキングな出来事があったようだ。封印されてしまった聖白蓮という妖怪を助けてあげたいのは山々だが、そもそも魔界が何処にあるのかも知らない。

 それに、そのことについて悩んでいるわけでもなさそうだ。

 

 「それで、悩みとは何ですか?」

 

 「私ってさ、船幽霊だから地上ではいつも海の上で船に乗っていたわけよ。だから、この地底でも聖輦船に乗りたいなと思ったんだけど……。ここら辺になんか良い海ない?」

 

 「…………」

 

 …………ないよ。

 

 というか、私よりも長くこの旧地獄にいるはずなのに、どうして海がないことを知らないの。

 そもそもの話、どうして地の底に海があると思うか。どう考えてもあるわけないでしょ。

 

 「その、言いにくいんですけど……ここに海は」

 

 「あるわよ」

 

 唐突に、隣で虚な表情をして俯いていたはずのパルスィが口を開いた。

 

 「えっ! あるんですか!?」

 

 「本当!? どこどこ?」 

 

 二人して身を乗り出して、興味を示す。

 まさか、地底に海があるなんて思いもしなかった。……私も行ってみたい。

 

 「妬ましい……。妬ましいけど、海ではしゃぐあなたの姿を見たら、もっと嫉妬できるもしれないから」

 

 言っていることがチグハグだが、パルスィはこういう妖怪なので、もう何も言うまい。

 

 「ついてきて」

 

 パルスィはそう言うと、繁華街を抜ける方向へと歩いて行く。私と船幽霊であるムラサも、その後に続いていった。

 しかし、そっちは地霊殿へと向かう道だ。地霊殿に海などありはしない。あれば真っ先に私が気付くはず……。

 

 (一体、パルスィはどこへ向かっているのでしょうか)

 

 そう思う私の心を知らずに、パルスィはどんどんと奥へ進んでいく。

 しかし、馴染みのある景色が多くなってくるにつれて、私にもある一つの情景が浮かび上がってきた。

 

 いや、まさか……それは……。

 ありえないと思いたい。でも、ここで海と言われれば……あれしか思いつかない。

 

 「到着したわよ」

 

 おかしな思考を巡らすうちに、パルスィは足を止めて告げた。

 

 「……はは」

 

 乾いた笑い声が空気を伝わっていく。こんな声が漏れてしまっても、しょうがないと思う。

 隣を見れば、ムラサも度肝を抜かれたような顔をしている。

 

 当たり前だ。 

 

 「ここが旧地獄の()()()()()よ」

 

 だって、あれ……海じゃないもん。

 

 ドス黒さのある深紅の色をした血液が、見渡す限りの一面に広がっている。天井にある洞穴からは、絶え間なく血の雨が降り注ぎ、それが岩石にぶつかり流れ出て、高温状態でぶつぶつと煮え滾っている。

 これが海水ならば、どれほど良かっただろう。まさに、地獄としか称することのできない池である。

 こんな場所を海として紹介するなんて、よほどパルスィも追い詰められていたらしい。

 

 ムラサも憤りを我慢できない様子で、体を激しく震わせていた。

 当然だ。海に連れて行くと言われてたどり着いたのが、この地獄絵図が四方八方に広がる光景。猛烈な血の臭いと、むせ返るような熱気でどうにかなってしまいそうだ。

 

 あまりの堪え難さであろうか、ムラサは眼を見開いて勢いよく血の池地獄の中心部へと走り出した。

 

 (あぁ、ごめんなさいごめんなさい……! 私があんな変なことを思い付いたせいで、悩みを解決するどころか怒らせてしまいました……)

 

 奇行に走るムラサを目にし、私は後悔に苛まれた。

 しかし、私は気付いていなかった。

 

 彼女の眼が、キラキラと輝いていたことを。

 

 「やっほぉぉ! 海だぁぁぁぁ!!」

 

 勢いよく、血の池地獄へとダイブをかます海妖怪。

 その動作には一点の曇りもなく、純粋な子供心のみが彼女を突き動かしていた。

 

 「ふぇぇぇぇぇ!? 村紗ァァァ!?」

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