『銀子』
『ハィぃ!』
あまりの衝撃に声が裏返ってしまう。
私は速まる心臓の鼓動を抑えながら母の顔が見上げた。凛々しい相貌に、頭からは渦巻型の二本の立派な角が生えている。
私にも角は生えているが、まだ三センチくらいの小さなもので、とてもじゃないけど龍の角として誇ることはできない。
さらに母の額の真ん中には漆黒の炎を連鎖させるような赤黒く光る石が埋まっている。顎からは鋭利な歯が生え揃い、特に上顎と下顎から生えている二本の犬歯は、どんな強固な岩でも噛み砕いてしまいそうだ。
こちらをじろりと覗き込む紫がかった黄金の瞳は本当に美しい。
あぁ、やっぱりかっこいいな……お母さんは。
* * *
『それじゃあ、
『はーい』
妹は狩の疲労が溜まっていたようで母が帰ってくると同時に寝床についてしまった。
多分、母が帰ってくるまで暇になってしまう私のことを思って、眠たいのを我慢して起きていてくれたんだ思う。
本当に優しい妹だよ……桜龍は。
『額石というのは龍が生まれながらに額に持つ石のことよ。私はもちろん銀子と桜龍にもついているわ』
おでこに触れてみると、そこにはツルツルとした宝石のような感触があった。お母さんと桜流は真紅の色であるのに対して、私は自分の持つ鱗の色と同じ銀色だった。
生まれた時から自分の額に付いていたから気にならなかったけど、やっぱり意味があるのかな。
『この石に何かあるんですか?』
『額石は、他の生き物にはない重要な役割を持っているの』
重要な役割とは一体なんだろう。確かに龍の他に、額に石がついた生き物なんて見たことがない。
『それは、龍気を溜め込んでおくこと。龍気の力は強大で、それら全てを体内で循環させようとすると、身体が耐えきれないわ。額石はそれを防ぐ役割を担っているの』
母によると、額石は体内の龍気循環の調節をする器官であるらしい。体内の龍気を消費した際に、額石から体内へと龍気を充填させて、逆に体内の龍気が過剰に溢れたときは額石に龍気を寄せ集めるそうだ。
額石は龍気を蓄える性質を持っているため、必然的にそれに依存する。溜め込んだ龍気がより濃密であればある程、光沢があり、そして艶のある額石となる。逆に龍気が少なくなればなるほど、透明になってしまうのだ。
『額石は龍にとって"第二の心臓"と言っても過言ではないわ。額石に蓄えられた龍気が尽きたとき、私達は死に至る』
母はそう言い切った後、私の方へと振り返った。いつも真剣な顔をしているのだが、今日は威圧感が数段と増している。
『これから話すことは銀子にとても重要な内容よ。心して聞きなさい』
『は、はい』
『銀子は自分の龍気が非常に少ないものだと考えているでしょうが、それは全くの見当違いよ。むしろ、あなたの額石には私や桜龍とは比べ物にならないほどの強大な龍気が蓄えられているわ』
『え?』
『あなたが僅かな龍気しか使えないのは、あなたの額石が体内への龍気の供給を行なっていないから。なぜそのようなことが起こっているのか原因は分からないけどね』
急に衝撃的事実に、私の脳がついていかない。
『なんとかしてあげたいけど、どうもあなたの身体が拒否反応のようなものを起こしていて上手くいかないのよ』
……む? ということはつまり、私は別に弱いわけじゃない……?
この額の石さえどうにかすれば、龍気を……龍気を……。
使えるってこと!?
もしそうなれば、今までのように隠れてコソコソ生活する必要もなくなり、龍らしく大空を飛ぶこともできるようになるかもしれない。
『これで私も……!』
『そこで、銀子には龍気を使わずに強くなってもらうことに決めたわ』
『……へ?』
今の流れなら、この龍気を溜め込んだ額石をどうにかしようって話になると思ったんだけど。
『というわけで、今から修行よ。着いてきなさい』
しゅ……修行!?
今まで、寝る→食う→寝る→食う→寝る……の怠惰コンボのニート生活を送ってきた私にそんなことができるわけがないじゃないっ!
『あ、あの、もう夜……』
『夜だからこそよ。あなたは鱗のせいで昼間は目立つから』
『はい……』
寝床から出て行く母の背中を見つめ、私はトボトボとしたものぐさな足取りで付いて行った。
* * *
真夜中であるにも関わらず母に連れられて、私はあの住処である洞窟から離れ、とある大きな滝を訪れていた。
私は龍気を使えないから、空を飛ぶことができないので歩いて移動になる。
龍の鱗は鋼のように頑丈で、鉛のように重い。さらに、鳥とは違って巨大な翼爪が折り重なっている。
そのため、翼をはためかせて飛ぶことができない。
龍の飛行にはやはり龍気が必要ならしく、翼の先端部から龍気を勢いよく噴出して、その反作用で必要な速度を得るらしい。
その気になれば、音速近くまで加速することができるとかなんとか。
色々と考えているうちに、どうやら目的地に到着したようだ。
母は滝の前で立ち止まり、私の方へと向き直った。
『さて銀子。修行と言っても、今のあなたを桜龍と同じ修練をさせる訳にはいかないわ。何故だか分かるわよね』
『どうせ私は愚図で鈍間ですよー』
べチンッ!
痛い、デコピンされた。
『不正解。桜龍には龍気の扱い方を中心に教えているわ。けれど、あなたにはそもそも扱える龍気の量が少なすぎるから、それを教えても意味がない……と、さっき話したばかりなのに、あなたは馬鹿なの?』
ひどい……馬鹿だなんて、そこまで言わなくてもいいのに。
『銀子には、体術を磨いてもらうわ。これなら龍気を用いずとも、十分な戦闘能力が身につくはずよ』
『た、たいじゅつ? なんですかそれ』
『人間が使っていた術のことよ。武器を持たずに素手のみ戦うの。以前に人間が使っていた技を私なりに工夫したのだけど、かなり使い勝手がいいから、いずれは桜龍にも教えるつもりよ』
『はぁ……人間の技ですか』
人間……。昔、母に聞いたことがある。龍が初めて恐怖した生き物だとか。その時はそれ以上は何も語ってくれなかったけど、人間との間に何があったのかな。
『しかし、これを習得するにあたって避けては通れない道があるわ。体術とは人間が使う技、つまり人の形をしていなければそもそも使うことすらできないの。だから銀子、あなたには第一に"
『ジ、ジンカノジュツ?』
私の疑問に答えるように、母は自身の龍気を高めていって、急に体から謎の光を放出し始めた。
『眩しっ!』
私はあまりの眩しさに瞼を閉じてしまう。
目を開けると、そこには偉大なる母の姿はなく、二足で直立した動物がいた。
鱗はなく、薄い橙色をした皮膚を持っていて、毛は頭部から生えている真紅の毛しかない。その毛は腰の辺りまで伸びている。
頭部からは話したばかりなのにが持っていた二本の渦巻型の角が生えていて額石も付いている。
さらに背中には龍の象徴である翼が生え、綺麗に折り畳まれていた。