突如、研究室内の警報が鳴り響く。私は手に持っていイオン推進ロケットの設計図を机の上に置いて、外へと足早に飛び出した。
「何事なの」
「八意様! 大変です。どうやら龍の群れがこちらに向かって来ているようです」
「龍の群れ……ですって?」
龍という生物が地球に存在することは分かっていたけれども、龍は非常に温厚で争いを好まない性格をしているはず。それに個々の能力が優れているから、敢えて他の龍と協力し合うことはせずに、群れを形成する生き物ではない……仮にしたとしても、血縁関係のある龍だけのはず。
だからこそ危険性はないと判断して、今まで関与せずに放置していたのだけれど、どうやらそれが仇となったみたいね。
何の目的でこちらに進行しているのかは分からないけど、もし敵対するようなことになれば非常に由々しき事態だわ。
今は月への移住計画の最終調整段階で、あと一週間もせずにこの穢れた大地を去り、"穢れ"のない月に向かう予定。
しかし、もしここでメイン制御施設やロケット打ち上げ基地などの重要施設に損害が出れば、今まで積み重ねていた計画が全て水泡に帰す。
この計画は月夜見様が長い間夢見てきた、悲願の構想。月夜見様がこの計画のためにどれだけの苦労をなさってきたか、私はこの目ではっきりと覚えている。
かく言う私も月夜見様のため、この計画の第一責任者として、多大なる努力を重ねてきた。計画に支障が出る事態は絶対に避けなければならない。
龍の数にもよるが、二十匹程度であれば軍を要請することもなく、外敵用の防衛システムで事足りるだろう。
「それで、龍の群れはどれくらいの規模なの」
「そ、それが……」
「何? 早くしなさい。まさか確認してないなんてことはないわよね」
「いえ、確認はしたのですが……その……」
焦れったいわね。何を言い渋っているのかしら。一刻を争う事態だと言うのに……。
「……龍の群れはゆうに三百を越えているそうです」
「……は?」
何を馬鹿げたこと……。
「あなた、私を馬鹿にしているの?」
「いえ! 滅相もありません! ただ、本当にそれほどの龍の大群が押し寄せてきているのです!」
なによそれ……三百の龍ですって……?
「ふ、ふざけないで!」
よりにもよってどうしてこの大事な時期にこんな最悪の事態が起きるのっ! そんな数相手にあの防壁が耐えられる訳がないじゃないっ!
信じられない現実を知らされ、動揺して体がよろめくのを感じる。
しかし、私とて伊達にこの計画を実行してきたわけではない。文字通り命をかけてきた。そう簡単に潰されてたまるものか。
私は即座に思考を切り替え、最善の行動を取ることにした。
「今すぐ総司令部に行って、"電磁フィールド"を起動するよう伝えなさい。私は軍に出動要請をしてきます」
「はい!」
男はそう言って走り去って行った。
私も急いで目的地へと向かった。
* * *
軍を要請し、重要施設の防御システムの起動させ、民間人の安全区域への避難指示など、とにかく大忙しだった。
中でも特に難航したのが、月夜見様の説得だった。
「妾も龍が見てみたいんじゃ! お願いじゃ××! ほれこの通り」
と言って頭を下げてきたが、万が一のことを考えて月夜見様を前線へ向かわせる訳にはいかなかった。最終的にはイヤイヤ言いながらもしぶしぶ従ってくれたので、月夜見様の安全は確保することができた。
私は深く息を吸って、心を落ち着かせた。
(大丈夫よ。絶対に、一匹たりともここを通したりはしない。月夜見様の夢を叶えるためにも……!)
そんな固い決意を胸に、私は"徹甲型光弾"を放つための大砲が仕込まれた塀の上に立ち、静かにただその時を待った。
来た。
まだ数キロメートルは離れている地点に、森の中からぞろりぞろりと龍が現れ始める。
しかし、この距離ではまだ光弾は届かないわ。もっと近くまで来てもらわないと。
それに、まだ敵と決まった訳ではない………。大勢で現れたとはいえ、龍は温和な生き物のはず……。無事平和に終わる可能性もないとは言えない。
私がそう思考している間も龍の軍勢は進行を続け、ついに光弾が届く位置まで来た。数メートル程度の小型の龍もいれば、二十メートルを超える巨体を持つ龍もいる。
しかし、やる事は変わらない。
予定通り、軍の指揮官が拡声器を用いて龍に向けて叫ぶ。
『警告する! これ以上接近するのであれば、我々は容赦なく貴様らを攻撃する!』
しかし龍の軍勢は全く聞く耳を持たなかった。一匹として歩みを止める者はおらず、こちらへ進行してきた。
ならもう容赦はしないわ。月夜見様の計画を邪魔しようとしたこと、地獄で後悔なさい。
『迎撃準備!』
司令官がそう告げると、塀の中に埋め込まれていた無数の大砲が現れる。
『放てえぇぇぇ!』
声と同時に、一斉に大砲から光弾が放たれる。光弾は龍の身体を意図も容易く貫通した。しかし、やはり龍の生命力は恐ろしいものであった。
貫通した部位を気にもせずに、口から巨大な紫色のレーザー光を塀に向けて放ってきた。大砲を破壊してしまおうという魂胆だろう。
(甘いわね。賢いと聞いていたけど、所詮この程度かしら)
龍の咆哮と共に放たれたレーザー光は、この都市を丸ごと覆う半球上の電磁フィールドによって跡形もなく消え去った。
他の龍も続くように光線を放ってくるが、その全てを弾き飛ばす。そしてその間にも龍には光弾の雨が降り注ぎ、一体、また一体と崩れ落ち、既に半数以上の龍が血を流しながら地面に伏していた。
(案外、呆気なく終わるかもしれないわね)
私がそう思った瞬間、龍は驚くべき行動に出た。翼の先端を赤く光らせたかと思うと、瞬間にして目にも留まらぬ勢いでこちらに一直線に飛翔してきた。
(物理的にこの塀を壊すつもりかしら)
龍は身体ごと塀にぶつかり、まるで大きな地震でも起きたかのように塀が前後に揺れる。
流石に一発で破壊されるような脆い造りはしていないけれど、何度も特攻されては耐え切れるはずもないわ。仕方がない、第二の策よ。
『敵を殲滅せよ! 兵士達よ!』
指揮官の命令と同時に兵士達が雄叫びをあげ、塀の外へと向かっていく。
一人一人が月式軍隊格闘術を習得している精鋭達だ。たとえ音速に近い速度で突撃してくる龍であろうとも、なす術なく兵士達によって討ち取られていった。
そして遂に最後の一体の龍の討伐が完了する。平原には無数の龍が地に転がり、立ち上がっている龍は存在しなかった。
どうやら私の出番はなさそうね。
防壁はかなりのダメージ受けてしまったようで、至る所にヒビが入っていている。補修しなければ、今にも崩れてしまいそうなほどに……。
けれど、心配には及ばないわ。だって一週間後には月夜見様と共に月へと向かうのだもの。月に持って行けないものがいくら壊れようとも構わないわ。
私はただただ己の満足感に浸り、放心した。月への移住計画は問題なく進むだろう。
そう安堵したその時だった。
_____突如足元に巨大な影が映る。
私は身の毛がよだつ様な感覚に襲われた。まるであやつり人形のように首が上へと吊られていき、呆然と空を見上げた。
そこには一匹の龍がいた。
あぁ、どうしてこんな簡単なことを思い付かなかったのかしら。空を飛べるならわざわざ防壁を破壊せずとも、上空から入り込んでしまえばじゃない…。
十歳に満たない子でも思いつきそうなことを私は思考の片隅にすら入れていなかった。
龍はそのまま都市へと侵入して、翼を大きく広げて先端から赤い龍気を放出し始めた。
あ、あぁ……それは、だめ
それは、絶対、やめて………お願い。
私の願いは届かずに、その龍は龍気の噴出による急加速を伴って地面へと衝突した。
ドガンッッッ!
衝撃音が私の耳に伝わってくる。地には炎が燃え盛り、爆風が吹き荒れる。もう私の思考回路はショート寸前となり、壊れたように爆炎の中心地へと足を引きずった。
私は目の前の地獄をただ呆然と見つめる。落下した龍は、すぐさま駆け付けた兵士によって討伐されたが、そんなことはもうどうでもよかった。
巨大な隕石が衝突したかのようにクレーターが広がっている。そこにはかつての射場の影もない。ロケットを組み立てる施設も、打ち上げのためのロケット固定施設も、何より肝心なロケットすらも跡形もなく破片となって燃え尽きていた。
「ははっ、ははは、ははははは」
私は乾いた笑い声しか出ない。やり直しよ、全部。また一から作り直し。幸いにもロケットの設計図は残ってる。やれる。きっとまだ大丈夫。そう自分に言い聞かせるが、私の活力の灯火はすでに消えかけていた。
そして、月への移住計画は延期となった。
* * *
月日が流れるのは早いもので、あの悪夢から既に五年が経った。順調に計画は再スタートを切り、半年後に打ち上げをする予定だ。
私はあの悲劇を二度と繰り返さないために、龍の居場所を見つけては確実に殺していった。逃してしまった龍もいるけれど、あの傷ではもう長くは持たないはず。
残念なことに龍は死ぬと、死体を残さず跡形もなく消えてしまう。研究者として、龍気の秘密を暴きたかったのだけれど、サンプルがなければどうしようもないわね。
私はただただロケット開発に熱意を注ぎ続けた。
それから数日経ったある日、龍の生き残りがいるかもしれないという情報が入った。ここからかなり離れた場所に位置している山だ。空を飛んでいったとしても、往復にはかなりの時間がかかってしまう。
今、私がこの場を離れるわけにはいかないのだ。
どうしたものかと悩んでいると、研究室の扉をノックする音が聞こえてきた。
扉を開けると、そこには月夜見様がいらっしゃった。
「龍の生き残りの件じゃが、妾に任せて貰えぬか」
入ってくるなり突然、月夜見様はそう仰った。
「妾の"移動の
確かに、この件に関しては月夜見様が適任だけれど……わざわざ月夜見様の手を煩わせるわけにはいかない。それに、これは私の問題でもある。
「有難いお申し出ですが、月夜見様にもしものことがあってはそれこそ本当に困ります」
「わ、妾を甘く見るでないぞ! 龍くらい一人で平気じゃ」
実際に平気なのが困ってしまうところだ。どうやって説得しようか悩んでいると、月夜見様はなぜか哀しげな瞳で私のことを見つめた。
「それに、お主はもう十分やっているではないか。月に行くより先に、お主の方が参ってしまいそうじゃ」
「……そんなに柔な鍛え方はしていません」
「いや、妾には分かる。お主の心が叫びたがっている。もう……龍を殺すのは辞めにせぬか」
「何を言い出すんですか! あの忌々しい龍さえいなければ、私達はもう既に……五年前に月へ行くことができたんですよ!」
「お主も薄々気付いておるんじゃろ。龍を殺す必要なんて、もうどこにもないことを」
「っ……」
図星を突かれてしまった。
あの日から私達の都市はさらに防衛に特化し、塀で囲っていただけものが、今ではドーム場に進化している。どこから攻撃を受けようとも、死角は存在しない。ましてや、もう龍は絶滅寸前だ。
私のやっていることは、ただの私怨。どこにも正当性なんてなかった。
「だから、この件は妾に任せてくれぬか。たのむ」
月夜見様は頭を下げる。何時になく、言葉に真剣さという重みを感じる。
「っ……分かりました。月夜見様がそこまで仰るのなら……お任せします。ただ、夕刻までには帰ってきてくださいね」
「あぁ、約束しよう」
そう言って、月夜見様は意気揚々と部屋を飛び出していった。
私の復讐はもう終わり。今はただ月夜見様のためにこの身を捧げよう。そう、私は決意した。