「ギャぁ! ギャァァぁぁァァァ!!」
生まれたばかりの私の娘が鳴いている。銀の鱗を燦然と輝かせ、この世界に誕生した。こんな色の鱗を持つ龍は初めて見たが、私は娘の誕生をただただ喜んだ。
あと数時間もしないうちに、もう一つの卵も孵化するだろう。どんな子が生まれてくるのか、本当に楽しみだ。
心を躍らせて、銀の鱗を持つ我が娘を見る。本当に綺麗な色をしていて、なお可愛らしい。この子の名前は"銀子"にしよう。
そう決意して、銀子の顔へと頭を近づけるが、私はあることに気付いてしまった。
この子は、"異常"だ。
* * *
『銀姉……今日は家にいるかな』
私の隣を飛翔する桜龍がそう呟いた。昨日、家に帰っても姉がなかったことに、相当ショックを受けたようだ。
「大丈夫よ。銀子は桜龍のことが大好きだから。あなたを悲しませるようなことはしないはずよ」
『っ……そうだと嬉しいなっ』
桜龍は頬を赤く染め、可愛らしく顔をほころばせた。
龍気の扱い方に関しては天才的ではあるけれど、やはり精神的にはまだ幼く、銀子に依存しているようだ。
仲睦まじいのは、私も喜ばしいことなのだが、龍というのはいずれ独り立ちするもの。そのために、私も娘達を過酷な自然環境でも生きていけるように教育を施している。依存しすぎるのはあまり良くない。
まあとは言え、銀子と桜龍はまだ四歳半程度。龍が比較的、他の生き物よりも早熟であるとは言え、まだ独り立ちするには早い段階だ。
それに娘達が仲良く遊んでいる姿を見ると、あの戦いから逃げてしまった罪悪感が薄れ、私は生きていることに幸福を感じることができる。
銀子と桜龍は私にとって命よりも大切なもの。独り立ちをするまでは、必ず守り切るのが私の使命だ。
そう考えている間にどうやら家に到着したようだ。私は狩ってきた獲物を降ろした後、銀子がいるであろう寝床へと向かった。
『……観自在菩薩。行深般若波羅密多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄……』
銀子が意味不明な単語を、目を瞑りながら一心不乱に唱えている。私は娘の異常な行動にただ立ち尽くしてまった。
見なかったことにしよう。
私は現実逃避をして、足早に寝床を出た。
桜龍には寝床に入らないよう言い、私は夕飯の支度をし始めた。
* * *
『さぁっ、今日も修行と参りましょうっ! ふぉぉぉぉぉぉっっっっ!』
私と銀子は今日も滝の前へと足を運んだのだが、やはりさっきの銀子は見間違いではなかったようだ。
どうやら本格的に銀子の頭はおかしくなってしまった。
昨日怒りすぎたから?
それとも昼間にずっと放置してしまったから?
もはや何かに取り憑かれてしまったように銀子ははしゃぎ続ける。ダメだ……滝行どころではない。
「あ、あの……銀子? 今日の修行は辞めにしましょう……? あなた多分疲れてい」
『いやっふぅぅぅぅぅぅ!』
私の言葉が終わるのを待たずして、銀子は叫び声をあげながら、自ら滝へとダイブしていった。
私の顔に大量の水飛沫が飛んできて、冷え切った私の心をさらに凍えさせてくる。
はは、はははっ、はははははは。
もはや治療の余地はない。銀子は悪魔に取り憑かれてしまった。
私は頭を抱えて、地面に蹲った。早くこの悪夢から目覚めさせてくれと願って……。
「お母さーん」
銀子が狂ったように滝へと飛び込んで行ってから、気付けばかなりの時間が経過したようだ。その間、私は膝を抱えてしゃがみ込み、放心していた。
「お母さんってばー」
頭上から銀子の声が聞こえる。まだ悪夢は覚めてくれないようだ。
銀子は念話以外では会話ができない。つまり、今私に話しかけているのは、銀子ではなく怨霊の類だろう。
私は人間と龍の戦いを目にしてから、どんなことが起こっても絶対に諦めることはしないと誓ったのだが、今回ばかりはもう無理だ。
「もう、私の話を聞いてくださいっ!」
突然頭を叩かれる。驚くようにして顔を上げると、そこには銀髪を長く伸ばした人間の少女が拳を握りしめて、私を見下ろしていた。
に、人間……、人間!?
まずい、早く銀子を連れてここから逃げなければっ!
そう思って、銀子が居たであろう滝を見てみるが、そこには銀子の姿はなかった。
「もう……やっとこっちを見てくれました」
そう言って、人間の少女は私に向けて手を伸ばす。
「さ、触らないでっ!」
「えっ?」
「これ以上近づいたら、あなたを殺すわ!」
銀子が見当たらない以上、逃げるという選択肢は失われた。今ここで敵を倒さなければっ……!
私は体術の構えをとる。敵はまだ動揺しているようだ。改めて相手の姿を確認するが、まだ身長が150センチ程度の小さな少女だった。
背中には翼が生えていて、髪も瞳も綺麗な銀色をしている。肌は白く、顔も整っていて美しい。
額には龍の象徴である額石があって……。
額石が……あっ……て…………。
「えっ!?」
「さ、流石に戦闘は無理ですぅ! 人間になれたけど、まだ体術は教えてもらってないですよぉ!」
え? どういうこと? なぜ人間に龍の翼と、額石がある……?
まさか……。
「あ、あなた、銀子……なの?」
「え? もしかして、気付いてなかったんですか?」
そう言って、銀子と名乗る少女は、私に身体を見せつけるようにその場でくるくると回り始めた。
「ふふーん。人化の術、覚えちゃいました!」
ば、馬鹿なっ! ありえない。あの術は私が一年以上かけて作りあげたものだ。たかが三日程度の滝行で習得できるような代物ではない。
それに加えて、銀子はドジっ子だ。習得には最低でも半年はかかると思っていたのだが、一体どうなっているんだ。
「これで私も強くなれるんですねっ! お母さんっ! 早く次の修行をお願いしますっ!」
「え、えぇ……そ、そうね」
銀子は騒めく私の心中を察することなく、修行の続きをせがんだ。その表情にはいつもの曇った暗さは欠片も存在せず、希望に満ち溢れていた。
何が彼女の心を突き動かす原動力となっているのかは分からないが、どうやら銀子は強くなることに必死になっているらしい。
まぁ、いいか。
銀子が元気になってくれたんだ。私は期待に応えよう。それに、体術を予定より早く教えられるんだら、私としては好都合だ。
銀子は人間の姿になれたのが嬉しく堪らないようで、川を端から端へピョンピョンと飛び跳ねている。
その姿を見て、私は思わず笑みを溢していた。