わたしのヒーローアカデミア 作:Plot Must Die
セントラル病院。その特別個室、正式名称『特別療養環境室』は、ホテルの一室と大差無い。特にセントラル病院の特別個室ともなれば、一見すると病室には見えない。何せベッドだけではなく、広いリビングや浴室まで有るのだ。お高いホテルの一室と言っても過言ではなく、何ならホテルよりも待遇が良い可能性すら有る。そんな部屋で四日も過ごすことになった癒々は、VIP待遇をされていると言って良い。病院ではなく、公安に。
なのに。癒々は一度、病院から勝手に抜け出した。それは彼女自身、今の自分の現状に心の整理が付かなかったから。だから、殆ど衝動的に病院を抜け出してしまった。結果、公安は大慌て。大急ぎで癒々を探し、病院に連れ戻した。その後の癒々は盛大にお説教をされて、一時間程で解放。大独活は、終始黙っている癒々に少し違和感を覚えたりしたが。とにかく、それがほんの数分前の話。病院の一室に戻された癒々を待っていたのは、被身子だった。
「もぅ、癒々ちゃんの馬鹿……っ!」
「……ごめん」
「馬鹿、バカっ。何で独りで出て行っちゃうんですかぁ……!」
「……ごめん」
癒々が出て行った後。被身子も癒々を探しに行こうとした。が、廊下を走っていたところを相澤の捕縛布が飛んできた。ついでにオールマイトに立ち塞がれたりして、追い掛けるどころではなくなってしまったのだ。何とかして教師から逃げ出そうとしたが、そうこうしている内に癒々が見付かり今から戻るとの連絡がオールマイトにあった。とにかく今は大人しくしていろと相澤に病室に放り込まれ、癒々が戻って来るまで部屋に閉じ込められてしまったのである。ちなみに、扉が開かないように押さえていたのはオールマイトである。彼の筋力の前では、被身子ではどうしようもない。窓から抜け出すことも考えたが、流石に高過ぎたので断念するしかなかった。
そうして癒々の帰りを待っている間、被身子は気が気じゃなかった。愛しい恋人が、大切で大事な彼女が、自分と居ることを拒否して出て行ってしまったのだ。それも、かなり傷付いた様子で。きっとオールマイトと何か有ったと睨んだ被身子は、平和の象徴に罵詈雑言を吐きながら何をしたのかと問い叫んだ。結局返答は返って来なくて、それで余計に心が荒んだ。
癒々が、何かを隠している。癒々だけではなく、大人達も。何か大きくて、重いことを隠していると被身子は感じた。だけど、何を隠しているかまでは分からない。停学になる程で、何か重大な事が有ったことは確かだと確信しているが。
今度はいったい、何をやらかしたのか。どんな問題が発生したのか。癒々に拒否されてしまったことに傷付きながら、癒々が傷付いた様子で出て行った事実に胸を痛めながら、そんな時に癒々の側に居てあげられない自分を責めながら、被身子は待つことしか出来なかった。
そして、その最中。被身子はひとつの可能性が思い浮かんで、どうしようもなく恐ろしくなってしまった。
もしも。もしも、癒々の身体に何かが起きてしまっていたなら。……と。
恐怖で息苦しくなっていると、病室の扉が開いた。直ぐに外へ出ようとして、二歩も進むこと無く足を止めた。癒々が帰って来たからだ。ただ、やはり彼女は傷付いた様子のままで。だから、確信してしまった。何の根拠も無いし、今の癒々について何の情報も与えられていない。それでも、直感的に分かってしまったのだ。
癒々の身に、何か起きたのだと。
そう思ったら、癒々に向かって駆けていた。まだ傷付いた様子の恋人を、正面から思いっ切り抱き締めた。すっかり雨で濡れてしまっている小さく細い体を、二度と離さないと言わんばかりに。
「……何が、有ったんですか……! ねぇ、何が有ったの……!?」
「……」
「話してくれなきゃ、ヤだ。嫌なの……! ねぇ、癒々ちゃん……っ!」
大きな不安と恐怖に、少しの苛立ちに不満。それらが混ざり合ったぐしゃぐしゃな顔で、目に涙を浮かべながらも被身子は癒々を強く抱き締める。そんな彼女を癒々は抱き締め返そうと腕を動かし、途中で止めた。だらりと両腕を下げて、俯く。
明らかに、迷っていた。一度何かを言おうとして、真一文字に口を固く閉じる。しばしの沈黙。そして。
「……少し、……嫌になっただけ。オールマイトに、停学って言われて」
癒々は、真っ赤な嘘を吐いた。
「……何で、停学なんですか……っ。癒々ちゃんが停学になる理由なんて……!」
「……脳無相手に無茶をしたから、少し頭を冷やせって」
嘘に、嘘を重ねて。直ぐ目の前に居る掛け替えない人に、真実を覆い隠す。それが被身子に対する明確な裏切りであることを、分かっているのかいないのか。胸を痛めた癒々は、顔だけは見られまいと被身子の胸に額を当てる。
見られたくなかった。顔を見られてしまったら、被身子が傷付くと分かっていたから。本当の理由は別に有ると、被身子に知られてしまいそうだったから。
どうしても、嫌だった。嘘を吐いてでも、隠すしかないと癒々は思ってしまう。
もし、自分の心臓が悪くなっていると知ったら。被身子がどれだけ傷付いて、どれだけ泣き喚くか、癒々は分かっているから。だから真実を嘘で覆い隠そうとして、欺こうとする。それがいずれ暴かれる時が来ると分かっていながら、それでも真実は伝えられない。伝えたくない。
七躬治癒々にとって、渡我被身子は―――。
「……本当に、それが理由ですか……? ほんとに……?」
「……ん。本当、だから」
「……ほんとに、本当に……それなら良いの。でも、……もう独りで傷付かないで。お願い……っ」
「……ごめん」
真実を伝えることも、抱き締め返すことも出来ないまま、癒々はただ被身子に寄り掛かる。自らの事を何一つ伝えられない。もしも話すことが出来たなら、何もかも打ち明けることが出来たなら。そうすることが出来たなら、胸が痛むことも締め付けられることも無かったのだろう。
それでも。それでも、もう七躬治癒々は決めたのだ。いずれ知られてしまう事だったとしても、その時までは話さないと。
愛しい人に嘘を吐いてでも、その人を泣かしたくない。傷付けたくない。例え最後の最後に泣かれてしまうことになってしまっても、深く深く傷付けてしまうことになっても、せめてその時までは―――。
(……わたしは、OFAの役に立つ。その為に産まれて来た、その為に生き延びた、その為に……見送られた。だから……)
俯いたまま、拳を握る。血が滲みそうなほどに強く、誤魔化せない痛みと苦しみを堪えるかのように。
(だから、……ごめんね。この命だけは、あげられないから)
命の使い道は、とっくに決まっている。今更それが揺らぐことはない。
七躬治癒々は、残った命を使い切る。例えそれが、大切な人を傷付ける結果になると分かっていても。
■
癒々が何かを隠しているのは、被身子の目から見ても明白だった。ただ、何を隠しているのかは分からない。何か大事な事を、大きくて重い……そんな何かを隠しているのだと直感的に分かる。だからこそ放っておけないし、隠していることが有るのなら問い質したい。全て話して貰いたい。そうでなければ、とても安心出来ない。時に、何もかもを独りで背負い込もうとしてしまう恋人が心配で堪らない。そんな姿を見ていると、どうしようもなく不安になってしまう。
癒々に話せないことが有るのは、分かっているつもりだった。
公安とどんなやり取りをしているか、とか。公安との取引がどのようなものであるのか、公安からの指示が何なのか、とか。何でも話せる訳じゃないのは、守秘義務やら何やらと言った面倒臭い事情が有っての事だと分かっている。
だけど、それでも。何でも話して欲しいと、被身子は思う。そもそも、全部あげると言ったのは癒々の方なのだ。だったら、どんな些細な事だって、どんな重大な秘密だって、話してくれないと困る。話してくれなきゃ、全部あげるなんて嘘だ。
どうすれば、癒々は心の全てを打ち明けてくれるのか。どうしたら、本当の事を話してくれるのか。今はもうベッドで眠ってしまった恋人を見詰めながら、被身子は答えの出ない問題に頭を悩ませる。
「癒々ちゃんの嘘吐き。全部くれるって、言ったのに……」
話したくとも話せないことが有るのは、ちゃんと分かっている。それでも、全部打ち明けて欲しい。隠し事なんてしないで、何もかもを教えて欲しい。そうでなければ、不安になってしまうから。恐ろしくなってしまうから。
もしも、もしも癒々の身に何か起きたら……被身子はもう堪えられない。
「……ぐすっ。癒々ちゃんの、馬鹿ぁ……」
目に涙を浮かべて、ぐずる。何も話してくれないことが、辛い。癒々に何か起きているのに、何もしてあげられない事が苦しい。今にも泣き出しそうな被身子は、仰向けに眠る恋人の胸に頭を乗せる。耳を澄ませると、ゆっくり上下する薄い胸から規則正しい鼓動が聞こえた。
とくん、とくん。と、心臓が動いている。もしも癒々に何か有ったとするなら、まずは此処と被身子は疑った。けれども、何か様子がおかしいようには思えない。こうして聞いている分には、何の問題も無いと思える。
その事実に、彼女は少しだけ安心した。安心してしまった。
(……大丈夫、ですよね……? 心臓に、何か有ったわけじゃない……ですよね……?)
何度聞いても、聞き続けても、癒々の心臓は規則正しく動いている。ならば、心臓は大丈夫なのだろう。そう思ったら緊張が途切れ始めて、気が抜けてしまう。
「ちゃんと話してくれなきゃ、ヤです。もぅ、癒々ちゃんの馬鹿馬鹿っ」
胸に頭を乗せられても起きる気配の無い恋人に向かって、不満をはっきりと口にする。何も話して貰えないのは心外だ。不満で、不安だ。
だけど。ひとまず心臓に異常は無さそうと判断してしまう。都合良く考えてしまう。それは被身子に、医学の知識が無いからだ。そして、癒々の心臓に起きた異常は……今は微々たるもの。かなり念入りに調べないと分からない程のものだ。
癒々の心臓の鼓動を聞きながら、被身子は瞼を閉じる。こうして愛しい彼女の心音を聞き入っていると、不思議と安心してしまう。
もう独りで癒々に泣いて欲しくない。傷付いて欲しくない。これから先、何をどうしたら癒々を守ってあげられるのか。そんな風に思いながら、考えながら、やがて訪れた眠気に身を任せて被身子は意識を手放した。