自分の名前が「一心」なので、葦名かと思ったら稲妻だった   作:クラウディ

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 そろそろ年末ですってよ奥さん





天狗

「笹百合様、あまり無理をなさらずに……」

「大丈夫だよ、裟羅。まだまだ忙しいというのに、彼女達は自分達の時間を使って私に会いに来てくれたのだから」

「えっと……笹百合? まだ傷は治ってないんじゃないか? あんまり無理せず横になってた方が……」

「パイモンの言う通りだよ、笹百合。無理そうならまた日を改めるから……」

 

 一斗の悲鳴が聞こえる神無塚を後にして、蛍達が向かったのは『ヤシオリ島』の『緋木村』。

 その中でも一際豪華な屋敷にたどり着いた蛍達を出迎えてくれたのは、白髪の目立つ初老の男性と、そんな彼の肩を支えている女性の二人であった。

 

 「笹百合」と呼ばれた男性の名は『九条笹百合』と呼び、彼の肩を支えている女性の名は『九条裟羅』である。

 彼らは共に「九条家」と呼ばれる名家の者で、主に稲妻の『(まつりごと)』を担当している家だ。

 特に笹百合の方はこの『ヤシオリ島』で「あること」を担っており、先の戦争では少々「それ」につきっきりになっていたのである。

 

「こほっ……すまない、少々体調がすぐれないようだ……不甲斐ない……」

「い、いやいや! 無理言って会わせてくれって言ったのはオイラ達なんだからさ!」

「気を遣わせてしまったようだね……こふっ、申し訳ない……」

「謝らなくていいから、先ずは座って?」

「旅人、パイモン。気遣い感謝する……この方はそうでも言われないと動かない人なんだ……」

 

 「それ」による無理が祟ったのか、軽いとはいえ咳き込んでいる笹百合の体を労わる蛍とパイモン。

 そんな二人に促され、渋々縁側に腰かける笹百合。

 少し荒くなっていた息を整えながら、彼はあることについて話しだす。

 

「さて、君達が聞きたいのは『彼』……「一心」についてだろう?」

「おう! ここに来る前にも一心様についていろんな話を聞いてきたんだ! 影からは雷返しのこととか、万葉からは葦名家についてとか! 他にも色々聞いてきたんだけど、笹百合もなにか知ってるんじゃないかな~って思ったんだ!」

「はっはっは! なるほどなるほど……やはり、あの雷返しは見間違いではなかったんだね……懐かしいよ、本当に……」

「……やっぱり、一心様って、笹百合達にとって大切な人なんだね」

「もちろん、私の大切な『友人』だよ」

 

 パイモンが元気良く尋ねてきたことに、目を細めながら呟く笹百合。

 その胸中にはどれだけの思いが込められているのかを推し量ることしか出来ない蛍は、そう声をかけたのだ。

 

「さて、直接私の口から一心のことを語ってもいいのだが、ここは今を生きる若者達からの意見も聞いてみたいんだ。蛍君、パイモン君、そして裟羅。どうかな?」

「うん、良いと思う」

「おう! オイラもそう思うぞ!」

「わ、分かりました。笹百合様の提案なら、喜んで」

 

 話し始める前に、先に若者からの意見を聞いてみるという自身の提案に、各々が快く答えたのを見て、笹百合は問いかける。

 

「まず、君達は一心について様々なことを聞いてきただろう。蛍とパイモンは影や眞、他にも様々な者達から。裟羅は私の言葉や、残された言い伝えから。それらの情報から君達はどう思ったかな?」

「どう思ったか……」

「うーん、どう思ったか……」

「剣聖様についてどう思うか……」

 

 笹百合の質問に、少し考え込む蛍とパイモン。

 しかし、その考えもすぐに纏まり、彼女なりの答えをだす。

 

「私は……『尊敬できる人』だと思った、かな?」

「ほう? それはどうしてだい?」

「……一心様はすごく強い。でも、それで止まらずに色んなことをし始めて、今の皆に繋がってる。たくさんの人に覚えてもらえてるってことは、それだけ頑張ってきたってことだから、私はそう思ったの」

「……ふふっ、そうだね。覚えてもらえるということはそれだけ印象が強かったということだ。今の君にも覚えておいてもらえたのは、一心も嬉しいだろう」

 

 蛍の『尊敬できる人』という答えに満足そうに笑った笹百合は、そう言いながら彼女の頭を撫でた。

 そんな蛍の答えを聞いていた裟羅も彼女なりに答えをだす。

 

「……私は剣聖様のことをまだ良く分かっておりません……子守唄や伝承で聞いた程度の認識ですから……ですが、もし会えたら言いたいことがあります。『稲妻のために尽力してくれてありがとうございます』と。だから私も『尊敬できる人』だと思います」

「……あぁ、それもまた一つの形だね。裟羅、これからも精進するように」

「はい!」

「うぇ!? お、オイラは……」

「焦らなくて良いよパイモン。おやつの時間はまだだから」

「ちっがーう! オイラはそんなに食い意地張ってないぞ! オイラだって一心様はすごいやつだって思ってるぞ!」

 

 裟羅ですら答えを出したことに、一人だけ答えきれていないパイモンは焦り始めるが、そんなパイモンをからかうかのように蛍が声をかけた。

 

「ふふふっ、仲が良いのは素晴らしいことだ。さて、若者達からの意見を聞いたところで、私からも一心のことを語っていくとしようか」

 

 蛍とパイモンのじゃれあいに笑みを浮かべていた笹百合は、佇まいを正して本題を話し始める。

 蛍達にとってはあくまで話を聞いてきただけの他人だが、笹百合にとっては数千年来の親友なのだ。

 思わず、蛍達の姿勢も良くなる。

 そんな彼女達の姿に苦笑いを浮かべながらも、笹百合は話し始めた。

 

「私達と彼の出会いはおおよそ2000年前に起こった戦争の真っ只中であった」

 

 笹百合が脳裏に浮かべるのは、あの大雨が降りしきるこのヤシオリ島での戦いである。

 

「その時の私は九条家に嫁ぎ、初代天領奉行の座について子供も産まれるという平穏を謳歌していた。……しかし、突如として『魔神オロバシ』が稲妻との不可侵条約を反故にし、侵略してきたことでその平穏が崩れることになる」

「『魔神オロバシ』……あの大きな遺骨のもととなった魔神のことだよね?」

「そう、当時は話を聞くことができる状況ではなかったが、『海祇島』との交易が盛んになるにつれてオロバシ側にも事情があったことが判明したのは最近のことだ。これは一旦置いておくことにして……戦争が始まった時、私も戦場にいたんだ。子供も産まれて少し浮かれていたのかな、あの時、少しでもタイミングがずれていれば私はこの世にはいなかったはずだ」

 

 そう言って、笹百合は自身の左胸に手を当てる。

 それは過去の戦いで、もう少しで穿たれてしまうところであった心臓があるところだ。

 

 当時の戦争は苛烈の一言に尽きる。

 数千の兵、妖怪が一丸となって稲妻を守るために『魔神オロバシ』と戦った。

 そこで命を落としたものは数知れず、その一人になるところであったのが当時の笹百合である。

 

「でも、そうはならなかった……」

「そうだ、一心が駆けつけてくれた……いや、あれはもはや『乱入』と言っても過言ではないね」

「おぉ……あれ? 乱入ってどういうことだ?」

「ん……? ……あぁ、そうか。この時のことはまだ聞いていないのか。てっきり誰か話していると思っていたが……まぁ、あの時のことは話していなくても仕方ないか」

「どういうことですか笹百合様……?」

「いやすまないね、くっ、久しぶりにあの時の一心の姿を思い出してしまってね……くっ、くくくっ」

 

 まるで、思い出し笑いをしているかのように喉を鳴らして笑いを噛み殺す笹百合の姿に、怪訝そうな目を向ける裟羅達。

 そんな彼女達の顔を見ながら、笹百合はその時のことについて話し始める。

 

「実はだね、当時の戦争の真っ最中であるこの島に血気盛んな「一人の若者」が流れ着いたんだ。それも嵐が吹き荒れる海原を、人一人しか乗れないような「小舟」で渡ろうとしたら、運悪く……いや、この場合は運良くかな? ここに流れ着き、そのまま戦に殴り込んできたんだよ」

「え、ま、まさか……!?」

「そう、それがまだ無名であった若い頃の『葦名一心』という男なんだ。あぁ、あの時の一心には敵味方全てが目を丸くしていたよ。まさか(ふんどし)一丁の男が奇声をあげつつ、刀を片手に乱入して来るとは思わなかったからね。くっ、駄目だ、思い出すほどに笑いが……!」

「え、えぇ……」

 

 くっくっくっ、と漏れ出そうな笑いを噛み殺しながら語っていた笹百合は、心の底から掘り出してしまった愉快な光景を脳裏に浮かべてしまい、思わず笑いだしてしまった。

 笹百合の語る一心の姿を脳裏に浮かべてしまった蛍は少し引いてしまう。

 

 笹百合の語ったことは事実だ。

 当時の戦争を生き残った妖怪に「あの時の戦争で一番驚いたことといえば?」と聞けば、大多数の者が「ほぼ全裸で刀を振り回し、戦場に乱入してくる一心の姿」と答えるだろう。

 それほどまでに予想外であり、衝撃的な出来事だったのだ。

 いきなり『魔神オロバシ』が不可侵条約を反故にして侵略してきたかと思えば、その戦争中に奇声をあげながら褌一丁でオロバシの軍勢に突撃する人間の若者がいたのだから。

 

「乱入された時は気が狂ったヤシオリ島の住人かと思われたが、それにしては強すぎたからね。敵が立ちはだかれば盾もろとも両断し、術を使えば術もろとも両断される。影が落とす雷も刀で受けてはオロバシに打ち返すほど。しまいには、オロバシに向けて『近所の猿に比べれば貧弱』と罵倒する程だった」

「オロバシより強い近所の猿って、絶対それ普通じゃないだろ……」

「実際強かったよ。いやぁ、まさか私の剣術を見きってくるとは……」

「絶対普通じゃないぞ!?」

 

 酒でも入ったのかというほど、楽しげに語る笹百合の姿はいつも仕事に忙殺されていた真剣な表情とは違う、まるで子供のようであった。

 

「それを切っ掛けに、私達は友人になったんだ。この絆は「永遠」に途切れることはないと思えるほどのね……」

「笹百合様……」

 

 楽しげな様子から一転、寂しげな瞳をした笹百合の姿は、どこか儚げに見える。

 それだけの重い存在が、過去に一度死に、そして蘇ったのだから、まだ心の整理がついていなくても仕方がないだろう。

 

「まぁ、これも過ぎ去ったことだ。それに、彼は帰ってきた。これは詳しい事情を聴かないといけなさそうだね」

「うん、私も協力する」

「オイラもだぞ!」

「……ふふっ、ならお茶菓子を持ってこようか。まだ話したいこともあるから――」

 

 蛍とパイモンの言葉に微笑みを浮かべた笹百合は、縁側から重い腰を上げてお茶菓子を取りに行こうとする。

 

 

 

――その時であった。

 

 

 

「ん? これ、伝書鴉か?」

「これは……! すまない蛍、パイモン。私はファデュイの残党の鎮圧に行かなければならない。少し席を外す」

 

 縁側に降り立ったのは、片足に手紙を結んだ伝書鳩ならぬ伝書鴉。

 結んであった手紙を読んだ裟羅は、驚いたように目を見開くと直ぐ様武器を手にとって駆け出そうとする。

 手紙に書かれていたのは、ファデュイの残党との戦闘を行っていた部隊からの救援要請だった。

 

「! 私も行くよ裟羅。手は多い方がいいでしょ?」

「だが……」

「安心しろって! オイラ達は強いからな!」

「……それなら、頼む」

 

 そんな裟羅を手伝うために蛍とパイモンも名乗りを上げ、三人は目的地に向けて駆け出すのであった。

 

 残された笹百合は、茶菓子を載せた盆を手に呟く。

 

「おや、行ってしまったか……それにしても、今日は特に胸騒ぎがするな……雨が降っていたからか……? ついこの間も雷が変な落ち方をしたというのに……まさか――」

 

 そこで、笹百合はあることに思い至った。

 

「まさか、この島にいるのかい?」

 

「……一心」

 

 その答えが返ってくるのは、思っている以上に早くなるのをこの時の笹百合は知らない。

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