獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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二人はこんな風に働く

『ねえシスター。都会には、動物みたいな姿の人ってのがいるって本当?』

 

 とある孤児院で、一人の少年がたずねた。世話役をしていたシスターは、笑みをうかべて答える。

 

『まあ、獣人の事かしら。アランったら急にどうしたの?』

 

『だって、院の中にずっといたら退屈なんだもん』

 

『しょうがないわねぇ。……獣人っていうのは、本当は森とか山奥にいるのよ。都会にいるのは、ほんの少しだけ』

 

『なんでわざわざ都会にいるの?』

 

『それは……』

 

 シスターはしばし顔をくもらせた。そして寂しげな笑みになって口を開く。

 

『人間が……好きだからよ』

 

『ホント!? じゃあ会いたい会いたい!』

 

 答えを聞いてはしゃぎだす少年に苦笑して、シスターはかがんで目線を合わせる。そして言い聞かせるように話す。

 

『……アラン。都会の獣人は、みんな危険な仕事をしているわ。冒険者っていって、毎日が命がけなの。魔族っていう悪い動物もいるの』

 

『じゃあ冒険者になる! ボク冒険したい!』

 

『本当に? 本気なの?』

 

『うん! オオカミとかのカッコいい獣人と、色んな事したい! 絶対たのしいもん!』

 

『……そっかあ』

 

 無邪気に夢を語る少年に、シスターは仕方なしという風に笑った。子供の憧れというものは時に、何よりも強い力になりうる。じっさい彼は、目を輝かせながらこう付け加えた。

 

『ついでにエッチなこともしたいなー』

 

『……それは喜べないかなぁ、神につかえる身として』

 

『やだー! 絶対エッチする! 大人になったらかわいい子みつけて、絶対する!』

 

『分かった分かった、連呼しないで!』

 

 シスターは呆れかえって少年の言葉をさえぎる。しかし、しょうもないと思いながらも、彼女はその少年の目に、将来への希望と、力強い決意があるのを感じていた。

 

 ……それから時は、十年以上すぎる。

 

 

――

 

 

「グギャアアァッ!」

 

「よっしゃ、これでゴブリン二匹目!」

 

 鬱蒼とした森の中で、一人の男がガッツポーズをする。

 年は見た目、20代半ばくらいだろうか。がっしりとした体型で背が高く、その身を革の鎧とブーツに包み、手に長い剣を持っている。

 それなりに整った顔立ちで、短くまっすぐな黒髪に汗を浮かばせたさまは精悍な印象を与える。

 

 そんな青年の周りには、緑色の肌をした醜い小人のような生き物が三匹ほど立っていた。子供のような背丈に見合う小さな盾と斧を持ち、青年を敵意のこもった目で見つめている。

 その生き物は、魔族の一種であるゴブリンというものだった。青年は訳あってそれらと戦っているようで、周りにはゴブリンの死体が緑色の血を流して倒れている。

 

「ほれ来いよ。新米冒険者のアラン様が相手だ」

 

「グッ……ググ……」

 

 青年、もといアランは剣をつきつけて挑発するが、ゴブリンたちは怖がっているのか唸りながら身を固くする。そんな姿をアランはじれったそうに見つめていたが、その視線がふと、ゴブリンたちの背後に移る。

 高い茂みの暗がりで、かすかに黒い陰がうごめく。それには二つの光る目がついていた。

 

 ゴブリンが気づく間もなく、それは飛び出す。そして、アランをにらんでいた一匹に腕を振り下ろした。

 

「ギャアアッ!?」

 

 背中に一撃を受け、一匹が悲鳴とともに倒れる。そばにいたゴブリンはとっさに飛びのき、その不意打ちの主を確かめた。

 

 そこにいたのは、一人の若い女性。

 見た目は17、8歳ていどだろうか。背はおよそ170センチほどで、細身の体に胸当てをはじめ、腕や膝などの要所で革の鎧をまとっている。両手には、緑色のゴブリンの血がしたたるカギ爪が。

 すらりとして起伏の少ないボディを上に追いかけると、けわしい表情をした色白の大人びた顔が目に入る。グレーのショートヘアの下で、キツい黄金色の瞳がおびえるゴブリンの動きを刺すように捉えていた。

 その迫力ある女性を見て、アランは気安い笑顔になって言った。

 

「ようジゼル。向こうはもういいのか」

 

「とっくに片付いたよ。あんまり待たせないでくれ」

 

「すまんすまん。今やるよ」

 

 ジゼル、という女性はため息まじりに厳しい言葉を発する。対してアランは少しも臆する事なく笑って流した。そしてゴブリンの動きを注視しながら、彼は小さくつぶやいた。

 

「さすが、獣人サマは頼りになるぜ」

 

 獣人。それは一体何であろうか。それはカギ爪をかまえて敵を見すえるジゼルを観察してみれば分かる。

 頭のてっぺんから左右に分かれた位置に、髪の毛と同じ色をした毛におおわれた三角形の器官……まるで狼のような耳がある。尻の少し上からはフサフサとした長い尻尾が生え、ゴブリンをにらんで静かに呼吸する口元をよく見れば、太く尖って人間ばなれした歯、もとい牙がある。

 まるで狼と人のあいの子といった容姿。それを見つめていたアランの脇を、一匹のゴブリンが脱兎のごとくすり抜けようとする。

 

「おっと」

 

 アランはそれを見逃さず、逃げ道をふさぐようにして剣を振るう。走っていた勢いの分だけ刃が食い込み、ゴブリンの首が中途半端にもげた。

 

「おい、ボーッとすんなよ!」

 

 同じく逃げようとしたゴブリンと組み合っていたジゼルがどなる。するとアランは悪びれずに笑っていった。

 

「そう怒るなよ、お前に見とれてただけさ」

 

「は?」

 

「いやー、いつもながらおっかないけど、おかげで狼っぽくて格好いいんだよなぁ。戦っていると特に見惚れるぜ」

 

「……っは、くだらねえ……」

 

 ペラペラと魅力を語るアランへ、ジゼルの頬がふとゆるむ。しかし次の瞬間、その表情は憤怒へと変わった。

 

「鍛えた美人ってのは、たいてい尻がデカいんだよなー。胸の形もツラもいいし、お前にはくわえて獣人の野性みが……」

 

「うっせー!!」

 

 ジゼルがカギ爪を振り上げると、勢いに乗ってゴブリンの武具がはじかれた。アランは自分に向けて飛んできたそれを軽々と避け、相変わらず軽い調子で笑う。

 丸腰になった自身をあっけに取られて見回すゴブリンをよそに、ジゼルはアランをにらむ。そして牙を見せながら言った。

 

「……とっとと片づけるぞ。ギルドとの約束は今日までだ!」

 

「分かってるって」

 

 不機嫌そうなジゼルへのんきに答え、アランは悠々と敵に近づき、剣をかかげた。

 

 

――

 

 

「……終わったな」

 

「じゃ、また耳をもらいますか」

 

 ……数分後、まさに死屍累々といった様子でならんでいるゴブリンたちの死体から、アランは小型のナイフでもって耳をそぎ取っていた。緑色の血にまみれて生臭いゴブリンたちから、とがった耳を一つ一つ頂戴していく。

 

「いつも思うんだけどよ……。狩った証拠って、持ち物とかじゃダメなのか?」

 

「俺もイヤだけどなー、いちおう何でも屋たるギルドの一員だからさ。仕事は正確じゃなきゃいけない」

 

「……私らまだ信用低いけどな」

 

「そう言うなよ。まだ組んで一年、こういうのは地道な積み重ねだ」

 

 ジゼルがため息をつくのをよそに、アランは手際よく耳を回収しては袋に詰めていく。そして全て集めると袋を結び、今度は背中のマントの下からスコップを取り出した。

 

「埋葬といくか。手伝ってくれ」

 

「あいよ」

 

 言われてジゼルも歩きながら、腰の後ろに携えた柄の短いスコップを取る。そして二人で森の地面を掘りはじめた。

 

「こういう時ッ、獣人と組める制度があってッ、良かったと思うぜ!」

 

「私がやろうか? その方が早い」

 

「気持ちだけで十分さ。っ……重て」

 

「あっそ」

 

 ジゼルにチラチラと見つめられながら、アランは尚のんきそうに穴を掘った。だがジゼルが途中から参加すると、体力が違うのかアランより何倍も効率よく土を掘り進める。そしてある程度までくると彼女はスコップを木に立てかけ、顔をしかめながらゴブリンの死体を穴へ引きずっていく。

 

「今度からもっと浅くてもいいよな? どうせ気休めだし」

 

「いや確かに、死体放置するよりマシってだけなんだが……」

 

「実際、人間以外の鼻ならすぐバレるぜ。こんなん」

 

「そこはホラ、人間としての儀式ってのも要るんだよ」

 

 あれこれと問答しつつ、アランたちは穴の中にゴブリンを放り込んでいく。そして土をかけ直すと、そろって胸の前で両手を組み、目を閉じた。

 

「えーと……どうか安らかにお眠りください。恨んじゃイヤよ」

 

「…………」

 

 アランがぽつりとつぶやくのを聞いて、ジゼルは片目を開けて相手を見る。そして先ほど埋葬した場所を見ながら、彼女は沈みがちな口調で言った。

 

「しっかし、もう何度もゴブリン退治してるけどよ……少しはおとなしくなったりしないもんかね」

 

「うーん……」

 

 目を細めたジゼルの表情は、たんに面倒なだけではなく、このような殺しを複数回やったやりきれなさが伺えた。

 アランは振り向き、そして自らも埋葬場所に目を落として言う。

 

「……魔物となるとな。中には、むやみに縄張りを広げようとする種もいる。自然に任せていたら、俺らが死んじまうさ」

 

「……そうかよ」

 

「困ったもんだよ。動物や獣人なら穏やかに接してくれるんだが……魔物じゃそうもいかない」

 

 アランはうんと伸びをしてそうボヤく。ジゼルはしばし埋葬場所を見つめていたが、ふとアランへ視線を移すと、皮肉っぽく言った。

 

人間(おまえら)そっくりじゃねえか。そりゃケンカもするわな」

 

 そのセリフにアランが振り向くと、ジゼルはイヤミたっぷりな笑みを浮かべ、アゴをしゃくって見せた。アランは一瞬ばつの悪そうな顔をした後、苦笑いして言った。

 

「それを言われると弱いな」

 

「……いや別に、マジに受け取られても困るけど」

 

「気にしてないさ。じっさい本当だし」

 

 手荷物の確認をしながら、アランは笑みを柔らかくする。そしてジゼルへ向き直り、こう言った。

 

「けど、そのおかげで俺たちが会えたんだ。それは悪くないだろ?」

 

「……ふん」

 

「さ、帰ろうぜ」

 

 二人は並んで夕方の森を歩きだす。少し開けた場所に出ると、オレンジ色の光がぱあっと辺りを照らしていた。

 そのまぶしさに顔をしかめる二人の視線の先に、あるものが映る。森を見下ろすようにそびえる、何かを広く囲う巨大な石壁。木々を切り開き、無理やり広げた縄張りのしるし。高い城壁に囲まれた、人間の街であった。

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