獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「おお、ダニエルじゃん! 久しぶりだな!」
「アランさん! やっぱりこの宿にいたんですね」
「ルナも元気だったかー? へへ」
「……む、ジゼルお主なんだか酒くさいぞ?」
ある日の夕暮れ、アランとジゼルはいつもの宿で、ダニエルとルナの二人と再会していた。赤髪を首までのばし、杖を持った青年、ダニエル。金髪のツインテールでレイピアをたずさえ背の低い少女、ルナ。二人は大きな荷物を背負い、どこかから帰ってきた風だった。
アランはそんな彼らをしげしげと見つめてたずねる。
「……そういえば、どこかに行ってたのか? ここしばらく顔を見なかったけど」
「ええ、依頼があって、往復で二週間ばかりかかる山へ」
「なんだよー、誘ってくれれば良かったのに」
「ああいえ、中級の依頼だったので、アランさんではちょっと……」
「あ、そっか。悪い悪い」
ばつが悪そうに言うダニエルへ、アランは手をひらひらとさせながら笑う。その様子を見て、ダニエルは遠慮がちにたずねた。
「……アランさん、もしかして酔ってらっしゃいます?」
「やっぱり分かるか? つい羽目を外しちまって」
アランは陽気に笑う。すると横から声がした。
「教会からの依頼の制限が、ようやく解かれたそうですよ」
「貧乏から解放されるからって、浮かれすぎだニャ」
カウンターにいたリズやエマが、あきれた表情で補足する。それを聞いたルナも、目の前のジゼルの顔を半目になって見上げた。
「どうりで酒の匂いがするワケじゃ……」
「なんだよ冷たいなー! 一度は死地を乗り越えた仲じゃねえかー」
「のわっ、撫でくり回すな! 分かった、悪かったから離れい!」
酔っ払ったジゼルに抱き寄せられ、ルナはジタバタともがいた。それを見てアランとダニエルが笑っていると、リズがなだめるように声をかける。
「はいはい、騒いでいないで皆さんお部屋に戻ってくださいな。他のお客さんに迷惑ですし」
「おっと、そうだな」
「すみませーん」
言われた四人はあわてて部屋のある方角へと歩きだす。ところがルナがふと足をつまずかせたかと思うと、ふらりとバランスを崩してしまった。
「とっ……」
「おいルナ? 大丈夫か?」
「しっかりするニャ!」
床に膝をつきそうになるルナを、ジゼルがあわてて受け止める。エマもそばに来て見つめる中、ダニエルがばつが悪そうにつぶやく。
「やっぱりルナに山歩きは大変でしたかね……。早く休ませないと」
「無理すんなよ。私がおぶってやるから」
「むー……子供あつかいするなぁー……」
「よいしょっ、と」
すでに眠気のまじった声で不満を言うルナを、ジゼルはぐいと背負い込む。そしてダニエルについて行き、彼の部屋まで来てから、背中のルナをちらりと見た。
「なんか心配だな……。もう寝息立てちまってるし」
「大丈夫じゃないか? 疲れただけなんだろ」
「そうですよ。そんなに大ごとじゃありません」
「そう、かな……」
アランやダニエルは笑ったが、ジゼルはなんとなく放っておけない様子だった。子供(少なくとも見た目は)が疲れきっている姿に同情心がわくのかもしれない。
それを見たアランが、思いついたようにこう言った。
「そうだ。じゃあジゼルは、先にルナを部屋に運んでおいてくれよ」
「へ、じゃあお前は?」
「ダニエルと話でもしてるよ。山に行ったエピソードとか聞きたいし」
「へ、僕ですか?」
「そ、俺の部屋でさ。それぞれしばらく二人ずつ。いいだろ?」
そう言ってアランは周囲の顔を見回す。少しして、ジゼルもダニエルもうなずいた。
「分かったよ。寝かしつけたら、なるべく早く戻る」
「何かあったらすぐ呼べよ」
「うるせえな、ガキじゃあるまいし」
「すみませんけど、よろしくお願いします」
一同は顔を見合わせ、それからアランとダニエルが先に部屋へ入った。そしてジゼルがまた背中のルナを見る。
「ふにゃ……羊が一匹……毛がもっこり……ばっさり……どっさり……」
「……はは」
妙な寝言を言うルナに、ジゼルが思わず頬をゆるませる。そして微笑ましそうに見つめているリズやエマと顔を見合わせると、ゆっくりとダニエルから教えてもらった部屋へと歩いていった。
――
「……それで、僕らはどうにかその山間部にまでたどり着いたワケですよ」
「ほうほう……」
「ちょうどその先のトンネルを抜けたら村があるので、そこで休もうって話をしていたんです」
……それからしばらく、アランは部屋の中でダニエルの旅の話を聞いていた。アランはベッド脇、ダニエルは椅子にそれぞれ座り、ちびたロウソクに灯りがともる薄暗い空間で、口だけが動く。
「そしてトンネルに差し掛かったんですが……悪い事に、そこが塞がってしまっていまして」
「…………」
「どうしようかなって思った時、ちょっと後ろに戻るともう一つトンネルがあったのを思い出したんです」
「…………」
「今まで通った事ないけどしょうがないかなって、山の後ろ側に回ってそれから……アランさん?」
アランが黙っている事に気付き、ダニエルは話を中断して呼びかける。するとアランは船をこいでいた顔をハッと上げ、口の端のヨダレをぬぐって言った。
「ああ悪い悪い。なんだっけ」
「つまんないですか? この話」
「いやかまわん。ちょっと酔ってただけさ。それで?」
「うーん……そう、ルナと後ろの穴を使ったっていう話ですよ」
「…………!?」
ボーッとした顔をしながら、愛想笑いをするアラン。しかしダニエルが再び話しだしたところで、身を乗り出して話に食いついた。
「ちょ、ちょっと待て。"後ろの穴"? ルナと?」
「え、ええ。後ろの穴(トンネル)です」
「はぇーっ……」
アランは何故か驚いた顔で姿勢を戻す。それに戸惑い、ダニエルが首をかしげた。
「あの、どうかしました?」
「何でもない何でもない。それより、よかったら続きを聞かせてくれ」
「はぁ……」
アランは急に興味津々になり、続きをうながす。ダニエルはそれを見ながら妙な気持ちでいた。
(どうしたんだろ……。洞窟みたいな場所に興味あるのかな?)
(後ろの穴かぁ……。すげぇな、俺よりチャレンジャーじゃん)
……お分かりだろうか。アランの酔いやうたた寝によって、両者の認識にひどい食い違いが生じてしまった事に……。
しかし二人ともそんな事態にはカケラも気づかず、ダニエルは言われた通りに続きを聞かせはじめる。
「まあとにかく、僕が後ろからついていく形でチャレンジしたワケです」
「おぉ~……」
「いざ目の前にしてみるとドキドキするものですねー。ルナはさっさとしろって言うんですが、ちょっと躊躇しちゃって」
「うんうん、想像できるわ」
相づちを打つアランは、全く誤解に気づかない。そしてダニエルも平気で続ける。
「そうしたら、ルナが引っ張って『お主は細いんじゃからスッと入るじゃろ!』って言い出して」
「うわ、それ思っても言っちゃいけないヤツ!」
「そんなに細いですかね僕……」
「いや、俺に聞くなよ!」
笑いながら返すアランへ、肩を落とすダニエル。そして彼の話は続く。
「そして、その穴が狭いんですよ。前の方と比べて」
「……まあそうだわなぁ」
「その辺は開発も中途半端ですし……」
「開発!? 開発してたのか!?」
「え? ええ。半年ぐらいかけて放ったらかしだったかな」
「半年……けっこうやったな」
「そうですかね……?」
あいまいに笑って首をかしげるダニエル。そして誤解はさらに深まる。
「それから、少しずつ奥へと入ったんですが、中は湿っていましてね……。なんかこう、ヌルッてするんですよ」
「そりゃそうだろうよ」
「あと、
「……お前それルナに言ってないだろうな?」
「へ、言ってないですよ……?」
眉をひそめるアランへ、ダニエルはとまどいながら応える。アランはわずかに苦笑いしながら話の続きを待っていた。
「ルナはもう乗り気で早く早くって言ってて……でも僕ちょっと怖いんですよ。その道、明るくなくて」
「
「何言ってんですか。彼女はそんなの平気ですよ? 前に言ったじゃないですか」
「な、なぬ? そうだっけ?」
「そうですよ。現に僕なんて、何度も尻を叩かれていますからね」
「叩かれた!? そんな趣味が……。いや、そりゃ形無しだな」
「手厳しいなぁ。確かにルナの方が頼りになりますけど」
仰天するアランと、肩をすくめるダニエル。なおもダニエルの口は回った。
「それでも、少しすると慣れてくるんですよ。ああ、こういうものかーって具合に。彼女と談笑する余裕もできて」
「おう良かったじゃないか。まったり楽しめ」
「『何か奥の方から出てきちゃったらどうしようか』なんて話していました」
「いやそりゃシャレにならんわ! 話題えらべ!」
「そ、そんなにですか?」
「そんなにだよ! 考えうる限り最悪のケースだろ!」
「そんな大げさなー。単なる冗談ですよ」
ダニエルは背をそらしてゆったりと笑う。アランの驚愕した顔とは正反対である。
「……そして、ついに終わりが見えてきたんですよ。だんだんと動くのも早くなって、息もあがってきて」
「おおぅ……そうか……」
「同時に穴の中もキツくなってきましたがね。ルナは気にせず『もうすぐかの?』なんて嬉しそうに聞いてきました」
「あ~、終わり際に一言くれるのか……」
「ええ、あれは良いものですよ。『一緒に行こうね』っていう確認です」
「ふーん……」
アランは言葉少なになり、のろけを聞くような目でダニエルを見つめた。そしてダニエルの話がついに結びへと向かう。
「僕も『もう出ますね!』って返事して。それからすぐに、視界が白く染まったんです」
「おっ、じゃあついに……」
「ええ。気づいたら、二人で折り重なって倒れていました」
そう言って、ダニエルはふーっと息をつく。話が一段落ついて、アランも膝に肘を置いてうなずく。
「終わってみると呆気ないものですね。ちょっと体が汚れていましたが、何ともなかったです」
「汚れちゃったか~……」
「まあこの先は、無難にもう片方を使いますよ。あちこち体が痛くって」
「はっはっは、まあそれも経験さ」
二人はそれぞれ異なる状況を思い浮かべ、笑いあった。するとふと、アランがある事に気づく。
「ありゃ? ……なんかジゼルのヤツおせーな」
「本当ですね……どうしたんでしょう」
夜も更けてきた中、二人はこっそりと部屋を移動する。そして、ダニエルの部屋のドアを開けて……。
寝ているルナのそばで、先ほどまで見守っていたかのようにベッド脇に突っ伏して寝ているジゼルの姿を見たのだった。
――
「……ったく、なんで目が覚めたらお前がいるんだよ」
「しょうがないだろ。あのまま置いとくワケにいかないんだから」
「最悪の目覚めだったぜ。ルナの顔を見ながらウトウトしたと思ったら、いつの間にかアランがいやがった」
「まあまあ。済んだ事じゃないですか」
「そうじゃそうじゃ。ワシの顔ぐらいいくらでも見せてやるぞ」
ルナは後ろを歩くジゼルを振り返り、自慢げに微笑んでみせる。それを見てジゼルはついつい顔をニヤけさせていた。
……あくる日の朝。四人は宿を出て、ギルドまでの道を連れだって歩いていた。ダニエルとルナが、特別な体験など何もなかったかのように(実際そうなのだが)歩くのを一瞥し、アランはこっそりと隣のジゼルへ耳打ちする。
「……ジゼル」
「うん?」
「今夜、ちょっと頼みがあるんだが」
「断る」
「いや内容を聞いてから判断してくれ! 頼むから!」
未知の経験をもとめ、アランは熱心に頼み込んだ。そのうちにジゼルもその熱意におされ、しばらくしてようやく折れた。
「……分かったよ。じゃあ話ぐらいなら聞く」
「よっしゃあぁ! サンキュー!」
大はしゃぎするアランを、ジゼルやダニエル、ルナまで不思議そうに眺めていた。彼の頭の中にある光景は、誰一人想像できていなかった。
……そしてその日の夜。宿の部屋にて、アランがジゼルになぐり飛ばされてしまったのは別の話である。