獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、新たな趣味を発見する

「待て……っこの! ゼリー野郎!」

 

 ……ある日の森の中。雲一つないのどかな晴天の下、木々におおわれた森の中をジゼルがいきり立った様子で走り回っている。

 

「っにゃろうが! 待てっつーんだよッ!!」

 

 彼女の視線の先にいるのが、青く透き通りぷるぷるとした見た目の、手のひらサイズの丸い生き物。ジゼルの言う通りゼリーのようなそれは、彼女から逃げ回るようにぴょんぴょんと跳ね回っている。

 やがて追いかけるのに疲れたジゼルは足を止め、生き物が逃げる方へと先回りしていたアランへと叫ぶ。

 

「だぁーっ! スライムってのはなんで皆こんなすばしっこいんだ!?」

 

 先にいたアランは剣をかまえてその"スライム"を見据えつつ、からかうように言う。

 

「お前が恐い顔してるからじゃないか?」

 

「なんだと!」

 

 ムッとするジゼルへ、アランはイタズラっぽく笑った。

 ……スライムというのは、森をはじめ山地、草原、海辺など、さまざまな地域に生息する魔族である。基本的に小さくておとなしく、たいていは害にならない。が……。

 

「うわっ!?」

 

 ふと、スライムに剣を振るおうとしていたアランが飛びのく。茂みから別のスライムが何匹も飛び出してきたのだ。あわてて避けた拍子に、一匹のスライムがアランの足に飛びつく。

 

「ええい離れろっ!!」

 

 ブーツに取りついた小動物を、足から払いのけようとするアラン。そうこうするうちに、スライムのくっついたブーツの一部が、シューシューと音を立てて色あせ、生地が溶けはじめる。

 

「せいっ!」

 

 その時、ジゼルが横から飛び込んでそのスライムを蹴り飛ばした。スライムは体の一部を水滴のように散らして引き剥がされ、「ピギッ」と鳴き声をあげて地面に転がった。

 ひざまずいて足を押さえてるアランを見て、ジゼルはふんと鼻を鳴らす。

 

「……大丈夫かよ。油断しやがって」

 

「お、おう……。お前の蹴りが痛いけど」

 

「自業自得だ」

 

 ぞんざいな言い方に苦笑して、アランは周囲を見回す。するとそこには茂みから顔を出し、ぴょこぴょこと動き回るたくさんのスライムたちがいた。

 ……先も言ったように、スライムはたいてい無害である。しかし単為生殖であるために、一匹でもいれば時間とともに際限なく増えてしまう性質がある。しかも獲物や敵に取りつくと、体から溶解液をにじませて攻撃するという油断ならない面があり、なるべく人が襲われないようにと、たまに駆除の依頼が出るのである。

 

「とにかく、これで一段落したな」

 

 アランはそう言って、先ほど蹴られたスライムのいるところへ駆け寄る。ダメージを受けて動きを鈍らせているスライムを、彼は慎重に両手ですくった。

 

「おぉー、触ってみろよ。ぷるんぷるんしてる」

 

「……で、コイツをどーすんだ?」

 

 スライムの感触にはしゃいでいるアランへ、ジゼルは冷めた声で言った。それにアランは咳ばらいを一つし、ニッと笑って言う。

 

「……見てろ、ここからトドメを刺す」

 

 弱ったスライムを地面にそっと置くアラン。そして懐から両手におさまる程度の袋を取り出し、その口をほどくと、スライムに向けてかたむけた。

 直後、袋の中からサラサラと白い粉が流れ出て、スライムの全身をみるみる覆っていく。

 

「ピィ~~ッ!!」

 

 甲高い悲鳴をあげて、その小さな魔物はなんと体をみるみる小さくさせていく。そしてあっという間に、水を絞られたナメクジのように形を失ってしまった。

 

「……うわぁ、ひどい……何の粉だそれ?」

 

「塩だよ。スライムって元が単純な体だから、こうやって干からびさせなきゃ安心できないんだ」

 

「エグいなぁオイ。……ごめんな、ウチの相棒が外道じみた真似を……」

 

「いやお前もやるんだよ。ホラ」

 

 思わずスライムだったものへ祈りをささげるジゼルへ、アランは塩の袋をもう一つ差し出す。それを見て、ジゼルはしぶしぶといった様子で口を開く。

 

「絶対にやらなきゃダメか?」

 

「……こういうザコの駆除は、50匹は狩らなきゃ認められないんだ。とてもじゃないが一人じゃ出来ん」

 

「……あっそ」

 

 別の袋へスライムの死骸を入れながら、アランは念を押す。それを聞いてジゼルはやっと塩を受け取って立ち上がった。そして辺りに飛び交うスライムたちをざっと見渡す。

 

「言っとくが、必ず最後に塩をかけて退治しろよ? けっこうしぶといんだから」

 

「了解」

 

 アランの忠告を背中で聞き、ジゼルは手にはめたカギ爪の具合を見る。その様子にアランも剣を握り直し、すっと腰を上げた。

 

「じゃ、行くか。残り49匹」

 

「狩りすぎてもマズいから、ほどほどにな」

 

「あいよ」

 

 背中合わせに最後の確認をし、二人はそれぞれスライムたちに向かっていった。

 

 

――

 

 

「ピギャッ!」

 

「……よし、これでざっと20匹ぐらいか……」

 

 目の前のスライムを剣で叩き潰し、アランは長く息をついた。足元で変形して震えているスライムへ、しゃがみこんで塩を振りかける。

 

「ピィ~……」

 

「すまないな。俺らも生活の為なんだわ」

 

 か細い断末魔をあげる魔物へ、アランは目をつむって祈りをささげる。気づけば塩の袋はだいぶ軽くなっていた。死骸を回収すると、彼は剣をしまって歩きだす。

 

「さーて、ジゼルのヤツはどれくらい集めたかな……っと」

 

 辺りをキョロキョロと見回すと、少し前にはそこら中にいたスライムたちが、まるで姿を見せない。そろそろ帰れるだろうか、と考えたアランは、のんきに独り言をつぶやきだした。

 

「……もしかしたら服とか溶かされて、『イヤ~ン』ってなってたり……いやアイツに限って無いか」

 

 一度はハレンチな妄想をしたが、その中のジゼルの姿があまりに似合っていなかったので、真面目な顔にもどるアラン。むしろ柔肌をさらしなどすれば、怒りにまかせてスライムたちを血祭りにあげるかもしれない。

 無数のスライムの屍を積み上げ、肌で威圧感を放つジゼルを想像し、彼は少し笑った。

 

 ……と、そうしてジゼルのいた辺りに戻ると。

 

「ふうぅーっ……」

 

「ん?」

 

 妙にすごんだ吐息が聞こえ、アランは歩を早める。するとそこにはジゼルの背中と、そばで積み重なって山をなす、形を留めないスライムたちがいた。山の高さは1メートル半を軽く超え、ジゼルとちょうど頭が並んでいる。

 

「おいおい、ハデにやりすぎだろ!」

 

「あ?」

 

 あわてて駆け寄ったアランに気づき、振り返るジゼル。彼女はいかにも不機嫌そうに、手につかんでいたスライムを山にベチャッと投げ捨てた。

 

「……ここまでムキにやらなくても。ざっと80匹はあるんじゃねえか……?」

 

 ちょっと引き気味のアランへ、ジゼルはふとバツが悪そうに目をそらし、苦笑いして言った。

 

「いや、その……ちと、服をな」

 

「服?」

 

 言われてアランがしげしげと相手の全身を見つめると、ジゼルはある体の一部をさっと手で隠した。ちょうど尻のあたりである。

 

「……見るなよ」

 

「おっと、すまねえ」

 

 黄金色の瞳でにらまれ、尻尾までシッシッと追い払うように振られ、アランはさっと目をそらす。そして内心で静かに驚いていた。

 

(……まさか、本当に服を溶かされるとはな……)

 

 不機嫌そうにしているジゼルをこっそりと見て、アランはひそかにスライムへ感謝した。今では亡骸となっているであろうそれらに視線をうつし、彼が脳内で哀悼の念を送っていると。

 

 そのスライムたちが、ふと、もぞもぞと動いた。

 

「ん?」

 

 とたんに、アランの表情がけわしくなる。そしてとっさにジゼルに向かって言った。

 

「おい、あいつらまだ生きてるぞ!?」

 

「あわてるなよ。今片づけるから」

 

 ジゼルはそう返事して、渡されていた塩の袋を取り出す。それはまるで『しあげにコレを一振り』とでも言いそうなのんきな仕草だったが、アランは目を見開いて彼女へと詰め寄った。

 

「必ず最後に塩をかけろって言ったろ!」

 

「だから"最後"にやるんだろ。もう倒すのは十分だからな」

 

「違う、最後ってそういう意味じゃない!」

 

 早口に声をあげるアラン。その様子を見て、ポカンとしていたジゼルも徐々に眉をしかめだす。その背後でまたスライムの山がうごめいた。

 

「一匹ずつ息の根止めないとダメなんだよ! そうしないと……」

 

「うるせえな。そうしないと何だよ」

 

 鬱陶しそうに獣耳をふさぐジゼル。その直後。

 スライムの山が急にぐにゃりと縦に伸びたかと思うと、なんと一つの塊になってジゼルの背中に飛びかかってきた。

 

「へ?」

 

「あぶねッ!?」

 

 妙な気配に振り返るジゼル。その視界がスライムにおおわれるとほぼ同時に、アランが彼女を体当たりで押し出す。

 「いでっ!」などと叫んで二人が地面に転がった直後、すぐ後ろをスライムのかたまりが跳ね、目の前の木々をへし折っていった。

 バキバキという木の折れる音。その音の方角を見たアランとジゼルは、その姿にそろって息をのんだ。

 

 頭は2メートルほどまで高く、横幅はそれよりさらに大きく。それでいて丸いスライムの形を取り戻した巨大な怪物。目も口もないそれはへし折った木々を体内に呑みこみ、さらにムクムクと膨れ上がっていく。

 その姿に圧倒されそうになりながら、ジゼルが横を向いてやっとの思いでたずねる。

 

「……おい、何がどうなってんだ」

 

 アランはまいったという風に笑って答えた。

 

「……スライムってな、危険を感じると皆で合体してデカくなるんだよ。今みたいに」

 

 アランが話す間にも、スライムは全身を揺らしながらゆっくりと二人に向けて這う。ヒト二人を軽々と呑み込めそうなその大きさに、アランもジゼルも思わず後ずさった。

 その迫力を振り払おうと、アランは笑って早口に言った。

 

「ま、まあ心配すんな。合体したスライムに殺されたなんて話、まるで聞かないってウワサだ」

 

「それって、"殺されたヤツはそもそも話せない"ってジョークじゃないのか?」

 

「……だな」

 

「クソッ!!」

 

 ジゼルが毒づくと同時に、スライムがまた彼らに襲いかかった。ジゼルがアランを蹴飛ばし、はずみで転がってよけると、ちょうどその真ん中をスライムが跳ね、地面が陥没する。その後には、よけた拍子に落ちた塩の袋が無惨にやぶれ、潰れていた。

 

「んにゃろっ!」

 

 怒声とともにジゼルか飛びかかり、スライムにカギ爪を振るう。しかし爪はスライムの体にずぶりと沈んだかと思うと、三、四滴のしずくを飛ばしてあっさりと振り抜かれてしまった。

 

「……あれ?」

 

「これならどうだ!?」

 

 手応えの無さにとまどうジゼル。アランも剣を抜いて斬りかかるが、それでもまるで傷がつかずに元に戻ってしまう。

 そうこうしているうちにスライムがぐるりと体を半回転させ、ジゼルの方へぐにょんと体を伸ばした。

 

「うひゃっ!?」

 

 絡め取ろうとしてくるスライムからあわてて逃げ出すジゼル。しかし片足を取られ、彼女は地面にどさりと倒れ込んだ。

 

「ジゼル!」

 

「この、離せ! 気持ち悪ぃ!!」

 

 ジゼルは残った足で必死にスライムを蹴りつけ、振り払おうとするが、カギ爪や剣が通じなかった相手がそのくらいで離れるワケもない。それどころか、スライムに取り込まれた靴が少しずつ、溶解液によって溶けだしていく。

 

放電(スパーク)ッ!!」

 

 その時、アランがスライムへ向けて覚えたばかりの魔法を放つ。前方に向けた剣先から幾筋もの電流がほとばしり、それらは多少照準からバラつきながらも的の大きいスライムに全て突き刺さった。

 

「ギュオオォッ!!?」

 

 合体する前からは想像もつかないほど野太い悲鳴をあげ、スライムはその場から飛びのく。そのすきにアランがジゼルを助け起こした。

 

「無事か!?」

 

「ああ……すまん」

 

 二人はあわてて離れた木の陰に隠れる。その背後でまた木のへし折られる音がした。

 

「どうする? あんなの手の打ちようがないぞ」

 

「……一応、危険がなくなればまたバラバラに戻ってくれるんだが」

 

「……危険ってつまり?」

 

「この場合は俺たちだな。つまり敵を食うまではあのまま襲ってくる」

 

「じゃあお前食われてこいよ。私は逃げる」

 

「冷たい事言うなよー」

 

 二人が軽口をたたいている間にも、スライムはまた躍りかかる。気配に気づいてアランたちが逃げ出した直後に、背にあった木が真っ二つになった。

 そのさまを見て、アランは苦笑しながらつぶやいた。

 

「……まいったな。武器は通じねえし」

 

「魔法でどうにかならねえか?」

 

「あんなん覚えたてだしよ。怯ませるので精いっぱいだ」

 

「けど、斬ったり突いたりじゃハッキリ言って意味ねえぞ!? 水ン中を掻いてるみたいだ」

 

 ジゼルの声に、だんだんと焦りが混じってくる。しかしアランは、彼女の言った台詞の一部が引っかかった。

 

「……水ン中を、掻いてる……?」

 

 刹那、彼の脳内にある記憶がよみがえる。魔法の練習をしたさい、川に行って大量に魚を撮った、あの時。

 

「そうだっ!!」

 

 だしぬけにアランが発した大声に、思わず振り向くジゼル。とまどう彼女へ、アランはさっきまでとはまるで違う希望に満ちた顔を向けた。

 

「いけるかもしれない! 魔法を上手く使えば!」

 

「ほ、本当かよ。デタラメじゃ……」

 

「いいからここで見てろ! 一か八かだ!」

 

 不安げにするジゼルの肩をたたき、スライムへと駆け出すアラン。スライムの方もちょうど彼を見据え、呑み込んでやろうと体を大きく広げ、覆いかぶさろうとする。

 

「おおぉらあッ!!」

 

 アランは剣を前に構え、真っ向からスライムにぶつかる。その長い刀身が勢いのままにずぶりと半透明の体にめり込んだ。

 ジゼルはその成りゆきを固唾をのんで見つめる。アランは足を踏みしめて奥へ奥へと剣を押し込むが、一方でスライムはまるで効いていないとばかりに、一寸たりとも動揺せずに相手を呑み込もうとする。

 

 だが取り込まれる寸前、アランは毅然とした声で、臆せずにあの呪文をとなえた。

 

放電(スパーク)!!」

 

 瞬間、剣が白く光ったかと思うと、稲妻が放射状にスライムの体内で弾ける。続いて張り裂けるような音とともに、内側からゼリー状の組織を吹き飛ばした。

 

「うわっ!?」

 

 爆発したかのような音と風に、ジゼルは顔をおおった。スライムは木っ端微塵にちぎれ、辺り一面に吹き飛び、あるいは高く舞い上がった。

 ジゼルの頭上にもスライムだったものが雨のように降り注ぎ、ばちゃばちゃと体全体に張りつく。それが止んでから恐る恐る彼女が目を開けると、アランのそばを中心とした半径5メートルほどに、大小さまざまな青い半透明のカケラが散らばっていた。

 

「うお……」

 

 死屍累々、といった様子のありさまに、ジゼルはつい声をもらした。するとアランが同じくスライムまみれになりながら駆け寄ってくる。

 

「おーい、上手くいったぜ。この通り」

 

「……酷いありさまだな。まあ仕方ないけど」

 

「はは、こっちも必死だったしな。それに根絶やしにせずに済んだし、結果オーライだ」

 

 アランが後ろを振り向くと、生き残ったスライムが一匹、森の奥にぴょこぴょこと逃げていった。それを二人で一瞥して、また互いに向き直ってから、アランがふと表情を変えた。

 

「……んー……」

 

「あ? どした?」

 

 しげしげと見つめられ、ジゼルが怪訝な顔をする。するとアランが感心したように笑った。

 

「なんつーか、ヌルヌルしたモンにまみれてると……その、なんか色っぽいな」

 

「は?」

 

「いやぁ、これはいい発見だわ。実際に見ると、こういうの好きなヤツの気持ちが分かるぜ~」

 

「…………」

 

 目をキラキラさせて歩み寄ってくるアランを、ジゼルは呆れた顔で見つめる。そして自身にまとわりつくスライムを払いのけ、アランのすねを思いっきり蹴った。

 

「いってぇ!?」

 

「少しは成長しろよお前は! 年がら年中、エロい事ばかり考えやがって!!」

 

「や、やめろって! ただでさえ動き回った後なんだから!」

 

「知った事かい! 言っとくが、私は変なプレイに付き合ったりしないからな!」

 

 なおも蹴りつけてくるジゼルから、アランはしばらく逃げまどった。そしてスライムを狩った証拠として残骸を回収して帰る頃には、日が沈みかけていた。

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