獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、宿屋の絆を知る

「ったく、手間かけさせやがって……」

 

「追いかけて来てくれなんて頼んでないニャ」

 

 ……それから30分ほどのち、エマは無事に捕まり、帰路を歩いていた。獣化も解き、今では同じく普段の姿のジゼルと並んで言い合いをしている。

 

「それに、なんだよお前の身軽さは! 壁を横向きに走るわ、三角飛びするわ、同じ獣化して追いつけないってどんだけだよ!?」

 

「だらしないニャ~。ま、持って生まれた才能ってトコかニャ?」

 

「……このヤロー、結局は他人(ヒト)ン家の軒先で震えていたくせに」

 

「あ、あれは雨が降りそうだから行き場に困って……ゴニョゴニョ」

 

「二人とも、その辺にしとけ」

 

 ふと、二人の言い合いにアランの声がまじる。彼はジゼルとエマの間に立ち、走り回って疲れた彼女らに両肩を貸していたのである。

 

「エマの言う通り、天気も悪いんだからさ……サクッと帰ろうぜ」

 

「つったってよ……私だって心配したんだぜ? 万が一があったら、私らは今生の別れだ」

 

「猫には9つの命があるニャ。簡単には死なないニャ~」

 

「お前なあ、マジメに聞けよ!」

 

「あれ、本当に心配してくれるのかニャ? ふふふ、嬉しいミャー、嬉しいミャー」

 

「エマお前、からかうのもいいかげんに……」

 

「おい、人の頭越しにケンカしないでもらえるか?」

 

 またもや言い合いを始めようとする二人を、アランが苦笑いしつつ制止する。その時、彼の額にふと、ポツリと水滴が落ちた。

 

「……ん?」

 

 空を見上げると、またたくまにいくつもの水滴が落ちてくる。そしてすぐにざあざあと音を立ててそこら中に雨が降りだした。

 

「やばい、降ってきた!」

 

「ギャーッ! 水ニャぁーーッ!!」

 

「落ち着け、もう家はすぐそこだ」

 

 叫ぶジゼルや、飛び上がるエマをなだめつつ、三人は目の前にあった元の宿に飛び込んだ。雨から逃れて彼女らが一息ついてくると、リズがタオルを持って近づいてくる。

 

「よかった、戻ってきて……。すみません雨にまで当たらせて」

 

「いや、いいんだ。大して濡れてない」

 

 アランは笑って答え、ジゼルにタオルを回す。それを見届け、リズはエマへと振り向いた。

 

「……エマ、もういいよね?」

 

「……うぅ~」

 

「ほら、雨で体冷えたでしょ? 意地張ってないで……」

 

「シャアーッ!!」

 

 リズが歩み寄ろうとした瞬間、エマはけたたましい威嚇の声をあげた。そして目にも止まらぬ早さで飛びのき、ロビーのすみっこに縮こまる。

 

「ぐるるる……」

 

 低い声でうなり、彼女はリズやアランたちをジッとにらみつける。壁に背をつけ、尻尾をブンブンと左右に振っている。

 その様子を見て、ジゼルがそっとリズへ耳打ちした。

 

「……リズ、あれ怒ってるよな?」

 

「ええ、ああいう風に尻尾を振る時は、きまって不機嫌なんです」

 

私ら()と逆だ……」

 

「普段から見ていると分かりますよ」

 

 リズは恥ずかしそうに笑う。その時、リズの両親が何やら大きなタライを持って歩いてきた。タライからはかすかに湯気が立っている。

 

「リズちゃん、せっかくだからお湯わかしておいたよ。寒かった分あったまりな」

 

「すまねえが、リズの言う事も聞いてやってくれねえか」

 

「…………」

 

 両親にも説得され、エマはしゅんと耳を垂れる。そしてお湯を受けとると奥の自室の扉を開け、入り際にリズの方をちらりと見た。

 

「ゆっくりしておいで」

 

「うん……悪かったニャ」

 

 小さく謝罪の言葉をのべ、エマは扉を閉める。それを確認して、リズはアランたちの方へと向き直った。

 

「さて! お騒がせしちゃってすみません。何かお礼をしないと」

 

「え、いや別にいいよ。そこまで……」

 

「あ、じゃあ何か食わせてくんね? 獣化したら腹へっちまって」

 

「おい、ジゼル!」

 

 ためらいなく飯をねだるジゼルへ、アランは焦った顔をしだす。しかしリズは静かにほほえみ、両親とうなずき合う。そしてロビーの脇の方へ視線を向けた。

 

「でしたら、そこのテーブルで待っていてください。簡単なものなら持っていけますから」

 

 そこには、客が部屋以外でもくつろげるよう、二、三のテーブルにそれぞれ四つの椅子が用意されていた。その一つにジゼルが座ると、両親が料理をつくりに奥へ行き、テーブルのそばにはリズがつく。

 

「ちょっと失礼しますねー」

 

 そう前置きし、リズは布巾でテーブルをふく。横でアランが口を開いた。

 

「……やっぱり大変か? エマとやっていくのは」

 

「そんな。確かに最初は色々ありましたけど、大変なんて事はないですよ。むしろ楽しいくらい」

 

「色々って……どんな?」

 

 ジゼルが少しだけ遠慮がちにたずねる。リズとエマの仲に興味がある反面、やはり自分以外の人間と獣人の交流というものに不安があるのだろう。心のどこかで、嫌ってやしないか。そんな立ち入った疑問が頭にうかび、ジゼルはつい表情をくもらせた。

 しかし、リズは全くためらいもせずに笑いながら話しだした。

 

「もともとは、私が親切のつもりで雇わないかと両親にすすめたんですが……まず住み込みに慣れるまでが大変そうでしたね……。あちこちの匂いをかいだり、笑顔がぎこちなかったり」

 

「ああ、分かるわー。知らない匂いとか落ち着かねえ」

 

「そんなジゼルは、今や横柄もいいところで……」

 

「うるせーよ。私の事はどうでもいいんだ」

 

 わざとらしくため息をつくアランへ、ジゼルが言い放つ。それにクスクス笑いながらリズはこう続けた。

 

「でも、わりとすぐに打ち解けてくれましたよ。鼻にチューしてくれたんです」

 

「チュー?」

 

「はい。エマたちのあいさつなんだそうで、たがいに鼻と鼻をくっつけるの」

 

「へぇ、本当に猫みたいだな」

 

「ええ。その時はビックリしましたけど……それから笑みが柔らかくなって。うれしかったですね」

 

「つー事は、ケンカしたりってのはあんまり無かったんだ?」

 

 アランがのんきな口調で確認する。しかし、リズは答えにくそうに頬をかいた。

 

「はは……それがそうもいかなくって」

 

「……というと?」

 

 アランが前かがみになって問う。するとリズはしばし目をおよがせ、目の前の二人に向けて声をひそめた。

 

「……その翌日にですね」

 

「うんうん」

 

「私が起きたら……なんとそこに、大量のネズミの死体が!」

 

「なぬ!?」

 

 ジゼルは思わず目を見張る。アランも驚いて眉をしかめたが、相手は笑ったまま額をおさえて言った。

 

「いえその、私も驚いたんですよ。それで昼間に聞いてみたら、『私の得意分野だニャ。リズはこんなに狩れないだろうから、おいおい教えてあげるニャ』……だって」

 

「打ち解けたからってずいぶん態度でけーな」

 

「助かったには助かったんですけどねー。接客に出る前から、掃除の時にネズミや虫を捕ってくれますし、暗い場所には夜目も利きますし」

 

「まあ当人がいいなら、態度がどうとかは些細な事か」

 

「そうなんですよ。私も気にしていません。それより他にも驚いたのが――」

 

 ……それから、リズは色々とエマについての思い出を語った。人間のトイレに慣れるまで猫よろしく砂が欲しいと言った事、はじめて獣化したのを見た日、一階から二階まで直接ジャンプしてみせた事、それから、家の柱でこっそり爪研ぎをしていた事……。

 その話を聞きながら、アランもジゼルも自然と顔をほころばせていた。そしてふと、アランが言った。

 

「……リズ、うれしそうだな」

 

「へ?」

 

 知らず知らずほほえんでいたリズが、きょとんとした顔をする。そして照れたように頬をゆるめて答えた。

 

「それはまあ……家族が増えたみたいな感じですし。エマもそう思ってくれたらいいんですが」

 

「たぶん大丈夫だろ。仲良さそうに見えるぜ、十分」

 

「えへへ……」

 

 アランの言葉に笑みを深くするリズ。すると、照れ隠しなのか慌てた風にジゼルへ言った。

 

「そ、そうだ! ジゼルさん、タマネギとか駄目なんですよね?」

 

「おお、よく知ってるな。ネギとかガーリックは食えないんだ、実は」

 

「大変、お父さんに言ってこないと……」

 

 リズはそう言って、ぱたぱたと奥に引っ込んでいった。それを見送り、アランがしみじみと言う。

 

「……あんな風に付き合えるヤツばっかりだったら良いのにな」

 

「本当だよ。私もこっちで働こうかな」

 

「いや、なんでそういう話になんだよ!?」

 

 軽口で返され、アランがずっこける。その時、リズが奥からまた戻ってきた、その時。

 

「ふー……よかった前もって話しといて」

 

「リズ~……」

 

「ん?」

 

 不意に、エマの遠慮がちな声がした。呼ばれたリズに加えアランやジゼルが振り向くと、エマは戸口から顔だけを出して何やらモジモジとしている。

 リズは首をかしげて歩み寄った。

 

「どうしたの? 香水なら自分用のがあったでしょ」

 

「違うニャ……そうじゃなくて」

 

「なくて?」

 

 猫耳を伏せ、あいまいな口調のエマ。それから数秒おいて、彼女はこう切り出す。

 

「ガマンして水浴びしたから……その」

 

「何? 何かして欲しい?」

 

「うん……久しぶりに、"アレ"して欲しいニャ」

 

 アレ、と意味ありげに言って、エマは何故か赤面しだす。それを見て、リズは苦笑してうなずいた。

 

「分かったわ……ちょっと失礼しますねー」

 

 アランたちへ振り向いて営業スマイルをつくり、リズはエマとともに部屋へと引っ込んだ。それを見て、アランとジゼルは顔を見合わせる。

 

「……アレってなんだろ?」

 

「なんか、いやらしい事だったりして」

 

「よせよこんな真っ昼間に。お前じゃあるまいし」

 

「じゃあ小遣いでも渡してんのかね……?」

 

 以前とある事で口止め料をせびられたのを思い出し、アランは考えをめぐらせる。その時、奥からリズの両親がトレイに料理をのせて出てきた。

 

「お待ちどうさま。つまらないモノだけど」

 

「おお、ありがとうございます」

 

 アランたちの前に、パンと塩漬け肉の入った野菜炒め、そしてエールが並べられる。ジゼルはそれを見てお腹を鳴らしたが、食べる前に両親へとたずねる。

 

「あの、突然なんだけど」

 

「どうしたい?」

 

「リズってさ、エマになんかご褒美みたいなのあげたりしてた?」

 

「さあ……褒めたり何だりはあるけど、特に変わったものは見ないねぇ」

 

 父親も母親も、思い当たらない様子で首をかしげる。それを聞いて、ジゼルは思い立ったように立ち上がった。

 

「よし、じゃあ直接見に行こうぜ」

 

「えー? さすがに悪いぜ。食事前に行儀も良くねえし」

 

「まあまあ、すぐ済むから!」

 

 アランの制止も聞かず、ジゼルはパッとエマの部屋へと走り出す。アランはあわてて追い、気になった両親も少し遅れてついていく。

 

「おい、開けるぞ!」

 

 ノックもなしに、ジゼルがドアを開け放つ。続けて、小さな悲鳴があがった。

 

「きゃっ!」

 

 それはリズの悲鳴だった。それを聞きつけたアラン、そして両親がすぐさま部屋の中をのぞく。そこには、妙な光景が広がっていた。

 

「……何やってんだ?」

 

 ジゼルが間の抜けた声を出す。その中では、リズがベッド脇にしゃがみ込み、ベッドの上ではエマが枕に顔を突っ伏し、膝をついて尻を高く上げている。その尻の上では、彼女の尻尾がみょーんとまっすぐ立っていた。

 

「ふにゃあぁ~……やっぱりこれ最高だミャぁ~~……」

 

 変にふぬけ、そして艶がかった声をあげるエマ。他人が見ているにも関わらず、腰をゆらめかせて何やら恍惚としている。それは、かすかに淫らな声にも聞こえなくはなかった。

 エマに尻を向けられる形になっているジゼルたちは、ポカンとしながらその光景を見つめていた。誤解をおそれた様子のリズが、赤面して両手をわたわたと振りながら釈明する。

 

「ち、違うんです! これは、いやらしい事してたとかじゃなくて!」

 

「リズ~、もっと、もっと欲しいニャ~」

 

「ああもう、ちょっと黙って!」

 

 もはや♥️がつきそうなほどに甘えたエマの声を、たまらずさえぎるエマ。そこでアランがさも気にしていない風に言った。

 

「あ、あー! アレだろ? 猫って、尻尾の付け根をさわるとそんな格好になるんだよな」

 

「そ、そうです! それです! この子、それがお気に入りなんで……」

 

「あぁ~♥️ おヘソがきゅんきゅんするニャ♥️ もう立てないニャあぁ~♥️」

 

「や、分かった、分かったから! もうおしまい、ね?」

 

 くねくねと身じろぎするエマを、リズが抱えてベッドから下ろす。エマがそれでも腰砕けになっていたので、両親があわてて手を貸した。

 

「気にするなよ。エマちゃんが喜んだならいいじゃないか」

 

「きっと、向こうじゃ普通の事なんだよ。元気をお出し」

 

「うぅ~っ……」

 

 恥ずかしがるリズを、両親が気をつかって慰めるのを聞きながら、アランとジゼルはこっそり部屋を出た。リズたちに背を向け、ジゼルはボソリとつぶやく。

 

「……ここで働くの、やっぱり保留にしとこ」

 

「じゃあさ、もしヤッて欲しい事があったら俺に言えよ」

 

「死ねば? お前」

 

「うわ、本日二回目!」

 

 大げさに嘆くアランを無視し、ジゼルはふっと視線を動かす。それにならい、アランも同じ方向を向いた。

 

 ……そこでは、姉のようにエマをたしなめているリズと、それを受けて朗らかに笑っているエマの姿があった。

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