獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「いやぁ、出発の日に晴れてよかったなぁ」
青々とした空の下、周りに野原が広がる長い道を歩きながら、アランはつぶやいた。
いつものように腰には剣をたずさえ、体には革鎧、そして背中には何やら大荷物を背負っている。
すると、彼と連れだって歩いていた三人の人物が、おのおの言葉を返した。
「のんきな事言ってないで歩けよ。置いてくぜ」
「確かに、雨でしたら出るのを見送らなければなりませんね」
「ワシは晴れるの好きじゃないのう。明るくて乾いた空気は、いまだに苦手じゃ」
「…………」
あまり同意をもらえず、アランは浮かない顔で前を歩く三人を見た。狼の尻尾をゆらし、さっさと先を行くジゼル。ローブを羽織って杖を持ち、おだやかな顔をして隣を歩くダニエル。日よけのためかローブのフードをかぶって早足にジゼルを追うルナ。皆それぞれ背に大きめの荷物を背負っている。
アランはふと腕を上げて伸びをし、背後を振り返る。土がむき出しになった道の向こうには、壁に囲まれたいつもの街、ルベーマ市が小さくなっていた。
「今さらですけど、皆さん忘れ物はないですよね?」
今度はダニエルが口を開く。するとジゼルとルナは足を止めず、顔だけ振り向いて答える。
「それ街でも聞いたろ。心配性だなお前」
「安心せい。防寒着、食料、飲み水、テント、毛布……全て確認済みじゃ」
「そうですよね。なら良かった」
「あとは、ワシのおやつの干しブドウ」
「あはは、はいはい」
冗談を飛ばしてニッと笑うルナへ、ダニエルは笑い返す。それをほほえましげに見つめ、アランは全員を見回して言った。
「用心に越した事はねえよな。……今度の依頼は、何が出るか分からないんだから」
――
……事の起こりは、それより二日前。アランとジゼルが二人で、ギルドの依頼掲示板を見ていた時であった。ある一枚の紙にジゼルが目を留め、その文章に見入っていた。
『……なんだコレ、【ゴブリン出没の原因調査】?』
『ん?』
隣で眉をよせるジゼルに、アランが視線を向ける。そして依頼の紙をのぞき、文章にスッと目を通す。
『えーと……【最近、遠くに住んでいるはずのゴブリンがたびたび村に顔を出しており、村民がおびえています。被害が出る前に原因をつきとめてください】……か』
『ゴブリンなら前みたいに退治しなきゃマズいんじゃねーの?』
原因調査という文言が見慣れないのだろうか。首をかしげるジゼルへ、アランが答えた。
『相手が仕方なく逃げてる場合もあるからな……。たとえば、盗賊なんかが弱い魔物をむやみに追っ払ったりなんかして、その魔物が人里まで来た……ってパターンもある』
『それって、調べてみたら未知のヤバい魔物がいたとかはあり得るのか?』
『まあな、そりゃ調査しないと分からないから』
軽い口調で答えるアラン。それを聞いたジゼルは再び依頼書に目を通し、けわしい表情で言う。
『でもよ……この依頼、初級のヤツだぜ。何が出るか分からんのに、新米にやらせるのか?』
『……何が出るか分からないからさ。もしかしたら、つまらない原因であっさり解決するかもしれない。調査の依頼ってのは"調べるだけ"って建前で、報酬を低く設定するモンなんだ』
『うわ、なんつードケチ……』
『まあ今さらだよ。ギルドがそういう方針で決めてるんだ』
アランは笑って肩をすくめるが、ジゼルは納得いかない風にまずい顔をしている。それを見て、アランはこう付け加えた。
『いや、でもな。代わりといっちゃなんだが、凶暴な魔物を仕留めたりした時はちゃんとその分の金が入るんだぞ』
『……命がけのギャンブルかよ。しょーもねえ』
『まれにだけど……過去には宝石とか手に入れたヤツがいたらしい』
『……宝石?』
アランがポツリと言ったセリフに、ジゼルの目が動く。すると半信半疑な様子でたずねた。
『本当か? それ』
『ただのウワサだけどな。それにしたって、誰かが行かなきゃこの依頼主たちは困ったままなんだけど』
『ふむ……』
ジゼルは徐々に目の色を変え、思考に耽りだす。その現金な態度を見てアランは苦笑したが、咎めはしなかった。
仕事というのは金の勘定がつきものだ。アランとて、正義感のみで依頼をこなせなどと言う気はない。せいぜい、この依頼が放ったらかしにされれば、依頼主が気の毒だと思う程度である。
『……せめて、中級あたりの人がついてくれたらな』
煮え切らない口調でそう言った。何が待っているか分からない以上、ランクの高い者に協力してもらうぐらいの備えはしたい。しかし、わざわざ低ランクの危険な依頼に手を貸してくれるかといえば、悩ましいところだった。
やはり別の依頼を探そうか、彼が頭の中であれこれと考えていた、その時だった。
『あれ? アランさんじゃないですか』
『ん?』
不意に背後から声がし、アランたちは振り返る。そこには見知った顔の、ダニエルとルナが立っていた。下から見上げてくるルナに、ジゼルが顔をほころばせる。
『ようルナ! 来てたのか』
『二人とも、最近よく会うのう』
『どうしたんです。そんな熱心に掲示板を見て』
『ん、ああ。これだよコレ』
アランは例の依頼の紙を指さす。ダニエルはジッとそれを見つめた。
『初級のクセに危ない依頼なんだよな~って話してたトコ』
『ふむ……』
アランは軽い口調で言ったが、ダニエルはその紙を手に取り、何やら熱心に見はじめる。
その様子が数秒つづき、アランは少し戸惑いはじめた。近くを見ると、ジゼルはルナと一緒に『もしホウセキテにハイったらどうする~?』『ふーむ、 そんなコトがあればワシだけのヨロイかカンムリでもオーダーメイドしてもらおうかの』などと夢みたいな事を話している。
……もしやジゼルのヤツ、本当に乗り気か? とアランは眉をひそめる。いちおう儲かる確率は低いと言っておこう、と彼は口を開きかけたが、それより早くダニエルがそこに詰め寄った。
『……なるほど、この依頼を受けるために内容を確認してたんですね!』
『えっ』
『素晴らしいです! こんな危険で実入りも期待できない依頼を、あえて受けるなんて! 獣人とともに働く自覚と責任を、アランさんはやっぱり強く持っていらっしゃる!!』
『いやお前、なんか誤解してるって。あと顔が近い』
眼前で目を輝かせるダニエルに、アランは表情をひきつらせる。コイツにとって俺はどう見えているんだろう。そう思いながら目線を移し、『おいジゼル……』と助けを求める。しかし。
『アラン! ルナも協力してくれるってよ。いっちょ一獲千金を狙おうぜ!』
『ええー? 待てって、いつもそんなに上手い話があるワケ……』
『なんかよく分からんが、誰もやりたがらない仕事をやるのはある意味で一番の貢献ではないかと思うぞ』
『そうですよ! 獣人の皆さんともども、こういう積み重ねが偏見を打ち破っていくんです』
『すでに目的が噛み合ってない……』
三者三様にやる気に満ちた顔をしている仲間たちを見て、アランは悩ましげに額をおさえる。
もういっそ強引にやめさせてしまおうか。一瞬そう思ったが、脳裏に依頼主をはじめとした困っている人々の事が浮かぶ。
もしこの依頼が見向きされなければ、そのうちゴブリンによって死人が出て、自分と似たような孤児が発生してしまうかもしれない。そこまで行かずとも、たとえば夫婦の夜の生活が恐怖で脅かされたりするかもしれない……。
それは不憫だ。
『……分かった、やろう。』
気づけば、彼はそう口に出していた。その言葉を皮切りに、彼らは依頼の受理および準備を始めたのである。
――
「……さん、アランさん」
「…………はぁー…………」
「アランさん?」
「お、おぅ何だ?」
長く回想に耽っていたアランは、ダニエルの声で我にかえる。前を見るとダニエルは手に地図を広げ、赤い線でなぞったルートを指さしている。
「ここからの地帯は、ちょっとジメジメした湿地帯になります。道も狭くなりますから、足元に気をつけて」
「おう……オーケー、分かった」
真剣な顔つきで言われ、アランは気を取り直して周囲を見る。確かに辺りは草原に代わって樹木やシダ、そして雑多な植物がみるみるうちに増え、その分道が細くなっていく。足元の土は水気をふくみ、踏むとぐにゃりとした感触があった。
「……ジゼル、ルナ! 先に行くのはいいけど道を見失うなよ?」
「弱気になるなよー。これから一獲を千金するんだぞ? 私らは」
「恐れる事はない。いざとなればワシが空を飛んで誘導してやる」
「はぁ……」
まるで慎重さを見せない女性陣に、アランは肩を落とす。ダニエルも隣で困ったように笑っていた。
果たして無事に生きて帰れるだろうか。不安になりながらアランが空をあおぐと、ちょうど暗い未来を暗示するかのように、分厚い暗雲が頭上にたちこめているところだった。