獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼は雨の夜、内心を少し打ち明ける

 

 昼をすぎ、太陽が地平線に向かってそろそろ沈みだすという頃合い。その太陽は、空をおおう暗雲と降り注ぐ大雨に隠されていた。

 

「ダニエル! どこかでいったん休もう! このままじゃヤバい!」

 

「そうですね……ちょっと雨宿りしましょう!」

 

 草木の生い茂る湿地帯の中で、打ちつける雨粒と雨音に負けないように二人が声を張り上げる。

 先を歩いていたジゼルとルナが、濡れた顔や袖を気にしなから振り向いた。

 

「見ろよ! 向こうに崖がある!」

 

「あの下なら少しはしのげそうじゃな」

 

 彼女らの言うように、四人が行く先には小高い崖があった。その下部分にちょっとした窪みがあったので、彼らはそこへ逃げ込んだ。

 ぬかるむ地面を大股にかけ、飛び込むようにして窪みへ身をかがめる。体に当たる雨粒がぐんと減り、一同はホッと息をついた。

 

「……とりあえずは一安心だな」

 

「ええ、今のうちに防寒とかしておきましょう」

 

 アランとダニエルが顔を見合わせ、それぞれが荷物を開ける。そして中からいくつかの衣類を取り出した。

 

「えーと、これはジゼルか……ちゃんと畳んで入れろよ」

 

「うっせ、広げれば一緒だろ」

 

「ルナ、ちょっとローブの前あけてもらえます? これ着けてあげますから」

 

「自分で出来るわい。子供じゃあるまいし」

 

 あれこれと会話をかわしながら、アランは肩までおおうフード、ジゼルが首と頭に巻くストール、ダニエルとルナがローブの中に着るマフラーと、それぞれが体の冷えを防ごうと衣類を手に取る。

 

「けどよ、どうせならもっとマシな天気の日に来れなかったのか?」

 

 ぶるりと首を振って水分をとばし、ジゼルが文句を言う。するとダニエルが弱ったような顔で釈明した。

 

「……依頼のあった村は、今この時もゴブリンにおびえています。なるべく早く出発しなきゃと思ったんです」

 

「ついてねえな。それでこんな大雨にぶち当たるなんて」

 

 浮かない顔でストールを首から上に巻きつけるジゼル。そんな彼女にアランがなだめるように言う。

 

「まあまあ。来ちまったモンは仕方ないさ」

 

「天気はワシらの都合なんぞ知った事ないからのう」

 

 あはは、とまるで緊張のない様子で笑うアランとルナ。そしてアランは再び荷を探ると、隣で緊張した面持ちでいるジゼルへあるものを差し出した。

 

「これは……毛皮?」

 

「ああ、今のうちにソレ着とけ。あったかいぞ」

 

 森の動物からはぎ取った毛皮のベスト。アランは早々に自分の分を取り出し、身にまとっている。

 

「ああそうだった。ルナも持ってきていますよね?」

 

「案ずるな。えーとコレと……ほれ、お主のじゃ」

 

 ルナは一番小さい毛皮を自分に、そして残った一つをダニエルへと渡す。ダニエルもお礼を言い、ルナと共にテキパキと支度をととのえる。

 ……しかし、何故かジゼルだけは毛皮を着なかった。受け取ったはいいが、それを見つめてジィーッと押し黙っている。

 

「……どうした、体冷やすとまずいぞ」

 

 アランが横から急かすように言う。するとジゼルは振り向き、少し伏し目がちになると、小さくこう言った。

 

「……これ、買ってきたヤツなんだよな」

 

「うん、どした?」

 

「いやだってよ、……金でこういうのがいくつも売られているの、残酷な気がしてさ」

 

 後ろめたそうに苦笑いするジゼル。アランは口を開きかけたが、内心でなんとなく合点がいった。

 人間によって森を追われたジゼル。そんな彼女には、殺した獲物の亡きがらが大量に商品として出回り、利用されている事実に抵抗があるのだろう。もちろんギルドの依頼で殺した動物などもそうした市場に組み込まれているのだが、じかに目にするととたんに意識してしまうのは人間と変わらないのだった。

 

「……冷たい事を言ってすみませんが、迷っているヒマはありませんよ。忘れましたか? この辺りはゴブリンが顔を出すようになったんです」

 

「そうじゃジゼル。今はつまらん道徳なぞ気にしていられんぞ」

 

 いまだ安心できない状況のせいか、硬い口調でダニエルがいましめる。ルナも割りきっているのか、毛皮にすっぽりと上半身を入れている。

 

「…………」

 

「悩む事ねえって。その毛皮のおかげで、俺たちは助かるんだから」

 

「そんなもん……かな」

 

「そうそう。もしつまんねー事にこだわってお前に何かあったら、残った俺たちはどんな顔すりゃいいんだ」

 

「……そうだな」

 

 アランの説得を受け入れ、ようやく毛皮を着るジゼル。モコモコとした表面を見ながら、彼女はパッと口調を軽くして言った。

 

「にしても、アレだな。このいかにも他の生き物から取りましたって見た目、ゴブリンになった気分だぜ」

 

 頼もしくも野蛮な雰囲気のある、その格好から連想したのだろう。彼女は冗談めかしてそう言った。

 しかし、その直後。

 

「ゴブリンと一緒にしないでください!!」

 

「……っ!?」

 

 不意に、ダニエルが怒りをにじませた顔で振り向き、叫んだ。笑っていたジゼルや、アラン、ルナもそろって面食らい、彼を見つめる。

 六つの瞳に注目され、ダニエルはハッと我にかえった。そしてばつが悪そうに目をそらし、小さく咳ばらいをする。

 

「す、すみません……取り乱しました」

 

「どうしたんだお前、いきなり」

 

「そんなに怒る事ねーだろ」

 

 いまだ驚きの残る顔で、アランとジゼルは戸惑いをあらわにする。するとルナが沈んだ表情で二人の前に進み出た。

 

「すまぬ、あまり言わないでやってくれ。ワシだって見た時は驚いた」

 

「見た時って……?」

 

「以前、ゴブリンたちを退治してすぐ後じゃ。ほれ、お主らと依頼をやった、あのすぐ後」

 

「……あれか!」

 

 ジゼルが思い出したように手を打つ。ダニエルたちと初めて会い、ゴブリンとオークの群れを相手にしたあの依頼。あの後もダニエルとルナはしばらく二人で働いていたが、その間に様子が変わったのだろうか。

 ジゼルのいぶかしげな視線から逃れるように、ダニエルは気弱そうにまばたきしていた。その姿は最初のマジメでていねいな印象から変わらなかったが、ルナはなおも沈んだ表情のまま言う。

 

「あれから、妙にゴブリンを毛嫌いするようになってな……。依頼の道中なんかでも、ちょくちょくピリピリしよる」

 

「…………」

 

 心配そうにダニエルを見つめるルナ。四人の間に戸惑いや後ろめたさを含んだ重たい空気が流れる。「とりあえず……」とアランが口を開きかけた、ちょうどその時。

 

「――待て!」

 

 その空気を、ジゼルのするどい声が破った。驚く他の三人をよそに、ジゼルは向かい側の茂みの向こうをジッとにらんだ。

 

「……何かいるのか」

 

「ああ、かすかにだけど……音が聞こえる」

 

 小声でたずねるアランへ、ジゼルは目線を外さずに答えた。獣耳をピンと立て、雨の向こうの茂みに集中する。

 ……すると、その茂みをかき分け、何者かが二、三人ひょっこりと顔を出した。小人のような体躯、緑色の肌、鬼のような顔。

 

 ゴブリンである。それを見た瞬間、ジゼル、ダニエル、ルナの全員がいっせいに身構えた。

 しかし。

 

「ストップ!」

 

 手を差し出してアランが止めた。となりで臨戦態勢だったジゼルがつんのめって止まり、早口に文句を言う。

 

「どうしたよ、モタモタしてたら先に……」

 

「落ち着け。よく見てみろ」

 

 アランに促され、三人はしぶしぶとゴブリンを見つめる。すると、相手はアランたちを見つけて驚きはしたものの、襲ってくる様子はなかった。むしろ怖がるようにジリジリと後ずさりを始める。

 

「……なんじゃ、アレは?」

 

「もしかしたら、人を見慣れていないのかも知れない。依頼書にも、最近まで見かけなかったってあったし」

 

 アランの言う通りだったのだろうか。ゴブリンたちは茂みの陰までもどると、一目散に背を向けて逃げていった。

 張りつめていた緊張の糸がゆるみ、一同はホッと胸を撫で下ろす……かと思われた、その時。

 

「逃がすかっ!!」

 

 突然、ダニエルが周りを押しのける勢いで飛び出し、ゴブリンの去った方向へ杖を向ける。

 

炎の……(ファイア・アロ)!」

 

 ただ一点だけをにらみ、躊躇なく呪文を唱えようとする。そんな彼をアランが後ろから腕をつかんで止めた。

 

「こら、何考えてる!?」

 

「邪魔しないでください! ゴブリンなんて、殺してしまえば済む話です!!」

 

 振り向いて怒鳴るダニエルの顔を見て、アランは息をのんだ。その表情には怒りがにじみ、雨に濡れた髪の下で目がギラギラと光っている。

 アランはしばし言葉が出なかったが、ダニエルから視線をそらさずに体を抑え続ける。しばらくして、ダニエルも落ち着きを取り戻したのか、体から力が抜けていく。

 

「くっ……」

 

 くやしげに歯がみをし、ゴブリンのいた場所をにらむダニエル。相手はすでにそこには居なくなっていた。

 アランはゆっくりと拘束をとく。そして振り向いて申し訳なさそうにするダニエルへ、短く言った。

 

「急に興奮するなよ。お前らしくもない」

 

「…………」

 

 その言葉に、ダニエルはしゅんと目を伏せる。しかしどこか収まりがつかないという風に、小さくつぶやいた。

 

「でも……本当に見逃していいんですか。奴ら、仲間を連れて戻ってくるかも」

 

「アイツら明らかに怯えていただろ。心配なら、ここから移動しとけばいい」

 

「言っとくが匂いじゃ追えねえぞ。この雨じゃな」

 

「…………」

 

 アランと、それからジゼルにも冷静な口調で言われ、ダニエルは何も言わなくなった。横からルナがなだめるように口をはさむ。

 

「ともかく、もう少し先まで行こう。いつまでもこんな場所で雨宿りできんわい」

 

「……そうですね」

 

 ダニエルはうなずき、大人しく荷物をまとめはじめる。アランも同じようにしながら、ふと、隣のジゼルへ向けて言った。

 

「……ジゼル」

 

「ん?」

 

「……その毛皮、大事に使えよ」

 

「へ?」

 

 脈絡のない事を言われ、ジゼルは眉をしかめる。しかしアランは何やらダニエルの方を一瞥し、独り言のように続けた。

 

「……そいつは()()()()()殺して作ったんだ。なるべく使ってやった方が、動物もうかばれる」

 

「…………」

 

 どこか含みのある言い方。場にうっすら堅い雰囲気がただよい、しばし無言の時間が流れる。しかしそれを塗り変えるのように、アランは荷物をかついで明るい声色で言った。

 

「じゃ、行くか! ダニエル、確か明日には村のある場所に着くんだよな」

 

「え、ええ……」

 

「よし急ごう。テント泊は今晩だけにしときたいしな」

 

 先ほどまでとは打って変わった、陽気な足取りで先を歩くアラン。残った三人は顔を見合わせ、ルナがそっとダニエルの背をたたくと、一行は再び湿地の中を歩きだした。

 

 ……雨は、少しずつ弱くなってきていた。

 

 

――

 

 

 それから一時間ほど後、少し開けた場所に、テントが二つ、隣り合わせに建てられていた。それぞれ一人か二人が寝ればいっぱいになりそうな、小さなもの。片方はダニエルとルナが元から持っていたもの、もう片方はアランたちが買える範囲で急きょ用意したものであった。

 その入り口付近にタープを広げ、四人はテントとタープで雨をさけながら何かを食べていた。

 

「……どうにもシケた食事になったの」

 

「仕方がありませんよ。この雨じゃ火も起こせませんし」

 

 口をとがらせるルナへ、ダニエルが苦笑する。空は夕暮れになっても暗雲に包まれており、雨音がひっきりなしに鳴り響いていた。

 四人の手にあるのは、小分けにした黒パン、袋詰めの穀物、そしてわずかばかりの干し肉だった。保存して持ち歩ける食料は種類が限られており、焚き火もないために侘しさがつのる。

 干し肉をせっかちに噛みちぎって呑みこみ、ジゼルはいまいましげに言った。

 

「……せめて雨がやんでくれねーかな。地面もグズグズだし」

 

「村の人も困っているでしょうね」

 

「案外、ゴブリンの事も雨に原因があったりしてな」

 

「原因ってどんな?」

 

「……知らね」

 

 ジゼルに問われ、アランは笑いながら肩をすくめる。ジゼルがあきれていると、不意に小さな音が響いた。

 

「くしゅんっ」

 

「あっ、大丈夫ですか?」

 

 ルナのくしゃみであった。体を震わせるルナへ、ダニエルが寄り添い背中をさする。それを見たジゼルが、心配そうな顔になって言った。

 

「早めに休んだ方が良いんじゃねえか? 途中で風邪ひいちゃ元も子もないだろ」

 

「へ、平気じゃこのくらい……。子供じゃあるまいし」

 

「ルナ、僕もジゼルさんに賛成です。どのみち体調をくずすワケにはいきません」

 

「明日からが本番だかんな。今晩は早寝して、朝からさっさと出発しようぜ」

 

 ルナは鼻をすすりながら意地を張るが、ダニエルとアランに説得される。ルナがうなずくのを見ると、アランが穀物の袋を結んで言った。

 

「じゃ、見張りの順番も今のうちに決めとこうや。四人いるし、二人ずつ交代でいいか?」

 

「……うむ、ならばワシは先に寝る方がいいの。深夜が一番危ないじゃろう」

 

「つー事は……先に私とアラン、後でルナとダニエルの順番か」

 

 ルナの要望を受け、ジゼルがいつものバディ同士での見張りを提案する。しかしそこで、急にダニエルが待ったをかけた。

 

「あ、あの……すみません」

 

「ん?」

 

 遠慮がちなその声に、三人が振り向く。ダニエルはアランの方を見ながら、ゆっくりとこう言った。

 

「できれば……先にアランさんと二人にさせてもらえませんか?」

 

「え、俺?」

 

「なんで?」

 

「それは……その」

 

 アランとジゼルがたずねると、口ごもってしまうダニエル。しかし、その直後に彼いがいの面々はその理由に思い当たった。

 ダニエルがゴブリンに対して見せた、あの激しい嫌悪、攻撃性。それについて何か話したい事があるのではないか。

 もしかしたら、アランが一番話しやすいのかもしれない。そう思ってルナは一瞬だけ不満をおぼえたが、すぐにアランとジゼルへ向けてたずねる。

 

「ワシは別にかまわんが……お主らはどうじゃ?」

 

「私も大丈夫だ。よろしくな、ルナ」

 

「やれやれ……俺、ジゼルと二人きりになりたかったんだがなぁ」

 

「ダニエル、アランが何かしたら止めてくれよ。髪の毛燃やしちゃっていいから」

 

「いややめてくれよ! 俺ハゲても大丈夫なほどイケメンじゃねーんだから!」

 

「あはは……」

 

 ……四人がはしゃいでいるうちに、日は沈んでいた。そして話し合いの通り、女性陣は片方のテントに引っ込み、アランとダニエルが残される。雨は小降りになりつつもなかなか止まず、アランたちはタープの下で手元に武器をおき、時おり辺りをうかがっていた。

 

「……雨の日にテントを放置したりするとな、動物が雨宿りにきたりするんだと。久しぶりに帰ってくるとイノシシが寝てたりとかあるらしいぜ」

 

「…………」

 

 アランが空を見ながらそんな事を言ったが、ダニエルはテントに半分体を入れて座ったまま、ずっと黙っていた。暗くて見えにくいが俯いており、思いつめているのが雰囲気で分かる。

 アランはその姿を内心で気にしていたが、つとめて自分からは雑談しか振らないようにしていた。

 ……そうして夜がふけ、一時間ほどたった頃。

 

「あの……」

 

 ダニエルがついに口を開いた。アランが振り向くと、気弱そうな視線がぶつかる。

 それから言葉を待つアランに、ダニエルはぽつりと言った。

 

「もし……僕がゴブリンを大嫌いだと言ったら……どう思います?」

 

「んー?」

 

 言われてから、アランは少し考えた。どう思うか……ダニエルの顔をジッと見つめ、答えを考える。そしてとりあえず素直な感想を言う。

 

「正直……ちょっと意外かな。そんな風に見えなかったし」

 

「そう……ですか」

 

「でも、最近になって態度が変わったっていうのが、俺はちょっと気になる」

 

 あいまいにうなずくダニエルへ、今度はアランの方から水を向ける。そしてこう続けた。

 

「あれか? 最近になって、急に嫌いになったって事か?」

 

「あ、いえ……そうではないんです。ただ……」

 

 ダニエルは首を横に振り、少し言いよどんでから話しだした。

 

「前から嫌いではあったんですが……それ以上に怖くて。ワナをはったり、そもそも会わないようにして済むなら、それでいいと思っていたんです。……以前は」

 

「怖くて、か……」

 

「はい。心の奥底では、殺してやりたいって……ずっと、思っていました」

 

「本当かよ、それ」

 

「本当です……。怖くて危ないから……ずっと、目をそむけていたんです」

 

 重苦しい口調で話すダニエルの目に、涙がきらめく。それを見て、アランも深刻なものを感じ取った。

 

「嫌いな理由は……聞かない方がいいか」

 

「……すみません」

 

「謝らなくていいさ。でも、その怖がりが変わったのって、もしかして……」

 

 アランは慎重に、踏み込んでいい場所を探りながら話を進める。すると、ダニエルは何も言わずにアランの方を見た。

 その視線を見返し、アランは察したようにうなずいた。

 

「キッカケは……俺らか」

 

 そう言うと、ダニエルもコクリとうなずいた。ゴブリンとオークを協力しながら倒したあの日。おそらくあれから、ダニエルは「自分でもゴブリンと戦えるかもしれない」と自信をつけたのだろう。その自信におされ、見ないふりをしてきた攻撃性が表に出てきたのだ。

 アランはそれについては何も言わず、こうたずねる。

 

「ルナはやっぱり知らないのか? それ……」

 

「はい。あの通り裏表のない()ですから、かえって言い出しづらくて」

 

 苦笑ではあるが、ダニエルはやっと笑みをこぼす。そして自嘲するように続けた。

 

「カッコ悪いですよね……。嫌いなら嫌いで、一人でも殺して回った方が、まだマシでしょうに」

 

「…………」

 

 ダニエルの言葉は、おそらく冗談だったのだろう。しかし、アランはそれに引っかかるものを感じた。

 敵と見なしたものを、迷いなく屠る。それは確かに勇敢に見えるが、それはいかなる時でも肯定していいものだろうか。そして、ダニエルは本当にそれをマシな姿だと思っているのだろうか。

 

 アランはそう考えながら、言葉を何度も舌で転がす。そして数秒して意を決し、神妙な声で切り出した。

 

「……ダニエル」

 

「はい」

 

「これさ、勝手に話すと本当はアレだから、周りには言わないでおいて欲しいんだけど」

 

「は、はい」

 

 含みのある前置きに戸惑うダニエル。そんな彼に、アランは静かな口調で話した。

 

「……ジゼルの奴な。アイツ、人間に故郷を追われたんだよ」

 

「え……」

 

「想像できなくもないだろ? 人間が森を切り開いて、ジゼルは家族と逃げて……そうして、人間の街に一人で暮らせと言われたんだと」

 

 話の内容が重いのと、それから自分の話との関連性が見えず、ダニエルは何も言えずにいた。それでもアランは話し続ける。

 

「逃げてる間に色々とあったらしいが……やっぱり一時期、ジゼルは人間をみんな恨んでいたらしい。無理もない」

 

「…………」

 

「でも、街に来て人間たちとふれ合って……考えが変わったとさ。人間にも良いヤツがいるって」

 

「それって……」

 

「俺の言いたい事が分かるか? ダニエル」

 

 ダニエルが口を開くのをさえぎり、アランは真に迫った口調で言う。ダニエルはほんの少し言葉をつまらせたが、やがてけわしい顔で答えた。

 

「……ゴブリンの中にも、良いヤツはいると?」

 

「俺には断定できんがな。少なくとも、問答無用でぶっ殺す必要まではないと思うぜ」

 

 アランはつとめて穏やかな口ぶりで言う。とたんに、ダニエルの表情にいら立ちが浮かぶのが分かった。それから何度かためらってから、ダニエルがまた口を開く。

 

「……本当に、そうでしょうか」

 

「俺は……今のところはそう思う。あの時だって、自分から逃げていったろ」

 

「けど! あんなの、特殊な例かもしれないじゃないですか!」

 

「その特殊な例が、意外とあちこちで見つかるかもしれないだろ。お前が国中、世界中のゴブリンを知っているってんなら、話は別だが」

 

「…………っ」

 

 アランに言われ、ダニエルは苦々しい顔で歯がみする。何かを言いたくて仕方なくて、それを理性でおさえている表情。

 おそらく、頭では理解しても感情が追いつかないのだろう。ダニエルの感情、それに対しては何も知らないアランに言える言葉はない。だが、それはそれとして諌められる部分はあるはずだ。

 アランは相手の目をジッと見て、静かに、真剣な口調で語りかけた。

 

「……お前がどんだけゴブリンを嫌っているか、それに口出しする権利は、俺にはない」

 

「…………」

 

「でも、少しは冷静に考える時間があっても良くないか? 片っ端から死なせなきゃいけないような連中かどうか」

 

「でも……獣人と違って、ゴブリンは言葉も通じませんよ。おまけに会う時はきまって厄介事で……」

 

「殺さなきゃいけないとなりゃ、俺だって止めない。なんなら手を貸すさ。けど、自分から決めつけちまう事はないだろ」

 

 アランが話すうちに、ダニエルの表情から少しずつこわばりが抜けていく。そしてしばらく黙り込み、ようやく大人しくうなずいた。

 

「……分かりました。しばらく、考えてみます」

 

「ああ、それがいいと思う」

 

「すみません、長く話しちゃって」

 

「気にすんなって。一緒に組んでりゃよくある話さ」

 

 苦笑して頭を下げるダニエルに、アランは笑いながら答える。とりあえずは、場に和やかな空気が流れた。

 ところが、そこに外から足音が聞こえてきた。アランたちがハッと身構えると、パシャパシャと走る音が、テントのそばでピタリと止まる。

 

「すまぬ二人とも。ちょっと来てくれぬか」

 

 二人の目の前に、ローブをかぶったルナがひょっこりと顔を出す。アランが表情をやわらげると、ルナは自分のいたテントの方を指さして言った。

 

「そろそろ交代じゃからジゼルを起こそうとしたんじゃが……あやつめ、気持ちよさそうに寝ておるわ」

 

「んじゃ、俺が行くよ。相棒がすまないな」

 

「頼めるか?」

 

「ああ。俺が耳元で『今夜は寝かさないぞ☆』とか言ったら、多分起きる」

 

 「しょうもないのう」と吹き出すルナへ親指を立て、アランはテントを出ていった。その行きしなに、ちらりとダニエルへ視線を送る。

 その視線に気づいたルナは、それを辿ってダニエルを見た。そして、パートナーが座って丸まっている姿に気づく。

 

「なんじゃ!? 何かあったか!?」

 

 明るくない話題でいまだ晴れない表情をしていたダニエルへ、ルナは一目散に飛びつく。そしてダニエルが何も言わないうちから、強い口調で言った。

 

「まさか、アランのやつにワイセツな話でも聞かされたんじゃ……」

 

「いやいや違います。大丈夫ですよ」

 

「ならば、逆か!? ワシとお主のあんな事やこんな事を、根掘り葉掘り聞き出そうと……」

 

「違いますって! 安心してください!」

 

 なんだか妙な想像をされ、あわててダニエルは笑って止める。するとルナもなんとか納得し、長い息をついた。

 

「ならば良いが……なんだか気がかりでの。その、昼間の事もあるし……」

 

 ルナの表情がふっと曇る。やはりゴブリンについての事は気になっているのだろうと、ダニエルは察する。

 気づかってくれる事に、じんわりと胸が温かくなる。ダニエルは少しの間目を閉じ、笑いかけて言った。

 

「……時が来たら、きっと話します。それまでは……いつも通りでいましょう」

 

「……本当か? 信用してよいのか?」

 

「ええ。僕もルナを信じます。ね?」

 

 念押しするルナへ、ダニエルは力を込めて言いきる。何秒か確かめるように目を合わせて、不意にルナがダニエルの頭を撫ではじめた。

 

「仕方ないのう。だったらこちらも信用してやる! ワシは寛大じゃからなハッハッハ」

 

「ちょっ……ルナ! よして下さい!」

 

 恥ずかしがりながらも、安心したダニエルの声が辺りに響く。それに耳をかたむけつつ、スカピーと安らかに寝息を立てているジゼルへ目を落とし、アランはホッとした表情で笑った。

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