獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らは怪物と、それから意外なものを目にする

 

「見えた、あそこです! ガニム村!」

 

「さすがにこう雨続きじゃ、みんな家の中だな……!」

 

 テント泊をした次の日、早朝に出発したアランたちは午前中のうちに、依頼のあった村へ到着した。小粒の雨がぱらぱらと降る道の向こうに目をこらすと、木の塀に囲まれた三十ほどの家々と畑が目に入った。

 

 それが彼らのいる湿地帯にある数少ない村の一つ、ガニム村。そこでは畑の野菜は雨でぬかるんだ地面にうもれ、葉をしとどに濡らしている。あちこちに水たまりもあり、そういう場合の対策のためか家もいくらか床が高く建てられている。

 

「……とにかく中で話を聞いて、それから調査に出かけましょう」

 

「はぁーあ、とっとと熱い茶でももらいたいぜ」

 

「ワシも湿った場所は好きじゃが、これじゃ身がもたんわい……」

 

 ジゼルとルナがため息を着きながら村へと足を早める。アランはぬかるみに足を取られそうになるダニエルを補助しつつ、女性陣に続いた。

 

 

――

 

 

「いやはや、よく来てくださいました……」

 

「いえ、お気になさらず」

 

「ふぅ、家の中でくつろぐのが久しぶりに思えるぜ」

 

 数分後、一行はその村の村長宅をたずね、イスと長机が用意された応接間に通されていた。毛皮やローブを脱いで水気をはらう四人のもとへ、頭のハゲた村長がお茶の乗った盆を持ってやってくる。

 

「こんなものでよければ、どうぞ」

 

「お、サンキュー。気がきくぜ」

 

「ありがたいのう。昨日から少し体が冷えていたんじゃ」

 

 木のコップに注がれた、薄い出がらしのような紅茶。しかし温かいだけのそのお茶でも、四人は大喜びで飲んだ。

 

「ぷはぁっ……染みるなぁ」

 

 半分ほど飲んだアランがうれしそうに息をつく。それを隣で見つめ、ダニエルが村長へ向けて問う。

 

「それで早速なんですけど、最近になって村の周りにゴブリンが出てきたって話でしたよね?」

 

「あ……はい。そうなんです」

 

「具体的に被害とかはあったのか?」

 

 うなずく村長へ、アランがもう一つたずねる。すると、村長は困ったように顔をくもらせて答えた。

 

「いえ、今のところは何も……。村民もおびえてはいますが、襲われたりもしていません」

 

「私らの時と同じか……」

 

「待て、そもそも用があって来とるのか? そいつら」

 

 難しい顔をするジゼルの横で、ルナが首をかしげる。それを聞いてアランがハッとして手のひらを打つ。

 

「あー、確かに。村に来たいんじゃなくて、もともと住んでた場所に居られなくなっただけって可能性もあるのか」

 

「居られなくなったって、なんで?」

 

「……知らね」

 

 ジゼルに聞かれ、おどけて肩をすくめるアラン。ジゼルがあきれていると、不満げな顔をしたダニエルが口をはさんだ。

 

「それは早計じゃありませんか? ゴブリン側に何かたくらみがあって、下見に来たりしている可能性もありますよ」

 

「……まあ当然、そのセンもあり得る」

 

 ダニエルの言葉に多少の勘ぐりを覚えつつも、自然に肯定するアラン。ダニエルもゴブリンを嫌っているのを悟られたくはないはずだ。今のところ、ジゼルもルナも何て事ない表情でいる。それを一瞥したアランは、さも平静な口調で村長へ言った。

 

「ゴブリンが村に近づく以前は、奴らどう暮らしていたんです? まるで不干渉だったんですか?」

 

「はい……。ここからさらに湿地帯を奥に行くと、地盤は柔らかいし、河や沼も多いので、そもそも人が住めないのです。ゴブリンたちは自前の生命力が強いので、その人のいない場所に住み着いて、今にいたります」

 

「ふーむ、その場所でなんらかの異変が起こったか……」

 

「もしくは、今になって自分たちの勢力圏を広げようとしているか……ですね」

 

 小さくうなるアランの言葉を、疑り深い顔で言い継ぐダニエル。続けてルナが村長にたずねた。

 

「他には何か無いのか? 気になるような事は」

 

「うーむ……そうですねぇ……」

 

 村長は腕組みして視線をあちこちに動かす。そしてごまかすように笑い、こう答えた。

 

「強いて言えば……例年より雨が多いかなってぐらいですかね」

 

「雨?」

 

「はい。皆様もここに来るまでに目にしたでしょう? この辺りは昔からよく降るのですが、今年は特に激しく……」

 

「ふーむ……」

 

 ルナは真面目な顔で考える。確かに昨日からずっと雨に当たりどおしだ。しかしそれがゴブリンの出没とどう関係すると言うのか。

 二度、三度、首をひねり思案する。されどもルナも周りもこれといったひらめきは無く、一同の中にもどかしい空気が流れる。

 

 そんな時、しびれを切らしたジゼルがバンッと机をたたいて立ち上がった。

 

「だぁーもう! 悩んでいたって仕方ねえ! とっとと直接調べに行こうぜ!!」

 

「……それが良いかもな。考えても結論は出なさそうだ」

 

「お、おぉ……行ってくださいますか!」

 

 席を立つジゼルとアランに、村長はホッとした顔を見せる。続いてダニエルが歩み寄り、頭を下げた。

 

「色々とありがとうございました。僕らが出来る限りの事はいたしますので、ご安心ください」

 

「いやぁ、すみません。本当にありがたい。こちらも手を焼いていたもので……」

 

「そうペコペコせんでいい。ワシらだって仕事じゃからな」

 

「いえ、助かります。どうかお願いいたします……」

 

 ルナも歩み寄り笑顔を見せるが、村長はよほど気をもんでいたのか何度も何度も礼を言い続ける。それを見ながら準備を終え、四人は外に出る。

 

 外では、相変わらず雨が降っていた。ネズミ色の雲におおわれ、ポツポツとしずくを落とし続ける空を見上げ、アランは内心でつぶやいた。

 

(雨、か……)

 

 足元にいくつも出来ている水たまりへ目を落とす。それに映る自分の顔を見ながら、アランはなんとなく嫌な予感がしていた。

 

 

――

 

 

「……歩きづらいな、さすがに」

 

「おいアラン、泥とばすなよ!」

 

「しょうがないだろ、道がグズグズなんだから」

 

「ルナ、ここ気をつけてくださいよ。沈みますから」

 

「ま、まあ慌てるな……うわっ!?」

 

 ……それから一時間ほど後。一行は雨で朝よりさらにぬかるんだ道を、たがいにカバーしつつ進んでいた。人の手が入った気配はとうに無くなり、雨に濡れた草木の合間をぬって泥のような道を歩いていく。

 

「おい見てみろよ。あれ」

 

 ふと、何かに気づいてアランが木々のすき間を指さした。仲間がその先を見ると、木々に寄り添うようにして、小さな小屋のようなものがいくつも造られているのが目に入った。材木の大きさはバラバラで形もいびつだが、登るための階段もふくめて崩れそうな気配までは感じさせない。

 それを見たダニエルが口を開いた。

 

「……ゴブリンの住みかですね。湿地に合わせて高い場所に造ってある」

 

「あんな風なのか? ゴブリンの家って」

 

「どこにでも生息するぶん、家の種類も色々なんですよ。……性格までは分かりませんが」

 

 ダニエルは渋い顔をして辺りを見回す。そこでは、昨日と同じように茂みにかくれたゴブリンたちが、警戒した様子でアランたちを見つめている。

 昨日はゴブリンの方から逃げていったせいか、ジゼルやルナも少しは落ち着いていた。注意こそ払うものの武器には手をかけず、慎重に道を進んでいく。

 

「……問題はこの先かね」

 

「かもしれません」

 

 アランのつぶやきに、短く答えるダニエル。それは、ゴブリンに害意があるかどうか、あくまで調べてみないと分からないと言いたげに、アランには感じられた。

 

 ……それからしばらくして、木々が閑散となり辺りが開け、かわりに地面に水場が一気に増える。大小さまざまな沼があちこちに点在し、雨で水かさが増えたぶん、沼どうしが繋がったりなどもしている。

 その様子を見回し、アランがまたつぶやく。

 

「……やっぱし、雨で住みにくくなったのか?」

 

 その声色には、いくらか納得いかない感があった。すると後ろのジゼルが疑問を投げかける。

 

「しっかし、ちょっとばかし雨が増えたからって、住み慣れた土地でそうそう困るか?」

 

「けど、今のところ考えられる原因ってそのぐらいだろ」

 

「自然の中で暮らしてりゃ、雨ぐらい何とかする知恵はあるんじゃねえの。人間だってその程度するだろ」

 

「ゴブリンの奴ら、家を高い場所に造るなり雨の対策はしておったしな……。雨ごときで今さら困るのは腑に落ちん」

 

 けげんな顔をするジゼルに、ルナも同調する。それを聞いて、ダニエルがけわしい表情で言った。

 

「……もしかして、雨じたいが原因ではなくて、他に大きな理由があるとか?」

 

 その口調は緊張がまじっていた。自分たちのうかがい知れぬ、ゴブリンを追いやった何者かがどこかに居るかもしれない。

 

「まあとにかく、もう少し見て回ろう」

 

 アランの言葉で、おのおのが周囲を探りはじめる。ジゼルは何か妙なものが落ちていないかと地面を丹念に観察し、ダニエルは小さめの沼を杖でかき回し、ルナは翼で空を飛び、上から一帯を見下ろす。

 そうしてしだいに怪しい場所も限られていき、最終的に奥地の大きな沼にせまってきた。アランたちの目の前には泥だらけの水が半径50メートルを越えようかというほど、なみなみと溜まっている。その沼の周りに生えている木も、幹の一部が水に濡れていた。

 ここ最近の雨量のせいなのか、見渡すとその沼も周りの沼や、果ては川らしき場所とつながっている。水場どうしの境目はあいまいになり、陸地はほとんど見えなくなっている。

 

「……もはや船が要りそうじゃな、この水量じゃ」

 

「この水の中に、何かがいたりすんのかね」

 

「近づいてみなきゃ分かんねえな……よっと」

 

 ジゼルがじれったそうに言い、眼下の沼に向けて岸の段差を下りはじめる。

 

「おい、気をつけろよ!?」

 

「大丈夫だって、心配しすぎだ」

 

 思わず声をかけるアランへ、ジゼルは振り返って言い返す。しかしその時、彼女の背後の水面に不穏な影が浮かんだ――。

 

「っジゼル!!」

 

「へっ」

 

 影に気づいたアランが叫ぶと同時に、水中からざぶりと音を立てて何かが浮かび上がる。それに気づいたジゼルは、振り向いてその顔を見た。

 真っ赤な体表に黒い目。虫のような牙や触覚を持ち、その顔はジゼルを丸ごと食ってしまうかと思うほど大きかった。

 しかもその怪物は腕を振りかざし、その腕の先についたカニのようなハサミをジゼルへ向けて振り下ろそうとする。それを間一髪、ジゼルは本能的に回避した。

 

「どわっ!!?」

 

 悲鳴をあげ、ジゼルは避けた勢いで沼の中へ転がり落ちる。怪物のハサミはそのすぐそばの木をとらえ、幹をバキバキと音を立ててへし折った。

 へし折られた木がしぶきをあげて沼に浸かる。アランたちが泥をかぶり顔をおおっていると、怪物は水面に浮かぶ木に足をかけて乗りかかり、ハサミをかかげてアランたちを威嚇した。

 

 その泥まみれの赤い体は殻に包まれており、長い触覚や両手のハサミにくわえ、背中から胴、そして尻尾まで太く平たい形が続いており、胴の側面から左右それぞれ三本ずつの脚が生えている。

 カニと、そしてエビと虫を組み合わせたような威容。それを見たアランが、呆然としながらつぶやいた。

 

「……ザリガニ?」

 

 そう、その姿はあの川などにひそむ小さな生き物、ザリガニそのものである。しかし大きさは明らかに別ものだった。顔だけで1メートル以上の長さを持ち、体長は3メートルもありそうに見えた。人間10人でも軽く乗れそうである。

 目の前で敵意をあらわにするその巨大ザリガニにアランが困惑していると、横からダニエルが憔悴した顔で言った。

 

「……マッドクレイフィッシュ……」

 

「は?」

 

「狂暴なザリガニの魔物なんです。でも普通ならもっと川に近い場所にいるはず……」

 

 その時、ザリガニもといクレイフィッシュの背後でジゼルが岸へ飛び出す。また襲われないうちに逃げようというのだろう。

 しかし、クレイフィッシュは振り返るなり沼に飛び込み、その勢いでまたハサミを振るった。

 

「ええいっ!」

 

 ジゼルはいまいましげにそれを避けるが、バランスをくずしてまた沼に沈む。それを見てアランが剣を抜いて飛び出した。

 

「させるか!」

 

 先ほどの木が浮かんでいるのを足がかりに、彼はクレイフィッシュへ向けて飛ぶ。そして尻尾に届くかどうかという間合いなのもかまわず、思いっきり剣を振るった。

 しかし。

 

「ぐっ!?」

 

 アランは苦しげな声をあげる。返ってきたのは鈍い音と手応えだった。剣は相手の殻にみごと弾かれ、アランの手をビリビリと震わせる。

 

「……このバカ!」

 

 攻撃を受け、アランを標的にしようとする相手へジゼルが組みついた。両手でハサミを一つ封じ、強引に沼の中へ倒す。

 それを目の前で見ていたアランは、あわてて助けに入ろうとする。しかしそんな彼の体が、不意にふわりと持ち上げられた。

 

「おい、無事か!?」

 

 持ち上げてきた相手をあわてて見ると、そこには翼を広げたルナがいた。彼女はばさりと翼をひるがえし、ダニエルのそばにそっとアランを降ろす。

 

「待ってくれ、ジゼルが!」

 

「落ち着け、やみくもに突っ込んでもしょうがないじゃろ!」

 

 もがくアランを、ルナが押さえて言い聞かせる。彼らの視線の先では、ジゼルがいまだ沼の中でもみ合っていた。

 それを見つめながら、ダニエルが悔やむような苦々しい声でつぶやいた。

 

「……おそらく雨のせいで川があふれて、水をたどったクレイフィッシュが一匹、こっちに迷い込んでしまったのでしょう」

 

「…………?」

 

「ゴブリンはそれを恐れて村の近くへ逃げた……。何かをたくらんでいるワケじゃ、なかったんですね」

 

 ダニエルは肩を落とし、ひとり言のように言った。ゴブリンが悪事をくわだてているという彼の見立ては外れたのだ。そう気づいて、なんとか受け入れようとしていた。

 その矢先、ジゼルの方で変化があった。

 

「おりゃあっ!」

 

 気勢をあげて、彼女はクレイフィッシュを投げ飛ばす。彼女の何倍もある敵の体が沼にたたきつけられた。

 

「しめた!」

 

 ルナがぱあっと顔を輝かせる。続けてダニエルがすかさず杖をクレイフィッシュへと向け、呪文をとなえた。

 

炎の矢(ファイヤ・アロー)!」

 

 瞬間、杖から火が一直線に飛び、沼から顔を出したクレイフィッシュに直撃する。

 

「よしっ!」

 

「当たった!」

 

 それを見たダニエルがグッと拳を握り、アランも快哉を叫ぶ。しかしクレイフィッシュは再び沼に顔をもぐらせたかと思うと、何事もなかったかのようにジゼルへ襲いかかった。

 

「うおっ!? おいダニエル、コイツまるで堪えてねえぞ!!」

 

 ジゼルは一瞬だけ岸辺の三人に文句を言い、取っ組み合いを再開する。ハサミが岸辺の草を刈り取り、切れ端がばらばらと落ちた。

 その様相を見ながら、ダニエルは弱った表情でアランへ言う。

 

「まずいですね。僕の魔法じゃ不利です」

 

「……くそ、なら電撃ならどうだ!?」

 

「っ待ってください!!」

 

 放電(スパーク)を使おうとするアランを、ダニエルが血相を変えて止める。困惑して振り向いたアランへ、彼は言った。

 

「電気は水全体に広がります! 今それを放てば、ジゼルさんが巻き添えですよ!?」

 

「……! ああそうか、確かに!」

 

「ったく、この役立たずめらが!!」

 

 ふがいない男二人にしびれを切らし、ルナが飛んでジゼルのもとへと急ぐ。だが襲われているジゼルを引き上げる余裕はなく、かわりにクレイフィッシュへ向けて空から蹴りをおみまいした。

 ドスン、と鈍い音とともに敵の体がまた沈む。それが顔を上げたところで、今度はジゼルが拳を叩きこんだ。

 

「……痛ってえ!!」

 

 しかし、痛みにうめいたのはジゼルの方だった。硬い殻に守られたクレイフィッシュは、弱った様子もなくジゼルとルナを威嚇している。

 

「まずいな、これじゃジリ貧だ……」

 

「ダメージを与えられる気がせんわい」

 

 二人はクレイフィッシュを警戒しつつも、決め手に欠けて絶望しかけていた。一方で、岸からそれを歯がゆそうに見ていたアランとダニエルが顔を見合わせる。

 

「どうする、俺らで何かできる事は……」

 

「……むむ……」

 

 ダニエルは難しい顔でうなり、必死に策を考える。まず、ただの打撃でクレイフィッシュは倒せない。魔法では効果が無いか、もしくはジゼルが水からあがらなければ危険をともなう。かといってクレイフィッシュがやすやすと逃がしてはくれないだろう。

 ……勝負を決めるなら、普通でない強力な打撃を。それも水からあげて、また戻られないよう、一瞬で決めなければ。

 

 数秒して、ダニエルは一つ手を思いつく。そしてアランへ向けて耳打ちした。

 

「アランさん! 確かさっき、電気を飛ばす魔法を使おうとしていましたよね!?」

 

「おう、それで?」

 

「魔力を上手く操作すれば、武器から魔法を飛ばすだけじゃなく、武器にまとわせる事だって出来るんです!」

 

「へっ? 待ってくれ。本では見たかもしれんけど、実際には……」

 

「僕がサポートします! だからその間……」

 

 戸惑うアランの言葉をさえぎり、ダニエルはさらに色々と耳打ちする。それが終わると、アランがジゼルたちへと振り向いて叫んだ。

 

「おい、ちょっと聞いてくれ!」

 

「あ!? 何だよ!!?」

 

 いまだクレイフィッシュと格闘しているジゼルは吠えるように応える。それもかまわず、アランは雨の中で声を張り上げた。

 

「今から俺らでちょっと準備をするから、しばらく時間をかせいでくれ!」

 

「あとこっちが合図したら、そのザリガニを岸に投げてくれませんか!?」

 

 アランやダニエルの言った指示に、ジゼルたちは顔をしかめる。どんな準備をするかは伝えられていない。いや、伝える余裕がないのか。いずれにしてもすぐに納得はできなかった。

 

「何か策があるのか!? 信用していいんだな!?」

 

「任せろ! やってみせる!」

 

「けど、ワシらもどこまで()つか分からんぞ!?」

 

 クレイフィッシュの頭に乗って触覚を引っ張りながら、ルナが叫んだ。それに対してアランとダニエルが開き直るような笑顔で答える。

 

「獣化を使え! 思いきって!」

 

「お願いします! それしか手はない!」

 

「……!」

 

 ジゼルとルナは一瞬だけ視線をかわす。そしてクレイフィッシュを再び投げ飛ばし、冗談めかして毒づいた。

 

「はぁ……獣人づかいの荒いヤツ!」

 

「後でたっぷり血をもらうぞ。覚えておれ!」

 

 直後、二人が獣化をはじめる。

 ジゼルはグレーの体毛が増して顔つきが変わり、狼の姿に。

 

 そしてルナは金髪が黒く変わり、体中が黒い毛におおわれ、手のツメが長く鋭くなる。

 足を振り、靴をぽいと放り捨てると、黒い毛と長いツメがのびた足があらわれる。獣化を終えたルナの姿はまるでコウモリそのもの、もしくはガーゴイルのようであった。赤い目がギラギラと光り、ほほえむと口の端からナイフのような牙がのぞく。

 

 そして二人はクレイフィッシュが顔を出すなり、さっきとは比べ物にならない勢いで襲いかかった。まずはジゼルが水しぶきをあげながら飛び込み、クレイフィッシュの顔面を殴り飛ばす。

 

 バキィッ、と音をならして拳が食い込み、衝撃が敵の虫じみた口の一部をくだいた。ベキベキときしむような音がし、赤いかけらがバラバラと水面に落ちる。

 それにクレイフィッシュがひるんでいると、今度は上から衝撃がはしった。

 

「ワシも忘れるでないぞ!!」

 

 ルナの踏みつけは、クレイフィッシュの胴と尾の継ぎ目のあたりに突き刺さった。クレイフィッシュの体はルナの足がめり込んで折れ曲がり、逆エビのような格好になる。その瞬間にも、殻のかけらが飛び散り、宙を舞った。

 

「よう、どうしたよ? 情けねえな」

 

「本気を出したらこんなものか?」

 

 沼の中でもがく相手を、獣じみた姿のジゼルとルナが煽り立てる。しかし同時に二人の顔には、以前からの雨と魔物に対する緊張によって疲れが見えはじめていた。

 

 ……一方でその頃。アランは剣を構えたまま、なにやらジッと動かなかった。持っている剣は、バチバチと音を立てて黄色い電気をまとい、光っている。

 彼の隣では、ダニエルが反対側に立ち、アランが握る手の上からそっと手をかぶせている。ダニエルの視線は、アランの体から剣へと流れる力、魔力の流れを追っていた。

 

「絶対に集中を切らさないで! 切らしたら最後、魔力が散っていってしまいますから!!」

 

「わ、分かった……ぐぅ……」

 

 アランは苦しげにうめいて頷いた。力を込めて持ち手をにぎる彼の手を、ダニエルがさするように細かく動かす。そうして、アランが剣へと送る魔力に、自身の魔力を上乗せするのだ。

 

 そしてついに、剣が二倍にのびたかと思うような強力な電光がほとばしる。それを見てとったダニエルは、ジゼルやルナ、そしてルナにも聞こえるほどの大音量で叫んだ。

 

「今ですッ!!!」

 

「応よ!!」

 

 言われるが早いか、ジゼルはクレイフィッシュの尻尾を腕でかかえ、強引に上へと放り投げる。それに向かってルナが空中で飛び蹴りをかまし、アランたちの方へと吹っ飛ばす

 

「いけぇーっ!!」

 

 ルナの言葉通り、クレイフィッシュはアランに向けてナナメ一直線に落ちていく。それを目でしっかりと捉え、アランは足を踏みしめた。

 

「来たっ!!」

 

 ダニエルが二度目の合図をし、手を離す。その瞬間、アランはクレイフィッシュめざして高く飛びあがり、電気をまとった剣をふりかざした。

 アランの視界がスローモーションになる。自身の何倍も大きい敵。それに向けて、溜めに溜めた魔力の流れる剣を、真っ直ぐ振り下ろす。解放するための呪文を合わせて。

 

雷光斬(ライトニング・スラッシュ)!!」

 

 振り下ろした剣の軌跡が、雷光で白い帯をつくる。それが瞬いて消える頃、クレイフィッシュは胴のあたりで真っ二つに両断されていた。

 

 ドサッ、と音を立てて頭は岸辺に、尻尾は沼の中に落ちた。切り口からは白い肉が焦げ、殻といっしょに黒いふちが付いて煙をあげている。ほぼ同時にアランがその真ん中に降り立ち、ふらりと膝をついた。

 

「アラン!」

 

「アランさん!」

 

 うつむいて動けないアランへ、次々に仲間が駆け寄った。最初にジゼルが体をささえ、そっと立ち上がらせる。

 

「やったなお前! ……大丈夫か? ケガしてないか?」

 

 ひかえめに心配するジゼル。アランはしばし緊張のせいか肩で息をしていたが、一つ息をととのえ、剣をさやに戻す。

 

「平気平気。新技をおぼえたその日に参ってられるかい」

 

「……ンだよ。心配して損した」

 

「ダニエル、お主は? 疲れていないか?」

 

「ご心配なく。ルナの方こそお疲れ様」

 

 敵を打ち破り、四人は安堵してたがいに言葉をかわす。とりあえず脅威は去った。あとは死骸を処理して退散するだけ……。ジゼルとルナが獣化を解き、一同の気がゆるみはじめていた時。

 

「……待て!」

 

 不意に、ジゼルが表情をひきしめて身構える。昨日のように耳を立て、ある方角をジッと見据える。その方角は今まで歩いてきた、ゴブリンのいた場所であった。

 ジゼルにならって視線を向け、残りの三人は目を見張った。いつの間にか、五十人ほどのゴブリンの一団がぞろぞろと自分たちに向かって歩いてきているのだ。

 ダニエルが杖をかまえ、戦闘にそなえる。アランも躊躇しつつ剣の柄に手をかけた。これほど大量の魔物を見れば、今まで襲ってきていなくとも警戒せざるを得ない。

 

 ……しかし、ゴブリンたちは近寄りつつも、武器を抜くような者は一人もいない。表情も人間より乏しいながら、口角を上げて晴れやかなものを感じさせる。

 とうとうゴブリンたちはアランの数メートル先まで来た。すると、先頭にいた三人ほどのゴブリンが、両手のひらに乗せた何かを差し出す。アランは周りの仲間を見て、誰も受け取ろうとしないので自分からゴブリンに歩み寄る。

 そして、ゴブリンの持っているものをしげしげと見つめた。

 

 そこにあったのは、干した黒い果物のようなもの、そしてキラキラと光るキレイな石、それから食べ物なのか薬草なのか分からない、草の束だった。アランがそれを見ていると、つられて他の三人もそれに注目する。

 

「……何だこりゃ?」

 

「お礼じゃないのか? もしかして」

 

「クレイフィッシュを倒したから?」

 

 首をかしげるアランたちへ、ゴブリンたちは尚もその品々を差し出そうと近づいてくる。アランがあわててそれを止め、おっかなびっくり品々を受け取った。

 

「……もらっちまったよ、ゴブリンに」

 

「これ、金になるのか?」

 

「……無理じゃねえかな、見るからに安物くさいし」

 

「えぇー」

 

「なんじゃ、つまらんのう」

 

「仕方ないだろ。ゴブリンと人間じゃ価値観も違うだろうし」

 

 露骨に落胆するジゼルとルナ。アランはその品を袋におさめながら、小声でいさめる。すると、そんな彼らをよそにゴブリンたちはすぐそばのクレイフィッシュの死体に群がり始めた。

 

「……ん?」

 

 アランは眉をしかめる。ゴブリンたちは集団で岸に転がる頭と沼に浮かぶ尻尾を拾うと、皆でかついでゾロゾロと住みかの方へと運びだした。

 まるでエサを運ぶアリのように、えっさほいさとゴブリンたちは列になって死体を運び、そのまま木々の間に去っていった。

 

「…………」

 

 四人はその光景をポカンとして見つめていた。全員、ゴブリンが他種族に感謝を示した瞬間など初めて見たのだった。

 

「……っておい! ザリガニまで持っていっちまったぞアイツら!!」

 

 しばらくして、ジゼルがハッとなって声をあげる。それに吹き出しそうになりながら、アランは言った。

 

「いや、食ってくれるならいいだろ。放置してると色々と大変だ」

 

「けどよー。体はったんだし、もう少し成果みたいなのがあったって……」

 

「文句言うなって。部位をちょっと持ち帰れば、それで依頼は認められる」

 

 むくれるジゼルをなだめつつ、アランは落ちていたハサミのかけらを拾いあげる。そしてそれを余った袋に入れ、気を取り直すように言った。

 

「さ、これで村も平和になる。あとは気をつけて帰ろうや」

 

「へーい……」

 

 気のない返事とともに、ジゼルはとぼとぼと帰路につく。アランはそれを見送り、先ほどから黙っている人物に視線をうつす。

 

「ダニエル……?」

 

 ルナから気遣わしげな声をかけられている男、ダニエル。彼は悩ましげな表情で立ち尽くし、ゴブリンの去っていった方角をジッと見つめていた。

 アランはそれに歩み寄り、先ほどのゴブリンの贈り物を半分ほど取り出し、ダニエルに差し出す。気づいたダニエルがあわててそれを受けとると、アランはほほえんだ。

 

「な? たまに意外な面が見れたりするもんさ」

 

「…………」

 

 ダニエルは手の中の物を見て、黙っていた。アランはそのまま背を向け、ジゼルの後を追う。

 残されたダニエルは、ふとルナの顔を見る。そして彼女に、薄く笑って言った。

 

「……こういう事も、あるんですね」

 

 ルナはただ笑ってうなずき、ダニエルの手を引く。それにつられ、ダニエルも早足に駆けていく。

 一件落着した彼らの上空で、久しぶりに暗雲がとぎれ、光が射し込んでいた。

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