獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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嫌な事はあっても続けていく

 

「えー!? この依頼でたったこれだけ!?」

 

「桁を読み違えてたんだな……」

 

「申し訳ありません。報酬は変えられない決まりでして」

 

「はは、気の毒だなぁ若人たちよ!」

 

「おい、こいつらに労いのエール(ビールの一種)だ!」

 

 ……その建物に足を踏み入れた瞬間、雑多な人々の声がいっせいに耳にとどく。何かの窓口らしきカウンターと、隣に用意されたテーブルと椅子を並べただけの酒場。仕切りもなく設けられたその二つのスペースに、それぞれ二十~三十人ほどの人々がバラバラと収まっている。壁にある掲示板には"薬草××の採取"、"○○森の奥に潜む大蛇の討伐"などと仕事の書かれた依頼書がベタベタ貼りつけてある。

 

 

【バラスキア王国 カロニャ領ルベーマ市・冒険者ギルド支部】

 

 

 入り口にそう書かれたその建物の中には、鎧や刀剣、弓などで武装した人間と、それから人の体に獣の耳や尻尾、あるいは鳥の翼や蛇のような鱗を持った獣人たちが二人一組となって窓口にたむろし、また酒場でくだを巻いている。

 

「……そろって都会に慣れやがって」

 

 ジゼルは一人、支部の中をながめて悪態をつく。そして、人間と共にいる獣人たちが、本来の住みか――人里はなれた野山に暮らしている姿を想像し、複雑な表情をしていた。

 

 ……かつて、人間、獣人、魔物はそれぞれ別の生息圏を築いて暮らしていた。しかし人間たちがやがて縄張りを広げ、他の環境を圧迫し、ついには人間社会へ流れる獣人があらわれた。

 その格好の例が、目の前にいる"冒険者"たちであった。周囲の市街や村にいる国民たちから、厄介ごとを日々うけたまわる組織。体力が要り、収入も不安定なその職業だったが、新しく流れてきた獣人たちがそこに殺到した。同時に職にあぶれていた荒くれ者たちなども参入し、かくして冒険者は人間と獣人たちとの交流が特に多い職業となったのだ。

 

 目の前に並ぶ獣人たちも、街にきて最初は右も左も分からなかったが、今では登録したギルド経由でそれぞれ冒険者のパートナーを見つけている。

 

「……へっ」

 

 ジゼルは冒険者たちの間をずかずかと進み、窓口の前にくる。それに応じて、カウンター内にいた受付嬢らしき女性が口を開く。

 

「お疲れ様です。身分証をお願いします」

 

「はいよ」

 

 ジゼルは腰にかけたカバンから筒状に丸めた紙を取り出し、カウンターに広げた。顔ぐらいの大きさの羊皮紙に、事務的な文章とジゼルのサインが記されている。

 

「……はい、ジゼルさんですね。ところで"飼い主"の方は……」

 

「…………」

 

「……あっ! ご、ごめんない。私ったら以前のクセで……」

 

 ジゼルの表情がくもったのを見て取り、受付嬢はとたんに平謝りしだす。ジゼルは何も言わなかったが、その様子に周囲が徐々に注目しだし、「またやってるよ……」という気まずそうな声も聞こえはじめた。

 すると、その騒ぎを聞きつけてか何者かの足音が近づいてくる。

 

「悪い悪い待たせちまった。……どうかしたのか?」

 

「……アラン、遅いぞ。すぐ来るって言ったろ」

 

「いやー、新人っぽい女の子に挨拶してたんだけど、それが結構ノリがよくてよ」

 

 現れたのは、アランだった。短くとがめるジゼルへ、全く悪びれずに答える。そしてばつが悪そうにしている受付嬢をよそに、ジゼルはアランの肩を小突き、こう促した。

 

「どうでもいいから、お前も手続きしろ。このネーチャンだって困るんだよ」

 

「はいはい、そう怒るなって……。じゃ、まず討伐の証拠と、それから身分証と、依頼書ね」

 

 アランは狩ってきたゴブリンたちの耳が入った袋をふくめ、二枚の書類を置いた。受付嬢はそれを確認し、気弱な口調で言う。

 

「えーと……アラン・エローさん。街周辺に出没したゴブリンの討伐……と。お疲れ様でした。これは報酬です」

 

「どうも。それじゃまた頼むぜ」

 

「え、ええ。こちらこそ」

 

 いまだ固い笑顔で対応する受付嬢へ、アランはいぶかしむ様子もなく応じ、小銭を受け取り背を向けた。ジゼルもそれにならい(きびす)を返す。

 離れていく二人の背後で、受付嬢がホッとため息をつくのをジゼルは聞いていた。

 

「…………」

 

「おい、歩くの早いって。ジゼル!」

 

 ギルドを抜け、ジゼルは何も言わずにスタスタと街道を駆けていく。その後をアランは苦笑しながら追いかけた。日が沈み、店じまいを始める商店や戸締まりをする家屋の列のすき間を、二人は会話もなく足早に進んでいく。

 

「あんまり気にすんなよ。あの受付ちゃん、ちょっと抜けてるから」

 

 アランがそう言うと、ふとジゼルの足が止まる。そしてぶつかりそうになってつんのめるアランへ振り返り、彼女は拍子抜けした声色で言った。

 

「……聞いてたのかよ」

 

「ああ。向こうが謝ってたから、何も言わなかったけど」

 

 アランは肩をすくめて答える。その気の抜けるような顔を見ながら、ジゼルは彼と会った日の事をなんとなく思い出していた。

 

 ……街に入り、冒険者ギルドへ登録したはいいものの、しばらくの間ジゼルはひたすら無聊をかこっていた。……なんせ当たりがキツいせいで最後まで仲間がつくれず、売れ残っていたのだ。そうして最終的に売れ残りどうしで組んだのが、このアランだった。

 

 別に、パートナーに不満はなかった。しかし仲間ができないなら、何故ジゼルは一人で働かなかったのか? そこに彼女の不満のタネがある。

 ジゼルはため息を一つつき、なげやりな調子でつぶやいた。

 

「……飼い主、ねぇ。確かにそんな感じかもな」

 

「おい、よせよ」

 

「だって、お前と一緒じゃなきゃ街も歩けないんだぜ? さっきだって、私が一人で来たと言ってたら、牢屋いきだ」

 

「…………」

 

 アランが口を開くのをさえぎり、ジゼルはすねたように言った。相手が押し黙るのを見て、彼女はさらに愚痴をこぼす。

 

「名前だって、本当はジゼルじゃない。役人が呼びやすいようにつけたんだ」

 

「……ああ、そうだな」

 

「……森の中に人間(お前ら)が踏み込むようになって、窮屈すぎて街に出てきたらこんな扱いだよ。手さぐりで知らない言葉まで覚えたのに」

 

「……そうだよなぁ。よくそこまでモノにしたよ。苦労をかけ……」

 

「しかも! 役人のヤツ、姓の方はくれないんだぜ。ポチとかハチかよ、私は」

 

「そんなもんさ。お偉いさんが決める事なんて」

 

 アランは以前にも似た事があったかのように落ち着き払い、うなずきながら聞いていた。一方で、ジゼルはすねたままの顔で相手をにらんでいる。そんな彼女に向けて、アランはさとすような口調で言った。

 

「……そう嫌な顔ばっかりするなよ。知った風には言えないし、愚痴が出るのはもっともだけど……前向きな方が楽しいぜ」

 

「……相変わらずのん気だな、お前は」

 

「嘆いてばっかでどうにかなるもんでも無いだろ。それに、明るい方が美人に見えるぞ。スタイルもいいし」

 

「……あほくさ」

 

 世辞を言われ、ジゼルはわざとらしく顔をしかめて悪態をつく。そしてアランを追い抜いて歩きながらブツブツとつぶやいた。

 

「たまたま組んだだけなのによ。そんな、いつも気ぃ遣いやがってさ」

 

「なんだ、運命の出会いとか信じるタイプか?」

 

「だったら何だよ、どのみちお前に運命なんぞ感じねえよ」

 

「つれないなあ。まあそりゃいいんだけど」

 

 振り向いて言い捨てるジゼル。口ぶりからトゲが消えない彼女を、アランはどこか懐かしげな目をして眺める。そしてふいと遠くを見て、しみじみと口を開いた。

 

「ドラマチックなモノも否定しないけどさ……。普通に組んで、普通に仕事して、そんなんでもいいじゃないか。大体の人がそうだぜ」

 

「……気に食わねえ事だって色々ある」

 

「どうせならやる気だそうって話だよ。何にしろ、そっちの方が上手くいくさ」

 

 アランは笑って、ふと街道の先を指さした。ジゼルがつられて見ると、そこには夜になって賑やかになりつつある酒場があった。近くには、獣人と人間とで並んで歩く、冒険者らしい者の姿もある。

 

「ほれ、お前みたいに鼻は利かないけど、土地勘くらいはある。おおかた酒の香りにひかれてたんだろ?」

 

「いや別に、私は……」

 

「遠慮すんなって。今夜は俺がおごるから」

 

「……スケベじゃなきゃ良いヤツなんだがなぁ」

 

 アランは促すようにジゼルの手をそっと引っ張る。ジゼルも最初は不機嫌でいたが、しだいに表情を和らげていく。

 そうして二人は、人間と獣人が入り交じる喧騒の中へと消えていった。

 

 

――

 

 

「ゆうべはお楽しみでしたね」

 

「……あー……またやっちまったか……」

 

 ……翌朝、アランは酒場にほど近い宿屋で目を覚ました。全身に残る酔いを感じながらフロントへ降りると、宿屋の娘さんやおかみさんから生暖かい視線をいただいたのである。

 

 起きてきたジゼルへ挨拶したところ、「昨日の事は忘れた。嫌な事もさっぱり忘れた。さっさと支度しろ」との事だった。

 アランは肩をすくめ、気を入れ直すように答える。

 

「……別にいいか。今いく!」

 

「……おう」

 

 アランへ返事するジゼルの頬には、心なしか赤みがさしていた。

 夜にわだかまりを吐き出し、そして朝になり、彼らの仕事はいつも通り続いていく。

 

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