獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「……ル」
「…………」
「……ゼル」
「ん~……」
「ジゼル、そろそろ起きろ」
……ある日の朝、アランは宿屋のベッドの上で、隣のジゼルの肩をゆらす。二、三度そうしてようやくジゼルが薄目を開けると、アランは部屋のドアを指さす。
「もう朝だぜ。今度はベッドが休む番だ」
「……もう少し寝かせてくれよ。ザリガニ退治で疲れてんだから」
鬱陶しげに寝返りをうつジゼル。しかしそれを見下ろすアランは首を横に振る。
「仕事は休みでもいいけどよ。何もしないのはもったいねえだろ」
「じゃあお前だけどっか行けよ」
「……あんまりゴネるなら、違う意味でベッド・インしたっていいんだぜ?」
「……ちっ、分かったよ。うるせーな」
ジゼルは寝ぼけた声で上半身を起こし、布団をはねのけた。薄い肌着に身をつつんたま姿があらわになる。
「……着替えるから、あっち向いててくれ」
「うーっす」
ジゼルに言われ、くるりと扉に対面するアラン。彼の背後ではむぞうさな衣ずれの音が聞こえてくる。
聞きなれたその音をよそに、さて今日は何をしようか……などと、アランが頭の中で予定を組み立てていた、その時。
「……ー!……出て……!」
「……!……悩み……」
「ん?」
ふと、ドアの向こうから声が聞こえる。宿屋のリズと、それから何人かが呼びかけるような声。自分に向けてではないが、なんとなく困ったような、切実な声であった。
アランは思わず後ろを振り返り、ジゼルへ問う。
「おい、さっきの聞こえたか――」
「見るなっつったろーが!!」
「わあ、悪い悪い」
着替え中のジゼルに怒鳴られ、アランはすぐさまドアへと向き直る。耳をすますと、相変わらずリズたちが何かを言っている声が聞こえた。
「出てこい」、「悩みがあるなら」……などと。
――
「おーい、何かあったのか?」
「あ、アランさん……」
……10分ほどのち、着替えをすませたアランとジゼルは、部屋を出てすぐにその人だかりを見つけた。二階の自室から、横手の廊下をまっすぐ行った先の、従業員用の部屋。そのドアの前で、リズ、エマ、そしてリズの両親がそろって立っている。
「誰か寝坊でもしてんのか?」
「それが……」
ジゼルが歩み寄ってたずねると、リズは眉尻を下げて口ごもる。そしてドアの方を一瞥して、こう答えた。
「フェリクスさんが出てこないんです……」
「……フェリクス?」
「誰?」
アランとジゼルはそろって首をかしげる。すると、エマがぷっと噴き出した。
「ニャハハハハ! ホントに影うすいニャ~、あの子」
「こらエマ、笑わないの」
なにやら爆笑しているエマを、リズかいさめる。すると両親がかわりに答えた。
「ここで働いてる、もう一人の獣人だよ。エマちゃんと同じ頃に来てくれたのさ」
「だが、アイツはどうも人付き合いが苦手でなぁ……」
「あー、そういえば誰かいたような……」
「……ふぅん」
父親は腕を組み、悩ましげにつぶやく。アランはそれを聞いて記憶をたどるが、ジゼルは興味ないとばかりに人の間をすり抜け、立て続けにドアをたたく。
……返事はかえって来ない。ジゼルはドアに耳をつけ、中の音をうかがう。
「いない事はないみたいだな……。気配がする」
「ええ……けど最初に返事してからは、うんともすんとも言わなくて」
「もしかして、中で倒れてたりするんじゃないのかい?」
不意に、母親がさあっと青ざめる。とたんに面々の顔が少し真剣になった。
「そ、そんな事あるかニャ? 考えすぎじゃ……」
「万が一ってのもある。とにかく入ってみよう」
「あ、あれ? ここ鍵かかってるぜ?」
「私、合鍵とってくる!」
やにわにドアの前が騒然となる。その時、部屋の中から急に必死な叫び声が聞こえた。
『ま、待ってくださいッス!!』
その声に一同が足を止める。まだ若い、気弱そうな青年の声。リズが再びドアに駆け寄ると、心配そうに呼びかけた。
「フェリクスさん!? 大丈夫ですか、具合悪くしてないですか?」
『ええ……僕は平気ッスよ。どこも悪くないッス』
「だったら出てくりゃいいだろ」
ジゼルがややいら立った声色で言う。するとドアの向こうからはまた何も聞こえなくなった。
リズがあわててまた声をかける。
「じゃあ……何か困ってるんですか?」
『……はいッス』
「なら相談してくださいよ。こんな、部屋にこもってないで」
そう促すリズだったが、またフェリクスは沈黙を返す。エマは『もしかして恥ずかしい悩みかニャ~?』などと煽るが、結果は同じだった。
そうする内、じれた様子のアランがこんな提案をする。
「……だったらよ。誰か、この人なら相談できる、ってヤツはいないのか?」
『…………』
すぐに回答はこない。しかし中にいるのは分かっているので、アランたちは何秒も待ち続ける。やがて、ためらいがちな口調で相手は言った。
『……あ、アランさんでしたら……』
「え、俺?」
言われた当人は意外そうに聞き返す。そして念を入れて確認した。
「本当に俺でいいのか? この宿で働いてない部外者だぜ?」
『それでいいんス。お願いできないッスか?』
「うーん……」
何故わざわざ自分が指定されるのだろう。そう思いながら周囲を見回すと、面々はそろって彼に期待のまなざしを送る。
「アランさん、試しに行ってあげてくれませんか?」
「ご指名らしいぜ。早く行けよ」
「ええ……」
顔も印象もあやふやな相手に、アランは戸惑っているようだった。エマに『若い男の人どうしだからじゃないかニャ?』などと言われ、彼はある事に気づく。
「そうだ、男っていえばダニエルはどうした? 泊まってなかったか?」
「ダニエルさん、なんかルナちゃんに血をあげすぎたとかで動けないそうなんです。そっとしておいてあげて下さい」
「そう……」
そういえばザリガニ退治の時、『後でたっぷり血をもらう』とか言われてたっけ……とアランは思い出す。他にも色々と搾りとられたりしてねーかな、などとスケベな事を一瞬考えてから、彼はあわててそれを打ち消す。
「分かった、入るよ。……おい、そっちからカギ開けてくれ」
『人払いもお願いしたいッス』
「はいはい……みんな、下がってくれ」
要望をうけ、アランはジゼルやその他を一階まで行かせる。そして「入るぞ」とことわってドアを開けた。
「……ん?」
室内の様子を見て、アランは眉をしかめた。壁にかかった外套、机の上に出しっぱなしのカップや皿、粗末な椅子、かけ布団をたたまずに放置したベッドに、隅にうっすらたまったホコリ。
しかし、その中には人影が見えない。ジゼルが言うには、気配はしたはずなのだが……。
「アランさん」
「のわっ!!?」
不意に名前を呼ばれ、アランはすっとんきょうな声をあげて飛びのいた。開けたドアの陰に人がいたのだ。
「びび、ビックリさせんなよ、ったく!」
裏返った声でそう言って、ドアを乱暴に閉める。しかしそうして改めて部屋の主へ視線を移して、アランは絶句した。
先ほども今も、人の言葉で話していたはずのその人物。しかしそこにいたのは、黄色に黒の縞模様という見た目の毛皮に服をまとった、二本足のトラであった。目の前で幽霊のように立っているその輩に、アランは呆然とした顔で見入っていた。
「あの……大丈夫ッスか?」
「はっ」
再度、あの気弱そうな声で話しかけられ、アランは我にかえる。そして眼前のトラを見ながら、おそるおそる尋ねた。
「えと……フェリクス、だっけ」
「はい、驚かせてすみません」
トラもといフェリクスは申し訳なさそうに笑う。猫口での笑顔は可愛らしかったが、アランはけげんな口調で言った。
「わざわざ獣化して出迎える事はねえだろ。何の冗談だよ」
「そ、それなんスけど……」
フェリクスはトラの姿に似合わず、左右の人さし指を突き合わせてあいまいに目をそらす。その態度に煮え切らなさを感じ、アランは奥の机と椅子を指さす。
「とりあえず座れよ。楽にしていいから」
「はい……すみません」
フェリクスはまた謝り、言われた通り席につく。アランはその隣に立ち、改めて尋ねる。
「で? さっさと悩みってのを聞いていいか」
「はい、それは……」
フェリクスは机に目を落として少し間を置き、アランをすがるように見て答えた。
「この姿が……獣化が、治らないんス」
「なぬ?」
アランは声を出して詰め寄る。必死そうなフェリクスの目は、とてもからかう時のそれでは無い。アランは腕組みし、半信半疑という顔で問う。
「そんな事ってあるのか? 俺は見た事ねえけど」
「僕も初めてッス……。けど、どうしても……」
「俺は獣人じゃねえから分からないけどさ。獣化ってそもそも、どうやって切り替えるんだ?」
「以前は、自分で『獣化しよう! 戻ろう!』って思うだけで出来たんスけど……目が覚めたら、こうなってて」
フェリクスは涙目になって両手を見せる。そこにあるのはトラの前足さながらの指と、肉球。アランは肉球をちょいとつついて、こう聞いた。
「んー、それじゃ……同族とかに似たようなケースはなかったのか? 実際に見た事はなくとも、手がかりみたいなの」
「手がかり……」
フェリクスはアゴに手を当て、小さくうなる。そして言いにくそうに目を泳がせ、こう答えた。
「実は……おばあちゃんに聞かされた事があるんス。長い間心が弱った者は、獣からもどれなくなるって」
「心が弱った……ねぇ」
アランは復唱し、続けてこう尋ねる。
「その弱った原因に、何か心当たりはないのか? それをどうにかできたら解決だろ」
「…………」
「……どうしたよ? 一つくらいあるだろ」
うつむいて黙りこむフェリクスへ、アランは不思議そうに答えを催促する。すると、フェリクスはこわばった顔をあげ、苦しげな声でこう言った。
「……実は……」
「実は?」
「原因は……目星がついているんスけど……」
「なんだ、そんなに深刻なのか?」
声をひそめるアランへ、フェリクスは耳を貸すように要求する。言う通りにすると、消え入りそうな声量でフェリクスはささやく。
「その……僕……」
「うん」
「……"経験"が……ないんスよね」
「へ? 経験て……」
「だ、だから……あれッスよ、あれ」
「いや、あれって言われても分からんぞ」
要領を得ないセリフに、アランは眉根をよせる。またうつむいてしまったフェリクスに、アランが問う。
「もうちょっと具体的に教えてくれ。悩んでるんだろ?」
「うー、だから、ほら。男女、いや同性もあり得るんスけど、とにかく一緒になってヤる、あれッス」
「あ、なるほ……いや、もうちょっとだけ詳しく」
「だから! こう、ベッドの上でのなんやかんやを! シた事がないんスよ!!」
フェリクスはムキになり立ち上がると、部屋中に響く声で怒鳴った。それに対しうるさげにアランは耳をふさいでいたが、ふと、ハッと気づいた風に手のひらを打つ。
「ああ、つまりは童て」
「わあぁー! ハッキリ言わないで! 後生ッス!!」
「ははん、その反応は本当っぽいな」
「なっ!? 気づいてたんスか?!」
「まあ、途中から」
ハハハ、と笑うアランにフェリクスはわなわなと震えてから、真っ赤になった顔をおおった。その姿が気の毒だったのか、アランはいくらかトーンを落として言う。
「いや、悪かったよ……。にしても、そこまで気にする事か? お前いくつよ?」
「……22ッス」
「なんだ、まだ全然大丈夫じゃん。30越えたら魔法使いになるなんて都市伝説はあるけど」
アランはそう言って励ますが、フェリクスの顔は晴れない。そしてベッドにどさりと腰を下ろすと、頭をかいてつぶやいた。
「……そういうの言われても、悩むんスよ」
「それは……分からなくもないけど」
「だいたい、人間社会に来る前からそうなんス。僕」
「え、本当?」
アランが聞くと、フェリクスは床を見ながら語りだした。
「僕が若いうちから、同年代の獣人たちは次々にカップルになって……それに比べて、僕は友達も少なくて……」
「…………」
「何年もたつと、だんだん皆が僕をバカにしてるように思えてきたんス。本当にそうかは分からないッスけど、とにかく故郷にいたくなくて……」
「で、人間の街に来たのか……」
アランはいたたまれない表情でその告白を聞いていた。獣人が人間社会にまじるというのは、ジゼルのように住みかを失ったなどの悲劇的な背景のある場合が少なくない。しかし、それとは別に、フェリクスのように単に同族と上手くやれなくなったという場合も、たしかに存在するのである。
アランの同情をよそに、話は続く。
「それで、この宿屋で雇ってもらえたんス。獣人のエマちゃんもいるし、リズさんもご両親もいい人ばかりで……」
フェリクスの表情が一瞬だけ明るくなる。しかしすぐにうなだれ、こう続けた。
「でも……恋人とかできないのは相変わらずで……ましてや初体験なんて、夢のまた夢で」
(……なんかナチュラルに恋愛と色事がつながってやがんなぁ……)
「そうやってウジウジしてたら、いつの間にかこんな風になっちゃって……」
獣化した自身をかえりみて、フェリクスは自嘲した笑みをうかべた。それを見たアランは少し考えて、こんな提案をする。
「一応言うけどさ……地道に誰かにアタックしてみれば? 気に入った娘がいたなら」
「やっ!? 無理無理無理ッスよ! そんな勇気でないッス!!」
「けど、何もしなきゃ始まらないだろ」
「それは……分かっているんスけど」
優柔不断な態度で、また左右の人さし指を突き合わせるフェリクス。そして絞り出すような声で続ける。
「怖いんスよ……。もし好きな人ができてアプローチしたとして、それから一つも変化がないなんて事は無いでしょうし……」
「仕方ないだろそりゃ。それとも何か? 『これまで通りでいましょう』って言われて、本当にこれまで通りだったらいいってのか?」
「それはそれで嫌ッス。なんか、僕が毛ほども意識されてなかったみたいで」
「自分の都合じゃねーか……」
アランは少々げんなりしながら言った。獣化が治らないうちは見た目で怖がられるだろうという問題を差し引いても、異性へのアプローチすら怖い怖いと言っているのでは話にならない。
ただ、まだ引っかかる部分を感じたアランはこんな質問をぶつけてみる。
「……そもそも、好きな人っているのか? 今げんざい」
「っ…………」
「いないのか」
フェリクスの肩がぴくりと震えたのを見て、アランは悟った。フェリクスは恋愛したい相手がそもそもいない。ただただ、恋愛と初体験のないコンプレックスに苦しんでいるのだ。
するとフェリクスは頭をかかえ、ボソボソと泣き言を言いはじめる。
「分かってるんスよぉ……。僕が一人でも大丈夫だと思えば、それで済むって……。けど、周りにはカップルがたくさん居るじゃないッスかぁ……」
「そんな風に見えるか?」
「はい……。けど、自分が同じようになれるかと考えると、足がすくんで……」
臆病さと偏見を吐露するにつれ、彼は肩をちぢこませる。なおも泣き言は続いた。
「自分だけが非モテみたいに思われるのは恥ずかしくて……でもモテようとして失敗するのはもっと恥ずかしくて……そう思うと怖くなって……ああ、一度でいいからセックs」
「あぁー分かった分かった! ……もういい。もう十分だ」
さすがに聞くにたえず、言葉をさえぎるアラン。そしてベッドの端、フェリクスの隣に腰かけると、呆れかえった顔で言った。
「要するにだ……。その怖がりで恥ずかしがりやで、それでいて見栄っ張りだから、がんじがらめになっちまったって理解でいいんだな?」
「……ハッキリ言うんスね」
「うるせえ、それでしまいにゃトラになって治らないと。そういう事だな?」
「……言葉もないッス」
フェリクスはしゅんとして言った。するとアランはフォローするようにこう話す。
「……そう落ち込むなよ。俺にもそんな時期があったさ」
「っ本当ッスか!?」
「ああ、お前より年上だしな」
すばやく顔をあげるフェリクスに、アランがうなずく。するとフェリクスはとたんにアランの肩をつかみ、すがるように叫んだ。
「じゃあお願いッス!! いい女の子を紹介してくれないッスか!?」
「あ? なんでそうなるんだよ」
「なんかこう、彼女さえできちゃえば何とかなる気がするんス! この姿も治って、自信がついて……」
「いや気がするだけだそりゃ。女は別に特効薬じゃねえんだぞ」
「そう……スかね」
「そうだよ。だいたい彼女っつったら、相手にOKもらってから付き合っていかなきゃいけないんだぞ? それ頭ン中にあるか?」
「う…………」
フェリクスは後ろめたい様子で目を伏せた。おそらく彼の脳内には『彼女』にしろ『初体験』にしろボンヤリとしたイメージしか無かったのだろう。言ってしまえば都合のいい幻想、幸せの青い鳥というヤツである。
「……アランさんなら、以前に付き合っていた女の子とかが沢山いるかと思ったんスけど……」
「どんなイメージだよ俺……」
さりげなく失礼な物言いに嘆息するアラン。それから咳ばらいを一つして、彼は仕切り直すように言った。
「あー、紹介は無理だが……アドバイスならある」
「えっマジすか!? 教えてくださいッス!」
「ああ、それはな……」
フェリクスの期待に満ちた目を見つめ、アランは頼もしく笑って言った。
「とりあえず娼館へ行け!」
「…………え、し、しょしょ、娼館!?」
"娼館"、そう聞いたフェリクスは顔を真っ赤にして取り乱した。娼館というのは従業員の女性である娼婦に金を払って色々なサービスをしてもらう、成人未満おことわりな店である。ちなみに賎業といわれるために冒険者以上に表に出にくいが、獣人も相当数が従事している。
ともあれ、それを勧められたフェリクスは思考がしっちゃかめっちゃかになりながらもアランに問う。
「ま、待ってくださいよ! なんだって僕がそんな場所――」
「お前の悩みは、もはやお前一人じゃ解決できない。かといってリズとかエマには知られたくないだろ? だから金払ってプロに相手してもらえ」
「や、プロっていっても……」
「とにかく! 娼婦さんの前だけでもいいから、裸になれ。素直になれ。それで悩みが解決すりゃ御の字。俺に思いつくのはそれぐらいだ」
戸惑うフェリクスに、アランはたたみかけるように言った。フェリクスは少し目をおよがせ、心配そうに言う。
「けど……
「そいつは……布でもかぶってどうにか隠そう。店は、俺が獣化しても大丈夫な場所を探してやるよ」
アランが言うと、フェリクスは意外そうな顔をする。
「いいんスか? そこまでしてもらって」
「上手くいく保障はないぜ。それでも良いなら」
「や、もう、ぜひお願いするッス。感謝感激ッス」
フェリクスはアランの手を握り、ぶんぶんと振る。それに微笑みかけ、アランは立ち上がった。
しかし次の瞬間、彼らの頭上の天井裏から、かすかにコトリと音がした。その瞬間、アランは腰から鞘ごと剣を外すと、鞘の方を持ち、柄の先っぽでもって天井をつつく。
すると、「ミャッ!?」と高い悲鳴がして何者かがバタバタと逃げていった。
それを聞き、フェリクスが一転して不安げな顔になる。
「……今のって」
「エマだな。あの猫、盗み聞きしてやがった」
アランがため息をつくと、フェリクスはみるみる冷や汗をかきだす。それを見たアランはすぐさまフェリクスの肩をつかみ、強く言い聞かせる。
「いいから、お前はよけいな心配するな。自分のメンタルをなるべく穏便に保つのだけ考えてろ」
「は……はい」
「商売なら女も愛想よくしてくれるから、決して早まるな。いいな? お前はちょっとクヨクヨしてるだけだ。ただそれだけ。OK?」
「わ、分かったッス」
アランに念押しされ、フェリクスは緊張しつつもうなずく。それを確認し、アランは出口に向かった。
「ふぅー……」
部屋から出て扉をしめ、アランは長い息をつく。そして天井をなんとなく見つめながら、独り言をつぶやいた。
「相談するだけでも勇気が要っただろうしな……。しゃーねえ、一肌ぬぐか」
そう言って、アランは自分の部屋に行き、ジゼルを呼びつける。彼の頭の中では、フェリクスの"卒業"のために色々な算段ができていた。