獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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二人は、色街にて衝突する

 

「……さすがにこの時間じゃ人は少ないな」

 

 昼下がり、閑散とした路地をながめつつ、アランはつぶやいた。周りにはケバケバしい看板をかかげた建物がところ狭しと立ち並び、時おり冴えない格好をした男と、露出度の高い服を着た女性とがある場所では連れ立ち、ある場所では別れていく。

 その静かな通りにあって、アランの隣にいたジゼルが実に面白くなさそうな顔で言った。

 

「本当に用があるんだろうな? この辺に」

 

「そうとも。悩み多き青年を救うカギは、ここにある」

 

「本当なら今すぐ帰りたいんだが……」

 

「しょうがないだろ。獣人と人間は一緒にいるルールなんだから」

 

 周囲に充満する、アルコールや香水や汗や、その他さまざまな生々しいモノの匂いに、ジゼルは顔をしかめた。そして、この界隈が夜にはガラリと雰囲気を変え、げびた欲望と金がうずまくであろう事を思い、彼女は何とも言えない気分になった。

 

 二人がいるのは、子供が入れないような色々なサービスを行う店、もとい娼館が林立するいわゆる色街と呼ばれる区域であった。その雰囲気は昼間でも独特なもので、ジゼルは入り口のところでずっと二の足を踏んでいる。

 もちろん、二人でサービスを堪能しようと来たワケではない。コンプレックスをこじらせ、獣化したまま戻れなくなった宿屋の青年、フェリクスのためにとアランが出向いたのである。

 

 「この時間でもやっている店はあるんだなぁ」などと辺りを見回しているアランへ、ジゼルは冷めた口調で言った。

 

「で? そのフェリクスのために、下見でもするのかよ?」

 

「んー、おおむね正解かな。なんせ獣化したまま入れる店なんぞ無いかもしれんし」

 

「……本当に、店で獣化が治るのか? ヤるのがそんな大層なもんかよ」

 

「望みはあると思うぜ。悩みの内容(童貞)はドンピシャだし、単純に気持ちいいし。気分が軽くなるってのはよく聞く話だ」

 

「一人で気持ちよくなってろよ、キメェな……」

 

 さびしい通りを二人で歩きながら、後ろのジゼルは表情をゆがめた。娼館でメインとなって働くのは、言うまでもなくほぼ女性。それが性のはけ口にされている事実は、ジゼルにとって辛いものだった。

 しかも、周りを見ればあちこちの娼館に『猫獣人がご奉仕しますニャン☆』『蛇、トカゲ獣人の肌ざわりをあなたに』『新感覚! イカタコ獣人専門店』などと、獣人たちのサービスを売りにしたキャッチコピーがおどっているではないか。「気色悪い」とジゼルは思わずつぶやいた。

 それが存外ドスのきいた低い声だったので、アランはつい振り向いた。そして不機嫌そうににらむジゼルをなだめるかのように言う。

 

「そう腐るなよ。なにも、アレだけが目的ってワケじゃないんだぜ。特に獣人は」

 

「どういう意味だよ」

 

「ああいう場所はな、風呂が併設されてる場合も多いんだ。普通の浴場じゃ客も店員も人間で、獣人は入りづらい。そこで獣人の働く風呂つきの娼館に行くんだよ。その方がリラックスできるってワケ」

 

「……本当に風呂だけで済むのか? ついでに楽しんでそうだがな」

 

「……それは断言できんな。なんせ楽しみもふくめての料金だし……」

 

 気まずそうに言葉をにごすアラン。それが気にさわったのか、ジゼルは声のトーンを急上昇させて詰め寄る。

 

「だいたい! 利用するのはほとんど人間だろ! なのに獣人をのべつまくなしに漁って……女なら誰でもいいのかよ!?」

 

「……怒鳴ってもしょうがねえさ」

 

「お前、私はマジメに……」

 

「先に用を済ませにゃならん。行くぞ」

 

「おい!!」

 

 いきり立つジゼルに背を向け、アランはゆっくりと先を歩く。ジゼルはしばし肩を震わせ、足元の小石を思いっきり蹴飛ばしてから、後を追った。

 後ろからの足音を聞きながら、アランは悲しげな顔でうつむいた。

 

 人間たちが自然をおかし、獣人たちを人間社会へと組み込んだ。その影響は、この賎業とさげすまれる者たちの界隈にこそ色濃くあらわれている。行き場を失い、食うに困り、体を売るにいたる人々。差別を受ける獣人がその階層に多くいるのも当然であった。

 人間の中には、受け皿だと開き直る者もいる。"ヤれれば何でもいい"という層はどこにでも一定数いるもので、そんな客たちから収入を得ようとさまざまな獣人たち――それこそ犬猫からウサギ、羊、狐、そして蛇、トカゲ、ワニ、鳥類に魚類まで――が日夜カラダを張り、ニーズに応えるのである。

 

 ……だが、それはあまりに過酷だ。考えだすと心ある者ほどいたたまれなくなる。

 アランは沈んだ気分を振り払うかのように、明るく言った。

 

「さぁーて、()()()はたしかナメクジ娘が好きだって言ってたな。もう少し先だ」

 

「アイツ? 誰か探してんのか?」

 

 ジゼルが首をひねると、アランは顔だけ振り向いて答える。

 

「ああ。さすがに一軒ずつまわってたら日が暮れるからな。くわしいヤツを探すのさ」

 

「くわしいヤツ……?」

 

 ジゼルがいぶかしげにつぶやく。その時、アランがふと足を止める。

 

「……見えるか? アイツ」

 

「は?」

 

 ひそめたアランの声に、ジゼルは同じ方角に目をこらす。すると前方の建物のすき間に、一人の男性が隠れるように立っていた。

 マントで首から下をすっぽりとおおった、身長150センチほどの小柄な男。後ろ姿の一部しか見えないが、片側だけ見えるズボンの裾や靴の雰囲気から、金持ちではなさそうだった。

 そのあやしげな風体の男に、アランは早足で近づいていく。そしてジゼルが何か言うヒマもなく、彼は男に声をかけた。

 

「おい、クレマン」

 

「ん?」

 

 男は振り返り、アランをにらんだ。くしゃくしゃの金髪の下で、青い瞳が警戒心をもって細められる。

 しかし、その表情はすぐに和らいだ。

 

「……おお、アランか! 久々だな!」

 

「お前は相変わらず色街が好きだなぁ」

 

「…………?」

 

 気安く笑っている二人に、ジゼルはおそるおそる近づく。すると気づいたアランは男の方をしめして言った。

 

「おっと、ジゼルは知らなかったな。コイツはクレマン・コベール。ルベーマ(この街)に来た時、ちょいと世話になった」

 

「……へぇ、彼女か? 見かけなくなってから心配したが、上手くやってんだな」

 

「……彼女じゃねーし」

 

 男、クレマンに小さく言い返すジゼル。彼にどんな用があるのかと、ジゼルはクレマンの姿をジロジロとにらむ。

 するとその視線に気づいたのか、アランがクレマンを指さして言った。

 

「コイツは色街についてのいわゆる情報通でね。娼館のウワサはかなり知ってる」

 

「人をスケベみたいに言うな。別に娼館専門じゃねえよ」

 

「でも娼館の情報ぐらいしかアテにされてないんだろ?」

 

「む……」

 

 二人で話が弾みはじめるアランとクレマン。それを見ながら、ジゼルはうんざりした口調で言った。

 

「……おい、とっとと聞く事聞いちまおうぜ。馴れ合ってないで」

 

「ん?」

 

「コイツから、フェリクスにおすすめの店を聞こうって寸法だろ?」

 

 フェリクスという名前を聞いたクレマンは小さく首をかしげる。するとアランは「ああ」とクレマンへと向き直る。

 

「そうそう。実は知り合いの獣人が、色街への初陣を考えてんだけどさ」

 

「ほう」

 

「……アランが自分でけしかけたって言ってなかったか?」

 

 ジゼルの横やりを無視し、アランが続ける。

 

「やっぱりこう……事前情報なしじゃ不安でね。俺が調べてくるって約束しちまったんだわ」

 

「で、俺の出番ってワケか」

 

「そうなんだよ。正真正銘ヤバい話じゃない。ただよさげな店を知りたいだけなんだ。頼めるか?」

 

 アランは頭を下げ、わざとらしく笑って合掌する。それを見て、クレマンはずるそうな笑みをたたえて言った。

 

「……代金はちゃんといただくぜ?」

 

「もちろん!」

 

「なっ、おい勝手に!?」

 

「まあまあ。俺が自腹で出すから。ジゼルの分はへらないさ」

 

「…………」

 

 驚いて声をあげたジゼルだったが、アランに言われてしぶしぶ引き下がる。それを確認し、クレマンが切り出した。

 

「で、まず聞きたい事は?」

 

「そうさなぁ……。できればおとなしい種族がいい。なんせ初心者だからよ」

 

「ふむ、まず20000ゴールド」

 

「10000以上で手を打たないか?」

 

「俺の記憶ちがいがあっても文句なけりゃ、まけてやっていいぜ。それでも18000はもらう」

 

「かまわんよ、信用するさ」

 

 アランはすんなりうなずき、懐の袋から貨幣を何枚かさしだす。それを受け取り、クレマンは何やら思い出しながらメモを取り出した。

 

「そうなると……やはり犬猫、牛、鹿、鳩、一部のトカゲに魚かな……。まだまだ候補は絞れるぞ」

 

「やっぱりすげえな。店はソラで思い出せるか」

 

「実地調査のたまものさ。あ、あとくれぐれも狼はやめとけ。あの荒々しさと凶暴さはマニア向け……」

 

「…………」

 

「ごほん、失礼しました」

 

 狼獣人であるジゼルににらまれ、クレマンはあわてて咳ばらいをする。そしてごまかすようにアランへとたずねた。

 

「で、次の条件が?」

 

「ああ、今度は料金が高めの場所を挙げてほしい」

 

「高めの?」

 

「そ。リーズナブルもいいが、接客の質が低いとくじけそうなタイプなんでね」

 

「なるほど。さてはめんどくさい非モテ野郎だな」

 

「おっと、クライアントへの詮索はいただけない」

 

「はは、すまん。じゃあ15000ゴールドにまけておこう」

 

「よっしゃ、話が分かるぅ」

 

「そういや、相手は獣人なんだっけな。獣人が利用できる条件で探すぶん、5000ゴールド追加だ」

 

「ぐわー、抜け目ねえなオイ」

 

「…………」

 

 アランは楽しさすらかいま見える様子で、はしゃぎながら交渉を進めていく。それを見ていたジゼルはトゲのある声で口をはさんだ。

 

「おい、笑ってないで早く済ませてくれよ。ハッキリ言ってムカつくわ」

 

「そうカリカリするなよ。情報をわたすってのはヘタすりゃ命がけなんだぞ?」

 

「にしても、なんでよりによってお前と二人で行きもしない娼館の話を聞かなきゃならねーんだ! 私の身にもなってみろ!」

 

 なだめるアランだったが、ジゼルはやってられないという風に肩をいからせて叫ぶ。するとアランは「……正直すまん」と謝ってから、クレマンにつげた。

 

「じゃ、最後にこれだけ聞いておきたい」

 

「お、なんだあらたまって」

 

「……獣化した状態で入れる店って、あるか?」

 

「は?」

 

 ヘラヘラしていたクレマンが、不意に真顔になる。そしてアランの顔をしげしげと見つめて確認した。

 

「……どういう意味だ?」

 

「そのまんまの意味。あの動物の姿で利用できる店は――」

 

「無い無い無い! あるワケないだろ!」

 

 アランの言葉をさえぎり、クレマンはぶんぶんと手のひらを振って否定した。ジゼルが疑うような目で見つめると、彼は仕方なしという風に説明する。

 

「あのなぁ……前提として、娼婦の客はだいたい男なんだよ。たとえ娼婦が強い獣人だったとしても、男は恐いもんだ。客が人間だろうが獣人だろうが」

 

「…………」

 

「それが、男が獣化して来る? 門前払いにきまってら。OKな店なんざ一軒もねえよ、間違いなく」

 

 クレマンはなげやりな口調で言い切った。アランは「やっぱりなぁ……」と肩を落とすが、ジゼルはすんなり事が運ばなかったせいか、いら立った顔でクレマンを見つめている。

 その表情が気になったのか、クレマンは続けてこう説明した。

 

「どんな事情か知らないがな、店ごとのルールを守らないなら情報はやれない。不満なら他をあたれ」

 

「……店のルール、ね……店も客もクズみたいなもんじゃねえか。えらそうに」

 

「何が言いたいんだよ? そんなに無理を通したいのか?」

 

「いや、私は娼館探しとか別にどうでもいいんだよ。……ただ、そのいかにも分別ありますってツラがむかつくだけだ」

 

 二人の声に険がまじる。そして場にとげとげしい空気が流れだした。

 アランはあわてて二人の間にわって入ると、必死で明るい顔をつくろって言った。

 

「あー、すまんすまんすまん! もう今までので十分だ! ありがとうな!」

 

「……いいのか? 結局おじゃんになったように見えるんだが……」

 

「いやいや、あとは俺らでなんとかする。そのメモもらえるか?」

 

「ほらよ。また来てもいいが、彼女の性格は直しといてくれ」

 

「だから彼女じゃねえって――」

 

「色々とありがとうな! それじゃ!」

 

 さらにつっかかろうとするジゼルを引っ張り、アランは色街の中を進んでいった。細い路地をぬけ、だいぶ遠くまで来たところで、アランは足を止めて振り向く。

 

「……もう少しおさえてくれよ。奴に食ってかかって何になる」

 

「……っ私の気がおさまるんだよ! 何が店のルールだ、どのみち獣人を食い物にしてるクセに!」

 

「ルールを守る気があるだけマシさ。だから俺だって取引してる」

 

「ぐっ……この……」

 

 ため息まじりに答え、さっと背を向けるアラン。その背中を、ジゼルは大声をあびせて追いかける。

 

「お前は平気なのか!? 毎晩毎晩、この色街全体で獣人が何百人と寝てやがるんだぞ! 人間だって……」

 

 その言葉にも、アランは歩みを止めなかった。ただ、振り返らずに一言こう返す。

 

「平気じゃねえよ……。昔は、特にそうだった」

 

「へっ」

 

 意外な一言に虚をつかれるジゼル。アランは振り返り、今日一番の心苦しそうな顔を見せた。

 

「……孤児院の出だとな、教会関係いがいの就職はきびしいもんだ。……一時期は、こういう場所にも身をおいてた」

 

「…………」

 

「ただ神様の教えを叫んだって、通じないような連中は世の中にたくさんいる。見てきたモンがまるっきり違う奴らってのが、いるんだよ」

 

 さとすようなアランの口ぶりに、ジゼルは怒りをこらえて歯がみした。人間社会で、獣人が割りを食っているのは彼女からすれば明らかだ。しかしそれをただ訴えてもどうにもならないという歯がゆさ。

 

 ジゼルはしゃべるのさえ嫌になり、アランを押しのけて駆け出した。色街の路地を早足にぬけ、少しでもこのいかがわしい匂いのする場所から離れようとする。

 

「おい!?」

 

 アランが呼び止めたが無視した。獣人の嗅覚があれば迷う事もない。後ろを振り返らず、次々に角をまがり、出口へ向かっていく。

 もうすぐだ。もうすぐこの忌々しい場所からおさらばできる。ジゼルがそう思って、一瞬だけ気をぬいた時だった。

 

「どわっ!?」

 

 不意にジゼルの体に軽い衝撃があり、同時に見知らぬ男の声がした。ジゼルが我にかえると、そこには三人組の男が横並びに立っていた。

 そろって剣呑な色を目にうかべ、服装は金がありそうではなく、さりとて冒険者のようにさほど鍛えられてもいない。服はうっすらとくたびれ、それでいて指や腕にそれぞれいかつい装飾品をつけている。髪型はスキンヘッドだったり長くのばしていたりと、とにかく目立つ。

 

 いわゆるチンピラの雰囲気を感じ、ジゼルは一瞬だけ身構える。しかしそれでも理性がはたらき、しおらしく頭を下げた。

 

「悪い、急いでいたもんで……」

 

 そう言って、そろそろと脇をぬけようとする。しかしそこで、三人組の一人が口を開いた。

 

「おい、なに獣人なんかが一人でうろついてんだ?」

 

「…………」

 

 その威圧的な声に、ジゼルは肩をぴくりと震わせる。リーダー格らしい、スキンヘッドの太った男だった。ジゼルが振り向くと、三人はそろって嫌悪と軽蔑の視線を向けている。

 ジゼルは苦い表情が出るのを必死にこらえた。獣人という人外のものを忌み嫌う者はたくさんいる。彼女はつとめて平気な顔をし、こう答えた。

 

「相棒とはぐれてしまって。いや、お気遣いなく」

 

「昼間にえらそうに出歩くんじゃねえよ」

 

「おとなしく隅っこにいやがれ」

 

「謝るなら手ぇついて謝れや、おう!」

 

「…………」

 

 口々に罵声をあびせる男たち。ジゼルは無視して背を向ける。獣人が人間に手をあげるのはご法度だ。先ほどまでのも合わせてこみ上げる怒りを、いっそう強く抑えつける。

 しかし、そんな彼女に男たちの下品な声が聞こえてくる。

 

「ったく、獣人どもが来てから人間の嬢が見つけづらくてしょうがねえ」

 

「なんであんな雨後のタケノコみたいに娼婦になるんですかねぇ」

 

「金がほしいんじゃねえの~? とっとと出てけよ乞食、って言いたいけど」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ジゼルの中で抑えていた怒りが一気に噴きあがる。キッと男たちをにらむと、彼女は考えるより先に詰め寄った。

 

「テメェ……」

 

「あ? なんだお前」

 

「もういっぺん言ってみろ、誰が乞食だ!?」

 

 ジゼルが牙をむいて怒鳴る。三人は少しだけたじろいだものの、すぐに顔を見合わせてニヤニヤと笑った。

 

「なんか文句あっか? それとも当事者かい? その性格じゃ客もつかなさそうだなぁ」

 

「なんなら俺らがなぐさめてやろうか? 今一人なんだろ?」

 

「主人なんぞ忘れて楽しくやろうぜ~」

 

「…………っ」

 

 ふざけた態度をくずさない三人。ジゼルが手を出せないとタカをくくっているのは明らかだった。それを見て、ジゼルの拳に力がこもる。

 その時、彼らに向かって駆けてくる一つの足音があった。

 

「おいジゼル、何やってる!?」

 

「……おせぇよ」

 

 アランだった。息をきらし、石畳につまづきそうになりながら、彼はジゼルのもとへと走る。ジゼルをかばうように割って入り、三人組に言った。

 

「コイツが無礼をしたなら謝る。だからこの場はおさめてくれないか。すぐに立ち去るから」

 

「んだよ、お前が主人か?」

 

「駄犬はちゃんとヒモにつないどけ!」

 

「俺らはそのケダモノと話してたんだよ! どけや!」

 

 アランの言葉にも、三人は耳を貸す気配がない。アランはその場を離れようとするが、タイミング悪くリーダー格がまたジゼルを煽った。

 

「だいたい浅ましいんだよ獣人ってのは! とにかく脱げば金になると思いやがって、気持ち悪ぃ体さらしてんじゃねえ!!」

 

「……黙れ、このブタザル野郎!!」

 

「よせジゼル、もうやめろ!!」

 

「お、なんだやるのか? このメス犬」

 

「黙れっつってんだろ! 人間どもがいなきゃっ……畜生ッ!!」

 

 もはや言葉につまるほどに逆上するジゼル。三人組はそれに臆せず、むしろ嘲るように罵声をあびせる。

 これではラチがあかない。そう思ったアランはこっそり拳を握ると、リーダー格の太った腹へと思いっきり叩き込んだ。

 

「ぐふぅ……っ!?」

 

 ちょうど肝臓のあたりに拳が食い込む。意識の外からなぐられたリーダー格はまぬけな声をあげ、路上にくずれ落ちた。それに驚き、周りの二人もあわててリーダー格に声をかける。

 

「あ、兄貴!?」

 

「しっかりしろよ、おい!?」

 

「ジゼル、逃げるぞ!」

 

「な、うわっ!?」

 

 チンピラがさわぐのを尻目に、アランはジゼルの手を引いて逃げ出した。ひたすらに街をかけ、いくつもの看板の下を過ぎ去り、色街をぬけたところで彼はようやく立ち止まった。

 

「はぁーっ……はぁーっ……」

 

「…………」

 

 手を離し、膝を折って息をつくアラン。額には汗が点々とうかんでいる。それを見ながら、ジゼルは短く言った。

 

「……大丈夫か」

 

「ああ……平気さ。いやぁ、昔のケンカもたまには役に立つ」

 

 上体を起こし、息をととのえてからアランは笑って言った。それを見て、ジゼルは後ろめたい様子で目を伏せた。

 

「……世話かけたな」

 

「まあな。だがお前が怒るのも当たり前だ。連れてきた俺のせいもある」

 

 アランはまいった風でありながらもそう言った。そして静かな声でこう続ける。

 

「けど……急にみんなが納得するように動いてはくれないさ。イライラするだろうけど、仕方ない」

 

「……じゃあ、いつまで待てばいいんだよ?」

 

「分からん。だが、いつか分かり合える日がくるさ。だから、もう落ち着け」

 

「…………」

 

 アランが言い聞かせると、ジゼルはようやく怒りをしずめ、長く息をつく。それを見て、アランは表情をやわらげ口を開く。あの色街に来た発端、フェリクスについてである。

 

「しかし困ったな……。結局は獣化が治らなきゃ、娼館には入れないワケだ」

 

「……んん? いや待て。獣化が治ったなら、そもそも娼館に行かなくていいだろが。目的と手段がさかさまになってるぞ」

 

「そうもいかないさ。アイツの根っこにあるのは自信のなさだろうからなぁ」

 

「……そんなんで他人に体を張らせるなよ……」

 

「だからそういう事もあるって。自分の問題が解決したら、きっと色々考えてくれるさ」

 

「期待していいのか? それ」

 

「……そりゃ、アイツしだいだ」

 

 苦笑してアランは歩きだす。その答えにため息をついてジゼルも後を追い、二人は色街を去っていった。

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