獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、自信を取り戻す

 

「うーす……とりあえず帰りました」

 

「あ、お二人ともお帰りなさい」

 

 色街を出て夕暮れになった頃、アランとジゼルはいつもの宿に帰りついた。出迎えてくれたリズがパタパタと駆け寄り、アランに尋ねる。

 

「どこかに行ってらしたようですけど……一体どちらへ?」

 

「あー……大した場所じゃないさ。気にしないでくれ」

 

「リズに聞かせるような場所じゃねえよ」

 

「……?」

 

 吐き捨てるように言ったジゼルへ、リズが小首をかしげる。そこへ今度はアランが聞いた。

 

「いちおう聞くけど、アイツは?」

 

「ダメです。まだ部屋から出てこなくて……」

 

「……そっか」

 

 リズの答えに、アランは彼女と一緒に肩を落とす。それからアランは二階の従業員用の部屋のドアを見上げ、沈んだ表情になった。

 

 ――……恋愛経験もとい性体験に対するコンプレックスに苦しむ宿屋の獣人、フェリクス。そのためか獣化がもどらなくなってしまった彼のために、アランは色街にくり出し情報を集めてきたのだった。

 

 とはいえ、宿屋の者たちにはほぼ全員、詳細を伏せている。今も盗み聞きしたエマが興味ありげにニヤニヤ見つめているほかは、みんな気がかりそうにしつつも忙しく立ち働いている。アランは気を取り直すように口を開いた。

 

「ま、なんか言いにくい悩みがあるようだけど、何とかしてみせるさ。そう心配すんな」

 

「確かにあんなのリズには相談できないニャ~」

 

「え、どういう……」

 

「気にするな。聞かなくていい」

 

 遠くから口をはさんできたエマを、ジゼルが目で制する。それに戸惑いつつも、リズは頭を下げた。

 

「本当にすみません。ただの常連さんなのに色々と……」

 

「だから大丈夫だって。別に俺らだって大したトラブルは……」

 

 アランがそう言いかけた、その時だった。

 

「おう、ここにいたかボケナス野郎!」

 

「……っ!?」

 

 不意に、戸口から荒々しい声が響く。アランが振り向くと、そこには色街で彼がもめた三人の男たちが、ニヤニヤ笑って立っていた。

 

「お前ら、なんでここに……!」

 

「決まってんだろが。テメーに殴られた落とし前をつけるんだ!」

 

()けてきたのかよ、執念深いヤツ!」

 

 アランが表情をゆがませる。後ろでは騒動を感じ取った者たちがあわてて戸口に集まってきている。

 

「お知り合い、ですか……?」

 

「なんか物騒な雰囲気だニャ」

 

「どうしたんだい、何かあったの?」

 

「お前らは出てくんな、あぶねえ」

 

 リズやエマ、そしてリズの両親がけげんな顔をする中、彼女らを静止してジゼルが歩き出す。そしてアランと並んで男たちの前に立つと、アゴをしゃくって言った。

 

「出ていけよ、仕事のジャマになる」

 

「おーぅ、言ってくれるな。逃げてからこっち、反省の色なしか」

 

「……なあ、ここじゃなんだから、外で話そう。な?」

 

「どこにいようと俺らの勝手だろ。この宿屋に用があって来たんだよ!」

 

 アランも外へ連れ出そうとするが、男たちは聞き入れない。すると父親が意を決して前へ進み出た。

 

「おいお前たち。なんだか知らんが、お前たちのように騒ぐ奴らを泊めるワケにはいかん。宿がほしいならよそへ行ってくれ」

 

「はぁ~? よそへ行けだぁ?」

 

 威厳のある声で勧告したが、男たちはどこ吹く風。逆にジゼルを指さしながらこんな難癖をつけはじめる。

 

「親父さん、俺たちは泊まりたいっつーのにおたくの客に絡まれてんスよ~? なのに客の、しかも獣人の方をかばうんスか? え?」

 

「こりゃとんでもない宿屋だな。皆にも口コミで教えてあげないと」

 

「獣人びいきの主人が客を差別してまーす! なんてな、ぎゃははは!」

 

 男たちはゲラゲラと笑い、視線を父親のとなりへ移す。そこには不安そうな顔で立ち尽くしていたリズがいた。

 それを見るや、太ったリーダー格の男が目をらんらんと光らせはじめた。

 

「……なあ、黙っててあげてもいいぜ? あの女の子をちょっと貸してくれたら」

 

「え、わ私!?」

 

「貴様、何を言う!」

 

「いいじゃないか、ほんの一時間ばかし」

 

「おい、よせよいい加減に……!」

 

 げびた笑いをうかべる男どもへ、父親が激昂する。アランもたまらず声をあげるが、その時隣にピリピリとした気配を感じた。

 

「グルルル……」

 

 隣を見て、アランはぎょっとする。ジゼルが牙を見せ、低いうなり声をあげているのだ。後ろの方を見るとエマも目をつり上げて男たちをにらんでいる。

 まずい、これは下手すると暴力沙汰になる。そう思った時、男たちの一人がゲラゲラと笑って言った。

 

「なんだぁその目は? 獣人が人間に手出しすんのか? そうなったらこんな宿つぶれちまうぜ」

 

「……っ」

 

 アランはくやしさに唇をかむ。獣人は人間に危害をくわえられない。働いている身が、その職場で客に乱暴したとなれば、監督する人間にも責任がおよぶのだ。そのせいでジゼルもエマも、怒りはすれど実力行使はできないのだった。

 

「とりあえず、もうちょい近くで見せてくださいよ」

 

「おいやめろ、入ってくるんじゃねえ!」

 

 リズに向かってこようとする男たちへ、アランがあわてて立ちはだかる。あわや揉み合いになるかという場面だった。

 が、その瞬間、彼らの耳にバンッ! と大きな音が届いた。おどろいて彼らが振り向いた先には、二階の端の従業員用の部屋があった。

 そこのドアが開け放たれ、何者かが二階から跳躍する。それは天井をかすめ、男たちとアランたちの間に割って入るように、一直線に落ちてきた。

 

「わっ!?」

 

「うお!?」

 

 床板が割れそうな勢いで降ってきたそれに、男たちもアランもジゼルも、いっせいに飛びのく。そこにいたのは、あの獣化した姿のままのフェリクスだった。服は着ているもののトラさながらの格好で、まっすぐ男たちを見すえる。

 

「フェリクス……?」

 

 アランが思わず声をもらすと、ジゼルをはじめ、実際の姿を見ていなかった者たちが目を見張った。

 

「フェリクス……じゃあコイツが……!?」

 

「え、フェリクスさん……なんで?」

 

「獣化……ってヤツだよね? あれ」

 

 フェリクスの背後で、ジゼルやリズがとまどいを口にする。エマは冷や汗をかき、甲高い声で言った。

 

「バカ! なんで出てきたニャ!?」

 

 人前で獣化するのは人間社会ではほとんど罪となる。監督する人間の見ている前かつ建物の中ならば不問とされる可能性もあるが、もし男たちを追い返そうとしてほんの少しでも触れれば、それ以上は街にいられないかもしれない。

 それを分かっているのか、フェリクスはぎこちなく振り向いた。

 

「……どうしましょう」

 

「…………」

 

 後先を考えていなかったのだろう。彼は眉尻を下げ、目に涙をにじませながら言った。獣化して獣まがいの顔になっても、その情けない表情はハッキリと見て取れた。

 考えなしの行動にエマや周りがあきれていると、男たちが驚かされた腹いせもふくめてかいら立った声をあげた。

 

「おい、いきなり何しやがる!」

 

「なんだぁ、この宿屋は? 困ったら獣化した獣人を差し向けてくんのか?」

 

「ち、違うッスよ! 僕はそんなんじゃ……」

 

「じゃあ、なんで出てきやがった!」

 

 男がどなると、フェリクスはトラの体をビクリとふるわせた。それを見た男の一人が、おっ、と何かを思い立つ。

 

「そうだ、親父さん」

 

「なんだ?!」

 

「俺たち、獣化したこわーい野郎を見ていわゆる精神的被害を受けたんスよねー。襲われたらどうしようって」

 

「それがどうした?」

 

「察し悪いなー。だから……」

 

 警戒する父親をあざけるように見つめ、男は突然フェリクスの腹に蹴りを入れた。

 

「あぐっ!?」

 

 ドスンと重い音がし、不意打ちされたフェリクスが後ずさる。それを見てジゼルが牙をむき出しにして叫んだ。

 

「テメェ、何してんだ!?」

 

「だーって獣化したヤツなんざ、あくまで無抵抗ですって示してくれないと怖くてしゃーないじゃん? だから……殴られようが黙っててもらわねーとなぁ!?」

 

 男はそう言って、今度は顔を殴りつける。それを見て、リズや母親がたまらず声をあげた。

 

「やめてください! その方が何をしたって言うんですか!?」

 

「ウチの働き手にケガさせないでおくれ!」

 

「あ? 獣化しておどしてくる相手をかばうのか、この宿屋は!?」

 

「この野郎、もう本当に……!」

 

 耐えられなくなったアランが男につかみかかろうとする。しかし、なんとフェリクスがそれを手で制した。

 

「……っ!? お前、いったい……」

 

「だ、大丈夫ッス……大丈夫ッスから」

 

 若干声が裏返りながらも、フェリクスは笑みをつくって言う。そして男たちを精いっぱいに真剣な顔で見すえると、どもりながらこう告げる。

 

「もし気がおさまらないのでしたら……いいッスよ。好きなだけ殴ってください。でも、その代わり……宿の人たちやアランさんたちに、手を出さないでほしいッス」

 

「フェリクスさん、あなた何を……」

 

「へぇー……まあそう言ってくれるなら……」

 

 リズが思わず口をはさむが、男たちはすでにその気になっていた。自らサンドバッグになろうとするその弱気な獣人へ、容赦なく拳と蹴りをおみまいする。

 

「おらっ!!」

 

「せりゃあっ!!」

 

 三人がよってたかってフェリクスを殴打する。獣化しているとはいえ、ダメージは無いわけではなく、精神的にも疲弊する。それでも、フェリクスはジッと動かなかった。

 

「ずいぶん我慢するなぁ、おい!」

 

「今なら謝れば許してやんぜ!?」

 

「っ……ぐぶっ……」

 

 フェリクスの口の端から血がこぼれる。それでも男たちは痛めつける手をゆるめず、むしろエスカレートしていった。みぞおちにヒザを叩き込み、腹部の同じ場所を全員で殴り続け、太ったリーダー格のぶちかましが炸裂する。

 フェリクスは時々ふらつきながらも、それでも倒れなかった。見かねて飛びかかろうとするジゼルやエマを、アランは必死に目で制していた。

 

 ……ざっと10分ほど経っただろうか。さすがに男たちも疲れ、三人とも手を出さなくなる。フェリクスはあちこちに傷をつくりながらも、それでも立っていた。

 

「クソ、なんてタフな野郎だ……」

 

「お……お前変なクスリでもやってるのか」

 

 男たちはいつしか声に恐怖すらにじませていた。口からこぼれ、あるいは飛び散った血が散乱したその凄惨な現場に、無言でいるフェリクス。

 そんな彼が、ふっと顔をあげる。

 

「ひっ!?」

 

 今まで殴っていた者と視線がぶつかり、男たちは悲鳴をあげる。腫れ上がったまぶたの下で、ぎらりと光る鋭い眼光。それを一瞬たりとも外さずに、血の味をのどに感じながらフェリクスは言った。

 

「……気が済んだッスか?」

 

「う……」

 

「だったら出ていってください。もう用はないッスよね?」

 

 傷だらけにもかかわらず毅然としてそう述べるフェリクスに、男たちはたじろぎはじめる。そしてたがいに顔を見合わせ、虚勢の入った声色で言った。

 

「きょ、今日はこのくらいで勘弁しといてやる!」

 

「次はこの程度じゃすまないからな!」

 

「今度その偉そうな獣ヅラ見せたら、ただじゃおかねえ!!」

 

 口々に捨てぜりふを吐き、男たちは宿屋から逃げるように出ていった。それを見届けたフェリクスの体が、糸の切れた人形のようにぐらりと崩れ落ちる。

 

「フェリクス!」

 

「フェリクスさん!」

 

 それを見るや、周りにいた全員がいっせいに駆け寄る。アランが屈んで受け止めると、フェリクスの体はずっしりと沈んだ。

 

「すまない、元はといえば俺のせいだ……」

 

「へへ……気にしなくていいッスよ。それ言ったら面倒を頼んだのは僕じゃないッスか……いたた」

 

 つらい表情で謝るアランへ、フェリクスは痛がりながらほほえんだ。そこへリズが駆け寄り、フェリクスの両手をそっと包んだ。

 

「フェリクスさん……ここまでして……」

 

「あ……すみませんッス。その……お見苦しいところを」

 

「そんなんじゃありません! 痛かったでしょうに……本当に……」

 

「え、あの……」

 

 リズは言葉をつまらせ、ポロポロと涙を流し始めた。周りがそれを目を細めて見つめるなか、フェリクス一人があわてだす。

 そんなフェリクスへ、リズは顔をあげて微笑み、こう言った。

 

「カッコよかったですよ、フェリクスさん!」

 

「え、そっそうスか?」

 

「はい! ここまでしてくれるだなんて……どんなお礼をすればいいやら」

 

「…………」

 

 感きわまった様子でそう話すリズを、フェリクスは意外そうに見つめていた。 とその時、彼の体に変化があらわれる。

 

「お、おぉ?」

 

 アランの腕にかかっていた重みがぐんと減る。長く伸びていたトラ柄の体毛が縮み、その下の地肌があらわれる。トラのようだった顔もすぅっと人間のそれになり、若々しく線の細い表情があらわれる。30秒ほどのちには、彼は黄と黒のシマシマ模様をした尻尾、獣耳、そして髪を持つ背の高い青年の姿に変わっていた。

 

「あ……あれ? 獣化が解けてる……?」

 

「やったニャア! なんだか分からないけど、解決したニャー!」

 

「え、え? どういう事?」

 

 エマが顔をかがやかせ、事情を知らないリズの手をとって小躍りする。その横で、とまどっているフェリクスを床におろしてアランが言った。

 

「……さっきので自信がついたって事かな。結果オーライだ」

 

「自信……スか?」

 

「ああ。自分がわりとカッコいいと思えたから、素の姿をさらしても平気になったってワケだ」

 

「なんだ、けっこうマシなツラしてるじゃねえか」

 

 ジゼルがぶっきらぼうに誉めると、フェリクスは照れたように自身を見つめていた。しかしその直後、フェリクスは周りから見えないようにコッソリとアランを手招きする。

 

「ん、どした?」

 

「すみませんアランさん。ちょっと耳を……」

 

「? うん」

 

 フェリクスは座ったまま、何故か赤面しながらアランに耳を貸させる。とまどいながらもアランが応じると、フェリクスはこう言った。

 

(あの……戻れたのはよかったんスけど、それはそれとして……)

 

(何だよ)

 

(ほら……エッチなお店を……約束通り教えてもらえないッスか?)

 

(……え、このタイミングで?)

 

 アランはけげんな顔で耳を離す。フェリクスは苦笑いしつつも首を縦に振る。

 

(こう……一度期待しちゃうと、引き返せないというか)

 

(……ああはいはい。そうですか)

 

 アランはもう口出しすまいと早口に承諾する。こっそりと視線をめぐらせると、先ほどまでホッとしていたリズや両親も、フェリクスが何か話しているのを不思議がっている。

 アランは再びフェリクスへと耳打ちすると、話している内容を察せられないうちにと素早くこう言った。

 

(……じゃあ、一つだけ覚えておけ)

 

(な、なんスか?)

 

(お前が会おうとしている女の子たちはな、つらくてキツい仕事を日夜してるんだ。カネ払おうとも、ひどい事だけはするなよ)

 

(あ……はい)

 

 アランの真剣な口調に、フェリクスは舞い上がった表情を直してうなずいた。その会話を獣人ならでは聴覚で聞いていたジゼルは何か言いたげにしていたが、すんでのところで呑み込んだ。

 

「……ニャフフ……♪」

 

「えっと……エマ?」

 

 そして、アランたちの様子から何かを察したらしいエマは、ニヤニヤと三人の姿をながめている。隣でリズはキョトンとして、エマとフェリクスを交互に見つめていた。

 

 

――

 

 

 ……それから一週間ほど後。

 

「ねえ~ご主人。お願いだから見せてほしいニャ~?」

 

「……いやダメだ。仕事が優先だ」

 

「えーと……リズ。悪いけどあの客室の掃除をお願いできるかい?」

 

「え、あの部屋ならさっき片付けたけど……」

 

「そ、そうだっけねぇ。なら隣だったかな?」

 

 リズたちの宿は、いつもと若干様子が違っていた。エマが父親にしつこく何かをねだり、母親もどこかぎこちない様子で仕事をこなす。その中でリズだけが違和感を覚えながら働いている。

 眉をひそめ、それでも変だと口にはしなかったリズだったが、ふとある疑問を口にする。

 

「……そういえば、フェリクスさんいないね」

 

「へっ、ああそうだったねぇ。夕方から休みをとってるんだよ」

 

「え、そうなの? 私なにも聞いてない……」

 

「い、言ってなかったかねぇ……」

 

 ぱちくりと目をしばたかせるリズへ、母親は気まずそうにほほえんだ。その時、横からある者が口をはさんだ。

 

「アイツ友達の家に行くってさ。仲違いしてたの謝りに行くんだと」

 

 そう言ったのはアランだった。ロビー横のテーブル席に、ジゼルと向かい合って座っている。それを聞いてリズの顔がふと納得した風に変わる。

 

「もしかして、それで落ち込んでたんですか?」

 

「あーそうそう。仲違いの内容をあんまり言いたくないってんで、リズには伝えてなかったんだ多分」

 

「……ちゃんと仲直りできるでしょうか」

 

「まあ大丈夫だろ。そんな気落ちしてないで、いつも通りにして待ってやりな」

 

 アランがそうはげますと、リズは笑顔になって掃除を頼まれた部屋へ行った。ドアを閉めるまで見送っていたアランへ、ジゼルが言葉を投げつける。

 

「……よかったのか? あんなウソついて」

 

「さすがにリズに本当の事話すのはなぁ。一緒に仕事やりにくいだろ」

 

「知らないのはあの無垢な少女のみ……ってか」

 

 ため息をついてジゼルは椅子にもたれる。そしてカウンターの奥の方をちらりと見た。

 

「ねぇ~いいじゃニャい見せてくれたって~!」

 

「いかん! 男どうしの約束だ、決して見せん!」

 

「ケチー、"外出許可証"くらいで……」

 

 なにやら頑固に申し出を断る父親に、エマは退屈そうにむくれる。それを見ながら、アランとジゼルはそろって呆れていた。

 

 ――外出許可証。それは獣人がどうしても契約した人間から離れ、単独で行動したい時に書く書類である。どこに獣人がいつまで行くのかを記載し、獣人と契約者で同じ内容のものを共有する。

 そして獣人は許可証で出歩く理由を説明し、また獣人が逃げたり行方不明になれば、契約者は許可証を役所にとどけ、獣人を探しあるいは引ったてるのである。

 

 許可証は間違いがあってはならないため、なるべく詳しく記す決まりだ。たとえ行き先が娼館だとしても、どこのどんな娼館に何時から何時までいるのか、正直に明かす必要がある。

 

 ……つまり、エマはフェリクスの趣味を面白半分に探ろうとしているのだ。

 やがてエマはぷいっと父親から離れ、辺りの掃き掃除をしだしたが、それでも大きな声で独り言を話す。

 

「おかみさんだって知ってるのにニャ~」

 

「いやまあ、そうなんだが……」

 

「けっこう分かりやすい子だったからねぇ」

 

 父親と母親はたがいに視線をかわして苦笑する。それを見て、ジゼルはアランへ向き直り、嫌みのように言った。

 

「……そういやフェリクスのやつ、昨日は二時間以上もずっと水浴びしてたって聞いたぞ。エマから」

 

「ん……俺がなるべく清潔にしとけって言ったんだよ。ただのアドバイスさ」

 

 アランは肩をすくめて答えたが、ジゼルはさらに詰め寄る。

 

「仕事のさいちゅう、何度もツメをジーッと見つめていたらしいぞ」

 

「ツメはちゃんと切って丸めとけって言ったの。ナカ引っかいたら大変だから」

 

「給料をちょっとばかし前借りしたいとか言い出したって」

 

「それは俺がお高いところを紹介したからだよ。いいだろ結局は俺が折半したんだから」

 

「ずっとうかれた顔してご機嫌だったって」

 

「そんなところまで責任もてるか!」

 

 文字通りのお手上げをし、アランも椅子の背にもたれてそれから天井を見る。そして吹き出しそうになりながら「あからさまなヤツ」とこぼした。

 許可証を受け取ったのは父親だったのだが、母親はフェリクスの妙な様子からいわゆる"女の勘"がさわぎ、果ては夫婦そろって許可証の内容を見るにいたったのだ。

 

 ……かくして、事の真相をまるっきり知らないのはリズ一人となった。今でもフェリクスが友達と仲直りしているのだと信じ、ドアの向こうで掃除にいそしむ彼女をおもい、アランは涙を禁じ得なかった。

 と、その時。

 

「た、ただいま戻りました~……」

 

 戸口の方から、気弱そうな声がした。アランつが振り向くと、案の定フェリクスが立っていた。新品の衣服に身をつつんだ彼は恥ずかしげに笑って、何故かつま先歩きでロビーに進出する。

 

「よう、おかえり。……どうよ、首尾は」

 

 ギクシャクしている彼の前に、アランが進み出る。そしてささやき声でたずねた。フェリクスは少し目をおよがせ、身ぶり手振りを無駄にまじえて答える。

 

「まあ、その……優しい(ひと)で、助かったッスよ」

 

「ちゃんと避妊魔法かけてもらったろうな?」

 

「あ、当たり前じゃないスか」

 

「そっか……ならいい」

 

 アランはそう言ってうなずき、フェリクスの背を力強くたたいた。フェリクスは愛想笑いし、リズの両親に生あたたかい視線で見守られながら部屋へと歩きだす。

 

 ……ところが、帰れた安堵と疲れと、それからアランが叩いたせいか酷くふらつく。そんな彼へ、アランがこんな事を言った。

 

「よろけすぎだろ。まさか飲んできたのか?」

 

「ッ!!?」

 

 それは、ほんのからかいの言葉だった。しかしフェリクスは猛然と振り返ったかと思うと、牙が丸出しになるほどの大口をあけて叫んだ。

 

「のっ、ののの飲んでないッスよ! 飲むワケないじゃないッスか!!」

 

「へ?」

 

「たしかに最初は、ワンチャン出るかと思ったッスけど! そんなワケ無かったッス! 別に、そこまで欲しがってません!」

 

「……なに言ってんだ?? お前」

 

 あわてふためき、要領の得ない叫びをあげるフェリクス。アランはとまどいながらも、「酒の話だぞ」となだめようとした。

 しかし、その刹那。

 

「ちょっとたわむれに吸っただけで! ()()なんて一滴も! 飲んでませ……」

 

「……吸った?」

 

「牛乳?」

 

「……はっ」

 

 フェリクスのセリフに、思わずアランとジゼルは声をもらす。すると我にかえったフェリクスが息をのんだ。

 口をあんぐりと開け、彼は冷や汗をダラダラと流しだす。その姿を見ながら、アランはふと脳内である発想にいきつく。

 しかしアランが口を開くより早く、彼の背後からイタズラっぽい声が響いた。

 

「あー……どんなお店に行ったのか気になってたけど……」

 

「あ……あっ……」

 

「なんとなく分かったミャ~。フェリクスの趣味は、ズバリ……」

 

 油の切れた人形のようにギリギリと振り向くフェリクスへと歩み寄りながら、エマは無邪気そうな声で話す。そして満面の笑みで最後の一言を放った。

 

「牛娘ちゃんのおっぱ」

 

「ωБ♯Λ≒∃▼▲ΚζΓΘ♀%★#~~~!!」

 

 ……言葉にならない悲鳴をあげ、フェリクスは先ほどのふらつきが嘘のような俊足で自室へと駆け、入ると同時にカギをかけた。

 直後、掃除をしていた部屋からリズが飛び出してくる。

 

「どうしたんですか!? さっきものすごい声が……」

 

「リズ、大変だニャ! フェリクスがまた引きこもりそうニャ!」

 

「ええっ!?」

 

 あたかも傍観者だったかのようなエマのセリフに、リズはたやすく騙される。結局それから一時間ほどかけ、一同はフェリクスを説得するハメになった。

 

 ……ちなみにその日の夜、エマはリズの両親からとてもキツいお説教をうけたという。

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