獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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獣人どうしの拳闘 前編

 

「ジゼル、この後に予定はあるか?」

 

「ん?」

 

「おっ?」

 

 ある日の夕暮れ。いつものギルド内の酒場にて、仕事あがりの駄弁りをしていたジゼルとアランのもとへ、上機嫌で近づいてくる者がいた。

 ジゼルが振り向くと、ルナがきらきらした瞳で顔をのぞきこんでくる。浮き立つような笑みでもって見つめてくる様は、返事への期待がありありと滲んでいる。

 

「この後なら空いてるぜ。どうしたー?」

 

「ふふ、それは良かった」

 

 ジゼルはルナへと顔を近づけ、同じくらいほほえんでみせる。女子二人がニコニコとしているのをアランが椅子に座ったまま眺めていると。

 

「お疲れ様です。アランさん」

 

「おお、やっぱりお前もいたか」

 

 遅れてダニエルが歩いてくる。アランが軽く手をあげて挨拶すると、ダニエルは少し遠慮がちにたずねてきた。

 

「……ルナから、話は聞きました?」

 

「いや、なんか二人で盛り上がってるが」

 

「あー、やっぱり……」

 

 アランの答えにダニエルが振り向くと、ルナはなにやら熱心にジゼルへと詰め寄り話し込んでいる。アランたちがそれを眺めていると、不意にルナが振り向いてこう言った。

 

「よし! アランもさっそく行くぞ!」

 

「え、どこへ?」

 

 戸惑うアランへ、ルナはまたもや詰め寄り、意気込んだ様子で答える。

 

「地下格闘技場じゃ!」

 

 

――

 

 

 アラン、ジゼル、ダニエル、ルナの四人で日の暮れた街を歩く。先頭を行くルナはギルドを離れて商店街もどんどん抜け、街の中心部へと向かっていく。

 

「なあ、地下格闘技ってどんなのだ? 地下でやるのか?」

 

 ジゼルが後ろからたずねる。するとルナはくるりと振り向き、もったいぶった笑みをうかべて言った。

 

「はは、そんなものじゃあ無い。まあ来れば分かるさ」

 

 そしてまた前に向き直ると、ピョンョンと跳ねながら一人でどんどん進んでいく。それを見てダニエルがくすりと笑った。

 

「ルナもそこまで詳しくはないんですよ。最初に聞いた時は、彼女も同じ勘違いをしたものです」

 

「でも、あんなに楽しみにするってのは、何かありそうだな」

 

 言われたアランも少し期待をよせる。そのうち、一行の前に少しずつ人の姿が増えはじめた。人間も獣人も、冒険者らしき格好から一般人まで、色々な者がいる。いないとすれば金持ちといったところか。

 その人々の中に、ルナと同じ方角を目指す一群があった。その人々はしだいにさまざまな方向からの人だかりと混じり、ついにある場所に集結した。

 

 街の中心部に位置する大きな広場。真ん中には女神をかたどった華美な噴水があり、石畳が整然と並べられて円形の開放的な空間をつくっている。

 地方の風習で祭りなどをやる際には、踊りに興じる民衆や音楽隊、出店なんかで賑わう場所である。しかし今夜は、それとは全く別のモノが存在感を放っていた。

 

 7、8平方メートルほどの広さを持つ、大きな四角形のステージ。高さは1メートルほどだろうか。その上のリングは四本のロープに取り囲まれ、中で二人の人物がすばやく動き回っている。それを百人以上の観客が四方八方から注目し、歓声をあびせていた。

 観客たちのすき間に目をこらすと、ステージ上のリングの二人は半裸にトランクスといった格好で、それぞれ両手に大きなグローブをつけて殴り合っていた。パンチが当たるたびに鈍い音がし、血しぶきとともに一際高い歓声があがる。

 

「おお、確かに格闘技やってらぁ……ん?」

 

 物珍しそうに見ていたジゼルが、ふと眉をしかめる。アランも金網の向こうを凝視して、ある事に気づいた。

 

 リングにいるのは、二人とも獣人だった。一方は頭と尻にそれぞれ、チーターのような獣耳と尻尾を生やしている。もう一方も一見たくましい筋肉質な人間に見えるが、露出した腕や脚に人間ばなれした黒い毛が生えている。

 よく見れば観客の中にも翼を持っていたり、獣人らしき者の姿がある。革鎧をまとい剣を持った、リングと観客を取り巻く監視員のような者だけが、混じりっけのない人間に見えた。

 

「驚いたか? 今のところ獣人どうしのボクシングが見られる唯一の団体、"ビースト"じゃ。この一帯の地方をまわって興行しとる」

 

「そんなのあるのか……」

 

「それはともかく、もう始まっとる。急げ!」

 

「えっ、おいちょっと待て!」

 

 そう言うと、ルナが翼を広げてもはや地面を滑るように飛びながらそのステージへと突っ込む。他の三人があわてて追いかけると、受付らしい大きなテーブル席に行き着いた。入り口のすぐ隣にいる女性の若い獣人がにこやかに立ち上がる。

 

「いらっしゃいませ! 観戦ですね? 大人が400ゴールド、子供が200ゴールドとなっておりま~す」

 

 耳と尻尾からして三毛猫ベースらしいその獣人は、男なら9割が惹かれそうな良い笑顔で言った。隣には運営側らしいいかつい男たちが三人ほどにらみを利かせている。

 

「……やっぱ、ネコの獣人って接客に向いてるのかね」

 

「まあ……この物々しい雰囲気を中和できるヤツは、獣人でも限られてるだろうし」

 

 ジゼルがアランの脇をつつき、ミスマッチな受付と運営陣を交互に見る。アランは物怖じしつつ答えた。

 そんな二人をよそに、ルナはその受付に向かって指を四本広げて言った。

 

「大人四枚じゃ!」

 

「えっ?」

 

「どう見ても四人じゃろう。ほれ」

 

「……お嬢ちゃんは半分でいいんだよ~? だから全部で1400ゴールドだね」

 

「むがっ……子供あつかいするでない! ワシは大人じゃ!」

 

「あはは、ごめんねー。怒っちゃった?」

 

 受付はまるで本気にせず、ルナを見下ろしてクスクスと笑う。そこへダニエルが1600ゴールドを横から差し出した。

 

「お騒がせしました。取っておいてください」

 

「あれ、いやでも……」

 

「お邪魔しまーす」

 

 戸惑う受付を尻目に、一行は観客の中へと混じる。人だかりをかき分けてリングに近づくと、選手の打撃の音と歓声がいっそう大きく聞こえてくる。

 

「いけーっ! そこだ!」

 

「殴れ殴れ! もっと前に出ろって!」

 

「足つかえ! いったん離れろ!」

 

 格闘技という競技の力がそうさせるのか、観客はみな血気盛んに選手を叱咤したり、またヤジを飛ばしたりなどしている。

 そんな周りの雰囲気にキョロキョロして、ジゼルは独り言のように言った。

 

「しかし、選手は無理をさせられたりしないのかね……。運営は人間だらけみてーだし」

 

「ん? 気になるか?」

 

「あっ、いやその……」

 

 翼で飛んで観客から頭を出していたルナが横から問うと、ジゼルはハッとあわてだす。しかしそれを笑って流し、ルナは言った。

 

「ははは、気にするでない。ワシも心配した時があったさ」

 

「それって……本当は違うのか?」

 

「見ておれば分かる」

 

 ルナはそれだけ言ってリングを指さす。その方向にジゼルが目を向けると、ちょうど筋肉質な獣人がチーター獣人の顔面にパンチを見舞ったところだった。

 

「うお、痛って……!」

 

「良いの入りましたよ、今!」

 

 アランが反射的に顔をかばい、ダニエルが解説役のような一言を放つ。同時に、観客がわあっと湧いた。

 

「よっしゃ、いけー!」

 

「まだ立ってるぞ、トドメだトドメ!」

 

「さっさとやれ! ゴング鳴るぞ!」

 

 興奮した観客が口々に攻撃をあおる。しかし例の筋肉質な獣人は、まだかろうじて立っているチーター獣人には、手を出さなかった。

 真ん中にいるレフェリーがファイトを命じても、それは変わらない。場に流れた熱気が、ふと冷めかける。すると、筋肉質な獣人はレフェリーの方を向くと、口で何事かを要求する。

 それを見てアランが眉をひそめた。

 

「……なんだ? どうした?」

 

「故障のおそれがあったんじゃろう。はたから見て分からなくても、のちのち酷くなりかねんからな」

 

 言われてみればチーター獣人はファインディングポーズこそ取っているものの、その場を動かずボーッとしていた。レフェリーはしぶしぶ試合を中断させたが、途中でちらと視線を横に向けると、運営陣も不快そうな顔をしている。観客も間延びした空気に退屈そうなつぶやきをもらしだした。

 

「おいおい、早くしてくれよ!」

 

「血わき肉おどる戦いが見たいんだ、こっちは!」

 

 観客、特に人間の何人かからは不満の声があがる。しかしそんな中で、ルナだけが穏やかな笑みでジゼルへ言った。

 

「拍子抜けかもしれんがな。ああやって試合を中断させれば、大事になるのを防げる。ただ残虐なだけの催しにはなっとらん」

 

「……なんだか運営にも客にも反感かってるっぽいが、それは良いのか?」

 

「そんな文句は無視すればいい。スポーツはルールがあるから尊いんじゃ。絆が深まるんじゃ」

 

 ルナは胸をはってそう言った。ほどなくして、色々と話していたレフェリーがリングに上がり、観客たちに向けてこう説明する。

 

「えー皆さん、お待たせいたしました……。ただいま、選手の状態を確認しましたところ、負傷により試合続行は不可能という見立てになりました。というわけで……"ドミニク"選手のTKO(10カウント無しのノックアウト)勝ちといたします!!」

 

「えーっ、マジかよ!?」

 

「やっぱりドミニクの勝ちかよ~」

 

「ケガしたらしゃーないけど、もの足りねーなぁ……」

 

 消化不良の感がある結果に、観客の一部からため息がもれる。しかしそれを聞いても、ルナは惚れ惚れしたような顔でリング上を見ている。

 そんな彼女へ、ジゼルが聞いた。

 

「ルナ、ドミニクってのは?」

 

「あの団体……ビーストのスター選手の一人じゃ。ゴリラの獣人なんじゃよ」

 

「へぇー……ゴリラ」

 

 言われたジゼルはリングの方を見る。そこでは勝利したドミニクが、セコンドやラウンドガールに囲まれながら両手をかかげ、観客たちにアピールしていた。

 筋肉質で黒い体毛を持つ彼の肌は日に焼けており、顔は濃くがっしりとしていて、黒い髪が短く切りそろえている。そんな彼が向きを変えると、背中を見せられたアランやジゼルは顔色を変えた。

 

 広い背中から腰にかけて、(くら)の形に銀色の模様がついている。その模様をしげしげと見つめるアランたちへ、ルナは熱意ある口ぶりで説明する。

 

「あの模様は"シルバーバック"といってな。成熟したゴリラにはあんな模様……もとい毛が生えるらしい。獣人は肌の色が変わる」

 

「成熟したねぇ……」

 

「いやいや、なにも体だけではないぞ。聞けばドミニクはあのTKOルールを考案し、獣人でありながら団体の安全性を高めた立役者らしい。彼がいなければ今ごろ、何倍もケガ人が出ていたじゃろう」

 

「…………」

 

 ルナは頬を紅潮させて、ドミニクの功績をペラペラと語った。それを聞いてダニエルが複雑な表情になっていると、彼女はダニエルの肩をパシパシとたたいた。

 

「安心せい! 推しは推し、パートナーはパートナーじゃ!」

 

「いや、何も言ってませんよ……」

 

 ダニエルは苦笑しながらごまかす。その時、アランがリングを指さして言った。

 

「おい待てよ。あれ見ろあれ」

 

「んん?」

 

 アランの声に、ルナたちはそろって向き直る。すると、試合が終わったはずのドミニクがまだコーナーに立っていた。それを見て一同が首をかしげる。

 

「アイツ、もう一試合するのか?」

 

「まさか、それはハードすぎますよ。いくらなんでも」

 

「ワシもそんな例は聞いた事がないぞ」

 

「アラン、リングの方見てたんだろ? 何か事情とか話してなかったのか?」

 

「いや、俺はラウンドガールのケツばっかり見てて……」

 

「あん?!」

 

「わあ、怒るなって。冗談だから」

 

 観客がいる中で話し声が大きくなるアランたち。そうこうしているうちにリングでは、ドミニクの正面にもう一人の選手が入場してきた。

 真っ先に目につくのはその髪型。頭頂部を残して髪をキツく剃りこみ、残った髪が短くもツンツンと上を向いている。体格はやや細身でドミニクと比べれば弱そうに見えるが、それは彼の持つある特徴と絶妙にマッチしていた。

 

「ジゼル、あれって……」

 

「ああ、ハイエナだな」

 

 アランが言うと、ジゼルは警戒心の混じった目つきでうなずいた。その新しく登場した選手は、茶色がかった黒で丸っこい獣耳に、黒ブチがあり先が真っ黒く短い、獣の尻尾をそなえていた。その特徴は死体をあさると言われるハイエナのそれであった。

 

「えー皆さん、予想以上に試合時間が短くなってしまいましたので、ここで特別にもう一人登場してもらいましょう! ハイエナの獣人、キース選手!」

 

 運営陣の一人がコールすると、観衆がわあっとわき上がる。キースと呼ばれた選手は、ニヤニヤといかにも悪役といった笑顔で手を振る。それを見ていたドミニクは心なしか浮かない顔をしていた。

 

「……なんだアイツ、イヤ~な顔してんなぁ……」

 

「まあ……ただの演技でしょう。その方が試合も盛り上がるでしょうし」

 

「だと良いんじゃがな……。確かあのキースという選手、うわさで聞くには……」

 

 言葉をかわす仲間のそばで、ルナはなにやら不安げな顔でつぶやく。そうするうちに選手どうしの顔合わせが終わり、試合は開始直前になっていた。沈んだルナの表情からジゼルがリングへ目を移すと、ちょうど開始のゴングが鳴る。

 

「いけえぇードミニク! 今度は徹底的にだ!!」

 

「キース、やっちまえ! 遠慮すんな!!」

 

 観客たちは口々に選手をけしかける。それに押されてか、両者は真っ向からいきなり衝突した。

 互いにリングの中央まで進んだ二人のうち、キースが先にジャブを放ち、前へと踏み込む。ところがドミニクはそれをあっさりガードすると、キースの顔面にすばやい一撃を放った。重い音がリング中に響き、キースがよろめく。

 

「おおっ!」

 

 ルナが興奮した声をあげる。その間にもドミニクは間合いをつめ、キースを追い詰めていった。

 

「行けっ……そのまま倒せ! スキを与えるなドミニク!」

 

「あはは、そんなに力まなくても」

 

 祈るように応援するルナを、ダニエルが横で微笑ましげに見つめる。しかしその直後、リングでとんでもない事が起こった。

 ドミニクがキースをコーナーへと追い込み、ラッシュをかけようとした瞬間。キースが急にドミニクの懐にもぐったかと思うと、下から頭をぶつけたのだ。

 

「……え、まさか頭突き?」

 

 気づいたダニエルが戸惑いの声をあげる。その間にも、今度はキースが片足でドミニクの足を踏みつけ、バランスを崩したところを殴る。観戦していたアランたちの顔にも少しずつ懐疑の色がうかびはじめた。

 

「おい、あれ反則じゃないのか!?」

 

「ダメだろ、素人目に見ても……」

 

「……くっ、ウワサは本当じゃったか……」

 

 あわてだすアランやジゼルのそばで、ルナが苦い顔をしてつぶやく。ルナ以外の三人が振り向くと、ルナはけわしい顔で言った。

 

「ワシも見るのは始めてじゃが……あのキースとかいう選手、反則の常習犯らしい。そのせいでケガ人が何度も出ていると……」

 

「なんでそんなヤツに試合させるんだよ!? レフェリーだって……」

 

「盛り上がるんじゃ。野蛮であればあるほど喜ぶ客というのは多い」

 

 ルナは力なく首を横に振る。その言葉通り、観客たちは乱暴なプレイの飛び交うリングを見て、狂喜の叫びをあげていた。

 

「うっしゃ行け! そこだ!」

 

「反則でも何でもいいから、面白い試合見せてくれよ!」

 

「ただのお行儀いいファイトなんざつまらねえ!」

 

 観客は口々にキースへ声援を送る。抗議する声もあったが、圧倒的多数の客が持つ熱気にかき消されてしまっていた。リングでは、前のめりになったドミニクの後頭部めがけ、キースがパンチを振り下ろしている。

 

 そうしている間にも試合は進み、1ラウンド終了のゴングが鳴った。グッタリとしたドミニクがコーナーに下がるのをそわそわと見つめていたルナだったが、その反対側にふと、妙な光景を見た。

 

「あれは……」

 

 それは、キースが休憩している場所。セコンドらしき数人に囲まれながら、キースの視線はある場所に向いていた。

 リングのロープをはさんだ向こう側。運営陣の人物が座る席である。そこにいる運営の人間とキースが、小声で何か話している。

 それを見たルナの頭に、ある疑惑がうかんだ。

 

「まさか……何かたくらんでいるんじゃ……」

 

「……ルナ? どうした?」

 

 横からジゼルが問うと、ルナががばりと振り向く。その表情には切迫したものがあった。

 

「大変じゃ! 運営の連中、ドミニクをつぶす気かもしれん!!」

 

「なんだって?」

 

 穏やかでない言葉に、アランやダニエルも振り向く。ルナはジゼルの腕をつかみ、訴えかけるように続けた。

 

「ドミニクは元から、安全のために団体に口出ししたりと対立していたらしいんじゃ。えらそうにする獣人として、よく思わない人間もいるらしい……」

 

「だから、キースを使ってつぶそうってのか?」

 

「でもドミニク選手って人気あるんでしょう? 粗末にしないでしょうそんな人」

 

「ある程度ケガをさせて弱らせ、客寄せにだけ使うという場合もある。なんせ、人間社会に来た獣人なぞ、元から居場所が少ないんじゃ」

 

 戸惑うアランやダニエルへ、苦い顔で答えるルナ。それを見つめるジゼルは、少しずつ悲痛な表情になっていった。

 

「ちょっとのキッカケで、獣人は人間にいいように使われてしまうようになる。どこかで、誰かが止めなければ……」

 

「…………」

 

 つぶやきながら、リングの方を再度見るルナ。そこではすでに次のラウンドに向け、両選手が立ち上がっているところだった。

 場内に期待感がみなぎる。アランたちもそのリングに注意を向けていた時、ふとルナが驚いた声をあげる。

 

「……あれ? ジゼル?」

 

「へ?」

 

「はい? ……ん?」

 

 その声につられて振り向いた男二人も、目を丸くした。ルナたちがリングを見ていたほんの一瞬のすきに、ジゼルがいなくなっていたのだ。あわてて三人が周りを見るが、それらしき影はない。そうこうしている間に、次のラウンド開始のゴングが鳴り響く。

 が、その時。

 

「待てっ!!」

 

 不意に、するどい声がリングに向けられる。若く高い、女の声。

 

「……は?」

 

「今のって……」

 

「ウソじゃろ……」

 

 アランたちが耳をうたがい、そしてリングへ振り向いて目を疑った。

 なんと今から2ラウンド目を始めようという選手の間に、一人の女性が割り込んでいたのだ。狼の耳と尻尾を持ち、胸当てをつけた格好の獣人。

 ジゼルであった。

 

 ドミニクやキース、レフェリーがそろって目をしばたかせる。そして場内の観客たちがざわつき、アランたちもよく分からないままリングのそばへと走り出す。

 しかしそんな人々の動揺をかけらも気にせずにジゼルはキースをにらみつけると、人さし指をビッと突きつける。

 そして、こう言った。

 

「おい、ハイエナ野郎! 私と勝負しろ!」

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