獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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獣人どうしの拳闘 後編

 

「ボ、ボックス!!」

 

 試合開始のゴングが鳴る。それを聞くやいなや、キースはジゼルに向けて前進した。しかし殴ろうとした矢先、ジゼルはスッと軽い動きで、橫回りに距離を取る。

 

「…………!?」

 

 キースはその動きを目で追い、表情をけわしくする。彼の頭の中には、ジゼルの先ほどの発言がよみがえっていた。

 

『いいや……ちょっとヒントを得たのさ。お前と戦う為のな』

 

 確かにそう言った。ジゼルの方を見ると、注意深い視線を向けてはいるが、焦りのようなものは見当たらない。ただ静かに、キースを観察するように目をするどくしている。

 キースはそれがなんとなく気に入らなかった。今までのようにいら立って殴りかかってくるからこそ、なぶりがいだってあったというのに。

 

 再び接近するキース。しかしまたもやジゼルは橫に移動し、ジリジリと距離を取る。それはまだ間合いをはかると言えば通じる動きだったが、周りのせっかちな観客たちはしだいにイライラをつのらせていった。

 

「おい! ウロチョロしてねえでサッサと戦ってくれよ!」

 

「しっかりパンチの応酬を見せろい、パンチの応酬をよ!」

 

「キースも何してんだ! そんな飛び入り女、とっととKOしろや!!」

 

(うるせぇな、そう簡単にいくかよ……)

 

 自分にまで文句が飛び、キースは内心でぼやいた。ジゼルは依然として間合いを縮めないものの、その目はしっかりとキースをとらえている。

 ついにしびれを切らし、キースは遠い間合いから大振りなパンチをくり出した。大振りで読まれやすいとはいえジゼルは素人。せいぜい不出来なガードをするのが関の山だろう。そうにらんでいた。

 

 ところが。

 

「っ!?」

 

 なんと、ジゼルは頭をそらしてそのパンチを回避してみせる。キースが驚いた刹那、ジゼルが振りかぶってカウンターを返してくるのが彼の視界に映った。

 

「ちぃっ!」

 

 キースはこめかみをかすりながらも、なんとか攻撃をかわす。そしてすかさず反撃しようとしたが、ふと思いとどまった。

 

(なんだコイツ……動きが変わった?)

 

 ジゼルはすでにまた距離をあけ、パンチが届くかどうかという間合いを保って動いている。その動きに何かの狙いがあると、キースは疑った。

 警戒しながらも焦れた様子でキースかジャブをくり出し、さらにストレートを出したが、それらもしっかりとガードされてしまった。

 

「…………っ!?」

 

 驚いたキースは再び構え、違う角度から攻撃しようとする。しかし、突きだしかけたその拳を、彼はピタリと止めた。

 攻撃をやめ、ジゼルを注意深く観察するキース。そして彼はある事に気づいた。

 彼女の腕が、すでに別角度に顔をかばう体勢に入っている。先のラウンドと比べ、明らかに反応が早い。それを見て、キースはハッとした。

 

(まさか……俺の動きを読んでるのか?)

 

 ……一方、ジゼルの方は視線を細かくめぐらせ、キースの動きをこれでもかと注視している。その間、彼女は今さらながら勝つための道筋を考えていた。

 

(キースの動きを見逃すな……。攻撃の予兆は必ずある。ヤツ(アラン)が動く時と同じように)

 

 同時に、今までアランと宿に泊まってきた中で、ある記憶が彼女の脳内に反芻する。

 

『こういうのはな、パートナーと息を合わせるのが大事なんだ。もっと腰の動きに集中してみろ』

 

(……ええい、キースがあんな事言うから、変な事思い出しちまった)

 

 反則を使い勝利するのを、キースは"セッ○ス以上の快楽"と称した。偶然にも、それがヒントになったのだ。

 体を張り、腰をはじめ全身を使い、相手のペースを読み、状況によってはペースを奪う……見方によってはセッ○スとスポーツは似ているのでは? ……などという突拍子もない発想が、ふとジゼルの頭に浮かんだのだ。

 馬鹿げていると思うかもしれない。しかし事実、彼女がその発想にたどり着いてから明らかに試合の様子は変わってきていた。

 

(……思い出せ。アランとヤッていた時だって、慣れれば反撃できたじゃねえか。対人でカラダ使って駆け引きした経験なんぞ、アレ以外どうせロクにないんだ)

 

 試合中であるためか、ジゼルは妙に冷静にパートナーとの経験を振り返る。思えば負けず嫌いな性格ゆえ、たえず反撃できるようにと自然に技をみがいてきた。今のように、感覚をとぎすませて。

 再びキースが間合いを詰め、強めの拳を振るう。それをジゼルは腕ではじくと、ちょうど防御が甘くなった相手の顔に向けて、返しのフックを見舞う。

 

「ぐあっ!?」

 

 キースの口からうめき声がもれ、会場がどよめいた。素人からパンチをもらってよろめいたキースへ、観客たちがそろって戸惑い、ざわめきだす。

 

「え、今の当たった?」

 

「キースが殴られやがった」

 

「マジかよ、選手でもない女に!?」

 

 その声には驚きのほかに、期待も少なからずまじっていた。もしかしたら予想もしなかった、キースが倒される展開もありうるかもしれないと……。

 直接に言われずとも、キースはそれをさとっていた。それだけに屈辱がいっそう増し、彼はカッとなってジゼルを殴ろうとする。

 しかし、ジゼルはすばやく離れてキースの攻撃をかわした。とにかく足を使って距離を取り、腕の届かない位置まで逃げ続ける。三、四回ほど空振りしたキースの前を、付かず離れずという調子でうろつきながら、ジゼルはからかうように口を開く。

 

「へっ、そのリーチじゃ大変そうだな」

 

「ぐっ……」

 

 近づかなければパンチは当たらない。しかし近づくのを勘づかれれば即座に逃げられる。へたに反則などすれば、よけいな隙を生みかねない。そんな微妙な距離を維持され、キースのイライラはつのるばかり。

 

「ぁだッ!?」

 

 そうして注意がおろそかになると、ジゼルの方が踏み込んでストレートを出してくる。キースはあわててガードしたが、とっさの事なので二、三歩よろめいた。

 

「この、クソアマ……!」

 

「なるほど、お前は近距離で殴る方が好きみたいだな」

 

「……チッ……!」

 

(アランのヤツも、ペースを乱されたり焦らされたりしたら、戸惑ってたもんだ)

 

 キースの表情がゆがむのを見て、ジゼルは勝てずとも負けない事はできるという確かな自信を持った。

 自分からはなるべく近づかず、相手が隙を見せ、あるいは攻撃してくるのをいなしたタイミングでパンチを打ち込む。未熟ながらもそんなスタイルをつくっていき、キースの優勢は少しずつ崩れていく。

 

「……なんじゃあの動き。誰かか仕込んだのか? 一体……」

 

 ……試合のなりゆきを見ていたルナが、驚いた表情でつぶやく。そしてもしかしてという風にアランへと視線を向けると、それに気づいたアランはすぐに否定した。

 

「え、いやいや俺は関係ねえよ。ボクシングなんぞやった事ないし」

 

「ですが、何の下地もなしにああなるとは思えません。どういう事なのやら」

 

「もしかしたら本物の天才なのかもしれんな」

 

 何も知らない三人がそんな会話をしていると、別方面から試合を見ていた運営陣の一人が、不意に怒鳴り声をあげた。

 

「何をしているキース! 素人の女一人片付けられないのか!? 今まで贔屓してやったのを何だと思ってる!?」

 

「……けっ……ならお前がやってみせろよ……!」

 

 横柄な態度の人間に、キースは聞こえないようにつぶやく。殴り合うだけでも神経を使うのだと彼がふて腐れていると、その隙にジゼルが詰め寄ってきているのに、遅れて気がついた。

 

「にゃろっ!?」

 

 キースはいら立ちをそのままに大振りに拳を振るう。しかしジゼルはそれを避け、隙のできた顔にパンチを返した。そして今度は後ろに下がらず、そのまま連打を浴びせはじめる。

 

(このっ……ちくしょうが!)

 

(早く決着をつけようとすれば、動きが単純になる。焦りがそのまま動きに出るんだ)

 

 キースの動きに慣れてきたジゼルは、今度は相手のパンチを回避するのではなく、パンチの軌道を読んで先に攻撃するという手に出た。ラウンドの終わりも迫っている。キースをへこませる為にも、少しはダメージをあたえておきたい。

 しかしキースは、ラッシュを受けながらも拳を振りかぶり、怒声をあげてそれを見舞った。

 

「なめるなっメスブタぁッ!!」

 

 その拳はジゼルの横っ面をみごとに捉え、相手のラッシュを中断させる。これで終わりだ、そう思ったキースが一瞬だけ油断すると、ジゼルが急にぎらついた目を向けた。

 直後、彼女の拳がちょうど殴られたのと同じ箇所を殴り返す。

 

「ぐおっ!?」

 

「知ってるか……? 狼って、弱ったふりもするんだぜ」

 

「……く、ぐぅっ……」

 

「私はもう……一度もダウンするわけにいかねえんだ」

 

 疲弊した声ながらも、ジゼルは勝ち気に笑っていった。怒りに震えたキースがまた殴りかかると、ジゼルはスッと身を引き、キースのある場所に視線を向ける。

 そして、こんな事を言った。

 

「……そういえばお前、腰から下を殴る反則を何度もやったっけな」

 

「……は?」

 

「せっかくだから、お返ししてやろうか」

 

 そう言って、ジゼルは拳をかかげてある一点をねらう。その先には、キースの股間が。

 

「なっ――」

 

 キースは顔面蒼白となって股間を両手でおおう。その隙にジゼルは構えをなおし、下から拳を突き上げた。

 

「なんてなぁッ!!」

 

 すっかり急所に意識がいっていたキースのアゴに、ジゼルのアッパーカットが直撃する。キースのアゴと一緒に体まで浮き上がり、大きな音とともに彼はマットに背をつけた。

 初めてのキースのダウンに、会場が今日一番のどよめきを見せる。呆然とするキースと、それを自分ながらに驚いて見下ろすジゼルとの間に、あわてた様子のレフェリーが割り込む。

 

「ニュ、ニュートラルコーナーへ下がって!」

 

「お、おう……」

 

「えと……ワン! ツー! スリー……!」

 

「……クソが……っ」

 

 カウントがとられはじめ、キースは上体をよろよろと起き上がらせて毒づく。素人にダウンをとられるなど。そんなプライドと屈辱感が、彼の心の奥底からふつふつとわき上がってくる。

 すると、そんな彼へまたも運営の人間が怒声を浴びせてきた。

 

「キースッ! この役たたずめ、早く立たないか! このまま試合をダメにする気か!?」

 

「…………」

 

「汚い手を使って客を楽しませるのが、お前の務めだろーが!! 我々が損をしたらどう責任を取ってくれる、このケダモノが!!」

 

「……アイツら……ッ!!」

 

 罵倒を背中に受けたキースは、思わず拳をにぎって歯がみした。傍から見て分からなくても、こっちは緊張の連続なんだ。軽く見える一撃でも、殴られた方は全力の拳を受けているんだ……。彼自身すら意識しないところから、そんな文句が次々と頭に浮かびだす。

 

「……黙れえぇッ! ゲス共があああぁッ!!」

 

「うわっ!?」

 

 突然キースが叫んだかと思うと、カウントしていたレフェリーをはねのける。そして猛然と立ちあがり、先ほど罵声を浴びせた運営に向かって怒鳴り返した。

 

「黙って聞いてりゃ好き勝手いいやがって! こっちは体張って殴られながらやってんだよ! いつでも何でもできる見せ物じゃねえんだ、クソボケがぁッ!!」

 

 そう言いながら、キースはまだおさまらない様子で飛びかかろうとする。そこで、すばやく何者かが止めに入った。

 

「キース、落ち着け! 止まらないか!」

 

「っお前は……」

 

 キースの血走った目がふっと見開かれる。彼を押さえていたのは、ドミニクであった。試合の混乱で騒然とする観衆をよそに、ドミニクは静かに語りかける。

 

「暴れても仕方ないだろう。あんな事いっておいて、お前が選手生命を終わらせる気か?」

 

「けどよ……アイツら何も知らないくせに……!」

 

 キースは試合中の余裕をすっかり失い、くやしそうに唇をかむ。そんな彼に、ドミニクはゆっくりと語りかけた。

 

「……今回で分かったろう。反則しながら危ない試合をやったところで、ロクでもない人間たちに利用されてちゃ、味方もいなくなる」

 

「…………」

 

「反則が楽しい気持ちは否定しないさ。けどそれじゃ、負けた時にみじめすぎるだろ? 実力が出せてないんだから」

 

 ドミニクの言葉に、キースは少しずつ落ち着きを取り戻していく。そんなキースへ、今度はジゼルがレフェリーを無視して歩み寄り、言った。

 

「私はくわしい技術は分からないけどさ」

 

「……なんだよ?」

 

「お前、反則ぬきで普通に戦う方が強いぜ。きっと」

 

 その言葉に、キースとドミニクはきょとんと彼女を見つめる。ジゼルはやや照れくさそうに背を向けると、またもまレフェリーを無視して横を通り抜け、リングの外へ出た。

 

「……は? おい帰るのかよ。試合はどうなったんだ試合は!」

 

「これじゃ反則ざんまいしたあげくに、キースが変にキレただけじゃねえか!」

 

「どうでもいいから殴り合えや! つまらねえモン見せるな!」

 

「……はぁ」

 

 これまでさんざん反則行為に目をつぶり、ただ暴力の応酬を求めてきた、大多数の観客たち。彼らがギャーギャーと騒ぐのを見て、ジゼルはこっそりため息をついた。

 そんな彼女に、アラン、ダニエル、ルナの三人がバタバタと一斉に駆け寄ってきた。

 

「ジゼル! 大丈夫か!?」

 

「骨がイッてたりしとらんか!? 正直に言え、肩を貸すから!」

 

「ただの頭痛とかでも危険ですよ。頭の中に血がたまってたりするかも……」

 

「平気だっつーの。うるせえなぁ、もう……」

 

 口々にうるさく心配する三人に、ジゼルは苦笑する。すると、彼女がさっきまでいたリングを、ダニエルが気がかりそうに見つめる。

 

「……なんか、大騒ぎになっていますね」

 

「……んー」

 

 ジゼルも後味が悪そうに同じ方角を見つめた。ルールが崩壊し、しかも消化不良な試合を見せられたことで、観客たちは口々に苦情の声をあげている。リングの中央では、キースに肩を貸したドミニクが、一生懸命に釈明していた。

 

「行かなくていいんですか? ちょっと一言いうだけでも」

 

「……いや、私は元から部外者だ。キースがちょっと心がわりしてくれたら、私の仕事は終わりさ」

 

 ジゼルは首を横に振り、力なく微笑んだ。そしてリングの方をもう一度見て、望みをかけるように言う。

 

「……人間が主宰者でも、獣人ありきの興業だ。ドミニクやキースたちの力で、もっと平和な団体に盛り返していけるさ」

 

 ジゼルの言葉を、三人は何も言わずに見つめていた。楽観的ではあるが、純粋な願い。アランたちはすぐ、彼女に同意するように微笑んだ。

 そして、ジゼルはうんと伸びをすると一転、あっけらかんとした口調で言う。

 

「さーて、さっさと着替えて帰るかぁ。全身が痛くてしょうがねえよ」

 

「お、なんならマッサージしてやってもいいぜ。俺式の特別マッサージ」

 

 リラックスしたジゼルを見て、アランも冗談めかしてそんな事を言う。しかしジゼルはいつものように怒らず、気まずそうに苦笑いした。

 

「あー……遠慮しとくよ」

 

「ん? どうした急に」

 

「ちょっと前まで、お前との……アレの事ばかり考えてて……」

 

「は?」

 

 ゴニョゴニョと話すジゼルに、アランは首をかしげる。ジゼルはかあっと頬を赤らめると、着替えのテントの方へと一目散に去っていった。

 小さくなる背中を見て、三人はそろって顔を見合せた。

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