獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らは墓地で、気がかりな同業者を見る

 

「なんで教会に獣人がいるんだよ。教えはどうなってんだ、教えは!」

 

 緑の芝生がととのえられ、色とりどりの花壇が備えられた庭園に、似つかわしくない怒鳴り声があがる。

 

 ルベーマ市の中心に位置する教会の敷地内。その庭園の真ん中では、黒い服を着た神官と、しゃがんで顔だけ振り向いたジゼルがにらみ合っていた。

 彼女は、黄金色の目をキツくして剣呑な声で言い返す。

 

「うっせーな。お前ら(教会)に頼まれて草むしりしてんだよ。邪魔すんな」

 

 そう言って神官をにらみつけるジゼル。彼女の獣の眼光に射られてひるみながらも、神官は舌打ちする。

 

「くそっ、融和派の連中め。よけいな事を……」

 

「とにかく、教会から依頼が出たのは確かだからな。ほれ、そこどいて」

 

「あ、こら! 近寄るな!」

 

 ジゼルはしゃがんだまま、わめく神官の足をシッシッと払う。そして仏頂面をする神官のそばでもくもくと草をむしっていると、背後から今度は別の神官が声をかけてきた。

 

「あ、冒険者さん。お暑い中おつかれさまです」

 

「わざわざすみません。手伝ってもらっちゃって」

 

「姿かたちは違っても力を貸してくれるというのは、美しいものだなぁ」

 

 ジゼルが振り向くと、三人ほどの神官が微笑み、手を振っていた。彼女が手を振り返すと、神官らはうれしそうに去っていく。

 

(……なんだろ、今の)

 

 カレナ神官の好意的な反応。それが初めてだったジゼルは、とまどいながら元の方角に向き直る。すると先ほど怒鳴っていた神官が、たいそう不愉快そうにしている顔とぶつかった。

 言葉すらなく、ただ憎たらしげに口をむすんでジゼルを凝視する。その突然の渋面にジゼルは怒るよりも首をかしげていたが、ふと先ほど神官が言った言葉を思い出し、こうたずねる。

 

「もしかして、今のが"融和派"ってやつか?」

 

「……そうだ! 獣人と平気で馴れ合う、我らの敵だ!」

 

「いっしょの教会にいるだろ。どこが敵なんだよ」

 

「考えが違うんだ! 少なくとも我らは、獣人どもにあんな甘い顔をしたりしない!」

 

「ややこしいなぁ、こっちはいい迷惑だよ」

 

 肩をいからせて怒鳴る神官に、ジゼルはやれやれとため息をつく。すると、神官は先ほど融和派が歩いていた場所をにらみつけながら、こんな独り言をつぶやいた。

 

「まったく……連中みたいのがいるから、神聖な墓地まで獣人にけがされてしまうんだ」

 

「……墓地? 何だそれ」

 

 ジゼルが思わずたずねると、神官はぶすっと口をへの字にまげ、それから吐き捨てるように言った。

 

「貴様のパートナーにでも聞け! 冒険者などやっていたら、どうせお前もすぐあの世に行くんだからな」

 

「な、おい……!」

 

 ジゼルへ捨てぜりふを残し、神官は鼻を鳴らして去っていった。理不尽な気持ちと、墓地という言葉が引っかかり、ジゼルがその場に突っ立っていると。

 

「おーいジゼル。そろそろ終わったかー?」

 

 遠くからのほほんとした、聞きなれた声が響く。ジゼルが我にかえって振り向くと、見知った者が歩いてくるのが見える。

 

「……アラン」

 

「ようどうした、元気ないな。犬のフンでも踏んだか」

 

 摘んだ雑草を詰めたらしい大袋を持ちながらアランは駆け寄る。近づくにつれ袋からは青くさい匂いがつんと漂ってきた。

 獣人のするどい鼻をつまみながら、ジゼルは無愛想な顔にもどって対応する。

 

「なんでもねえよ。ヒマしてただけだ」

 

「本当か? 毒虫にかまれたりとかしてないだろうな」

 

「平気だっつの。お前がいなくて快適だったよ」

 

 いつものように憎まれ口をたたくジゼルを見て、アランはホッと笑みをうかべる。すると、むしった草を片づけていたジゼルがポツリと言った。

 

「……あのさ」

 

「ん?」

 

「この教会に……墓地ってあるか?」

 

「墓地? ああ、あるよ」

 

 ジゼルが気がかりでいるのを知らず、アランはあっさりとうなずく。そして教会の裏手の方を指さした。

 

「さっきちょうど掃除してきたんだ。どうかしたか?」

 

「あ……いや、墓の下に獣人も居るみたいな話を聞いてさ。見てみたいなと思って」

 

「へ……そうか」

 

 ややナイーブな表情になって言うジゼルへ、アランは一瞬とまどいの色をうかべる。しかし獣人の墓地というものに思うところがあるのかと考え、彼は笑ってうなずいた。

 

「じゃ、これ片づけたらちょっと寄っていくか。昼間のうちにな」

 

「昼間? 夜はダメなのか?」

 

「ウワサではな、暗くなった墓地に白い影がすぅーっと……」

 

「バカ言ってねえで行くぞ。人間の迷信に付き合ってられん」

 

「待ってくれよ、つれねーなぁ」

 

 いつものように冗談をまじえ、アランはジゼルの後を追う。その時ジゼルは先を歩きながらふと、頭のすみで自分が死んだ後の事をちらと考えた。

 ……冒険者をやっていて万が一があった時、行き場があるのだろうか、と。

 

――

 

「……ここだよ。ちょっと殺風景だよな」

 

「よくこんなに石を用意したもんだな」

 

 四方何十メートルにもおよぶ裏庭と、そこに延々と並ぶ墓石を見渡し、ジゼルは思わず目を見張る。墓石は高さ1メートルほどもあるものから片手で持てるようなものまで、さまざまな大きさのものが、所々欠けたり、苔むしたりしながら鎮座している。

 目の前にある墓石の一つの前にアランはしゃがみこむと、そこに書かれたものを見つめながら彼は言った。

 

「……普通の市民の墓だけじゃなくて、流れ者の無縁仏なんかもあるからな。孤児だった俺みたいなのも、ひとしく神の御許(みもと)へ行く」

 

 墓石をなでると、そこに刻まれた碑文や模様にそって指が沈む。墓の姓名と誕生日と命日、そしてカレナ教の紋章と聖書の一節などがひっそりと記されている。

 それを前にしてジゼルも口を開きにくい雰囲気でいたが、やがてこうたずねる。

 

「……で? この中に獣人はいねえのか?」

 

「ああ、それならこっちだ」

 

 アランは立ち上がると、庭園のすみの方へと移動する。そこには先ほどの墓よりも小振りな、粗末な墓が並ぶ区画があった。

 

「冒険者とか娼婦とか、貧しくて身寄りのないヤツらは大体このエリアに入る。まあ行く場所は同じだけどな」

 

「それは分かったけどよ……。これも人間の墓じゃないのか?」

 

「よく見てみ。隣」

 

 アランは足元の墓を指さす。ジゼルがいぶかしげにその先を見ると、その墓の横にはさらに小さい、手に収まるサイズの墓がおまけのように建てられていた。よく周りを見れば、その小さいタイプには一つきりでポツンと置かれているものもあった。

 ジゼルが思わずしゃがんで小さな墓を見つめると、横からアランが補足する。

 

「俺が子供の頃は、獣人は街の外でまとめて埋められてたらしい……けど、教会や冒険者とかの一部が獣人にも墓をつくるようにって訴えて、こうなったんだと」

 

「けど……これじゃまるっきり"ついで"の代物じゃねえか」

 

「俺もそう思う。けど、今はこれぐらいしか認められてないんだよ」

 

 いたたまれなさそうにするジゼルの横にしゃがむアラン。ジゼルはしばし不満げにアランの横顔をながめていたが、やがて獣人の墓の碑文に目をうつし、フンと笑って言った。

 

「まだ足りねえな。人間むけの名前しか書かれてない」

 

「そうか、本名は別にあるんだっけ。そういやお前、本名なんていうの?」

 

「教えねえよバーカ。そろそろ帰ろうぜ」

 

「おう」

 

 ジゼルは舌をちろりと出して立ちあがり、うんと伸びをする。アランも続けて腰を上げた。

 ……と、その時。墓地を囲う柵の向こうから、話し声が聞こえてきた。

 

「クリスさん……今日も、お祈りしないんですか?」

 

「いらん。時間のムダだ」

 

「んん……?」

 

 その声はどこか、険悪な雰囲気をたたえていた。アランとジゼルが柵ごしにそこを見ると、男女の二人組が連れ歩いている。

 先を行くのが、クリスとよばれた30手前ぐらいの年齢の男。背が高くがっしりとした体格を革鎧につつみ、金属の盾をヒモで肩に吊るして、背に両刃の大きな斧を背負っている。黒くツンツンとした短髪が、硬派な性格を想像させる。

 対して、後ろを歩いているのが20前後くらいの雰囲気の女性。男性と同じく装備は革製で、胸当て、短パン、ついでに前だけ開いて脚部をおおう革スカートにブーツとやや軽装になっている。手には1メートル半ほどの高さの弓を持ち、腰の後ろにベルトで吊るして矢筒を持っていた。

 細身の体を上にさかのぼると、首から上では灰色に緑がかった珍しい色の髪が、くしゃくしゃと癖をもって肩まで垂れている。

 

 だが、その女性には装備や髪色より目をひくものがあった。背中に、白地に黒い縞がはいった二対の翼があったのだ。翼は肩から腰までおおうほどの大きさで、歩きながら時おりパタパタと震えている。

 明らかに作り物ではない翼に、白黒の模様や珍しい髪色があいまって、ナタリーの姿は自然とハトを思わせる。

 くわえて格好や持ち物から、見ていたアランたちは自分らと同業、それも人間と獣人のバディなのだと察した。

 その二人はアランたちに見られている事に気づかず、その場に立ち止まって話を続ける。

 

「でも、最初はまめに祈っていたじゃないですか。どうして急に……」

 

「時間のムダだと言ったろう。死ぬ時はどうせ死ぬんだ」

 

「けど……」

 

「何か不満か?」

 

 悲しげな顔をする女性へ、クリスは語気を強くして迫る。女性がハッと息をのむと、クリスは低い声で続ける。

 

「ナタリー……お前はただ、弓と回復魔法でサポートしてくれればいい。俺の私生活に口を出すな」

 

「そ、そんな……」

 

 ナタリーとよばれた女性は、相手の冷たい態度のせいか震えて後ずさる。アランとジゼルも思わず息をひそめ、成りゆきを見守っていた。

 やがてクリスは背を向けようとしたが、その背に向けてナタリーは声をふりしぼって言った。

 

「その私生活には、私も一緒にいるじゃないですか……。どうしてそんな事を言うんです? 以前はもっと……」

 

 しかし、その途中でクリスは振り向き、鬱陶しげに言葉をさえぎる。

 

「お前に関係あるのか? それが」

 

「えっ……」

 

「お前がやるべきは、組んだ相手に貢献する事だ。俺個人の考えを詮索する事じゃあない」

 

「クリス、さん……」

 

「戦力になる事だけを考えろ。俺はいつでもお前をクビにできる。他人の心情なぞ気にしている余裕はないはずだ」

 

 次々と、クリスは冷酷な言葉を投げかける。それにしたがい、ナタリーはだんだんと俯き、肩を震わせはじめた。

 その様子を見ながら、アランはかすかに怒りをおぼえた。パートナーであろう獣人への冷たい態度は、はたから見て気分のいいものではない。

 同時に、彼は隣からピリピリとした怒気を感じた。その主は分かっている。ジゼルだ。彼女はアランの何倍も分かりやすく表情に怒りをにじませ、柵の向こうの二人をにらんでいる。

 

 そんな風にするどい視線を向けられているとはつゆ知らず、クリスは変わらぬ調子でなおも続ける。

 

「教会では、獣人と一緒に骨を埋める者もいるらしいが……むろん、俺はそんなつもりはない」

 

「…………」

 

「死んだ後を心配して仕事なぞされたら困るからな。お前がここの世話になれるなんて――」

 

 言いながら、クリスは横手の墓地へと振り向いた。そして、先ほどからジッと見つめていたアランたちと目が合う。

 

「あ」

 

 アランが間の抜けた声をあげる。その瞬間、クリスはナタリーをかばうように腕を差しだし、警戒しながら言った。

 

「なんだ貴様ら……墓荒らしか? こんな白昼堂々……」

 

「いや違う! 誤解だ!」

 

 アランはあわてて手を振り否定する。クリスはなおもキツい目つきを向けていたが、ふと、その後ろのナタリーが口を開く。

 

「あの……クリスさん」

 

「どうした?」

 

「その……胸に、当たって……」

 

「……あっ」

 

 赤面したナタリーに言われ、クリスはとっさにかばっていた腕をもどす。その瞬間だけは、クリスも剣呑な態度が消えていた。

 ナタリーは照れたように、クリスは気まずそうに黙っていると、ジゼルが牙をむいて声をあびせる。

 

「おい、このパワハラ&セクハラ野郎! さっきから聞いてりゃ、仲間に何言ってやがる!!」

 

「……放っておいてくれ。他人の仕事に口出ししないでもらいたい」

 

「いいや、そうはいかねえ! 私の目に留まった以上、このままじゃ……」

 

「まあ待てジゼル。落ち着け」

 

 ヒートアップしかけるジゼルを、アランが横からなだめる。じれったそうに振り向くジゼルへ微笑み、アランはこうクリスたちへ語りかける。

 

「偶然とはいえ失礼。同業らしき方々に会って、少し興味がわいたんでね」

 

「冒険者か? 悪いが用がなければもう行かせてもらうぞ」

 

「いやいや、そう言わずに。せっかく同業に会えたんだし、ギルドまでご一緒しないかい」

 

 クリスが無愛想にするのもかまわず、アランは気安い笑顔で申し出る。そして柵に前向きにもたれると、目を細めてナタリーを見つめ、こう言った。

 

「実は今ちょうど、女の子がもう一人ほしいと思っていたんだ」

 

「……なに?」

 

「どうだ? アンタさえよければ、そのハトの()をもらえないかい」

 

 唐突なアランの言葉に、クリスは目を見開いた。ナタリーもとまどった様子で男性二人を交互に見ている。

 一方、ジゼルはあわてて横から口をはさんだ。

 

「おいアラン、急に何言って……」

 

「だって、戦力にならないなら要らねえみたいだし。可愛い女の子なら俺は大歓迎だしなー」

 

 アランは妙に白々しい口調で肩をすくめる。それを見て、ジゼルは眉を小さく動かし口をつぐんだ。まるで何かを察したかのように。

 そして、アランは再びクリスの方を向き、口角を上げて言った。

 

「……一緒に依頼でもこなしてみれば、どう役に立つかおたがい分かりやすいと思うぜ。どうだい?」

 

「……貴様……」

 

「そう怖い顔すんなよ。どうせ少なからず助け合う身だぜ。俺たちは」

 

 アランのなれなれしい表情を、クリスはけわしい顔で凝視する。裏があるかと疑わせる、うさんくさい笑顔。

 

 しかし、クリスの視線がジゼルに移った瞬間、表情のけわしさがかすかに和らいだ。アランはともかく、ジゼルの方は目が合うなり突っかかってきたのだ。少なくとも彼女の方は直情的で、何かをたくらんでいたりはしないと彼には思えた。

 それに、ギルド内で万が一おかしなヤツの不興を買えばと考えると、ここでむやみに邪険にするのもリスクがある。

 

 クリスはしばし目を閉じ、やがてアランたちを見すえて口を開く。

 

「……クリス・ブロンドー。すでに聞いているかもしれないが、こちらはナタリーだ」

 

「は、はじめまして……」

 

「アラン・エローだ。こっちは……」

 

「私はジゼル。よろしくな」

 

 めいめい自己紹介を済ますと、四人はさまざまな表情で向かい合った。アランはニヤニヤと笑みをうかべ、ジゼルは何故だか少し面倒そうにクリスたちを見ている。

 クリスはいまだ警戒心の残る目でアランたちを見つめ、気弱そうにたたずんでいるナタリーの前に立ちはだかっていた。

 

 そのクリスのしぐさや目つきには、何かしらのナタリーへの関心がうかがえた。それを見たアランは一つうなずくと、先んじて道を歩きだし、言った。

 

「じゃ、行こうぜ」

 

 アランに言われて三人は顔を見合わせ、誰からでもなく歩きだす。ついさっき会ったバディどうしの彼らの行軍の中で、笑っているのはアランだけだった。

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