獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
……まだ夜の寒さが残る、白んだ空の下。アランとジゼルはルベーマ市の街道を、出口の門に向かって歩いていた。後ろを歩いていたジゼルは、両手のひらにハァーッと息をかけながらつぶやく。
「うぅー……手ぇ冷た……」
「ちゃんと手袋しとけよ。いざという時に困るかもしれん」
「分かったよ」
二人はいつものように装備をととのえ、腰にいくらか荷物の入ったポーチをつけている。そのポーチをジゼルがごそごそ探っていると、ふいに前方から声がかけられる。
「おい、こっちだ。早くこい」
その声は二人の数十メートル先、街の出入口となる門のすぐそばから聞こえてきた。二人がそちらを見ると、20代後半ぐらいの男と、20歳前後ほどの鳥の獣人女性の二人組が並んでアランたちを見ている。
「よう、昨日ぶりだな」
アランは気安く笑いながら二人組に駆け寄る。すると男の方が無愛想な顔で言った。
「遅いぞ。夜明け前に集合だと言ったろう」
「えー、大丈夫じゃん。まだ外は暗いぜ」
「いいや、今ちょうど太陽がのぼってきた。そら」
男がはるか向こうを指さす。アランが振り向くと、建物の陰からうっすらと日光がにじんで来ているところだった。
アランは肩をすくめて言う。
「お堅いねぇ、クリスは」
「たるんだ気持ちで仕事されては困る。俺たちも貴様らも初級ランクなんだからな。こちらを当てにするなよ」
男、クリスは一切笑わずに答えた。そこにジゼルが追いつくと、獣人女性が進み出て微笑んだ。
「おはよう、ございます。ジゼルさん」
「おはよ、ナタリー。今日はよろしくな」
ハトのような翼と、緑がかった灰色のくせっ毛をのばす獣人女性ナタリー。多少どもりながらもあいさつする彼女に顔を合わせ、ジゼルは明るく笑いかける。
その様子をアランは好ましげに見つめていたが、一方でクリスはあっさりと門の方へと向かった。
「さっさと行くぞ。時間をムダにしたくない」
「おい待てよ。話す時間くらいあってもいいだろ」
「もう準備はできているだろう? 備えは足りているようだが?」
引き留めるアランへ、クリスは興味なさげに振り返る。革鎧に身をつつみ、盾を肩にかけ、背には斧を持ったクリスは、他の三人を順に見た。
革の胸当てに腰をおおう革のスカート、短パン、ブーツという格好で、手に弓を持ち、腰に矢筒をぶら下げたナタリー。革の胸当てにすね当て、籠手などを身にまとい、武器と荷物のポーチを腰に携えた身軽なジゼル。そして革鎧にマント、ブーツ、そして剣を腰にかけたアラン。
クリスはアランへと詰め寄ると、真面目な顔と声でこう言った。
「……依頼を持ちかけてきたのは貴様だ。気を入れてやってもらうぞ」
「分かってるって。お前はもう少しリラックスしろよ」
対して、アランは気楽な表情で返すと、軽い足取りで先を歩きだした。その姿にため息をつき、クリスは前日にアランたちと話した時の事を思い出していた。
――
……発端は、クリスがナタリーに向けて冷たい言葉を吐いているのを、アランたちが目撃した事だった。ジゼルはクリスに見つかるなり激しい口調でとがめたか、アランはそれを制してこう言ったのだ。
『どうだ? アンタさえよければ、そのハトの
『……一緒に依頼でもこなしてみれば、どう役に立つかおたがい分かりやすいと思うぜ。どうだい?』
あまりにも突然で、失礼な提案。しかしクリスはそんな怪しい申し出をしてくる相手から不興を買うリスクをかえって恐れ、その提案を受け入れた。
かくして、お互い実力をじかに見極めようと彼らは依頼を受けて街を出たワケである。
「…………」
まだ薄暗い野道を歩きながら、クリスは隣のアランを横目に見た。のほほんとした顔つきでまっすぐ前を向き、クリスやナタリーに何かをしようとしている風には見えない。
と、ふとアランがクリスの視線に気づくと、アランは気さくに笑った。
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「いや……何も」
クリスはとまどった様子で前へと向き直る。彼には、アランが何を考えているのかがいまいち掴めなかった。初めて会い、ギルドで話し合いをもった時も、アランの言動は真意が読めなかったのだ。
…………
『……何故わざわざ、ナタリーと組もうとする? 他にフリーの獣人を探せばいいだろう』
『別にー? ナタリーだとダメな理由だってないだろ? アンタはその気になりゃ見限る気でいる。その時に俺が引き取れば、後くされもなくなる。問題あるかい?』
『む……』
『惚れた、って言えば納得するか?』
『なっ……!?』
『はは、冗談だよ』
…………
……とまあ、こんな調子でずるずると依頼の約束まで持ち込まれてしまったのだ。ナタリーの方はどう思っているのだろう、とクリスが後ろを見ると、彼女はジゼルと談笑していた。
「ナタリーはユミがトクイなのか? ツカっていてどんなカンじよ?」
「ナレれればわりとカンタンですね。 サイショはちょっとクロウしましたけど……」
「クロウってどんな?」
「あ、それは……」
「おい、何を話しているんだ?」
ナタリーが口ごもるのを見て、クリスが口をはさむ。獣人語が分からないためか、彼はジゼルに警戒するような視線を送る。
その視線に気づき、ナタリーはあわてて人間語で釈明する。
「いえその、違うんです。ほら、おっぱいが弦に引っかかって、困ってた時の話ですよ」
「なっ!?」
「へ、なに? 胸?」
「……あっ」
妙な言葉を口にしたとたん、クリスが片眉をはね上げ、アランが興味深そうに振り向く。それに気づき、少し遅れてナタリーが頬を真っ赤にした。
「なんだよ、つまりどうした?」とアランがたずねるのをジゼルが手でさえぎり、ナタリーへとこう確認する。
「えーとつまり……弓の弦が胸に当たって苦労してたと。胸当てもそれで着けたのか?」
「そ、そうです! 大きさに合うようにって、クリスさんがずっと吟味――」
「よっよせ、やめろ! むやみに他人の事をばらすんじゃない!」
ナタリーがうれしげに語りだすのを、今度はクリスが赤面して止める。にも関わらず、アランが訳知り顔でうなずいた。
「あ~、人間の防具って慣れないだろうしな。なかなか迷うだろう」
「胸当てに限らずだぞ」
と、これはジゼル。
「はい。本当に色々と教えてくれて……」
「もういい、そこまでだ!」
ナタリーが頬をほころばせて話すのを、クリスは強引にさえぎる。そして大きく咳ばらいすると、表情を今までにもまして引き締めて言った。
「お前たち……依頼の内容を忘れたのか? そんな浮かれていられる代物じゃないぞ」
そして、クリスは自身の荷物を開けて中を探る。しかし目当てのものはなかなか見つからないようだった。
「あ、依頼書なら俺が持ってるぜ」
「なっ……早く言え!」
アランが取り出した紙をひったくり、クリスはそこにある文面を他の三人に突きつけた。
「見ろ! この先の森の奥で、旅人が魔物らしき不気味な羽音を聞いたらしい。今回はその調査依頼だ」
「知ってるよ。みんなで確認しただろ」
ジゼルがつまらなそうに返すと、クリスは目をくわっと見開いて語気を強めた。
「たわけっ! 調査依頼というものはだな、調べてみるまで何が起こるか分からないんだぞ。この羽音の正体が、実はとんでもなく強力な魔物である可能性も――」
「調査の危険なら知ってるよ。もう経験済みだ」
けわしい顔のクリスへ、平然と言ったのはアランだった。む、と言葉につまるクリスへ、彼はおだやかな調子で話す。
「安心しろよ。こっちだって死線はくぐり抜けてきた。ジゼルと一緒にな」
「……本当だろうな」
「ああ、足は引っ張らない。アンタも……アンタのパートナーも」
パートナー、そう言われてクリスは目をほんの少しおよがせる。しかしすぐに背を向け、あいかわらず無愛想に言った。
「……もういい。行くぞ」
「あいよ」
振り返らずに歩いていくクリスへ、アランは対照的に明るい足取りでついていく。
その姿を見ながらナタリーは不安げに立ち止まっていたが、ジゼルが手を引いて追いかけていった。
「……アランの言った通りだな。まだ仲直りできそうだ」
「へ?」
「いや、こっちの話さ」
ナタリーの手を引きながら、ジゼルは意味深に笑った。
――
……しばらくして、陽も高く昇りはじめた頃。一行は郊外の森の奥まで入っていた。ジゼルが先頭になり、耳と鼻を利かせながら道を判断していく。
「えーと……こっちの方だな。人間の匂いが続いてる」
「すごいですねジゼルさん。見えないものをあんなにすぐかぎ分けるなんて」
「ふふん、そうだろ? だてに俺と組んでないさ」
「貴様は関係ないだろ。彼女の能力だ」
胸をはるアランへ突っ込みを入れるクリス。そんな二人を無視してジゼルが辺りを警戒しつつつぶやいた。
「……にしても、人間はともかくゴブリンすら見ないな。どうなってんだ」
「元から住んでなかったんじゃないのか?」
「いや、薄く匂いが残ってたりするから、森の中にはいるんだと思う。近くに寄りつかなくなったのかな……?」
「その寄りつかなくなった原因が、今回の依頼につながるのかもな」
首をかしげるジゼルとアランを制し、クリスが厳しい顔で前へと進み出る。そして後ろを振り返り、ナタリーを見つめて言った。
「……お前は弓の用意をして周囲の警戒を。前には出ようとするな。邪魔になる」
「……は、はいっ」
言われたナタリーは緊張に肩をこわばらせながらも、あわてて矢を取り出し弓につがえる。そんな彼女へ、アランが後ろに回ってささやいた。
「背中は見張っとくよ。安心して周りを見てろ」
「……わかり、ました」
言われたナタリーはおずおずとうなずく。それが目に入ったのかどうか、クリスは再び前に向かって歩きだした。
……それから少しして、ジゼルがピタリと足を止める。そしてピンと立てた耳で周囲を警戒していると、アランが声をかけた。
「どうした? 何かあったか?」
「……しっ。虫の羽音が聞こえる。それも一匹じゃない。複数だ」
そう言われ、クリスとナタリーの顔に緊張がはしる。クリスは盾をかまえ、背中の斧に手をかけてたずねた。
「こっちに向かってきてるのか?」
「いや、そうでもないっぽい。今のところは一ヶ所に固まってる」
「……とにかく、もう少し近づいてみるか」
アランがおそるおそる言うと、一行は慎重に前へと進みだす。四人とも自然と息をひそめ、細い獣道をゆっくりと忍び足で歩いていく。
……そうしてしばらく進み、やがてアランたちの耳にもブウゥン、と耳障りな羽音が聞こえだす。一同が身構えた、その時。
「っあれ!」
突如、ナタリーが声をあげて前方をにらむ。一行がとっさにかがんでその方角を見ると、木々の中の一本に妙なものがついていた。
木が縦に裂けるように、大きな
「……ハチか?」とジゼルがつぶやくと、クリスがけわしい声で訂正する。
「……いや違う。あれは"キメラビー"だ」
「なんだそいつ?」
「知らないのか。ハチに似た凶悪な魔物だ。群れで空を飛んで襲う習性があり、毒針も持っている……。かなり厄介だぞ」
クリスの言葉を聞いて、アランやジゼルも思わず押し黙る。その時、ナタリーがふとクリスを見て言った。
「……クリスさん、大丈夫ですか? すごい汗……」
緊迫感のためか、クリスの首筋には玉のような汗がうかんでいた。しかしそれを言われたクリスは鬱陶しげに振り向き、ぞんざいな口ぶりで言った。
「他人の汗なぞ気にしている場合か! 自分の仕事に集中しろ」
「ご、ごめんなさいっ!」
「まったく……」
「そんな重たい装備つけてるから……」
萎縮して頭を下げるナタリーへ、ため息をつくクリス。二人の間に流れる空気は重たく、アランが茶化しても変わらなかった。ジゼルはその様子をしばし非難するような目つきでながめていたが、気を取り直し、こんな疑問を投げかける。
「……しかし、向かってくる感じもしねえぞ。そんなに凶悪なのか?」
「今の時期はまだ巣作りに集中してるからな……。夏になる前に見つかってよかった」
クリスがそう答えると、アランが少し緊張のほぐれた様子で口を開く。
「よっしゃ、じゃあ今のうちに退治しちまおうぜ。ナタリーなら回復だってできるんだろ?」
「へっ、わ、私ですか!?」
言われたナタリーは驚いた様子で仲間たちを見回す。しかしクリスが横からぴしゃりと止めに入った。
「ダメだ。今回の依頼はあくまで調査だからな。キメラビーの巣があると分かれば、あとは専門のヤツらに任せる」
「けど、多少のケガなら大丈夫だろ? ナタリーもいるんだし……」
「ムダなリスクを背負うわけにはいかん。だいいち、ただの回復魔法じゃ毒までは治らないんだぞ」
「むー……仕方ないか」
楽観的だったアランも、理詰めで攻められコクリとうなずく。それを見届けると、クリスはナタリーの脇を通りすぎしなに声をかける。
「帰るぞ。なるべく素早くな」
「はい……分かりました」
ナタリーはいまだにシュンとした様子でうなずくと、いそいそと立ち上がりクリスの後をついていく。
それを見てアランも立ち上がると、その隣にジゼルが並んでそっとささやいた。
(……当てが外れたな。クリスの前で、ナタリーの良いところ見せてやるつもりだったんだろ?)
(あ、やっぱり分かるか?)
(いちおう組んでる身だからな。でもどうする? このまま帰る雰囲気だぜ)
(まあしゃーないさ。またしつこく依頼を持ちかけるとしよう)
気がかりそうにするジゼルの横で、アランは頭の後ろに手を組み気楽にしている。しかし、そうして進めていた足がふと止まった。
キメラビーが一匹、ブウゥンと例の羽音を響かせて一行に近づいてくる。一行が気づいて身構える上をその一匹はゆっくり飛び回り、一番前のクリスへと近づいていく。
近くで見ると、その虫は子供の顔ほどの大きさをして顔に一本の角を生やしていた。円錐形に尖った尻からは、黒く太い毒針が見え隠れしている。
その姿をまざまざと見たクリスは思わず小さくうめく。その間にも、キメラビーはギラギラした琥珀のような目を光らせ、ジリジリとクリスに寄っていく。
アランたちもその迫力にのまれ、動けずにいたその一瞬のち。
「危ないッ!!」
ナタリーが弾かれたように叫び、背中の翼でもってキメラビーをはたき落とす。するどい打撃音と、虫の高い鳴き声が響いた。
アラン、ジゼル、そしてクリスはハッとして地面に落ちたキメラビーを見る。キメラビーは一瞬だけ体を丸めてもがいていたが、すぐに何もなかったかのように起き上がる。叩くくらいじゃビクともしない、と四人が察すると同時に、彼らの耳に暴風のように荒々しい音がとどいた。
四人はさあっと顔色を変え、その音の方角……キメラビーの巣があった方を見る。そちらからはすでに、仲間を害されたと思ったキメラビーたちが黒い雲のごとく大挙して押し寄せてきていた。あのうるさい羽音が、何重にもなってアランたちの耳をえぐる。
「逃げろっ!!」
アランが叫ぶと、一行は目が覚めたように反対側へ振り向き、一目散にキメラビーの群れから逃げ出した。
元から木々におおわれ舗装もされていない細道。命がかかっている今、どのような道順で来たのかなど気にする余裕はない。ただ仲間とはぐれないようにするのが精いっぱいで、木の間をくぐり抜け、転びそうになるのをこらえ、わき目もふらず森の中を疾駆する。一方、キメラビーたちには障害物も地面も関係なく、煙のかたまりのようにアランたちへと迫っていく。
「くそっ、先に行け!」
「っおい、アラン!?」
その時、アランは急に立ち止まって一人キメラビーたちへと立ちはだかる。ジゼルが驚いて叫ぶ間に彼は剣をぬき、キメラビーに向かってこう唱えた。
「
直後、剣先から電撃がほとばしり、キメラビーの群れをひるませる。続いて、それを見たクリスが素早くアランの横に飛び出すと、背負っていた斧を振り上げて呪文をとなえる。
「
すると、彼の振り上げた斧の刃の前に、茶色の魔法陣がうかび上がる。そしてその斧が地面へと振り下ろされた瞬間、斧からキメラビーへ向かって地面を伝うようにトゲ状の土の塊がいくつも突きだした。固く鋭く尖ったそれらはキメラビーの群れを下から突き上げ、電撃に続けて魔物の飛来をはばんだ。
「今だ、逃げろ!!」
クリスがほとんど怒鳴るように言って振り返り走り出す。それに続いてアランも駆け出すと、その先では男性陣を心配そうに見つめるジゼルとナタリーの姿が。
「バカ、なぜ逃げなかった!?」
「だ、だって置いていくワケには……」
「いいから行くぞ、ホラ!」
焦るクリスは萎縮するナタリーの手を引き、急いでその場を離れようとする。しかし前だけを見て走っていた彼の足が、不意にがくんと
「なっ――」
クリスは背筋に寒気をおぼえ、目だけで下を見る。そして足下に2、3メートルほどの崖があるのに気づいた時には遅かった。
彼の体はなすすべなく前のめりになり、手を引かれていたナタリーもつられて崖の方へと引っ張られていく。
「くっ!」
クリスは歯がみし、バランスをくずしながらとっさにナタリーを抱きかかえる。そして二人は崖をゴロゴロと転がり落ちていった。
「きゃあああぁーーっ!」
「ぬおあぁっ……ぐおっ!?」
悲鳴をあげながら、クリスが下になって二人は地面に落下した。痛みにうめく彼らに、上からあわてた声が降ってくる。
「おい二人とも、大丈夫か!?」
「早く逃げねえと、すぐ追いつかれる!!」
崖をばたつきながらも滑り降りてくる、アランとジゼル。クリスは我にかえり、まず目の前にナタリーの顔があるのに面食らい、それから肩にかけた盾の重みとそれによる痛みにうめき、そしてすぐそばの地面に落とした斧が突き刺さっているのを見て、言葉を失った。
クリスがいそがしく動転するのをよそに、アランは周囲を見回してある方面をみとめ、素早く指をさす。
「あれ! あそこに逃げよう!」
崖下には藪が生い茂り、ちょうど身を隠せそうに見えた。四の五の言ってるヒマはなく、彼らは急いでその藪の中に飛び込んだ。
葉や枝が体のあちこちを引っかくのをこらえ、おのおの必死に身をひそめる。身じろぎせず、呼吸もやっとというぐらいに隠れていると、あのキメラビーたちの羽音が徐々に遠ざかっていくのが分かった。
「……………………」
1分ほどたち、四人はたがいに視線をかわす。そして頭上をちらと見て、アランが最初に口を開いた。
「はぁー……肝が冷えたぜ」
「ありゃ退治しようとしなくて正解だったな。危険すぎる」
脱力するアランへ、ジゼルが苦笑いする。その近くで、クリスもナタリーへこう言った。
「お前は大丈夫か? ナタリー」
「え、あ……はい。平気、です」
ナタリーは、気遣われたのが意外なようにぎこちなく答えた。しかし彼女は次の瞬間、ハッと目を見開いてクリスに詰め寄る。
「クリスさん、それ……!」
「なっ、なんだ!?」
「ケガしてるじゃないですか! 見せてください!!」
ナタリーはクリスの頬に両手を沿わせ、顔をジッと覗きこむ。視線の先には、クリスの額にできた大きなすり傷があった。
クリスはそれに気づくとナタリーを突き放し、傷をおさえて言う。
「ああ……こんなの気にするな。少しすりむいただけだ」
「そんなワケにいきません! 私のせいで……」
首を横に振るクリスの言葉をはねつけ、ナタリーはその傷に手をかざす。そして静かに、短く呪文をとなえた。
「
するとナタリーの手から淡い桃色の光が広がり、傷をふわりと包みこむ。直後、赤黒く血がにじんでいた傷が少しずつ元のようにふさがっていった。
その様子を、アランとジゼルは興味深そうに見つめていた。ナタリーがすっかり傷をなおすと、ジゼルが指をさしてたずねる。
「これが回復魔法ってヤツか?」
「はい。他にもちょっとできますよ」
ナタリーはほんの少し自慢げに笑って言った。今度はアランが感心したようにナタリーとクリスを交互に見て、こう言う。
「へぇー、大したもんだな。どのくらい練習したんだ?」
「もう三ヶ月になりますかね……。とにかく毎日、一時間でもいいからやろうって決めて、本とにらめっこしていました」
「えらいなぁ。人間の文章読むだけでも大変なんだろ?」
「おい、なんでそこで私を見る」
ちらと視線を向けられたジゼルが、ムッとした顔で言う。それを見て微笑ましげに笑ってから、ナタリーはポツリとつぶやく。
「クリスさんが付きっきりで教えてくれたんです。だから……もっと頑張らないと」
「どうしたよ。急に神妙になって」
「あ……いえ。以前、大変な事をしてしまいまして……」
「…………っ」
首をかしげるアランへ、ナタリーはあいまいに笑ってうつむいた。その時、クリスが不意にナタリーを強く突き飛ばす。
「きゃっ!?」
「よけいな事を話すな! 必要だから覚えてもらうだけと、そう言ったはずだ!!」
とつぜん怒りだしたクリスを、アランとジゼルは驚いた顔で見つめる。しかしクリスは止まらず、痛がるナタリーへさらに叱責をあびせた。
「だいたい、お前がキメラビーを不用意に攻撃するから襲われるハメになったんだろう! その責任は分かっているのか!?」
「で、でも……あのままじゃクリスさんが刺されて……」
「ああいう魔物は極力、刺激しないのが鉄則だ! たまたま寄ってきた一匹なぞ、放っておかないか!!」
「ご、ごめんなさい!」
クリスの剣幕に、ナタリーはつい頭を下げてしまう。その様子にアランも見かねたのか、「まあまあ、何事もなかったんだからいいじゃねえか」となだめに入った。
……ところが。
「……む?」
ジゼルは一人、なぜかクリスのそばに歩み寄り、クンクンと鼻を利かせはじめる。気づいたクリスは鬱陶しげに彼女を横目に見て問う。
「……何をしている。どういうつもりだ?」
「お前たしか、さっき汗かいてたよな。今でも匂いが残ってる」
「それがどうした?」
妙な質問に、クリスはじれったそうに聞き返す。するとジゼルは少し離れ、クリスを厳しい目で見つめながら言った。
「あの魔物ども、お前の汗に反応してたんじゃないか? 虫は結構そういうのに敏感だぞ」
「……あっ」
「本当に不用意なのは、お前の方じゃないのか?」
ジゼルに言われ、クリスは気まずそうに地面に目を落とす。口をつぐみ、押し黙る姿は責任を感じているように見えた。
しかし、彼は顔を上げると再び表情をけわしくし、ナタリーを責めはじめた。
「だ、だとしても! 襲われるきっかけを作ったのは彼女だ! ケガなど治して点数かせぎしてもムダだからな!」
「おい、治してもらったクセに何言いだす!?」
「黙れッ! 貴重な魔力を、俺などのために浪費するヤツがあるか!!」
とうとう難くせまでつけ始め、クリスはハアハアと肩で息をする。その隣でナタリーは肩をすぼめて涙ぐんでいた。
そんな二人を見て、アランとジゼルはだんだんと妙な感じがしてきた。クリスは見ての通りきびしい言葉をあびせ続けている。しかし一方で、ナタリーに世話をやいた過去があり、今日も崖から落ちるのをかばったりと気にかけているフシがあるのだ。ナタリーだってクリスを慕っているように見える。
冷たい部分と、優しい部分。その二つがどうにもアランたちにはアンバランスに見えた。
アランは小さくうなり、意を決した様子で話を切りだす。
「……クリス」
「む?」
「お前……ナタリーの事を、本当はどう思ってる?」
聞いた瞬間、クリスがうっと声をもらす。そして何か言おうとしたが、アランはそれをさえぎって続けた。
「最初は俺も、きつく当たってるように見えた。けど……どうもそれだけじゃ無さそうでさ」
「…………」
「立ち入った事を聞くようだが……どうも気になってな。ナタリーだって聞きたいんじゃないのか?」
「え、あ、ええと……」
アランが水を向けると、ナタリーは戸惑いながら目をそらす。そして迷うように泳がせていた目が、クリスとかち合った。
「……!」
ナタリーは思わず視線を外せなくなる。その時クリスは、先ほど怒っていたのがウソのように悲しげな、また思いつめた顔をしていたのだ。
「やっぱり……
か細くつぶやいたナタリーへ、クリスが口を開く。
「ナタリー」
「は、はいっ」
「……聞きたいか? 俺の話を」
「それは、その……き、聞きたいです!」
ナタリーは思いきった口調で答え、まっすぐにクリスを見直す。クリスはそれに一つうなずき、重苦しく動く口でこんな事を言った。
「まず……謝らなくてはいけないな。お前に」
「……え?」
「俺はずっと……お前をだましていた」
クリスの言葉に、他の全員が聞き入る。話すのもやっとという風にしゃべるクリスの顔は、まるで懺悔するかのようだった。