獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「俺はずっと……お前をだましていた」
クリスの言葉に、一同が静まり返る。日も差さない森の中に、さあっと冷たい風がふいた。
クリスは言ったきり、うなだれて沈黙していた。そんな彼に、アランが遠慮がちに問いかける。
「だましていたって……つまり何だ? 秘密でもあるのか?」
「…………」
クリスは首を横に振り、辛そうな表情のまま黙っている。ナタリーも何か心当たりがあるのか、困惑よりも後ろめたさが顔に出ていた。
かつて、二人の間に何かあったのだろうか。そう考えてジゼルがある事を思い出す。
「そういやナタリー。さっき……
「あ、それは……」
「一体何があった? それが原因なのか?」
「なんにしろ、クリスがこう話したがらないようじゃ、気まずいままだぜ」
アランもくわしく事情を聞こうとする。二人の間で解決するならともかく、謝ってなおもこんな重たい空気が流れるなら、原因を知ってアプローチしてやらねばと思うところだ。
少し間があいて、クリスが顔を上げて口を開いた。
「実は……」
「たぶん、私がいけないんです」
ところが、クリスが言葉を発したそばからナタリーがさえぎる。そしてクリスやアランたちがとまどうのもかまわず、彼女は続ける。その顔はクリスと同じくらいに思いつめていた。
「三ヶ月前……クリスさんが組んでくれてしばらく経った頃、私は大失敗をしました」
「大失敗って……なんだ?」
「魔物と戦っている時……不注意で、クリスさんに大ケガをさせてしまったんです」
そう言って、ナタリーはクリスの方を見つめる。アランやジゼルがそれにならうと、クリスはしぶしぶといった様子で、革鎧の首筋付近をそっとめくる。
鎖骨を縦にはしる、生々しい太い傷あと。それは形状からして鎧にかくれた胸、あるいは腹からずっと広がっているのをうかがわせた。
その傷にアランたちは驚き、そっとナタリーへ視線をもどす。ナタリーはいっそう辛そうな顔で、目に涙までうかべていた。
「それから……私たちの関係は変わりました。クリスさんは以前より厳しくなって、私も、失敗するワケにはいかなくなりました」
「厳しくって……ただキツい事言うのは、厳しいって言わねえよ」
「いえ……仕方ないんです。本来の役目を果たせなかったんですから。今まで……認識が甘かったんです」
ジゼルが口をはさむが、ナタリーはさびしく笑っただけだった。一方、クリスは何故かハッと目を見張る。
それに気づかず、ナタリーは震える声で続けた。
「だから……せっかく
「ナタリー……お前」
「けど……もう、手遅れなんですね。"ずっとだましていた"って……クビにしたいのを、だましだまし使ってくれていたって……事でしょうし……」
話しているうちに、とうとうナタリーは嗚咽をもらし、うつむいてしまった。アランもジゼルもかける言葉が思いつかず、泣く彼女に同情の目を向けている。
ところが、そんな空気を一変させるような大声が割って入った。
「それは違う!!」
驚き、振り向くアラン、ジゼル、そしてナタリー。見ると、クリスが訴えかけるような必死な表情でナタリーを見つめていた。
ナタリーがその視線と表情にとまどっていると、クリスは彼女に向け身を乗り出して言った。
「違うんだ。俺は……だましていたってのは、そんな意味じゃない!」
「え、でも……」
「お前は悪くない! お前のせいじゃないんだ!」
クリスはなりふりかまわないという風に声を張り上げ、ナタリーをかばった。その姿は、今までナタリーを威圧し、冷たい言葉をあびせていた姿からはまるで想像できないものだった。
一体どういう心境の変化だろう。アランとジゼルは内心でそう驚いていたが、やがてアランが気を取り直すようにこう問いかける。
「えーと……どういう意味だ? ナタリーが悪くないって」
「それは……」
「本当はお前がナタリーにひどい真似した、とかじゃないだろうな?」
口を開きかけたクリスへ、ジゼルが疑いの目を向ける。だがそれはナタリーが否定した。
「違います! クリスさんも私も、隠し事はしていません!」
「じゃあどういうこったよ? クリスのせいって」
話のなりゆきに困惑するジゼル。その時、クリスが切実な顔をして声をあげた。
「……俺は……今まで
「あの時って、例のナタリーが失敗したってヤツ?」
「ああ」
「しゃあ、わざとって……」
ナタリーが不可解そうに眉をひそめる。アランやジゼルもいまいち話が読めないようだ。
それに気づいているのかいないのか、クリスはまるで証言台に立った被告人がごとくうなだれ、先ほどの傷あとを指で示し、こう語りだした。
「……この傷は、ただの傷じゃない。今にもまして未熟な頃……ナタリーをかばって出来たんだ」
「かばって?」
「ああ……相手を見誤っていた。ナタリーは助かったが、代わりに傷を受けた俺にはこの通り、消えない痕が残った。助けが来なければ、この世にいなかったろうな」
深刻な口ぶりで語られたいきさつに、アランたちは息をのむ。本人の口から生死に関する言葉を聞けばおのずと緊張がはしる。
しかし、ナタリーは沈んだ空気にのまれつつも、おそるおそるたずねた。
「それは……私も知っています。その場にいた当事者ですし……。でもそれが、わざと冷たくするのと何の関係が……」
そう聞くと、クリスはゆっくりと顔を上げ、ナタリーを見つめる。ナタリーと見合った彼の目には、罪悪感がありありとうかんでいた。
すると、もどかしげにしているナタリーへ、クリスはこんな問いを返した。
「ナタリー……もしも、もしもだ。あの時俺がこうして生き残らず、死んでいたらどうした?」
「え?」
「俺はあの時に痛感したよ。冒険者などやっていれば、いずれあっけなく死ぬだろうと。そうすれば、お前は別のパートナーを見つけなければいけなくなる」
「…………」
クリスの話を聞いてなお、ナタリーは真意が見えない様子だった。しかし、アランがふと気がついたようにクリスの方を見る。
「……まさか……ナタリーだけが生き残った時に、クリスへの未練が残らないように冷たくしていた、って話か?」
「! そんな……」
驚いた顔でクリスを見つめるナタリー。するとクリスは観念するかのように、コクリとうなずいた。
「そういう事になるな……。俺が死ねばすぐ忘れられるようにと、ずっと冷たく演じていたんだ」
「なるほどねぇ、パートナーの乗り換えもスムーズに進むってワケか」
「ああ……。街で働く獣人の行き場など、たかが知れているからな」
ジゼルの皮肉にも気づかず、クリスは重々しい表情でうなずく。それを聞いたナタリーが、あわててクリスへとつめ寄った。
「じゃ、じゃあ! どうして私に回復魔法なんて教えてくれたんです? 私は今度こそ、あんな思いをしなくて済むようにって……」
「ケガを治せる魔法は需要が高い。ましてや獣人で魔法を使いこなせる者は少ないから……パートナーも見つけやすいだろう」
「クリスさん……あんなにていねいに教えてくれたのに……」
「ちゃんと覚えてもらえなけりゃ意味がないだろう。お前が食いっぱぐれない為なんだから」
クリスはまるで、自分が死ぬのが前提のような態度でもくろみを打ち明ける。そうして問いに答えおえたあと、黙ったナタリーが悲しげに涙ぐんでいるのを、クリスはやっと意識しだした。
「あ……いやすまない。これは演技だなんて知られたらそもそも台無しなんだ……。だから心苦しくもだまして……」
「そっか……ずっとそんな風に考えてくれていたんですね」
「俺の思い上がりと言われたら、言葉もない……。ただ、万が一俺の記憶が足かせになったりしたら、申し訳ないからな……」
クリスは神妙な顔でそう言った。ナタリーは泣き笑いとも苦笑いともつかない表情で、ずっと相手を見つめている。
沈黙がしばし続いたのち、アランがどこか呆れた様子で口を開いた。
「分かってねえなぁ」
「な、なぬ?」
突然の一言に、とまどい振り向くクリス。すると横から、今度はジゼルが言う。
「気づかいがズレてる。もっと他に考える事あったんじゃないのか?」
「考える事、って……」
クリスは何を言いだすのかいう風に眉をしかめる。その時、ナタリーが真剣そのものな声を発した。
「クリスさん」
「な……え?」
振り向いたクリスは思わず面食らう。ナタリーは涙で目を赤くしながら一時も視線をそらさず、間近にクリスを見つめている。
クリスが何も言えずにいると、彼女はこんな質問を口にした。
「もし……私が、自分はどうせ死ぬからとその事ばかり考えだしたら、どう思います?」
「それは……」
「嫌じゃ、ないんですか?」
「嫌だよそりゃ。だから、俺の方は何も言わずに黙って……」
「だから! 死ぬ事ばかり考えないでください!!」
今日はじめて聞くほどの、ナタリーの怒りの声。その勢いはクリスのみならなず、アランとジゼルまでのけぞって驚いたほどだった。
それにかまわずナタリーはクリスの両肩につかみかかったかと思うと、逃げられないほど顔を近づけ、自らの主張をまくし立てた。
「私は! クリスさんと組んでから! 回復魔法を覚える時も! 一生懸命だったんです! ちゃんと一緒に働きたいから!!」
「…………」
「クリスさんは、ずっと優しかったから……かばってケガをした時も、魔法を教えてくれた時も、そして今だって! だから、ずっと組んでいきたいんです!!」
「や、だからそれは無理だろうって……」
「できるかじゃなくて!
「…………」
ものすごい剣幕でそう問いかけ、顔を真っ赤にして息を切らすナタリー。その迫力におされてクリスはしばし言葉を失っていたが、アランが小さく口を出した。
「で、どうするよ? 女の子にここまで言わせて、何も返さないのか?」
「…………」
クリスは悔やむような表情でうつむき、きつく唇をかむ。そしておそるおそる顔を上げ、こわごわとした口調で言った。
「……俺は、いや、俺もずっと組んでいきたい。死ぬまで、というか……そうだ、なるべく長く!」
「クリスさん……!」
「すまないな……。俺の独りよがりで、ずっと振り回してしまっていた」
「ホントですよ、まったく……!」
頭を下げるクリスを、ナタリーは翼で軽くはたく。そしてくだけた調子で笑い合う二人の顔は、ほんのり朱にそまっていた。
二人の世界に入りかけているクリスとナタリー。そんな彼らのそばで、パンパンと手のひらを打つ音が響いた。
我にかえったクリスたちが見ると、ジゼルが背を向けてからかうように言った。
「はいはい、一件落着したら帰ろうぜ。夕方には森を抜けなきゃいけないんだから」
「おっそうだな」
「お、おい待て。置いていくな」
「なんならもう少しいてもいいんだぜ。二人きりになれるんだし」
「よしてくださいよ、アランさんまで!」
二人が笑ってからかうのを、クリスもナタリーも赤面しつつ追いかける。そうして、四人はあの逃げるさいに落ちてきた崖をそろって見上げていた。
最初にジゼルか振り返り、三人に問う。
「さぁーて、どうする? 元のルートにもどるか、別の道をさがすか」
「もどった方がいいんじゃねえか? 知らない道を行くのは危ないし、夜になったらなおさらだ」
「けど、元の道を目指すとなったら……」
ナタリーが不安げに言いかけ、クリスの方を見る。クリスは一つうなずき、崖の上を見上げた。
「目印は、あのキメラビーの巣か……」
「うわあ……」
クリスの一言に、アランがひきつった笑みをうかべる。ジゼルやナタリーも怖じけづいていたが、アランがつとめて気楽に言った。
「ま、まあ大丈夫だろ。もうかなり時間が経ってるし、手出ししなけりゃ平気だって」
「どのみち行かなきゃいけないんだがな……」
「よし、そうと決まれば早くしよう」
渋い顔をするジゼルの横から、先陣をきってクリスが崖に手をかける。するとその視界にスッと何者かの手が差し出された。
クリスが見ると、ナタリーが翼を使って浮かび、手を出しているところだった。
「ナタリー、お前……」
「私が手を引きます。そうしたら楽ですよ」
「しかし、そこまでされては……」
「もー、今さら水くさい事言わないでくださいよ。せっかく飛べるんですから」
「……すまんな」
クリスは照れくさそうに笑い、ナタリーに手を引かれてスイスイと崖を登っていった。それを見てアランは、ふと隣のジゼルを見る。
「俺も手を貸そうか?」
「いらん。一人で登れ」
「つれねえなぁ」
アランは苦笑いし、ジゼルの後を追うようにして崖を登っていく。そうして四人は、なんとか見覚えのある場所まで着くことができた。
ところが、崖を登りきって彼らが一息ついていると、ジゼルが景色の向こうにあるものを見つける。
「……ん?」
「どした?」
「あれ……」
前方、森の木々を示すジゼル。その方角を何十メートルも行けば、あのキメラビーたちの巣があった。その何十メートルも先から、黒い雲のようなかたまりが羽音を響かせ近づいてくる。
それを見て、アランは立ち上がりぼやいた。
「なんだよ、よほど気に入られたみたいだな」
「争いがあってピリピリしてたんだろう……。やはり魔物は虫とは違うな」
「ここまできてやられちゃ、目も当てられんぜ」
一行はめいめい手に武器をとり身構える。その時、アランはおもむろにクリスとナタリーの方へ振り向き、笑いながらこう言う。
「お二人さん、もうわだかまりは無いな?」
「もちろんだ」
「はい!」
「迷いもないな?」
「ああ!」
「大丈夫です!」
「よし、じゃあ思いきって……」
「おい、言ってる間に来たぞ!!」
アランのかけ声をさえぎり、ジゼルは迫ってきたキメラビーたちに飛び込む。そしてカギ爪で三、四匹を引き裂くと、また素早く距離をとった。
「平気か!?」
「ああ、耳でだいたいの間合いは分かる!」
「ようし、じゃあ俺も……
ジゼルの無事をたしかめ、アランは群れに電撃を見舞う。そうして正面の敵は何匹かがひるみ、あるいは気絶したが、電撃の範囲外にいたキメラビーたちが左右からアランに襲いかかる。
「うわっ!?」
「
逃げようとするアランの背後で、クリスが呪文をとなえる。そしてクリスが斧を地面に振り下ろすと、ちょうどアランの足元から、左右に一枚ずつ仕切るような土壁がせり上がった。横からアランに襲いかかろうとしていたキメラビーはそろって壁にぶつかる。
「アラン! 今のうちに正面のを!」
クリスの声に一瞬だけ振り返り、アランは正面から迫る敵に向き直る。そしてもう一度剣をつきつけ、呪文をとなえた。
「よっしゃ、
さっきにもまして激しい電流。壁にはばまれて動きづらくなっていたキメラビーたちは、電撃をまともに食らってボトボトと地面に落ちた。
「すげえ……なんだよクリス。死ぬとかなんとか言ってたわりに強いじゃん!」
「ふん……こんなの、ただの初歩だ」
アランの賛辞に、クリスはまんざらでもなさそうに鼻を鳴らす。ところが、そんな彼に寄ってきていたキメラビーを、ナタリーがさりげなく弓で射抜く。
「……はっ」
「油断しないでくださいね?」
「す、すまん」
冗談めかして笑うナタリーへ、クリスは恥ずかしげに謝る。そしてクリスは盾をかまえ、斧を振り上げて前に出た。
「おぉらぁッ!!」
盾でふせいだキメラビーたちが弾丸のような音を立てるのも構わず、クリスはそれらを斧で斬りふせる。そんな彼へ、アランの声が飛ぶ。
「クリス! 伏せろ!」
今度は指示を受け、クリスはあわててその場に手をつく。するとその直後、アランの呪文をさけぶ声が響いた。
「
瞬間、白く光る剣と電撃が大きく横に薙いだ。魔法をまとった剣に斬り飛ばされたキメラビーたちが落ち、周りの敵もとっさに距離をとる。
強烈な閃光と威力に振り向くクリス。しかしアランは、そんな攻撃を叩き込んだ直後に膝をついていた。
「おいアラン、どうした!?」
「やべ……慣れない魔法で疲れちまった……」
駆け寄るクリスへ、アランは情けない返事を返す。そんな彼らに襲いかかるキメラビーを、ジゼルが横から爪で払う。
「ボサッとしてんじゃねえ! 立て!!」
「分かってるって……いてて」
「とりあえず逃げてもいいから立て! 守りきる余裕はないぞ!!」
ジゼルとクリスの背に守られながら、アランは少しずつ体勢を立てなおす。その時、彼のすぐそばに上空から何かが音を立てて地面に突き刺さった。
「いっ!?」
驚いてアランが背筋をのばすと、その突き刺さったものが矢だという事に気づく。とっさに周りを見ると、彼らをとりまくキメラビーを遠ざけるように、次々と空から矢が降り注ぐ。それはキメラビーに当たると何匹も貫通して串刺しにし、あるいは標本のように地面にぬいつけた。
「一体どうなって……」
「あれか!」
とまどうアランの隣で、ジゼルが空を見上げて声をあげる。つられてアランも見ると、矢を放った正体に気づいた。
ナタリーだ。彼女が翼で空高く飛び、キメラビーの届かない位置から矢を放って援護しているのだった。
それを知り、アランたちは再びキメラビーたちへと向かっていく。援護を受けてかすかに安心しながらも、アランは一応という風にクリスへ問う。
「なあ、クリス!」
「む、何だこんな時に」
「念のため聞くけど。ナタリーが俺らに誤射したりしないよな?」
アランの表情は、どこか茶化しているようにも見えた。それを見てとったクリスは、頼もしげに笑う。
「安心しろ。アイツはそんなヘマはしない」
「そりゃ結構!」
歯を見せて笑い返し、アランは戦いにもどる。彼は剣を振るいながら、クリスの雰囲気が目に見えてやわらかくなったのを、うれしく思っていた。
――
「……これで……終わりか……」
「つ、疲れたぁ……」
……それから三十分ほどのち、アランたちはキメラビーの群れが遠ざかっていくのを、へこたれながら見つめていた。
つねに何十匹もの群れに取り囲まれながらも戦い続けるアランたちに、キメラビーもさすがに不利をさとり、引き返したのだった。
やがてすっかり群れがいなくなり、四人が一息ついた頃。ナタリーが疲弊しつつもクリスにたずねる。
「クリスさん……ケガは?」
「ああ、大丈夫……。そうだ、使った矢を回収しとかなくちゃな。あと死骸もなるべく……」
「いいって。一人で無理すんな。俺らもいるんだから」
「む……すまんな」
「そこはありがとう、だろ」
ばつが悪そうにするクリスへ、ジゼルがわざとらしく憎まれ口をたたく。そして四人で弓矢やキメラビーの死骸を回収していると、クリスがふと、空を見つめて言った。
「なんだか今日は、色んな事があったな……」
すでに空は茜色にそまっていた。ぼんやり光る太陽が山陰にかくれていくのをクリスがぼんやり眺めていると、ナタリーがふと、クスクス笑う。
「珍しいですね。クリスさんがそんな事言うなんて」
「そ、そうか?」
「ええ、最近はずっと思いつめた感じでしたから……」
とまどうクリスへ、ナタリーがさびしげに目を細める。そこへアランが口をはさんだ。
「そうとも、生きてりゃ毎日色々あるもんさ。誰だって」
「…………?」
妙な口ぶりのアランに、ジゼルがいぶかしげな目を向ける。それを気にせず、アランはクリスを見てこう続ける。
「……だから、死んだ後なんざ気にしてられない」
「……!」
クリスが虚をつかれた表情になる。それを尻目に、アランは死骸を回収した袋を結んでこう言った。
「さ、そろそろ帰ろうぜ。暗くなっちまう」
「ギルドへの報告もあるし、急がなきゃな」
「あ、ああ」
帰り支度を進めるアランたちに、クリスはあわてて同調する。そんなぎこちないクリスへ、ナタリーがそっと声をかける。
「気をつけて帰りましょうね。……明日もありますから」
「……そうだな。これからだって」
ナタリーは全く自然に微笑んだ。それを見てクリスもだんだんと、今まで二人の間にあった距離がもどっていくのを感じられた。
アランとジゼルは並んで先を行く。それに倣うように並んで歩きながら、クリスとナタリーは自然と会話をはずませていた。
「近いうちに、また魔法の練習に付き合ってもらえませんか? 覚えたい術があるんです」
「かまわんさ。お互いのためになるんだから、いつでも」
「クリスさんは何かしたい事とかありません? なかなか自分から言わないですよね」
「む……買い物、とか?」
「何か必要なものが?」
「いや、物が必要なんじゃない。買い物という行為が必要なんだ。……二人で」
「……はい?」
「いやその、とりあえずは、お前の頼みが先だ。魔法の練習だな? ビシッとやるぞ、ビシッと」
「やった。よろしく頼みますね」
二人の会話は、アランたちが初めて聞いた時よりずっとくだけていた。元々、それだけの信頼があったのだろう。
背中に楽しげな声を聞きながら、アランとジゼルは一瞬だけ視線をかわす。そして無言で、やりとげたような表情でたがいの拳を突き合わせた。