獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らはこうして、さびれた武器屋をおとずれる

 

「…………」

 

 まだ冷えた空気の残る早朝。アランはいつもの宿の部屋で、床の真ん中で座っていた。座りかたは脚を組み、左右の手指を上下に重ね、ちょうど座禅のようである。そんな格好で目を閉じている彼の足元には、水の張られた小振りな桶が置かれている。

 

「すー……すー……」

 

 彼の背後、ベッドの上ではジゼルが布団にくるまって寝息を立てている。その顔はまるっきり眠気のただ中。熟睡中である。白んだ空からほんのり差す日光が、ジゼルの顔を照らしていた。

 対して、アランの表情は眉根をよせて引きしまり、パートナーの寝顔とはかけ離れている。

 

 日も昇りきらず、パートナーも起きていない朝っぱらからアランは何をやっているのか。彼はふと目をあけると、右手の人さし指をそっと桶の水に近づける。

 そして指先が水面に触れた瞬間、パチッと弾けるような音がして桶の中に小さく稲妻がはしった。それを確認したアランは再び姿勢をもどし、目を閉じる。

 

「んん……」

 

 その時、寝ていたジゼルがむくりと体を起こす。アランは振り向き、寝ぼけまなこの彼女に笑いかける。

 

「悪ぃ、起こしちまったか」

 

「いや……平気だ」

 

「そっか」

 

 小さくうなりながら答えるジゼル。アランはうなずくと、また桶のほうに目をもどす。

 ジゼルは、そんな彼の背中を見ながら言った。

 

「……また魔法の練習か?」

 

「ああ。あれから一週間、魔力の調節にも慣れてきた。ダニエルに教わったおかげだ」

 

「よく飽きねえな。毎朝毎朝……」

 

「昼間は依頼で、夜更かしもできないからな。朝くらいしかやるヒマがないんだ」

 

 そう言って、アランは立ち上がって身支度をはじめる。桶の水から、魔力の残った電気がかすかに抜けていくのを、ジゼルはボンヤリながめていた。

 アランがやっていた事。それは魔力に体を慣らす練習だった。座って平静をたもち、体に魔力をため、そろそろ限界かと思った時点で、水桶をはじめ魔法の形態によって受け止めやすいものに魔力をにがす。それをひたすらくり返すのが、ダニエルから教えられた方法であった。

 

「…………」

 

 アランが練習に使った水桶を、ジゼルはジッとながめる。自分が寝ている間に、わずかでも力をつけようとしていたのだ。そんな事を考えていると、剣を腰にさしながらアランがからかうように言う。

 

「ごめんな。おかげで最近は夜の相手もご無沙汰で……」

 

「うっせえ、誰がそんな話をした! 私も着替えるから、とっとと出てけ!!」

 

「あはは、はいはい」

 

 ジゼルが叫ぶと、アランは笑いながら部屋の外に出ていった。そして一人になったところで、ジゼルは装備を整えながら、どこか悩ましげな顔をしていた。

 

――

 

「う~~ん……」

 

「どうしたよ、朝から難しい顔して」

 

 ……それから二人は宿を出て、いつものギルドへの道を歩いていた。しかしジゼルは並んで歩きながら、腕組みをしてしかめっ面ばかりしている。

 アランは横から、再びからかうような口調で言う。

 

「あれか? 夜の相手がどうとか言ったの、まだ怒ってるのか」

 

「そうじゃねえよ。ただ……」

 

 ジゼルは鼻を鳴らし、そして目を一瞬およがせてから答える。

 

「……私も、どうにか強くなれねえかなって」

 

「へ?」

 

 アランはきょとんとした目で聞き返す。しかしジゼルは真剣な目で振り向き、なおもこう続ける。

 

「だから。お前も魔法の練習してるし、私も何かやらなきゃなってよ」

 

「……今のままで十分強いだろ。むしろ怖いくらいだ」

 

「だーっ! おちょくるなっ!」

 

 わざとらしくつぶやくアランに、ジゼルは肩をいからせる。それからハッと頬を赤くして、そっぽを向いて言う。

 

「……とにかく。私だけ甘えてるみたいな図は嫌なんだよ。人間の街でグータラしてたら、体がなまっちまう」

 

「はは、まあその気持ちはうれしいがな」

 

 アランはうれしそうに笑って、歩きながらさとすように言う。

 

「それなら、地道にきたえて場数を踏むよりしょうがねえんじゃねえか? 今だって、成長してると思うぜ」

 

「けど、魔法とかはからっきしだし……」

 

「とりあえず覚えりゃいいってモンじゃないだろ、魔法だって。まあ焦らなくても大丈夫だって」

 

「うーん……」

 

 そっと背を押すアランだったが、ジゼルはまだ踏ん切りがつかない様子だった。

 その時脇の路地から、ふと二人のもとへ声をかけてくる者があった。

 

「お二人さん、もしかして冒険者ッキ?」

 

 語尾の上がった、どことなく調子に乗った口調。アランとジゼルが振り向くと、視線を少し下げたところに、13、14ていどの少年が立っている。

 粗末なシャツとズボンに、緑のベストとサンダルをひっかけた格好で、褐色がかった黒い短髪はボサボサである。その頭からはネズミのような丸耳が生え、腰からは細く黒い尻尾がゆらめいている。

 

「そーだけど……お前さんは?」

 

「獣人……だよな。匂いからして家ネズミか」

 

「正解~。お姉さん、するどいッキ」

 

 鼻を利かせながら確認するジゼルへ、少年は「キキッ」と笑い声をもらす。するとそのネズミ獣人である少年はおもむろにアランたちへ近寄ると、しげしげと二人を見つめて言った。

 

「お二人さん、ちょっと装備が傷ついてるッキね~。なるべく長持ちするのを勝った方がいいッキよ?」

 

「ん……?」

 

 少年に言われ、二人は自身をかえりみる。たしかに鎧や胸当て、ベルトなどのところどころが古く、細かい傷がついている。それに気づいたアランとジゼルはたがいの顔を見て眉尻を下げた。

 

「アランお前、金の使い方がいいかげんなんだよ。生身じゃ戦えねえんだから少しは気ぃ使えって」

 

「お前こそ戦い方が荒っぽいだろ。考えなしに暴れてもケガは治るだろうが、装備の傷はそのまんまだぞ」

 

「ま、まあまあ。そうケンカしないでッキ」

 

 言い合いをはじめた二人をなだめ、少年は仕切り直すようにこう言った。

 

「実は! 長持ちする高性能の商品がある武器屋を知ってるッキけど……行ってみないッキ?」

 

「なに、武器屋?」

 

「高性能って……本当かよ」

 

「もちろんッキ。僕はそこの店員ですッキから」

 

 ネズミのように長い前歯をのぞかせて笑う少年。そんな彼を見て、アランとジゼルは今度はいぶかしげな顔を見合わせた。

 

(おいおい……話がうさんくさくなってきたぞ)

 

(あんまり疑うのもどうかと思うが……ちょっとなぁ)

 

 ジゼルなどはあからさまに警戒心を顔へにじませている。アランも愛想笑いしてはいるが、信用はできないようだった。

 媚びるような笑顔でずっと見つめている少年へ、アランは目線を合わせて遠慮がちにたずねる。

 

「えーと……君、そこの店主さんは人間なんだよな? 近くにいないのか?」

 

「店主さんなら店番してるッキ。僕は一人で勝手に呼び込みしてるッキよ」

 

「一人で? 勝手に?」

 

「そうッキよ。キキキ」

 

 アランの問いに、少年はあっさり笑って答える。するとアランたちの表情がけわしくなった。

 獣人が人間から離れて出歩くのは罪になる。今だって、仮に兵隊などが少年を見とがめれば容赦なく牢屋いきだ。そう思ったアランは、あわててジゼルに耳打ちした。

 

(どうするよ? もし本当にただの呼び込みだったら、俺たちがついて行かなきゃずっとコイツは一人でいるんじゃ……)

 

(……アホくせぇ。初対面のガキにそこまで心配する必要ねえよ。だいいち信じられる根拠がない)

 

(けど、万が一でもコイツが引っ立てられたら平気なのかよ?)

 

(む……)

 

 アランの問いに、ジゼルはふと歯切れ悪くうなる。初対面のあやしい者など警戒するのが当然だ。パートナーもとい雇い主も連れずに一人きりでの呼び込みなど、たいていは裏があるか、そうでなければよっぽどの阿呆である。

 しかし、人間社会で暮らす獣人という同じ立場の者が牢屋行きになるかもしれないとなれば、ジゼルも見過ごせなくなる。ごく親しい人間たちをのぞけば、彼女はやはり獣人の方に肩入れしていた。

 

「……しょうがねえ、見るだけ見るか」

 

「ああ。ちょっとだけな」

 

「やったー! やっと引っかけたッキ!」

 

 そう言って少年はうれしそうに跳ね、先導するように先を走りだす。「引っかけた」と無邪気に口にする姿に、アランはかえって安心した。

 少年はそれから、表から外れた暗く狭い通りへと走っていく。その速度はネズミさながらチョロチョロとすばやいもので、アランたちをおかまい無しにどんどん先へと進んでいく。

 

「おい待てって。コラ!」

 

 その姿を見失わないよう、ジゼルは鼻を利かせながら必死に追う。それをさらに後ろから追いかけながら、アランはぜいぜいと息を切らしていた。

 

 ……それから五分ほどのち。少年はある小ぢんまりとした店の前で止まった。入り口上部に店名が掲げられているほかは看板も装飾もない、木造の地味な建物。

 

「ここだッキ! 早く早く!」

 

 少年はあいかわらずピョンピョンと跳びはね、店を指さすと先に店内へと入っていってしまった。

 後から追いついたジゼルが、店名を見上げて読み上げる。

 

「……『質にこだわる店 カルロスの武器屋』」

 

「はぁ……はぁ……やっと追いついた」

 

「遅いぞ。見るだけなんだからさっさと済まそうぜ」

 

 バタバタと走ってきて膝を折るアランへ、ジゼルはぶっきらぼうな言葉をあびせる。愛想笑いしながら顔を上げたアランは、目に入った店名を見つめた。

 

「質にこだわる店……か。地味な見た目だな」

 

「質の前にこだわる所がある気がするんだがなぁ」

 

「ありがとよ、ジゼル。お前が待ってくれてなきゃ、多分この店に気づけなかった」

 

「別に待ってねえよ」

 

「お二人ともー。早くおいでッキ」

 

 アランたちが立ち話をしていると、中から少年が呼びかける。それに気づいて二人が店に入ろうとしたところで、今度は路地の方から大声がした。

 

「バジル! バジルー! どこだーっ!?」

 

「ん?」

 

 その声にアランが顔を出すと、数十メートル先からあちこちに声をあげつつ走ってくる男性がいた。遠目に見ても分かるほどに太った、見た目40代ほどの男。近づくにつれ彼の頭の金髪がほとんど後退し、額が広くなっているのが分かった。

 その男はアランの姿に気づくと、焦りに満ちた顔で駆け寄り、身を乗り出すようにしてたずねた。

 

「すまない。この辺りでバジル……じゃない、ネズミの獣人を見なかったか? まだ子供の、男の子なんだ」

 

「あ、それならもしかして……」

 

 先ほどの少年が思い当たり、アランは店内へと振り返る。するとちょうどジゼルと少年が待ちかねて出てきたところだった。

 

「アラン? 何してるんだよお前」

 

「いや、さっきあの男の子を探してるっぽい人が……」

 

「あーっ!」

 

 アランがいきさつを説明しようとした時、少年が先に路地に飛び出し、男を見つけて声をあげた。男も少年を見た瞬間にハッと目を見開く。

 

「バジル!」

 

「カルロスおじさん!」

 

 二人はそろって顔をほころばせ、ひしと抱き合う。そしてバジルと呼ばれた少年の方が笑いだした。

 

「なーんだ、行き違いになってたんだ。変だと思ったッキ。キキキャハハッ」

 

「なんだじゃないだろ。一人でいなくなって……呼び込みなんてしなくていいと言ったじゃないか」

 

「でもそうしないと、おじさんの店つぶれるッキよ?」

 

「む……」

 

 笑顔で首をすくめるバジルに、男は気まずそうに目をそらす。それから少しおくれて、アランとジゼルが横で見つめているのに気づいた。

 

「あ、こちら店主のカルロスおじさんだッキ」

 

 そんな彼をバジルが二人へ紹介する。男もといカルロスは二人へ向き直り、咳ばらいして言った。

 

「おっと、これは失礼。……もしかして、お客様ですか?」

 

「いや、私らは別に……」

 

「ああいえ、ちょっと見させてもらおうかと。構いませんか?」

 

「どうぞどうぞ! ぜひご覧ください!」

 

 気乗りしない様子のジゼルを制してうなずくアラン。するとカルロスは大喜びして彼らを店内へとうながす。アランは苦笑し、ジゼルの手を引いて店へと踏みいる。

 店内は狭く、人が40人も入れば身動きが取れなくなりそうなほどだった。その中に剣や槍、鎧などが整然と並べられている。

 しかしその商品にはうっすらとホコリが積もり、周りは薄暗く、天井や床も古いのかところどころ変色していた。

 

 「空気悪ぃな」とジゼルはこっそり鼻を鳴らして文句を言った。アランがたしなめようとすると、背後からカルロスが声をかけてきた。

 

「さあどうぞ奥へ。遠慮はいりません」

 

「あ、ああ……」

 

 内装への悪印象をさとられないよう、アランは笑って歩を進める。そして大して興味もなく壁際に陳列された剣を見た。

 しかし、その目が値札の方へといった瞬間に顔色が変わる。

 

「なっ、剣が一本で14万ッ!??」

 

 その声が店中に響くくらいの大声だったので、アランはあわてて口をふさいでカルロスを見る。

 カルロスは弱ったように笑って、こう釈明しだした。

 

「当店はそれなりに良い鍛冶屋から仕入れていまして……どうしても価格が上がってしまうんです」

 

「そ、そうか……。俺の剣なんて5万ぐらいの安物だったからな」

 

「こっちは籠手で8万だぜ」

 

 別の棚を見ていたジゼルが振り返る。ますますカルロスが気弱そうにしていると、バジルが笑いながら辺りの商品を見回した。

 

「キャハハ、変なこだわりもあるッキね~。どれにも金色の飾りがついたりして」

 

 それを聞いてアランは目の前の剣を再度見る。言われてみれば、かすかにだが金の装飾があしらわれ、高級そうな雰囲気をかもし出していた。そんな彼の横にきて、カルロスがしみじみと語りだす。

 

「……昔から、カッコいい武器に憧れていたんです。きれいな意匠があって、頼もしくて……」

 

 アランと、そしてバジルが切なそうな目を向ける。40は越えているであろうカルロスは、懐かしそうに店内の武具を見つめる。しかしやがて諦めたように肩を落とした。

 

「しかし、現実は上手くいかないものですね。客は少なく、一人だけ雇えたバジルにまで心配をかけてしまう」

 

「…………」

 

 ため息をつくカルロス。するとジゼルが振り返り、アランの方を向いて小声でたずねた。

 

(……なあ。実際、この値で買えるヤツっていないのか? 探せば金持ちはいるだろ)

 

(……そりゃ金なら出せるヤツはいるさ。けど、そういう連中はたいてい独自の()()を持ってる。わざわざ店で買うのはせいぜい小金持ちだな)

 

(じゃあその小金持ちで繁盛する可能性は?)

 

(無いとは言わないが、店の武器なんぞに用があるのは冒険者や探検家か、そうじゃなきゃならず者くらいだ。そういうのは大体が金をためる前に死ぬ)

 

 カルロスに聞こえないように話す彼らの表情は浮かないものだった。質のいい武器へのあこがれから、それらを仕入れて扱う店を建てた。それは本当なのだろう。しかし、需要と供給がみごとに合っていない。

 

「いいものなら売れるなどというナイーブな考えは捨てろ、か……」

 

「何言ってんだお前?」

 

「いや、誰が言ったか忘れたけど、そんな言葉があったのさ。じっさい娼館なんかも、どんなサービスでどんな客を狙うか、上手く計算しない店はつぶれてた」

 

「…………」

 

 アランはそう言ってむなしく笑う。カルロスはといえばカウンター内にある椅子に座り、ガックリとうなだれていた。

 まるで夜逃げ前を彷彿とさせるような、どんよりとした雰囲気が放たれる。そんなカルロスに、バジルがあわてて駆け寄った。

 

「お、おじさん元気だして! まだつぶれると決まったワケじゃないッキ! これからでも、きっと盛り返せるッキよ!」

 

「いや……気持ちはありがたいが、商売に"きっと"は通用しない。俺がバカだったんだ」

 

「……おじさん……」

 

「店を開くのに夢中で……立地も、値段も、客の事も……考えが足りなさすぎた」

 

「…………」

 

 顔をおおい、うめくように後悔を口にするカルロス。はげましていたバジルも耳を垂らし、一緒になってしょげ返ってしまう。

 アランもジゼルも、いたたまれない二人の様子に何も言えずにいた。そんな時、カルロスがおもむろに顔を上げる。

 先ほどの暗い表情に真剣さがまじり、思いつめた視線をバジルへ向けた。とまどうバジルへ、カルロスはこんな事を言った。

 

「……バジル。お前はもう、この店をやめろ」

 

「えぇ!?」

 

「その方がいいんだ。先のない店に勤めて、俺と心中させたくはない」

 

 目を見張って驚くバジルだったが、カルロスは念押しするようにクビをすすめた。アランたちもとまどう目の前で、二人はそのまま言い争いをはじめた。

 

「そ、そんな! おじさん、自分の店を捨てるつもりッキ!?」

 

「分かるだろう? この店はもう長くない。地代もあるし、借金だってあるんだ」

 

「じゃあ僕はどうなるッキ!? これでも今まで頑張ってきたッキよ!」

 

「頑張ってきたからこそだ。俺みたいなボンクラに尽くす必要なんかないさ」

 

 バジルは必死になって抗議するが、カルロスは力ない口調でそれをかわすばかり。やがてバジルは目に涙をうかべ、カウンターのふちをつかむ手に力を込めていた。

 依然として口出ししにくい重い空気。しかし、そこでジゼルかぼそりとたずねる。

 

「……バジル」

 

「へ?」

 

「差し出がましい事を言うがよ……そんなにカルロスと働きたいのか? 他じゃダメなのか?」

 

「それは……」

 

「人間の街に来ちまったら、働かなきゃ居場所がないだろ。理由もなしに人間と共倒れなんか、バカらしいぜ」

 

 ジゼルの問いに目を伏せるバジル。アランは目でジゼルをたしなめるが、彼女はふんと鼻を鳴らしただけだった。

 一秒、二秒……無言の時間が流れる。するとバジルは笑みの消えた顔で、ためらいがちにこう話した。

 

「僕……以前に別の職場をクビにされて、外に放り出されそうになったんだッキ。そこで拾ってくれたのが、おじさんだッキ」

 

「その恩ってワケか?」

 

「うん……それだけじゃなくて、最初は盗みをしようとしたのに、許してくれたッキ」

 

 盗み、そんな言葉が出た瞬間にアランたちはカルロスの方を見る。カルロスは目が合うと、複雑な表情でうなずいた。

 それを確かめ、アランは悩ましげにうなる。バジル当人がやめたがらない以上、部外者が口出しするのも筋違いだろう。しかしこんな落ち込んだカルロスやバジルの姿を見ると、何もせずに立ち去るのも気が引けた。

 

 せめて自分のできる範囲で、してやれる事はないものか。そう思ってアランが周りを見回すと、ジゼルがいつの間にか商品棚の方へと視線を向けているのに気づいた。

 「こんな時にどこ見てんだよ」と言いかけて、アランはふと口を閉じる。

 ジゼルの目が、辛そうに細められていた。彼女なりにぶしつけな事を言ったと悔いているのだろうか。アランがそう考えていると、ジゼルは商品棚のある部分に目を留める。

 

「ん?」

 

 スタスタと棚に歩み寄り、隅っこの一点を見つめるジゼル。アランは近寄ってたずねた。

 

「どうした? 何か見つかったか?」

 

「いや、これ……」

 

 ジゼルが手元にポツンと置かれた商品を指さす。アランが見るとそこには、真っ黒な"手錠"がいくつも置かれていた。

 腕にはめる鉄輪は手首をおおうほど幅広く、肉厚で重たげだった。二つの鉄輪をつなぐ鎖も太く、輪の内側にはなにやら細かい文字がびっしりと彫られている。

 ものものしい雰囲気を放つそれにアランも思わず注目していると、彼はふと手錠についた値札を見て眉をしかめた。

 

「……これ、5000ゴールド? ずいぶん安いな」

 

 周りの商品が10万~15万前後もするのを考えると、破格の値段に見える。アランがその手錠をしげしげと見つめていると、カルロスがカウンターから口を開いた。

 

「ああ、それは値下げ品なんですよ。一応そろえただけの代物なんで特に安いんです」

 

「なんでまたコイツだけ?」

 

 ジゼルが振り向いてたずねると、カルロスは苦笑いしてこう話す。

 

「その手錠はただの手錠じゃありません……。もともと獣人を拘束して、仕置きするためのモノなんです」

 

「拘束?」

 

「はい。かけた者はたちどころに、体が鉛のように重くなる魔法……もとい呪法がかかっていましてね。まあ五、六年前なら売れたでしょう」

 

 そう言ってカルロスは肩をすくめる。しかしバジルの方を見ると、さびしげにこう続けた。

 

「だが……今はもうそんな時代じゃない。そんなものに用がある人は年々少なくなっている」

 

「おじさん……」

 

「バジル、世の中もだんだん優しくなっているんだ。お互い、身の振り方を考えなきゃ」

 

 あきらめたようなカルロスの言い様に、バジルはすっかり眉尻を下げて泣きそうになっていた。アランがそれを見ていたたまれない様子でいると、不意に、ジゼルが棚の手錠を取り上げてこう言った。

 

「カルロス、これ全部もらうぞ」

 

「へ?」

 

「聞こえなかったか。手錠をみんな買う」

 

 カルロスをはじめ男三人がポカンとしていると、ジゼルはじれったそうに手錠を振って念押しする。そして答えを聞く前からゴッソリと、棚から手錠を取りはじめた。

 それに驚き、アランがあわてて止めに入る。

 

「お、おいちょっと待て! 何考えてんだ一体!?」

 

「全部で10個……しめて5万ゴールドだな。割り勘でいいか?」

 

「いやいや、勘定の前にお前の目的を教えてくれ。何かに使うのか、それ?」

 

 とまどって聞くアラン。対してジゼルはつまらなそうにこんな事を言いだした。

 

「捨てる」

 

「あん?」

 

「こんなゲスな代物は無くなった方がいい。だから買って捨てる」

 

 突拍子もない事を言いだすジゼルに、アランは一瞬だけ言葉を失う。その顔を見て、ジゼルは手錠を持参の袋にむりやり詰め込んでから言った。

 

「……心配しなくても、まるっきり使わないワケじゃねえよ。見てろ」

 

 ジゼルは手錠を一つだけ手に取ると、輪の部分をつかんで左右に思いっきり引っ張る。輪をつなぐ鎖がビンと張り、彼女はそこから色々とひねったりなどしだすが、手錠にこれといった変化は起きない。

 

「おい、そんな事したら壊れ……」

 

「アラン、ちょい剣貸してくれないか。鎖を切る」

 

「いや待て。せめて会計してからにしろ。それからどうする気なのかを……」

 

「あ、100ゴールドくれたら僕がやるッキ!」

 

「おおそうか。じゃあ頼む」

 

「バジル、お前まで……」

 

 アランがどうにか止めようとするが、バジルがちゃっかりとそこに割り込んだ。カルロスが呆れるのもかまわずバジルは手錠を受けとると、おもむろに鎖の部分を口にくわえた。

 そしてくわえたまま、輪の部分を両手で外向きに思いっきり引っ張る。

 

「ふんっ!!」

 

 直後、バジルはネズミ獣人ならではの強力な前歯でもって、なんと手錠の鎖を噛みちぎってしまった。呆然とするアランとカルロスをよそに、バジルは自慢げにちぎれた手錠をジゼルへと返す。

 

「はいお姉さん。この通りだッキ」

 

「おうサンキュー。じゃあ100ゴールドな」

 

「いや待て待て。今度こそは話してもらうぞ。その壊した手錠をどうする気だ?」

 

 バジルへと駄賃をわたすジゼルへ、アランがあわてながら言う。するとジゼルは手錠の輪にカギを通しながら答えた。

 

「……ここに来る前に話してたろ。私も強くなれないかなって」

 

「それが……手錠を壊すのにどうつながる?」

 

「つまり、さ……」

 

 言いながら、ジゼルは両手に輪をつけてカギをかける。とたんに、彼女はがくんと膝からくずれかけ、とっさに踏んばって体勢を直した。

 

「うおぉ……すげえな。体中に鉄球をくくりつけたみたいだ」

 

「ジゼル……大丈夫か?」

 

「にぶいヤツだな。これから"大丈夫なようにする"んだよ。この手錠の呪法で全身に負担をかけ続ける。そうすれば……」

 

 ぐぐ……とぎこちない動きながらも背筋をのばし、彼女はアランに向けて牙を見せて笑った。

 

「手錠をはずせばその分、鍛えた体で活躍できるってワケ」

 

「なるほどねぇ。そういう手があるか」

 

 アランが感心したようにうなずく。そしてジゼルはどことなく重い動きながらも、カウンターのカルロスの方へと歩きだした。

 

「……平気か? つらくないか?」

 

「心配いらねえよ。触るなって」

 

 体をささえようとするアランの手をはらい、ジゼルは自身の財布から札を二枚取り出す。アランも同じように札を三枚出した。

 

「……耳をそろえて5万ゴールド。持ち帰っていいか?」

 

「あ、ああ……」

 

「やったー、お金が入ったッキ!」

 

 カルロスは妙な目的で買い物をしたジゼルたちを、驚いた目で見つめていた。ジゼルの後ろではバジルが久しぶりであろう収入にはしゃいでいる。

 

「じゃ、帰る……。バジル、本当に危なくなったら無理しないでいいんだからな」

 

「……無責任なアドバイスですが、手頃な値段をめざすなり、案内板で宣伝なりした方がいいですよ。たぶん」

 

 バジルへと気づかいの言葉をかけるジゼル。カルロスへ素人なりにアドバイスするアラン。二人が買った物を持って店を出ようとした、その時。

 

「あ、待ってください!」

 

 ふと、カルロスがごそごそとカウンターの引き出しをあさり、何かを取り出してアランたちへと駆け寄る。そして取り出したものを二人へ差し出した。

 

「ほんの気持ちですが、これを……」

 

 彼の手の中にあったのは、うずらのタマゴ程度の大きさの、金色に光る玉だった。それは真新しくキラキラときらめき、宝石にはおよばないが割りとキレイに見える。

 アランとジゼルがそれを見て顔を上げると、カルロスは弱ったように頭をかいて笑った。

 

「いやあ、常連さんが出来たらあげようといくつか作ったんですがね……。あんまり日の目を見そうにないんで、お二人にあげちゃいます」

 

「いいのか?」

 

「どうぞどうぞ、かまいません。どうせ金メッキの安物です」

 

 一応たずねるアランへ、カルロスはあっさりとうなずく。二人が礼を言おうとした、しかしその時だった。

 

「これは、おじさんの金の玉! おじさんの金の玉だからね!!」

 

「…………」

 

 唐突に、でかい声でカルロスのおやじギャグが叫ばれる。アランとジゼルは一瞬だけ動揺し、すぐ白けた顔になった。カルロスの後ろではバジルが爆笑している。

 引いているアランたちに気づき、カルロスは我にかえって釈明する。

 

「す、すみません! 実は私、昔からこういうギャグが好きな性分で……」

 

「キッキャハハハハッ! おじさん、相変わらずッキね~」

 

「おう……まあ、気にしてないですよ」

 

 バジルの笑い声にかき消されそうな棒読み声で、アランは愛想笑いしながら答える。すると隣のジゼルが小声でささやいた。

 

(……この店が流行らない理由が、また一つ分かった気がする)

 

(……言ってやるなよ。ささいな問題だ)

 

 苦笑しているカルロスへ「また来ます」とだけ言い残し、アランたちはその武器屋を後にしたのだった。

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