獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「カンパーイ!」
「おい、一人であんまり料理とるな!」
「やべ……金がたりねえわ」
「お前なー、吐きそうな時は言えよー?」
……一時間ほどのち。アランたちは街の一角にある獣人可の酒場にいた。彼らをふくめ円形のテーブルを囲む三、四人ほどのグループがひしめき、あるいはカウンター席に並んで座って、安酒と平凡な料理をつまみながら話に花をさかせている。
ルナは仲間たちより低い座高に腰をうかせて対応しながら、陽気な声とアルコールの充満した空間を見回して言った。
「ふーむ、こうして見ると騒がしいの。めいめいが喋るとこうもなるのか」
「酒も入ってるしな。なに、慣れればどうって事ねえよ」
物珍しげにつぶやくルナへ、アランは笑いかける。そしてテーブルに備え付けられていた大きな本のようなものを手に取る。
「ほれ、メニュー表。ここに店の料理とか酒の種類が書いてある」
「お、気がきくのう。どれ」
「あ、おい乱暴にあつかうなよ。紙は貴重なんだから」
「あと一人だけで見るな。一つしかないんだからな」
すでに待ちきれないという様子でメニュー表を取り上げるルナへ、アランとクリスが注意する。しかしルナはあまり聞いていないようで、テーブルの真ん中にメニューを広げると食い入るように見つめた。
「……えーと、ポワレ、ポワレ……しまった。文字が読めん」
「お酒のページは多分こっちだよ。……あった。350ゴールド」
「おお、すごいなナタリー! 人間の文章も読めるのか!」
「ふふっ、クリスさんと魔法の本を読んだおかげ」
ナタリーはテーブル上に前屈みになり、ルナにピースしてみせる。しかし感心していたはずのルナの視線は、テーブルにもたれたナタリーの胸のふくらみへと移った。
「……大人じゃ」
「ん? 何が?」
「……ああ。ナタリーも最初は弱音をはいたが、よく成長してくれたものだ」
「クリス。感慨にふけっているトコ悪いが、ありゃただのセクハラだぞ」
一人で鼻を高くしているクリスへ、ジゼルが冷めた目で言う。それをよそに、アランはダニエルやルナと一緒にメニューをのぞいて注文の相談をしていた。
「まず酒をたのむのは決まりじゃろ。そのための店なんじゃし」
「大丈夫ですかね……? 飲みすぎなきゃいいですけど」
「なんじゃ、酒に慣れればいい事ずくめじゃろうが。キレイな水だってタダじゃないんじゃし」
「そりゃそうですが……」
いまだにルナが酔うのを心配しているダニエル。そんな彼とは別に、アランはこんな勧めをルナにしてみる。
「ルナ、酒以外にも食いもんはどうだ? 漬物に肉汁、サンドイッチ、干物焼き……」
「そんなに食べたら、すぐに腹がふくれてもったいないぞ」
「酒ばかり飲んでたら胃が荒れるぜ。それにこういうのは、料理と一緒だからうまいんだ」
「ふむ……」
アランの勧めに、ルナの興味は食べ物へと移った。メニュー表をパラパラとめくると、隅から隅までつぶさに商品名を確認しだす。
物欲しげもとい興味でいっぱいの目でメニューを見るルナに、クリスがかすかに表情を固くする。その気になってあれもこれもと注文されれば、お代を多めに出すと言ったクリスの負担はそのぶん増える。そのせいかダニエルも心配そうな顔をしていた。ちなみにナタリーは一人、微笑ましげにルナをながめていた。
ジゼルはアランに向けてそっと耳打ちする。
(おい、いいのかよそんなに頼んで。金が足りなくなっても知らねえぞ)
(大丈夫だって。それより料理に目移りすれば、ルナだってそこまで飲んだりしないさ。ダニエルだってそう言った)
(だが、食いきれなくなったらもったいねえし……)
(好きなもん頼んでたら、たいてい余るだろ。お前だっていつもノリで注文して、最後は一人で食いまくって……)
「人を食い意地はってるみたいに言うなっ!」
「いてっ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
突然アランをはたいたジゼルを見て、ダニエルはあわてて止めに入る。それをよそにルナはそばにいた店員を呼びつけ、メニューからあれこれと注文していた。
「エールが五つ、ポワレが一つ、そして塩漬け肉のサンドイッチに、キャベツとニシンの酢漬け、あとそら豆のスープを六人分じゃ!」
「……いきなりすごい量だな」
「よく食べるのは健康のあかしですよ」
苦笑するクリスへ、ナタリーがのんきに笑いかける。そこへアランが隣を示して言った。
「心配すんな。いざとなればジゼルの胃袋が解決するから」
「だから私を食いしん坊あつかいするなってーの! ……あっ!」
ジゼルが突っ込むその間に、店員は忙しそうに去っていってしまった。かくして大量注文および多額の出費が確定してしまいジゼルが表情をくもらせていると、心配を察したダニエルがにこやかに笑みをつくり、自身の懐を指さす。
「平気ですよ。こんな時のために、軍資金は多めに持ち歩いています」
「おう……ありがとな。少しは気が楽になる」
「あとは酒量をおさえたとして……騒ぎにならずに済めばよいのですが」
ダニエルは苦笑いしながら、席で頬をゆるませているパートナーを見る。あまりに彼女が自制心を失った場合、自分が体を張らなければと思いながら。
――
「ふははは! このポワレというやつ、なかなかイケるのう! 爽やかでいくらでも飲めるわい!」
「気に入ってもらえてよかったー」
……数十分後。ダニエルの願いもむなしく、ルナはポワレを一口飲むや顔を真っ赤にしてはしゃぎだした。アランたちがその変化に身構えるなか、ナタリーだけはほがらかに笑いながらおしゃべりしていた。
げんざい、テーブルの上には飲み干して空になったコップがいくつも。そして先ほど頼んだ料理が、せいぜい半分ほどしか手をつけられずにそれぞれ残っている。
その中からクリスが酢漬けニシンの小骨をよけつつ、アランに向かって呆れまじりにささやいた。
「……おい、アラン」
「……なに?」
「お前が言ってた『酒より料理で満足させる』作戦……意味をなさなかったようだな」
「うーん……せめて一杯だけ耐えてくれれば、望みはあったんだがな」
「ここまで歯止めが効かなくなっちまうとはな。人間どもの嗜好品ってのは怖いぜ」
すでに冷めはじめている料理をちびちび食べながら、アランその他は小さく言葉をかわす。
その時、ダニエルがふと空きコップの方角を一瞥してささやいた。
「けど、ナタリーさんは普通に話していますね……」
そう、注目している理由はルナの動向だけではない。ルナとナタリーの二人で空のコップを量産したにもかかわらず、ルナがべべれけになっている反面、ナタリーはけろりとして話しているのだ。アランがクリスへ、呆れまじりに問いかけた。
「……クリス。アイツあんなに酒豪だったのか……?」
「……ああ。一度だけ二人で歓迎会した時にはまいったよ。だが彼女にはあれが普通らしい」
クリスは苦笑いしながら答える。その表情は困りつつも、飲むのをやめさせるつもりが無いのがありありと分かるものだった。
「それにしても、ナタリーもいけるクチじゃのう。ワシらでもう10杯以上は呑んでおるぞ」
「え……ああ」
ルナに言われて、ナタリーははたと手のひらで口をおおう。そして恥ずかしそうに笑って言った。
「あちゃあ、お恥ずかしい。一時期あんまり贅沢しないようにしてたから……」
「かまわんぞ。元はといえば俺が冷たい態度をとっていたせいだし、出会った頃の素のままでも、ちっとも気にしちゃいないさ」
「クリスさん……」
ホッとするナタリーを見つめ、クリスが柔らかく笑う。クリスもなんだかんだ甘いよなぁ、などとアランがスープのそら豆をすくいつつ思っていると。
「出会った頃、か……」
ふと、ルナが宙を見上げてつぶやく。そして不意にナタリーとクリスの方へ身を乗り出すと、赤ら顔に目をキラキラさせて言った。
「なあなあ! お主らはどんな風に出会ったんじゃ!? 教えてくれぬか!?」
「え、出会ったって……」
「なれ初めじゃよ、なれ初め! アランとジゼルも! せっかくじゃからこの機会に聞かせてくれ!」
「うーん……」
とまどうクリスたち、そしてアランたちへ、視線でもって興味をうったえるルナ。口元からほのかにアルコールの匂いをただよわせる彼女を、ダニエルか横からなだめる。
「ルナ。そういうのはあまり無理に聞かない方がいいですって。自分のを話すのはともかく」
「なんじゃ、そういうものか?」
「色々あるでしょう。人も獣人も」
つまらなそうな顔をするルナヘ、ダニエルはどうにか興味をそらせようとする。普段ならともかく、酔った状態ではあれこれと困った質問までされかねない。
ところが、ダニエルのそんな懸念をよそに、ナタリーがきょとんとしながら口を開いた。
「いいじゃないですか教えてあげても。ね、クリスさん」
「え、俺たちの話をか?」
「ええ、隠すような事でもないですし」
照れているのかためらうクリスと対照的に、ナタリーはあっけらかんと笑う。そしてルナに向けて話しはじめた。
「えーとね。私は最初この街のギルドで冒険者に登録してたんだけど、なかなか組んでくれる人がいなかったの。引っ込み思案で、戦うのも得意ってワケじゃなかったから」
「しかし、獣人ならば人間よりじょうぶなのではないか?」
「そうだけど……やっぱり性格かなぁ。周りじゃどんどん人間の人々にアピールして組んでいく人が多かったんだ」
ナタリーはくだけた口調で、懐かしそうに話す。クリスも同じように思い出があるのか、やや目を細めて聞いていた。
そのクリスへいったん振り向き、ナタリーははにかんで話を続ける。
「けど、クリスさんが組まないかって誘ってくれたんだ。名前と年と、それから得意分野まで細かく聞いて……それで、戦うのが怖いなら遠くから狙える弓がいいだろうって。それで、本格的に練習をはじめたの」
「なんじゃ、組んでから練習するのか」
「あはは、冒険者になりたいから街に来るっていうより、街に入りたいから冒険者って人も多いから……。技能は中途半端だったんだよね」
恥ずかしそうに説明するナタリー。するとクリスがすかさず横から口を出した。
「昔の事だろう。今じゃ回復魔法も使えるし、無くてはならない存在だ」
「クリスさんのおかげですよ。弓に魔法に、他にも色々とお世話を……」
「いや俺の事はどうでもいい。大した事はしとらん」
「お、こいつ照れておるぞナタリー。顔が真っ赤に……」
「酒のせいだ! 照れてなどいない!」
「ルナ、駄目ですってばもう……」
ルナにからかわれ、クリスは大きな声をあげてしかめっ面をつくる。それを見てケラケラ笑ってから、ルナはダニエルに制止されるのもかまわず、今度はアランたちへ振り向いた。
「アランたちはどうじゃ? なんかロマンチックな出会いとかはなかったのか?」
「ロマンチックねぇ……」
ジゼルが頬杖をついて宙を見る。その顔はとても面白いエピソードなど期待できなさそうだった。
代わりに、隣のアランが口を開く。
「そんな大したキッカケじゃなかったぜ。ジゼルがギルドの隅でムスッとしてたから、俺が声かけたんだ」
「んー、もっと何かないかの」
「ないない。『何か用か』みたいに言われて、とりあえず組んでみて今に至る……って感じ」
肩をすくめて軽く話すアラン。ジゼルが人間の街に来るまでのいきさつを、彼だけは知っている。万が一そこまで話が波及する前に、話を終わらせてしまおうとアランは考えていた。
しかし、そこでジゼルが横から不満げに口をはさんだ。
「私が無愛想みたいに言うなよ。お前の誘いかたはまるでナンパだったぜ。『お姉さん、今ヒマ?』とか言ってよ」
「あれが俺の自然体なんだよ。気取らないのが一番いい」
「こっちはなかなか信用できなかったよ。ったく」
スープを飲み干しつつ、笑って答えるアラン。ジゼルはふんと口をとがらせていたが、ふと視線をルナの方へと向ける。
「お前の方はどうなんだよ。なれ初めって」
「ん、ワシか?」
「ああ、それは……」
問われたルナの横で、ダニエルが苦笑いする。その顔をニヤリと一瞥すると、ルナは周りの面々に向かって上機嫌に語りはじめた。
「それがのー、ダニエルのやつ、最初は獣人の女を取っ替え引っ替えしとったんじゃ」
「ええ?」
「ちょっとルナ。誤解をまねく言い方しないでください!」
意外そうな声を出すアランたちに、ダニエルはあわてて話をさえぎる。そして一つ咳ばらいをすると、ダニエルはこう話した。
「違うんですよ……。僕は以前から準備とかトラップとかを念入りに考えるので、そのやり方に合わない人たちが多かったんです」
「にしても、コンビ解消まで行くかぁ?」
「それが……女性に組みたくないって言われると、ついつい自信をなくしてしまっていたもので……」
「ヘタレめ」
肩を落とすダニエルへ、ジゼルは短くあおる。そんなダニエルの肩を、ルナが横からぶつかるように抱いた。
「なぁに、ワシが面倒みてやれば無問題よ! ワシは寛大じゃからなハハハ」
「え、ええ……いつも助かっていますよ。でもルナ、ちょっとお酒くさい……」
歯を見せて笑うルナと、参ったという風に笑うダニエル。そんな姿を見ながら、クリスがポツリとつぶやいた。
「なんというか……意外とどれも平凡な出会いだな」
「素敵じゃないですが。ささいな事から信頼が続くって」
ナタリーはにっこりと笑いかける。そこでアランがエールの残ったコップをかかげ、こんな事を語りだした。
「……確かに、俺たちにロマンチックってのは縁遠いかもしれない」
「勝手に私らを巻き込むなよ」
「ただ……こうやって一緒に組めて、余った時間にみんなで酒を飲める。これってかなり幸せな事だと思うぜ。なあみんな?」
アランはコップをかかげたまま、周りの面々を見回す。ジゼルが最初に「何を良い風にまとめてんだ」と言いつつ乾杯し、ダニエルやクリスたちも一人ずつ、コップを突き合わせた。
そしてエールの残りを飲み、アランは周囲に向けて言う。
「……これからもよろしくな」
「ええ、こちらこそ」
「生きている限りはな」
ダニエルやクリスが呼応する。そしてルナが仕切り直すように声を張り上げた。
「よし、最後にもう一杯いくか! ラストオーダーじゃ!」
「まだ飲むんですか!?」
驚くダニエル。それを横目に、クリスがこっそりアランにささやく。
「そういえば、遅くなって大丈夫なのか? お前もダニエルも、みんな例の宿にいるんだろう?
「平気さ、宿の連中なら気にしないし。クリスも遠慮する事ない」
「本当によかった。羽をのばせそうな宿で……」
「じゃ、この余った料理を始末しちまうか」
最後にジゼルが言い、一同は残りの酒や食べ物に手をのばす。たがいに打ち解け、思い出を語り、そしてこれから宿と仕事をともにする六人は、みな酒が入りつつ楽しげな表情をうかべていた。
――
「ゆうべはそろってお楽しみでしたね」
「いやぁ……うん、ごめん」
……あくる日の朝。宿で寝ていたアランは早朝からリズに一人だけ起こされ、カウンターの真ん前に正座させられていた。シャツと短パンに似た薄い肌着という格好で、冷えた朝の床がふくらはぎに直にあたる。
しかし、それに不満は言わなかった。そもそも肌着でいる原因も、彼が起こされたさいに"お楽しみ"の後とあからさまに分かる格好をしていたので、とりあえず着替えたせいである。
気まずそうに目をそらしているアランへ、リズはもはや呆れ果てたとすらいえる笑みをうかべながら、絞り出すような声で言葉をつむぐ。
「……私は、お客さんが増えるのは歓迎なんですよ。お知り合い同士で宿を利用するのも、大変けっこう」
「…………」
「けど昨晩……アランさんのお知り合いが皆、それぞれ二人一組で励んでいらっしゃったのはどういう事なんですか? ねえ??」
「…………」
何も言えずに笑うしかないアランへ、リズは容赦なく刺すような視線を向ける。
5秒ほど間があいて、アランはおそるおそる述懐をはじめた。
「つまりだな……昨日はみんなで飲んで、まあそれぞれパートナーともいい気分でいたワケだ。つまりそういう……」
「つまり、なんですか?」
「えー……流れで愛の、確認をですね……」
「エッチな事したんですね?」
「……はい」
アランはなすすべなく頭を垂れる。しかし直後、口をとがらせて小声で文句をこぼした。
「……でもなんで俺だけ怒られるんだよ。他の連中だって同じ事を言われるべきだろ」
「アランさん、一番の常習犯でしょう? さすがに目が余るので、一言申しているんです」
「……なるほど」
「まったく、あなたは
納得するアランへ、リズはくどくどとお説教をはじめる。今までの行いのせいで、少なからず鬱憤がたまっていたのだろう。足がしびれはじめたアランが身じろぎするのも気づかず、静かな口調で苦言を続ける。
しかしその時、いぶかしげに声をかけてくる者があった。
「なーにやってんだ、お前……?」
アランとリズが思わず振り向くと、客室のドアから顔を出したジゼルの姿があった。アランと同じような薄着で、寝起きらしい目をこらしてアランを見つめている。
そのジゼルを見て、リズはつい口をつぐむ。本来ならばアランと同じく当事者なのだが、普段からへらへらしているアランと比べればジゼルを例の件でとがめるのは、少しためらわれた。
リズの話がとぎれた隙に、アランは素早く立ちあがり、ジゼルのいる部屋へと逃げ込む。そしてさも何事もなかったかのように晴れやかな顔で言った。
「ちょっと朝から精神統一しててな! じゃ、さっさと準備して今日も行くか!」
「なんなんだよお前。朝からうるせえな……」
「いいから。ダニエルやクリスも起きてくるんだし、もたもたしてられないぜ」
「あのちょっと、まだ話は……」
リズが引き止めようとした直後、アランはあっさりドアを閉めた。やれやれと彼女が嘆息していると、今度は別の客室のドアが開かれ、二人組の男女が出てきた。
「……さて、疲れはないか? いつも通り行けるな?」
「大丈夫ですよ。確かに昨晩はちょっと緊張しちゃいましたけど」
「よせ、昨日の事は持ち出すな!」
クリスとナタリーである。すでに仕事用の装備を固め、二人でリズの方へと連れ歩いてくる。
なにやらそわそわとしているクリスと、屈託なく笑っているナタリー。早足に歩くクリスの背後で、ナタリーがもう一つ口を開く。
「でも、例の傷痕は見せてよかったんですか……? 酷くぎこちない風に見えましたけど」
「だからっ、昨晩の件を持ち出すなというんだ。……というか、ぎこちなかったのは傷痕のせいでは……まあいいや」
「?」
詳しい事情はリズには知るよしもなかったが、クリスたちが"お楽しみ"についての話をしているのは、なんとなく分かった。半ばあきらめたような目でリズが二人をながめていると。
また別のドアが開き、別の二人連れが出てくる。今度は身長差のある男女だった。
「……なあ、本当に醜態はさらしていなかっただろうな? ワシ、また飲んだ記憶がなくなっておるんじゃが……」
「ああ、その……気にする事ないですよ。ちょっと血を吸われただけで……」
「ならいいんじゃが……お主、なんだか元気がないな」
「貧血なだけです。朝はよくある事ですよ」
ダニエルとルナである。ダニエルはパートナーをなだめつつ、若干ふらつきながらも階段を降りてくる。ルナは心配そうな顔色で、ところどころ乱れた金髪を結びながらそれを追っていた。
乱れた髪の理由に、ルナは果たして気づくだろうか。リズは一瞬そう考え、すぐにバカバカしいと思い直す。直後、準備を終えたらしいアランたちが再びドアを開けた。
「よし、せっかくだし皆で行くか!」
「おはようございます。アランさん」
「別に馴れ合う必要はないだろう。仕事で組むとは限らない」
「まあいいじゃないですか、クリスさん。一緒のタイミングになったんですし」
「そうじゃ、顔を合わせたくないワケでもあるまい」
「私も、アランと二人きりよりマシだよ」
あれこれと言いながら、アランたちは宿屋の外へ出ていく。反省の色がないとつい言いそうになって、リズはそれを呑み込んだ。
「…………」
あいさつし、自然と連れ歩いていく六人の背中。夜の迷惑なあの行為も、彼らの日常の一部なのだ。そう思うと、胸中にくすぶっていた文句が消えていくのをリズは感じていた。
平和な日々というものを謳歌する、そんな人々を見られるのなら、多少のやらかしは大目に見てやってもいいのかもしれない。
「……行ってらっしゃい」
明るく生きる冒険者たちにどこか尊いものを感じながら、リズはこっそりとつぶやいた。