獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼女は、こうして少しふがいなさを感じる

 

「ダニエル、どうにかならんのか!? まだ完全に枯れてはおらんのじゃろう!?」

 

「それはそうでしょうが、わざわざ行かなくてもいいんじゃないですか?」

 

「むむ……しかし歯がゆいの。今すぐ行けば間に合うと分かっていながら、見過ごすとは……」

 

「あわてなくても、来年でいいでしょう。ね?」

 

 ある朝。宿の玄関先で、ダニエルとルナがなにやら少しもめていた。装備はいつも通り整えており、どうやらギルドに行こうとした折りに何かあったらしい。

 遅れて宿を出ようとしたアランとジゼルは、もめている二人をながめつつ、カウンターにいるリズへとささやく。

 

「なあ……どうしたんだ? あの二人」

 

「それが……ルナちゃんが欲しいモノがあるらしくて」

 

「欲しいモノ?」

 

 ジゼルが首をかしげると、リズはある事をたずねる。

 

「ジゼルさんたち、こないだ皆さんとお酒を飲んだじゃないですか」

 

「うん」

 

「その時、料理の付け合わせにチェリーがあったそうなんですよ」

 

「へぇ、チェリーねえ」

 

 隣で聞いていたアランが相づちを打つ。酒場での事はジゼルともども覚えていないが、あの酔っていたルナならば付け合わせの果物など喜んで取るだろう、と自然に考えた。そんな二人へリズが話を続ける。

 

「そのチェリーを、ルナちゃんが気に入ったみたいで。依頼も区切りがついたし買いに行こうと言ったらしいんです」

 

「ふーん、まあいいんじゃね? 商店なんかで普通に売られてるだろ」

 

「それがですね……」

 

 うなずくアランへ、リズはいささか苦笑いをする。そして言葉を続けようとしたその時、ルナが未練がましくぼやいた。

 

「なんで果物は旬をすぎると売られてないかのー」

 

「まあ、そういうものですよ。果樹園でもとっとと摘んで売ってしまうでしょうし」

 

「……というワケなんです」

 

「……あぁー」

 

 ルナとダニエルの会話を一瞥し、リズは肩をすくめる。アランたちももめていた理由を理解し、顔を見合わせて笑った。

 まあ無理なら仕方ないだろう……。そう思いアランたちも、リズにあいさつして出口へ向かおうとした。

 すると。

 

「すみません、羽根の掃除で時間とらせちゃって」

 

「気にするな。前と違って、残っても嫌みは言われん」

 

 客室から、今度はクリスが相棒のナタリーを連れて出てきた。堅苦しい表情をしたクリスの隣で、ナタリーが翼を軽く動かしながら笑う。

 その時、ロビーにいる面々を見つけたクリスが、表情をわずかに険しくする。

 

「お前たち、そろってロビーで何している。迷惑になるぞ」

 

「あ、クリス。それがじゃのう」

 

 声に気づいたルナが、アランたちを素通りしてクリスへと近づく。懇願するような目で見上げてくるルナへ、クリスは少しまごついた。

 そしてルナは例のチェリーの話をクリスへ伝えた。しかしクリスの方も困ったような顔で首をひねるばかり。

 

「そうは言ってもな……店頭から消えたものはどうしようもないし、果樹園でも栽培は止まっているだろうし、手に入れようにも現物が無いぞ」

 

「むぅ……」

 

 致し方なし。クリスの場合も返答は変わらなかった。それを聞いたルナは肩を落とし、しょんぼりと息をつく。年齢は大人(たぶん)ながらも少女のように落胆する姿に、ダニエルやアランたちもいささか同情の目を向けていた。

 その時。

 

「あれ、でも森の奥に自生してるのがまだあるかも」

 

「なぬっ?」

 

「あ、こら……!」

 

 ナタリーが何気なく言った言葉で、ルナの目に力がもどる。同時にクリスが表情に焦りをうかべ、ナタリーに耳打ちした。

 

(おい、何考えてる! 気軽に行けるほど、森は安全な場所じゃないだろ)

 

(あっ……!)

 

 ナタリーがあわてて口を押さえるも、時すでに遅し。ルナは目をかがやかせ、ナタリーへ飛んで詰め寄った。

 

「そうじゃ! 野生のチェリーを採ればよいではないか! でかしたぞナタリー!」

 

「え、いやあの、ルナちゃん……」

 

「ルナ、ちょっと落ち着けって」

 

「まだ行くとは決めていませんよ」

 

「果物なんて他にたくさんあるじゃねえか」

 

 とまどうナタリーに対し、すっかりその気になったルナ。ジゼル、ダニエル、アランなどは止めようとするが、ルナは羽をパタパタさせて視線すら離さない。リズはといえばカウンター前の六人がごちゃごちゃ話すのについてゆけず、ただ成りゆきを見守っていた。

 パートナーであるダニエルが、ルナの肩をたたいて振り向かせ、目線を合わせて説得する。

 

「あまりワガママ言わないでください。何故そんなにチェリーにこだわるんですか」

 

「今、採りたいと思っているからじゃ。他に理由が要るか?」

 

「採りたい理由は一つで結構です。でも思いとどまる理由もあるんじゃないかという話ですよ」

 

 ダニエルも森を危険視しているのか、真面目な顔でルナと向かい合う。強気だったルナもふと顔色を変え、わずかにたじろいだ。

 

「……知ってるでしょう。森は本来、人が安易に立ち入らない場所です。狼や熊、毒蛇、毒虫、そしてなにより魔物たち……おそろしい存在がウヨウヨしているんですよ」

 

「むむ……」

 

「命がけで行く場所なのを忘れないでください。依頼でもあるならともかく、ただ木の実のために入るなんてダメです」

 

 ダニエルの真剣な口調に、ルナも言い返せずにいた。アランたちやクリスたちも、なだめるような目でルナを見る。

 数にして五対一。チェリー採集賛成派は孤立し、さすがにバツが悪そうに目を泳がせる。それでもルナは上目遣いでせがむような視線を仲間たちに送っていたが、それもじきに諦めるだろうとダニエルその他は思っていた。

 

 しかし、不満げだったルナの表情が、不意に明るいそれにパッと変わる。そして何かをひらめいた風に、ダニエルたちに向かってこう言った。

 

「そうじゃ! 依頼で行くならいいんじゃろう? なら()()があるじゃないか!」

 

「へ? アレって……」

 

「ほれ、早くギルドへ行くぞ! 他の奴らに先を越されんうちにな!」

 

「ちょ、ルナ! 待ってください!」

 

 打って変わって上機嫌になったルナは、ダニエルたちを置き去りにして早足に宿を飛び出す。ダニエルはあわててその後を追い、アランやジゼル、ナタリーも遅れて駆け出した。最後にクリスはちらとリズへ振り向き、軽く会釈して玄関を出ていった。

 

 

――

 

 

「しかしちょうど良かったのう! 森に入る依頼が残っていて!」

 

「結局行くハメになるんかい……」

 

「すっかり探検気分だな、アイツ……」

 

 ……一時間ほどのち。ルナは先ほど止められたはずの森の中を、意気揚々と歩いていた。その後ろにはダニエルが心配そうに付き、さらに後ろではアランとジゼルが呆れたような顔を見合わせている。

 

「ルナ、あくまで仕事で来たんですからね。くれぐれも油断しないでくださいよ」

 

「分かっとるわい。で、チェリーの木はどこにあるかのう」

 

「だからぁ……」

 

 うかれて辺りをキョロキョロと見回すルナに、ダニエルは苦笑いして肩を落とす。それを見てアランは「まあ退屈な依頼だからなぁ」と笑ってつぶやいた。

 

 彼らが今回、森に立ち入る事となった依頼。それは『森の見回り』であった。季節の変わり目などは森をはじめ街の外にいる動物や魔物に変化があらわれる。たとえば夏に活動が活発になる種や、冬に数少なくなったエサを求めて動き回る種など、生態系によって違いはあれ人間が他の生物の被害にあいやすくなる時期なのである。

 なので冒険者たちはギルド本部からの依頼という形で、定期的に森や山間部などを見て回り、なにかしらの異常がないかチェックするのである。

 

 言うまでもなく勢力圏を守るための大事な仕事なのだが、実のところ大体が歩き回るだけで終わるために、気がゆるむ者も多い。現にルナなどはほとんど周りを警戒せずにさっさと奥に進んでいった。

 

「ダニエル、遅いぞ! 早うせい!」

 

「待ってくださいってば。クリスさんたちからもらった地図を見とかないと」

 

 ルナに急かされながらも、ダニエルはふところから何やら紙の切れ端を取り出し、注意深く確認する。それを背後から見つめながら、アランが肩をすくめて言った。

 

「にしても、クリスも大概だよなぁ。ナタリーからチェリーの木がある場所聞き出して、地図まで書いてくれるんだから」

 

「『俺はついて行かないからな! よけいな寄り道するなよ!?』だってさ」

 

「ああいうところにナタリーも惚れたんだろうなぁ。罪なオッサンだよ」

 

 隣のジゼルも一緒になってケラケラと笑う。ところが、そのジゼルの顔が不意に険しくなった。

 そして彼女はすばやく前方のルナへ振り向くと、ひとっ飛びに隣へ駆けながら叫ぶ。

 

「ルナ! ちょっと待て!」

 

「へ……?」

 

「な、なんですか?」

 

 ジゼルはルナの前へ躍り出るや、かばうように立ちはだかり、森の奥を見据える。ルナは目を丸くし、ダニエルも突然の行動にとまどっていた。

 

「おいどうした急に!?」

 

「……何か来る」

 

 あわてて追いかけてきたアランへ、振り向かずに答えるジゼル。それから数秒して、彼らの前方の茂みがガサガサと動いた。

 

「…………っ!」

 

 そうして現れた姿に、一同は息をのむ。緑色の肌に小柄な体、そして小さな武具。ゴブリンであった。三体ほどいるそいつらは、一同を見るなり歯をむいて警戒心をあらわにする。

 アランたちがすばやく身構え、武器に手をかける。特にダニエルは見るからに緊張していた。表情をこわばらせ、眉間に深いシワをつくる。

 その緊張を見て取ってか、隣にいたルナが前に進み出た。

 

「任せておけ! ワシがすぐに追い払う!」

 

 そう言って、勇ましくレイピアを抜くルナ。しかしその時、ダニエルが肩に手を置いて止めた。

 

「……待ってください。ルナ」

 

「なんじゃ、うかつに前に出ると危ないぞ」

 

「大丈夫ですから。注意だけしておいてください」

 

 ルナをおだやかに引き止め、ダニエルは一番前へと進み出る。彼が注意深い目をゴブリンへ向けると、ゴブリンは同じように敵意のある視線を向けた。

 

「…………」

 

 周囲の空気がピリつく中、ダニエルは杖を構え、ゴブリンたちをにらみ続けた。特に攻撃するワケではないが、鋭い視線を受けたゴブリンが次第にうろたえだすのが分かった。じりじりと後ずさり、構えていた剣を下におろす。

 見守っていたアランたちも、そのゴブリンの挙動に注目しだす。ざっと数分間のにらみ合いの後、ゴブリンたちはついに背を向けて離れていった。

 

「おおっ!」

 

 驚いたルナが声をあげる。ゴブリンの姿が見えなくなると、ダニエルが膝をつき、長い長い息をついた。

 

「……よかったぁ、離れてくれた……」

 

「よくやったな、大丈夫か?」

 

「ええ……ありがとうございます」

 

 手を貸すアランへ、ダニエルは疲弊した表情を返す。するとルナが駆け寄り、ぐったりしているダニエルの体を所かまわずペシペシとはたいた。

 

「なんじゃ、やるのう! 視線でヤツらを追い払うとは!」

 

「そんな大した事はしていませんよ……。向こうが割と理性的だったんです」

 

 姿勢をゆっくりと立て直し、ルナに笑いかけながら話した。

 

「もともと襲うつもりで来たなら別ですが……たまたま会っただけなら、強気でいれば逃げてくれますよ。向こうだってケガしたくないでしょうし」

 

「……よく冷静でいられたな。怖かったろ」

 

「怖いですよーそりゃ。今でも脚がガックガクで……わっと!」

 

「お、おい大丈夫か!?」

 

 ジゼルの言葉に答えた直後、ぐらりとふらつくダニエル。あわてて支えるルナへ、彼は恥ずかしそうに言った。

 

「……ルナに助けてもらってばかりもいられませんから」

 

「……!」

 

 ダニエルの言葉に、ルナは少し驚いた。いつかゴブリンを見るなり攻撃しようとしていた頃とは、大違いである。

 同時に、いくらか彼女は引け目もおぼえた。こんな場面に出くわすハメになったのは、元はといえばルナが発端。自分の勝手に仲間たちを巻き込んでいる事を、今さらながら気にしはじめた。

 

「じゃ、気を取り直して行こうぜ。少し遠回りして進もう」

 

「ええ、またあのゴブリンたちと会うといけません」

 

 アランとダニエルたちがそう話し合い、先へと進みだす。ルナがとっさに歩き出そうとすると、ジゼルが隣に並んだ。

 

「……また何か来ないか分からねえし、先導するよ。私から離れるな」

 

 ジゼルはそう言って、ルナの手をそっと握る。そしてアランとダニエルを追い抜き、先頭に立って歩き出した。

 先ほどゴブリンが出た方面を迂回しつつ、前方には絶えず目をこらし、しきりに鼻を利かせる。

 

「…………」

 

 そんな抜け目のないジゼルの行動を、ルナが横目にジッと見とれていると、背後でアランたちのつぶやきが聞こえた。

 

「こういう時に頼りになりますね。彼女」

 

「まあな。俺はダニエルと比べちゃいい加減もいいところだが、アイツのおかげで生き延びてる」

 

 男性陣はそろってジゼルの能力をほめていた。匂いに敏感で注意深い。そんな狼の性質は危険をさけるのに大いに役に立つ。

 

(ワシも夜なら先を歩いてみせるんじゃがな……)

 

 自ら仲間を引っ張り出しておきながら、仲間の世話になる状況。ルナが内心で情けなさを感じていると、ジゼルがふと声をかけてくる。

 

「ルナ? どうかしたか?」

 

「ん、ああいや。なんでもないぞ」

 

 ルナが沈んだ顔でいたためか、ジゼルは心配そうな目を向けていた。あわててルナが取り繕うと、ジゼルはつないでいた手をキュッと握りなおして笑った。

 

「大丈夫だ。こうやって危ない場所を歩くのには慣れてる」

 

「そ、そうか?」

 

「ああ。昔はよくこうやって、妹たちとあちこち探検したもんさ」

 

 ああ、下の兄弟がいたのだな。ルナがまさにそう察するような笑顔で、ジゼルは言った。ルナは笑い返しながら、どこか表情にかげりがあった。『頼っていい』ではなく『頼りにしている』と言われたいと考えて、ルナはすぐそれを打ち消した。

 それから話題を変えたくなって、ルナはふとつないでいるジゼルの手に目を留める。ジゼルの手からさかのぼり、手首にかけられた、分厚い手錠。それが奇妙で、ルナはつい口を開いた。

 

「なあジゼル。この手錠は何じゃ?」

 

「ああ、これか?」

 

 ジゼルは思い出したように自身の手首を見て、わざとらしくため息をついた。

 

「これなー、着けたら体がズーンと重たくなる呪いの手錠。あるさびれた店で偶然見つけたんだ」

 

「何のためにそんなモノを……」

 

「まあ……鍛えてるのさ。常日頃から全身に負荷をかけてな……。あー、思い出したら肩がこる」

 

 以前、閑古鳥が鳴いていたカルロスの店で、お情けも込めて買った代物。意識しだすと重く感じるのか、ジゼルは「呪いのおかげで動きも鈍い」なんてつぶやいていたが、ルナはまたもや情けなさを感じていた。

 常日頃から体に負担をかけ、鍛えているジゼル。自分もワガママを言ってないで見直したらどうか。そんな思考が顔を出す。

 

 もっともダニエルをはじめ周囲に、ルナの望みを叶えてやりたい気持ちがあったのも事実なのだが、ルナはいっそう甘やかされているような感覚をおぼえ、だんだんと恥じ入りはじめた。

 

「俺も俺も! 俺も魔法の方鍛えてるぜ!」

 

「お前の事は聞いてねえんだよ。うるせえな」

 

「なんだよ、ちょっとぐらいいいだろー」

 

「私は毎朝お前の練習してるとこ見てんだよ。もう見飽きたわ」

 

「これでも強くなったってのによ」

 

 すねたようにつぶやくアラン。それを見て笑うジゼルやダニエルを見ながら、ルナはどこか仲間たちの成長に置いていかれているような気がしていた。

 自分一人が、思いつきで皆を振り回している。そんな考えにいっそう沈んでいると、隣のジゼルが急に声をあげた。

 

「おい見ろよ、あれ!」

 

「む?」

 

 顔を上げると、ジゼルか前方の高い場所を指さしている。その方向をルナが見ると、ルナはハッと目を見張った。

 目の前につらなる、黒々として太い幹。それは何十メートルも高く上へ伸び、円錐型に張った枝が上部をまるごと覆うほどの葉をしげらせていた。

 その巨大な木は、葉といっしょに丸く黒っぽい色の果実をいくつもぶら下げていた。果実は鈴ほどの大きさで、二つが隣り合うように実っており、枝一本だけでも何十と付いていた。木の全体を見れば、その実は数えきれないほどある。

 

「チェリーじゃ!」

 

 ルナは目を輝かせながらそう叫び、周りの仲間たちを一瞥する。そしてなにやら得意げに微笑むと、背中のコウモリの翼をばさりと広げた。

 そのままチェリーの木に向かい一直線に飛ぶルナ。樹木のてっぺん、人間の届かない高さまで浮かび上がると、一人で袋を取り出して高い場所についた実をせっせと集める。

 

 数分ほどして、ルナは自分を見上げていた三人の元へもどると、摘まれた実でいっぱいになった袋を大喜びで見せつけた。

 

「見ろ! 普通なら手の届かぬ高さのチェリーもこの通りじゃ、大したものじゃろ!」

 

 自らの手柄を誇示するかのように、ルナは満面の笑みで仲間たちの顔を見回す。しかしダニエルをはじめ、仲間は微笑ましげに頬をゆるめ、子供に対するように言う。

 

「お前、本当に楽しみにしてたんだな」

 

「もう俺たちが摘んだら多すぎるくらいじゃないか? それ」

 

「ありがとうございます。ルナ……ふふっ」

 

 ダニエルが歩み寄り、笑みをこぼしながら言う。しかしルナはその反応にも不服になり、頬をふくらませて叫んだ。

 

「なんじゃ、ワシを愚弄するか! お主らまで子供あつかいしおって!」

 

「え、いやそんな事は……」

 

「ごまかしはいい! どうせワシがどんな特技を見せても笑うんじゃろ! こんな風に!!」

 

 ムキになってわめきたて、ルナは袋をダニエルへと押しつけると、チェリーを一つつまみ上げて口に含んだ。

 

「むぐ、ん……ぺっ!」

 

 そして口を数秒モゴモゴと動かすと、舌をペロリと出して何かを拾い上げると、それをダニエルへ投げつけた。

 ダニエルがとまどいつつ投げられたものを見ると、それは実を食べられて口中で結ばれたチェリーの茎だった。それを見たダニエルが素直に驚きながら顔を上げる。

 

「おお、器用なんですね。すごい」

 

「ふん!」

 

 ところがルナはいかにも不満げに鼻を鳴らすと、一人でずかずかと森の奥へ入っていった。彼女は他の三人などかまわずに進んでいったが、不意にその背中に緊迫した声がかかる。

 

「……待てルナ! もどれ!」

 

「あー? なんじゃうるさいのう……」

 

 ふてくされた顔で振り返るルナ。しかしその背後、草木におおわれた暗がりから、ふとガサガサと不穏な音がした。その音にルナがハッと振り向くと、直後に何かが暗がりから飛び出す。

 

「危ねえっ!!」

 

 ジゼルがルナを抱きかかえ、その場を転がるようにして離れた。ルナは驚いて先ほどまでいた場所に視線を向ける。そこには。

 

「ギイイィィッ!!」

 

 そこには、耳障りな鳴き声とともに巨大な虫たちがいた。大人の腕よりも太く、2メートルを越える長さの黒い体躯で、いくつにも節がある光沢ある甲殻をまとい、その甲殻の継ぎ目ごとに左右から脚が何十本も生えている。脚がないのは尻尾と顔のみで、顔には細長い触覚と、湾曲したハサミのような牙が横向きに付いていた。

 ジゼルがもどってきても、アランとダニエルはその虫に釘付けになっていた。何匹も大蛇のように体をくねらせるその虫たちを見て、ダニエルが低い声でつぶやいた。

 

「センティピー・ドラゴン……?」

 

「センティ……なんて?」

 

「ムカデの魔物ですよ! 早く逃げ――」

 

 ダニエルはさっきまでと打って変わって、血相を変えて叫ぶ。しかしセンティピーたちは彼らが動くよりも早く、全身をくねらせて地を這い、四人に襲いかかった。

 

「うわっ!?」

 

 ジゼルはルナを抱きかかえたまま再び飛びのく。それをかすめたセンティピーは素早く全身をすべらせ、そのままアランとダニエルの方へと向かう。

 

「きたっ!!」

 

「このっ!!」

 

 体をかばうダニエルの前に立ち、とっさに剣を振るうアラン。しかし目の前にきたセンティピーたちは俊敏にそれをかわした。

 

「……っ!」

 

 アランが悔しい顔をするのをあざ笑うかのように、四匹のセンティピーたちは四人をぐるりと取り囲む。赤い両目の下では、警戒するように牙を動かしている。

 そこでダニエルも杖をかまえ、ジゼルやルナも武器を手に取る。アランがけわしい顔をしながらダニエルへささやいた。

 

「……まいったな。ゴブリンの時みたいに追い払えないかね」

 

「残念ですが無理です。ゴブリンにはまだ理性がありますが、虫だとそうもいきません」

 

 ダニエルもけわしい顔で答えた。そうしているうちにもセンティピーは体をおどらせ、一斉に四人へと襲いかかった。

 

「ダニエル、よけろ!」

 

「わっ!?」

 

 ルナがダニエルを突き飛ばし、自らも翼で飛んでよける。小柄な彼女はどうにかかわしきれたが、アランとジゼルは間に合わずに迎撃を余儀なくされる。

 

「おらあっ!!」

 

「クソがッ!!」

 

 気勢をあげ、剣あるいは爪を幾度も振り下ろす二人。すると何度目かで偶然にも、二人の武器がスティンピーの体の節に食い込み、体をブツンと切断した。

 

「おぉっ!?」

 

 アランは驚きの声をあげると同時に、表情をやわらげた。なんだ、あっけないじゃないか。そう思って彼は斬られた肉が落下するまでの刹那、剣を振り下ろした姿勢で動かずにいた。

 ところがその直後、信じられない事が起きた。

 

「いぃっ!?」

 

 地面に落ちたセンティピーの半分が、何事もなかったかのようにアランに飛びかかり、剣に体を巻きつかせる。もう片方の切れ端もアランの足に取りつこうと動き出した。

 

「なっ……この! 離れろ!」

 

 アランはあわてふためきながら、手元と足元の敵を振り払おうと躍起になる。ジゼルの方を見ると、彼女も同じようにちぎれても動く虫に驚いているようだった。

 

「来るんじゃねえ、気持ち悪い!!」

 

 獣人の身体能力のおかげで捕まらずに済んでいるが、それでも防戦一方の状態になっていた。アランは助けを求めてダニエルへ視線を向けるが、そちらも大変な状況になっていた。

 

「……炎の矢(ファイア・アロー)! 炎の矢(ファイア・アロー)ッ! ……くっ……」

 

 センティピー二匹に追い詰められたダニエルはルナを後ろにかばい、敵二匹に交互に魔法を撃って近づかせずにいた。しかし火力が足りないのかセンティピーはなかなか倒れず、じりじりとダニエルとの距離を縮めてくる。

 アランたちの方をちらりと見れば、切断されても襲いかかってくる敵に悪戦苦闘していた。お互いに応援は見込めない。

 

 ダニエルは振り向かないまま、ルナに向かって言った。

 

「ルナ、ひとまず飛んでこの場を離れてください。後で追いつきます」

 

「な、何を言う!? お主らを置いて逃げられるか!!」

 

「ワガママ言わないでください! 生半可な攻撃じゃ倒せないんですから、一人でも逃げないと!!」

 

 驚いて拒否するルナヘ、ダニエルは語気を強くして振り向いた。その厳しい表情に、ルナは思わずたじろぐ。

 体が動かない一瞬、彼女の脳内に悔しさがよぎる。精神力にしろ魔法の力にしろ、成長している仲間たちにまたもやついていけない感覚。足手まといになってしまう悔しさ。

 

 そんな感情にとらわれていた一瞬が失敗につながった。逃げるのを見届けようと、無意識に振り向いたままでいたダニエルへ、センティピーの一匹が肉薄したのだ。

 

「くっ!」

 

 ダニエルが気づくよりも早く、ルナはレイピアを構えて飛び出した。そしてセンティピーがダニエルへ噛みつこうとした瞬間、その口の中へレイピアを突き入れた。

 

「グガッ……ッ!?」

 

 センティピーがひるみ、うめき声を出す。しかし間一髪で敵を止めたルナに、ダニエルは焦った声で言う。

 

「ダメです! 早く離れてください!! ソイツの牙には毒が――」

 

 言い終わらないうちから、もう一匹のセンティピーが二人に襲いかかる。ダニエルはとっさにルナを突き飛ばしたが、避けるのは間に合わず、腕をかまれてしまう。

 

「ダニエル! ……くっ!」

 

 ルナは突き飛ばされた姿勢からあわてて駆け寄ろうとするが、センティピーの一匹に邪魔され思うようにいかない。ダニエルは噛みついた敵に手をかざし、苦しがりながら魔法を発動した。

 

弾ける火(ポップ・ファイア)!」

 

「ギャガッ!?」

 

 口元に火が放たれ、センティピーはあわてて飛びのいた。しかし解放されたダニエルは逃げもせず、その場にうずくまってしまう。

 さっき言っていた毒か。そう察したルナは自分の方のセンティピーをいなしつつ、必死になって声をかけた。

 

「ダニエル! お主大丈夫か!?」

 

「へ、平気です……こんな事もあろうかと解毒剤を……あッ!!?」

 

 ダニエルは自分のふところから薬剤の入った小ビンを取り出す。しかしそれはセンティピーが目の前に来た拍子に放り出され、木に当たって割れてしまった。

 

「ッまずい……!」

 

「おいダニエル!?」

 

 そこへ来て、アランたちも追い詰められたダニエルらの状況に気づく。アランは剣に巻きついたセンティピーに向かって、早口に魔法をとなえた。

 

放電(スパーク)ッ!!」

 

 剣から放たれた電撃が、剣に巻きついたセンティピーのみならず周囲に広く放出される。それに敵たちが動きを止めた瞬間、アランに向かって大声が響いた。

 

「アラン、離れろ!!」

 

 その声とともに、ジゼルが両手で岩をかかげ、高く跳んでセンティピーへ躍りかかった。そして勢いそのままにセンティピーへ岩を投げつけると、手にはめた爪を放り出し、他のセンティピーの頭をつかんで地面に叩きつけ、踏みつけた。

 

 殻が割れて潰れる音とともに、センティピーはびくんと震えて動かなくなる。ちぎれても動いていたセンティピーたちだったが、潰れるとあっけないものだった。

 

「おぉ……エグい事やったな」

 

「いいから、ルナたちの方に行くぞ!」

 

 荒っぽいやり方に驚いているアランを、ジゼルが強引に引っ張る。その先では、毒で動けないダニエルを守るように、ルナがレイピアで必死に敵たちを遠ざけているところだった。

 その戦いに割り込み、ジゼルが叫ぶ。

 

「ルナ! 何かよく分かんねえけど、動けないなら逃げておけ! あとは私らでなんとかする!!」

 

「し、しかし……」

 

「ちょっとは聞こえたぞ、毒だろ!? じゃあモタモタしてられねえって!」

 

 ためらうルナヘ、アランも剣を振るいつつ逃げるようにすすめる。しかしルナはそれでも踏ん切りがつかない様子で、目の前のダニエルを見た。

 ダニエルはうつむいて苦しげに息を吐き、立ち上がれずにいた。先ほど噛まれた腕を袖をまくって見てみると、手首のあたりが紫色にひどく腫れ上がっている。

 そのさまを見て、ルナはこんな状況にもかかわらず思わず尋ねた。

 

「……痛むか?」

 

「ええ……でも大丈夫ですよ。べつに死ぬワケじゃ……っ……」

 

 無理に笑顔をつくるダニエルだったが、それでもやはり苦しいのか顔をキツくしかめる。そして震えながらも腰を上げつつ、自嘲するように言った。

 

「油断しました……。予備の薬も持たずに、僕ったら役立たずで」

 

「ええい、今はそんなのどうでもいいんじゃ! 役に立つの立たないのと……!」

 

 ルナはそう言いかけ、ふと口をつぐむ。先ほどまで自分も気にしていた事。

 言われる立場になって初めて気づく。役に立つかどうかより、どうするべきか考える方が重要だと。

 

 ルナは意を決してダニエルの腫れを見ると、その患部にがぶりと噛みついた。うつむいていたダニエルが、驚いて声をあげる。

 

「いだだだっ!? ル、ルナ! どうしたんです急に!」

 

「むぐ、ぐ……」

 

 あわてて逃れようとするダニエルを目で制し、ルナは皮膚に牙を突き立てる。そして内部の毒を吸い出すと、ペッと吐いて向き直った。

 

「……これで少しはマシになるじゃろう」

 

「あ……えと、ありがとうございます」

 

「ふんっ」

 

 いまだに驚きの抜けきらないダニエルに、ルナは照れくさそう鼻をならす。そしてダニエルはどうにか立ち上がり、笑いかけてこう言った。

 

「ルナはいつも、思い切りがいいですよね……。本当に助かります」

 

「だから! 今はそれどころじゃないと言っとるんじゃ!」

 

 他意なく礼を述べるダニエルへ、照れ隠しばかりするルナ。そんな二人のそばに、ドサリと誰かが地面に倒れる音が、二つした。

 

「っ! アランさん!? ジゼルさん!?」

 

「なんだやっと立ったか! 早く逃げろって!」

 

「時間を稼ぐにも限界があるぜ。コイツらすばしっこい!」

 

 アランたち二人はそろってダニエルを一瞥し、体を起こして武器を構える。その目前にはスティンピーが二匹、敵意に満ちた目でアランたち含めた四人をにらんでいた。

 アランとジゼルは顔を見合わせ、深刻な表情で言葉をかわす。

 

「……どうするよ。下手に斬ったりしたら、また分裂されちまう」

 

「そうそう隙があるワケでもないしな……。せめて動きを止められたらいいんだが……」

 

 そんな会話を聞いていたルナの頭に、ある記憶が浮かぶ。あの特技を披露しようとした時にやった、チェリーのヘタを結んだ事。

 目の前にいるのは、細長いムカデの化け物が二匹……。

 

「……ワシにやらせてくれ」

 

「ちょ、ちょっとルナ!?」

 

 ルナが前へ進み出るのを見て、ダニエルが目を丸くする。アランとジゼルもあわてて振り返りそろって止めた。

 

「バカ言うなよ。一人で倒せるワケないだろ!」

 

「いいから私らに任せとけって。ムチャすんな!」

 

「見ておれば分かる!!」

 

 しかしルナは強い口調で言い切り、翼をばさりと広げる。その風圧にアランたちが気を取られた拍子に、彼女はサッと宙を飛んでセンティピー二匹へと突進する。

 

 そして目前まで接近し、ルナはぐんと方向を変え、センティピーたちの周りをぐるぐると飛び回りはじめた。センティピーが噛みつこうと頭をのばしてもギリギリ届かない高さで、輪を描くように延々と、からかうように飛び続ける。

 

「何やってんだアイツ、こんな時に……!」

 

「……いや待て!」

 

 けげんな顔で加勢に入ろうとするジゼルを、アランが止めた。様子をずっと見ていると、ルナの動きが軌道をみだし、だんだんと激しくなる。するとセンティピーたちも互いの体がぶつかるのも構わずメチャクチャに体をひねり、くねらせてそれを追う。

 そうして何分かたった後……。

 

「グギャッ!?」

 

「ギャウッ!?」

 

 二匹の体はこんがらがり、結ばれた状態になってしまった。そこに来てセンティピーは焦ってジタバタともがくが、もはや彼らだけでは体はほどけなかった。

 ルナはダニエルのそばに降り立ち、ホッと息をつく。そこへアランたちが晴れやかな顔をして歓迎した。

 

「すげえなルナ! よくやった!」

 

「私らだけじゃどうにもならなかったぜ! 助かった!」

 

 はしゃいでいる二人へ、ルナは苦笑を返す。そしてダニエルを一瞥して、肩をすくめて言った。

 

「ああ、やめんかもう。いちいち誰かの手柄だの失敗だの数えていたらキリがないわい。……元はと言えばワシが連れ出したんじゃし……

 

 最後の方で、ルナはバツが悪そうにつぶやく。そして気を取り直すように腰に手を当て、こんがらがったセンティピーを見つめながら言った。

 

「さ、さーてどうする。動けなくなってはいるが放置はできん。万が一また野放しになっては大変じゃ」

 

「じゃあ……僕がやります」

 

 ダニエルが杖をついてゆっくりと前に出る。思わずルナがささえると、ダニエルは笑いかけて言った。

 

「お世話をかけてしまいましたが……たがいに持てる力を発揮すれば良し。そういう事にしましょう」

 

「う、うむ!」

 

 ルナはまだ申し訳なさそうにしつつも頷いた。そこでアランとジゼルが小さな声で水をさす。

 

「……けどよ、大丈夫か? 確かに斬ったり裂いたりするより、炎で燃やしちまう方が安心なんだろうが……」

 

「森の中じゃ、火が広がる可能性もあるぜ」

 

「大丈夫です。その点はぬかりなく。要は範囲をしぼって火力を上乗せするなりできればいい」

 

 ダニエルはためらいなくセンティピーに杖を向けると、今までアランたちが聞いた事のない呪文をとなえた。

 

矢継ぎ早の炎の矢(ラピッド・ファイア・アロー)!!」

 

 直後、杖の先に魔法陣が浮かび、鋭い炎の矢が何本も連射される。間断なく放たれる炎でセンティピーが火につつまれるのを見て、熱気に顔をかばいながらジゼルがつぶやいた。

 

「アイツ、あんな魔法も覚えてたのか……!」

 

 驚いている間にも魔法は勢いを増し、やがてセンティピーは熱に焼かれ、そしてダニエルは魔力切れでフラフラとその場に崩れ落ちたのだった。

 

 

――

 

 

 

「えーと……安らかにお眠りくださいっと」

 

「……よし、埋めるのも終わったな」

 

「死骸もちょっと回収したし、もう帰るか」

 

 ……それからしばらく後、夕暮れになろうかという頃。アランたちは焼却したセンティピーの死骸を埋め立て、祈りをささげて帰路につこうとしていた。並び立って道をもどる中、アランが両手を頭の後ろで組みながら言った。

 

「にしても、暑くなるとあんなヤツらも出るのか。これから大変だな」

 

「おそらく、街に近い辺りじゃそう見ないでしょうけどね。いちおう報告しておきましょう」

 

「行っただけの甲斐はあったってトコか」

 

 ダニエルの言葉に、ジゼルが相づちを打つ。そしてこっそりと後ろを見ると、ルナが摘んできたチェリーを袋からこっそりつまみ食いしているのが目に入った。

 

「……おやぁ? なんか果物のいい匂いがするなぁ」

 

「むぐっ!? バ、バレておったか!?」

 

「気にすんなよ。でも独り占めは良くないぜ」

 

 ジゼルはニヤニヤ笑いながら、チェリーを一つつまむ。すると他の二人も気づいてその場に集まりはじめた。

 

「そんじゃあ俺ももらおうかな!」

 

「あ、それなら僕も」

 

「一気に取るなお主ら! たくさん食うとしたら、一番の手柄を立てた者が……」

 

 そう言いかけて、ルナは思いとどまる。そしてチェリーの袋を差し出し、ため息まじりに言った。

 

「……まあよいか。皆で採ったんじゃから、皆のものじゃ」

 

「そうだ、クリスさんは他の方々にも分けてあげましょうよ」

 

「えー……仕方ないのう」

 

 季節がら、いくつか傷んでいるチェリーを食べる仲間たちを見て、ルナはやわらかく微笑んだ。

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