獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、要らぬ悩みをかかえる

 

「ダニエル、もう大丈夫か? 昨日の疲れが残ってなきゃいいが」

 

「おかげさまで問題ないですよ。ほら、動きもいつも通り」

 

「ワシが応急処置したおかげじゃ。ワハハ」

 

 ……朝の7時ごろ。アランとジゼルは、二人と同じくギルドへ出かけようとするダニエルとルナと合流し、四人で廊下を歩いていた。

 昨日、森の見回りのさいに魔物から傷を負ったダニエルであったが、今では平気な足取りで笑っている。隣ではルナがジゼルを見上げ、自慢げに笑っていた。

 

 そんな時、ジゼルがふと気づいたように言う。

 

「そうだ、結局あのチェリーどうすっかな。皆にもやろうって話してたけど」

 

「あーそっか。あんまり放置しちゃまずいよなぁ……」

 

 隣のアランも思い出したように応じる。チェリーというのは、先述の森の見回りの中で彼らが採ったものである。というより、ルナがチェリーを欲しいと言ったから森に入ったという順序なのだが。

 アランはダニエルの方を向くと、一つたずねる。

 

「なあ、そういやクリスたちはどうした? どうせ渡すならまとめて皆に渡したいよな」

 

「ああ、彼らなら僕らより早く出ていきましたよ。『何事もなかったか?』と一声くれて」

 

「『別に心配じゃないからな。トラブルがあれば、止めなかった俺が後味悪いだけだからな』とかも言っておったぞ。ワハハ」

 

「……そうか」

 

 ケラケラと笑うルナを見て、アランは苦笑いする。不器用なクリスの気づかいを笑ってはいけないと思いつつ、盛大にはしゃぐルナを止めようとはしなかった。なお、ジゼルはつられて普通に吹き出していた。

 それはともかく、立ち止まったアランはふと考える。出かける直前ではあるが、クリスだけ別のタイミングで渡すのも面倒だし、このまま出かけてしまおうか。そんな風に彼がボンヤリ考えていると。

 

「……ん?」

 

 アランの視線がふと、不穏なものを捉える。彼らがいる二階の渡り廊下の向こう。従業員用の居室がある場所。

 その部屋の扉がほんの少し開き、そこから二つの目がのぞいている。

 どんよりとして、キョトキョトと自信のない目。まるで臆病すぎて声もかけられず、代わりに視線でうったえているかのような目。

 そんな雰囲気を放つ何者かに、部屋の場所も合わせてアランは心当たりがあった。

 

「悪いお前ら。先に行っててくれないか」

 

「へ? なんじゃ急に」

 

「どうかしたんですか?」

 

 首をかしげるルナとダニエルに「野暮用」と返し、アランはジゼルの方を向く。ダニエルらと同じように首をひねっているジゼルへ、アランは小声で言った。

 

「ジゼル。すまんが、部屋で待っててくれないか。フェリクスのところに行ってくる」

 

「え、あぁー……また何か悩んでるのかよ。アイツ」

 

「多分な。まあ、別に大した事じゃないんだろうが」

 

「めんどくせえなあ」

 

 ジゼルはやれやれとため息をつく。会話が聞き取れずにダニエルとルナが顔を見合わせていると、下のロビーにいたリズが声をかけてきた。

 

「皆さん、用がないなら降りてきてくれませんか。他のお客様のジャマになっちゃいますから」

 

「おっといけねえ。ほら、ダニエルもルナも早く行けって。俺はちょいとやらにゃならん事があるから」

 

「はあ……ではお先に」

 

 いまだに事情が分からないダニエルたちを下に追いやり、アランは先ほどの従業員……フェリクスの部屋を見る。

 そこでは相変わらず、例のうったえてくるような二つの目がアランを穴のあくほどに見つめていた。

 

 

――

 

 

「……何か用か。フェリクス」

 

「き、来てくれたんスね……」

 

「そりゃあんな思わせぶりにされたらなぁ」

 

 ……数分後、アランは一人でフェリクスの部屋をおとずれていた。フェリクスは平静をよそおってアランを迎え入れたが、その挙動やかもし出す雰囲気は、いかにも来てくれてホッとした風であった。

 せめて声くらい自分からかけろ、と内心でアランがあきれていると、フェリクスは椅子に座りもせず、立ったままおずおずと口を開く。

 

「急にすみません……僕、いま悩んでいる事があって」

 

「以前も悩んでいたけどな。今回は何だ? 別件か?」

 

「はい、そうなんス」

 

 覚えがあると表情で言いつつアランがたずねると、フェリクスはうなずいた。そしてしばし俯き、フェリクスは不安そうにこう切り出した。

 

「実は……例のあの日から、また何度か……エッチなお店に行ったんスけど……」

 

「うん」

 

「色街で、僕の悪いウワサなんかが流れていないかなって……不安で」

 

「なぬ?」

 

 アランの眉がぴくりと動く。単なるウワサならまだしも、色街で悪いウワサとなると少し気になってくる。

 というのも、性を売り物にする産業など、ある種のうしろ暗い勢力と切っても切れないのが暗黙の了解である。そんな界隈で悪く言われるとなれば、事によっては面倒なトラブルにもなりかねないのだ。

 

 アランは少しだけマジメな顔になり、フェリクスに詰め寄る。そして声をひそめて問いかけた。

 

「……まさか、何かやらかしたのか?」

 

「いや……そんな大した話では……」

 

「もしトラブルなら、正直に話した方がいいぞ。出禁か? それか避妊魔法を忘れたか、金の問題か?」

 

「ち、違うッスよ! そんなんじゃありません!」

 

 アランの挙げる心当たりを、フェリクスはあわてて否定した。それならと、アランは悩みの方向性を変えてさらに聞いてみる。

 

「ならアレか? 嬢に塩対応されて陰口が気になりだしたとか、そういう話か?」

 

「いえ……それも違うッス」

 

「もしやナニの大きさがウワサになってそうで怖いとか」

 

「いえ……」

 

「分かった! かんじんな時に()たなかった――」

 

「違うッス!! それは大丈夫です!!」

 

 とうとうフェリクスは大声でアランの推測をさえぎる。アランが黙ると、フェリクスは沈んだ表情にもどって言った。

 

「あの……別に普段通りっちゃ普段通りなんスけど……」

 

「? ならいいんじゃね?」

 

「いや、それが問題なんス」

 

「どういう事だよ」

 

 まわりくどい言い方に、つい口調に険がまじるアラン。するとフェリクスは何を思ったか、おもむろに口を開け、舌をペロリと出した。

 人間より少し長い、トラ獣人の舌。急にそれを見せられ困惑するアランへ、フェリクスは舌を指し示して言った。

 

「僕、トラの獣人だからか、舌が生まれつきザラザラしてるんス。これ」

 

「んー? ……あ、本当だ。ちょっと白っぽいトゲみたいの生えてる」

 

「でしょう?」

 

 フェリクスの舌にはトゲ……というかヤスリの細かい目のようなものがびっしりと生えていた。アランがまじまじと見つめていると、フェリクスは舌をひっこめ、ベッドに腰かけてつぶやいた。

 

「本物のトラほどには鋭くないんスけど……キスした時、嫌に思われてないか心配で」

 

「実際に嫌な顔とかされたのか?」

 

「いや、そういう事はなかったッスけど」

 

「ならいいじゃねえか。生まれつきなら仕方ないさ」

 

 どうせ金払って相手してもらってるんだから、とアランは思っていたが、フェリクスはまだ不安そうに首を横に振る。

 

「それだけじゃないんスよ」

 

「というと?」

 

「その……僕、大事なトコにもトゲ……じゃないけど退化したイボがついているんスよ。ネコ科の特徴なんスけど、それも嫌がられてないかと思って」

 

「けど、嫌だとは言われてないんだろ?」

 

「まあ……はい」

 

 フェリクスはたやすくうなずく。そしてまた口を開いた。

 

「あとは……」

 

「今度は何だよ」

 

「トラって……エッチを連続で何度もする生き物なんスよ。動物はともかく、獣人はいくらか大人しいんスが……」

 

「……いったい何回ヤッたんだよ」

 

「いつも三回まででガマンしてます。あ、時間はちゃんと守っているッスよ。もっぱら120分コースで延長なし――」

 

「ああもう分かった。だいたい分かった」

 

 フェリクスの述懐をさえぎり、アランは壁にどっかと背をあずける。その様子にフェリクスはやや不満げになって突っかかった。

 

「本当に分かってくれたんスか?」

 

「あー……あのな、実際にせっぱつまったトラブルがあるってんなら、相談に乗るけどさ」

 

 アランは言いにくそうに小さくうなり、頭をかいてこう続ける。

 

「表立って何か言われたワケでもないのに、悪いウワサとか心配されてもな……『たぶん大丈夫だろう』としか」

 

「そんな。簡単に片付けないでほしいッス」

 

「いうてお前、相手は娼婦の人らだぞ。言っちゃ悪いが、お前よりヤバい男なんて山ほど見てるに決まってら」

 

「…………」

 

「元から金でヤらせてもらってるだけなんだから、細かい事気にするなって」

 

 アランが言うと、フェリクスはふっと押し黙ってしまった。本来、色街の女性は商売で愛想よくしているのだ。客が気をつかって悪いワケではないが、ことさら悪印象を気にする必要はないはずだ。その悪印象の要因が生まれつきなら、なおさらである。

 にも関わらず、フェリクスはなぜ悪いウワサが立つ心配などしているのか。同じ男だからか、アランには想像がついた。

 

 おそらくフェリクスが内心で、嬢と親密になれないかと無意識に期待しているせいだろう。だから好感度が下がってやしないかなどと気がかりになるのだ。

 くわえて元から自意識過剰な性格の上、色街に慣れていないせいで、"自分のウワサが立っていたら"などと大げさに考えてしまった。だいたいそんなトコだろう。

 

 だが、それをそのままフェリクスに伝えるのはためらわれた。口で伝えてどうにかなるなら苦労はしないし、彼自身もうすうす分かっているからこそ黙っているのだろう。

 アランは小さく息をつき、気を取り直すようにして言った。

 

「……分かった。界隈にくわしいヤツに、一応聞いてみるよ」

 

「え、本当ッスか!?」

 

「ああ、だからお前は気にせず仕事にもどれ」

 

「ありがたいッス。前回といい今回といい……」

 

「いいって事よ」

 

 立ち上がってペコペコと頭を下げるフェリクスに背を向け、アランは後ろ手に手を振り部屋を出る。そしてジゼルを色街に連れ出すべく、自分の部屋へと向かった。

 

 

――

 

 

「……それで……どうだったッスか?」

 

「ああ、全く問題なしだとさ」

 

「間違いないッスか!?」

 

「おう。普段の素行がいいんだろうな」

 

「よ、よかったぁ……」

 

 ……数時間後。アランは再びフェリクスの部屋をおとずれ、色街で調べた結果を伝えた。安堵してへなへなとベッドに座り込むフェリクスを見て、アランは苦笑いした。

 

 調べた方法は単純だった。ジゼルをともない(獣人は単独行動が制限されているので、やむを得ずである)色街へ行き、あの情報通のクレマン・コベールに接触したのだ。

 結果はやはりというか、フェリクスに悪いウワサなど一つもなかった。というか、単なる色街のいち店舗の、いち客でしかなかったのだ。

 

 それだけに、クレマンはなぜフェリクスなる人物について聞かれているのか、なかなか理解できないようだった。アランが言葉を選びつつワケを明かすと、クレマンは露骨に顔をゆがめて『なに勘違いしてんだソイツ。バカじゃねえの』ともらした。

 同行したジゼルも興味なさげだった。終始ご機嫌ナナメで、『もう帰ろうぜ』と何度も言っていた。しまいには『女に慣れてない頃って皆ああなのか?』と投げやりに尋ね、アランとクレマンを気まずくさせたりなどした。

 

 ともあれ、これで一件落着。荷が降りたように伸びをしているフェリクスに、アランは戸口へと歩みながら言った。

 

「ま、これからも節度をもって楽しめばいいさ。くれぐれも避妊して、あと金や病気には気をつけろよ」

 

「分かってるッス! これまで通り、ベルちゃんとはマナーをもって遊びます!!」

 

「ベルちゃんて……源氏名かよ。リピーターになってんのか」

 

 敬礼でもって誓うフェリクスに苦笑しつつ、アランは扉を開ける。するとその途端、扉の前にいたジゼルとかち合った。

 

「おおビビった。いたのかお前」

 

「話は終わったか?」

 

「ああ。エマの足止め、ご苦労さん」

 

「別に。アイツの盗み聞きグセは、私もどうかと思ってたし……」

 

 ジゼルは部屋の主であるフェリクスには目もくれず、照れたように鼻をならす。するとジゼルの手元に、両手に収まるていどの袋があるのを、フェリクスが発見した。

 

「あの……ジゼルさん」

 

「あん?」

 

「その袋は、何スか?」

 

「あー、これか」

 

 ジゼルは袋をかかげて言った。

 

「きのう森で摘んだチェリーだよ。お前にもやろうかなって」

 

「チェリー……」

 

「ンだよ。嫌いか?」

 

「あ、いえいえ。とんでもない!」

 

 フェリクスはチェリーという言葉にふっと顔をくもらせ、あわてて表情をつくりなおす。その態度の理由に、アランは一瞬おくれて思い当たった。

 実はチェリーは、"童貞"の隠語でもあるのだ。その言葉にトラウマでもあるに違いない。

 まあどうでもいいか、とアランはジゼルへと話しかける。

 

「……けっこう残ってるな。エマにもあげるんじゃなかったのか?」

 

「それがよ。さっきやろうとしたんだけど、いらないってさ」

 

「え、そうなの?」

 

 気に入らなかったか、とアランが眉をひそめると、ジゼルがこう説明する。

 

「なんでも、チェリーは食べるなってしつけられたらしい。『ネコにとっちゃ猛毒だニャ! 特にチェリーの種は絶っ対おことわりだニャ!』っつってた」

 

「ふぅん」

 

 エマの物まね(あまり似ていない)をふくめた説明を聞き、ネコが駄目ならトラにもやめておくか、とアランは考えた。迷信だったらもったいないが、健康には代えられまい。

 

「……ん?」

 

 ところが、思考していたアランのそばで、室内に目を向けていたジゼルが不意に眉をしかめる。アランが疑問に思い振り返ると、なぜかフェリクスがベッドに座ったまま顔をおおっていた。

 

「フェリクス? おいどうした?」

 

 悩みが解決した矢先に何事だ、とアランが体をゆすると、フェリクスは弱々しく顔を上げ、か細い声で言った。

 

「ダメなんスか……? 童貞(チェリー)の子種は……ダメなんスか……?」

 

「そんな話はしてねえ。繊細にもほどがあるぞお前。あと人前で子種いうな」

 

「ヤバい……さっき安心した反動で……へこむッス……」

 

「だーっ本当にめんどくさいなお前は! 落ち込むんじゃねえ! ベルちゃんとまた会うんだろ!?」

 

「……もう帰っていいか? 帰るぞ?」

 

「つか、とっくにチェリーは卒業しただろうが!? おいフェリクス!?」

 

 白けて部屋にもどるジゼルをよそに、動けずにいるフェリクスをアランは励まし続けた。それは結局、30分ほども続いたのだった。

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