獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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砂漠を歩く彼らは、こうして危機にあう。

 

「う~~む…………あぁ~~…………っ」

 

 ある日の真昼。季節はとうとう夏に近づき、気温は上がっていく一方である。夏となれば緑は生い茂り、動物もさかんに殖えて動き回るなどさまざまな生命がエネルギーに満ちあふれる時期である。

 

 ところが。アランが歩いているその一帯は、生命のエネルギーなどまるで感じられない場所であった。

 右も左も……いや、どこに視線を向けても、あるのは黄色く乾いた砂ばかり。上を見上げれば青く澄みきった空が広がり、さえぎるものの無い日光がジリジリと白く照りつけている。

 まごう事なき快晴。普段なら清々しく思えるその天気が、今はいまいましく思えた。ほんのそよ風がふくだけで、サウナのような熱風が体中をなで、足元が砂だらけになる。

 日よけのために羽織ったカーキ色のマントのフード部分をばさりとよけると、アランは汗だくの顔を天に向けて叫んだ。

 

()っちぃーーーーッ!! これ絶対に初級者向けの依頼じゃねえよッ!!」

 

 彼の嘆きは、砂漠の果てまで空しくこだますばかりだった。

 

 

――

 

 

 ……事の発端は、一週間ほど前にさかのぼる。いつものようにギルドを訪れたアランとジゼルは、壁際で妙な声を聞いた。

 

『うーーむ…………』

 

 依頼書が張り出された掲示板の前で、ジッと佇みうなっている男。短い黒髪で、背中に斧を背負っている。アランはそれがクリスだと分かった。隣にはハトの翼を持って弓をたずさえた、ナタリーの姿もある。

 

『ようどうした。お悩みか?』

 

『掲示板前を占拠なんて、お前らしくもねえ』

 

『ん……ああお前らか』

 

 アランたちが声をかけると、悩ましげな顔のクリスが振り向く。ナタリーも気づき、ニッコリと笑いかけた。

 そしてクリスは掲示板の依頼書のある一枚を指し、こう語る。

 

『いや、なに……初級にしてはめずらしく高給な仕事があったんだがな』

 

『長丁場で危険もあるので、受けるか迷っていたんです』

 

『んーなになに……【砂漠方面へ行く隊商の護衛任務】?』

 

 アランは示された依頼書をのぞきこみ、ザッと目を通す。簡単に言えば、他国へ渡りたい商人たちを、道中の危険から守ってくれという事だった。

 ただ、クリスらの言う通り生易しいものではない。街を離れれば野生動物や魔物と会う可能性も高い上、依頼書に記されたルート……ここルベーマ市もといその領地から南東の方角にずっと行くと、大きな砂漠が横たわっているのだ。

 一部の水源や集落をのぞいて、そこにはほぼ砂だけの不毛な地帯が広がっている。護衛の区切りにできる滞在先もほとんど無いため、必然的に長期の任務となるのだ。

 

『いちおう隊商の規模は小さめで、護衛も中継地点のオアシスまでだそうだ。だからこそ初級の難易度設定なんだろうが……』

 

『クリスさん、ずっと悩んでいるんですよ』

 

 いまだに難しい顔をしているクリスへ、ナタリーが困った顔で笑う。すると、ジゼルがふとアランの肩をつつき、ためらいなく言った。

 

『おい、せっかくだし手伝わないか。たまにはドーンと稼いでみようぜ』

 

『たまにはって何だよ。いつも働いてるじゃんか』

 

『お前はなんだかんだフラフラ遊んでるじゃねえか。こないだは色街に行ったし……』

 

『な、なに? 色街?』

 

 ジゼルの愚痴に、クリスが思わず反応する。パートナーがいながら色街に行くという行為がピンと来ないのだろう。眉根をよせて見てくるクリスへ、アランがあわてて言った。

 

『待て待て。ただの知り合いの頼みで、やましい事はないんだ』

 

『本当か?』

 

『本当だって。あの宿にフェリクスっているだろ? 実はアイツが――』

 

『バカ。ばらすんじゃねえって』

 

 あやうくフェリクスのお悩み事情を明かそうとするアランを、ジゼルが横から止める。そして気を取り直すように咳ばらいし、ジゼルが言った。

 

『とにかく……コイツ友達(ダチ)の頼みだからって、こないだも依頼さがすのサボったんだよ。だからいいかげん気合い入れようぜって』

 

『だから普通に働いてるっての……』

 

『ダニエルとルナを見習いやがれ。今日だって遠くに出てるんだぞ』

 

『俺は俺だもん。向いてるペースってのがあるの』

 

 アランを指さしつつ呆れ顔のジゼル。そこへナタリーがためらいがちに問いかけた。

 

『あの……本当にいいんですか? クリスさんは悩みすぎていましたけど、お二人は逆に悩んでいなさすぎって感じが……』

 

『うぐっ……』

 

『ナタリー……お前、思った事をパッと言うんだな』

 

『えっ、ああごめんなさい!』

 

 アランに苦笑いされ、ナタリーはあわてて口に手を当てる。それからアランは肩をすくめ、クリスとナタリーを順に見て言った。

 

『仕事がほしいのは事実だし、悩んで取り逃がしちまうのもな……。それに、砂漠って見た事ないしさ』

 

『私もかまわないぜ。四人でやればどうにかなるだろ』

 

『アラン……ジゼル』

 

 たやすく言う二人に、クリスは感動したような声をもらす。そして『ありがとう……』と小さく言ったかと思うと、急にプイッと向きを変え、受付の方へ歩きながら言った。

 

『……ならばまずは依頼の受注だな。それから砂漠用の装備に、保存食の買い足しも必要だ。忙しくなるぞ』

 

『あ、おいおい待てよ!』

 

『アランもあれぐらい気を引き締めててくれればな……』

 

『うーん、私はゆる~いクリスさんも見てみたいですけどねぇ』

 

 ……このような顛末があり、件の護衛任務は準備も連絡もテキパキと進んだ。しかしその時の四人のなかで誰一人、砂漠の厳しさがどんなものかを知らなかったのだった……。

 

 

――

 

 

「……断ってもよかったかなぁ、あの時」

 

「おい、ウダウダ言ってねえでちゃんと歩け。置いてかれるぞ」

 

「はいはい……」

 

 焼けつくような暑さの中でアランが回想にふけっていると、後ろからジゼルが発破をかける。振り返ると、彼女も日よけのマントをかぶり、背中には重そうな食糧の包みを背負って、砂に足を取られそうになりながらも淡々と進んでいた。それでも表情はやや苦しげである。

 アランは前へと向き直り、自らも背負っていた水袋を背負いなおして歩きながら、視線をちらと横に向けた。

 

 そこにいるのは、取引するための荷物をくくりつけたラクダと、それを引き連れる商人たちの列。ラクダも人も10匹(人)ほどとそんなに多くはないが、その多くないはずの人間たちはラクダを()いているか、並んで歩いているか、ラクダに乗っているかだった。荷物を持っているのはそのラクダたちと、それから護衛であるアランたちだけ。隊商の列をはさんで反対側には、テントや医薬品などを詰めたリュックを持って歩く、クリスとナタリーの姿がある。

 これじゃ護衛というより荷物持ちじゃねーか、とアランが内心でぼやいていると、ちょうど彼の隣でラクダに乗っていた青年が、楽しそうな声で言った。

 

「いやぁ、獣人のみんなには本当に頭が下がるよ。人間よりずっと力持ちだもんなぁ」

 

「はぁ……ありがとうございます」

 

 青年は獣人であるジゼルとナタリー両人に声をかけたようだったが、暑さのせいか返事をしたのはナタリーだけだった。

 それでもかまわず、青年はナタリーの方を向いてペラペラとしゃべりかけた。

 

「以前はラクダだけに荷物を運んでもらっていたんだけどね。冒険者の方々が護衛まで請け負ってくれて、本当に助かってる」

 

「あはは……恐縮です。でも砂漠を渡るってすごく大変なんですね」

 

「そうなんだよねぇ。今回、かれこれ人を見なくなってもう3日たつかな? 君らがいなきゃ、また何日か遅れたろうなぁ」

 

 青年は前も見ずにへらへら笑ってそう言った。愛想笑いで答えるナタリーだったが、その前方を歩いていたクリスが、ふと青年へと口を開く。

 

「……あの、一ついいですか? ミスター……」

 

「は? フィリップでいいって言ったじゃん。なに?」

 

 青年……フィリップというらしい彼は、あからさまに関心のなさそうな顔になってクリスに応じる。それにげんなりとしながらも、クリスはそれを悟られないようにたずねた。

 

「今さらですが、現地を知る案内人などを付けなくて、本当に大丈夫なんですか? いちおうは王国の領地といっても、ほとんど自然のままに見えますが」

 

「平気平気~。道なら僕らが何度も通ってるし。げんに砂漠に入ってから静かでしょ?」

 

 フィリップは軽い調子で言って、周囲の砂漠を見渡す。殺風景ではあるが、確かに何もないため静かではある。げんに、並んで歩く隊商たちはここまで何事もなく進んできたのだ。

 

 ……ルベーマの街で隊商と合流してから、領地の中を馬に乗って移動して砂漠の手前へ。それからは関所でラクダに乗りかえ砂漠へ入り、それから3日。クリスをはじめ冒険者側は終始歩きではあったが、実際にトラブルもなかった。

 

 しかし、どういうワケかクリスの表情はけわしかった。それは何もナタリーになれなれしくしているせいではない。アランもどこか固い表情で口をはさむ。

 

「あのー、今って真夏間近なんですが、砂漠に来るのはまずいのでは? もしかしたら時期を間違ってんじゃないかと」

 

「あーそれね。普通は暑くも寒くもない、春とか秋にやるんだけどー。せっかくだから、何回も商売した方が得かなって」

 

 フィリップはまるで気にしていない風に笑った。これだけならまだ、うかつな欲張りという評価ですむ。

 しかし、次に放った一言で空気がスッと変わった。

 

「それに、このルートなら現地の獣人も襲ってこないからねー。昔はよく邪魔してきたらしいけどさ」

 

「……っ!」

 

「僕が知る範囲じゃ、ヤツらもおとなしくしてるよ。おかげで取引もスムーズだ」

 

 獣人が邪魔をしてきた、そう口にした瞬間にジゼルの眉がぴくりと動く。アランやナタリーもやや不穏そうにフィリップを見上げた。

 

 そう。砂漠をまるで畏れず、それどころかそこに住む獣人を邪魔者あつかいするフィリップのような人間は、ジゼルやナタリーにしてみれば自然をおかして平然と利用しているように見えるのだ。罪悪感など無く、他種族にどんな事情があるのか知ろうともしない。それが態度からにじみ出ている。

 それがコイツにとっては当たり前なのか、とジゼルはこっそり舌打ちする。ところがフィリップはそんなピリついた雰囲気にまったく気づかず、それどころかナタリーへ振り向いてこんな事を言いだした。

 

「君たちみたいに、優しい獣人ばかりだといいんだけどね。困ったものだ」

 

「は、はぁ……そう、ですね」

 

 ナタリー苦笑しつつも表情を曇らせたのに、フィリップは気づかなかった。街で働く獣人たちは、元はといえば人間に住みかを追われた者も少なくない。たとえ直接に被害をあたえられた相手でなくとも、ジゼルのように人間に悪印象を持つ獣人だって、数多くいるのだ。

 人間に与するのは優しいからではなく、ましてやそれが正しいと思っているワケでもない。本来の暮らしを理不尽におびやかされたからに他ならないのだ。ジゼルとナタリー、そして相棒であるアランやクリスたちにとって、フィリップの言葉はあまりに無神経であった。

 

 アランの背後からゾッとするような怒気がわき上がる。それに気づいたアランがあわてて振り向くと、ふいに、隊商の列から低い声があがった。

 

「フィリップ、少ししゃべりすぎだ」

 

「あ……ヤンさん」

 

 口を開いたのは、隊商の列の後方で、フィリップと同じようにラクダに乗っている男だった。アゴの丸まった広い顔で、鼻の下に黒いヒゲをたくわえ、年齢は40半ばくらいだろうか。ヤンと呼ばれたその男が前を見据えると、振り返ったフィリップのみならず、隊商のメンバーもどこか緊張して背筋をのばす。

 まわりの空気がたちどころに引き締まるのを感じてアランたちが振り向くと、ヤンはフィリップを見つめて言った。

 

「……元々、この砂漠は獣人がたくさん住んでいた場所だ。それはお前たちにも話したろう」

 

「それは……分かってますよ。何度も聞きましたって」

 

「なら獣人といさかいが起きた理由も分かるはずだ。……見ろ」

 

 ヤンはアゴをしゃくり、進む方向からそれた遠方を示す。フィリップがしぶしぶ振り向くと、その先には砂漠に建てられた石積の集落がおぼろげに見えた。

 

「……あそこには以前、獣人が住んでいた。人間が踏みこむようになって、仕方なく明け渡したんだ」

 

「けど……なにも全部奪ったワケじゃないじゃないですか」

 

「それは人間が無理して奪うほどの価値が、この砂漠になかっただけの話だ。獣人が住みかを捨てさせられた事に変わりはない」

 

 ヤンは無愛想にそう言った。獣人たちが抱く反感を代弁するかのようなセリフに、ジゼルが意外そうな顔をする。

 しかし、フィリップたち他の商人はしばし気まずそうにしたものの、すぐにおかしげに笑いだした。

 

「なんですか急に。マジメな顔して」

 

「あんまり細かい事気にしてるとハゲますよー?」

 

「そんなの獣人みんなが意識してるワケでもないでしょー。ねえ?」

 

 フィリップはへらへらしながら、またナタリーへ話しかける。ナタリーが「えっ」ととまどい答えにくそうにしていると、アランが不意に口を出した。

 

「あのーすいません。少し休憩しません? なにげに歩きっぱなしですし」

 

「む……?」

 

 その一言に、空気がふっと和らぐ。アランはそばでいら立っていたジゼルが気を抜くのを一瞥し、ヤンへと目を向ける。

 するとヤンは鼻白んだ顔になり、フィリップその他の仲間を見渡す。そしてしばし考えてから答えた。

 

「そうだな……そこの岩陰で少し休もう」

 

 ヤンはちょうどすぐ脇にあった、一周すれば30メートル程度にもなる岩を指さす。それはちょうど10人がすっぽり収まるほどの日陰をつくっていて、商人たちの顔をいっせいにほころばせた。

 

「やったー、やっと休める!」

 

「もうクタクタだよ~」

 

 口々につぶやきながら、商人たちはラクダを牽いて次々に岩陰へ避難していく。その中でジゼルがぽつんと立ち止まっているのを見て、アランが声をかけた。

 

「……気にするなよ。護衛が終わるまでの辛抱さ」

 

「何の話だよ。私は普通だ」

 

 ぶっきらぼうに言い、ジゼルは水袋をかつぎ直して隊商の後を追う。それと同時に、ナタリーもクリスと言葉をかわしていた。

 

「すまないな……嫌な思いをさせて」

 

「気にしていませんよ。大丈夫です」

 

 頭を下げるクリスへナタリーは微笑んでいたが、その笑顔は遠目に見たアランにもやや無理しているように見えた。

 ……それから、日をよけて少しばかりの休息がはじまる。商人たちはめいめいわずかな水を口にし、あるいはラクダに与えている。その一座の中でジゼルが不機嫌なまま腰をおろしていた一方、ナタリーは水袋から水を分けたりなど、自発的にいそがしく立ち回っていた。

 

 するとそんな姿が好印象だったのか、フィリップがまたナタリーにからみだす。

 

「やあ、ありがとう。砂漠でも君みたいのは必ず生き残るんだよなぁ」

 

「だと、いいんですけど……」

 

 この時にはナタリーもいくぶんか自然に笑い返していた。しかしフィリップの言葉で、またもやその笑顔がぎこちなくなる。

 

「じゃあ僕が無事を祈ってあげよう。"カレナのご加護を"」

 

「あっ……こちらこそ。"カレナのご加護を"」

 

 フィリップは決まり文句のような言葉とともに、胸の前で指を何度か動かす。おそらく国の主な宗教、カレナ教の祈りだろう。ナタリーもすぐに同じしぐさを返す。

 しかし、それを見たフィリップはナタリーの手を取ったかと思うと、こんな事を言いだした。

 

「なんか微妙にズレてるねー。ほら、こっちの手はこうして」

 

「え、やっ、ちょっと……」

 

「この作法はきちんとマスターしとかなきゃ。僕らの大事な文化なんだからさ」

 

 若干いやらしく口角を上げながら、フィリップは祈りのやり方を指導する。しかしナタリーは彼の下心以外にも何か気になるのか、浮かない顔でされるがままになっていた。

 するとクリスが近づき、ナタリーを近くに引き寄せた。「あれ」と言ってきょとんとしているフィリップへ、クリスはマジメな顔で言う。

 

「すみません、私の責任です。普段から『気持ちがともなっていればいい』と教えていたもので」

 

「そ、そうなの? でもそんなに難しくないでしょ。なんなら僕が教えてあげようか」

 

 クリスの迫力にやや圧されつつも、フィリップはまだ食い下がろうとする。クリスがあきれた目をしていると、そこへ険のある声が響いた。

 

「他に信じてるモンがあるんだよ。それで気が進まねえんだ」

 

 その声はジゼルだった。口調と同じくするどい目で、ジッとフィリップをにらんでいる。一方、フィリップは「信じてるモン……?」と要領を得ない様子で首をかしげていた。

 とそこで、アランがジゼルを制して話に割り込んでくる。

 

「そうだナタリー。獣人の宗教ってどんなのがあるんだ? 俺聞いた事ない」

 

「宗教……ですか?」

 

「そうそう。俺もカレナ教しかくわしく知らなくてさー。この機会に聞いておきたいなって」

 

 身を乗り出してたずねるアランのしぐさは、どこか芝居がかっていた。それに何かを察したのか、ナタリーはさびしげに笑って口を開く。

 

「……宗教ってほどじゃないですけど、言い伝えならあります。空のどこかにとても大きな聖なる鳥がいて、私たちを見守ってるって」

 

「へー、大きいってどのくらい?」

 

「とてつもないとしか言われてないですけど……世界中のどんな山でもかなわないとか」

 

「ふーん、想像つかないなー」

 

 ナタリーの話に、フィリップが愛想よく聞き入る。それにどこか面白くなさそうにしているクリスをよそに、アランはまた別の者に水を向けた。

 

「ジゼル、お前は? なんかエラい存在が見守ってくれているとか無いの?」

 

「あー? エラい、ねぇ……」

 

 言われたジゼルはかったるそうに振り向き、しばし宙を見上げる。そしていくらか相手の興味をひくかのように、声色を変えて言う。

 

「実際に見たワケじゃねーけど……森には精霊がいっぱいいるってのは聞いたな。木の一本、石ころの一つにまで自然の化身が……」

 

「ねえねえナタリーちゃん。その大きな鳥の事もっと教えてよ。なんかすごい事できたりするの?」

 

「いや聞けよ」

 

 みごとにスルーされたジゼルがずっこける横で、フィリップはぐいぐいとナタリーに寄っていく。それに若干引きぎみになりながら、ナタリーはぎこちない笑顔で答えた。

 

「た、たとえば……風がふくのは、聖なる鳥が羽ばたいているせいだとか」

 

「へぇー。なるほどー」

 

「ですから、絶えず天のどこかから見つめていてくださると教えられるんです」

 

 ナタリーは感慨深げに言った。彼女にとって、物心ついた時から大切に信じている存在なのだろう。

 ところが、それを聞いたフィリップはポカンとして笑ったまま、事もあろうかこんな言葉を口にした。

 

「面白いおとぎ話だねー」

 

「は?」

 

「だってさ、そんなに大きな鳥がいたら、トイレはどうするの?」

 

「そ、それはただの鳥じゃありませんし……」

 

 ジゼルがあっけに取られた声を出すのも気にせず、フィリップはナタリーへくだらない質問をあびせる。ナタリーは困った顔で応じていたが、フィリップはその表情にまるで気づいていないのか、ペラペラと話しだした。

 

「今までも色々と聞いた事あるけどさ、獣人の神様たちって、やっぱり変わってるよねー。目と頭と足が1000もある創造神だとか、両目が月と太陽に変わった神様だとか」

 

「変わってるって、それは外から見た感想で……」

 

「あとは……そうそう、裸踊りにつられて引きこもりが治った女神様とかもいたっけ。カレナ教とは大違いだ」

 

 クリスが口をはさんでも、フィリップの話は止まらない。それどころか仲間の商人たちが出発の準備をはじめているのも構わず、ナタリーたちと盛り上がりたいかのように、面白いジョークでも披露するかのように、獣人たちから今まで見聞きした神話をあげつらい、ゲラゲラ笑っていた。

 それは彼なりのユーモアだったのかもしれない。しかし当の獣人にとって必ずしも愉快な態度ではなかった。事実アランもジゼルも、そしてクリスもしらけた顔をするばかりで、ナタリーも苦笑するのが精いっぱいだった。

 そんな時。

 

「……フィリップ、いいかげんにしないか」

 

 すっかり手荷物をまとめたヤンが、フィリップへと振り返って言った。それに反応したフィリップへ、彼はさらに続ける。

 

「カレナの神話だって、探せば妙なところはたくさんある。獣人の祖先だって、神の子らと動物のあいの子とされてるんだぞ」

 

「…………」

 

「よその文化を笑うような真似はよせ。いいな?」

 

 そういさめるヤンの口調はふざけた雰囲気がいっさいなく、他の商人らも一言も発さずにヤンとフィリップを見つめている。

 さすがにフィリップも気圧されてか、しばし押し黙る。しかしナタリーたちに向き直ると、けろりとしてこんな事を言いだす。

 

「あはは、大げさだよねぇ。今まで会った獣人たち、みんな楽しそうに話してくれてたよ」

 

「……そりゃお前ら(人間)に気ぃ遣ってたんだよ……」

 

 ジゼルは気づかれないほどの小声でつぶやく。冒険者をはじめとして、立場の弱い獣人たちの誰もが人間に本音で接するワケもない。フィリップ自身の気づかないうちに、獣人の文化、宗教、その他さまざまなものを軽視された者もいただろう。

 

「いつかバチが当たるぞ、お前」

 

「え?」

 

 フィリップがきょとんとするのを無視して、ジゼルは鼻をふんと鳴らして立ち上がる。しかしその顔つきが、ふと変わった。

 

「……しっ!」

 

 短く、「黙っていろ」とフィリップら隊商に合図を出すジゼル。彼女のただならぬ様子に商人らはとっさに身構えた。

 砂漠を渡って貴重な品々を運ぶ中でのトラブル。当事者であれば、危険の心当たりはいくらでもある。クリスとナタリーが念のため隊商を後ろへ誘導する中、アランがジゼルへ駆け寄り耳打ちする。

 

「……もしや、俺ら(護衛)の出番か?」

 

「そうみたいだな。残念ながら」

 

 アランが剣に手をかけるのにならい、ジゼルもカギ爪をすばやく装着する。そして彼女はそばであわてて手荷物をまとめているフィリップを見下ろして言った。

 

「……おい。さっき言った()()、あんがい早く当たりそうだぞ」

 

「それってどういう……」

 

「さあな」

 

 少しずつ冷や汗をかきはじめるフィリップを半ば無視し、ジゼルは今いる日陰をつくっている、大きな岩をにらんだ。

 岩の反対側は見る事はできない。が、その気になれば反対側まで10秒もかからない。もし死角に刺客でもいれば……一瞬の隙が命取りとなる。

 

 ジゼルの様子を見て、アランも剣を抜いて身構える。クリスは斧に手をかけ盾を構え、ナタリーは弓に矢をかける。

 数秒、はりつめた空気が流れる。その空気の中にふと、細かいチリのようなものが混ざって、アランたちの肌を刺す。

 

 そよ風で砂が少しずつ巻き上げられている。アランが地表を見て気づいたその瞬間、砂は一気に吹き上がり、ごうと鳴った風とともにアランたちを呑み込んだ。

 

「ぐうぅっ!?」

 

 アランとジゼルは目をつむってうめく。ナタリーも顔をかばって身をすくめ、クリスはそれを守るように前へと立ちはだかった。

 誰もが息もできなくなる砂漠の強風。しかしジゼルがただ一人、その隙をついて襲いかかってきた者の気配に気づいた。

 キイィン、と風の音の中に混じる、一筋の金属音。にわかに風が止み、砂まみれになったアランたちが目をこらすと、そこには息をのむような光景が広がっていた。

 

 ジゼルが両手のカギ爪で、頭上に迫る二本の剣を受け止めている。その剣はジゼルたちが見慣れない、反り返る形の三日月刀であり、それを振り下ろしているのは顔を黒い布でおおったたくましい男だった。

 男は頭に、布を何重も巻いた帽子……いわゆるターバンの黒いものを身につけ、腕が露出して胸の前が開いたベスト、そしてこれまた見慣れない、すそをしぼった形のズボンと平たく広がる形の靴をはいている。

 ジゼルがその男の後ろを見ると、同じ格好をした細身の男がもう一人、剣を片手に立っている。そしてさらに後方に、細かい刺繍のはいった黒のローブに身をつつみ、黒く大きなベールと口布で顔をおおった、肩の広さなどから女らしい仲間が一人いる。

 

 ジゼルが普段から見ているものとは違う服装。しかしそれだけなら、異国の服を着た盗賊と思ったかもしれない。

 しかし、そのように思う者はいなかった。何故なら、ベストから露出した肢体は褐色の()()()におおわれ、指先はするどい爪があり、ズボンの後ろやベールのすそからは、トカゲを思わせるしなやかな()()が伸び、あるいはのぞいていたのだ。

 

 顔を隠していても分かる、人間ばなれした特徴。そこまで見れば、目の前の賊が何者かはすぐに察せられた。

 ジゼルは三日月刀を振り払うと、賊たちにカギ爪を突きつけ、キバをのぞかせて笑い言った。

 

「よう、()()()の諸君! トカゲ式の歓迎は手荒いねぇ!?」

 

 ジゼルの言葉に、男の一人は顔のうちで唯一はっきり見える黄色の目を、にぃーっと細めて笑った。

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