獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「おおらァッ!!」
黒いターバンをはじめ異国の装いをした男の一人が、両手に持った三日月刀を振り回す。反り返った刀身が迫るのをいなしながら、ジゼルは腹立ちまじりに問いかける。
「ったく、なんたってこんなマネしやがる! コイツらはただの商売人どもたぞ!?」
「…………」
男は答えない。ジゼルはしかめっ面でふっと背後を一瞥した。
護衛すべき10人ほどの隊商は、仲間のクリスやナタリーに誘導されて退却の準備をはじめている。とりあえずは逃げる時間をかせぐのが第一か、と考えてジゼルは男に向き直る。
この地域の民族衣装らしいものを身につけた、盗賊のような雰囲気の男。しかしその姿をよく見れば、単なる盗賊ではない事が分かる。
両腕をはじめ、露出した肌に見られる褐色のウロコ。そして腰の後ろから伸びた、トカゲのような尻尾。
……おそらく、男たちはかつてこの砂漠の住みかを追われた獣人たちなのだろう。人間たちに対して良い感情は持っていないだろうとジゼルには察しがついた。
「うおっと、あぶねえ!」
ちょうどその頃、アランもすぐ近くでもう一人の男と戦っていた。細身で剣を一振り持った男は、のらりくらりと防御するアランを一方的に押し続け、近くの岩のすぐ手前まで追い込んだ。
異民族の三日月刀を、自国製の両手剣で受け止めながら、アランは刀身どうしがきしむ音に負けないように怒鳴る。
「おい! 俺らを襲う理由くらいあるんだろうな。なんとか言え!!」
「カミのサバきを……」
「あん?」
「……神の裁きを!!」
「ンだよ……言葉通じるのかよ!!」
急に知っている言葉で話され、アランはいよいよ明らかな敵意を確信する。そして剣に集中している相手に、股間への膝蹴りを食らわせた。
「いだッ!?」
男は短い悲鳴とともに目を見開き、膝から崩れ落ちる。すかさずアランは日除けのマントを脱ぐと、目の前の男にばさりとかぶせた。
そして急に視界がふさがりあわてる男へ、横に薙いだアランの剣が炸裂する。
「この……ヒキョウものがァッ!!」
アランが聞きなれない罵声。それを聞いて賊の最後の一人、後方にひかえていた女が反応し、斬られた男に呼びかける。
「イッザ! ダイジョウブ!?」
「クるなリーム! オレはヘイキだから……!」
何をしゃべっているのかアランには分からなかったが、"イッザ"、"リーム"という名前らしきものは聞き取れた。同時に、受け答えできるほどに傷が浅くなってしまった事に気づく。
「いい気分じゃないな、まったく……」
目の前で視線をかわす獣人たちと、それから血のついた自らの刀身を見て、アランは顔をしかめた。
……その頃、ジゼルの方も賊と戦い続けていた。ジゼルは次々と振るわれる三日月刀をかわし、カギ爪で受け止めつつ反撃していたが、少しずつ押されていった。
「死ねぇッ!!」
「くっ!」
すんでのところで剣を受け止めるジゼル。しかしその顔には、かすかな迷いがあった。それを見てか、眼前の男が目を細める。
「……どうした? そんなものか?」
「ナメんなよ……! 他の獣人との抗争なんざ、何度も聞いた事がある……!」
「そのわりには動きが鈍いぞ?」
「……っうるせえッ!!」
男の挑発を振り払うように、ジゼルは剣を弾き返す。しかし男は距離をとってもなお揺さぶりをかけてくる。
「貴様、名は?」
「ジゼルだ!!」
「それは本名か? それとも人間につけられた名前か?」
「っ……黙れ!! テメェの方は……」
「我が名は"ガーズィー"!!」
ジゼルの怒鳴り声をさえぎり、男は名乗りをあげる。そして二本の剣を突きだすと、ジゼルに防がれるのも構わず彼は体ごと剣を突きつける。そして間近に顔を近づけ、黄色い目をするどくしてジゼルに言った。
「なぜ人間どもを守る……? 犬らしく恩でもあるのか?」
「お前には関係ないだろが!! そっちこそ、軍人でもないヤツらを狙うんじゃねえよ!!」
「はっ、人間など皆、等しく敵だ!!」
ガーズィーはそう笑い捨て、さらに剣に力を込める。ジゼルはジリジリと押され、砂漠に片ひざをついてしまった。
にらみつけるジゼルを見下ろし、ガーズィーは口布の陰からキバをのぞかせ、眉間に深いシワをきざんで言った。
「ヤツらは我々の土地を奪い、我が物顔で利用している! 人間の一人一人が、その利益をむさぼっているのだ! 知らないとは言わせんぞ!?」
「くっ……」
「そして……人間に飼われる、貴様のような獣人も同類だ! 今ここで葬ってくれる!!」
語気を強めるガーズィーにひるんでか、ジゼルは目にためらいの色をうかべた。それを見たガーズィーは片方の剣を高々とかかげ、ジゼルにとどめを刺そうとする。
しかし次の瞬間。
「うおおォッ!?」
ガーズィーの体を何者かが蹴飛ばし、そのまま横向きに吹っ飛ばす。不意をつかれたガーズィーは剣を取り落とし、砂の上をゴロゴロと転がった。
ハッとしてジゼルが目をしばたかせると、目の前にアランが立っていた。彼は転がっていたガーズィーを見つめながら声をかける。
「言っとくがな、コイツは犬じゃなくて狼だ。飼おうとしても首輪がつけられねえよ」
「アラン! お前……」
ジゼルは驚いた様子で立ち上がり、それから心配そうに寄り添う。確かに賊が二人、彼に立ちはだかっていたはずなのだ。ガーズィーも腰を上げながらアランをにらみ、叫んだ。
「貴様……仲間をどうやって……!」
しかし、その答えはすぐに分かった。風を切る音とともに、ガーズィーの肩に矢が突き刺さったのだ。
「ぐッ!?」
ガーズィーがうめき、矢の飛んできた方向をにらむ。その先では、すでに逃げだしている隊商を背に弓矢を構えているナタリーの姿があった。その隣にいたクリスが必死に声を張り上げる。
「二人とも逃げろ、早く!」
とまどうジゼルに肩を貸し、アランは一目散にその場から走りだす。ガーズィーは仲間の二人まで矢を食らっているのを横目に見て追いかけようとするが、それを阻むように立て続けに矢が襲いかかる。
「この……キサマァッ!」
ガーズィーは吠え、自身に刺さった矢をへし折り、なおも追いかけようとする。だがナタリーの前に立ちはだかるようにクリスが割り込むと、呪文をとなえながら右手の斧を振り下ろした。
「
茶色い魔法陣とともに地面に刺さる斧。するとそこから十数メートル先で、ガーズィーら三人をまるごと呑み込むような、大量の砂煙があがった。
「ぶはッ!?」
「むぐ……ナンだッ!?」
「今のうちに走れーッ!!」
とつぜんの砂煙にわめくガーズィーらをよそに、クリスは逃げる仲間たちに向かって叫ぶ。しかしその時、敵のいる方向から目を離していた彼へ、思わぬものが襲いかかった。
「
砂煙の向こうから、賊の女リームが呪文をとなえる声が響いた。同時に砂煙を一気に吹き散らすほどの、身を切るような風が束になって隊商たちへ迫ってきた。
「なっ!?」
「きゃあっ!?」
「おい、大丈夫……いっ?!」
まず最後尾にいたクリスを、そして隣にいたナタリーを、風の刃が切り刻む。防具があるおかげで傷は浅かったが、その魔法は射程範囲が広いようで、クリスたちの後ろにいたアランやジゼルにも、さえぎるものが無い部分へ見えない刃を食い込ませる。
そしてそのすぐ後ろで、逃げるためにラクダに乗ったせいでアランたちより高い場所に無防備でいた、フィリップにも……。
「ぎゃあああぁッ!?? ……は? え、何!?」
突然の一撃に、フィリップは痛みも感じられずにパニックになる。そんな彼が振り返ると、あの賊たちが血相を変えて走ってくるではないか。
「ひいぃっ!?」と情けない声をあげるフィリップをかばうように、アランが血を流しながらも飛びだし、剣を突きだしてまた呪文をとなえる。
「
剣から激しい電流が放たれ、ガーズィーたちは顔をかばい、ひるんでその場に立ちつくす。続けてクリスがアランの隣に立つと、斧を振り上げまた呪文をとなえた。
「
すると斧を振り下ろした瞬間、ガーズィーらか立ちつくしていた地点の砂が、急に音を立てて渦を巻きはじめた。その渦は砂を掘るようにずぶずぶと沈んでいき、ガーズィーら三人をあっという間に膝まで埋めてしまった。
「ちぃ……ッ!」
「チクショウ、 なんだこりゃ!?」
身動きのとれなくなったガーズィーらは目を見開き、口々にわめく。その間に隊商は遠くへ離れ、そしてジゼルがアランへ、ナタリーがクリスへそれぞれ肩を貸し、獣人の身体能力でもって全速力で逃げだした。
「マちなさい! この……!」
「ワスれるな!
キサマらには、 カナラずムクいをウけさせる!!
カクゴしておけ!!」
知らない言語でガーズィーがはく呪詛を、アランは背中に受けつつ走った。容赦なく照りつける太陽の熱さがアランの頭の中でふと、どこまでも逃げられない"罰"を予感させた。
――
「はぁっ……はぁっ……」
「とりあえずは……撒けたな」
太陽が少しずつ傾き、そろそろ地平線に沈みかけるという時刻。隊商とアランたちは、砂漠に生息する植物ナツメヤシの林のただ中で足を止めた。額にうかぶ汗に夕暮れの冷たい風が当たり、立ち止まったとたんに体がぶるりと震える。
隊商のメンバーも誰からでもなく脱力し、次々とラクダから降り、あるいはラクダと一緒にその場で座りこんだ。
「……うぐ……いつつっ」
「フィリップさん! 大丈夫ですか!?」
そんな中、背中に傷を負ったまま降りようとするフィリップを、ナタリーがあわてて支える。ラクダから降りた彼は、ナタリーの体にぐらりと倒れこんだ。
風の魔法を食らった場所は服が破れ、肉までぱっくりと裂けていた。逃走する間に流れた血が、背中一面にべったりと広がっている。
「やばい……気が遠くなってきた……」
「しっかり! いま治します……あっ」
ナタリーはそう言いかけ、同じく傷を負ったクリスの方を見る。するとクリスはぎこちなく笑い、手を振って言う。
「先に治してやれ……大事な依頼人だ」
「は、はい……」
心配そうな顔をしながらも、ナタリーは目の前のフィリップへ治癒魔法をほどこす。その頃、クリスは今まで走ってきた砂漠をかえりみて、アランたちと話していた。
「まだ油断はできないな……足跡がずっと残っている」
「ああ。それに砂漠じゃ、隠れられるような場所もない。遅かれ早かれ追いつかれるな」
「アイツら、カネ目的じゃなくて怨恨で襲ってやがるんだ。どんなに逃げてもあきらめないだろうよ」
クリス、アラン、ジゼル……三人の顔はそろって緊迫していた。脅威はいまだに去っていない。体を休められる場所も限られたこの砂漠で、近いうちにまた戦わなければいけない。
彼らが重苦しい顔を突き合わせていると、隊商の一人がいら立たしげに声をあげた。
「……くそっ! お前ら俺たちを守るのが仕事じゃないのかよ!? ケガ人が出ちまったじゃねえか!!」
その声にアランたちは振り向く。すると、他の商人らも口々に三人に罵声を浴びせはじめた。
「そうだ! だいたい逃げる前に殺しておくべきじゃなかったのか!? 砂漠のど真ん中でアイツらに怯えるなんてゴメンだぜ!?」
「何のためにわざわざ獣人を雇ったと思ってる!? ああいう輩どもを寄せつけないためだろうが!!」
「おいよさないか、お前ら……!」
みな余裕がないのだろう。ヤンがいさめようとしてもアランたちに敵意ある視線を向け続ける。するとジゼルがそれをにらみ返し、立ち上がって商人たちに向き直り言う。
「……ケガしたのは気の毒だと思ってる。けどな、そもそも初級の冒険者に依頼を出したのはお前らじゃないのか? 大丈夫だろうとタカくくってよ」
「開き直りか!? 獣人だったら多少のムリくらい押し通せよ。それともヤツらに肩入れでもしてるのか? あ?!」
「はぁ、単純な頭してるヤツはうらやましいぜ……。敵と味方しかいないんだからな」
「なんだと!?」
「ジゼル、もうやめろ!」
言い争いがヒートアップしそうなところで、アランがジゼルを制止する。彼女が不服そうに黙りこむと、不穏な空気を感じたナタリーがパタパタとクリスのとなりに駆け寄り、治療をはじめる。
商人らはなおもアラン一行をするどい目でにらんでいた。その時、ふいにフィリップが治ったばかりの体で口を開く。
「ま、待ってよ……その人たちを悪く言わないで……」
「! フィリップさん、動かないで! もうしばらくは……」
「……大丈夫……あだっ」
あわてて叫ぶナタリーへ笑いかけ、フィリップは他の仲間つを見渡す。声に反応して振り向く商人らへ、フィリップはこう言った。
「文句ばっか言っちゃダメだよ……。なんだかんだ死なずに済んだし、ケガだって治してくれたじゃないか」
「けど……お前」
「彼女は……あ、いや。冒険者さんたちは、あんなトカゲ連中とは違うよ。カレナの教えも悪く言わないし、僕らのために働いてくれてる。裏切ったりなんてするもんか」
仲間を前に、ナタリーたちをかばうフィリップ。しかしその言葉は、当のナタリーやジゼルにとって複雑なものだった。
二人とも内心では、トカゲ獣人……ガーズィーらに多少なりとも共感していたのだ。土地を奪った利益が人間社会に還元されているのは事実であり、くわえて現に目の前の商人らのように、格下に見て都合よく使う気持ちがひそむ者もたくさんいる。
そうした事情に目を向けず、ただ自分たちの味方だからというフィリップの言い方は、結局ジゼルの言った「敵と味方しかいない」というそれと同じだった。
商人らはいさめられた形で押し黙るが、アランたちは素直に喜べずにいた。ぎこちない空気が流れる中、ヤンがおもむろに口を開く。
「……まあ、あのトカゲ獣人たちもはみ出し者だろう。種族みんなが誰も彼もあんなのだったらかなわん」
「そんなの言いきれるんすか?」
「ああいう連中が何人もいたら、今ごろ私らは死んでるよ。特に、夏にまで砂漠で商売やろうなんてアホ共はな」
「ジゼル。やめろよそういう事言うの……」
嫌みをぶつけるジゼルへ、アランが止めに入る。しかしヤンはすまなそうな顔をして言った。
「いや……元はと言えば、金に目がくらんだ俺たちが悪いんだ。俺一人だけでも、きちんと反対するべきだった」
「…………」
頭を下げるヤンを見て、ジゼルもけわしい表情をいくらかやわらげる。その時、クリスが依然として来た道をうかがいながらこう切り出した。
「話してるところ悪いが、あまり時間はないぞ。言ったろう、ヤツらは必ず追ってくる」
「……ああ、分かってる」
ジゼルはそう言って振り向く。しかしその顔にはまだ迷いがあった。気持ちが分かってしまうからこそ、同情もしてしまう。
「ナタリー……お前はいけるか?」
パートナーの気持ちを察してか、アランは先にナタリーへと水を向ける。ナタリーは少し考え、フィリップや隊商の者たちに視線をめぐらせた。そして答える。
「……人間のみなさんを、いたずらに傷つけさせるワケにはいきません。やれます」
「……すまないな」
「クリスさんがケガした時を思い出すと、どうしても放っておけないんです。どんなにデリカシーがなくて、お調子者の方でも」
最後のはフィリップへの印象だろう。ナタリーはマジメな顔で言った。それに男性陣は一瞬だけ苦笑し、ジゼルの方を見る。
「…………」
ジゼルはまだためらっているように見えた。しかし目を閉じ、数秒間かんがえて、彼女は真剣なまなざしを向ける。
「大丈夫だ。腹くくるよ」
「本当にいいのか?」
「ああ」
ジゼルはハッキリとした口調でうなずいた。そしてアランをまっすぐに見つめて、こう語る。
「ヤツらは、昔の私と同じ……いや、それ以上にヤバい考えにとらわれてる。故郷を奪った連中も、その同族みんなも、協力する獣人まで恨んでる……。みすみす犠牲を増やすワケにはいかない」
「……そっか」
アランは神妙な顔でうなずく。その時、相変わらず来た道をにらんでいたクリスが低い声で言った。
「……来たぞ。もう逃げ場はない」
「お? はは、見ろよ。ヤツら本気だぜ」
夕暮れの薄紫色の空の下、砂ぼこりをあげながら地平線に現れたその姿を見て、アランはなにやら笑みをこぼす。ジゼルやナタリーも笑いはしないものの、それを見て言葉を失った。
アランたちを目指して猛然と走ってくるその姿は、昼間に見た姿とかけ離れていた。
顔は上下のアゴが人間とはケタ違いに発達して前方へ突き出ており、そこから繋がる首は太く、胴体へ横向きの流線型を描いている。腕がやや短くなったのとは対照的に、体を支える脚は太く、膝が前に突き出たその形は言うなれば「人間が関節のバネを効かせる」時の姿勢をつねにキープしているようだった。その脚力でもって駆ける彼らの体を、頭から流れるように腰から伸びるしなやかな尻尾がバランスをとっている。
そしてなにより、服の外も、おそらく内も、全身がウロコにおおわれていた。
その姿は一言で言えば……"恐竜"のようであった。ガーズィーたちが獣化した姿なのだろう。
走っている恐竜は二体。うち一匹の背中に、唯一の女性であり獣化していないリームがまたがっている。
「ドラゴンみたいじゃん。ちょっとカッコいいな」
「言ってる場合か、来るぞ!」
目の奥をかがやかせるアランへ、ジゼルが呆れた声をあげる。その直後、仲間に乗ったリームが手をかざし、アランたちに向かって呪文をとなえる。
「
「っ伏せろ!!」
クリスがとっさに商人らに指示を出す。とほぼ同時に、見えない風の刃がいくつも音を立てて飛び、商人らやラクダの頭をかすめる。商人のマントが吹き飛び、ラクダの背にある金品が砂上にぶちまけられた。
一方アランたちはナツメヤシの木にかくれた。幹に深いキズが入り、樹上の葉や果実がバラバラと散る。その間にリームは仲間から飛び降り、獣化したガーズィーとイッザはさらに加速してアランやジゼルへ猛然と駆けてくる。
「ええい!!」
クリスが叫び、前へと進み出る。そしてまた地面に斧をうち下ろし、正面から迫るガーズィーたちへ呪文をとなえる。
「
すると昼間と同じように砂が渦を巻いて沈み、ガーズィーたちを呑み込もうとする。しかし今度は、同じ結果にはならなかった。
「ふんっ!」
ガーズィーたちは脚を取ろうとする砂を、獣化した脚力でもって飛びあがり、はねのけた。驚いて見上げたクリスの視界には、上から降ってくる敵の姿が。
(同じ手は効かんか……のわっ!?)
クリスが思考する間もなく、ガーズィーとイッザが着地し、辺りに砂しぶきがあがる。そのしぶきにクリスが顔をしかめていると、眼前にキバをむいたイッザが迫り、食いつこうとする。
クリスはとっさに盾でかばおうとしたが、イッザのアゴは盾に食いつき、なんと盾をグニャリとねじ曲げると、強引に引き剥がしてしまった。
「ぐぅっ……!?」
腕をひねられてうめくクリスを、イッザがにらむ。あわてて斧をにぎるクリスの眼前へ、アランが割り込んで剣を振るう。
「おっと……」
「クリス、無事か?」
「アラン……他のみんなは、ナタリーは?」
「とりあえずは大丈夫だ!」
アランはそう言って、剣をかまえながらちらりと目配せする。クリスがその方角を見ると、ジゼルとナタリーの二人が、獣化したガーズィーと戦っていた。
「おとなしく殺されてしまえ!!」
「冗談じゃねえ、この爬虫類が!!」
イッザより大柄で、獣のように吠えて襲いかかるガーズィーをいなしつつ、ジゼルはカギ爪を突き立てる。そしてその隙間をぬってナタリーが矢を射るが、獣化してウロコをまとったガーズィーの体に効果はいまいちなようだった。カギ爪は浅い引っかきキズをつくり、矢は表面に刺さってはポロポロと落ちるばかり。
「このままじゃジリ貧かね……うおっ!?」
ジゼルたちを横目にアランが唇をかむ。するとイッザに気を取られていらアランへ、リームが短剣を振りかざして襲ってくる。
「よそ見してるヒマがあるの!?」
「いやぁ、異民族の美人さんにあんまり見とれちゃ、
軽口を返すアランだったが、その顔には冷や汗がうかんでいた。クリスが斧でどうにか突き放すと、アランは急いで耳打ちをする。
「クリス! 耳貸してくれ、返すから!」
「なに? なんだこんな時に」
「……いいから! バラバラで戦っても勝てない!!」
とまどうクリスへ、アランは早口に何かを告げる。そして互いにうなずくと、敵の二人をにらんだまま、どこかへ誘導するかのように横に動きだした。
……一方、ジゼルとナタリーの方は。
「おおォウラッ!!」
ガーズィーが体を回転させ、太い尻尾で辺りをなぎ払う。ジゼルはとっさにガードしたものの、はたかれた衝撃で真横に吹っ飛んでしまった。
「ぐあっ!?」
悲鳴とともに、冷えた砂に体を打ちつけるジゼル。残ったナタリーがとっさに矢をつがえるが、ガーズィーはすでに地面を蹴って間合いを詰めてきていた。
「先に貴様から始末してくれる!!」
「ひっ……いやっ!!」
殺気をたたえて間近まで詰め寄られ、ナタリーは矢を取り落として顔をかばう。するとそこへ、呪文をとなえる声とともに仲間が割り込んできた。
「
「ぬうぅっ!?」
白い電光がほとばしり、ガーズィーがすばやく飛びのいた。同時に魔法を放ったアラン、そしてクリスがジゼルたちのもとへ集まり、ガーズィーのそばにもイッザとリームが駆けつける。放電のおかげでいくらか遠ざけたものの、4対3で一ヶ所に集まった彼らは一触即発な状態であった。
剣を敵に突きつけたまま身構えているアランへ、ナタリーやジゼルが安堵の息をもらす。
「あ、ありがとうございます……」
「ンだよ、一人くらい倒しとけよ」
「そうしたかったんだけどさ……ジゼル、ナタリー。二人とも耳を貸してくれ」
「は?」
「早く。ちゃんと返すから」
「……ああもう、なんだよ?!」
焦って歩み寄るジゼルたちに、アランはクリスと同じように何かを伝える。それとほぼ同時に、ガーズィーら三人はアランたちを見据え、いっせいに突撃をかけてきた。
瞬間、クリスが飛び出して前に立ちはだかる。
「
斧を地面に打ちつけると、また砂が舞い上がって一気に敵の視界をくらます。ガーズィーらは急停止し、目をつぶっていまいましげにかぶりを振る。
「くそっ! またこれか……!」
「ゲイのないヤツらね……!」
もうもうとあがる砂煙に咳き込みながら、リームが魔法でそれを吹き散らそうとする。しかしその時、上から何かが背中に深々と突き刺さった。
「キャッ!?」
短い悲鳴をあげ、リームは背中の何かへ反射的に手をのばすと、やっとつかんだ部分がへし折れた。手の中には、矢の端の部分がある。
リームが息をのむ。その間にも、砂煙にはばまれた彼女らの頭上から、何度も矢が飛んできた。三人が顔を上げると、その先には上空を飛んで矢をはなってくるナタリーの姿があった。
ガーズィーとイッザが振り返ってにらむが、空にいるナタリーには攻撃できない。獣化したガーズィーやイッザに矢は効かないが、それでもナタリーは矢をつがえては一方的に撃ってくる。ガーズィーがリームをかばうように進み出た。
「アホウが! そんなヘナチョコ矢が効くものか!!」
イッザが低い声であざ笑う。しかしガーズィーはふとある事に気づいた。
つい数分前、獣化したガーズィーらの体に矢が効かない事を、ナタリーは現に知ったはずなのだ。にも関わらずしつこく撃ってくるというのは……。
「フタリともサがれ! ナニかクる!!」
「え……」
焦った声とともに、ガーズィーはリームの反対側へと回り込む。イッザがポカンと振り返ったその瞬間、彼らを取り巻く砂煙の向こうから、不意に何者かが飛び込んできた。
「
アランであった。雷をまとい白い光がまたたく剣を、横一文字にまっすぐ振るう。魔力をともなったそれは敵の体にたやすく食い込み、前に出ていたガーズィーのイッザの二人をまとめて斬りつけた。
「ぐあぁっ!!」
「ギャアアァッ!!」
悲鳴をあげる二人の体からおびただしい血しぶきと、全身をめぐる電流の光があがった。息をのむその一瞬がすぎた後、二人はびくんと体をふるわせ、砂の上に力なく倒れた。
「…………」
ぴくりとも動かなくなった体と表情、そしてぱっくりと開いた切り口と、そこから止めどなく流れては砂に吸い込まれる血液。
そして、体中に返り血をあび、剣を血に染めた状態でその"死体"を見下ろすアラン。リームは目の前のその光景を数秒間、息さえも忘れてながめていた。
やがてリームはハッと我に返り、目の前のアランを見る。そして現実を認識するとともに表情に怒りをにじませ、短剣を振り上げて襲いかかった。
「この……シれモノが!!」
目をいっぱいに見開き、怒声とともに駆け出す。しかしアランは逃げようとせず、接近するリームをジッと見つめながら、言った。
「……恨んでくれていいぜ」
「……ッ!?」
その静かな口調に、リームはわずかに動きを鈍らせる。その刹那、彼女は視界の外から別の敵が迫ってきているのに気づいた。
灰色の毛で全身をおおい、アゴとキバ、そして爪を獣のごとく発達させ、長い尻尾をなびかせて人間ばなれした速度で肉薄してくる。
獣化したジゼルの気配にリームが気づいた時には、もう遅かった。振り向こうとしたリームのわき腹へ、ジゼルの爪が食い込んだ。
ズン、と重みのある音がして、爪が奥へと押し込まれる。そして一拍おいて、腕をひねるように回してから引き抜いた。傷口からボタボタと血がこぼれ、リームがよろめく。
「ぐふっ……」
声にならない悲鳴をもらし、リームは傷口をおさえて二、三歩あとずさる。そして短剣を取り落とし、彼女もまた砂の上に倒れ伏した。
「げほっ、げほっ……ッ」
苦しげに咳き込むリームを、ジゼルは何も言えずに見つめていた。そこにクリスが追いつき、ナタリーも上から降りてくる。
剣についた血を振り落とし、鞘におさめてから、アランは重苦しい声で言った。
「……クリス、ナタリー。作戦は上手くいったよ。ありがとな」
「ああ……でも、お前……」
「おう、練習の成果だ。魔法を使ってもそこまで疲れない」
アランはそんな事を言って笑ったが、やはり笑みには悲しげな色があった。遅れて隊商の商人たちがおそるおそる近づいてくると、アランはさっきまでの戦った現場へ目をもどす。
「ひゅー……ひゅー……」
リームはいまだにか細い呼吸を続けている。それを見ながら、ナタリーが小さく口を開いた。
「けど……どうしてこの方だけ獣化しなかったんでしょう。魔法で補えるにしても、大きなデメリットは無いのに……」
「そういう文化があるのさ」
答えたのはヤンだった。振り向くナタリーへ、彼は苦い顔でこう話す。
「この辺りの獣人には何度か会った……。なんでも、女性は人前で獣化しないのが掟らしい。"女は粗暴たるべからず"とな」
「……その掟を、こんな時まで……?」
「彼らにとっては大事なんだ。分かるな?」
隣でけげんな顔をするフィリップを、ヤンは厳しい目で見つめる。フィリップはハッと肩をこわばらせ、うなだれるようにして頷いた。
……その頃、ジゼルは獣化を解き、トドメのためか両手にカギ爪をはめていた。それを見たアランはふらつきながらも傍まで駆け寄り、ジゼルへ言った。
「もういいジゼル。後は俺が……」
「いや、大丈夫だ。……自分でやるさ」
ジゼルは振り向かずに答え、リームのかたわらに片ひざを立てる形でしゃがむ。さっきまでよりも近くで、無言で二人が見つめ合う。
もう楽にしてやる以外に方法はないと、自然と分かる状況。そのためか、商人たちも口をはさまず、固唾をのんで見守っている。
それから少しして、ジゼルはとうとうリームへ向けて口を開いた。
「言い残す事はあるか?」
「…………」
リームの目が意外そうに見開かれる。すると彼女はがばりとアランたちのいる方向、そしてその奥にいる商人たちをにらむと、最後の力を振り絞るかのように鬼気迫る声を発した。
「……貴様ら! 貴様らの事は死んでも忘れない……たとえこの身が朽ち果て、骨になり、砂に変わろうとも! 世界中をめぐって、必ず子々孫々を呪い殺す!!」
「…………」
「貴様らが血をつなげ、獣人たちを巻き込み、この地を踏みにじった罪は決して消えない! 何百年何千年とかかろうとも、我らの神の裁きが下る! ……恐れるがいいわ、子供や孫や、その先の子孫の運命をね!! ……げほっ、がはっ!!」
口もとをおおうベールに血がにじむ。ひとしきり叫び、大きな咳をして体を跳ねさせた後、リームは静かになった。それを確認し、ジゼルはとうとう首もとへカギ爪を押し当てた。
すると、不意にリームが瞳をくるりと動かし、ジゼルを見た。驚くジゼルへ、リームはとぎれとぎれに尋ねる。
「あなた、は……しあわ、せ?」
「……!」
その問いに、ジゼルは一瞬たじろいだ。見つめられた目に迷いがうかぶ。
それから少し考え、わずかな間だけ目を閉じると、ジゼルはこう答えた。
「……さいわい、この場には憎んでるヤツはいねえ。アンタもな」
「……そっか」
リームの視線がふっとやわらいだ。それを見たジゼルはまたカギ爪を首に当て、一言だけ言った。
「さよならだ」
しゅっ、と静かに腕を振るうジゼル。それだけで、最後の賊は静かになった。ガーズィーとイッザも獣化が解け、そこにはトカゲ獣人が三人、血を流して横たわっている。
ジゼルは立ち上がり、一言も発する事なくたたずんでいた。アランたちも、商人らも、誰も口を開かなかった。
一部の獣人が、命をかけてまで人間を恨む事実と、そこに至るまでの歴史。重々しいそれらを肌で感じ、無意識にみな共有していた。
いつしかすっかり月がのぼり、すっかり冷えた砂漠の風が吹き抜けた。さあっ、と音が過ぎ去ってから、アランがふとこう言った。
「埋めてやろう」
「へっ」
久しぶりに聞いた声に、クリスがまぬけな声をもらす。アランはクリスへと振り返り、くり返した。
「埋めてやろう。ヤツらの作法はよく知らないけど……何もしないよりマシだ」
そう言って、アランはガーズィーたちの近くに座って穴を堀りはじめる。手だけで掘って苦戦していると、ジゼルが横から強引に手を貸した。
それを見たクリスとナタリーも駆け寄り、もう一つ穴を掘りはじめる。続いて、フィリップが遠慮がちに進み出て、言った。
「あの……僕もよかったら」
「……ああ、サンキュ」
ジゼルがちらりと顔を上げ、ぶっきらぼうに礼を言う。続いてヤンが前に踏み出し、こう言った。
「俺も手伝う。彼らの慣習は少ししか知らないが……」
「すまない」
「お願いします」
クリスとナタリーか一言ずつ礼を言う。それからは商人が一人、また一人と手伝いを申し出た。
「……俺も」
「じゃあ、俺も!」
静まり返った砂漠のただ中。人間と獣人がともに、現地の獣人を手作業でとむらう不思議な光景が、そこにはあった。
――
「……では、これでこちらの品は全部だ」
「へへっ。こんな暑い中、よくやりますねぇ~」
……それからさらに数日後。アランと隊商は指定されたオアシスに到着し、無事に取引にこぎつけていた。オアシスには今まで一緒だったヤンたちにくわえ、異国の衣装を着た別の隊商、そして仲介をしている獣人たちもいる。
「…………」
オアシスの森の中で話している様子を、アランは遠巻きに立ってながめていた。ヤンたちの近くには、くそ真面目に目を光らせて警護するクリスと、相棒のナタリーがいる。
「……はぁ」
頭の後ろに手を回し、アランはため息をつく。その背中を、誰かが軽く小突いた。
「んがっ……」
「なにボヤッとしてんだ。仕事はまだ終わってねえぞ」
ジゼルだった。ふんと鼻を鳴らし、アランを厳しい目で見つめる。
それに苦笑いすると、アランは隊商たちのいる方向を見て、言った。
「いや……この辺にも協力する獣人はいるんだな、って」
「は?」
「ほら、あそこ」
眉をしかめるジゼルに、アランが指をさす。その向こうには、取引を仲介する獣人たちの姿があった。
黒い羽毛に、白の縞がはいった翼を持つその獣人。ハゲ鷹を元にした種族である。あのガーズィーたちと同じく砂漠を住みかとしながら、人間に協力する事で利益を得ている者たちだ。
彼らを見つめながら、アランはうつむいて口を開く。
「ありがたいっちゃありがたいけどさ……。考えてみれば、あの連中を商売の枠にハメて、利用してるんだよな……俺ら」
「……なんだよ、妙にしおらしいじゃねえの」
「まあ……ああいうのを見せられたらな」
苦笑いするアランを、ジゼルはむずがゆそうに見つめる。すると彼女は急にそっぽを向くと、空に向かってペラペラとしゃべりだした。
「そうだなー。考えてみりゃ、私らも商売仲間だったっけ。人間どもに有利なように仕組まれてるけどさ」
「…………」
「名前も変えられて、自由に外出もできなくて、その気になりゃすぐクビ。はー、まるで首輪つきのペットだわー。対等とはほど遠いわー」
とつじょ始まったジゼルのグチは、長く続いた。しかしアランが黙って聞いていると、それがどこかわざとらしい、怒りのこもっていないモノだと気づいた。
アランがちらりと視線を向ける。するとジゼルもちらりと目を合わせ、それからまたそっぽを向いて、こうつぶやいた。
「……けどよ。
「…………!」
「ガーズィーたちの気持ちも分かるが……正しいとは思わない」
「ジゼル……」
アランは感激したような目でジゼルの顔を見ようとする。するとジゼルは頬を赤らめ、大きく咳ばらいしたかと思うと、すばやく向き直って怒鳴った。
「うぜーな、ジロジロ見るない! 私はただ、本音を言ったまでだ!」
「あはは、分かってる。本音が一番いいんだ」
「二人ともー。なに騒いでるんだ。そろそろ行くぞ」
アランが笑顔になった矢先、クリスが遠くから手を振る。ジゼルは照れ隠しのように、早足で呼ばれた方へと向かった。
それを追いかけながら、アランはジゼルに聞こえるようにボヤく。
「よーし、あとは帰るだけだな。ベッドが恋しいぜ」
「……まあ、ちゃんと休みたいよな。うん」
「砂漠にずっといたからな、脱いだらいいカンジに日焼けしてるぜ。きっと」
「……その話は、ベッドと関係あるのか?」
「さあな。ご想像におまかせします」
「生き埋めにするぞ、お前」
あはは、とほがらかに笑うアラン。すっかりいつも通りになったパートナーを見て、ジゼルはため息をついた。しかし、同時にどこか、うれしそうでもあったのだった。