獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼女はその夜、奇怪な体験をする

 

「……その貴族の娘は、夜が近づくにつれ自分を見つめる何者かの視線に気づいた。恐ろしく、残忍で、刺すような……恐ろしい目だ」

 

「その何者かって……」

 

「そう、吸血鬼さ。ヤツらは狙った獲物はどこまでもつけ狙うんだ。そうして得た血で、永遠の若さを保つのさ」

 

 ……湿った風がふくある日の夜。アランがいる宿の部屋は、いつもと違い何人かが車座になって座っていた。

 夜闇で部屋まで暗い中、火がついたロウソクの灯りを中心に、ドアから入った突き当たり、上座の場所に座っているのがアラン。陰影の濃い顔で口角を上げ、なにやら恐ろしげな口調で話している。

 

「そいつは美しい、女の吸血鬼だった。ブロンドの髪に紅い瞳、そしてセクシーな……いや違う。ゾッとするほど妖しく魅力的な姿をしていた。そして真夜中、おびえて寝静まった娘の部屋の窓に、そぉっと近づいた……!」

 

 恐怖をあおるような声色が増していく。そこから左に回って隣にいるジゼルは、話が進むにつれ顔をこわばらせ、ピクピクと獣耳を動かしている。

 

 その隣がルナ。小さな体で床にちょこんと女の子座りをし、アランの話に身を乗り出して聞き入っている。ロウソクの光で二つ結びの髪がきらめいて、暗い部屋にふわふわと浮かんで見える。

 

 その髪が揺れる様子を、隣でほほえましく見つめているのがダニエル。彼は怖がる様子を見せず、女性二人の反応をながめてクスクスと笑っている。

 

 そしてさらに左、最後の一人がフェリクス。彼は輪の中でいっとう体をすくませ、体育座りをして膝をかかえている。

 そんな彼は青い顔を上げてアランを見ると、遠慮がちに口をはさんだ。

 

「で、でも……カギとかはしないんスか? 吸血鬼に気づいているなら、いくらなんでも用心するッスよね?」

 

 ところが、そんな疑問にアランはニッと笑ってみせる。

 

「もちろんカギぐらいしたさ。吸血鬼が近づいた窓もな……。ところがだ。その妖魔にはそんなモノ通じなかった」

 

 その回答に震えあがるフェリクス。アランはとうとうクライマックスだという風に手振りまで加えて語った。

 

「吸血鬼は自らの体を、一瞬にして形のない霧へと変えた。そして窓のすき間からいとも簡単にすべりこむと、娘の枕元にたたずんだ」

 

「……っ!」

 

「吸血鬼の白い手が、眠っている娘の頬にふれる。そして吸血鬼は顔を近づけ、若々しい娘の姿を見てにんまりと微笑んだ。……その笑った口を三日月のようにぱっくりと開けると、白くするどいキバがのぞく。そこで娘は気配に目を覚まし、目の前で噛みつこうとしている吸血鬼を見て……!」

 

 アランの口調が勢いを増す。その時フェリクスは耐えられなくなったのか、自身の獣耳をふさいで目をつぶり、かわりに口を大きく開けた。

 

「娘は悲鳴をあげた! 『きゃあああーーーッ!!』」

 

「キャーーーーーッ!!」

 

 アランが声をあげると同時に、フェリクスも恐怖のあまり高い声でさけんだ。二重に悲鳴を聞いて他の連中がおどろくと、アランは目の前のロウソクを、思いついたようにふっと吹き消した。

 

「うひゃっ! まっ、真っ暗!? どうなってるんスか!?」

 

「おいフェリクス、うるせえよ!」

 

「せっかくの話がとぎれてしまったではないか」

 

「ははは、ビックリしただろ」

 

 あわてふためくフェリクスに、ジゼルとルナが文句を言う。その様子にアランが笑っていると、それをなだめるようにダニエルが口を出した。

 

「まあまあ。怖いのが苦手な人って、もう直しようがないですから」

 

「それなら参加しなければいいじゃろう。せっかく夏の怪談で盛り上がろうと思うたのに」

 

「いいじゃねえか、こうしてある意味盛り上がってるんだからよ」

 

 アランは腰をあげ、涙目になっているフェリクスを示して言う。続けてそばでため息をついているジゼルへ、からかうように言った。

 

「お前も本当は怖かったんじゃないか? 実は中断してよかったかもな」

 

「バッ、バカ。何言ってんだ。私は平気だ」

 

「そうか、そりゃ失礼」

 

 そっぽを向くジゼルへ、アランは笑って返す。その時ダニエルが、隣でいまだ不満げにしているルナへ言った。

 

「さあ、そろそろ部屋へもどりましょう。僕ら、明日は早いですし」

 

「なぬー? じゃがまだ話を最後まで聞いとらんぞ」

 

「悪いな、また今度話してやるよ。怪談って仕切り直してもイマイチ面白くないし」

 

「むぅ……」

 

 ルナはしばし眉根をよせてスネていたが、ダニエルに手を引かれしぶしぶ部屋を出る。アランもフェリクスの方を向いて、言った。

 

「さ、お前ももう寝ろよ。大丈夫だ、怪談なんてたいていウソっぱちだから」

 

「ほ、本当ッスよね……?」

 

「そうそう。ジゼルもな」

 

「私は関係ないだろっ」

 

「はっ、ははは……ではおやすみなさいッス……」

 

 強がるジゼルをよそに、フェリクスはひきつった笑顔で礼をして、部屋を出ていった。閉めた扉の向こうからは「おばけなんてないさ♪ おばけなんてうそさ♪」などと歌う声が聞こえてくる。

 

 遠のいていくその歌声にジゼルはあきれ、アランは肩をすくめた。そしてアランは気を取り直すようにジゼルの背中をたたいた。

 

「さ、俺たちも寝ようぜ。明日も仕事しなきゃいけないからな」

 

「はいはい、まったく……」

 

 ジゼルは機嫌が悪そうにうなずき、アランにならってベッドへ寝転ぶ。だがその表情はリラックスとはほど遠く、彼女の目は夜風にカタカタゆれる窓へとチラチラ注がれていた。

 

「…………」

 

 無言ながら、獣耳が緊張してピクピクと動く。その様子を気にしてか、アランはすでに眠気をおびた目をこすり、背を向けているジゼルへ語りかける。

 

「……やっぱり怖いか?」

 

「うるさいっての。寝ようとしてんだから話しかけんな」

 

「ふふ、そう気にするなよ。どうせあんな話、いくらでも尾ひれがついてるものさ」

 

「……尾ひれ?」

 

 ジゼルが体の向きを変え、アランと向き合う。アランはかけ布団の陰でニヤつきながら、ささやき声で話しだした。

 

「怖い話をするとなったら、とうぜん聞く方の関心をひこうとするだろ? そうすりゃ勝手に改変して広げるヤツが出てくるんだよ」

 

「たとえば、どんな風に?」

 

「想像するとなれば……もともとは単なるヒトダマを見ただけの話が、吸血鬼とかの化け物に変わったとか。そんで化け物を見ただけの話が、登場人物が死ぬオチになってるとか」

 

「ただの作り話って事か?」

 

「そーそー。だいいち俺だって昔は、例の吸血鬼の話をよく自分でアレンジしたもんさ」

 

「アレンジ? お前が?」

 

 意外そうな顔をするジゼル。しかし次の答えを聞いて、その顔は納得したものに変わった。

 

「おうともよ。ただ化け物に殺されるだけじゃ味気ないからな。そこにちょっと、"お色気"をくわえたんだよ」

 

「…………」

 

「キャラが死ぬまでの間に、少ーしエロチックな描写をくわえるだけで、周りの食いつきがまるで違うんだ、これが」

 

「けど昔って……お前、カレナ教の孤児院にいたんじゃなかったのか。教えはどうなってんだ、教えは」

 

「そーなんだよ。淫らなモノは禁止だってんで、みんな窮屈そうでさ。そこで俺が聞きかじった怪談の二次創作を話してやったワケだ。それが大盛況でなぁ」

 

 楽しげに、しかも誇らしげに話すアランの姿に、ジゼルはひきつった笑みをうかべる。それに気づいて、アランはふと人さし指を立てると、こう訂正する。

 

「いやいや、さすがにあからさまな描写はしてないぜ。いわば仄めかすような……そうだな、R15あたりか」

 

「で、話してた当時お前はいくつよ?」

 

「10……いや、12歳ぐらいだったかな」

 

「はぁ……」

 

「でもよ、俺なりにメッセージ性を入れたりもしたんだぜ。カレナ教じゃ同性愛が認められないから、あえて男どうし女どうしで襲われる話をつくったり、そんな新時代の意識をだな……」

 

「分かった分かった。もういいよ」

 

 勢いこんで話し続けるアランを、ジゼルはウンザリした様子で止める。そしてクルリとまた背を向けて、言った。

 

「おやすみ、ヘンタイ野郎」

 

「ヘンタイ言うな、襲うぞ」

 

「冗談はいいから寝ろ。窓から放り出すぞ」

 

「あ、ゴメン。それは勘弁」

 

 おどけた調子で答え、アランはあっさり横になる。そして部屋はふたたび静まりかえった。

 

「…………」

 

 ジゼルはごろりと寝返りを打ち、天井を見上げる。アランと話したおかげで妖魔への恐怖は去ったが、あきれたり怒ったりしたせいか睡魔がやってこない。

 

「アラン、もう寝たか……?」

 

「…………」

 

 返事はない。隣のアランは壁の方を向いたまま、すでに寝息を立てている。ジゼルはあきらめ、ため息まじりに目を閉じた。

 視界がまっくらになる。しかし頭の中はあいかわらず冴え、横になった体とは裏腹にぐるぐると脳が空転する。

 どうせ何か起きるワケでもないんだし、寝かせてくれよ。そう思いながらジゼルが脳内で羊など数えだした、その時だった。

 

「ジゼル……」

 

 不意に、すぐそばで声がする。ジゼルがつい目を開けると、そこには自分をのぞきこむ見知った顔があった。

 長い金髪に、幼い顔立ち。ぱっちりとした紅い瞳に、口の端からのぞくキバ。ルナであった。いつものマントを脱ぎ、髪を二つ結びではなくおろしているので少し雰囲気が違うが、彼女はいつものような可愛らしい笑顔を向けている。

 間近にあるその顔に驚いたジゼルはあわてて体を起こし、とまどった声で言う。

 

「……へ、ルナ? なんでいるんだお前」

 

「ふふ、驚いたか?」

 

「そりゃ驚くわ。何してんだこんな夜中に」

 

 枕に乗っていた髪を直しながら、ジゼルは目をしばたかせて問う。ルナはケタケタと笑って答えた。

 

「実は例の怪談の続きが気になって、眠れなくてのう。ダニエルも起きんし退屈で……」

 

「続きなんて聞きたいのかアレ……私はカンベンだぜ」

 

「なんじゃお主、怖いのか?」

 

「このっ、お前までそんな事を……」

 

「わはは、怒るな怒るな。冗談じゃ」

 

 ジゼルが軽く頭をはたく真似をすると、ルナはおどけた調子で身をかわす。そして紅い目で上目遣いに見つめ、ルナはふと声をひそめた。

 

「ところで、じゃ……」

 

「なんだよ?」

 

「お主は信じておるか? "吸血鬼"の話を……」

 

「はあ?」

 

 ジゼルは眉をひそめ、思わずルナの目を見返す。その瞳はイタズラっぽい光をおび、どうも本気で返事を待っているようだった。

 ジゼルの脳裏に、先ほどアランが言った二次創作の話がよみがえる。吸血鬼なぞ、どうせ好き勝手にウワサされてきただけだ。実在などされてはたまらないという恐怖もあって、ジゼルはつっけんどんに言った。

 

「まさか。本当にいるワケがねえ」

 

「……そう思うか?」

 

「もちろん。どうせ人間どもが面白半分に広めたのさ」

 

 そう言って、肩をすくめるジゼル。しかしルナはくすくす笑ってこう問う。

 

「たしかにヨタ話のたぐいはあちこちにあるらしいが……だからって全てウソとは限らんぞ?」

 

「でも、ルナだって見た事ないだろ? 吸血鬼なんて」

 

「くくく、素性をかくしている可能性もあるぞ? そもそも、お主にとって吸血鬼とはどんなモノじゃ?」

 

「どんなって……」

 

 ジゼルはしばし首をかしげる。アランが部屋で語っていた話を思い出し、その他にも今まで街で見聞きしたイメージを記憶から掘り起こしていく。

 

「えー、まず名の通り血を吸うだろ。そんで永遠の若さを保って……あと日の光が苦手なんだっけ」

 

「ふむふむ」

 

「そして……まあ後はアランが言ってたイメージだけど、妖しく魅力的な姿で? ブロンド(金髪)に紅い瞳…………ん?」

 

 言いかけて、ジゼルはふとルナの方を見る。血を吸う習慣に、金髪に紅い瞳……そして妖しいかはともかく魅力的な容姿。日の光が苦手……。

 考えてみれば、アランの話していた吸血鬼のイメージは、いくつかルナと共通点がある。そして、永遠の若さ……。

 

 ジゼルはルナの顔をしげしげと見つめる。夜闇も見通す狼の目に、幼さが残るルナの姿がはっきりと映る。今まで、単に年齢のわりに若く見えるだけだとジゼルは思っていたが、もしかしたら老いる事なく生きてきたのかもしれない。

 そう、血を吸って得た若さで……。

 

「い、いやいや。まさか」

 

「ん~? どうした?」

 

「な、なんでもねえ」

 

 何故かからかうように微笑むルナに、ジゼルは大きくかぶりを振る。目の前の友人が吸血鬼だったなど、そんな話は荒唐無稽だ。

 あり得ない、そんな気持ちをこめてジゼルはふたたび反論する。

 

「だいたい、そのイメージってのが人それぞれの、あいまいなモノなんだよ。現にこのバカ(アラン)なんか、自分でメチャクチャにした話を自分で広めてたんだから」

 

「メチャクチャというと、たとえばどんなのじゃ?」

 

「あー……それはだな」

 

 隣のパートナーを指さして言ったジゼルだったが、ルナに追及されてつい口ごもる。そしてためらいがちに答えた。

 

「……コイツらしい独自要素だよ。スケベな話に改変して、友達みんなで盛り上がっていたんだと」

 

「ほう……スケベとな」

 

 こんなの話したらルナもとまどうだろう。ジゼルはそう予想していた。しかしどういうワケか、ルナはにやりと笑ってジゼルを見つめる。

 暗い部屋の中で、紅い瞳がぼんやり浮かび上がる。その光にジゼルがふっとたじろぐと、ルナは急に横からジゼルの両肩をつかみ、ベッドに押し倒した。

 

「あだっ!?」

 

 顔をしかめ、ジゼルはチカチカする目を必死に見開く。すると視界いっぱいに覗きこんでくるルナの顔があった。口元がにんまりと楽しげで、心なしか妖しく目を細めている。

 一体なんだ、と混乱しながらジゼルは隣を見る。アランはそばの喧騒にまるで気づかず、ぐっすりと眠っていた。

 

 こんな時に。そう焦るジゼルの頬をつかみ、強引に自分と向き合わせるルナ。顔はさらに近づき、もはや互いの鼻先がくっつきそうになっていた。

 

「…………っ」

 

 思わず息をのむジゼル。対してルナはまるで動揺せず、手をそっとジゼルの首筋へのばし、指先でつぅーっとなぞりだす。

 くすぐったさを感じ、ジゼルは反射的に身をすくめた。相手が何を考えているのか分からぬまま、彼女は髪を指で()かれたり、頬をさわられたりと妙なスキンシップをいくつも受けた。

 どんな意図があるというのか、そう思いながらルナを見ると、ルナはわざとらしく小首をかしげ、こんな事を言った。

 

「スケベというのは、たとえばこんな風にか?」

 

「ちょっ……なに言ってんだよ!?」

 

「それとも、もっとか?」

 

「やっ……おいやめろ!」

 

 驚いたジゼルが制止するのもかまわず、ルナは手元のかけ布団をそっとめくっていく。あらわれたジゼルの上半身、その肌着のすそへとルナが手をのばす。

 まずい。本格的に変だ。そう感じたジゼルはルナの腕をつかむと、語気を強めて言った。

 

「お前……誰だ?」

 

「……おや」

 

 その時、ルナの雰囲気がふと変わった。意外そうに眉を上げ、くつくつと喉を鳴らし、彼女はささやくように言う。

 

「ちょっと驚いたな。てっきり見えるモノしか信じぬと思っておった」

 

「ふざけた事言ってんじゃねえ。いいから誰なのか答えろ!」

 

「そういきり立つな……。心あたりはないのか? さっきまで話しておったろう」

 

「話して……?」

 

 ジゼルは眉をしかめて聞き返す。しかしとっさに記憶を思い返し、目の前のルナ……もといルナそっくりの何者かのヒントに思い当たる。さっきまで話していた、正体不明のモノといえば……。

 

「吸血鬼……?」

 

「ふふ、どうじゃろうな」

 

「まさか! こんな……どんな姿か分かりゃしないのに、偶然ルナと瓜二つだなんて」

 

「イメージというのはあいまいじゃと、お主が言ったんじゃろう。聞いた事もない姿や生態をしているかも知れぬぞ」

 

 楽しげな笑みを浮かべたまま、()()()はジゼルの首筋へ顔を近づけた。吐息が当たり、ジゼルが顔をしかめる。するとジゼルがにらむ中、その何者かはクワッと口を開けた。

 口からのぞくのは、闇の中でも浮かびあがる、白くするどいキバだった。背筋に寒気がのぼるジゼルへ、そいつは紅い目をつり上げて言った。

 

「たとえば……『見た者に化ける』ような能力がワタシに備わっていないと、なぜ言いきれる?」

 

「……っ!?」

 

 ジゼルはとっさに何者かをはね除けようとしたが、それより早く首筋にキバが食い込んだ。

 針でさされるような痛みがはしり、ジゼルが歯を食いしばる。そして次に、自分の血液が他者の口に流れこんでいくのを想像した。

 

 が、その時。

 

「ん、んん……」

 

 アランが小さくうなり、寝返りを打つ。睡眠が浅くなっている瞬間をかぎとったジゼルは、とっさに声を張り上げた。

 

「アラン! アランッ!! 起きろ!!」

 

「んがっ……?! な、なんだよ……」

 

 アランの体がはね、寝ぼけなまこを擦りながら上体を起こす。ジゼルはその両肩をつかむと、アランのとまどいも構わずゆさぶった。

 

「こんな時に何寝てんだ! 大変なんだぞコンチキショー!」

 

「うわっ、やめろって!? こら、落ち着け!」

 

 突然の事にワケが分からず、アランはジゼルがゆさぶるのを必死に止める。しかし手を離したかと思うと、ジゼルは今度は手振りで部屋全体をしめして、早口にうったえた。

 

「さっき、ルナ……じゃなくて、ルナに化けた吸血鬼が出たんだよ! そんで私に襲いかかった!!」

 

「……なに? 吸血鬼?」

 

「そうだよ! すぐそこにいるんだって! 見ろ!!」

 

「見ろって……どこにいるんだよ?」

 

「だからそこに…………え?」

 

 ジゼルは焦って先ほどまで吸血鬼がいた場所――ベッド脇へ振り向いた。しかし直後、彼女は言葉を失った。

 

 なぜなら、そこには――誰もいなかったのだ。

 

「…………」

 

 ジゼルは信じられない様子でベッドを降り、その場をキョロキョロと見回す。机、椅子、いくつかの家具に、自分つの荷物……。しかし、吸血鬼らしきあの影は、かけらも見つからなかった。

 

「いや……本当なんだよ! さっきまで確かに……」

 

「いや本当にというか……俺にはそも何がなんだか……」

 

「……そうだ、逃げたのかも!?」

 

 ベッドから降りてなお困惑しているアランをよそに、ジゼルは部屋のドアに飛びついた。しかしドアに手をかけ、手探りであちこち確かめてから、がく然としてつぶやいた。

 

「内鍵が……かかってる」

 

「じゃあ、部屋から出たヤツはいないのか」

 

「いや、窓からかもしれん!」

 

「わっ」

 

 アランの脇をすりぬけ、ジゼルは次に窓を調べる。しかし、そこにも内鍵がおりていた。

 ジゼルはつばを呑み、おそるおそるアランの方を向く。

 

「……え、じゃあこの部屋……ハナから密室?」

 

「……だと思うぞ。寝る前に確かめたし」

 

 アランは答えつつも、ジゼルが冗談ぬきでおびえているのを見て、さすがに少し神妙になった。

 ジゼルのいう何者かは、密室からいつの間にか消えたのだ。そう、怪談にあった吸血鬼が、霧に変わるように……。

 

 ……しかしその表情は2秒で終わり、彼は肩をすくめて笑う。

 

「ま、夢でも見たんだろ。気にすんなって」

 

「なっ、違ぇよ! 私は夢なんて……」

 

「まあまあ。もう夜更けなんだから寝とけって。な?」

 

 反発するジゼルをなだめ、アランは彼女をベッドへ戻し、布団をかけてやる。壁を向いたジゼルがなおも納得いかなそうに身をよじると、アランは背後から冗談めかして言う。

 

「そんなに怖いなら、ハグしててやろうか? 大丈夫だって、服が一枚増えると思えば……」

 

「ふざけんじゃねえ、離れてろ!」

 

「そうだ、いっそ気分転換に一発ヤるか――」

 

「いい加減にしろ、お前はいつもいつも!」

 

「ぐわっ」

 

 アランに肘鉄をおみまいし、ジゼルはフンと布団を全てひったくる。そして数秒後、さっきまでの焦りや怒りがウソのように、安らかな寝息を立てはじめた。

 「やれやれ」とつぶやいて、アランも目を閉じる。謎を残しつつも、その部屋に元通りの静寂がおとずれた。

 

 ……しかし、その騒動は、まだ終わっていなかったのだ。

 

 

――

 

 

「なぬ? ワシならあれからぐっすり寝とったぞ? ジゼルと話したりなんぞしとらん」

 

「そ、そうか……」

 

 明朝。ジゼルとアランは、依頼で早くに出かけようとしているルナとダニエルをロビーで呼び止めた。昨夜の不可解な出来事のナゾを突き止めようと、ジゼルがアランを無理やり起こして突撃したのである。

 しかし出来事のあらましを聞いたルナは、怪談が中断してからは一度も部屋を出ていないと言う。ジゼルが押し黙ると、アランも補足した。

 

「僕も彼女が寝るのを見ていましたよ。それに、朝までめったに目を覚ましません」

 

「いやはや、我ながらほとんど昼型になってしもうた」

 

「ふーむ、そうか……」

 

 ジゼルはまだ腑に落ちないようだったが、ダニエルやルナがウソをつくとも思えなかった。隣のアランを見ると、彼もやっぱりという風に肩をすくめる。

 

「やっぱり夢なんだって。リズも妙な気配とかは無かったって言ってるし」

 

「……そういえばアランさん方の部屋から、多少ドタバタした音が聞こえたような……」

 

「あー、あはは……」

 

 宿屋の準備で早起きしていたリズにジト目で見られ、苦笑いするアラン。それをごまかすように、彼は勢いよくジゼルと肩を組んで言った。

 

「よ、よーし! せっかく早く起きたんだし、さっさと出かけようぜ! ほら!」

 

「や、やめろ。引っ張るな……」

 

「へへ、そう言うなよ」

 

 ジゼルがあわててもがくのを、アランが笑いながら押さえる。しかしふと、彼はジゼルの首あたりに目を留め、こうたずねた。

 

「……ジゼル、首のところに何かあるぞ?」

 

「あ? 何かって……」

 

「虫さされ……いや、噛み跡、か……?」

 

 アランに言われ、ジゼルも見られている箇所――首筋をさわる。すると、そこには、小さな穴のようなものがポツンと空いていた。

 ……ジゼルの脳裏に、ルナの格好をした何者かに咬まれた記憶がよみがえる。その時ちょうど、ダニエルが思い出したように言った。

 

「そういえば……」

 

「へ」

 

「夜に怪談をすると悪いモノをひきつけて、まれに妖魔を呼んでしまう……なんて言い伝えがあったような……」

 

「…………」

 

「いやまあ、言い伝えですけどね! ねっ!」

 

 ダニエルはあわてて言いつくろったが、ジゼルの顔はさあっと青くなっていた。それを見て、ダニエルは素早くルナの手を引く。

 

「さあ行きましょう! 遅れては大変です!」

 

「いや、お主……」

 

「ではみなさん、行ってきます!」

 

 とまどうルナを連れて、ダニエルは足早に宿を出ていった。それを見ながら立ちすくんでいるジゼルへ、アランがぎこちない口調で言う。

 

「……俺たちも行こうぜ。な?」

 

「……う、うん」

 

「行って、らっしゃい……」

 

 リズに見送られながら、ジゼルはこわばった表情で歩きだす。太陽はさんさんと光っていたが、ジゼルの背筋はそれとは正反対に、これでもかと寒くなっていた。

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