獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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ケモノのようでも、彼は誇り高く楽しむ

 ……二人は苦戦しつつもどうにか大猪を狩った。……そして、日が間もなく沈むという時分。

 

「こんばんはーっす」

 

「あら、毎度どうも」

 

「昨日ぶりだな、リズ」

 

 顔を赤らめ、ふらついたアランとジゼルが勢いよく扉をあける。そこは彼らが以前も訪れた宿屋であった。客部屋で"お楽しみ"された経験のあるそこの娘、リズはゴキゲンな二人組を見て微妙な顔をした。

 

「……今日も酔っていらっしゃるんですね」

 

「あー、獣化すると腹もへるし。つい、な……」

 

「太るぜ~? そのうち」

 

「黙れ、この酔っぱらい」

 

「お前もな」

 

「はぁ……」

 

 二人がはしゃぐのを尻目に、娘は奥から部屋のカギを取り、アランに手渡した。

 

「……二階の右の角部屋があいています」

 

「はいはいどうもー」

 

「くれぐれも静かになさってくださいね?」

 

「あ……すません」

 

 リズに釘をさされ、アランも少しばつが悪そうにうなずく。すると、カウンター横の従業員用の扉が開き、一人の少女が顔を出す。

 

「リズ、お客さんだニャ?」

 

「あ、エマ。案内おねがいしていい? 酔ってるから階段気をつけてね」

 

「分かったニャ~」

 

 ニッコリと答え、黒いセミロングの髪をゆらすその従業員。エマと呼ばれた彼女は、猫のような語尾をつけながらパタパタとアランたちへ近づいた。

 猫らしいのは語尾だけではない。頭からは三角形の黒い動物の耳が生え、尻の上部からは細長くしなやかな、すべすべとした毛を持つ尻尾がのびている。見た目14、15ほどのその少女、エマは猫の獣人であった。

 

「お客様、それではこちらに!」

 

 愛想よく笑いながら、彼女は階段をのぼって先をいく。ジゼルへ肩を貸しながらついていくと、階段の途中でふとエマが振り返り、二人の姿をながめて言った。

 

「お二人さん、冒険者かニャ?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「そっちは新入りか? 今まで見かけなかったが」

 

「そうだニャ。よろしくお願いしますニャン」

 

「おう、よろしく」

 

 エマは振り向き、そう言って頭を下げる。アランたちが応じると、彼女は二階に上がって廊下の手すりに前かがみで手をつき、二人を見下ろしながら言った。

 

「あんな危ない仕事やるのすごいニャー。ケガが怖いし、私には真似できないニャン」

 

「ま、腕っぷしには自信があるからな」

 

「昼間も助けてもらったしなぁ。俺の出る幕がなかったよ」

 

 アランがジゼルの肩をたたくと、ジゼルは自慢げに笑みを浮かべる。しかしエマはやれやれという風にこう言った。

 

「いけないニャ~お姉さん。ご主人さまはもう少し立ててあげないと」

 

「……こいつは主人じゃねえよ、ただの通行証がわりだ。無くしたら街に入れないからな」

 

「せめて相棒とかにしてくれないか?」

 

「分かった、じゃあデクの棒」

 

「何が分かったんだよ」

 

 アランが笑いながらジゼルの頭をはたいた。そんなやり取りを見て、エマはケタケタと牙を見せて笑う。

 

「あはは、こりゃ確かに主人っぽくないニャ。いい契約先に恵まれたニャンね」

 

「……そっちこそ、主人だの従者だのって境遇には見えねえけど?」

 

「もちろんだニャ。給料は困らない程度にもらえるし、泊まるのも働くのも獣人に理解があるし、もう言う事なしだニャ」

 

「へー、そりゃうらやましいこって……」

 

「あ~、もうここを離れられないニャ~。また監視されながら面倒くさい契約書をいくつも書くなんてゴメンだニャ」

 

 ジゼルのつまらなそうな視線をよそに、エマは手すりにもたれたまま背を丸め、グーッと伸びをする。その時、下からリズが声をかけた。

 

「ちょっとエマ。おしゃべりしてないで、早くご案内して」

 

「あ、はーい」

 

 エマはあわてて返事をし、駆け足に指定された部屋の前へ行き、扉を手で示す。そしてアランがカギを開け、部屋に入ったのを見届けてから、営業スマイルを浮かべて手を振った。

 

「じゃ、ごゆっくり~」

 

「ああ、ありがとう」

 

「……どうも」

 

 二人が礼を言うと、エマは扉を閉め、足早に去っていった。その足音が消えると、ジゼルは身にまとった胸当てやらを外しながら、備え付けのベッドにぼすんと腰をおろす。

 

「……すっかり人間になじんでるな、アイツ」

 

「気になるか?」

 

「ちょっと。ああいうヤツの方が得するのかなって」

 

 ジゼルはふんと鼻を鳴らして答える。一見気にしていない風だったが、どことなく落ち着かない様子であった。

 それを横目に見ながら、自分も装備などを外しつつアランは口を開く。

 

「別に真似しなくてもいいんだぜ。さっきも言っただろ、助かったって」

 

「……いや、でもよ。たとえば愛想とかは、もっとあった方がいいんじゃないか」

 

 珍しくモジモジしているジゼル。それを見て、アランははたと思い当たって言った。

 

「もしかして気にしてるのか? 俺が機嫌悪くしてないかとか」

 

「べ、別に」

 

「そんなんどうって事ないぜ。嫌な気持ちなんざ全然ない」

 

「……本当か?」

 

「ああ。どうせ性格なんてそう変わらんだろ」

 

「だぁーっもう! なんでそう余計な事言うんだよ!?」

 

 ジゼルは顔を真っ赤にして叫び、かたわらの枕をアランに投げつけた。それはみごと顔面に命中し、アランはベッドにひっくり返る。

 

「ぐえっ」

 

「そこは気にしてないでいいだろ! なんだよ性格って、私に不満でもあるのか!?」

 

「いやだから、そりゃ気にしてないっつの」

 

「不満あるかないかで答えろや! YES or NO!!」

 

「ちょ、おま、落ち着け……!」

 

 酔った勢いのせいか、ジゼルはベッド上でマウンティングの真似をしはじめる。背中からアランに覆い被さり、上から声をあびせる。

 

「あのエマみたいに可愛い感じの方が好みか!? 憎まれ口たたかない方がいいのか!? あー!?」

 

「いや思ってない、思ってないから。憎まれ口の前に俺をたたかないでくれ」

 

「言っとくがな、お前にお世辞なんぞ使ってやらねえぞ。獣人との付き合いで甘えんなっ!」

 

「おわっ、な、なんだ?」

 

 ジゼルの声色がヒートアップするうちに、アランは何やら全身が熱気に包まれるのを感じた。はてなと思って視線をめぐらせると、さっきまでなめらかだったジゼルの肌が、灰色の毛におおわれている。上を見ると毛をたくわえた喉と細長くなったアゴが目に入った。獣化である。

 

(……今日は一段と酒グセ悪いな……)

 

 暑さにボンヤリとしながら、アランはジゼルの拘束がゆるむのを待つ。しかし彼女はいっこうに解放しようとせず、獣化して低くなった声で八つ当たりを続けた。

 

「だいたい本当ならなー、私がお前の主人になるべきなんだよ。私がワンと鳴いたらお前はすぐさま走ってきて、尻尾ふって腹を見せるんだ」

 

「俺、尻尾ないんだけど……」

 

「うるさいな、とにかく服従の証を見せりゃいいんだよ。文句いうんじゃねえ」

 

「なぁー、そんな上下関係みたいなのやめようぜー」

 

「うっせ、じゃあお前の得意分野を見せてみろよ。人間ならではのスゴい所を。じゃなきゃ獣人サマが首輪つけるぞー」

 

 ジゼルのダル絡みはどこまでも終わる気配がない。アランは内心でややウンザリしはじめていたが、同時に別の衝動が頭をもたげていた。

 ジゼルが身じろぎをする度、服から露出した体毛がモフモフと肌を刺激する。ジゼルは酔いのせいかその感触に頓着(とんちゃく)せず、興奮して毛にこもった熱をただよわせるばかり。

 

 ふと、アランの中であるスイッチが入る。そして不意に体を素早く回転させると、ジゼルとの上下をするりと入れ替えた。

 

「のわった!?」

 

「だったら見せてやるよ。俺の得意技をな!」

 

 組みしかれてやっと我に返ったらしいジゼルが、目を丸くする。すると、アランが急に妙な呪文をとなえはじめた。

 

性愛の加護(エロース・プロテクション)

 

 直後、アランの両の手のひらに、光る紋章のようなものが浮かび上がる。紋章は細かく見ると、左右で微妙に違っていた。

 それを目にしたジゼルが、はっと息をのむ。

 

「そ、それは……!」

 

「おうよ。これぞ人間の磨きあげた神聖な技術、"魔法"だ」

 

 魔法、見るからに不思議なオーラを放つその紋章を、アランは得意げに見せびらかす。しかしジゼルは驚いたまま声をあげた。

 

「そうじゃなくて、そいつは……」

 

「お前だって何度も見ただろ。"妊娠防止"と"感染症防止"の魔法だ」

 

「なぁっ!?」

 

 どこが神聖なんだと言いたくなる効果。その使い道は言わずとも見当がつく。言葉を失っているジゼルへ、アランがからかうように言う。

 

「なにボーッとしてんだよ、これでもみんな必死で覚えるんだぞ。数ある魔法の中でも、この二つだけはな」

 

「必死って……そんな」

 

「なんでか分かるか?」

 

 アランはそこで、大きく胸を張る。

 

「人間ってのはな。"楽しんで生きる"ってのができる生き物だからだ。生存に有利だとかそんなん関係なく、楽しみの為に死ぬほど工夫をこらす」

 

「…………」

 

「イチャコラするのだって例外じゃないぜ。それにかける情熱は、動物にも獣人にも、魔物にも誇っていいと思ってる。その結晶がこの魔法なんだ」

 

 アランが持つ人間観。それを堂々と語る姿に、ジゼルは一瞬だけ感動する。しかし、その感覚はすぐに消え失せた。

 

「じゃ、実践もしてみますかね」

 

「うぇっ!? いやちょっと待て、それは……」

 

「お前が得意分野を見せろと言ったんだろ。お望み通り見せてやるよ」

 

「や、だって、ほら、私この格好(獣化)のままで……」

 

「いい経験じゃないか。人間は業も深いのだワハハ」

 

 戸惑うジゼルにかまわず、アランは手の魔法陣をどんどん彼女へ近づけていく。そしてダメ押しするように言い含めた。

 

「……声おさえろよ。また怒られるからな」

 

「……っ……」

 

 ……ジゼルはそれっきり、何も言わなかった。獣化して、人間などたやすく突き放せる力があるにも関わらず、彼女はずっとおとなしくしていた。

 

 

――

 

 

「ゆうべは普通に寝てくれましたね」

 

「あ、はい」

 

 翌朝、チェックアウトのため一足先にフロントへ降りたアランは、開口一番リズから満面の笑みを向けられた。といっても実際は声をガマンしただけなので、ばつが悪そうに形だけの返事をする。

 

「……でも、ちょっとケンカしていませんでしたか? 何かできる事があれば……」

 

「ああいやいや、気にしなくていい。また来るよ」

 

 ともあれ、問題は起こらなかったので結果オーライと彼は手続きをすます。しかしそれが終わってから、エマがどこからかほくそ笑みながら近づいてきた。

 

「お兄さん、昨夜はよく眠れたニャ?」

 

「ん、ああ。まあ……」

 

 実際にはあまり眠っていないというか、ある意味で寝ていたのだが、リズへの返事と同じく軽く流す。どうせバレやしないと高をくくっていた。

 しかし、エマはなにやら指でジェスチャーし、耳を貸すよう要求する。アランがいぶかしみながら応じると、彼女はささやいた。

 

「……嘘だニャ。ホントはよろしくやってたミャア」

 

「……っ!? なんで……」

 

「聞こえてたんだニャ。()()()()()()

 

 そう言って、エマはしたり顔で自身の猫耳を指さした。獣人の五感は、人間をはるかにしのぐ場合がある。アランはぎょっと顔色を変え、リズの方を気にしながらささやく。

 

「……周りには秘密にしといてくれ。ジゼルだって、あれで気にするヤツなんだ」

 

「なら、チップ。とりあえず出せる小銭で手を打つニャ」

 

「……しょうがないな」

 

「ミャハッ☆」

 

 アランはげんなりしながらチップもとい口止め料を渡す。受け取ったエマは、先ほどのしたたかな態度がウソのように笑った。

 その時、二階から遅れて起きたらしいジゼルが降りてくる。普段着姿で寝ぼけまなこを擦り、ぼやけた声であいさつする。

 

「わりー、寝坊しちまった……。もうすぐ出るか?」

 

 寝ている間に枝毛のできた尻尾をふりふりしながら尋ねるジゼル。アランはその姿とエマを交互に見ると、ジゼルへ向けて口を開く。

 

「……ジゼル」

 

「んー?」

 

「やっぱりお前が一番だわ」

 

「……? なんだよ朝から気持ち悪ぃな」

 

 ジゼルはこれっぽちも嬉しくなさそうに言った。結局アランは一人で余計に懐を寒くし、しかし何事も無かったようにジゼルと宿を出たのだった。

 

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