獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼は思わぬところで、昔の友と再会する

 

「ふあぁ……ねむ」

 

「……ったく、寝坊なんぞしやがって。出遅れたらそれだけ他のヤツらに仕事を取られるんだぞ」

 

「分かってるよ。お前の方は元気だな……」

 

 ある日、太陽が顔を出してしばらく経った頃。朝早くから働きに出た人が大多数の街の通りを、アランとジゼル、そしてダニエルとルナの四人が歩いていた。

 アランは隣のダニエルに振り向き、軽く笑いかける。

 

「ありがとな。わざわざ声かけてくれるなんて」

 

「礼にはおよびません。リズさんが寝坊じゃないかと言っていたので、一応です」

 

「クリスとナタリーはかまわず行ってしもうたんじゃがの。ハハハ」

 

 ルナが笑って言う。するとダニエルがふとたずねた。

 

「そういえば、こんなに日が高くなるまで眠っているのも珍しいですね。何かあったんですか?」

 

「あ、それは……」

 

 聞かれたジゼルはなぜか口ごもる。かわりにアランが伸びをしながら答えた。

 

「あー、昨日はジゼルと頑張りすぎたかもなぁ。体が痛……」

 

「こらぁ!」

 

「あだッ!?」

 

 ところが、答えかけたアランの肩を、ジゼルがあわてた様子でどつく。そして間近まで詰めより、小声でまくし立てた。

 

(本当の事を教えるヤツがあるか! 昨晩はお前がしつこく誘ってくるから……!)

 

(落ち着け。まだそこまで勘づかれちゃいねえよ)

 

(……え?)

 

 なにやら顔を真っ赤にしているジゼルへ、アランがからかうように言う。ジゼルが振り向くと、ダニエルたちはきょとんとしながら二人を見ていた。

 

「どうかしました? ジゼルさん」

 

「ああ……いや」

 

「本当に大丈夫なのか? 調子が悪いなら休んだ方がよいぞ」

 

「へ、平気だよ! さっさと行こうぜ!」

 

 心配するルナを追い抜き、ジゼルは早足に先を行く。その後ろではダニエルやルナが顔を見合わせ、アランが声をおさえて笑っていた。

 

(ったくあの野郎……快楽に流されて、あげくグースカ寝やがって……おかげで遅くなっちまったじゃねえか)

 

 内心で羞恥にイラつきながら、ジゼルは仲間にもかまわず歩いていく。すると、いつものギルド支部の前まで来たところで、彼女は眉をひそめた。

 

「……ん?」

 

 入り口の前に、10人ほどの人だかりができている。鎧や武器を身につけ、人間と獣人が同じ人数。冒険者たちである。

 ジゼルは近づきながら妙に思った。冒険者たちはたいてい朝のうちに来てさっさと仕事を拾って去っていく。昼に近い中途半端な時間に、同業者たちが支部にも入らずたむろしている光景を、彼女は見た事がなかった。

 

「何してんだ? みんな」

 

「あ、ジゼル」

 

 ジゼルが声をかけると、獣人の一人が振り向く。そして中の方を指さすと、声をひそめて言った。

 

「なんか、受付と言い争ってる人がいるのよ。なんか小汚ない、浮浪者みたいなヤツなんだけど」

 

「? そんなの追っ払っちゃえばいいじゃん」

 

「それがそうもいかないのよ。なんでも別の街から流れてきた冒険者だって」

 

「流れてきた?」

 

 そう言われ、ジゼルはギルド内をのぞきこんでみる。そこには確かに、カウンターに立つ受付嬢へせまる一人の男がいた。聞き耳を立てるまでもなく、その低い声は外まで聞こえてくる。

 

「……だからさっきから言っているだろう。その空いている依頼をよこせと」

 

「で、でもこれは中級の依頼で……あなたに頼むワケには」

 

「いいからよこせ! 俺はそれにしか興味はないんだ」

 

「そ、そんな事言われてもぉ……」

 

「……俺は気が短いぞ。痛い目を見たくないだろう。さっさとするんだ」

 

 語気を強くして受付嬢をにらむ男――見たところ20歳そこそこで、背は高く黒い髪をだらしなく伸ばしている。革製の鎧やマント、ブーツなどを一通りそろえているのを見ると、冒険者だというのはウソではなさそうだ。

 しかし、そのマントや鎧はところどころ黒ずみ、ほころんでいる。ブーツは泥に汚れ、色あせていた。

 

 清潔とはいえないその格好には、受付嬢もとまどっているようだった。周りの職員も、仕事をしながら不審な青年に警戒の視線を送っている。

 少しずつ空気が不穏になり、ジゼルもついついなりゆきに視線をそそぐ。その時、追いついたアランたちが後ろから声をかけた。

 

「よう、どうしたんだこんなところで」

 

「みなさん集まって、何かあったんですか」

 

「それが……なんだか他所から来たヤツがもめてるらしくって」

 

 ジゼルが振り向いて説明しようとする。その時ギルド内から、カウンターを強くたたく音が響いた。

 

「きゃっ!?」

 

 続いて受付嬢の悲鳴があがり、ジゼルたち含めたヤジウマがいっせいに視線を向ける。見ると例の青年がカウンターに身を乗りだし、息をあらげているところだった。

 

「……もう一度だけ言うぞ。その依頼を……ゴブリンを殺す依頼をよこせ」

 

「し、しかし……」

 

「ゴブリンだ! そいつさえ始末できれば俺はどうでもいい。これ以上イラつかせるなら……!」

 

 男はそう言ってマントをめくり、腰に下げた武器をちらつかせる。鞘におさまったそれは刃の広いマチェットで、力任せに振るうだけでも使えそうな大振りなものだった。

 刃物の登場に、今まで見ていたヤジウマたちもざわつきはじめる。ジゼルが表情を引きしめ、ルナがあわててダニエルの方を見る。

 

 ところが、ルナは口を開こうとしてふととまどった。隣のダニエルはなぜかカウンターの光景にくぎづけになり、目を見開いたまま立っていた。その様子にルナは、眉をひそめて彼を見つめる。

 

 ……少しして、ダニエルは口をかすかに動かし、か細い声をあげた。

 

「リチャード……?」

 

「……?」

 

 ダニエルがつぶやいた名前に、ルナは心当たりがなかった。しかしその事を考えるより早く、アランが入り口に飛び込み、走って青年のもとへと向かう。

 

「こら、何してんだお前!!」

 

「……あ?」

 

 アランが叫ぶと、青年はギロリとアランをにらみつける。伸びた黒髪の陰で光る目にアランは一瞬たじろいだが、それでも気を取り直して口を開く。

 

「ここは仕事場だ。騒いでたら迷惑になるだろ。ルールを守れないなら帰れ」

 

「お前には関係ない。うせろ」

 

「そうはいかねえ。受付ちゃんだって怯えてるだろ。ねえ?」

 

「は、はい……」

 

 アランが不意に笑って受付嬢にたずねると、嬢はおどおどしながらうなずいた。青年はふんと鼻をならし、アランにも武器を見せながら言う。

 

「……俺にはやらなきゃならない事がある。邪魔するなら容赦しないぞ」

 

「なんだよ物騒だな。やらなきゃいけない事ってなんだよ」

 

「お前には関係ない」

 

「いやいや待て。さすがにケンカはまずいって」

 

 アランは身構えつつ、青年を注意深く見つめる。青年の目は凶暴そうにゆがめられながらも、どこか切羽詰まった光があった。

 ……ただ横暴なだけじゃなさそうだ、とアランは頭のすみで思った。すると、アランの後ろから何人かの足音が近づいてくる。

 

「おいコラ、いつまでゴネたら気がすむんだ?」

 

「男なら聞き分けよくせんか。みっともない」

 

 ジゼルとルナが呆れた顔でアランのそばに立つ。それを見て、青年は不愉快そうに顔をゆがめた。

 それから他の冒険者たちも集まってくるのを、青年は身じろぎもせずに睨んでいた。武器を取るワケでも、そこから去るワケでもない。自分の中のイラつきで頭がいっぱいになっている。そんな風だった。

 

 ところが、遅れてきた一人の男に気づき、青年の顔つきがさあっと変わる。

 

「リチャード……」

 

「…………!?」

 

 そこに来たのはダニエルだった。彼は青年を見つめ、リチャードという名を口にする。それを聞いたとたん、青年……もとい、リチャードはハッと息をのんだ。

 先ほどまでつり上げていた目をいっぽいに見開き、口をぽかんと開け、脚をガクガクと震わせだす。その様子にアランをはじめとした冒険者たちが眉をしかめていると、リチャードはかすれた声でつぶやいた。

 

「……ダニエル……? お前、生きていたのか……?」

 

「へ? ……なに?」

 

 知り合いなのか? 過去に何かあったのか? アランはさまざまな疑問がうかんでダニエルの方を見たが、不意に彼らは強く突き飛ばされた。

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

「ちょっとー!」

 

 突き飛ばしたのはリチャードだった。彼は集まっていた冒険者たちを乱暴に押しのけ、無言でギルドから出ていった。アランが振り向くと、走り去る彼はとうに角をまがって見えなくなっていた。

 冒険者たちはあっけに取られ、「今の何?」「さあ……」などと怪訝な声で語り合っている。

 

「おいネーチャン、ケガはないか?」

 

「あ……平気です。お気遣いなく」

 

 ジゼルはカウンターへ駆けより、受付嬢に声をかけている。他の冒険者たちも、ギルドへの用を済ませたいのかゾロゾロとそちからに集まっていった。それを一瞥し、アランは近くでルナと一緒に立ち尽くしているダニエルの方を向いて言った。

 

「……ダニエル」

 

「……はっ、はっ……」

 

「しっかりせい! なんとか言わんか!」

 

「……あ、はい」

 

 ルナに言われ、ダニエルはやっと生返事をする。額に汗をうかべ、動悸がはげしいのか浅い呼吸をくり返している。アランは遠慮がちにたずねた。

 

「知り合いか? 今の……」

 

「故郷の……友人なんです。でもまさかこんな所に……」

 

 ダニエルは信じられないといった表情のまま答えた。顔からは血の気がうせて明らかに憔悴している。

 ……その様子を見て、アランはいつだったかダニエルが秘密のあるそぶりを見せていたのを思い出した。

 そう。「ゴブリンが嫌いだ」ともらしていた、あの時の事である。

 

 

――

 

 

「……それで? アイツは本当にリチャードって名前で間違いないのか?」

 

「ああ、あの受付もそう聞いたらしい。他の市から移籍したくて来たって」

 

「あの感じで働けてたのかね……。パートナーはいないのか? 獣人の女の子とか」

 

「いないみたいだぜ。つかあれで獣人が組まされてたら、かわいそうだ」

 

「人間で一人だけ、か……。めずらしいな」

 

 ……それから少しして、四人はギルドを出て街をぶらぶらと歩いていた。ダニエルの憔悴がぬけきらず、仕事を探す気にもなれなかったのである。

 ただ、そうして歩いている間も、ダニエルはうかない顔で一つも言葉を発しなかった。

 

「…………」

 

「ダニエル、これダニエル。聞こえんのか?」

 

「ん……えと、ごめんなさい。なんですか?」

 

 ルナが呼びかけると、上の空だったダニエルはやっと反応する。しかし向けた笑顔は明らかな作り笑いだった。

 さすがにしびれを切らしたのか、ルナが気がかりそうにたずねる。

 

「……一体全体どうした? あのリチャードとかいう男と因縁でもあるのか?」

 

「それは……その」

 

「話したくないなら、せめてそう言ってもらえんか。ワシだって心配なんじゃぞ」

 

「…………」

 

 ルナがそう言って見つめるが、ダニエルは黙ったままうつむいていた。それを見ながら、アランはどうにも気まずさを感じていた。

 パートナーにあまり隠し事をしてほしくない。そう思うルナの気持ちは分かる。しかしダニエルも、やたらと秘密をつくりたがるようなタイプではないはずだ。おそらくそれなりの事情がある。

 以前、ダニエルから「ゴブリンが嫌いだ」と打ち明けられたのはアランだけだった。彼はさりげなく、ルナとダニエルの会話に割って入る。

 

「ルナ。気持ちは分かるが、あまり無理に聞かない方がいい。前だって同じような事があったろ?」

 

「……まあ、どうしてもイヤなら……詮索はせぬが」

 

 ルナはしぶしぶと言った様子で押し黙る。しかしその直後に、ダニエルはふと足を止めた。

 他の三人が止まったダニエルを見る。すると彼は唐突に、こんな事を言いだした。

 

「……ルナ、みなさん。先に宿へもどっていてくれませんか?」

 

「なぬ?」

 

「あん?」

 

 ルナとジゼルが眉をひそめる。それにかまわずダニエルはとつぜん駆けだしたかと思うと、振り返って大きく叫んだ。

 

「僕、リチャードを探してきます! 心当たりがあるので!」

 

「は、おいちょっと待て!!」

 

 アランが止めるのも無視して、ダニエルは背を向けて走っていく。その先に街の出口があるのに気づき、アランたちはあわてて追いかけた。

 

「ダニエル! 心当たりってどこだよ!?」

 

「近くの森ですよ! ゴブリンを殺すって言ってたでしょう?」

 

「だからって、仕事でもなしに森まで行くってのか?!」

 

「万が一ですけど……やりかねません!!」

 

 走りながら、振り向かずに叫んで答えるダニエル。そうして街中を走り続け……しばらくして彼らはけっきょく全員で、市街から外に出る関門へたどり着いた。

 

「今さっきリチャード……じゃなくて、冒険者が一人出ていきませんでした!? 知り合いなんです!」

 

「ああ……ソイツなら、森に走っていったよ」

 

「俺らは止めたんだが、強引に振り払われてな……。少し様子がおかしかったぞ」

 

「……ああもう、アイツは!」

 

 関門を守る衛兵から話を聞き、ダニエルは小さく舌打ちしていら立ちをあらわにする。アランはそれを見ながら、気がかりなものを感じた。

 同郷だから心配になるのか、それとも衛兵の言う「様子がおかしかった」のに心当たりがあるのか。ダニエルも以前はゴブリンを憎悪し、リチャードもゴブリンを殺したがっていた。

 

 ……内心で、ふと直感する。もしかしたらこの先で、リチャードが何かとんでもない事をしているかもしれないと。ダニエルの過去は、その凄惨な光景とともに知るハメになるかもしれないと。

 その懸念を裏づけるかのように、ジゼルが走りながら深刻な顔でつぶやく。

 

「……魔物の血の匂いだ」

 

「どこから?」

 

「森の方。こりゃタダじゃ帰れないかもな」

 

「ダニエル。ワシらもついていくぞ。よいな?」

 

「……分かりました。」

 

 ……それから、四人はリチャードの匂いをジゼルに追ってもらい、森の中へと足を踏み入れた。入り口周辺は静かで動物たちも穏やかだったが、リチャードの匂いはまだ奥へと続いている。

 彼らは周囲を警戒しつつ、慎重に歩を進める。次第にならされた道が細くなり、草が生い茂る森の深い場所へと近づいていく。

 

「……まいったな。血の匂いがずっと濃くなってる」

 

 先頭にいたジゼルが、手にカギ爪をはめながら言った。他の三人もおのおの武器に手をかける。日のさえぎられた暗い森の中をさらに進んでいくと、四人は目の前にあるものを見つけた。

 

「うおっ……!?」

 

「これは……」

 

 ジゼルが低くうめき、ダニエルが表情をこわばらせる。アランやルナも()()を見て、息をのんだ。

 ……そこにあったのは、ゴブリンの死体だった。頭がザクロのようにぱっくりと割れ、かけらも動かずに横たわっている。

 ルナはレイピアに手をかけながらも、怯えたようにダニエルへ寄り添う。それをよそに、ジゼルが死体に向かってかがみ、あちこち観察する。

 

「……ついさっき殺されたみたいだな。傷も血も新しい」

 

「リチャードのしわざでしょうか……」

 

「さあな。直接聞いてみないと分からん」

 

 ジゼルはため息をついて立ち上がる。その時、アランがいつの間にか剣をぬき、重苦しい声で言った。

 

「妙だな……」

 

「お前もそう思うか?」

 

 ジゼルが訳知り顔で振り向く。ダニエルも何かに気づいたようにハッとなり、ルナだけが一人眉をひそめた。

 アランは真剣な目つきで言う。

 

「考えてみろ。今まで、ゴブリンが一人きりで出てきた事なんてあったか? 襲ってくる時は、たいてい群れていたろ」

 

「! ……ならコイツは」

 

「襲う気もなくただ一人でいたところを、いきなり殺されたと?」

 

「あるいは、ゴブリンを見てパニックになったヤツがつい()っちまったか……。いずれにしろ、怖いのは……」

 

 アランは途中で言葉を止め、ジゼルの方を見る。ジゼルは視線に気づくと、獣耳をピクピクと動かして言った。

 

「あいにく、悪い予感が当たりだな」

 

「まさか……!」

 

 ダニエルがつぶやいた、その直後だった。

 

「ギャーギャギャギャッ!!」

 

「ゲェーッゲゲゲ!!」

 

 とつぜん、カエルのつぶれるような声が周囲に響きわたる。四人が武器をかまえると、それを囲むように10人ほどのゴブリンたちがあらわれた。

 みな目をつり上げ、眉間にシワを刻み、キバをむいて怒りをあらわにしている。手に持ったゴブリン製の剣や盾を今にでも使えるようにかまえているのを見ると、敵意を向けているのは明白だった。

 それを見たアランが苦笑いする。

 

「……敵討ちに来られるかも、と思ったらもう来たか」

 

「でも、やったのは僕らじゃないですよ……?」

 

「そこはまあ、人間みんなを警戒してやがるんだろう。また同じ事をされたらかなわんからな」

 

 納得いかなそうにするダニエルへ、アランは笑ったまま首を横に振る。そんな二人へ、横からジゼルが口出しする。

 

「おしゃべりしてる場合か! 連中、話し合いの余地はないって顔してるぜ。こりゃ腹くくらねえと」

 

「最近は、ゴブリンたちとも争いをさけられていたんじゃが……」

 

 ルナは後味悪そうにつぶやく。しかしそんな彼女の言葉などまるで知らぬとばかりに、ゴブリンたちはいっせいに四人へ襲いかかった。

 

「来た!」

 

 アランが声を張り上げる。それを合図にして、四人もやむなくゴブリンたちへ身構えた。

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