獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「……ダニエル……お前なんで……?」
灯り一つない、人里はなれた森の奥。そこを一人でさまよっていたリチャードは、呆然としてつぶやいた。
体は泥と血に汚れ、両腕を背に回すかたちで上半身をツタで縛られている。武器もなく、どこかから逃れてきたという風な格好のリチャードは、口をあんぐりと開けて信じられないといった様子でダニエルを見つめていた。
一方、ダニエルも同様に目を見開きおどろいていた。心のどこかで生存をあきらめていたのかもしれない。
しかし、ダニエルはすぐに気を取り直し、立ち上がってリチャードへさけんだ。
「なんでじゃありませんよ! リチャードがこんな所まで来るから、連れ戻しにきたんじゃないですか!」
「なっ……別に頼んでねえよ! 関係ないヤツらまで連れてきやがって!」
「あ、余計だった? いやこっちも森に勝手に入るのを放置はできないからさ」
ダニエル以外の面々をにらみつけるリチャードへ、アランはへらへらと笑ってみせる。ダニエルはリチャードへ駆けよると、強引に腕を引っ張った。
「ホラこっち来て。ここは危険です! おおかたゴブリンに捕まったんでしょう!?」
「いたたっ! おいテメェ、俺は縛られてんだぞ!!」
「ああもう、面倒くさいなぁ!」
ダニエルはいら立った様子で腰からナイフをぬき、リチャードを縛るツタを切る。彼が自由になったところで、ジゼルやルナも呆れ顔で近づいてきた。
「ったく、手間かけさせやがって……。ゴブリンが憎いのか知らんが、ムチャな真似すんなよ」
「本当じゃ。ダニエルに感謝するんじゃな」
女性たちの言いざまを聞いて、リチャードが眉をひそめる。そして勢いよくダニエルへと振り向いた。
疑うようなその視線に気づき、ダニエルはばつが悪そうに答えた。
「実は……僕とリチャードの事を聞かれて、昔のあの事も話してしまったんです」
「お前……勝手に」
「すみません。でも、ワケも話さずにみんなをこれ以上ふりまわすのも、不義理な気がして……」
頭を下げるダニエルを、リチャードは疲れてギラついた目でにらみつける。ダニエルはその視線を受けながらも、仕切り直すようにまた腕を引いた。
「とにかく! 今はここから離れないと! このままじゃ死んじゃいますよ!」
「…………」
「ヤツらが憎いのは分かります。僕もそうでしたから……。けど、今さらゴブリンを殺して回ったって、なんにもならないでしょう!」
引っ張りながら、ダニエルは自分とリチャードを重ね、そんな事を口走った。しかしリチャードはその瞬間ふっと目を見開いたかと思うと、ダニエルの手を振り払ってどなった。
「……ッ黙れッ! 知った風な口を利きやがって!!」
「え、えぇ……?」
「俺がただ、ゴブリンを嫌いなだけで殺してると思ってるのか!?
リチャードの言葉に、ダニエルの体が固まる。アラン、ジゼル、ルナも話のなりゆきに息をのんだ。
しばし荒い息をつき、リチャードはどさりと腰を下ろしてうなだれる。その目にはうっすらと涙がにじんでいた。
無言でリチャードを見つめる四人。そこでダニエルが、おそるおそる尋ねた。
「リチャード……もしかして、あの時の事を?」
「ああ……そうさ。俺だって悪いと思ってたんだよ。逃げちまってから、ずっと……!」
リチャードは苦渋の表情で歯がみした。そして一人、懺悔するかのように声を絞り出して語る。
「……村を出てから、何度も後悔したんだ。お前がオフクロといっしょに責めてくるような気がして、夢にまで見た。それが苦しくて……18歳になった年に、冒険者になったんだ」
「……冒険者になった理由って、まさか」
「決まってるだろ! ゴブリンを殺すためだ!」
ダニエルの問いかけをさえぎり、リチャードはわめいた。その声色は決意のあらわれというより、ヤケクソになってさけんだそれに近かった。リチャードはなおも続ける。
「俺はくる日もくる日も、ゴブリンを殺し続けた! 依頼があろうと無かろうと、一人きりで一日に何匹も死体にしてやったんだ!!」
「なんだってそんな真似を……そんな事したって」
「
反論しようとするダニエルを、リチャードはどなってにらみつける。その血走った目は、暗闇の中でも異様な迫力を放っていた。
ゼェゼェと荒い呼吸をし、リチャードはダニエルを見つめ続ける。そしてダニエルがずっととまどった表情でいるのを見て、ため息まじりに肩を落とした。
そしてしばらくして、くっくと笑い声をあげ、肩をふるわせて言う。
「そうかよ……俺がこんな血まみれになっても、お前は何も言わないのか。……いや、見下してるのか? バカなヤツだって」
「なに言ってるんですか。僕はそんな……」
「隠すなよ! どうせ許してやくれないんだろうさ。そうやって冷静ぶって軽蔑してくるのが、関の山なんだ!!」
リチャードはもはや、ダニエルの言葉をほとんど聞いていなかった。勝手に自分への侮蔑を想像し、ふてくされてわめくだけ。すねた子供のようなそのしぐさに、とうとうルナが割って入った。
「貴様、いい加減にせんか! ワシのパートナーを見損なうと許さんぞ!」
「なんだぁ、このチビ獣人! テメェには関係ねえだろうが!!」
「おい、よさねえかこのバカ!」
「放せっ、畜生があっ!!」
もみ合いになりそうなルナへ、ジゼルが加勢する。ダニエルを押しのけてケンカしだす彼らへ、アランがゆらりと歩みよる。
「おい、リチャード……」
低い声で呼ぶアランの手には、一本のロープが握られていた。ダニエルが「お互いの体をつなぎましょう」と言って取り出したモノである。
そのロープと、それからいら立ちのこもったアランの表情を見て、リチャードもわめいていた口がふと固まる。アランはジゼルの肩に手を置いて言った。
「いったん離れてくれ。俺が話す」
「けど、お前……」
「いいから。ほら、ルナも」
「む……」
ジゼルとルナは不満げながらもリチャードから離れる。そしてアランはなりゆきを見守るダニエルを一瞥してから、リチャードを見下ろして言った。
「リチャード……お前、今一人になってどうする気だ? 見た感じ丸腰じゃねえか」
アランはリチャードのベルトの辺りを見て言う。ギルドでちらつかせていたマチェットは、ゴブリンに取られたのか無くなっていた。
しかし、リチャードはにやりと笑ってアランを見返す。
「はっ、そんなハンパな覚悟で戦ってないさ」
「というと?」
アランが聞くと、リチャードは懐をごそごそと探り、妙な物体を取り出した。指でつくる輪っかくらいの太さの、紙で巻いた筒が三本。表面には魔法陣に見られるような文字列がびっしり書いてある。
アランたちがその筒に注目すると、リチャードは誇示するようにそれを見せつける。
「聞いて驚け。コイツはな……発火する植物と爆裂する魔法を組み合わせた、自家製の爆弾だ!」
「ば、爆弾!?」
「……ウソじゃなさそうだな。確かにキナくさい匂いがする」
ルナが飛びのく横で、ジゼルが鼻を利かせながら言う。それを聞いたリチャードはどこかホッとした様子で、ダニエルの方を向いて言った。
「……冒険者になる前から研究してたんだ。見ろよ! いつでも死ぬ準備はできてるんだぜ。ゴブリン共といっしょにな!」
「…………」
「なあ分かったろ? 俺は本気なんだよ。だからお前らはどっか行ってくれ。生きてるうちに、少しでもゴブリンを殺さなきゃならねえんだから」
ぺらぺらと口が回るリチャードだったが、どうして。その口調は本気には見えず、どこか怯えているようだった。口の端をひきつらせ、ずっと弱々しく笑っている。
ダニエルはそれをとまどった顔で見つめていたが、アランがふと、低い声でたずねた。
「リチャード。一ついいか」
「あん?」
「その爆弾は、肌身はなさず持ってるんだな?」
「ああそうだ。この通り、俺にはつねに覚悟が……」
「じゃあ何故まだ使ってないんだ? ゴブリンに捕まってたんじゃなかったのか?」
「! うっ……」
アランが問うと、リチャードは虚をつかれたように黙りこむ。そして今までの誇らしげな顔が一転して弱気になったかと思うと、彼はしどろもどろになって答える。
「……火をつける道具を忘れたんだよ」
「そんなもの、必要なら持ち歩いとくものだろう」
「うるせえな! たまたま忘れたんだ!」
「じゃあ、その忘れた道具の名前は?」
「それはっ……その」
アランの追求に一度は言い返すも、すぐに沈黙してしまうリチャード。その様子に、周りで見ていたダニエル、ジゼル、ルナもいぶかしげな目つきになっていく。
一拍だけ静かな時間がはさまり、アランはこんな事を言った。
「リチャード。お前……本当はゴブリンといっしょに死ぬ覚悟なんて無いだろ」
「なっ……なにぃ!?」
「『ゴブリンを殺すから』、『いざとなったら死ぬから』……許してくれって、言い訳してるだけだ」
「言い訳……? 俺が、誰に言い訳してるっていうんだ!?」
リチャードは立ち上がって反発し、アランをにらみつける。アランは目の前にきたその視線をまっすぐ見返し、ハッキリと言った。
「ダニエルだよ」
「ッ!?」
「え……」
「お前はダニエルにずーっと言い訳してたんだ。死に別れたヤツが許してくれるワケないもんな。……まあ、実際は生きていたがよ」
アランが目配せすると、ダニエルは考えが追いつかないという風にリチャードを見つめたまま喋れずにいた。リチャードはそちらに視線を向けかけ、ばつが悪そうに顔をそらす。
「リチャード……僕はなにもゴブリンを殺してくれだなんて」
「……かけらも思ってないってか? そりゃ悪かったな。お前がそんなに諦めがいいとは知らなかったぜ。冷血漢め」
「貴様、言わせておけば!」
「コイツだって苦しんでたんだぞ。お前がやった事で八つ当たりするんじゃねえ!」
「黙れよ、うるせえな!!」
リチャードの言い様にガマンできず、女性陣が食ってかかる。リチャードも再び粗暴な態度になり、あわやつかみ合いになるかというところで、ダニエルが割りこんだ。
「やめっ、ちょっと! やめてください!」
「クソが、お前も邪魔を……」
「やめろッ!!」
わめき続けるリチャードを、ダニエルがどなりつけた。その怒声が普段のおとなしい態度からかけ離れていたので、リチャードのみならずアラン、ジゼル、そしてルナでさえ言葉を失った。ダニエルはリチャードをまっすぐに見て話しはじめる。
「分からないんですか……? リチャードは今、ゴブリンたちの暮らしを壊そうとしてるんですよ? それも、罪悪感から逃げるためだけに」
「…………」
「考えてもみてください。何の必要もないのに勝手にナワバリを踏みにじって殺して回るなんて、ゴブリンよりも酷いですよ……。そんな事しても、不毛なだけです」
ダニエルが真剣な目でそう語るのを、リチャードは苦しげに聞いていた。村を襲われて今まで、二度と会えないと思ってきた相手が、今までずっとやってきた事を否定してくる。しかもリチャードだって、本心では自分を正しいと思っていなかった。だからこそダニエルの言葉で心がゆらぐのだ。
さらに、ダニエルはこう続ける。
「僕だってゴブリンを一時は恨みました。でも、もういいでしょう? 一人でこんな自暴自棄になっている姿、放っておけませんよ」
ダニエルの人柄からか、彼の口調には無意識に優しさがにじみ出ていた。そんな風に語りかけてダニエルは手を差しのべたが、リチャードは苦悶の表情をしたままだった。
そして、手を払いのけてさけぶ。
「近よるな! どうせ本音じゃ、俺を許しちゃいないクセに!」
「リチャード……」
「そうやって口ではキレイ事吐いて、俺より達観してるって見せつけたいだけなんだろ! それがお前の仕返しなんだ!!」
いまだに罪悪感と被害妄想にとらわれているリチャードを見て、ダニエルは悲しげに目を細めた。他の面々はすでに、その顔に面倒くさそうな気色さえうかべている。
と、その時。白けた顔をしているジゼルがふと、目つきを変えた。
「……しゃべりすぎたな。さすがに」
「おいおい、まさか今になって?」
「残念ながらアタリだ」
「どうせならもっと早く言ってくれよ」
「うっせーな。この野郎がさわぐから悪いんだ」
顔をしかめるアランへ、ジゼルはリチャードを指さして言う。そばで見ていたダニエルとルナは一瞬とまどったが、すぐにその会話の意味を理解した。
「ギギ……」
「グゲゲ……」
人間ばなれしたしゃがれた声をあげ、木々の陰から何人もの人影があらわれる。アランたちより小柄な、剣や盾を装備した魔物たち。それが何十人もあらわれて四人を取り囲む。
ゴブリンたちだ。そう気づいた時、ダニエルが後悔に満ちた顔で言った。
「……だから、むやみに彼らの暮らしを邪魔しちゃいけないんだ」
その言葉に、リチャードがピクリと体をふるわせる。
ダニエルの言葉には、おそらく少しばかり嫌味が入っていただろう。しかしそのわずかな悪意に、リチャードは猛然と立ち上がるや悲鳴のような声で返した。
「だったら俺が残るよ。ああ、残りゃいいんだろ!?」
「リチャード……!? 何を言って……」
「お前らは逃げてろ。俺がみんな始末する!」
アランやダニエルに背を向け、勇ましいセリフをはくリチャード。手には例の爆弾を全て持っている。
しかし、それを見る四人は誰一人たのもしいという感情を抱いていなかった。
先ほどのリチャードを見ても、他人のために命をはれる人間には見えなかったから。
アランは、ゴブリンたちをにらんでいるリチャードへ近づき、その肩をつかむ。
「バカ言ってんじゃねえ。帰るぞ」
「このっ……逃げろっつってんだろが! 俺なんていいから……」
「その爆弾、どうやって火をつける?」
「ぐっ……それはどうにかして……」
「ダニエルの身にもなってみろ! こんな死にかたがあるか!!」
アランはそうどなるや、手に持っていたロープでリチャードを縛りつけた。驚いてリチャードがもがくと、その手から爆弾がすべり落ちる。
「なっ、ほどけこのクソったれ! 俺はいつか、こうやって死ぬ気で……」
「『死んでお詫び』なんてのはな、バカのする事だ!」
アランはリチャードを縛りあげるとそれを引きながら、ジリジリ近づいていたゴブリンたちを手で制止し、よく通る声で呼びかけた。
「待て! 待ってくれ! コイツ……リチャードは俺らが森の外まで連れていく。二度とこんな真似はさせない。だから逃がしてもらえないか!?」
「…………」
「虫のいい頼みなのは分かってる……。でも今、コイツは迷いが覚めるかどうかの瀬戸際なんだ。今回だけ……今回だけは許してくれ」
敵対心をみなぎらせたゴブリンたちへ、必死で呼びかけるアラン。その気持ちが伝わったせいなのか、ゴブリンはそれ以上近づかずに話を聞いていた。
このまま刺激せずに立ち去れば、逃げられるかもしれない……。アランは冷や汗をかきながらそう考えていた。
しかし、その時。
「嫌だ! 死なせろ! どうせゴブリンなんか、俺らの事をなんとも思っちゃいねえんだ!!」
「っお前、まだそんな……」
「死なせろってんだ! その手ぇ放せ! 放せえェッ!!」
縛られているにも関わらず、リチャードはアランの方ばかり向いてわめき、ジタバタともがいた。アランや他のメンバーもとまどったが、それよりまずい事が起こった。
「グガァーーーッ!!」
リチャードの態度から、まだ敵意があると見なされたのだろう。動きを止めていたゴブリンたちが、雄たけびと共にいっせいに走り迫ってきたのだ。
「っ逃げろ!」
アランはとっさに叫び、リチャードを引きずって逃げだした。ジゼルやルナも背を向けて一目散に走る。
ただ、そんな中で一人だけ、その場を動かなかった人物がいた。ダニエルである。彼は杖をにぎり、迫るゴブリンたちを心苦しい表情でにらんでいる。
「ダニエル、何しとる! 死にたいか!?」
すでに遠く離れたルナが、ダニエルの背中に向けてどなる。しかしダニエルは振り返りもせずに、ゴブリンを――正確には、その足元にあるモノを見ていた。
リチャードのつくった爆弾。
それがどれほどの威力を持つのかは分からない。しかし、逃げるためにゴブリンの命をさらに奪うだろう事を考えると、彼の胸は痛んだ。自分のために誰かを犠牲にする、その罪悪感にとらわれたリチャードの気持ちが、分かるような気がした。
しかし、それでこの先言い訳し、許してもらおうとするつもりはない。相手が自分を許すかどうかなど、相手の自由だ。ダニエルはただ、助かるために何をすべきか、それだけを考えた。
「
ダニエルがさけぶと、杖の先に魔法陣がうかんで炎の塊がはなたれる。それはひるんだゴブリンたちのすき間をぬけ、足元に転がる爆弾に着弾した。
ボッ、と音を立てて爆弾が火につつまれる。それを見てゴブリンたちは驚いて足を止め、ダニエルは腕で顔をかばった。
爆発する……ダニエルはそう思い、ゴブリンたちも直感でなんらかの被害を予想した。先に行っていたアランたちも、そのなりゆきに目をうばわれた。
しかし、次に起こった事は、誰もが予想しなかったものだった。
パンッ、と気の抜けるような破裂音がし、夜闇に白い煙があがった。火もちらちらと飛び散っているものの、マッチ数本をそこらにばらまいたような規模でしかない。
「…………」
「…………」
それきり爆発のようなものはなく、ゴブリンたちもダニエルたちも拍子抜けした様子でそれを見ていた。しかしその代わりというか、煙はいつまでもモクモクと周囲に広がっていく。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「ガアァ、グッ……」
その煙にあたり、ゴブリンたちは目をつぶって咳きこみだした。その効果は爆弾というより、煙幕や催涙ガスのたぐいに近かった。
「……これは……」
「ダニエル! 今のうちだ!」
アランがさけぶと、あっけに取られていたダニエルもあわてて逃げだした。そうして走る最中、彼は横に並んだリチャードを見た。するとリチャードは、怯えたように目をそらしたのだった。
――
「ぜぇっ……ぜぇっ……」
「やっと……出られた」
「ったく、長くかかったもんじゃ」
……それから数時間。一行はようやく森をぬけ、木々を背にして座りこんだ。空はすでに白み、冷えた風がふいている。
「…………」
五人の中で、リチャードは無言でへたりこんでいた。ダニエルはそんな彼に歩みよると、リチャードを縛っている縄をほどいてやる。
「よかったですね。みんな無事で」
ダニエルはとりあえずそう声をかけた。するとリチャードはうつむき、ボソリと言った。
「……あれは、本当に爆発するハズだった」
「へ?」
「あんな欠陥品にするつもりはなかった……。ただ、テストしてなかったんだ」
「じゃあやっぱり言い訳じゃねえか。とりあえず自決用だっつって作っただけだろ」
近くで聞いていたアランが口をはさむ。今度はリチャードは反発しなかった。涙ぐみ、膝をかかえて顔をうめ、こもった声でこうつぶやく。
「……ごめん、ダニエル」
「…………」
「ごめん……ごめんなさい」
相手の顔を見ない謝罪。それを見て、他の者たちはリチャードについてふと感じるものがあった。
彼は、子供なのだ。罪の意識と向き合えずに自分を傷つけ、また独りよがりな方法で贖罪し、誰も望まない事をする。
そうして許されたがる。罪から逃れようとする。おそらくリチャードの心は、村が壊滅した13歳かそこらの頃から変わっていないのだろう。
そう思い、やりきれない気持ちになるアラン、ジゼル、そしてルナ。ダニエルだけがリチャードの前にしゃがみ、手で顔を上げさせる。
「……リチャード」
そう呼びかけられ、リチャードはぎくりとのけぞった。ダニエルの目には怒りも哀れみもなく、静かなものだった。
ダニエルは言う。
「僕はもう、あなたを恨んじゃいません。ただ、普通に生きてほしいんです」
「けど……それなら、俺は今まで……」
「バカな事をした、かもしれません。僕だってゴブリンを憎んでいましたし、えらそうな事は言えません。ただ……」
ダニエルはいったん言葉を切り、リチャードの目を見つめる。それからまた口を開いた。
「……今からでも、自分の人生を生きてください。
「……冷てえよ、そんなの。許してくれないって……これからどうすれば」
「これから先、僕以外に必要としてくれる人がきっといますよ。リチャードしだいで、それはどうにも出来るはずです」
ダニエルは笑みをつくって励ました。するとリチャードはしばし目をおよがせ、おそるおそる聞いた。
「お前の方は……会えたのか。必要としてくれる人とやらに」
「……ええ」
「っな、なんじゃ?」
ダニエルはあっさりと答え、立ち上がりルナを一瞥する。ルナが照れるのをよそに、ダニエルは空を見上げて言う。
「……暗ーいどん底でも、照らしてくれる人って見つかるものですよ。それに、いつか光が差してきてくれます。……多分ね」
リチャードもつられて空を見る。夜明けの白んだ空に、今まで自分たちを照らしていたであろう月と、朝をつれてきた太陽が、地上に近い場所で向かい合ってうかんでいた。
――
「……やれやれ、森を出たらその足で手続きとはなぁ」
「けっきょく、徹夜になっちまったな」
「元が夜行性の身でも、ちと眠いのう」
「まあ、一件落着してよかったですけどね」
……その日の朝。アランたちは始業したばかりのギルドから、そろってヨロヨロとしながら出てきた。目には一様にクマができ、疲れきっている。
「感謝しろよリチャード。お前、本当なら冒険者の資格をうばわれてもおかしくなかったんだからな」
「…………」
ジゼルの言葉に、リチャードは無言でうなずいた。
リチャードのやった事は、本来ならばおおごとだった。見張りに止められても街の外へ出向き、私怨で魔物の生活圏を荒らし回った。ギルドの上層部に伝われば、錯乱したかと思われて囚われる可能性もある。
そこでアランたちは、朝一番にギルドへ行ってごまかし込みの釈明をしたのだった。ゴブリンを殺すと息巻いていたのははりきっていただけ。強引に街を出たのは下見をしたくて先走ったため。森の奥まで行ったのは慣れない地方で道に迷ったため。ゴブリンたちを殺したのは帰り道が分からないパニックが主であり、私怨で魔物を刺激するような事は、今までもこれからも無い……と言い切ったのである。
「これからは、むやみに殺したりしないでくださいね。本当に人生をふいにしますよ」
「……分かってるよ」
「まあ、他の街への移籍処分ですんでよかったがのう」
ダニエルの忠告にうなずくリチャード。その横では、ルナがため息まじりに笑っていた。
そうこうしている内に、彼らは街の出口にたどり着いた。門の前で、それぞれがリチャードに別れの言葉をかけた。
「ま、達者でな。向こうでは周りに迷惑かけるなよ」
「こんな風に世話やくヤツ、同業にもそうそういないだろうからな」
「ワシらに会えてよかったと思って、つつしんで生きるんじゃな」
「……すまん」
やれやれという顔で言葉をかける面々に、リチャードはか細い声であやまり、頭を下げる。そしてダニエルの方をちらりと見た。
「? どうかしました?」
「いや……あのさ」
「はい」
口ごもるリチャードに、ダニエルは首をかしげる。しばし間があって、リチャードはこう切り出した。
「もしまたこっちに来たら……会ってくれるか?」
「また……ですか?」
「もう少しまともに人づきあいできるようになったら……あらためて話がしたい。ダメか?」
リチャードは目線をちらちらと動かし、不安げにそう言った。対してダニエルは小さく吹き出し、なんて事ない風に言った。
「そんなのお安いご用ですよ。むしろ僕だって会ってみたいです」
「そ……そうか」
「まず冒険者なら生き残るのを考えねばな」
ホッとしてうなずくリチャードへ、ルナがポツリと念押しする。それに苦笑し、リチャードは背を向け、街から出ていった。
「……しっかし疲れたなぁ。他人一人のためによくやったよ」
「ああ、お疲れさん」
リチャードの姿が見えなくなってから、ジゼルがうんと伸びをしながらぼやく。アランがそれにねぎらいの言葉をおくると、彼女はふと、悩ましげな顔になって言った。
「……大丈夫かね、アイツ」
「心配か?」
「いや、正直もう顔を見たくない」
うげ、と舌を出してジゼルは言う。それに共感するようにうなずきながらも、アランは言った。
「ま、信じてやろうぜ。……ダニエルみたいにな」
アランは笑って後ろへ振り向く。ジゼルも見ると、ダニエルはルナと話しながら歩いていた。
「ルナも、今日はよく休みましょう。体調をもどさないと、仕事にも行けません」
「お主も頑丈じゃなかろうに。なんなら獣人のワシの方が体力あるぞ」
「ま、まあお互いさまですよ。どちらか欠けるだけで大変ですから」
……二人一組で戦い、働きながら、自らもゴブリンへの憎悪を克服したダニエル。パートナーと話す彼の顔は、アランやジゼルが知るうちで一番いきいきとしていた。