獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「……別れよう。リリィ」
「え?」
「今まで何度も助けてくれたけど……僕みたいなヤツに付き合わされるの、いいかげん辛いでしょ」
ギルドの酒場にて。ケネスはパートナーであるリリィに向かって、そう言いはなった。ケネスの目は思い詰めたようにずっとリリィを見つめている。
「……本気?」
リリィが念押しするかのようにたずねるが、ケネスは意見を変えなかった。
「ああ。正直、僕はチームで動くのに向いてないんだよ。すぐ自分の世界に入っちゃうし、だからって曲をつくっても、なんの役にも立てないし……」
「今まで大きなトラブルもなかったでしょ。それで十分だから」
「それでも、心の中で色々と思ったりするでしょ。そういう積み重ねが後で怖いんだよ……」
「じゃあ、私は今どのくらいストレスが積み重なってると思う?」
「……分かんない」
「教えてあげようか?」
「ああ待って! 言わないで! なんか怖い!!」
ケネスとリリィがあれこれ言い合うのを眺めながら、アランもジゼルも奇妙な心地がした。出会った初日に別れ話をしだすこの彼らの人となりを、アランたちはよく知らない。ただ見ていてうかがい知れたのは、ケネスが人付き合いが苦手だという事、リリィはそれをあまり気にしていない事、そして二人が今まで冒険者のパーティーを転々としていたらしい事である。
……もし、これまで別れるなどと考えた事もないようなカップルなら、離れたい側と引き留めたい側で話し合いのボルテージが上がっていくところだろう。反対にどちらも相手に冷めていたなら、さほど話はこじれずに別れるかもしれない。
しかし目の前の二人の場合、ケネスが真剣に別れたいとする一方で、リリィは怒りもせず慣れた様子で受け答えしている。
(……こりゃやっぱり、過去にも同じような事があったな)
アランは内心でそう察した。ジゼルの方はすっかり呆れた顔でケネスを眺めている。
ケネスとリリィはしばらく温度差のあるやり取りを続けていたが、やがてそれも終わりを迎えた。
「とにかく……そういう事でお願い!」
「あ、ちょっと!?」
リリィが止めるのもかまわず、ケネスは自分のハープを引っつかむとわき目もふらずギルドを飛び出していった。ギルド内の冒険者たちがとまどう中で、リリィやアラン、ジゼルはあっけにとられてケネスの出ていった出口を見つめていく。
「……っておい、いいのか? 行っちゃったけど」
アランはあわててリリィへたずねたが、リリィはふぅとため息をつくと、事もなげに言った。
「……大丈夫。こういう事、初めてじゃないから。待っていればいい」
「そんな気はうすうすしたけど、だからって……」
「待ってくれよ。どうなってんだアイツは一体」
前にも同じような事があった、そう感づいていたアランはともかく、ジゼルはうんざりした顔でリリィに食ってかかった。ケネスがよほど身勝手に見えたのか、いら立ちが声にもあらわれている。
リリィは席に座り直し、テーブル上のエールを一口飲んでから語りはじめた。
「……さっきも言ったし、見て分かると思うけど……あの子いわゆるコミュ障だから。他人と話すの苦手だし、よく一人で居たがる」
「なんかトラウマでもあるのか? パーティーを何度か抜けたって話だったが」
「無い。言ったでしょ、今までみんな普通に見送ってくれたって。それ以前でもそんな話は聞かない」
「つー事は性格の問題かぁ……」
アランは椅子にもたれ、ウーンとうなる。トラウマだったら改善できるというワケでもないが、元々の性格となるとなおタチが悪い。彼はふと、フェリクスが大した事件もなく、ただ周囲から浮いたせいで街に移ってきたのを思い出した。
リリィはさらに続ける。
「でも……ケネスは大した事ない失敗でも、自分の中で悩む。私にも、めったに相談しない」
「悩むって、たとえば?」
「たとえば……たしか一年前、料理を担当した時にちょっと焦がしちゃってた。あと半年前に私と夜の見張りをした時に、何度か居眠りしてたし……ああそう。3ヶ月くらい前に小銭を借りて、それを返し忘れたまま別れたパーティーなんてのもあったっけ」
「……それって悩むような事なのか?」
「周りは何も言わなかったんだけど……"失敗した、しかけた"って事実がそもそも嫌なんだと思う。他人に知られるのはもっと嫌。きっとプライドが高いタイプだから」
「……言っちゃ悪いが、冒険者に向いてないんじゃないか? そいつ」
ジゼルが口をはさむと、リリィは目を伏せたまま言いよどむ。ジゼルの表情はすでに怒りと言っていいほどいら立ちをつのらせていた。
それを見たアランが、横からとっさに制止する。
「ジゼル、今日会ったばかりなのに言いすぎだぞ」
「だってそうだろ? 冒険者なんて命がけなのに、メンタル弱くてやってられるかよ」
「皆が皆、向いてる仕事につけるワケじゃないだろ」
アランはそう言っていさめたが、正直、ジゼルの指摘も一理あると思っていた。パーティー内でむやみに隠し事をすれば、仕事も円滑にはいかなくなる。場合によっては死ぬ可能性だって高まるのだ。
それに、単純にジゼルにとって、ケネスが嫌いなタイプだというのも十分に理解できた。なにせリリィはさらっと話しているが、アランでさえ聞いていて面倒そうなヤツだと思っていたのだ。
そんな時、ジゼルがトゲのある口調でこうたずねる。
「リリィ……別れる気はないのか? ケネスの言うとおり」
「おい、なに言い出すんだ?」
急な話にアランが口をはさむが、ジゼルは間髪いれずに答えた。
「……ケネスのヤツ、リリィの答えをろくに聞かずに出ていったろ?」
「それで?」
「あれな、本当は結論を出したくなかったように見えるんだよ。もし『じゃあ別れる』って返されたら、晴れてコンビ解散になるからな」
「なんか証拠はあるのか?」
「ない。女のカンだ」
ジゼルはフンと鼻をならしてそう言いきった。アランはそうかもと半ば思いながらも、やはり早計だとも思った。そのカンが外れていたらどうするのか。だいたい当人の前でぼかしもせず口に出すヤツがあるか……。そう思って、アランはあわててリリィの方を見る。
ところが、リリィはこう言った。
「分かってる」
「へ?」
「あの子は甘えてる。でも、だからって別れる気はない」
「……本気かよ」
「ええ」
なんの迷いもない口調。アランは目を丸くし、ジゼルはけげんな表情をしていたが、リリィは例の無表情でまっすぐ二人を見返した。
そして不意に立ち上がり、懐から小袋を出したかと思うと、小銭を何枚か机に乗せてリリィが言った。
「これ、引き留めちゃったお詫び……。これで会計していいから、二人はもう帰りなよ」
「けど……」
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
アランたちはためらったが、リリィはさびしげに笑うばかりだった。たしかに本来なら首をつっこむ義理もない。ただ、そうですかと放っておけるような状況でもなかった。
アランは立ち上がると、リリィに向けて口を開いた。
「……いや、もういっそ追いかけようぜ。今から」
「え?」
「このまま帰るんじゃ後味悪いし。ジゼルもいいよな?」
「……ああ。街は出てないだろうし、鼻で
「……あなたまで……二人して」
「いいから。払ってさっさと行こうぜ。ほら」
とまどうリリィへ小銭を突き返し、アランとジゼルはエールの代金を払いに行く。アランがちらりと見ると、ジゼルも心得顔でうなずいた。彼女も、リリィを放っておけなかったに違いない。
……というより、ケネスに一言もの申してやりたいというのが本音かもしれない。アランも似たような気持ちだった。リリィがここまで寛大でいて、もしケネスの方がまるでいいとこ無しの、彼の言うとおり本物のクズだったら、リリィがあまりにも不憫だった。
「じゃ、出発だ。イカ娘さん」
「う、うん……」
会計をしたアランが声をかけると、リリィも小さくうなずき、自分の槍を手にとった。
そして三人はギルドを出る。アランが空を見上げると、彼の気持ちと同じように、灰色の雲がもやもやと広がっていた。
――
「……こっちだな。アイツの青臭い匂いがする」
「余計な事は言わんでいい。追いつけそうか?」
「心配すんな。どうせリリィにも未練あるだろうし、すぐ見つかるさ」
アランたちは、ギルドを出てからジゼルの誘導にしたがって街を歩いていた。人の行き交う中にはすでにケネスの姿はないが、それでもジゼルの嗅覚ですいすいと街路を進んでいく。
「……近いな。匂いが濃くなってきた」
「よし、安心しろリリィ。もうすぐ再会できる」
「…………」
「リリィ?」
「うん、ありがとう」
リリィはふっと我にかえって微笑んだ。その笑み自体はウソではなさそうだが、いかんせん彼女はまた無口の時間が長くなってきていた。白い触手をのたのた這わせて動くリリィは、しゃべらなければほぼ無音である。
正直やや不気味だが、別に気にしなければいいだろう。そう気を取り直してアランが笑みを返すと、先頭のジゼルが振り返り言う。
「ちゃんとついて来いよ。置いてくぞ」
「そう急くなよ。今行くって」
「……もうすぐ降ってくるぞ。そうしたら匂いでも追えなくなる」
ジゼルのつぶやきにつられ、空を見上げるアラン。太陽をかくしていた雲はさらに濃くなり、全体をねずみ色に染めている。空気にも湿気がどんよりと混ざりはじめた。
アランも少し焦りをおぼえる。できれば雨には当たりたくない。そう思いながらも足を早めた、その時。
……ふいに、リリィが歌を口ずさみはじめた。小さいながらも透き通るような、美しい歌声。その歌声にジゼルもアランも思わず振り返ると、リリィは周りをまるで意識せず、歩きながら歌い続けた。
……そこまできて、ようやくリリィはアランたちの視線に気づく。とまどいつつも聞き惚れているアランたちへ、リリィは恥ずかしそうに言った。
「ご、ごめん……探してもらってるのに」
「いや、いいけどよ……。キレイな声してんな」
「人間の歌……ケネスに教わったのか?」
顔をほころばせるアランとジゼル。リリィはどこか寂しげにうなずいた。
「うん。おかげで自然と歌っちゃうようになった。ケネスは……しゃべっている時より、こんな風に歌ってる時の方が素直でいてくれるから」
「素直、ねぇ……」
「うん。あの通り卑屈だけど、歌ってる時だけは、あの子も正直に自分の気持ちを出すの。本当に」
そう話すリリィは、白い歯を見せて本当にうれしそうに笑っていた。ケネスも、リリィにこんな顔を見せる時があったのだろうか。
アランがボンヤリそう考えていると、急に前にいたジゼルがささやいた。
「おい、口閉じてろ!」
「な、なんだ。どうした?」
「……アイツの声が聞こえる」
ジゼルはそう言って、足音をひそめて道を進んでいく。獣人の耳には聞こえるのか、リリィも触手を器用に動かし同じ方角へ急ぐ。アランはあわてて後を追った。
三人の行く先はだんだんと表通りからはずれ、人の少ない狭い路地へと変わっていった。家々がせせこましく建つ住宅地の、ある建物の陰から、ようやくアランにも聞き覚えのある声がとどいてきた。
……ハープの演奏にのせた声。主はケネスだ。リリィと比べて音程のつたない、決して上手くはない歌声。それは思い出しながら歌うように途切れ途切れで、人に聞かせるものというより一人きりのつぶやきに似ていた。
忍び足で声の場所に近づき、三人は建物ぞいにすぐそばの死角まで忍び寄った。そしていざ飛び出そうとしたジゼルだったが、リリィがふと触手で手をとって止める。
なんだよ、と目でうったえるジゼルへ、リリィはささやいた。
「なるべく慎重に行って。あの子、悩んでいるところを見られたがらないから」
「けどアイツ、一人で飛び出したりして、あからさまに悩むアピールしてたじゃんかよ」
「うん。悩んでいるのは知ってほしくても、それを打ち明けるのは恥ずかしいみたい」
「ンだよ、ひねくれてやがんな……」
「ぐっ……」
呆れるジゼルを煽るかのように、歌詞がシンクロする。それにジゼルがムッとしていると、アランがそっと前に進み出てささやいた。
(俺が先に行くよ。お前はなるべく可愛らしい顔しとけ)
(うっせーなぁ、いいから早く行けよ)
(じゃ、いざ出陣っと……)
一人で歌い続けるケネスの方へ、アランがスッと足を踏み出す。そこには、余って放置されたレンガの山に腰かけ、胸にハープを抱いたケネスがいた。
ケネスが気配に気づき、ハッと顔を上げる。視線が合ったアランは軽く片手を上げ、笑みをつくって言った。
「よう、こんなところにいたのか。心配したぜ」
「あ……アランさん!? なんでここに!?」
驚いて、恥じるかのようにハープを脇の方へ抱えなおすくケネス。アランは後ろを示して答えた。
「あんな別れかたすると、やっぱり気になるからな。皆もこうして来てくれたんだ」
ジゼルとリリィがいそいそと姿をあらわす。ケネスはうっ、とかすかなうめき声をあげ、緊張した面持ちでつぶやいた。
「……わざわざ来てくれなくても」
「お前のためじゃねえ。私らが気になるからリリィを引っ張ってきたんだ」
そうつっけんどんに言ったのがジゼル。彼女は無遠慮にケネスへ詰め寄ると、腰に手を当てて上半身を乗りだし、ケネスを見下ろして言った。
「なんせあんな思わせぶりな態度とってたら、他人事ながらウザいからな。正直」
「……そう、ですか」
「お前な、リリィがもし本当に別れたかったらどうするつもりだったんだ? こんなところで歌ってる場合じゃないだろ」
「それは……歌いたい気分だったんですよ」
「彼女を放っておいてか」
「いや別に、放っておきたかったワケでは……」
「実際に一人にしただろうが。忘れたのか?」
ケネスは終始おびえた様子で、返答もしどろもどろだった。さらに質問をあびせようとするジゼルを、アランが横から止める。
「まあ、そう怒るなって。叩いてばかりじゃドアのカギは開けてもらえないぜ」
「じゃあどうすんだよ」
「まず何よりも、当人の気持ちが大事だろ……リリィ」
「……なに?」
「お前はどうしたいよ? 何か言いたい事とかないか?」
「ん……それじゃ」
アランに水を向けられ、リリィはケネスへと近づく。そしておだやかな声で言った。
「帰ろう。ケネス」
「…………」
「もうじき雨になるし、宿も見つけないといけないから」
「…………」
「本当にケネスが嫌だったら、こんな所まで来ないって」
ケネスは相づちすら打たないが、リリィは慣れた様子で説得する。ジゼルがじれた表情でそれを見守るのを横目に見ながら、アランがまた口を開く。
「なあケネス。お前、自分の事をクズだなんて言ったけどさ」
「……?」
「それでもせっかく連れ戻しに来てくれたんだぜ? 何も言わなくて本当にいいのか?」
「…………」
アランの言葉に、ケネスはジッとうつむいていた。そして質問には答えず、一人でつらつらとこんな言葉を述べた。
「――人の誠実を
「あーッ何言ってるか分かんねえよ」
聞きなれないポエミーな言葉の数々に、アランは思わず頭をかく。彼がハッキリと理解できたのは、ケネスが意外にも20歳を越えているらしい事だけだった。
そんな風に困惑しているアランへ、ケネスは自嘲するような笑みをうかべる。それからハープを持ち直したかと思うと、ケネスはおもむろにその弦へ指をはしらせた。同時に、口から短く妙な言葉を吐き出す。
「
「……っ!?」
直後、アランの体が突然がくりと重くなる。膝が崩れかけ、急いで姿勢を直そうとするが、肩や背中にまるで何かがのしかかっているようで、ひどく動きづらい。リリィとジゼルを見ると、彼女らも顔をしかめて前のめりになっていた。
ふと気づくと、アランの耳に低く重苦しいハープの音が聞こえてくる。まさか魔法か? と彼が顔を上げると、ケネスの演奏するハープの弦いっぱいに、小さな魔法陣が浮き出ている。
アランの視線に気づいたケネスが、演奏を止める。とたんに体の重圧はサッパリ消える。アランとジゼルが困惑していると、ケネスはすねたような口調で言った。
「驚きました? アランさんたちは初めて聞いたんですもんね。僕の魔法」
「これが……お前の力か」
「大したものじゃありません。魔法を乗せてさまざまな曲を弾き、任意の者の能力を変化させる……それだけです」
ケネスは弦を軽く鳴らしながらそう説明する。そして笑みを消すと、視線でそっぽを向きながら言った。
「……本当のところ……ぶちまけたい本音はたくさんあるんです。それこそさっきの魔法をぶつけるみたいに、暗い気持ちの時は、暗い曲を皆にも聞かせて、同じように落ちこんでほしい」
「…………」
「けどそんなのは無理だから……本音を言う相手を選ぶより、黙って一人でいる方が楽だなって、思っちゃうんですよ」
ケネスはそれだけ言って、また塞ぎこんでしまった。それを見て、アランも小さくため息をつく。
深く関わるとおたがいにしんどい人物。アランにも、残念ながらそれが実感として分かってきた。ジゼルなどはすでに表情にウンザリした気色をうかべている。
おそらくケネスも、自身の性格には自覚があるのだろう。だからやり方はどうあれ距離を置きたがっている。
こりゃ骨が折れるな、そうアランが考えていたところ、リリィが再び口を開いた。
「ケネス」
「……なにさ?」
「あなたの言いたい
リリィの言葉に、ケネスの瞳がふっと動く。リリィはこう続けた。
「あなたが他人を遠ざけたいのは分かった。でも、気持ちはそれ一色? 他にも何かあったりしない?」
「…………」
「もしアランさんたちに聞かれたくないなら、私だけで聞く。二人には先に帰ってもらうから」
「えっ」
リリィが振り向くのを見て、アランがつい声をもらす。ジゼルが肩をすくめてこうたずねた。
「つまり? 私らは邪魔者かい?」
「そうではないけど……ごめん」
「いや別にいいけどさ……なるべく急げよ。野宿は危ねえから」
「おい、ジゼル!」
ぶっきらぼうに言って、ジゼルはその場を立ち去ろうとする。その時、ケネスがあわてた調子で言った。
「待って!!」
その張り裂けるような声に、三人がいっせいに振り向いた。ケネスは先ほどとは打ってかわった真に迫る表情をし、リリィに向かって言う。
「なら……リリィに、聞いてほしい」
「分かった」
リリィはうなずき、ケネスの前に腰かける。アランとジゼルは顔を見合わせ、その場で見守った。
するとケネスは、口を開くより先に、ハープに指をかける。そしてさっきの魔法の時とはまた違う曲を奏ではじめた。
「…………」
曲と一緒に響く歌声に、リリィは黙って聞き入っている。ジゼルはじれったそうにしていたが、アランに微笑まれていら立ちを押し留めた。
歌っている時のケネスは素直だという、リリィの言葉を信じたのである。歌はまだ続いた。
……ひとしきり歌い、ケネスは深い息をつく。リリィは少し間をおいて立ち上がる。
「じゃ、行こう」
「……うん」
リリィが手を差しのべると、ケネスはすんなりと握って腰を上げる。それを見て、アランは安堵の、ジゼルは呆れのため息をついた。
「そばにいてほしい」。たったそれだけの事を伝えるのにも歌を使わなきゃできない。それほどまでにケネスは不器用だった。
救いがあるとすれば、ケネスの表情や声には、嘘のない必死さがこめられていた事のみだろう。そのおかげで、リリィを繋ぎ止める事ができた。
「これでよかったのかね……。あぶなっかしい二人だな」
「まあまあ、とりあえずは破局しなくてよかったじゃねえか……っと」
釈然としない顔のジゼルを、アランがなだめる。その時、彼らの頭上からパラパラと何かが降り注いできた。小さな雨粒がまばらに降り、またたく間にザアザアと音を立てて彼らの体を濡らす。
「ヤバい、雨だ!」
「ああもう、だから急いだ方がいいと言ったんだ!」
「ケネス、あなたも早く」
「り、リリィ! ちょっと待って!!」
あわてて駆け出したアランたちに合わせ、リリィも触手をうごめかせる。しかしケネスはそんな彼女を呼び止めた。
リリィがとまどいつつ振り向くと、ケネスは自分のマントを脱ぎ、リリィの頭にフワリと被せる。
「こんなのしかないけど……使って」
「……うん、ありがとう」
照れくさそうに言うケネスに、リリィは屈託なく微笑んだ。その様子を遠巻きに見ながら、アランはこっそり感心する。
(そうそう、黙って離れてばっかりじゃ伝わらねえぞ)
「おい走れ! 置いてくぞ!?」
「今行く!」
ジゼルに急かされ、アラン、ケネス、リリィはバタバタと彼女に追いつく。雨の中を走りながら、ジゼルは振り向いてアランへたずねた。
「ところで、このまま私らの宿に行くのか!? リリィたちに何も話してねえだろ!」
「んー、別に連れてっていいだろ。緊急事態だ!」
「え、な、なんの話ですか!?」
話ののみこめないケネスヘ、アランがくっくと笑ってから叫ぶ。
「デバガメ猫と童○タイガーとロリ吸血鬼と、あと堅物不器用おじさんとかなんか色々いる宿屋は好きかい!?」
「はい!?」
「……信用していいと思う。雨に当たるし、道案内もたのめるし」
「よし、じゃあこのままついてこい!」
「えぇー!?」
理解できないままのケネスを最後尾にし、四人は雨足の強まる中を急いで走った。アランたちと同じ方角を駆けるケネスの表情からは、最初の堅さやよそよそしさが、少しずつ抜けてきていた。