獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らはこうして、気がかりなコンビを仕事に誘う

 

「あっちぃなぁ。おい……」

 

 しゃべるだけでも汗が吹き出る。熱気がじりじりと肌を焼く。昨日雨が降ったせいでぬかるんだ土から、むわむわと泥臭い湿気が立ちこめる。

 

 ……ルベーマの街を出て北へ数キロほどの地点。舗装されていない茂みだらけの道を、アランたちは歩いていた。空は雲一つなく、真っ白な日光が遠慮なく降り注いでくる。

 

「おい、ちゃんと着いてきてるか?」

 

「まだ大丈夫だよ。多分な」

 

 アランが後ろを振り向くと、目が合ったジゼルがまた後ろへアゴをしゃくった。その先には、白い触手を使って歩いているリリィと、暑さのせいかフラフラとよろめいて最後尾を歩くケネスの姿がある。アランはその二人へ、手を振り声をかけた。

 

「おーい二人とも。大丈夫かー? へばってないかー?」

 

「……平気」

 

「……大丈夫……です」

 

「ムリすんなよー? この先で仕事せにゃならんのだから」

 

 アランはそう言って笑いかけ、また歩きだす。その背中へ、ジゼルが小声で言った。

 

「……色々とまた世話を焼くんだな」

 

「いいじゃないか。減るもんじゃなし」

 

「リリィはともかく、あのヘタレ男によくそこまでする気になるよなぁ。今だって一番遅れてるし」

 

「そう悪く言うなよ。パーティー組もうって言ったのお前だろ?」

 

「…………」

 

 アランが振り返ると、ジゼルはすねたようにそっぽを向いた。

 

 

――

 

 

 ……今朝の事であった。アランと部屋にいたジゼルは、一日前に出会ったケネスとリリィの二人について、引っかかる部分があると漏らした。

 いわく『やっぱり、あのケネスと付き合っているのは、リリィにとってよくないのではないか』との事。

 『どういう事だ?』とアランが問うと、彼女は自分のグチでも言うかのように、こうまくし立てた。

 

『だってよ、ケネスのヤツろくに話さないし、いやに引っ込み思案だし、卑屈だし、口下手だしで、いい男にはとても思えねえよ』

 

『まあ他と比べたらそうでもないかもしれんが……リリィは承知で付き合っているんだし、いいんじゃねえか』

 

『それで長続きするなら結構だがな。片方がずっとガマンしてるようなら、いつか破綻するぜ。そんで破綻する時はたいてい取り返しがつかなくなってるんだ』

 

『……うーむ』

 

 悩ましげにうなるアラン。そんな彼へ、ジゼルは詰め寄ってこんな提案をする。

 

『だからよ、いっそ危ない状況に放り込んでやるってのはどうだ?』

 

 

――

 

 

 ……そんなやり取りがあり、二人はケネスたち(主にケネス)の人間性を確かめてやろうと、仕事にさそう事になったのである。アランは何だかなぁとつぶやいてジゼルへ言う。

 

「しかし、そこまでやる必要あるのか? そりゃ俺だって連れ戻すのに協力したし、気にならなくもないけどさ」

 

「獣人として女として、見過ごせねえよ。ただでさえ獣人は立場弱いんだし、ロクデナシとくっつくのは見ていられん」

 

「やれやれ、お節介というかなんというか……」

 

「私の気がすまねえの。もしケネスが逃げたりなんかしたら、リリィ一人が苦労するハメになるんだぞ」

 

「分かった、分かった。とりあえず今日はお手並み拝見しとこう」

 

 いきり立つジゼルをアランがなだめる。その時だった。

 アランはふと、リリィとケネスの二人が離れているのに気づいた。ジゼルも振り向き、「ケネスが足を引っ張ってるのか」と疑ったが、しぐさを見る限りそうでもなかった。

 

「リリィ……疲れてない?」

 

「…………」

 

「乾燥に弱いんじゃなかった? 元がイカだし」

 

「……ちょっとキツいかも」

 

「それはまずいんじゃ……」

 

 立ち止まってあれこれ話しだす二人。そこへ、気になったのかアランとジゼルが振り返って戻ってきた。

 

「どうした、二人とも」

 

「へばったのかよ」

 

「ごめん、私ちょっと暑さに弱いから」

 

「すいません……」

 

 リリィが平坦な声で説明する横で、ケネスは怒ってもいない二人へ謝る。するとアランは腰に手を当てて言った。

 

「じゃ、ちょっと休憩するか。まだ時間はある」

 

「しょーがねえなぁ」

 

 そうして、四人は道の端にそろって腰を下ろす。アランやジゼルが膝をたたむのにならってリリィも自身のイカ足をまとめようとするが、どうにも道の方へはみ出してしまう。

 

「……ムリしなくていいよ」

 

「分かった」

 

 ケネスが笑いかけると、リリィは表情を変えずにうなずく。そして面々が水筒を取り出して水分補給していると、アランが口を開いた。

 

「まあもう少しの辛抱さ。この先に水場があるから、ちょっとは涼しくなる」

 

 アランは手に依頼書を広げ、それを読み上げてみせた。

 

「『……北のマクヤの河に生息する、"デスフィッシュ"の駆除』。最近人前によく出てくるらしいんだ」

 

「デスフィッシュ……って魚ですか?」

 

「ああ。受付ちゃんに聞いたんだが、魚の魔物でたまに人を襲うらしい。つっても、いつもは街の連中もふつうに水汲みしてるんだがな」

 

「なんだって、わざわざ駆除する事になったんだ?」

 

 ジゼルがたずねると、アランは空を指さした。その先にはじりじりと照らしてくる太陽がある。

 

「この暑さのせいで、水が少なくなってきてな。水の残った場所に人間が近づいたら、鉢合わせしやすくなったってワケ」

 

「なるほどね、確かに干上がりそうな暑さだもんなぁ」

 

「リリィはもう大丈夫? いける?」

 

「ん……平気。日焼けがちょっと気がかりだけど」

 

「……それってジョークか?」

 

「…………」

 

 ジゼルが遠慮がちにたずねると、リリィは無言で目をそらした。それを横目に、イカ獣人ははたして日焼けするのだろうかとアランはふと考えた。

 

「そろそろ行こうぜ。止まってたら蒸し焼きになりそうだ」

 

「おう」

 

 ジゼルが腰を上げると、他の連中もそれに倣う。ところがその時、最後尾のケネスの足元でガサリと音がした。

 

「……ん?」

 

 その音に、ケネスが目を落とす。するとそこには、手のひら大で青いゼリー状のものがプルプルと動いていた。

 

「ひゃあぁ!?」

 

「うお、なんだ?!」

 

 ケネスが悲鳴とともに尻もちをつく。驚いて振り向くアランたちへ、ケネスは必死になってうったえた。

 

「ま、魔物が! 魔物がそこに!」

 

「……なんだ、スライムじゃない」

 

「そんなので騒ぐなよなぁ。ほっとけば何ともないっての」

 

「前住んでたところでも、スライムぐらいいただろ?」

 

「う、うぅ……」

 

 アラン、ジゼル、リリィは三人ともつまらなそうな反応を返すが、ケネスは怖いのか立ち上がれずにいた。そこ姿を見て、ジゼルが思わずつぶやく。

 

「大丈夫か、コイツ……?」

 

 スライムはおびえるケネスが気になるのか、ピョコピョコとはねて近寄ってくる。するとケネスはハープを手にし、小さく呪文をとなえた。

 

平穏の音色(リラックス・ソング)(ロウ)

 

 瞬間、ケネスのハープからなんとものんきな音楽が流れだす。それにつられてか、スライムの体がぺチャリととろけるように止まった。

 その様子を見ていたアランが目をしばたかせる。

 

「なんだこの音楽。また魔法か?」

 

「……ええ。敵意の少ない相手なら、こうしておとなしくできます」

 

 照れくさそうに言って、ケネスは演奏を続ける。和やかな曲があたりの空気に溶け、スライムも少しずつだが警戒を解きはじめた。

 やがて、スライムはケネスの足元に寄ると、むにむにと体を擦りつけはじめた。驚いたケネスが足をどけたが、スライムはまだ離れない。

 

「優しい魔法でしょう。心がこもっていないとできない」

 

「ちょっ……やめてよリリィ。恥ずかしい」

 

 リリィが微笑むと、ケネスは赤らんだ顔で振り返る。そんなやり取りを見て、アランはつい顔をほころばせた。一方で、ジゼルはどこか、微笑ましく見られないという表情をしていた。

 

 

――

 

 

「ふー、冷た。スライムの体ってヒンヤリしてるんだなー」

 

 ……それから一時間後。一行はさっきより岩場の多い場所に来ていた。じょじょに人が踏み入った形跡は減り、木々の葉がそよぐ音にまじって、近くからは水音が聞こえてくる。

 そんな景色を見ながら、ジゼルは先ほど会ったスライムを首筋に乗っけて保冷剤がわりにしながら歩いていた。

 

「ジゼル、そろそろ交代だ。一人で涼むな」

 

「えー、いいだろちょっとぐらい」

 

「リリィが暑いの一番苦手なんだよ。分かるだろ」

 

「……しょうがねーな。はい」

 

「ありがとう」

 

 四人でスライムを回しながら、岩場を越えていく。そのうち一行の視線の先には、幅三メートルほどのさらさらと流れる河が広がった。

 

「ここが目的地ですか……?」

 

「ああ。この辺までなら人も来るはずだ」

 

 後ろから汗だくになりながらついて来たケネスが、疲れた目で辺りを見回す。他の三人も自然と緊張し、辺りの様子をうかがった。

 河の水面、岩場のすき間、茂みの陰……面々が色々な場所に視線をめぐらせていると、ジゼルがふと声をあげる。

 

「おい、あれ!」

 

「ん?」

 

 彼女が見つめる先へ、他の三人も目をこらす。川岸の、水流が岩と接する部分。水面の高さより少し上で、岩の表面がまるで横向きに塗り分けたかのように色が変わっている。

 

「やっぱり。いつもはあの色が変わる高さまで水があったんだよ」

 

「本当に干上がってるワケか……」

 

 ジゼルと視線をかわし、アランはわずかに表情を引き締める。そして腰に差した剣の柄を一撫でし、周りに呼びかけた。

 

「さーて、ちょっと周りを散策するか。どこから例の魔物が出るか分からないから、慎重にな」

 

「は……はい」

 

「おうよ」

 

「そうだリリィ、スライムはもうお別れだ」

 

「……ちぇっ」

 

 リリィはこっそり舌打ちし、スライムを野に放す。それから四人はゆるゆるとバラけながら、河の周りを本格的に調べはじめた。

 岩のすき間、河の水面、茂みの陰……各々がさまざまな場所に目をこらしながら進んでいく。

 

 その時、ケネスが岩から足をすべらせ、すっ転びそうになる。

 

「のわっ!?」

 

「あぶない」

 

 近くにいたリリィが、自身のイカ足でとっさにクッションをつくってケネスを受け止めた。ケネスは振り向き、ぎこちなく礼を言う。

 

「あ……ありがとう」

 

「うん、気をつけて」

 

「何かあったのかー!?」

 

 離れた場所にいたアランが声を張り上げてたずねる。リリィは同じように声をあげて答えた。

 

「気にしないで。この子の魔法がけっこう消耗するタイプだから、ちょっとね」

 

「足引っ張ったりしねえだろーなー?」

 

「大丈夫。私がさせない」

 

「…………」

 

 ジゼルの念押しにリリィが答える。ケネスは申し訳なさそうに黙っていた。

 横からアランがまた口を開く。

 

「いいから、まずケガしないのを考えろ。駆除の命令が出る時は、たいてい大量にひそんで……」

 

 そう言いかけた時だった。

 アランのそばの水面から突然、バシャッ!! と弾けるような水音がしだす。刹那、彼の顔ほどの大きさの何かが、脚に食らいつこうとする。

 

「うおっ!?」

 

 アランは悲鳴をあげて飛びのいた。岩の上に打ち上がったそれは、大きな魚だった。青黒いウロコが全身をおおい、口の端から人差し指ほどの長さの牙が見え隠れしている。その魚はビチビチとのたうち回りながらも、アランをギラついた目でにらんでいる。

 敵意をみなぎらせる魚に剣を突き立て、アランはあちこちに散らばっている仲間たちに向かって声を張り上げた。

 

「やっぱりデスフィッシュがいる! 気をつけ――」

 

 しかし、言い終わらないうちからバシャバシャと、河の水面が至るところで立て続けに波立つ。最初の一匹が引き金になったのか、魚……デスフィッシュが何匹もいっせいにジゼル、ケネス、リリィそれぞれに襲いかかった。

 

「ちぃっ!」

 

「うわあ!?」

 

「…………」

 

 仲間たちは三者三様の声をあげるが、それでもジゼルはデスフィッシュへカギ爪を振るい、あるいは踏みつけを食らわせる。リリィも槍でデスフィッシュを突き刺すなどして応戦していた。

 しかし、デスフィッシュの発生はおさまらず次から次へと姿をあらわす。リリィのそばにいたケネスはハープを抱えたまま、急いで後ずさった。リリィの取りこぼしたデスフィッシュが三匹ほど、ケネスを追いかけて跳ねていく。

 

「はっ……はっ……」

 

「ギッ、ギギッ! ギィッ!!」

 

 戦えずにいる彼のもとへ、デスフィッシュが何匹もはねて集まってくる。甲高い鳴き声をあげ、牙をむいて迫ってくる敵を見ながら、ケネスはハープに手をかけて言った。

 

平穏の音色(リラックス・ソング)"中"(ミドル)!!」

 

 続けて、彼のハープから魔力のこもった曲が奏でられる。あのスライムに聞かせたものと同じような曲調で、かつ音が大きく響く。

 呪文の違いからして、威力も上がっているのだろうか。アランはそう直感した。ところが。

 

「ギギィーーーッ!!!」

 

「ぎゃーーっ!?」

 

 デスフィッシュたちは気にも留めず、ケネスに向かって襲いかかる。ケネスは一瞬で回れ右し、ベチベチと魚の跳ねる音におびえて走りだした。

 

「どうしたんだよ! おとなしくさせる魔法じゃないのか!?」

 

「相手が敵意バリバリなんですもん! 聞く耳持ちませんって!!」

 

 遠くから怒鳴るジゼルへ、ケネスは逃げながら答える。すると彼はふと足をつまずかせ、岩場の上に倒れこんでしまった。

 

「痛つ……ッ」

 

 体の痛みにうめきながら、寝たままどうにかデスフィッシュへ向き直るケネス。しかしその時には、逃げる隙もないほどにデスフィッシュたちが近くへにじり寄ってきていた。

 

 しかし、その魔物たちの上に黒い影が差す。続いて、ケネスの目の前にドスンと何者かが降り立った。

 その人物の背中を見て、ハッとした声でケネスが言う。

 

「……リリィ!」

 

「早く立って」

 

 ケネスをかばうように、デスフィッシュたちの前に立ちはだかるリリィ。その成りゆきに、アランやジゼルも注目しだす。

 デスフィッシュたちは突然あらわれた女に対し、猛然と攻撃をはじめた。地面に広がって伸びるリリィの触手に次々と噛みつき、体をくねらせ食いちぎろうとする。

 

「リリィ!」

 

「大丈夫か!?」

 

 ケネスが悲痛な声をあげ、アランも心配そうに呼びかける。対してリリィは、すずしい顔で答えた。

 

「平気。脚ならそのうち再生する」

 

 その直後、リリィは食いつかれた触手をくいっと上に持ち上げる。そしていっせいに下へと、叩き潰す勢いで振り下ろした。

 

「ギギャッ!?」

 

 ビタンッ!! という音とともにデスフィッシュたちは岩に叩きつけられる。デスフィッシュはそろってグッタリとし、やがて触手から口を放す。

 

「ふー……」

 

 一息つき、リリィは噛まれた触手を無事な方の触手でさする。噛まれた場所から血は出ていなかったが、やはり微かな跡が残っていた。

 

「リリィ!」

 

 ケネスがすがりつくようにして叫ぶ。そこにアランとジゼルもバタバタと駆け寄ってきた。

 

「無事か!? なんともないか!?」

 

「平気だって。よくある事だから」

 

「…………」

 

 ジゼルの問いに、リリィは事もなげに答える。しかしアランは、そんなリリィだけではなく、そばで立ち上がっているケネスの方にも目がいった。

 

「ごめん……また僕のせいで」

 

「誰のせいでもないから。ケガの可能性は折り込み済みでしょ」

 

「けど、僕の魔法が効いていたら……」

 

「今まで効いた時も、効かなかった時もあったじゃない。それだけだから」

 

 ケネスは、リリィがなだめてもずっと肩を落としている。こんな光景はよくある事なのか、リリィは慣れた様子で言葉をつむぐ。

 

「それより、また魔物が出てくるかもしれないから。油断だけはしないで」

 

「……うん」

 

 リリィの口調がわずかに強くなると、ケネスはシュンとしてうなずいた。そんな二人の場面を見て、アランはふと引っかかりを覚える。

 リリィがなだめ、念押しし、ケネスが申し訳なさそうにする。今までの二人の様子を見ても実にありふれていそうな一幕だったが、それは一緒に暮らすパートナーや仕事仲間というよりは、姉弟のような姿に思えた。

 

 むろん、必ずしも対等な関係でなければいけないとは、アランも思っていない。たとえばダニエルとルナ、クリスとナタリーをはじめギルドには色んな連中がいるし、程度の差こそあれ片方が依存する関係など珍しくもないだろう。

 しかし、今回は……ケネスがやけに幼く思えた。先ほどの姉弟のたとえで言えば、かなり年が離れたそれに見える。ともすれば親子まがいの……?

 

 ……思わず穿った思考になりかけ、アランは頭をブンブンと振る。こんな問題は、初めからおぼろげながらも認識していたはずだ。ジゼルが今朝も、そして今も、なんともいら立った顔をしているのだって、それが原因だろう。

 アランは気を取り直し、さりげなくこんな提案をした。

 

「あ、あのさ。ちょっと手分けしないか? 少し離れたらまだ魔物がいるかもしれないし、この辺の死骸も片付けなきゃいけないし」

 

「それじゃあ……ペアごとに別れます? 僕とリリィが片付けを……」

 

「ああいや。それなんだが」

 

 おずおずと進み出るケネスに、アランは待ったをかける。そしてジゼルへ視線を向けて言った。

 

「ジゼル。少し上流の方を見てきてくれないか? お前の鼻なら、何かいてもすぐ分かるだろ」

 

「は? 私一人でか?」

 

「いや、リリィと一緒に行ってほしい」

 

「え、私?」

 

「なんでまた……」

 

 言われたリリィと、そしてケネスはとまどった顔をする。一方で、ジゼルはどこか察したような顔をしていた。

 それには触れず、アランはリリィへ補足をする。

 

「水辺の戦闘ならお前が一番得意だろうと思ってさ。頼めないか?」

 

「まあ……いいけど」

 

「よかったぁ。ジゼルの事、よろしく頼むぜ」

 

 アランがにこやかに手を振る。リリィはまだ彼の頼みに違和感を覚えていたが、その背中にジゼルが声をかける。

 

「ほら行こうぜ。四人でがん首そろえていてもしゃーないだろ」

 

「そ……そうね」

 

 上流へと歩いていくジゼルへ、リリィは首をかしげつつもついて行く。そしてアランは、自分と同じく残されたケネスの肩をたたいて言った。

 

「じゃ、こっちも取りかかろうぜ。俺がその辺に穴掘るから、ケネスは魚を集めておいてもらえるか」

 

「え……うー、死んでるヤツをですか?」

 

「なんか嫌そうだな」

 

「あ、いえすいません。やります」

 

 からかうアランを見て、ケネスはあわてて駆け出す。しかし死骸の一つを手に取り、露骨に顔をゆがめた。

 

「うえぇ……生ぐさい」

 

「はっはっは。死んだヤツには慣れてないのか? 冒険者のクセに」

 

「どうしても苦手なんですよ……」

 

 すねたように返事して、ケネスはまた死骸の回収を続ける。アランも持っていたシャベルで地面を掘りはじめ、やがて大人の足首ていどまで埋まりそうな穴が出来上がる。すっかり死骸を集めていたケネスが、アランの隣で小さくうなずく。

 

「あとは埋めたらいいんですか?」

 

「ああ。狩った証拠は尾びれでも一つずつ取っておけばいい。それで何事もなければ、あとは帰るだけだ」

 

「そうですか……」

 

 ホッと息をつくケネス。もしかして早く帰りたいのだろうか。アランはちょっと苦笑してから、ケネスにこんな話を振った。

 

「なあケネス。リリィってどのくらい前から組んでるんだ?」

 

「へっ、なんですか急に」

 

「いや、ただの興味。ちょっと聞いてみたくなってさ」

 

 アランはなんて事ない口調だったが、ケネスはぎょっとして相手を見返す。あまり自分たちの事を聞かれたくないのだろうか。彼はしばし視線をぐるぐると泳がせ、言いにくそうに答える。

 

「……二年くらいになるでしょうか。でもそれが何か……」

 

「へー、こっちはまだそんなにいってねえよ。長続きするのがうらやましいぜ」

 

「はぁ……そうですか」

 

「どんな風に出会ったんだ? ギルドで会って組んだのか?」

 

「いえ、僕らの場合はちょっと、遠くの地方の海で偶然……。偶然会っただけですよ」

 

 質問してくるアランへ、ケネスはつれない様子で答える。ただ、自分から何も言わないのも気まずいと思ったのか、自嘲ぎみの笑みをうかべてこんな事を言った。

 

「ま、そのうち……ちょっとしたキッカケで別れる事になるかもしれませんけどね。アランさんも見たでしょう? 僕が別れようとか言い出して、ひと悶着あったの」

 

 口では笑っていたが、目は悲しげに細められていた。やはり自分に自信がないせいだろう。リリィがどう思っているとしても、ケネスの中では軽蔑され、見放される不安がつきまとっている。

 いっそ別れれば楽になるのでは、とアランは思ったが、すぐに考え直す。いやいや、おそらく楽にはなるだろう。だが、それは当事者の二人が決断するべき事だ。……それも、自分たちの本心をしっかりと見つめた上で。

 

 アランは小さく咳ばらいし、さも今思いついたかのようにつぶやいた。

 

「あーそういや……私的な恋人でかつ、仕事仲間でもある……なんて関係だと、上手くいかない例があるって、聞いた事があったな」

 

「え……何ですかそれ」

 

「例えば、まさに冒険者とかな。仕事中は効率を求められ、一転プライベートは交流を求められる。それを同じパートナーと続けていくには、相性だって大事さ」

 

「…………」

 

「ま、それでも男女の関係を作りたがるヤツは後を立たねーんだけどな。ははは」

 

 アランはケラケラと笑うが、ケネスは深刻な表情で地面に目を落とす。自分は、今の形でリリィとやっていくのに向いていないのではないか。他者から言われて改めてそれを意識しはじめたのだろう。

 それを横目に見つつ、アランはまだ話を続ける。

 

「推測でしかないけど……怒られてヘコみやすいタイプとか、プライドが高くてパートナーの前で構えちゃうタイプとかは、まあやりにくいだろうな」

 

「…………」

 

「ああそうだ。ついでに、気分の切り替えが苦手で引きずっちゃうヤツとかも大変かもな」

 

「……うぅ……」

 

 思うところがあるのか、ケネスは苦しげにうめく。そしてそれを紛らわすかのように、死骸から尾びれをもぎ取り、残りを穴に放りこみはじめる。横で埋めるのを手伝ってやりながら、アランはもう一つ言った。

 

「……ただ、冒険者以外の職で一緒にいられるかってなると、厳しい気がするな」

 

「というと?」

 

「だって、いまだに街じゃ獣人を怖がったり厄介者あつかいするヤツがいるからな。くわえて獣人は人間と一緒じゃないと外出できないって決まりもある」

 

「あ……そういえば」

 

「だから今のところ、獣人とパートナーでいたいなら冒険者がいい選択肢なんだよな。向き不向きはあるけどさ」

 

「…………」

 

 ケネスは手を止め、うつむいた。もしかしたらこれまで、冒険者をつらいと思った時があるのかもしれない。それでも何だかんだ、リリィと二人で居場所を転々としながら働いてきた。

 今までのケネスの人生が違えば、あるいは時代が違えば、もっと別な形でリリィと暮らしていけたかもしれない。しかしそれを言っても仕方がない。大事なのは、ケネスとリリィがどうしたいか。そしてその為に何ができるかだ。

 

 すっかり死骸を埋めた地面を踏み固めながら、アランはケネスに向かって切り出した。

 

「……ケネス。お前はさ」

 

「なんです?」

 

「リリィと一緒にいたいか? 正直なところ」

 

「っそれは……もちろんそうですが」

 

 ケネスは勢いこんで答えかけるが、途中で語尾が弱くなる。まだ自信はわかない。だがアランはケネスの前にかがむと、笑みをつくって語りかける。

 

「だったら、どこかで踏ん張るしかないんじゃないか。仕事なり生活なり、苦手なモノがあってもさ」

 

「そうは言いましても……何かの拍子で別れたいとか思われたりしませんかね。そう思うと怖くて……」

 

「それは気にしてもしょうがねえよ。そんなん言ったら俺だって別れられるかもしれないし」

 

 しょげるケネスへ、アランは肩をすくめて見せる。そしてこう続けた。

 

「ジゼルのヤツにも、しょっちゅう呆れられてるからなー。もし怠けて頼りきりになったりしたら、それこそ絶交されるかもしれん」

 

「今は……大丈夫なんですか?」

 

「ああ。なるべくやれる事はやってるし、お互いに一緒にいたいと思ってる……多分」

 

「…………」

 

 最後の方でおどけて見せるアラン。目の前で気重そうに聞いているケネスへ向けて、彼はこう締めた。

 

「だからよ。お前も冒険者なら、冒険者としてやれる事をしてみろよ。せっかく慕ってくれる相棒も、一緒にいられる仕事もあるんだからさ」

 

「この先付き合えるかは、けっきょく僕次第……と?」

 

「そうそう。別れる理由なんて、どうせ別れたいと思った時に後からついてくるもんだ。少なくとも俺は応援するぜ」

 

「アランさん……」

 

 アランが歯を見せて笑うと、ケネスは思わず安心した笑みを見せる。それからハッと我にかえり、ケネスはあわてて立ち上がると、頭を下げた。

 

「す、すいません……。なんか悩みを色々話してしまって」

 

「ん? いやいや全然。むしろ安心したぞ。こんな風に弱音はいてくれて」

 

 アランもゆっくりと腰を上げる。そしてからかうように付け加えた。

 

「ジゼルがいたら、こんな話しにくいだろ?」

 

「それは……まあ、あるかもしれません。あの人ちょっと怖くて……あ、いえ失礼」

 

「へへ、やっぱり」

 

 苦笑するケネスを見て、ようやく少しは心を開いてくれたかと嬉しくなるアラン。同時に、ジゼルは今頃どんな話をしているだろうかと、頭のすみで考えた。

 

 

――

 

 

「つー事は……やっぱりケネスとは別れねーの?」

 

「ええ。今はそのつもり」

 

「本当かよー? 後悔すると思うがなぁ。私が見る限り、あんまりいい男じゃないぜ」

 

「それは私が決めるから。悪いけどケネスをあまりひどく言わないで」

 

 アランたちが話している頃。ジゼルとリリィは上流の河岸を連れだって歩いていた。ジゼルが何やら色々と話しかけているのを横目に、リリィは無表情で歩いている。

 ジゼルへの返事が一通り終わると、リリィは無言になる。するとジゼルは頭の後ろで手を組み、独り言のように言った。

 

「そりゃ立ち入った話だけどさー。はたから見たら別れるのが賢明に見えるぜ。アイツ、自分の事で精一杯なタイプというか……」

 

「もうやめてって。悪気がないのは分かるけどね」

 

 失礼な事を言い続けるジゼルへ、リリィは強い口調で言い放つ。そして厳しい表情になって続けた。

 

「私はあの子が好き。だから別れない。理由はそれだけでいい」

 

「……私には分かんねーなぁ」

 

「わざわざ嫌いな理由を探すほどヒマでもないから。ジゼルちゃんの方こそ……」

 

「ちゃん付けはやめてくれ。ムズムズする」

 

「分かった。それじゃジゼル」

 

 リリィはジゼルへまっすぐ目を向け、鋭く言った。

 

「……あなたの方は、誰も別れろって言わないような、理想の彼女なの? そしてアランさんは理想の彼氏なの?」

 

「む……いやーそれは……」

 

「自信ない?」

 

「そう……だな」

 

「でしょう?」

 

 ジゼルがうなずくと、リリィは腰に両手を当てて言う。そして念押しするかのようにこう続けた。

 

「なら、簡単に別れろなんて言わないで。カップルでも仕事仲間でも、色んなタイプがいるんだから」

 

「んー……分かったよ。とりあえず今はな」

 

「でも若いのね。頭の中に理想の彼氏像みたいのがあるのかな」

 

「よせやい、ガキ扱いして……でも」

 

 リリィは薄く微笑み、ジゼルをからかう。ジゼルはそれを手で払いのけるようにして、やや遠慮がちにこんな事を言った。

 

「……もし、ケネスとはもう限界だ! なんて事になったら、すぐに私に相談してくれよ? アランはダメだ。アテにならん」

 

「ありがとう」

 

 微笑みを返すリリィ。それを見てジゼルはばつが悪そうに前へと向き直り、遠くを見て言った。

 

「……ちと、奥まで来すぎたか」

 

「あ、確かに」

 

 リリィが同じ方向を見て、気づいて口を開く。いつしか辺りには木がうっそうと茂り、日光をさえぎっている。二人の向かいから流れてくる河も、水面にきらめきが無く、ただサラサラと静かな水音を響かせている。

 なんて事はない、自然の風景。しかしその中に、二人はあるものを見つける。

 

「リリィ、あれは……!」

 

「下がって!」

 

 ジゼルとリリィがほぼ同時に声をあげる。直後、河の中からゆらりと黒い影がうかんだ。河幅にずっしりと君臨する大きな影。二人が武器をかまえたそのすぐ後、その影が水面からざばりと顔を出した。

 

 その姿を見て、ジゼルもリリィも息を呑む。そこにいたのは細長い体を茶色いウロコが覆い、黄色い二つの眼と尖ったキバ、そしてチロチロと口からのぞく二股に分かれた細長い舌。蛇を思わせる生き物が、鎌首をもたげて二人を見ている。

 しかし、その大きさはただの蛇とは比較にならない。太さは樹木をしのぐほどで、成人男性が両腕を回しても足らない。顔から首までの部分だけでも、長さは大人を二人つなげた程度まであった。

 額からは白い角が後ろへ反るように伸び、また頭から硬い皮膚が骨格とともに兜のように広がり、後頭部や喉元を覆っている。

 

 その怪物然とした姿に、二人は圧倒される。冷や汗をにじませるジゼルの横で、リリィが低くつぶやいた。

 

「……話だけなら、聞いた事がある」

 

「あん?」

 

「あれは……"ワーム"っていう魔物の一種。肉食で凶暴だって」

 

「……見た目通りだなぁ」

 

 まいった、という風にジゼルがひきつった笑みを浮かべる。刹那、がばりという轟音とともに河の水をかき分け、その魔物……ワームが二人へと襲いかかる。

 いっぱいに開けたワームの口には、白く鋭いキバがびっしりと生えていた。

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