獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、新技の習得とセクハラをする

 

「クリス、今日は魔法の練習に付き合ってくれてありがとな!」

 

「……うるさい」

 

 ……ある朝。すでに夏の日差しが降り注ぎ、湿気と熱気をたちのぼらせつつある森の中。ひと気のない一角に、アランとジゼル、そしてクリス、ナタリーの四人がいる。いつものように戦闘仕様の格好をした彼らのうち、アランが剣をかかげて上機嫌に言う。

 

「こないだケネスたちとワームを倒した時にな、見た事ない魔法が使えたんだ。訓練すれば新しい技を習得できる気がする!」

 

「そう簡単にいくのか? 確かケネスの補助ありきだったと聞くが……」

 

「それでも一度はできたんだぜ? 試してみる価値はあるだろ」

 

 クリスが口をはさむが、アランはおかまいなしだった。

 以前、アランが偶然にも使えた、剣から電撃を飛ばすような魔法。彼はどうにかそれを使えるようになりたいと、以前に放電(スパーク)を練習した時よろしく森の中まで来たのだった。

 

「ケネスたちも今日は二人きりで依頼をこなしてみるって言うし、負けてらんねー!」

 

 ノリノリで肩回しなどをしているアランへ、ジゼルが腕組みしながらたずねる。

 

「しかしよ、それ一回きりだろ? 新しい技じゃなくて、単なる見間違いだったりしねーのか?」

 

「そうでもないみたいですよ。ケネスさんが見たって言ってました。なんか、雷の刃が飛んでいったって」

 

 そう横から話に入るのはナタリー。ジゼルが見ると、彼女は思い出しながらこんな事を話す。

 

「リリィさんにも出かけ際に聞いたんですが、バフがかかっていたりすると、一時的に新しい力に目覚めるのは、珍しくないって」

 

「そう上手くいくかね……ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし」

 

「よしんばキッカケはつかめていたとしても、マスターするまでは長いだろうしな。手伝ってもいつまでかかるやら……」

 

「こらこら。何もしないうちから色々と言わないでくれよ」

 

 後ろ向きな声をもらすジゼルやクリスに、アランは思わず苦笑する。そして気を取り直すようにクリスへ歩み寄り、言った。

 

「つーワケでクリス。ちょっと(まと)にできそうな壁をつくってくれないか」

 

「なぬ?」

 

「ほら、攻撃の魔法だからさ。やっぱり壊す何かが欲しいんだよ」

 

「その辺に木が山ほどあるだろう」

 

「あんまり森林破壊するワケにいかないじゃん。だからお前に手伝い頼んだんだよ」

 

「はあ……しょうがないな」

 

 クリスはため息まじりに頭をかき、アランたちから少し離れる。そして背中の斧を取ると、呪文とともに地面へとうち下ろした。

 

大地の壁(アース・ウォール)!!」

 

 瞬間、彼らの前方に高さ2メートルほどの土壁が、地面からせり上がる。幅は大人が両腕を広げた程度で、厚みは30センチほど。それを見たアランは、剣をかまえて満足そうに言う。

 

「やっぱり頼んでよかったぜ。能力の壁を打ち破るにはもってこいだ」

 

「シャレのつもりか。やるならさっさとやれ」

 

 フンとそっぽを向くクリス。それに少し笑ってから、アランは剣に魔力を籠めはじめる。一分ほどして剣がバチバチと雷を帯びはじめると、アランは意を決した表情になってそれを振りかぶった。

 

雷光斬(ライトニング・スラッシュ)!!」

 

 かけ声とともにそれを振り下ろすと、壁の対角線上に黄色い光の線がはしる。その直後、ヒビや亀裂のまじった切れ目が入ったかと思うと、地面から切り離された壁の半分が、ガラガラと音を立ててくずれた。

 

「おぉーっ」

 

「ふふ、ドヤァ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ナタリーが感心した顔で拍手を送る。それを受けてかアランは得意顔でギャラリーを眺めるが、ジゼルとクリスはしらけた顔をして見つめていた。

 少ししてクリスが口を開く。

 

「……なあ、その魔法は前に使ってなかったか? 新しくもなんともないよな」

 

「いや、まずは感覚を慣らしておこうと思って。この延長線上に新しいのがあるんだからさ」

 

「その慣らしをするたびに、俺は新しい壁をつくってやらなきゃいかんのか? あといくつ必要なんだ」

 

「分からん。なるべくスマートに済ませたいが、修行だからな」

 

「……いちいちやるのは面倒だ」

 

 肩をすくめるアランに対して、クリスはやれやれと首を振ってまた前へと進みでる。そしてまた斧をかかげて言った。

 

大地の行列(アース・ドミノ)!」

 

 すると斧がうち下ろされた瞬間、先ほどと同じような壁が出現する。しかも今度は連鎖するように前へ前へと壁が増えだした。そして森の木々を上手く迂回しつつ、ほどなくしてドミノのようなたくさんの土の壁が列をなして出来上がった。

 

「ほえー、大したもんだな」

 

「……これであとは壊すだけだ。せいぜい励め」

 

「けどよ、これだったら全部壊しきる前にバテちまうかもしれんな」

 

「ぜいたく言うな。面倒ならさっさと例の新しい魔法を覚えて、効率よく壊してしまえ」

 

「へいへい、分かりましたよっと」

 

 テキトーな返事をし、アランは再び魔力を籠める姿勢となる。クリスはそれを見届けると、そばの木にフラフラと歩み寄り、ゆっくりと背中からもたれかかった。

 

「ふー……」

 

「クリスさん、お疲れさまです」

 

 そばにナタリーが寄り添い、微笑みかける。クリスはにこりともせずに答えた。

 

「別に疲れてない」

 

「お友達のために無理して魔法つかうなんて。あんまりやると体に毒ですよ?」

 

「誰が友達だ。疲れていないと言ったろう」

 

 クリスはムキになってそう言い、水筒を取り出して勢いよく水を飲む。その様子にナタリーがクスクス笑っていると、ジゼルもそこへ近寄ってきた。

 

「おーいナタリー。私ちょっとヒマだから、トレーニングに付き合ってくんない?」

 

「え? いいんですかアランさん放っておいて」

 

「アイツは放っておいても勝手にやってるさ」

 

 ジゼルは後ろ手にアランを指ししめす。ちょうどアランがかけ声をあげ、また壁を斬ったところだった。新しい魔法――飛ぶ斬撃のきざしはまだ見えない。

 ナタリーは「はあ……」と生返事しつつ、一つたずねる。

 

「でもトレーニングってどんなのですか?」

 

「組み手!」

 

「組み手ぇ!?」

 

 ジゼルの返事を復唱し、ナタリーは乗り気じゃない様子でさけび、口を両手でおおう。一方でジゼルは意に介さず、意気揚々とファインディング・ポーズをとる。

 

「ああ。一人で練習するんじゃ限界あるし、だからってあの野郎(アラン)はお取り込み中だしな」

 

「でも私……そういうの苦手で」

 

「大丈夫だって、手加減するから。多少の殴る蹴るなら自然とできるだろ」

 

「それは……うーん」

 

 ジゼルは軽くシャドーボクシングをしながらナタリーを誘うが、ナタリーは気弱く目をそらしてしまう。するとそこにいつの間にかクリスが歩いてきて、こう言った。

 

「ジゼル、あまり無理を言わないでくれ。コイツ格闘にはあまり慣れていないんだ」

 

「えー、そんなにかよ? パンチやキックなんてなんとなく身についたりしないか?」

 

「ナタリーは元来とべる種族だ。わざわざ地上で殴り合いなんぞそうやらん。格闘センスがある前提で語るな」

 

「そんなもんかねぇ……」

 

「性格もあるしな。そうなれば経験も違ってくる」

 

 いさめてくるクリスへ、ジゼルはつまらなそうに相づちを打つ。だがまだ未練があるのか、よく見ると退屈そうに体をゆすっている。

 ところがその時、ナタリーが一歩前に出て、こう言い出した。

 

「……あ、あの! よければ、教えてもらえませんか? その……格闘技」

 

「え、本当?」

 

「はい……せっかくですし、覚えておいた方が安全のためにもいいかな、って……」

 

 ナタリーは若干気をつかっている風ではあったが、興味は無くもなさそうだった。上目遣いに照れた笑みをうかべ、ジゼルとクリスの様子をうかがっている。

 ジゼルがうれしそうにキバをのぞかせて言った。

 

「よし! じゃあ私とさっそく……」

 

「待て、いきなり殴りあうのは危険だ。まず俺が教える」

 

「えぇー?」

 

 すると横からクリスが割って入り、ジゼルは鼻白んだ表情で彼を見つめる。クリスは相変わらず堅い表情で、さとすように言った。

 

「何事も基礎からだ。目的はケンカじゃなくてトレーニングだろう?」

 

「私だって教えられる! こういうのは体で覚えるもんだろ」

 

「中途半端な教えはかえって危険だ。黙っていろとまでは言わんから、まずは任せろ」

 

「むー……」

 

 ジゼルは不満げであったが、クリスは無視してナタリーの方へ歩み寄る。そして真面目な顔で手ほどきをはじめた。

 

「よし、じゃあまずは弓と矢筒を置くか。そして楽にしろ」

 

「は、はい」

 

 ナタリーは言う通りに装備を置き、深呼吸する。クリスはさらに続けた。

 

「じゃあ、ちょっと構えをやってみるか。少なくともとっさに動けるようにな」

 

「はいっ」

 

「お前は右利きだよな? じゃあ左足を前に出して、縦むきに構えてみろ。弓を構える時を思い出せ。あと、脚は肩幅ぶん開いて……」

 

「あと腰を落とせ。膝のバネも利くようにしてな」

 

 クリスの説明をさえぎり、ジゼルが割って入る。クリスは一瞬だけ振り向いたが、すぐに説明にもどった。

 

「……言う通りにしておけ。あとは、力が入りやすいように足をちょっとナナメに向けて、(かかと)は着かない。そして……」

 

「手の方は、利き腕のこぶしをアゴのあたりに。もう片方は軽く前に突きだす。肩をすぼめんな。堂々としろ」

 

「…………」

 

 またしてもジゼルが口出しする。クリスは少しあきれたような顔になると、ジゼルの方を見て言った。

 

「……お前は、指導に自信があるのか?」

 

「一応、本職とやり合った事もあるからな。見よう見まねの技術でもだいぶ違ったぜ」

 

 以前、獣人の地下格闘技に参加した経験のあるジゼルは得意げに言ってジャブをくり出す。それを後ずさって避け、クリスはため息をつく。

 

「……まあいい。じゃあ、防御を教えるのを手伝ってくれ」

 

「なんだよ、基本的なパンチくらい教える流れじゃないのか? ここはさ」

 

「身を守るのが優先だ。半端な攻めは身をほろぼす」

 

「あ、あのお二人とも……」

 

 目の前で言い争いをする二人を、ナタリーは左右にキョロキョロと見ながら困った顔をする。その時、すぐそばでバリィッ!! と空気が裂けるような音と、続けてガラガラと重いものが崩れる音が響いた。

 

「わっ!?」

 

 急に聞こえたその音に、ジゼル、クリス、ナタリーがそろって振り向く。そこでは、ちょうど近くまで何枚も壁を破壊したアランが、額の汗をぬぐっていた。

 

「ふー……何回もやると流石にしんどいな」

 

「お前かよ……新しい魔法はできたのか?」

 

 練習に水をさされたせいか、ぶっきらぼうにジゼルはたずねる。アランは頭をかくと、笑って答えた。

 

「いやーまだだ。魔力の扱いは上手くなってると思うんだけどな」

 

「さっさとしろよ。そのために来たんだから」

 

「そう思うようにいかねーって。日数がかかるなんて織り込みずみだろ」

 

 アランはそう言って、また魔力を籠めはじめる。ジゼルはそれをしばし見つめてから、またナタリーへ視線を戻そうとする。

 が、ふと、その額にポツリと何かが当たった。

 

「ん?」

 

 額をぬぐったジゼルの指には、なにやら生暖かい水滴が。上を見上げると、空にはいつの間にやら黒い雲がかかり、ほどなくして水滴はパラパラとひっきりなしに落ちはじめ、ついにはザアザアと音を立てて滝のような豪雨が降りはじめた。

 

「ヤバい、雨だ!」

 

「キャーッ!」

 

 逃げる間もなく濡れねずみになり、女性陣が悲鳴をあげる。そんな中、アランはそばにある木に寄り添い、他の三人へさけぶ。

 

「早く木陰に! 風邪ひいちまう……!」

 

 ところが、その声をさえぎるかのように、辺りに耳が割れるかと思うような雷鳴がとどろいた。低くうなるようなその音にジゼルが「きゃんっ!?」とうずくまっていると、今度はクリスが周りに聞こえるように声を張り上げる。

 

「木のそばに寄るな! 雷が落ちてくるぞ!!」

 

「じゃあっ……どうするんです?」

 

「こうする!!」

 

 とまどうナタリーに勢いよく答え、クリスは濡れた地面に斧を振り下ろす。同時に力を込めて呪文をとなえた。

 

大地の丸屋根(アース・ドーム)!!」

 

 瞬間、地面から円を描くようにして壁がせり上がり、ある程度の高さで壁がぐにゃりと曲がってそれぞれ中心で接着すると、半球形の天井をつくりあげた。最後にクリスの正面に、ボコリと音を立てて人の背丈ほどの穴があくと、土でできたカマクラ状のドームができあがった。

 クリスは後ろを振り向くと、ナタリーたちに向かって言った。

 

「よし、入れ! 早く!」

 

「は、はいっ!」

 

 うながされたナタリーが、頭と翼がぶつからないように屈んでドームの中へ。続けてジゼルがせかせかと中に入る。そしてクリスが踏み入ると、ドームの中はほとんどいっぱいになってしまった。

 

「けっこうキツいですね……」

 

「すまん。まだこの魔法は覚えたばかりで大がかりには出来ん……」

 

「しかも寒いな。外よりはマシだけど」

 

「ええい、仕方ないんだ!」

 

 火もなく湿ったドーム内に腰を下ろし、ナタリーやジゼルはポツポツと不満をもらす。それに謝りつつクリスがナタリーのそばに座ると、遅れてアランが中に飛び込んできた。

 

「悪い、場所あけてくれ!」

 

「なんだお前いたのかよ。座るスペースなら無いぜ。早い者勝ちだ」

 

「冷たい事いうなよ~。立ってたら頭が……あだっ!?」

 

 笑ったアランが天井に頭をぶつける。それを見たジゼルがしぶしぶ壁際に寄ると、アランは歯を見せていっそう笑った。

 

「サンキュー」

 

「はあ……」

 

 ため息を返すジゼルのそばにアランが腰を下ろすと、中はほとんどギュウギュウ詰めになった。あまり密着すると気まずいとそれぞれが思った結果、アランとジゼル、クリスとナタリーとそれぞれのパートナーがさらに密着する事態となった。

 

「むむ……」

 

「ぐっ……」

 

 クリスが恥ずかしそうに、ジゼルが窮屈そうにそれぞれ声をもらす。無言になっていたドーム内で、アランは雰囲気を和まそうとするかのように言った。

 

「しかし助かったぜクリス。壁つくって屋根つくって、役に立ちまくりじゃん」

 

「……ふん、できる事をやったまでだ」

 

「そんな謙遜するなって。即席でこんなの作れるって便利じゃん?」

 

「あまり触らない方がいいぞ。元の地面が濡れてるからベチャベチャだ」

 

「えっそーなん……うわ本当だ。泥ついた」

 

「こら、はしゃぐな! キツいだろーが!!」

 

 壁を触った手のひらを見て驚くアランを、ジゼルは鬱陶しげに押しのける。しかし直後、ひときわ大きな雷鳴が外に響いた。

 

「きゃんっ!?」

 

 とたん、ジゼルがアランの背にしがみついた。一瞬して彼女がハッと我にかえると、微笑ましげに見つめるナタリーと目が合う。

 

「……あ」

 

 頬をうっすら赤らめるジゼル。そんな彼女へ振り向き、アランはからかうように言う。

 

「そう怖がるなって。雷なんていつか止むさ」

 

「だ、誰が怖がって……きゃう!?」

 

「あーまた。背中かしてやるから震えるなよもう」

 

「……うふふ」

 

 また雷鳴が響き、ジゼルは反射的にアランへとくっついた。アランはそれを穏やかになだめてやる。

 ナタリーはそれを見ながらクスクスと笑い、クリスはどこか雰囲気に安らぐような、眠たそうな目をしていた。

 ところが、そんな時間がしばし続いた頃、アランがふと微かに身をよじる。

 

(まずいな……別のところが窮屈になってきちまった)

 

 別のところとは何か。それを説明するには、彼の状況をあらためて確認すると呑みこみやすい。

 狭いドームの中でジゼルと密着し、しかも相手は(本意かはともかく)アランを頼ってしがみついている。そんな状態にあって、アランの中であるスイッチが入ってしまった。異性への興味のスイッチである。

 つまりは、興奮による膨張をしたある箇所が、窮屈というワケである。

 

 アランはジゼルの手を優しく離すと、すっくと立ち上がる。そしていまだに豪雨がやまない外へと歩き出した。

 

「おい、どこ行くんだ?」

 

 ジゼルがけげんそうに聞くと、アランは顔だけ振り向いて、頼もしく答える。

 

「今なら新技が使えそうな気がするんだ。俺の避雷針♂がそう叫んでる」

 

「はぁ?」

 

「力がみなぎっているって事よ」

 

 ワケが分からんという表情のジゼル、そしてとまどうクリスにナタリーを放っておいて、アランはゆうゆうと雨の中へ歩いていく。そして数十メートル歩を進め、クリスがつくった壁の前で立ち止まる。

 壁からは少し距離があり、剣をふるっても届かないと思われた。しかしアランはそのまま剣を構え、また魔力を籠めはじめた。

 

「はあああぁ……!」

 

 雨でずぶ濡れになり、雷の音が響き渡るのも構わず、アランは壁をにらんで集中し続ける。それを見ながらドーム内の三人がつぶやいた。

 

「何のつもりだアイツ……また同じ事をする気か」

 

「いや、魔法というのはメンタルの影響を受けやすい。気持ちの変化があればあるいは……」

 

「何かキッカケでもあったんでしょうか……?」

 

 不思議そうな顔をする三人をよそに、アランはいまだに集中を続ける。そしてある時、彼の体に変化があらわれた。

 ぶわっ、と音がしたかと思うような、目に見えない強い力が彼の全身からほとばしる。瞬間に降りそそいでいた雨粒がはねのけられ、しぶきを飛ばす。同時に剣に流れていた電流が周囲を白く染めるほどに一瞬ふくれあがり、これまでにないほど激しく瞬きはじめる。

 その変化には、遠くから見ていたジゼルたちも息をのんだ。

 それから一拍おいて、アランは横向きに剣を振りかぶると、呪文をとなえると同時に、力いっぱいそれを振り抜いた。

 

弧月雷刃(ライトニング・アークブレード)!!」

 

 瞬間、剣の軌跡をなぞるように雷が弧を描き、三日月のような形をつくる。それは黄色く瞬きながら、アランの体以上の幅の刃となって彼の前方の壁へと飛んでいく。

 飛んだ距離は、ざっと十メートルほどだろうか。その刃は壁へと食い込み、内部をえぐり、剣で斬ったかのように壁に深い切れ目を入れたところで――パチパチとはじけて、消えた。

 

「……けほっ、はあっ、はあっ……!」

 

 咳き込みながら膝をつくアラン。同時に、壁が切断面から少しずつ崩れて……真っ二つになり、上半分が音を立てて地面に落ちた。

 その一部始終を、ジゼルたちは一言も口をきかずに見守っていた。なんと昨日の今日で、見た事もない魔法をものにしたのだ。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 ジゼルが我先にと飛び出し、アランへと駆け寄る。するとアランは弱々しい顔で振り向き、親指を立ててみせた。

 

「ああ……せっかく新技が完成したのに、へばってられるかい」

 

「そ、そうか……。うわ、寄りかかってくんなよ!」

 

「すまん、頭は大丈夫なんだが、体がヘロヘロで」

 

「……ったく」

 

 立ち上がれずに倒れ込んでくるアランを、ジゼルはしぶしぶ支える。するとクリスとナタリーも二人のもとへと集まってきた。

 

「どうしたんだ。雨の中にいきなり飛び出して。風邪でもひいたらどうする」

 

「いやー悪い悪い。ちょうど"今しかない!"って直感してな。おかげで成功したワケよ」

 

「今しか、って何があったんだ……?」

 

 眉をひそめるクリス。その横で、ナタリーがふと空を見上げて言った。

 

「あ、見てください皆さん。晴れてきましたよ!」

 

 そう言ってナタリーが笑みをうかべる。降るのも突然なら、止むのも突然だった。あれほど勢いよく落ちていた大雨は、いつの間にかパラパラとした小雨になっていた。暗くたれこめていた雲も少しずつ薄くなっている。

 そのさまを見ながら、クリスがため息をついて言った。

 

「どうせなら、もう少し待ってから魔法を試せばよかったんじゃないか? そろって濡れなおしたぞ」

 

「悪かったって。ちょっとでも間をおくと萎えちまいそうだったんだよ」

 

「だから、その萎えるってのは一体……おい?」

 

「さ、帰ろうぜ今のうちに」

 

 クリスが問いかけるのをさえぎり、アランはふらつきながらもジゼルを引っ張って歩みを進める。するとその後ろからナタリーが追いかけて口を開いた。

 

「あ、あのアランさん!」

 

「んー?」

 

「あの……魔法みたいに行かないかもしれませんが、格闘技にもコツってありませんかね? 私も早く上達したくて……」

 

「上達ねぇ……」

 

 遠慮がちに視線を送ってくるナタリー。アランは歩きながらしばし思案し、笑って答えた。

 

「くり返し頑張るしかねーかなぁ。今回のは、魔法だからとか以前にホント偶然だから」

 

「くり返し……」

 

「えらそうに。お前だって魔法の練習とかし始めたの、ほんの最近だろ」

 

 横から口をはさむジゼル。しかしアランはゆったりと首を横に振り、ニヤリと笑って言う。

 

「いやいや、他にもちょくちょくヤッてた事があるだろ。たとえば……"レスリング"とか」

 

「レスリングぅ? なんだそりゃ、覚えがねえぞ」

 

「いやお前と二人でヤッてたんだよ。夜の空いた時間に合意の上で」

 

「だから知らねえって……ん?」

 

 うんざりしながら言いかけたジゼルだったが、アランの言い回しにふと違和感を覚える。そして彼の性格や素行を思い返すにつれて、ジゼルの顔色がだんだんと渋くなってきた。

 ジゼルが顔を上げると、クリスも何かを察したのか気むずかしげな顔をしていた。唯一自然な笑顔で歩いているナタリーをよそに、アランへあきれた視線が向けられる。

 

 それに気づいたのか、アランはわざとらしくクリスへたずねた。

 

「なあ、あのドームってずっとあのままなのか?」

 

「ああ、心配するな。時間がたてば勝手に崩れる……いやオイ、待て!」

 

「じゃ、さっさと行こうぜ! 要はヤる気と継続が大事って事さ!!」

 

 ジゼルの支えから抜けて、アランは威勢よく駆け出す。それはまるで周りをからかって逃げていく子供のようであった。

 「やれやれ……」とジゼルと一緒になってまたため息をつくクリス。するとナタリーが不意に彼に向けて声をかけた。

 

「あの、クリスさん」

 

「うおっ、な、なんだ?」

 

「よかったら……今晩、特訓に付き合ってくれませんか? 部屋で、二人……」

 

「い、いやそんな、いくらなんでもいきなり……」

 

「え、格闘技の練習なんですけど……」

 

「へっ? あっ、ああそうか!」

 

「ダメでした?」

 

「だ、大丈夫だ! 厳しくするぞ。いいな!?」

 

「はいっ!」

 

「…………」

 

 なぜか動揺するクリスに、ナタリーがやる気に満ちた返事をする。ジゼルはそんな周囲の連中を黙って見つめ、頭痛をこらえながら額を押さえていた。

 そんな彼女へ、先を行っていたアランが振り返ってさけぶ。

 

「ジゼル、今夜もよろしくな!!」

 

「っ……うるせえこの野郎!!」

 

 頬を染めて怒鳴り、ジゼルはアランを追いかけて走りだす。あれこれと騒ぎ、あるいは浮わつきながら帰路につく四人を、雨雲の薄れた夕闇がつつんでいた。

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