獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「アランさん。なんだか冒険者ギルドの近くで騒ぎが起きてるみたいッスよ」
ある日、いつもの宿屋を出ようとしたアランとジゼルは、従業員の一人からそんな事を言われた。それなりに深刻な騒ぎなのか、その青年の顔から野次馬らしさはまるで感じられなかった。
まだ眠気のかすかに残るジゼルはいぶかしげな口調で問う。
「騒ぎってなんだよ? ケンカか?」
「さあ……僕も歩いてた人からチラリと聞いただけなんス。なんせ実際に見に行く勇気なんて無いスから」
「ハッキリしねーなぁ。どのみちギルドまでは行かなきゃならねえんだけど」
「まあまあジゼル。見て確かめればいいじゃないか」
実情を知れずにモヤモヤしているジゼルをなだめ、アランたちは宿屋を後にする。そして仕事のために、ギルド支部へのいつもの道を歩きだした。
最初は、いつもと変わらぬ風景だった。商店で呼び込みをする者たちと、それに惹かれる客たち。水汲みやおつかいに精を出す子供たち。田舎から薪などを売りにきた者たち。そんな雑多な人間たちが行き交っている。
「別に普通じゃねーか」と周りを見ながらジゼルはつぶやいた。アランも、石畳の道を歩きながら街の平凡な風景を楽しんでいる。
ところが、いよいよギルド支部が見えてくるというところで、突如だれかの怒鳴り声が聞こえた。
「このバラスキア王国のガンどもめ! 教えはどうなってんだ、教えは!」
「…………?」
その声に、二人は顔を見合わせる。そしてどちらからでもなく早足になり、声のした場所へと急いだ。
すると、ちょうどギルド支部の真ん前に人だかりが出来ているのが見える。男女の人間と獣人が入り交じった冒険者たちと、それらに向かって立ちはだかるように、アランたちに背を向けた格好で一人の男が立っている。
男は、すそが膝まである黒い長袖の服を着込み、小脇に分厚い本を抱えている。そして首にかけたネックレスのようなものを手にかかげ、なにやら冒険者たちに向けて荒い言葉を吐いている。
そのネックレスの先には、太陽の紋章がついたシンプルな飾りがついていた。
「……カレナ教の神官か」
「また頭の固いヤツが騒いでやがる」
二人はボソリとつぶやき、ふと遠方を見る。街の中心にあたる場所に、石造りの城のような建物がいくつも君臨していた。真っ白で豪華なその建物たちこそ、王国の主な宗教たるカレナ教の神殿や礼拝堂であった。
その宗教の存在は国中に深く浸透しており、目の前のギルドの入り口にもカレナの紋章が彫られている。
ゆえに、冒険者となった獣人たちも大体はカレナ教の名を知っている、のだが……。
「お前ら妊娠防止だのの魔法を平気で使ってんじゃねえか! 快楽だけ取んのかよ、くそったれ!!」
「だって、便利だし」
「そういう問題じゃねえ! 分かってんのか!? 人類が罪を背負ったのは、性の誘惑に負けたせいだろうがよ!」
「その神話が事実だって証拠は? 証拠みせてよ!」
「カレナの教えだ! 聖典にもある!」
「答えになってない!」
冒険者、特に獣人たちは、見るからに険悪に神官と言い争っている。実のところ、街の外から移住してきた獣人らはまだ人間の宗教になじめない者が多い。くわえて、カレナ教がおもに禁欲や清貧を重んじているために、いわゆるアウトローである冒険者たちにも反発されがちであった。
つまり、今のようないさかいはアランたち含め国民たちにとって珍しくないのである。実際、アランもジゼルもさして驚く様子はなく騒動を見つめている。
「行こうぜ」
先にジゼルが口を開いた。そして返事も聞かずに歩きだす彼女へ、アランが問いかける。
「いいのか?」
「神官一人、連中がその気になりゃとっくに酷い目にあってるさ。さっさと用を済まそう」
「…………」
アランは釈然としない様子だったが、ジゼルが振り向いた目を見て言葉をのみこむ。彼女の視線には面倒な気持ちだけではなく、何かを言っても無駄だという諦めの色がうかんでいた。
そして二人は、冒険者たちとにらみ合っている神官の横をさりげなく通りすぎようとする。しかしその時、神官がまた語気を荒くして言い放った。
「ったく、反吐が出る。汚ならしいケモノ共のなりそこないが、この街にうじゃうじゃいるなんてよ……」
「…………!」
「大神官さまも何をお考えやら。冒険者と平気な顔でつるんでいるヤツらなど、さっさとオリに入れて……」
その瞬間、アランがキッと表情を変え、神官の腕をねじりあげた。驚いて振り向く神官の視線が、アランのそれとぶつかる。
「いっ――」
「おい」
低い声をもらすアラン。その顔はいつものノホホンとしたものから一転、目つきが鋭く、突き刺すような表情になっていた。神官がとまどっていると、アランが険しい声で言う。
「言葉をつつしめよ」
「っ……く」
腕をねじる力が強くなり、神官の顔がどんどん苦痛に染まっていく。それはいつまでも止まる気配がなく、たまらず神官が悲鳴をあげた。
「や、やめろっ……! お前、何のつもりだ……」
「……あっ、わり」
その悲鳴に、アランはハッと我にかえる。そしてあわてて手を離し、周りをキョロキョロと見回した。
しかし時すでに遅く、いら立ちをため込んでいた獣人たちは、アランをまるで勇気ある仲間のような視線で見つめていた。
「なんだ
「加勢がほしいなら言ってー!」
「武器だってあるぜ!」
「えっ」
獣人たちはキャアキャアと沸き立ち、一斉にアランをけしかける。隣を見ると、ジゼルが気がかりそうな顔で立っている。
(……やめとけって言っただろ)
目でもって語りかけてくるジゼル。アランも最初は焦っていたが、ふと、表情を引き締める。目の前にいる、相棒である獣人。その姿を見ると、引き下がってはいけないと感じる。
(いや……大丈夫だ)
アランも目で合図し、神官へと向き直る。見るからにいまいましげな顔をした相手は、けわしい声でアランへ問いかける。
「お前も冒険者か?」
「……そうっすよ」
「お前は教えをどう思っている? 彼らと同じように、堕落した生活を送っているのか?」
堕落した生活、そう言われてアランはついジゼルとのあれこれを思い出した。特に悪事だとは思わなかったが、おそらく神官の頭には"清い"か"堕落"の二択しかないだろう。それに沿った返答をするのもシャクだったので、彼は軽く問い返してみる。
「……もしかして、くわしく聞きたいんですか?」
「なにっ?」
「いえ、神官サマが興味あるのかは知りませんが、はたして私が堕落した生活をしているかどうか、自分じゃ判断しかねるんスよね……。だからまあ、どうしてもと言うならお聞かせしようかと……」
「た、たとえば?」
「たとえばー、酒にー、肉食にー、あとはまあ、エロい事――」
「ばっ、バカを言うな! 興味なぞ無い! 欠片もない! ただ、お前の考えを聞いているんだ!!」
神官はあからさまに狼狽しだす。その動揺には彼のいう堕落、もとい扱いが難しいさまざまな欲求への興味がありありとうかがえた。神官として未熟なしるしである。
アランは密かにため息をつき、真面目な表情になって言った。
「じゃあ言うがな……。俺は堕落なんてしていない。俺の相棒も、ここの皆もだ!!」
その宣言と同時に、アランは冒険者たちを顧みる。ジゼルは少々しらけていたが、他の者たちはチラホラと、目の光を強くしてアランを見た。
一方で、神官は目を丸くしてから反発する。
「……ふん、大きく出たな。コイツらは妊娠防止の魔法を否定しなかったぞ。それはどう説明……」
「それがどうした?」
「は?」
「妊娠防止、けっこうじゃないか。せっかくの叡知を使わせてもらって何が悪い?」
ためらいなく問うアランへ、神官はまた言葉を失う。彼にとってはまるで異常な価値観を聞いている気分なのだろう。アランは気の毒に思わなくもなかったが、ごまかすワケにはいかない。こうなった以上、正直に自身の考えを話すしかないと思っていた。
「考えを聞かれたからには、答えさせてもらうがな……。自分で責任を持って生きている限り、人は堕落なんてしない。そのはずだ」
「責任だと……?」
「おうともよ。妊娠にしても病気にしても、命がけの冒険者稼業にしてもそうだ。俺たちは俺たちなりに、自覚と責任を持っている」
アランはいつになく熱を持って話していた。神官はしだいにその雰囲気におされ、冒険者たちも、ジゼルをふくめて話に聞き入っていた。
しかし、神官はなおも反発する。
「自覚と責任……? 開き直るな! そんな事で許されると思っているのは、お前ら冒険者たちと、けがれた獣人どもだけだ! お前らは罪を犯しているんだぞ、恥を知れっ!!」
「獣人どもだけ、ねぇ……」
意気込んで言った神官であったが、アランの反応は冷めたものだった。それにとまどう神官へ、アランはふと沈んだ面持ちになり、口を開く。
「……もし、その責任を放り出す輩が、人間にもいるとしたら……どうする?」
「なっ?」
「たとえば、産んで捨てる奴とかな」
彼の言葉を聞いて、神官のみならず群衆が皆いぶかしげな顔をする。唯一ジゼルだけがさあっと顔色を変えていた。
アランは懐から何やらネックレスのようなものを取り出す。それは神官がつけているのと同じく、太陽がえがかれたカレナの紋章がついていた。
「この通り、俺は両親ともに人間なんだがな……。
「……!」
「そこのシスターは言ってたぜ。『獣人とも人間とも、家族のように親しくあれ』って。見ての通り、楽しんでるよ」
そう言って、アランは群衆の方を見て笑ってみせた。その陰のある笑顔を、ジゼルはジッと見つめている。
神官はもう何も言わず、いまいましげにアランをにらんでいる。そんな相手へ、アランは一歩あゆみより、静かに言った。
「『光の届かぬ者に、あまねく手をさしのべよ』……アンタらのところの教義だ。建前だなんて言わないよな?」
「……言わない……」
「だったら、獣人を見下すのはやめてくれ。神様は全てを平等に見ておられる。そうだろ?」
アランが念押しするような眼差しで問う。神官は言葉につまり、しばし目をおよがせると、小さく舌打ちした。
「……とんでもないモラルハザードだよ」
そう吐き捨て、神官は早足に立ち去っていった。その背中が遠ざかるのをアランが見送っていると、背後からわっと歓声があがった。
「やったなアンタ! 格好よかったぜ!」
「あの神官タジタジだったな。強く出られればあんなもんか」
「あんな風に言ってもらえたの初めてよ!」
なりゆきを見ていた冒険者たちが、いっせいにアランの周りに集まる。その集団はそろって感心した様子でアランをたたえていたが、当のアラン自身は、どこかぎこちない笑みをうかべて人の間をすり抜ける。
「悪い、これから用があるから。すまん通してくれ」
型通りにそう言いながら、彼はギルドも通りすぎて裏道へと入っていく。冒険者たちが首をかしげる中、ジゼルはこっそりと後を追った。
――
「ふぅー……」
……ギルドの裏手、ひと気のない細い道で、アランは建物にもたれながらため息をついた。顔を上げてわずかに見える青空をながめていると、ジゼルがいつの間にか近づいてくる。そして並んで壁にもたれた。
「お疲れさん」
「おう、悪いな一人で離れちまって」
アランが力なく笑って詫びると、ジゼルは首を横に振る。
「いや……謝る事ねえよ。むしろ悪い。昔の事、ムリに話させちまったみたいで」
「気にすんな。俺が勝手に話したんだ。昔は避妊魔法が発達してなかったから、珍しくもないんだ」
「…………」
アランはそう言って笑ったが、ジゼルは黙っていた。そして少し間をおいて、彼女は言いにくそうに問う。
「……なあ。神官の連中は何なんだよ。冒険者周りじゃ普通なのに、なんでああいうヤツらは文句をいうんだ。お前にまで……」
ジゼルは困惑した風に言った。彼女にとっては人間になじんだかと思えば他方から蔑まれるのか納得いかないのだろう。
アランも少し、答えに窮した。神官だって現に俗欲から離れきれていない。それに真偽は分からないが、貴族などは教えなどまるで意識せず、裏で酒池肉林におぼれているという話さえ聞くのだ。
本音と建前。それを考えだすと本当にキリがない。そう思ったアランは、言葉を選びながら話す。
「……連中なりの生き方ってもんがあるのさ。そのせいで周りにイライラしだすヤツもいるが」
「ンだよ迷惑だな。ほっといてくれたらいいのに」
「いやぁ、俺もそう思うんだけどな。実際にバカやらかす人間も多いから」
アランは自信なさげに頭をかく。自分も他人事ではないと思っているのだろうか。目を細め、悩ましげにつぶやいた。
「小さい頃は色々言われたもんさ。盗むべからず、殴るべからず……。獣人とエロ……じゃないや、イチャイチャしたいって話した時も、良い顔されなかったし」
「お前はカレナ教をどう思ってるんだよ。好きなのか嫌いなのか」
「うーーん……好き嫌い、かぁ……」
ジゼルに口を挟まれ、アランは深く考え込む。そばでジゼルはじれったそうにそれを見つめた。
しばらくして、アランが顔を上げる。
「……良いとこ取りしたいな、ってのが本音かな」
「はぁ?」
いまいち意味がつかめないジゼルは眉をはね上げる。そこへアランは腕組みをして感慨ありげにこう語った。
「役に立つ教えはたくさんある。けどバカ正直に守っていたら堅苦しくてかなわん。俺だって教義を丸暗記なんかしてないしな」
「……それで?」
「だから人生を通じて取捨選択するってワケよ。盗みはしません。けどイチャイチャ(意味深)はします、って具合に」
「そう上手くいくのか……?」
胸を張って宣言するアランへ、ジゼルはけげんな顔をする。トラブルを起こさないような人間には、とてもじゃないが見えないのだろう。だがアランの返事はイエスでもノーでもなかった。
「それは死ぬ時に分かるさ。上等な人生か、ひどい人生か。俺しだいでな」
「大した博打だなオイ。本気で言ってるのか?」
「本気だ。これからの時代ならできる」
これからの時代、急にそんな言葉が出てきてとまどうジゼル。アランはさらに続けて語る。
「孤児院で聞いたんだが、昔はもっと貧しかったそうだ。それが今ではなくなった。そしたら色々な事に余裕ができる」
「…………」
「色々できるなら、試してみなきゃ損だろ。以前も言ったが、人間ってのは"楽しむために生きる事ができる"んだからな」
いつか酔っぱらいながらベッドで語った、アランの人間観。それがジゼルの頭にもよみがえる。
楽しむため。そんな生きがいが、神官の侮蔑を受けた後だと更に魅力的に見える。彼女の中で、前にもまして少しだけアランの姿がすばらしく見えた。
「時代が豊かになりゃ、人生は死ぬまでのヒマつぶしだ。楽しくヒマをつぶす為に俺は……って話しすぎちまったな」
自分ばかりしゃべっているのに気付き、アランは小さく咳ばらいする。そしてジゼルをジッと見つめたかと思うと、ふと問いかけた。
「……ここまで言っておいてなんだけどさ」
「どうした?」
「……ジゼルは、こんなんでいいか?」
一転、自信なさげに尋ねてきたアランを、ジゼルは拍子抜けしたように見つめる。相手の意思は相手のものとはいえ、さっきまでの希望に満ちた話しぶりと比べれば頼りなく見えた。
……死ぬまでのヒマつぶし。そんな言葉を脳内で反芻し、ジゼルはぶっきらぼうに答える。
「……別に、かまわねえけど」
「本当か!?」
「元から窮屈な身分だからな。大した気にならんさ」
その答えに、アランの顔が心底うれしそうにほころぶ。その様子からすると本気で言っていたのだろう。ジゼルは内心で、のんきなだけの人間ではないのだと感心した。
だが、「ただし」と彼女は大きな声でつけ加える。
「……仕事で死んだら終わりなんだからな。それだけ肝に銘じとけよ」
「分かってるって。そんな当たり前の事」
「そののんきな面が不安なんだよなぁ……」
沈んだ調子でつぶやくジゼルに苦笑しながら、アランは先を歩いていく。その背を見ながら、ジゼルはポツリとつぶやいた。
「……もし親がいたら、アイツも勘当されてたんじゃねえかな……」
その声は、アランには聞こえなかった。