獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「『ポルノ絵師の実態調査』……なんだこりゃ?」
ある日、ギルドの掲示板に貼られた一枚の依頼書を見て、ジゼルはいぶしげにつぶやいた。気づいたアランが一緒にのぞきこむ。
「んー? ポルノ?」
「私長い文章よめないや。アラン読んでくれよ」
「はいよ、どれどれ……」
眉をひそめて言ったジゼルに応え、アランは依頼書の内容を(やや興味深げに)読み上げる。
「えーと、『ルベーマ市の東、貧民街の近くで悪質なポルノの絵を描く者がいるとの噂がある。主に描くのは獣人であり、しかも女性の"ヌード"。神のさだめたモラルに抵触している可能性があるため、警告あるいは禁止命令を出さねばならない』……なに!?」
「うお、急にどうした」
長文を読む途中でアランが怒りだすのを見て、ジゼルはたずねる。アランはすばやく振り向いて答えた。
「まとめるとだな。街に獣人女性の裸の絵を描いているヤツがいるから、やめさせようって書いてあんだよ! とんでもねえ横暴だ! 表現の自由の侵害!!」
アランは掲示板を勢いよくたたいて熱弁する。しかし、ジゼルが食いついたのはアランとは別の部分だった。
「……獣人の裸?」
「へっ」
「それってまさか、獣人を裸にむいてモデルにしてんのか?」
「まあ……そうだろうな。想像だけで描いたら変な風になるだろうし」
「そりゃやめさせねーとダメだろ!? 獣人の立場につけこんでるじゃねえか!」
ジゼルの怒るポイントが意外だったのか、アランは一瞬だけ虚をつかれた顔をした。しかしすぐになだめるような口調で言う。
「いや……つけこんでるとは限らんだろ。対等に賃金を払ってやってもらってる可能性もある」
「好きで人前で裸になるヤツがいるかよ?」
「そういう仕事としてやる人もいるだろ。憶測で決めつけるな」
アランの声にもわずかに険がまじる。お互いの価値観や背景のちがいが、少しずついら立ちを生じさせる。
ジゼルが口を開きかけると、アランは先んじて言った。
「……裸を描いてるってだけで悪く思ってるなら、それはやめとけ。偏見ってヤツだ」
「じゃあ、モデルの獣人がマトモな扱いを受けてる保障があるのかよ? 女相手ならなおさら怪しいぜ」
「そりゃ調べなきゃ分からないだろ。疑わしきは罰せずだ」
「中立ヅラしやがって。傍観者きどりかよ」
「傍観なんてするか! ハッキリ言って、俺は女の裸なんてのは大・大・大ッ好き……」
「あのーお二人とも。ちょっと……」
言い争う二人に、何者かの声が割って入ってくる。アランたちが振り向くと、そこには受付嬢が申し訳なさそうに立っていた。
何の用だ、と視線で問うジゼル。受付嬢は周りをチラチラとうかがい、声をひそめて言う。
「あの……言いにくいんですが、お声が大きくて。他の方々のご迷惑になりますので……」
「……あっ」
言われた二人はハッとして、あわてて周りをキョロキョロと見回す。するとやはり先ほどまでの会話が聞こえていたのか、何人かの同業者たちがクスクスと笑い声をもらしている。
その反応にジゼルは頬を染め、アランはわざとらしく咳ばらいする。そしてすぐにごまかすようにアランが口を開いた。
「さーて、ちなみに依頼主さまは……っと」
そうつぶやきながら依頼書の続きを読む。そして何やら納得したようにうなずいた。
「……なるほど。やっぱりな」
「何が?」
「この依頼、カレナ教の連中からだ」
アランはやれやれという風に依頼書のすみを指さす。ジゼルがそこを見ると、確かに"カレナ教教会 ルベーマ市支部"という文字があった。
アランは腰に手を当て、苦笑しながら言う。
「あそこはやっぱり、お行儀いいモノが好きだからなぁ。エッチなもの禁止、女の裸なんか厳禁、ましてや獣人に興奮するなんてもってのほか……ってトコだろうさ」
「でも、なんでそれを調べるのに冒険者か要るんだ?」
「区画によっちゃ、教会サマみたいなモラルはないからな。ボディーガードがほしいのさ。たとえ見下してる獣人でもな」
「ふん……そういうワケか」
ジゼルは何かに気づいたように腕組みしてうなずく。教会側に、ポルノでさえ人間とくらべて獣人を異質に見る認識があるのを、うっすらと察したのだ。
そんなジゼルの表情を見てとり、アランは一瞬だけ考えてから、声をひそめてこう提案する。
「なあ、いっちょこの依頼うけてみないか」
「は? どうして」
「そりゃ、このポルノ絵師がどんなヤツか分かるし、教会の考えもハッキリする。特に、モデルの獣人がどんな風になってるかはお前も知りたいだろ?」
「……あんまり気が進まねえなぁ。見たくないモノだって見るかもしれん」
「その時は俺がどうにかするさ。心配すんな」
アランは歯を見せて笑い、胸をドンとたたく。その頼もしいしぐさを見て、(コイツはエロ関係だとこんなにやる気を出すんだな)とジゼルは思った。彼女はふんと鼻をならし、念押しするように言う。
「信じていいんだな? どんなモノを見ても文句いうなよ」
「分かってるよ。どんな事でも、よく知らないままケンカするなんて不毛だ」
「…………」
ジゼルはしぶしぶといった様子でアランを見つめる。実際に、人間と触れあって偏見と憎悪を乗り越えたジゼルにとって、事実をたしかめないのは恥に思えた。
彼女は頭の後ろに手を回し、仕切り直すように言った。
「じゃ、報酬とかも見ておこうぜ。タダ働きなんてやらねーぞ」
「大丈夫だって。ほら、さすがに教会がギルドに嘘はつかねえって……」
矛をおさめた二人は、あらためて掲示板を見ながら内容を確認しはじめた。
――
……そして、翌日。
アランとジゼルは教会へと出向いた。正門から入り、建物の入り口近くで、二人は待つよう言いつけられていた。
「ここから先は、部外者は入ってはいけない規則になっています。どうかしばらくお待ちください」
長い槍を持った見張りの神官の一人が、無愛想に言う。ジゼルは目の前の白く高くそびえ立つ教会を見上げてから、見張りに向かって言った。
「部外者はっつーけど、一般人がお祈りにきたりしないのかい。こういう場所は」
「ジゼル、あんまり怒るなよ」
険のあるジゼルの口調に、アランはなだめるように口をはさむ。一方で、見張りのうち一人は「それは……」と言葉をにごしたが、無愛想なもう一人は不機嫌そうに顔をゆがめて言う。
「われら人間にとって、獣人は部外者だ。表だって言わない者もいるが、肝に命じておけ」
「……お前、呼んでおいてその言いぐさは……」
「やめろって。これから仕事なんだぞ」
ムッとして詰めよりかけるジゼルを、アランは横から腕でおさえる。すると、教会の入り口のドアが開いた。
その音でアランたちが振り向くと、中から出てきた者が言った。
「お待たせしました。私、今回の依頼の担当となります……」
その男は、礼をして丁寧な口調で言った。神官としての黒い衣服に身をつつみ、年は見た目からして20代なかばでアランと同じくらい。やせて背が低く、ちぢれた黒い短髪で、そしてこの国ではめずらしい茶色の肌をしている。
依頼の担当と聞いて、ジゼルはしかめっ面ながらも姿勢をただして向き直る。しかし、隣のアランをちらと見て、彼女は眉をひそめた。
「…………」
アランは何故か、目の前にあらわれた神官を見て言葉を失っていた。視線を釘づけにし、突っ立ったままで固まっている。
なんだコイツ、と思ってジゼルが神官の方へ視線をうつすと、そちらも妙であった。
「…………」
茶色い肌のその神官も何も言わず、アランと同じように「まさか」という顔で固まっている。同じような表情で、二人はポカンと見つめ合っていた。
その場に流れる無言の時間。見張りの神官もどうしたのかと顔を見合わせる。いいかげん焦れたジゼルが口を開きかけた、その時だった。
「……ブルーノ? お前ブルーノか?」
ふいに、アランが目を丸くして言った。驚きながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。するとブルーノと呼ばれた神官も、小さくうなって口を開く。
「……やっぱりアランか。生きてたんだな……」
「知り合いか? お前ら……」
目の前のなりゆきにジゼルはたずねる。しかしそれを意に介さず、アランはぱあっと顔をかがやかせるやブルーノに駆け寄った。
「うおーメッチャひさびさじゃねーか! 十年ぶりぐらいか!? あははははっ!」
「正確には11年だ……おい、なれなれしくするな! 離れろ!」
バシバシと肩をつかんで揺らすアランに、ブルーノはうんざりした顔を見せるが、引き剥がしはしなかった。二人の間には、なにやら気安い空気が見てとれる。
そんな光景を見ながら、ジゼルは小さく肩をすくめた。
――
「コイツ孤児院で一緒だったんだよ。年が一緒で、仲良くてさあ」
「それほどでもなかっただろ……だいいち俺は、お前みたいに問題児じゃなかった」
「なんだよ、お前だってそう変わらなかったろ」
「俺は仕方なく付き合ってやったんだ! まったく、なんだってお前のいる街に異動に……」
……数分後、アラン、ジゼル、それからブルーノの三人は教会を出て、街の中を連れだって歩いていた。
アランは歩きながら、ジゼルへの紹介もかねてブルーノへしつこく話しかけていた。ブルーノはその度につれない反応を返していたが、それはアランを嫌っているというより照れているように見えた。
やっぱり友達だったのかな、と思ったジゼルは、ぎこちなく笑顔をつくってブルーノへ話しかける。
「なあ、昔のアランってどんな感じだったんだ?」
「……いいかげんなヤツだったよ。ヘラヘラしてお祈りもテキトーで、そのくせエロ話が得意で人気者だった」
「なんだ、今とあんまり変わんねーじゃん」
「いや、これでも大人にはなったんだぞ。この通りちゃんと働いてるし」
不満げに言って胸をはって見せるアランだったが、ブルーノはそれをジロリとにらんで言う。
「ちゃんと、ねぇ……その結果が冒険者か」
「いいだろ。昔からの夢だったんだぜ。そりゃ、一時期はいかがわしい仕事もやったけどさ」
「バカな夢だ。命がけで大した保障もない。なのに俺たちが勉強してる間も、お前は木刀を振り回して……」
「おい、そんな言い方ってないだろ?」
ブルーノの口調があきれたそれになるのを感じ、ジゼルがくちばしを挟む。しかしブルーノは面倒そうに振り向いて言った。
「獣人のお前には分からないだろうがな。孤児となったら、育ててくれてる教会でキャリア積むのが当たり前なんだよ。そうじゃなきゃ、誰が味方してくれるんだ?」
「アランには私が味方してる。お前だって、コイツの仲間の事よく知らないだろ?」
「味方というのは、社会的な地位もふくめての話だ。言いたかないが、権力者と獣人ならほとんどが権力者を慕うだろ」
「へー、ほとんどねぇ。なんか統計でも取ったのか? データあんの?」
言い合う間に、たがいの視線にいら立ちと怒りがまじる。その二人の間に、アランがすばやく割って入った。
「ああもうケンカすんなよ。俺本人が気にしてねえのにさ」
「私が気になったんだよ。……もうどうでもいいけどさ」
「やれやれ、人間社会を知らないヤツはコレだから……」
そっぽを向くジゼルの横で、ブルーノはこれ見よがしにため息をつく。その態度に再びジゼルが目をつり上げたところで、ブルーノはアランに言った。
「アラン、今からでもいいから、人間のいい女と身を固める努力をしろよ。笑ってられるのも今のうちだぜ」
「んー、心配はありがたいが、好きになった女が獣人だったもんでね」
「ふざけるな。マジメに考えろ。仕事も女も真っ当じゃないなんて、神がお許しにならん」
ブルーノはまるっきり哀れみの目でアランを見つめる。一方で、ジゼルはますますいら立ちを加速させていく。
「テメェ、さっきから上から目線がすぎる――」
「わー待て待て。この話はやめようぜ、な!?」
またしてもアランが割って入り、二人に向かって交互にほほえむ。少ししてジゼルが引き下がったところで、ブルーノはちぢれた髪をガシガシとかいて言った。
「まあいい。今回の仕事は覚えているだろうな?」
「分かってるって。ポルノ絵師がどんなの描いてるか調べるんだろ?」
「違う。『警告』か『禁止命令』を下すんだ。これはもう決定してる」
「えー、悪い事してないかもしれんのに……」
「神の名のもとにそう決めた。お前らは俺にしたがう立場だ。……行くぞ」
一方的にそう言って、ブルーノは先をずかずかと歩いていく。アランが見ると、前方には今までの街並みと少し違った、不揃いな形の古びた建物が雑多にならぶ、どんよりと暗い雰囲気の一角があった。
あの中に絵師がいるのか……とアランが気を入れ直していると、隣にジゼルが並び、小さな声で話しかけてくる。
「アラン、何だよあのブルーノってヤツは」
「何だよって、何が?」
「久しぶりに会ったお前を見下して、獣人も下に見るし、神がどうとかって偉そうに……」
「はは、まあそう言うなよ」
アランは気にしてない風に笑って、ブルーノと距離を開けたまま歩きだし、続けてこう話す。
「アイツにとっちゃ、俺ら人間の神様に仕えるのは誇りなんだ。教えが心の支えだったんだろう」
「支えって……そんなたいそうな」
「子供の頃から苦労してたからな。大目に見てやってくれ」
不満げにするジゼルへ、アランは何故か自身の頬に触れて見せる。そしてブルーノの後を駆け足で追いかけた。
「…………」
その背中を見ながら、ジゼルも首をかしげて自身の頬へ触れる。そしてブルーノの頬……もとい肌の事が頭にうかび、心の中でつぶやく。
(……そういや、ブルーノって人間の言葉で"茶色"って意味だったな)
ハッとしてジゼルが顔を上げると、ちょうどその茶色の肌をしたブルーノが、不機嫌な顔をして振り向いていた。
彼は怒った声でジゼルへと叫ぶ。
「こら、何してる! さっさと来い!」
「一人で突っ立ってたら捕まるぜー?」
しかめっ面のブルーノの隣で、アランが笑って言う。ジゼルは内心にモヤモヤする気持ちを感じながら、二人のもとへ走っていった。