獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、幼なじみと再会する 中編

 

「普段こない場所に来ると、やっぱり緊張するな~」

 

「空気がよどんでる……。やっぱり人間の街は大なり小なり汚れるんだな」

 

「おい、お前ら一応は護衛に雇ったんだぞ。ビビらずに歩いてくれ」

 

 ある日の昼すぎ。アラン、ジゼル、そして神官ブルーノの三人はルベーマ市の東側にある、少々うすよごれた区画に入っていた。

 周りには、不揃いな形で高さも広さもバラバラな建物が多く並び、壁はそろって色あせたり、ヒビ割れたりと、おせじにもキレイとは言えない。

 路地は狭く、石畳がところどころ剥げ、道脇には木造のウサギ小屋のような小さな建物までチラホラ鎮座している。入り口のムシロがわずかにめくられ、中のどんよりとした視線と目が合うと、アランは思わず目をそらした。

 

 行き交う人もろくにいない、古びて不穏な街の一角。視界が全て灰色がかって見えそうなその場所を歩きながら、アランは空を見上げてつぶやいた。

 

「なかなか強烈だな。色街の方がある意味、まだ活気がある」

 

「のんきな事を言うな。この先で目当ての人物を見つけなきゃならんのだぞ」

 

「はいよ。獣人もイケるポルノ絵師さま、だったな」

 

「……モデルの獣人がどんな扱いか、それだけは興味がある」

 

 いましめる先頭のブルーノ。肩をすくめて応えるアラン。そしてぶっきらぼうな表情でつぶやくジゼル。三人はそれぞれ、探しているモノに違った感情をいだいていた。

 ……発端は、ブルーノの属する街の教会から、冒険者ギルドへと届いた依頼である。三人のいる区画に、獣人のヌードを描く"悪質な"ポルノ絵師がいる。その絵師の活動に『警告』もしくは『禁止命令』を出すのが今回の目的であった。

 

 神官でありアランの幼なじみでもあるブルーノは、教会に所属するゆえ当然ポルノ絵師の活動に否定的である。いわく、『神がお許しにならない』との事。

 

 アランは反対に、ポルノだから、あるいは獣人の絵だから描くなというのは不当であると考えていた。ただとにかく実情を知らねば始まらないという事で、依頼を受けた。

 

 ジゼルはといえば、ポルノのモデルが獣人であり、人間からさまざまな横暴――たとえば不本意なモデル活動など――を受けている可能性があると考え、自分の目で確かめようとここに来た。もともと人間の居住区で獣人の地位は高くないため、彼女としては無理からぬ懸念である。

 

 そのように三者三様の意見を持ち、彼らは街を進んでいった。

 ……ところが、先頭のブルーノの足はいっこうに止まらない。

 しばらく無言で歩く時間が続き、アランはこっそりとブルーノへたずねる。

 

「なあ、例のポルノ絵師ってのはさ、どこに住んでるんだ?」

 

「…………」

 

「依頼書にも具体的な住所は書いてなかったからさ……俺らも知らないんだけど」

 

 遠慮がちな口ぶりで返答を待つアラン。しかしブルーノは振り返りもせず黙々と歩をすすめる。すると今度はジゼルがトゲのある口調で言った。

 

「おい、まさか何も知らないなんて事はないだろーな?」

 

「…………っ」

 

 言われたブルーノは、ふいに足を止める。ぶつかりそうになってつんのめったアランへ、これまたぶつかりそうな勢いでブルーノは体ごと振り向いた。

 

「……し、知らん!」

 

「はぁ!?」

 

「わ……我々は、ただ噂を聞きつけて依頼を出したんだ! 俺だって、異動してすぐにこの仕事を命じられた! 情報なんて渡ってない!」

 

 ブルーノは大げさな身ぶり手振りを加え、ヤケになってうったえる。あそんな彼へアランが沈んだ口調で言う。

 

「……お前さ、だったらなんで素直にそう言わんの?」

 

「こちとら、誇り高き神官だ! 幼なじみとは言え冒険者と、ましてや獣人の前で情けないところを見せられるかッ!」

 

「……やれやれ、人間社会を知らないヤツはコレだから……」

 

「ぐぬぬ……っ」

 

 当てつけのようにため息をつくアランに、悔しげにうなるブルーノ。そこへジゼルがうんざりした表情で進み出る。

 

「つー事は? 私らで探せって事?」

 

「……まあ、そうなる」

 

「とんだムチャぶりだな。教会の方で事前に聞き込みとかしといてくれよ」

 

「仕方ないだろ。あんな、住む世界の違う連中と関わりたくないだろうし……」

 

 ブルーノはがっくりと肩を落とし、視線を横に流す。つられてアランたちもその方角を見ると、どんよりとした街並みと、陰気そうな目を向けて逃げていく浮浪者らしき人々が目に入った。

 三人は自然と暗くなる表情を見合わせる。その中で、アランはこらえるような声色で言った。

 

「でもさ……せめて手がかりの一つでも見つけなきゃ。『ムリです』で終わらせちゃダメだろ」

 

「っつってもなあ……」

 

 ブルーノは困った顔で目をおよがせる。名前も顔も知らない絵師の手がかり。そんなモノが都合よく見つかるだろうか。

 三人で路地に立ち往生しながら、どうしたものかと視線をかわす。そんな時、ふとジゼルが何かに気づいたかのように目をするどくする。

 

「……待った! 二人とも、ちょっと黙っててくれ」

 

「なに?」

 

「風向きが変わった。……妙な匂いが流れてくる」

 

 そう言って、彼女はけわしい顔をして一人で歩いていく。その背中をいぶかしげに見ながら、ブルーノが隣へたずねる。

 

「おい、急にどうしたんだあの女。匂いって何だ?」

 

「アイツは鼻が利くんだ。気になるモノが何かあるんだろう」

 

「……信用できるのか?」

 

「できるさ。まあついていこうぜ」

 

 アランは親指を立てて笑う。それを見て、ブルーノは若干うたがわしい目をしていたが、結局は黙ってついていった。

 ……しばらくして、路地を何度か曲がった三人の視界の向こうに、あるものが見える。

 

 暗がりの壁ぎわに、細い材木を組んでせり出すように左右の壁と屋根をつくり、それにカーキ色の布を張って入り口が開けっぴろげのテントのようになったスペースが、二つほどポツンと並んでいる。

 そのテントは二つとも、材木が遠目に見ても黒ずんで朽ち、布も色がくすんでところどころ破けている。

 

 そんなテントの内部には、それぞれ一人ずつ、細身の小汚ない中年がポツンと立っている。そしてそんなテントの主の周囲には、変わったものが並んでいた。

 

「あれは……」

 

 アランが壁に身をかくし、遠目に見ながらつぶやいた。テントの周囲にあったのは、大小さまざまなキャンパスに描かれた絵であった。壁にかけ、あるいは地面にムシロをしいて並べて展示され、奥には何枚も平積みされている。

 その光景を見て、アランと同じく壁に隠れていたジゼルが納得したようにつぶやいた。

 

「……やっぱりだ。絵の具の匂いがした」

 

 続けて、アランもテントを見つめながら言う。

 

「……あれ、ヌードの絵だぜ」

 

「分かるのか? こんな距離で」

 

「ああ。俺の目はごまかせない。あの肌色の割合は裸の絵だ」

 

 いぶかしげな顔をするブルーノへ、アランは自信たっぷりに答える。するとブルーノも目をこらし、テントの中の絵を確かめようとする。

 そして、すうっと表情をけわしくすると、いまいましげにこうつぶやく。

 

「……という事はアイツらか? 目的の、悪質な絵師というのは……」

 

「うんにゃ、そりゃ分からんぜ。私は絵の具の匂いをたどっただけだ」

 

「とりあえず、アイツらなら何か知ってるかもしれないぜ? 絵描き仲間としてさ」

 

「…………」

 

 短絡的に疑いはじめるブルーノを、他の二人がなだめる。しかしブルーノは耳を貸さずに壁の陰から出ると、テントの方へズンズンと歩いていった。

 

「おい、ブルーノ!」

 

 アランとジゼルはあわてて後を追う。しかし、ブルーノはすでにテントの中の者たちへ声をかけていた。

 

「カレナの神官だ! お前ら、ここで何をしている!?」

 

 ブルーノは懐からネックレスを取り出し、カレナの紋章を見せつける。するとテントの二人は驚いた表情でブルーノを見た。

 ブルーノににらまれながら、彼らはしどろもどろに対応する。

 

「え……な、何ですか? 僕らは描いた絵を売っているだけで……」

 

「これを、お前らが描いたのか?」

 

「は、はい……」

 

 ブルーノはジロジロと目の前に並ぶ絵の数々を見つめる。そこにはアランの言った通り、露出度の高い、あるいは全裸の者たちが色々なポーズで描かれていた。

 しかもブルーノの目を引いたのは、その人物たちのほとんどが、獣耳や尻尾を持つ獣人たちである事であった。犬、猫にはじまり、トカゲ、羊、キツネ……さまざまな種族が肌をさらしてキャンパスに描かれている。

 

 ブルーノは眉間にシワをよせ、二人の絵師に向き直る。そして舌打ちまじりに言った。

 

「……教会の目が届かないからといって、こんな卑猥なモノを売るだと……!?」

 

「ひっ……」

 

「許さんぞ貴様らっ! 今すぐ全て没収だ! いまに神の罰が下るぞッ!!」

 

 周り一帯に聞こえるブルーノの大声に、アランたちは思わず立ち止まる。絵師たちも体をすくませるが、それでも一人が必死になって反発した。

 

「僕らはっ、キレイだと思ったものを描いているだけです! それに、子供には一応売らないように……」

 

「黙れ! 貴様らがどんなつもりだろうが、神はお許しにならないぞ。処分は神に仕える我らが決めるんだ」

 

「そんな……これでも、迷惑にならないよう色々と……」

 

「言い訳は聞かん。しもじもの勝手を許せば、そこからどんどん堕落が広がる!」

 

「ブルーノ、待て。そう興奮するなって……」

 

 追いついたアランが、いきり立つブルーノの肩をたたく。しかしブルーノは振り返りもせず、おもむろに自身の手のひらを――茶色い肌をジッと見つめて、独り言のように言った。

 

「……アイツらだってそうだった。神の名を出すまでロクな事をしなかった。だいたい人間なんてのはアテに……」

 

「ブルーノ!!」

 

 先ほどよりも語気を強め、アランがブルーノの肩をゆさぶる。ブルーノはそこでやっと言葉を止めると、我にかえってアランたちへ振り向いた。

 目を丸くしているブルーノへ、アランがため息まじりに言う。

 

「落ち着けって。ここで食ってかかって何になるんだよ」

 

「……うるさい。少し……ムキになってしまっただけだ」

 

「まあ、怒りたいのは私も一緒だけどさ」

 

 例の絵の数々をながめて言うジゼル。それからふとブルーノへ視線を移すと、こんな事を言った。

 

「なんか引っかかるんだよな……。『神』『神』ってやたら言うのがよ」

 

「なんだ、文句あるのか」

 

 不機嫌な顔を向けるブルーノ。ジゼルも同じような顔で見返して答えた。

 

「たとえばさ……絵に描かれてる獣人たちの事とか、ちゃんと考えてるのか、とか」

 

「むっ……」

 

「やたら下に見てるヤツってよくいるからな。その辺どうなんだよ」

 

 ジゼルににらまれ、ブルーノは一瞬たじろいだ。そして答えずに目をそらすと、ジゼルの目つきがするどくなる。

 その視線に耐えかねてか、ブルーノは絵師たちに向き直ると、ごまかすように勢いこんで命令する。

 

「え、ええい! いいから没収だ! 教会として野放しにしておけん!」

 

「えーっ!?」

 

 その理不尽な言葉に、絵師たちの顔色が変わる。そして相変わらず怯えながらも、一生懸命に反論した。

 

「そんないきなり……なんでですか神官さん!?」

 

「なんでって……獣人の裸の絵なんか広めさせるワケにいかんだろう。常識的に考えて」

 

「そんなっ……これでもれっきとした需要があるんですよ! 獣化した姿だって描いてるのに、全部ダメなんですか!?」

 

「なっ! 獣化したヤツらにまで鼻の下のばしてるのか!? お前ら頭どうかしてるぞ!!」

 

 絵師たちとブルーノの言い合いはヒートアップするばかり。そこでアランが茶化すようにして言った。

 

「人の性癖をバカにするもんじゃないぞ。お前だって人に言えない趣味ぐらいあるだろ」

 

「バカを言え。俺にそんなものは……」

 

「何歳の時だったかなぁ。俺が美人シスターと成長期サキュバスって組み合わせのエロ話をしたら、お前がめずらしく話の輪にこっそり……」

 

「わーっ! やめろ!! こんなところで昔の話をするんじゃない!!」

 

 ブルーノは顔を真っ赤にし、アランの話をあわててさえぎる。近くでジゼルが冷めた視線を送るのを見ないようにしながら、ブルーノは咳ばらいをしてあらためて絵師たちに言った。

 

「と……とにかく、これ以上の制作は認めん。この街の風紀に傷がつくからな……」

 

「何がこの街の風紀ですか! みんながどんな生活してるか知らないくせに!!」

 

「誰も彼も余裕なんか無いんだから、大して変わりませんよ!!」

 

「なんだとぉ……」

 

 ブルーノの声にいら立ちがありありと浮かぶ。その時、黙って聞いていたジゼルがうんざりしたように話に割り込んだ。

 

「ああクソ、よさないかアホくせえ!!」

 

「なんだお前、いま大事な話を……」

 

「こんなところで揉めてても、じれったくてかなわねえんだよ!」

 

 そう言ってジゼルはブルーノを押しのけると、絵師たちに向かって言った。

 

「お前らさ……誰か、悪質な絵師とかいうのに心当たりないか?」

 

「あ、悪質?」

 

「そ、内容が過激……ってのが基準なのかな? それがいなきゃ有名なヤツでもいい」

 

「そ、そうだ! きちんと教えればお前らの活動には口出ししないでおいてやるぞ。取引だ」

 

 ジゼルが提案すると、ブルーノは恥ずかしげもなくそれに乗っかった。絵師たちはしばらく迷った顔を見合わせていたが、やがてしぶしぶ口を開いた。

 

「もしかして……ヘンリーさんの事じゃ」

 

「あ……そうかも」

 

「ヘンリー?」

 

 アランが首をかしげると、絵師たちはこう話しはじめた。

 

「僕たちの界隈で、一番有名な人です。ずーっと絵を描き続けていて、名前を知らない人はいません」

 

「描くってどんな?」

 

「……獣人の裸に、特にこだわっている人です。街で仕事をなくした獣人なんかにお金をわたして、モデルをやらせています」

 

「絵は上手いけど、ほとんど外で顔を見ないんだよなぁ……」

 

 やっと有益な話を聞き、ブルーノも真剣に耳をかたむける。そこで、ジゼルが口をはさんだ。

 

「そのモデルの獣人は、行方は分かるか? できれば話を聞きたい」

 

「さあ……なんせ今までのモデルとなると、かなりの数になるだろうから……」

 

「でも、いちおう就職の面倒も見ているって話だよな。ヘンリーさん」

 

「けど、モデルにしてるのほとんど女みたいだからなぁ……。ウワサじゃ、娼館堕ちしてるのも少なくないって言うぜ……それで年収が600万近くもあるとか」

 

「……!」

 

 ウワサを話すうち、絵師たちは顔をくもらせる。同時に、ジゼルが身を乗り出し、勢いこんで言った。

 

「その辺、くわしく聞かせてくれ! 獣人の女たちがどうなったか!」

 

「えっ……いやだって、数も多いし分からんって言ったろ。娼館に行ってたとしたら、名乗る名前も変えるだろうし……」

 

「にしたって、何かしら知らないのかよ! せめて一人だけでも行方を……」

 

「む、無理だって。そんなん知りようがない……!」

 

 ジゼルは真剣な表情でうったえるが、絵師たちはうろたえて首を横に振るばかりだった。

 それにジゼルが落胆していると、そんな彼女をブルーノが押しのける。

 

「どけ。今度は俺が質問する」

 

「なんだよ。その言い方……!」

 

「知りようもない獣人どもの行方なんぞどうでもいい。問題は不埒な絵師をどうするかだ」

 

「どうでもいいだと!?」

 

 ブルーノの言いざまにジゼルがキバをむく。アランは止めようとするが、彼女はそれを寄せつけない勢いで食ってかかった。

 

「テメェ、言わせておけば! 何人も犠牲になってるかもしれないのに、その言いぐさはないだろ!」

 

「重要なのは、神の道にそむいた絵を描く輩を放置しない事だ。元からそんな依頼内容だったハズだ」

 

「じゃあお前は気にならないのか? 獣人の女がどんな目にあってるか!」

 

「俺の意思は関係ない。ただ、卑猥な絵を広めるのは神が許さんだろう」

 

「また『神』かよ! 聞きあきたぜソレ!」

 

「常に神を意識するのが神官というものだ」

 

 はなはだ、まずい雰囲気になってきた。ジゼルとブルーノはみるみるうちに険悪な目つきでにらみ合い、そばで見ている絵師たちも口をはさめずに固まっている。

 とにかくこの空気が続くのはまずい。そう思ったアランが、やにわに明るい声で言った。

 

「分かった、分かった! じゃあさ、そのヘンリーの住所を知っていたら教えてくれないか?」

 

「へ、住所?」

 

「そうそう。あとは俺らで調べるからさ。たのむよ」

 

 ジゼルやブルーノの意見も聞かず、アランはそう頼みこむ。しかし絵師たちがとまどいつつ頷くのに、待ったをかける者はいなかった。

 真相は、直接しらべるしかない。それは内心でみんな分かっていたのだ。

 だが、何を知りたいのか、何に憤っているのか、それに対するズレが、彼らの間には変わらず横たわっていた。

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