獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「ここ、か……」
歩いているうちに、三人は込み入った区画の中の、ある一軒家の前にたどり着いた。
一階建てで、建物はやけに小さい。外から見ても部屋が三つもあるかすら怪しい広さで、周りの庭には雑草が生い茂り、壁は他の家々と同じく古く、ひび割れている。
その家のボロボロの表札には、小さく"ヘンリー"とだけ書かれていた。
ブルーノがその表札をたしかめる背後で、ジゼルが隣のアランへささやく。
「なぁ……本当にここに人が住んでるのか? しかも有名人なんだろ?」
「うーん……ほら、芸術家は変わり者が多いっていうから……」
「これなら、原っぱでのびのびしてる方がマシだぜ。人間ってのはいちいち窮屈だよな」
小声でそんな陰口をたたくジゼル。一方で、ブルーノはそれに気づかず、ヘンリー宅とおぼしき家のドアを、乱暴にドンドンとたたいた。
「ヘンリーさーん! いらっしゃいますかー!?」
たたかれたドアがきしみ、合わせてトゲのある声色でブルーノが呼びかける。
しかし、返事はない。
はたから見ても狭い家ゆえ、聞こえていないワケはない。ブルーノは眉間にシワをよせ、さらに強くドアをたたいた。
「ヘンリーさーん! いたら返事しなさーい!! カレナ教の者でーす!!」
「ブルーノ、そんなにしたらドア壊れるぞ……」
「
「……ダメだこりゃ」
神官としての使命感からか、ムキになって叫ぶブルーノ。アランがあきれていると、少ししてガチャリとドアが開かれる。
「……何か用ですかな」
顔を出したのは、齢50ほどの老人だった。体は痩せ細りシワがきざまれ、頭はハゲているかわりにモミアゲからアゴにかけて灰色の髪とヒゲがのびている。
その老人は、騒がしい訪問客をあやしんでか細い目をジロリとつり上げる。するとアランがとっさに前へ出て笑顔をつくった。
「あのー失礼ですが、ヘンリーさんですか?」
「そうじゃが」
「絵を……お描きになられているとか」
「見りゃ分かるじゃろ」
老人もといヘンリーは鼻を鳴らして無愛想に答える。よく見ると、着ているくたびれたシャツには絵の具がはねてくっついていた。
アランはうなずき、ヘンリーの顔色を気にしつつ話を続ける。
「えー実は、いくつかお伺いしたい事がありまして……」
ところが、そう切り出したアランを押しのけ、突如ブルーノが家の中へ踏み込んだ。
「こら、何をなさる!」
「うるさい! 神の名において、ここを調べさせてもらう!!」
止めるヘンリーの脇をすり抜け、彼は短い廊下を曲がり奥の部屋へと踏み込んでいく。それを見て、アランとジゼルもあわてて後を追った。
「ああ、すみません! アイツ強引なヤツで!!」
「ったく、あの野郎……」
「なっ、ちょっと!?」
事態を呑み込めないヘンリーを置き去りに、アランたちもドカドカ上がり込む。アランたちはブルーノと同じ道をたどり、そうしてブルーノの背中と、内部にあった部屋を目にした。
六畳ほどの広さで、壁は石材と木材がむき出し。部屋中に描きかけの絵やスケッチ、古びた胸像などが散乱している。
そして、部屋の中央には、台に立てかけられた描きかけのキャンパス、そして座って描くためであろう椅子、その上に絵の具のついたパレットと絵筆が置かれている。
……そして、そんな狭くて散らかった部屋の隅に、それはいた。
白いシーツを一枚だけ体に巻き、驚いた顔で立ちすくむ若い女性。その頭にはキツネを思わせる色の三角耳が二つあり、腰あたりではシーツの下から尻尾かのような膨らみがモゾモゾと動いている。
「…………」
ブルーノは無言で、目の前の描きかけのキャンパスに目を移す。そこには、まだ塗りが途中だが確かに獣人のヌードが描かれていた。
その時、ようやくヘンリーが部屋まで追いついてきた。荒い息を吐きながら、あわてた口調でアランたち三人へ問う。
「貴様ら、いったい何をしに来た! ワシの仕事場に無断で立ち入りおって!」
口調に怒りをにじませるヘンリー。しかしブルーノは意にも介さず振り返り、冷徹な声で言った。
「おい、この裸の絵はお前が描いたのか」
「え……ああ。ワシのじゃが。描いてる途中なんじゃ。触らないでおいてくれ」
「そうはいかんな。これは証拠品として持ち帰らせてもらう」
「なっ!?」
ブルーノはそういうと、キャンパスをひょいと取り上げる。そして周りにある絵も無造作にかき集めはじめた。
それを見たヘンリーが、驚いて叫ぶ。
「やめろ! それに触るな!!」
「ダメだ。お前は悪質なポルノ絵師として罪が確定した。おとなしく教会からのお達しを待て」
ブルーノは平然と返し、絵をほとんど見もせず拾い集める。
すると、そんな彼の腕をアランがつかんだ。
「ブルーノ、いったん落ち着け」
「……なんだ? 邪魔をするな。お前の出る幕じゃない」
「ヘンリーはまだ事情も知らないんだぞ。いくらなんでも一方的すぎる」
「かまわん。どうせ神につかえる教会の命には従わねばならん。いちいち個人の感情を気にする必要なんて……」
ブルーノは面倒そうにアランをあしらおうとする。しかしその言葉が、ふと途切れた。
ブルーノの腕をつかむアランの手に、グッと力がこもる。ブルーノが痛みに顔をしかめると、アランは低い声でささやいた。
「親友でも見過ごせないぞ。絵を元にもどせ」
「っ……何を、えらそうに」
「――もどせ」
「う…………」
アランの目に怒りが宿る。それを見たブルーノは息をのみ、腕をつかむ力が緩むやいなや絵をパタパタと元の場所にもどしていった。
アランはため息をつくと、また笑みをつくってヘンリーへ向き直る。
「失礼しました。ヘンリーさん」
「お、おぉ……」
「先ほど言いそびれたのですが、お聞きしたい事やら確認しなきゃならない事やらがありまして。少々お時間よろしいですか?」
「う、うむ」
断れない雰囲気を感じてか、ヘンリーは動転しながらもうなずいた。その時、それまで黙っていたジゼルが口を出す。
「待てよ。そのじいさんの方はともかく、この娘はどうすんだ?」
声の方にアランたちが振り向くと、いつの間にか彼女は隅っこにいるモデルのキツネ獣人によりそって立っていた。それに気づいたアランは肩をすくめ、周りに言う。
「んー、じゃあいったん俺らは外に出るか。女性は女性どうしで話をするという事で」
「獣人だけで置いといていいのか? 勝手に逃げ出すかもしれんぞ」
「いらん心配すんな。つかこの娘、服も着てねえんだぞ。とっとと出てけ」
疑わしげな目を向けるブルーノを、ジゼルは一蹴する。隣でキツネ獣人が頬を赤らめた。
それを受けて、アランが両腕を広げて男性二人を追い出しにかかる。
「まあそういう事だから。ちょっと席を外しましょうか」
「じゃが、ここワシの家……」
「貴様は黙っていろ。これからウソを言ったら承知しないからな」
ブルーノはいまだに偉そうにヘンリーへ念を押す。アランはそれに苦笑しつつ、三人で戸口の方面へ歩いていった。
……ドアをあけ、庭へ出て、三人はあらためて向かい合う。
そして最初にアランが言った。
「実は……私たちがここに来たいきさつはですね」
それから、アランはこれまでの経緯を話した。悪質なポルノ絵師のウワサがある事。教会の基準に照らせばヘンリーがそれに当てはまるであろう事。そして、教会の意向でその活動を止めようとしている事……。
それらを聞いているうちに、ヘンリーも深刻な表情になっていった。対して、ブルーノは事務的な口調で言った。
「教会としては、あんな獣人の裸の絵など描かせておくワケにはいかない」
「…………」
「よって、俺から制作の中止を命ずる。じきに教会から正式に警告が来るだろう」
「なっ……そんなバカな!」
あまりに急な命令に、ヘンリーはとうぜん反発する。そこでアランが割って入った。
「待て待て。だからいきなりすぎるんだって」
「うるさいな。他に何を言えばいいんだ」
「むぅ……じゃあ俺が話す」
バリバリと頭をかき、アランはヘンリーに向けて質問をはじめた。
「まず……あの裸の絵はそもそもどんな動機で描いてるんです?」
「動機じゃと?」
「その……いわば、『女はいい売り物になるぜウヘヘ』みたいな気持ちで描いちゃいないかと思いまして」
「くだらん。そんな気持ちで絵を描き続けられるか」
気持ち悪い演技をまじえてたずねるアランを、ヘンリーは鼻で笑う。ブルーノはといえば、その演技に少し距離をとっていた。
一つ咳ばらいして、アランは続ける。
「っつーと、好きで描いてると?」
「そうとも、好きで、美しいと思うものを描いておる。そりゃ金にもなるが、やはり好きなのが理由じゃ」
「へぇ、そりゃけっこう……」
強い口調で言いきるヘンリーを見て、アランは感心したように微笑む。それはどこかホッとしているようにも見えた。
ところが、そんな二人の間へブルーノがけわしい顔で割り込んで言った。
「待て貴様ら。何を勝手に誇らしげにしている」
「んだよ。文句あるか?」
「大アリだ! この老人が好きで描いていようが、そんなのは関係ないんだよ!」
うるさげにするアランへ、ブルーノは怒声をあげる。そしてヘンリーをびしりと指さし、不愉快そうに顔をゆがめて言い放つ。
「問題は、コイツの描いている絵が不埒な、淫猥な代物だという事だ! 女の裸というだけでも問題なのに、獣人のなどけがらわしい!!」
「……具体的に裸の何が問題なんだ? 子供には売らないってマナーはあるらしいが」
「何度も言ったろう。神が許さない。それ以外に理由は要らん」
「神様ねぇ……直に声でも聞いたのか? しかも獣人はけがらわしいと?」
「
「なら、なんかそういうデータあるんですか?」
「おちょくる気か? 俺が気の長い方じゃないの、知ってるだろう?!」
アランの問いに、いら立った様子を見せるブルーノ。アランはいったん口を閉じると、長い息をついてこう切り出した。
「……なら質問を変えるか。『お前はどう思う?』」
「なっ……」
「神がどうとかは置いといて、お前自身の考えを聞きたい」
アランの言葉に、ブルーノはふとうろたえる。ヘンリーがとまどう横で、その問答は続いた。
「どうなんだ? 俺だって気は長くないぞ」
「……何のつもりだ。そんな事を聞いて」
「別に。お前の本心を知りたい」
アランは一歩ちかづき、まっすぐ目を向ける。それに怖じけづいたかのようにブルーノは目をそらすが、その表情はどこか、言いたくない事でもあるように見えた。
アランも、それを見透かすかのように静かな口調で言う。
「お前の昔の事をな、今でも覚えてるんだよ」
「…………」
「肌の色が違うからって、よくからかわれていたっけな。そこでシスターが皆に言ったろ。『ただ肌が茶色いからっていじめるなんて、神様が許さない』って」
ブルーノの表情が苦々しくくもる。ヘンリーは関係のない話ながらも、その深刻な雰囲気を感じとって沈黙していた。
アランは一瞬だけ思い出をたどるように目を閉じると、ふたたび口を開く。
「ま、俺は元からからかってなんかいなかったし、気にしてなかったが……当のお前は印象に残ったみたいだな」
「…………っ」
「自分の考えはそっちのけで、しかも神様を言い訳にして教会の喜ぶやり方を押し通すワケか」
「……それは……」
アランの口調に嫌味がまじり、ブルーノもばつが悪そうにつぶやく。そして弱った口調ながらも言い返した。
「お前……お前には分からないだろう。ずーっとあの教団の世界で生きるっていう事が、どんなに大変か」
「…………」
「規律はガチガチで、責任もある。マイノリティになったら、奇異の目を向けてくるヤツもいる。……そんな連中には、神の名を出して黙らせるしかなかった」
ブルーノの表情は、どこか弁解するようだった。それでもアランはジッとそれを見つめる。
また、ヘンリーは、話に置いてけぼりにされながらもなりゆきを見守っていた。自分に関わりのない話ではあったが、ブルーノがことさら絵の仕事をやめさせたいワケではないと、うすうす勘づいての事であった。
しばし場に沈黙が流れる。すると、アランはからりとした笑顔になっていた。
「ここには教会のヤツらはいないぜ。頼むから、本音を聞かせてくれよ」
「なに……?」
「部屋で見た絵の感想を、素直に言え。作っちゃいけないようなモノかどうか、自分で判断してみろ。じゃないと、誰かが見たいものを潰すハメになるんだぞ」
「…………」
アランの表情が真剣になり、先ほどにもまして真に迫るまなざしでブルーノを見つめる。「誰かが見たいものを」と言ったものの、一番見たいのは
ただ、確かに興味があるのは表情から十二分に伝わってきた。間近に見て分かる、その絵を見る事への情熱。
それからブルーノはヘンリーへと視線を移す。視線がぶつかると、ヘンリーは物怖じせずに見返してくる。態度しだいで先ほどのような横暴にあうかも分からないのに、媚びもせず、言い訳もしない。
本当に描きたくて描いてるのか……とある意味あきれてから、ブルーノはしばし考えた。
ただ教会が好まないだろうからと、描きたい人と、見たい人を否定してよいものか。教会側の人間がいないその場で、あらためて悩む。
そして、意を決して彼は口を開いた。
「……分かった。絵そのものを描くのは止めない」
「ブルーノ……!」
「見せる年齢と、場所と規模だけ気をつけてもらえれば、とりあえず良いだろう」
その言葉に、ヘンリーはわずかにホッとした様子を見せる。同時にアランが笑みを輝かせた。
「よかったー! お前なら分かってくれると思ってたぜ!」
「なんだその信頼……。というかお前は第三者だろうに、えらい喜びようだな」
「うれしいモンはうれしいさ。細かい事はいいじゃないか」
ブルーノの背中をバシバシとたたきながら、アランは言う。しかし雰囲気が和んだところで、またブルーノが声をひそめて言った。
「ただな、ヘンリー」
「む?」
「言いたくはないが……アンタには、悪いウワサがついてる。なんでもモデルに使った女が娼館に送られているとか……」
アランが顔をくもらせる。しかし、ブルーノの言い方は絵を描かせない口実や言いがかりとしてではなく、純粋に気がかりで言っているようだった。
対して、ヘンリーはため息をつく。
「ああ、あのウワサか……。あんなのデタラメじゃよ」
「ただ、本人の証言だけでは心もとない。それに、異性のモデルと二人きりになる仕事となれば、色んな行為の隠蔽だって……」
「ワシはもう、この通り年寄りじゃ。やましい事はせんし、隠す事もない」
「…………」
ヘンリーは動揺もなく言ったが、ブルーノは悩ましげにうなっていた。それはヘンリーを信用できないというより、もし何か悪事をしていれば大変だという心配からだろう。
アランはそんな二人に向けて、あっけらかんとして言った。
「まあまあ。本人だけに聞くよりは、モデルさんの方に聞いたらいいんじゃないか? たとえば……」
「……お前の女のいる方か」
ブルーノがちらと見て言うと、アランはうなずいた。
「そう! ジゼルが今聞き取りしてるだろうし、もう少し待とうぜ」
「ずいぶんと信用してるが、お前はいいのか? せっかく好きな絵を描いてる輩が、もし悪人だったとしたら……」
「それはそれ、これはこれ。"裸の絵を描いてる"のは否定しないが、悪人は悪人さ。その時は二人でふん捕まえようぜ」
「本人の前で言うか。それ……」
ブルーノはげんなりしてつぶやく。一方でヘンリーは逃げるそぶりも見せず、ジッとその場にたたずんでいた。
アランはふっと笑みを消し、家の中にいるジゼルへ期待をかけ、ドア越しに視線を送っていた。
――
……アランたちの言い争いがおさまる、その少し前。
絵のキャンパスが積み重なる部屋の中で、ジゼルはモデルをしていた獣人と向かい合って座っていた。
ジゼルはあぐらをかいて床に腰を下ろし、もう一人は部屋の隅のベッドに座って縮こまっている。
「…………」
そのモデルをしていた――キツネ獣人は服を着させられ、粗末なワンピースの裾からフワフワとした尻尾をのぞかせ、三角耳をおびえたようにピンと立てている。
その様子をうかがいつつ、ジゼルが静かに口を開いた。
「おい」
「…………っ!」
「お前、名前は?」
「……ナターシャ」
「それ人間にもらった名前だろ。本名は?」
「…………」
ナターシャと名乗る女性は目を伏せ、首をふるふると横に振る。本名を教えるほど信用していないという事だろうか。それにもどかしさを感じつつも、ジゼルは自分から名乗った。
「…… 私はジゼル。少し聞いていいか」
「…………?」
「あのじいさん……ヘンリーに何かされなかったか?」
「え?」
ナターシャは顔を上げ、キョトンとした顔をする。ジゼルは身を乗り出し、こう続けた。
「私らは、あの神官と一緒にヘンリーを調べに来た。もっとも、あの神官は絵の内容が気になったみたいだが……」
「…………」
「私は別だ。獣人で、女の、お前みたいのがどんな事をされているのか、それが気がかりなんだ。もし何かあれば、私が教会に伝える」
ジゼルはやや早口になり、話を聞き出そうと迫る。そうして間近にきた二つの目に、ナターシャは思わずのけぞった。
それを見て、ジゼルはさらに強くうったえる。
「頼む。信じてくれ。お前に危害をくわえたり、後ろ暗い事は一つもない。ただ心配なんだよ、私も獣人だから」
「…………」
「このトオりだ。 こうすればヤツらにはワからない。 それでもダメか?」
獣人の言葉を使い、配慮を示すジゼル。それを聞き、ナターシャの表情もようやく少し和らぐ。それから、彼女も獣人語でもって、ポツポツと話しだした。
「何も……されていません。モデルを募集していると張り紙を見たので……私から出向いたんです」
「出向いて……ヘンリーとは会って、どれくらい?」
「私はまだ一ヶ月ちょっとです……。昼間にこうして仕事して、夜は用意してくれた空き家で寝ます」
「空き家?」
「はい。この辺りはそんなのが多いので、ヘンリーさんが我が物顔で物置きみたいに使っている場所もあるんです。そこの空きスペースで寝泊まりを」
ナターシャがうっすら笑って答えるのを見て、ジゼルは少し驚いた。確かにヘンリーの家に二人きりというのも不安だろうが、空き家で眠るというのがこの区画では普通なのだろうか。
自分が存外めぐまれていた事を、ジゼルはひそかに痛感していた。
「……くどいようだが確認するぞ。本当にモデルをしていただけなんだな?」
「はい」
「けど、本当に嫌な事とかなかったのか? なんせ、人前で脱ぐワケで……」
「そりゃ最初は恥ずかしかったですよ。でも、本当にただ絵を描いてるだけでしたし、お互い仕事ですから」
「……なら、よかった。こういうのは、私よく知らないからさ」
ジゼルは少し安堵したように息をもらす。しかし、なおも気がかりそうにたずねた。
「じゃあさ、他のモデルたちのウワサとかは、何か聞いてないか?」
「他、ですか?」
「そうそう。お前が一人目のモデルじゃないだろ? お前より前にいた子が、なんかこう、カタにはめられたとか……」
「…………」
「いや、決めつけるワケじゃないんだ。だがもしそんな情報が少しでもあったら教えてくれ」
そう言われたナターシャだったが、彼女はすぐ首を横に振った。
「……特に変わった事はないです。確かに悪いウワサはありますが、あんなの全部ウソですよ」
「ウソなのか? でも、獣人は立場弱いし不安なんだよなぁ。どうしても利用されてるんじゃないかって」
「…………」
ジゼルは半信半疑な表情で首をひねる。その時、彼女の耳にかすかな雑音が聞こえてきた。
「……ん、なんだ?」
ボソボソと、正体は分からないが近くから聞こえる音。同じ獣人だからか、ナターシャもぴくりと反応する。
すると、ナターシャはおもむろに立ち上がると、ジゼルへ手をさしのべた。
「でしたら、ちょっと来てみてください」
「へ? どこへ」
「いいですから、すぐそこです。」
とまどうジゼルへ、ナターシャがほほえむ。結局ジゼルは差し出された手を取り、部屋の外へと導かれる。
(……なんだ? 外に何かあるのか?)
歩きながら、眉をひそめるジゼル。そんな彼女の耳に、ドアの外からかすかに話し声が聞こえてきた。
――
「なんだお前ら! 先生の家に何をしに来た!?」
「ちょっと、やめなよ……!」
……その頃。庭先のアランたちは、ある者たちから警戒の視線を向けられていた。ヘンリーと話しているところへ、二人ほど来客が来たのである。
ボロをまとってはいるが、若く健康そうな男女。その二人には、ある特徴があった。
頭の獣耳と、腰の後ろから生えたフサフサの尻尾。二人そろって獣人である。その姿を見ていたブルーノが、真面目な顔になって言った。
「貴様らこそ何だ。ヘンリーの知り合いか?」
「あ……俺らは、その……」
「先生、っつってるし、前に来た事はあるみたいだな」
答えに窮する獣人を、アランはしげしげと見つめる。絵のモデルの関係で知り合った者たちなら、ヘンリーについて何か聞けるかもしれない。
……とはいえ、獣人たちは何やらブルーノをあいかわらず警戒した目つきで見て何も言わない。そんな時、ヘンリーがやれやれと肩を落として言う。
「……なんでわざわざこんな時に顔を出した。別の時に来ればよかったものを」
「だってよ……神官がいたから、先生が危ないのかと」
「なぬ?」
「どういう事だよ?」
ブルーノが片眉を上げる。アランも話が見えずに口をはさんだ。するとヘンリーが重い口調でこう打ち明ける。
「……コイツらは、ワシがその辺の空き家に住まわせとる。またモデルをやってもらいたいから、強引にな」
「強引になんて! 無理を言ったのは私たちじゃないですか!」
「そうですよ! 行くところ無いつったの俺らじゃん!」
ヘンリーの言葉に、獣人たちはすぐさま庇うような言動をはじめる。それを見ていたアランは、ある事を察してつぶやいた。
「もしかして……仕事ないのか、お前ら」
「くっ……」
「やっぱりか。人間がついてないしな」
アランの言葉に、獣人たちは弱ったように目をそらす。仕事につけなかった、あるいはクビになった獣人は本来、人間の街にいられない。監視できる立場の人間がおらず、治安を悪化させかねないというのが理由である。
その街にいられないはずの獣人たちがいる事に、ブルーノは目をつり上げた。
「貴様ら、犯罪者か! 他にも隠れて住んでるヤツらがいるのか!?」
「そ、それは……」
「し、仕方ないだろ! 元から獣人の住める場所は減ってるし、街から出るのだって命がけなんだ!」
女の獣人は答えにつまり、男の方はうろたえながらも反発する。険悪さの増す彼らとブルーノの間に、アランがとっさに割って入った。
「まあ落ち着け。コイツらの言い分も一理あるだろ。ねぐらは大事だぜ」
「お前、ちょっと前に『悪人なら二人でふん捕まえようぜ』とか言ってなかったか? ヘンリーも荷担してるんだぞ」
「いや。俺には、コイツらが悪人には見えない」
「なんだと?」
眉根をよせるブルーノ。アランは獣人たちを一瞥してから、おだやかな口調で言う。
「生きるためにどうしようもないなら、責める気は起きねえよ。一歩まちがえば、ジゼルだってこうなってたかもしれない」
「…………」
さとすように言うアランの姿を、ヘンリーと獣人たちが見つめる。その視線を肌で感じながらも、ブルーノは反発した。
「そう簡単にいくか。絵の方はともかく……」
「ともかくっつったって、住む場所だって命がけの問題だぜ。それを許さないのはなんでだよ」
「なんでって……あらためて言われると」
「また『神が許さないから』か?」
「うぬぬ……」
からかうように言うアランに、ブルーノの表情が苦々しくなる。自分の頭で考えてみて、安易に答えは出せないと思ったのだろう。
見逃してやりたいアラン、迷うブルーノ、生活のかかっているヘンリーと獣人たち。そんな彼らの心情がからみ、場に沈黙が流れる。
その時、ふと輪の外から声をかける者がいた。
「これは……タイミングが良かったって言うのかね」
その声に、アランたちが振り向く。そこには、家の中から様子をうかがっていたのか訳知り顔のジゼルとナターシャがいた。ナターシャがブルーノを見つめて、神妙な顔で話す。
「ヘンリーさんは、ただモデルを集めてるだけじゃないんです。行き場を失った獣人たちに、住む場所をあげているんですよ」
「じゃあ……娼館と通じて儲けてるなんてウワサは」
「根も葉もありません。お金は絵でかせいで、生活に困った人たちの援助にあててるんです」
それを聞いて、ブルーノとアランはそろってヘンリーの方を見る。ヘンリーは照れくさそうにプイッと顔をそらした。
それを見て小さく笑ってから、ナターシャは続けた。
「……こういう状況になってしまった以上、私たちは正直に申し上げる事しかできません……。でも、生きていられるのはヘンリーさんのおかげです」
そう言ったナターシャの視線が、隣のジゼルとぶつかる。多少は信用できる彼女を通じて、情状酌量をもとめたいのだろうか。そう思ったジゼルは、確認するように口を開いた。
「……けどよ、いいのか? はたから見りゃヘンリーに言われて裸で仕事して、空き家で暮らしてるんだぜ? 利用されてる気はしないのか」
「大丈夫ですよ。ヘンリーさんなら、たとえ私たちが対等な社会でも獣人のヌードを描いたでしょう」
「そ、そうか?」
「……もし、いけないモノがあるとしたら、ヘンリーさん個人じゃなくて……偉い人たちの決めたルールですよ」
「……うっ」
ナターシャの、ブルーノを見つめる視線が鋭くなる。ブルーノも気まずそうにうめいた。
……おそらく、自分が今まで神を信じていた、もとい大義名分にしていた事に疑問を持ったのだろう。
それを見てとったアランが、横から問いかけた。
「で、どうするよ? 絵の事、
「…………」
「もし自分で判断する気なら、目の前の光景をよく見ておけ。コイツらは教会から見りゃ悪人だろうが、そうするのだって理由がある」
アランの口調が、心なしか強くなる。周りにいたジゼル、ヘンリー、ナターシャ、そして獣人たちも、視線を悩んでいるブルーノへと向けた。かすかに期待のまじった目を。
しばらく、そんな状況が続いた。そしてふと、ブルーノがためらいがちに口を開く。
「……とりあえず、絵は今のままなら問題ないとしておこう」
「ああ、それで?」
「勝手に住み着いてる点は……見逃すのは難しい」
その言葉で一同の表情に緊張がはしる。しかし、ブルーノはすぐさまこう続けた。
「ただ、今回調べるつもりだったのは絵の事だけだ。獣人たちが住み着いてるかどうかは、いつかあらためて調べなきゃならん」
そのセリフに、獣人たちの表情が明るくなる。そしてその内の一人が言った。
「じゃあ……住むのを認めてくれるんですか?」
「勘違いするな。今は手出ししないというだけだ。……俺には権限もないしな」
無愛想にそれだけ答え、ブルーノは背を向けて歩きだす。その後をアランが追いかけた。
「おい、もう行くのかよ?」
「用は済んだだろう。なんせ現状維持するだけだ。……それでいいんだな?」
「やだなー、なんで俺に聞くんだよ。お前が自分で決めたんじゃん」
「はあ……」
気安く話しながら去っていく二人を見ながら、ヘンリーやナターシャたちは少しずつ柔らかい表情になっていた。そして、ジゼルもその後を追い、去り際に手を振った。
「ま、元気でな。ナターシャ、お前ら!」
アランたちは獣人に見送られながら去っていった。茜色の夕暮れがかがやく下、そこの獣人たちはたがいに顔を見合わせ、平穏無事なのを喜びあっていた。
――
「まったく……これからの報告を考えると憂鬱だ……」
「なんだ、起きた事を話せばいいんじゃないのか?」
「あのなぁ、言い方とか上司の印象とか考えなきゃならんの。お前には分からんだろうが」
それから帰路につき、ヘンリーたちのいた区画を抜けてからも、ブルーノはブツブツと文句をたれていた。そんな彼に、ジゼルがぶっきらぼうに言う。
「そんな事より、本当にナターシャたちは大丈夫なんだろうな? これでけっきょく追い出されたりなんかしたら……」
「とりあえずは大丈夫だろう……この上罪を重ねない限りはな」
ブルーノはにこりともせずに答える。ぶっきらぼうな言いざまだったが、かすかに心配するような気色もあった。
それを感じてか、アランが口を出す。
「お前はできる事をやってくれればいいさ。気持ちがあるだけでもありがたいんだから」
「気持ちって……どんな気持ちだよ」
「分かってるクセにー」
「やめろ、近寄るな気持ち悪い!」
辛辣にアランを手で払うブルーノだったが、その顔は照れているようにも見えた。
それを見て、ジゼルも少しだけ顔にうかぶ不信感が薄らいだ。
……しばらくして、三人はようやく街の中心部にある教会の見える場所に来た。それをしばらく見つめてから、ブルーノは言う。
「じゃ……ご苦労。報酬はギルド経由で届くハズだ」
「おう、お前もお疲れさん」
「……じゃ、な」
控えめにねぎらいを口にするブルーノと、気さくに笑うアラン。ジゼルもほんの一言ではあるが、挨拶を返す。
それから帰るかと思われたブルーノ。だが、彼は何故かすぐ歩き出さず、もじもじとその場に立ちすくむ。
「? どした。忘れ物か?」
「いや……その」
ブルーノは煮え切らない返事をし、ジゼルの方をちらと見る。そして小さく、小さく頭を下げた。
「今日はその……すまなかったな。失礼な態度をとって……」
「へ?」
「ほら、冒険者の仕事も、そこのジゼルも、見下してたからさ」
ブルーノはぎこちなく笑って言った。キョトンとしていたアランたちだったが、思い当たったように表情を変える。
「ああ、なんだそんな事か。別に気にしなくてもいいのに」
「私はちょっと根に持ってるがな」
「神官らしく振る舞おうとして……自分の良識という感じのモノを、見失っていた気がする」
アランたちは怒らなかったが、ブルーノは目をそらすかのようにずっと俯いていた。自分のやった事を、彼なりに恥じているのかもしれない。
そんな彼にアランが近づき、胸を拳で軽くトンとたたく。
「ブルーノ」
「へっ」
呼ばれて思わず顔を上げたブルーノの目の前で、アランは歯を見せて微笑み、言った。
「またな」
「……ああ」
その一言で、ブルーノもばつが悪そうにしながらも笑みを返す。それを見て、ジゼルもほんの少しだけだが、頬をゆるめる。
晩までかかったが、彼らはようやく三人みんなそろって笑顔を見せ合えたのだった。