獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、コミュ障どうしに挟まれる 前編

 

「ぐすっ……ひぐっ」

 

「フェリクス。いいかげん泣き止めって」

 

「だってぇ……」

 

 夏も終わり、空気がしんと冷えてきたある夜の事。空にクッキリとうかぶ月の下、アランはフェリクスと連れだって街道を歩いていた。

 

 アランの隣に、いつものジゼルの姿はない。代わりに、宿で顔を合わせるあのフェリクスが、外出用のマントを羽織って少し後ろをついてくる。

 フェリクスの顔には涙がうかび、チョロリと鼻水まで垂らしていた。うつむきがちの目は真っ赤になり、涙が寒さなどによる条件反射ではない事をうかがわせる。足取りも心なしかトボトボと弱々しかった。

 

 そんな姿をちらと見て、アランはふと立ち止まると体ごと振り返って言った。

 

「お前なぁ、そんな風にあからさまに落ち込むから、みんな心配するんだぞ」

 

「そんな事言っても……」

 

「まったく、いくらお気に入りの嬢が辞めちゃったからって……」

 

「…………っ」

 

 ため息まじりのアランの言葉に、フェリクスはうっと小さくうめく。そしてみるみる泣き出しそうな顔になっていった。

 それを見たアランは、あわてて彼をなだめる。

 

「あーもう泣くなって! ほら、今夜はジゼルも留守番してるし、男同士で飲んで忘れようぜ」

 

「……はいッス」

 

 ずびびっ、と鼻をすすってうなずくフェリクス。アランは一つうなずき前へと向き直って、内心でまたため息をついた。

 

――

 

 ……事の起こりは、今から一時間ほど前であった。仕事を終えて宿にもどったアランたちが、『フェリクスさんの様子がおかしい』とだしぬけに相談を受けたのだ。

 相談の主はリズであった。なんでも、その日は朝からどことなく表情が暗く、仕事が一段落すると真っ先に引きこもってしまったという。

 

『腹でも壊したんじゃねーの』とジゼルは面倒そうにしていたが、やはり少しは声をかけるなりしてやらねばならない。そこで以前にもフェリクスを立ち直らせたアランに白羽の矢が立ったのだ。

 

 エマが『私が探ってきてあげようかニャ?』などと誘ってくるのを制止し、アランはどうにか話を聞き出した。そうしてつかんだ真相が……。

 

――

 

「うぅ……ベルちゃん……」

 

「失恋……か」

 

 いまだに引きずっているフェリクスを見て、アランは一人つぶやく。そして顔だけ振り向き、さとすように言った。

 

「気持ちは分かるけどさ、割りきれよ。そのベルちゃんだって仕事でやってたんだから」

 

「…………」

 

 不満げに口をとがらせるフェリクス。アランはなおも語りかける。

 

「それに、普通に辞めただけだろ? トラブルじゃなくて」

 

「……はいッス」

 

「じゃあ喜んでやれよ。料金ぶんは働いてくれたんだし、あとは飲んで忘れろ」

 

「…………」

 

 アランの言葉には答えず、フェリクスはうつむいて後をついてくる。アランはやれやれと前へと向き直り、そうして黙って歩いているうちに二人は飲み屋街へと足を踏み入れた。

 

 フェリクスはギルドに所属していないため、ギルド支部のバーは使えない。アランも飲み屋街を知り尽くしているワケではないため、彼はとりあえず最寄りの酒場の前で足を止める。

 

 彼らの目の前の小さい木造の小屋の中からは、ボンヤリした灯りと男女のやかましい笑い声がもれてくる。

 

「よしと。ここでいいか?」

 

「えっ?」

 

 その店の前でアランが振り向くと、フェリクスは何故かぎょっとして答えに詰まった。アランが首をかしげると、言いにくそうに目をそらして答える。

 

「ほ、他の場所にしないッスか……?」

 

「なんだよ、ここじゃイヤか?」

 

「は、はい。もしかしたら気のせいかもしれないッスけど、ちょっと……」

 

「…………?」

 

 要領を得ない事を言うフェリクス。アランがとまどっていると、いつまでも軒先にいるうちに冷たい夜風が二人へ当たる。

 

「……へっくしょん!」

 

「やっぱりここでいいだろ。モタモタしてると風邪ひくぞ」

 

「あ、ちょっと待……」

 

 鼻水をたらしたフェリクスが止める間もなく、アランはドアを開ける。すると店内の騒がしさが一気に噴き出してきた。

 

「わぁっ……」

 

 人と獣人にあふれた店内を見て、フェリクスは感嘆の声をもらす。カウンターとテーブルどちらの席にもいくつものグループが座り、コップに入った酒を飲み交わしている。

 

 壁やテーブル上に何ヵ所か火の入ったランプが置かれ、店内をあやしく照らしている。

 音と同時に、酒と料理とランプの油とさまざまなモノがブレンドされた匂いが、二人の耳と鼻を刺激した。

 

 その中へアランがさっさと踏み込むと、フェリクスも緊張しながら後を追う。

 ……と、そこで、アランの耳に新たに聞こえるものがあった。

 

「……ん、何だこれ。歌?」

 

 そう。中から客の喧騒にまぎれ、かすかに歌声が聞こえてくる。見ると店の奥、テーブル席が囲むようにして空けられた小さなスペースで、人一人ぶんの大きさの台に乗って誰かが歌っている。かたわらではハープを持って伴奏している者が。

 

 

……心が傷ついて、気持ちが沈み込んでる

……Everyone's damaged, a little depressd.

そんな気分になってしまう事が、私たちにはある

Every now and then we get that feeling in our chests.

 

惨めに打ちのめされ、灯りもつけずに歯をみがいたり

Some days I'm a loser, brush my teeth in the dark.

サメのいるプールで、頭だけ出して泳いでいるみたい

Head above water in a swimming pool of sharks.

 

 

 しんみりとした若い女の歌声。そして聞き覚えのあるハープの音。そこには知り合いの男女が一組いた。

 

 白く長い髪を持ち、美しい声で歌う下半身がイカの女性。そして、長い金髪を後ろで縛り、女性に合わせて伴奏する男性。

 その二人を見て、アランはこっそりフェリクスへとささやく。

 

(おい、あれケネスとリリィじゃね?)

 

(知ってるッスよ……だからイヤって言ったのに)

 

(いや知ってるって……あ、そうか。獣人の耳なら声で分かるのか。……けどなんでイヤなんだ?)

 

(それは……僕あまり話した事ありませんし)

 

(…………?)

 

 フェリクスの言う意味がよく分からず、アランは眉をひそめる。そして周りを行き交う人をよけたりなどしていると、ふとハープを弾いていたケネスと目があった。

 

「おっ」

 

 気づいたアランが軽く手を振ると、ケネスは一瞬おどろいた顔をした後、あわてた様子で目をそらす。

 その表情がフェリクスとダブり、アランはなんとなく思い当たるものがあった。

 

(あー、いつもと違う場所で会うと距離感に困るとか、そんなのかな)

 

 アランにはなじみのない感覚だったが、世にそういう手合いがいるのも彼は知っていた。

 その時、彼らのそばを何人かの客が無理に通っていった。

 

「おら、邪魔だどけ!」

 

「……おっと、悪ぃ」

 

 危うくぶつかりかけ、アランは小さく頭を下げる。思えば席にも座らずいつまでも突っ立っているワケで、よく考えなくても迷惑である。

 見れば、所在なさげに立っているフェリクスは自らを抱いてガタガタ震えている。

 

「ま、とりあえず座ろうぜ。ケネスたちも仕事ほっぽり出してこっち来たりしないだろ」

 

 アランは横手のカウンターへ目を移し、ちょうど空いている席へフェリクスをまねく。そして笑みを作って聞いた。

 

「さてと、何飲む?」

 

「あ……じゃ、エールで」

 

「OK。おーい、エール二つ!」

 

 店員に注文をすませると、アランはフェリクスの肩をたたいて語りかける。

 

「二、三日もすれば吹っ切れるさ。世の中、キレイな女の子なんてたくさんいる」

 

「でも……実際、心にポッカリ穴が空いたみたいで」

 

「お前が落ち込んで、そのベルって娘が喜ぶのかよ。最後に会った時とか、なんて言ってた?」

 

「……『やっと身請(みう)けしてくれる人が見つかったんだ~』って、それはもう、うれしそうに……」

 

「それはさ、信用されてたんだよ。ちょっとくらい本音を話しても大丈夫だろうって」

 

「けど、僕の相手も内心ではイヤだったんだなって思うと……ぐすっ」

 

「ああもう泣くな泣くな。済んだ事だろ。な?」

 

 再びぐずりだしたフェリクスを、アランはあわててなだめる。ちょうど運ばれてきたエールをすすめると、フェリクスは一気に飲み干してしまった。

 その勢いにアランが驚いていると、勢いついでかフェリクスは自分からこんな話をしだす。

 

「しょせんは商売ッスけど……それでも色々と誉めてくれたんスよ。それがうれしくって……」

 

「へー、例えばどんな?」

 

「例えば……」

 

 問いかけられ、フェリクスの頭に嬢との会話がよみがえる。その中でも、特に印象深いものが最初にうかんだ。

 

――

 

『感動~! フェリクス君ち○ぽデカいのね~!』

 

『まあ……そこそこかと』

 

――

 

「……へへ」

 

「な、なに笑ってんだよ気持ち悪ぃな」

 

 フェリクスは思い出した内容を言わず、気まずそうな笑みだけを返した。アランはそれに少しぎょっとしつつも苦笑いする。

 と、そんな時。話している彼らに声をかけてくる者がいた。

 

「……あのー、すみません」

 

「……え、ああお前か」

 

 アランが振り向くと、そこにはケネスが立っていた。さっきまで使っていたハープを小脇にかかえ、堅い笑みを作って会釈する。

 

「こんばんは」

 

「……ど、どうも」

 

 フェリクスはケネスに気づくと、さっきまでの笑みをとっさに消してうなずき返した。

 無愛想なのではない。自然と素の表情をかくしたのだとアランは察した。

 フェリクス本人も言っていたが、彼らはあまり互いに話した事がない。それゆえ感情があらわれたところなど見せたがらないだろう。

 ケネスも、初めて会った時しかり、堅い笑顔でいる今しかり、打ち解けられていない。

 

 難儀だなぁと頭の片隅で思いつつ、アランはケネスに問いかける。

 

「ケネス、ここで働いてたのか? あるよなー、酒場でBGM流すヤツ」

 

「ええ。どうせなら音楽の腕を生かせる副業をしないかって、リリィが」

 

「教えてくれりゃよかったのに……でも戻らなくていいのか? 仕事中に見えたが」

 

「あ、それなら大丈夫です。ホラ」

 

 言われたケネスは、先ほどまで自分がいた方面を指さす。すると、今度はケネスの伴奏なしで歌っているリリィの姿があった。

 酒場の客たちは、歌を聞きながら口々に感想をもらす。

 

「それにしてもあの娘の歌声はいいなぁ」

 

「アカペラでも全然いけるよね」

 

「つーか、むしろ伴奏が要らないだろ」

 

 それらを聞きながら、ケネスは苦笑して言った。

 

「……と、いうワケです」

 

「なんか、聞いてて悲しくなるなぁ……」

 

「まあ慣れっこですよ。それよりリリィが『せっかくだから皆と話してきなよ』と言いだして」

 

「あー、そういう事なのか」

 

 アランは納得してうなずく。しかし、彼が隣のフェリクスを見ると、口出ししづらそうにチビチビと酒に口をつけていた。

 これは俺がしゃべらなきゃ会話が続かん、と思ってアランは反対側の隣の席をすすめる。

 

「とりあえず座れよ。なんか飲むだろ」

 

「あ、ありがとうございます。じゃあワインを」

 

「悪い、ワインひとつー!」

 

 注文一つすら、アランはつとめて明るい声を発する。そしてフェリクスを一瞥し、ぺらぺらとケネスに向けて話す。

 

「いやー、フェリクスとたまたま飲みに来ててさ。それでお前と会うんだからビックリしたよ」

 

「そうなんですか。……でもフェリクスさん、なんだか落ち込んでいません?」

 

「んー、ちょっと悩んでいたけどもういいんだ。な? あとは酔うだけ!」

 

 笑ってまくし立て、アランはフェリクスの背を大げさにたたく。言葉としぐさで、『あの"悩み"の件は隠しておけ』と伝える。

 しかし、そんな彼の気配りもむなしくケネスはそのセリフに反応する。

 

「悩み……何があったんですか?」

 

 アランはギクリとしてケネスの顔を見る。その顔はたいして興味もなさそうで、単に会話を広げようとしたのが分かった。ケネスは運ばれたワインを受け取り、軽い調子でお礼など言っている。

 

 しかし、アランからすれば黙っているワケにもいかなかった。フェリクスにしてみれば、興味のほどはどうあれ"好きだった娼婦が辞めちゃった"などと打ち明けたくはないだろう。

 

 なんとかしてごまかさなければ、とアランはとっさに思考をフル回転させる。

 ところが、その考えがまとまるよりも早く、フェリクスが口を開いた。

 

「じゅ、十年来の彼女にフラれちゃって! あはははは!」

 

「えっ」

 

 聞き覚えのない話に、アランは思わずフェリクスの顔を見返す。すると、フェリクスは口角を無理につりあげ、歯を見せ、そして冷や汗までかいてぎこちない笑顔をつくっている。

 それを見て、アランは瞬時にフェリクスの内心を察した。

 

(しまった……コイツしょうもない見栄を……ッ!!)

 

 しかも、よく見ればチラチラとアランへすがるような視線まで投げかけてくるではないか。

 それを受け、アランの気分は重く沈む。

 

(まさか……コイツ(フェリクス)がカッコつけてでっち上げる嘘に、フォローしながら付き合えってのか?! ……だるッ!!)

 

 ワインを飲みつつとまどうケネスの視線を背に受けながら、アランはひそかに、逃げ出したくなるほどウンザリしはじめていた。

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