獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼はこうして、コミュ障どうしに挟まれる 後編

 

「じゅ、十年来の彼女にフラれちゃって! あはははは!」

 

 とある酒場の一角にて、フェリクスは知り合いであるケネスに対して大ウソをついていた。

 ちょうどケネスに挟まれる形でそれを聞いていたアランは、げんなりと肩を落とす。

 

(まさか……コイツ(フェリクス)がカッコつけてでっち上げる嘘に、フォローしながら付き合えってのか?! ……ダルッ!!)

 

 ……実を言うと、フェリクスに彼女などいなかった。本当は娼館のなじみの嬢が辞めてしまっただけである。それで落ち込んでいたところをアランが酒場に誘ったのだ。

 そうとは知らず、ケネスはとまどいつつも相づちを打つ。

 

「そうでしたか……それは、ご愁傷さまです」

 

「いやー、本当に結婚しようかってトコまで行ったんスけどねぇ! ラブラブだったんスけどねぇ! 現実は厳しいッス!!」

 

(間髪いれずにウソを盛るのやめろや……)

 

 アランがフォローする間もなく、フェリクスはデッチ上げの彼女にウソを重ねていく。ウソがバレるのをおそれてか、彼は自然と早口になっていく。

 それを怪しむ事なく……というか単に無難に会話したいのか、ケネスは運ばれたワインを飲みつつ相づちを続けた。

 

「僕はあまり恋愛経験ないですが……皆がめでたく添い遂げるワケでもないですもんね」

 

「そうなんスよー。でも相手の気持ちは大事なんで、すっぱり割りきるッス。彼女なんてまたすぐ作れるッスよ」

 

(さっきまでバリバリに引きずってたクセに……)

 

 内心であきれるのをこらえ、アランはエールに口をつけてその水面をボーッと見つめる。フェリクスがこの上どんなウソをほざくかを考えると、エールが味気なく感じる。

 そんな彼の憂鬱をよそに、フェリクスは酔いながらウソ話を続けた。

 

「でも、ケネスさんにも出来れば見せたかったなー。僕の彼女」

 

「僕も見たかったです。残念だなぁ」

 

「ははは」

 

「どんな方だったんです? その彼女さん」

 

「えっ……」

 

 ケネスの何気ない質問。ところが、フェリクスはうっと言葉をつまらせ、固まった。

 

「?」

 

 その沈黙にケネスがとまどうと、フェリクスはふいに、ぐいとアランへ顔を向けた。

 眉尻が下がり、その顔は見るからに困っている。

 おおかた、虚構の彼女の設定が固まっていなかったのだろう。アランは横目に様子を見ながら、いよいよ嘆息したくなってきた。

 

 ここで真実をぶちまけるのはたやすい。しかしそうしたところでケネスの心証がよくなるワケでも、例の嬢にまた会えるワケでもない。アランは引き続き茶番に付き合うべく、重たい口を開く。

 

「……あー、その彼女さんな。実を言うと色街で働いてたんだよ」

 

「色街、ですか?」

 

「そ。獣人が働くの大変なのは、お前も分かるだろ? まあちょいと言いづらいわな」

 

「ええ……まあ」

 

 そのデマカセに、さいわいケネスはあっさりとうなずく。続けて、アランは逆どなりで不安げにしているフェリクスを見て言った。

 

「名前は……えーと、"ベルちゃん"だっけか」

 

「あっ……その」

 

「俺はとうとう会えなかったが、いい女だったらしいな」

 

「は、はい……」

 

 さりげなく、現実の"嬢"と架空の"フェリクスの彼女"の設定を擦り合わせていく。そうした方がウソもつきやすいだろうと踏んでの事だ。

 その甲斐あってか、フェリクスも再び口を開く。

 

「そ、そうなんスよ。僕にはもったいないくらいの(ひと)で。ささいな事でもしょっちゅう喜んでくれました」

 

「へー」

 

(本当に喜んでくれたんだろうな……うわべは)

 

 アランは聞いているだけで込み上げてくる悲しみを、エールを口にしてこらえていた。

 するとケネスが、ふと感じ入った口調で言う。

 

「でも器が大きいんですね。フェリクスさん」

 

「えっ?」

 

「こんな事言ったらひどいですけど……付き合っている方が色街にいるって、僕ならちょっと気にしてしまいそうで」

 

 真相を知らないまま感心するケネスに、フェリクスはまた言葉をつまらせた。

 器が大きい、なんて言われても実態はまるで違うのだが、ウソをつく以上はその大きな器を演出せねばならない。

 フェリクスは少し考え、なんて事ない風に言った。

 

「まあ、まったく平気とは言いませんが、要は気持ちの問題スよ。僕を『一番好きだよ』って言ってくれましたし」

 

「へぇ、それは羨ましい」

 

(本当に言ってくれたんだろうな……うわべは)

 

 アランはまたエールを飲み、こっそり追加を注文する。それをよそに、フェリクスはちょっと胸を張ってこんな事を言う。

 

「いわゆるカラダの関係とかなんてのは、そこまで神聖でも特別でもないんスよ。先入観を捨てると本当に楽ッス!」

 

「は、はぁ……そういうものですか」

 

「そうッスそうッス。あんまり小さな事で悩むとおのずと不幸になるッスからね。幸せならオッケーです!」

 

(うーん、知った風な口きくなぁ。この素人○貞)

 

 追加のエールを飲みながら、アランはなんとも白けた気持ちでいた。フェリクスが身をもって知った教訓、と言えば聞こえはいいが、いかんせん少し前に失恋で泣いていたのを思い出すと、彼自身に言い聞かせているように見えてしかたない。

 一方で、ケネスは話の内容にちょっと気恥ずかしそうにしながらこう言った。

 

「僕は……その、リリィとそこまでいってないんで、そういう事言えるのスゴいなぁって思います」

 

「え、()()なんスか? ケネスさんて」

 

「え、や……まあ」

 

 何故かやけに食いつくフェリクス。アランにぶつかりそうになるのも構わず彼はカウンターに身を乗り出し、にやけ面になりながら言った。

 

「そうなんスか。いやまあ気にする事ないッスよ? 人それぞれなんスから」

 

「はあ……いや別に気にしていないですが」

 

「でも心構えは必要かもしれないスね。最初は怖がってしまう方もいるッスから」

 

「い、今そんな話します?」

 

「あはは、失礼。でも何かあったら僕に相談するといいスよ。そういう事に関しちゃ先輩ッスから。少しは知ってるから自信あるッス。ヌフーッ(鼻息)」

 

(うわ、マウントとりだしたよコイツ……)

 

 酔いもあってか、みっともなく先輩ヅラしだすフェリクス。アランは友人でなければ払いのけたくなるような嫌悪感をおぼえたが、当のフェリクスは止まってくれない。

 

「怖がって知らないままでいてはもったいないスからね。それは人生を損してると思うッス」

 

「そう、ですかね……。お互い清らかなままでいたいとかなら、その限りではないと思うんですが」

 

「はっ、本心から清らかでいたいなんて人、いるワケないッスよ~」

 

「えぇ……そんな根拠もなしに」

 

「いーや断言できるッス。そんなのは童○と○女(清らかな人々)の負け惜しみなんスよ。つまり経験者というのはその点明らかに優れて――」

 

「ストップ、ストップ! フェリクス!」

 

 本格的に一部の人を見下しはじめたフェリクスを、アランがとうとう止める。ケネスとの間に入り、フェリクスの体をぐいと押し戻して言った。

 

「いい加減にしろ。いくら酒の席でも限度があるぞ」

 

「止めないでくださいよー。今タメになる話をしてあげているんスからー」

 

「酔ってるのかお前。とにかくいったん落ち着け。ケネスも引いてるぞ」

 

「ああいえ……僕は全然」

 

 顔を若干ひきつらせているにも関わらず、ケネスは笑みをつくって言う。リリィがそばにいない分、彼なりに神経をつかっているのかもしれない。

 それに申し訳なくなりながら、アランはフェリクスに向けて言った。

 

「その……もうちょい、健全な話をしようぜ。TPOわきまえてさ」

 

「健全んー?」

 

「例えば……アレだ。お前の昔の話とかどうだ? 俺聞いた事ねえし」

 

 その提案に、深い考えはなかった。ただ、このままフェリクスに見下した態度をさせるよりはマシだと思ったのだ。

 しかし、それが良くなかった。フェリクスはふいに鼻白んだ表情になると、しゅんと肩を落とす。

 

「……あれ、フェリクス?」

 

「ど、どうかしました?」

 

 その様子に、アランとケネスもあわてだす。すると、フェリクスはポツリとこう切り出した。

 

「……僕の昔なんて、ろくな事ないッスよ」

 

「へ?」

 

「ずーっと……話したくないような事ばかり」

 

 そのセリフを聞いて、アランはしまったと唇をかむ。フェリクスも獣人として街に流れてきた身なのだ。悲しき過去なぞいくらあってもおかしくない。

 アランはあわてて話題を変えようと思考をめぐらせる。ところが、フェリクスは自分から何かを語りはじめた。

 

「僕も……子供の頃は無邪気に恋をしていました。性欲とは無縁で」

 

「そう……なんですか?」

 

「ええ、普通にありましたよ。恋」

 

 どうやら恋愛の話だ。しかし、フェリクスはカウンターに目を落とし、暗い表情のまま。アランが気がかりでいると、フェリクスは続ける。

 

「普通……だと思っていたんスよ。普通に片恋したつもりだったんス」

 

「何か……あったのか?」

 

 話の雲行きがあやしくなってきたが、フェリクスから話し出した手前、アランはさえぎらなかった。

 すると、フェリクスはゆらりと顔を上げる。

 

「たしか七、八歳くらいの頃でした。僕、同族の女の子を――仮にAちゃんとでもしましょうか――好きになったんス」

 

「…………」

 

「子供なりに、色々と話しかけたり、遊んだりしたんス。ちょっと恥ずかしかったスけど、それでも必死でした」

 

「どんな事したんです? たとえば」

 

「木登りとか、水遊びとか、あとは狩りのまねごととか……まあ、獣人の子供ならよくやるんスよ」

 

 アランとケネスは、その話のなりゆきにハラハラしながら聞き入った。今のところ内容は微笑ましい思い出話だが、それを語るフェリクスの表情はどうして、うなだれて今にも倒れそうだった。

 そして彼はおもむろに顔をおおい、絞り出すような声で言った。

 

「けど……知らないうちに下心がもれてしまっていたんでしょうね……」

 

「な、何の話だよ?」

 

「ククク……」

 

 気がかりそうにアランが聞くと、フェリクスの声に引き笑いがまじった。

 そして、肩をふるわせて彼は言う。

 

「ある日、Aちゃんと同年代の女の子の一人がですね……ある日僕に言ったんスよ。『アンタ、挙動不審でキモい』って」

 

「Oh……」

 

「それからAちゃんの周りには、きまって友達の女の子たちが集まるようになりましてね。そして僕を弾くんスよ。なんでだと思います?」

 

 フェリクスは顔をおおった手のひらから目をのぞかせ、笑みをうかべて問う。

 とまどいながらもアランは答えた。

 

「さあ……男といるのに照れる年頃とか?」

 

「ブッブー、はずれー」

 

 両手を広げ、やけにおどけた仕草と口調でそう告げるフェリクス。そして聞いている二人から、ふと視線をそらして言った。

 

「陰で言ってるのを聞いちゃったんスよ……『Aちゃんを皆で守ろう』って……僕が近寄らないように……」

 

「Wow……」

 

「Ah……」

 

「そんなに気味悪かったのかな……僕」

 

 悲しげにつぶやくフェリクスへ、アランたちは声にならないつぶやきを漏らすのが精いっぱいだった。

 特にアランは、言うべき言葉が思いつかなかった。フェリクスはすでに死んだような目でうつむいてしまっている。そのどんよりとした雰囲気に、隣のアランはウッとうめき声すら出そうになった。

 

 と、そんな時。意外にもケネスが自分から口を開いた。

 

「あ……でも少し分かります。その気持ち」

 

「え、本当ッスか?」

 

 フェリクスは意外そうに目をしばたかせる。アランも振り向くと、ケネスは遠慮がちにこう話す。

 

「まったく同じではありませんが……人に避けられた事は昔からありました。僕、一人でいる方が好きでしたし……」

 

「『ケネス君きも~い』みたいな?」

 

「うーん、子供の頃はともかく、大人になってからは少し違いましたね」

 

「というと?」

 

 フェリクスの放つ雰囲気が和らぐよう願いながら、アランは続きをうながす。しかし思うようにはいかなかった。

 

「冒険者になってパーティーを組むと、仕事の効率も求められましてね……。これもまたつらいですよ」

 

「ああ……危ない仕事ッスもんね」

 

「そうなんですよー。『早くやってよ!』『邪魔!』なんて事ばかり言われるんですが、命がけの手前、何も言えなくて」

 

 ケネスは苦笑いしながらうつむいた。暗い雰囲気が再び立ちこめ、そして濃くなってくる。

 そしてケネスは、今度はややグチっぽい口調で続けた。

 

「でも、そういうセリフにも扱いの差って出るんですよね……。『ドンマイ』なんて言ってもらえるのは、だいたい僕以外で」

 

「好感度の違いって大事ッスよね……」

 

「しかもパーティーなんてせいぜい四、五人じゃないですか。だから目の前でその扱いの差を思い知るんですよ。『あ、僕への態度とまるで違う』って」

 

「それ、もし女の子にやられたらすごいキツくないッスか?」

 

「あー、キツいですねぇ。やっぱり……まあ、悪気はないんでしょうけど」

 

「悪気はないって、よけいキツくありません?」

 

「それは……まあ確かに」

 

 フェリクスとケネスは、お互い浮かない表情で話を弾ませる。通じあうものがあるのは結構だが、挟まれているアランはなんとも居心地が悪い。

 そのうち、二人の会話はどんどん暗くみじめな方向へと進んでいった。

 

「なんか、過去にやるべき事をやらないで来ちゃった感ないスか?」

 

「ありますねー。自分の肝心なところが子供のままと言いますか……」

 

「殻にこもったまま、体だけ大人になった気がするッス」

 

 二人はそう言って笑い合う。聞いていたアランも、その気持ちが想像できないワケではない。だからこそ陰気さが鼻につき、彼は明るい声で言う。

 

「ま、まあまあ。これから先、女と付き合えるチャンスくらいあるだろ。そう気を落とすなよ」

 

 それはれっきとした善意からくる言葉だった。しかしフェリクスは、アランが驚くほどあからさまに鼻を鳴らした。

 

「はっ、分かってないッスねー」

 

「? 何が」

 

「僕らは『モテたい』んじゃなくて、『モテたかった』ってグチを言ってるんスよ。何を言おうがどうしようもないんス」

 

「的はずれな励ましって、逆に傷つきますよね」

 

「…………」

 

「まったくもー、ばーか、ばーかー」

 

 酔いがさらに回ったのだろうか。フェリクスは子供のような罵倒を発し、からからと笑った。アランは対照的に、二人の暗さ、面倒くささに辟易しつつあった。

 

「あ~、女の子と商売ぬきでデートしたかったッス~。両手に花とか、憧れたッスね~……」

 

 アランの胸中などつゆ知らず、フェリクスがカウンターに突っ伏してグチる。両手に花、そんな言葉を聞いて、アランの頭にふとあるイメージがうかんだ。

 

 街のそばにある森の中で、何度か朽ち木を目にした事がある。木の形を残したまま枯れ、時間が経てば土にかえるばかりの死に体の木。

 美しい花とは違い、放っておけば虫がわき、腐り、そして一度パッキリと折れてしまえば遠慮なしに寄りかかってくる。アランの左右にいるフェリクス、ケネスは例えるならそんなタイプの人間ではないかと、うんざりした思考でアランは考えた。

 

 しかし、彼がそうしてしかめっ面をしていた、その時だった。

 

「……あの、よかったら何か歌でも()りましょうか」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「なにぶん店内なので、小さい声でしか歌えませんが。スッキリするかもしれませんよ」

 

 ケネスは自身のハープを持ってそんな提案をする。それを見たアランは思わず目をしばたかせた。

 というのも、ケネスが自分から親切で歌を聞かせようとするのを、彼ははじめて見たのだ。

 

「えと……それなら」

 

「あ、俺聞きたい。頼んでいいか?」

 

 フェリクスが返事するより早く、アランが答える。はじめて見るケネスの善意をふいにしたくなかった。

 ケネスは照れくさそうにしながらもうなずき、ハープの弦に指をかける。そしてほんの少し鳴らして音を調整すると……。

 

 ハープでもって曲が奏でられる。店内ゆえに決して大きな音ではないが、どことなく不安になるような落ち着かないその曲調は、すぐそばのアランとフェリクスにはしっかりと聞こえていた。

 それに続けて、こんな歌詞がケネスの口から歌われる。

 

 

人は裸で生まれた時は 誰も愛され同じなはずが

 

どうしてなのだ? 生きていくうち

運命(さだめ)は分かれ むごいくらいだ

 

人の目見たり 見れなかったり

恋を知ったり 知れなかったり

 

それなら僕は いっそなりたい

死ぬまでベイビー 赤ちゃん人間

 

 

(……なんだこれ)

 

 初めて聞くその歌に、アランはひとりでに苦笑していた。歌詞は直球で情けなく、後ろ向き。あまり他人にすすめるようなモノには思えなかった。

 そう感じていたのだが、ふいとフェリクスの方を一目みて、その感想がゆらぐ。

 

「…………」

 

 フェリクスは演奏しているケネスをジッと見て、曲に聞き入っている。まるで泳がないその視線が、彼の感動をあらわしていた。

 

(……ま、たまにはこんなのもアリだな)

 

 アランは一人うなずき、ほほえんだ。思えば、明るい歌を聞きたい時もあれば暗い歌を聞きたい時だってあるだろう。同じように、友人だって前向きに何かを楽しみたい者もいれば、後ろ向きにグチを言い合いたい者がいても、なんらおかしくはないだろう。

 

 なにより、昨日までロクに打ち解けていなかった二人が、ケネスの歩み寄りからはじまって互いに楽しみを共有しているのだ。その事実にくらべれば、細かい事などどうでもよいと思えた。

 

 アランが感慨にふけっている間にも、ケネスは歌い続けていた。曲が盛り上がり、しだいにサビへと突入する。

 

 

……ああ なんて可愛いベイビー

愛したくなるわ

 

彼女抱いた 赤子じつは

赤ちゃん人間

あどけなさの 裏であばば

ほくそ笑むのさ

 

君もなれよ 楽でいいぜ

ベイビー・ヒューマン

 

あばば あばば 踊れ ふやせ

世界制覇だ!

ロシアも! カナダも! インドも!!

 

 

「イエーイ!」

 

 テンションの上がったフェリクスが、実に楽しそうに合いの手を入れる。

 するとその直後、三人の肩を同時にたたく者があった。

 

「ん?」

 

 アランが振り返ると、いつの間にいたのかリリィがクスクスと笑いながら後ろに立っていた。彼女は肩をたたいていたイカ足をもどし、三人に向かって言う。

 

「楽しそうなところ悪いけど、そろそろ行くよ。もう閉店だから」

 

「へ、もうそんな時間でしたか?」

 

「うん。見てみな? お客さん、ほとんど帰ってるから」

 

 そう言われて、ケネスたちはあわてて周囲を見回す。すると確かに客の数はまばらになり、残った者たちも一様に帰り支度をしている。

 それに気づくや、ケネスはかあっと頬を赤くした。

 

「もしかして……僕が歌っていたのも聞こえていました……?」

 

「……少し。でも楽しそうで、止めるのも忍びなかったから」

 

「あぁー……」

 

 ケネスは恥ずかしげに顔をおおう。そんな彼に、アランは笑って言った。

 

「別にいいじゃねえか。楽しい気分だったぜ。なあ?」

 

「そうッスよ。また聞きたいッス!」

 

「……本当?」

 

「はい、もちろん!」

 

 フェリクスが笑みをうかべてケネスに感動を伝える。するとケネスはぎこちなく笑い返した。

 ……そんな様子を見ながら、リリィは無言で、しかしほほえましげに目を細めていた。

 

 

――

 

 

「でも良かったの? ずっと一人で終わらせて」

 

「だから、気にしてないから。それにケネスも楽しかったでしょ?」

 

「まあ……うん」

 

 ……数十分後。すっかり夜もふけた街の中を、アラン、フェリクス、ケネス、リリィの四人は歩いていた。色々と話しているケネスとリリィの後ろを、アランとフェリクスが少し遅れてついていく。

 

「うぅ~……頭いたいッス……」

 

「フェリクス、お前わりと酒よわいんだな……」

 

 アランはフェリクスに肩を貸しながら、どうにかケネスたちに追いつこうとする。しかし、前方で二人が振り向いて待っているのを見て、アランは言った。

 

「悪ぃ、先に行っててくれ! 後から宿に行く」

 

「いいんですか?」

 

「手伝ってもいいのに……」

 

「気持ちだけで十分さ。ちょっと帰りが遅れるだけだから」

 

 アランは強がって笑ってみせる。ケネスとリリィはしばし顔を見合わせてためらっていたが、やがて手を振って先へ歩いていった。

 

「ふーっ……」

 

 仲間の背中が遠のくのを見届け、アランはふと立ち止まる。額の汗をぬぐい、肩に寄りかかるフェリクスを見た。

 

「おい、どうする? 危ないけど、道端で休むか?」

 

「…………」

 

「おい?」

 

 返事のないフェリクスへ、アランはあわてて呼びかける。まさか吐く気か、と焦っていると、フェリクスの口から何かが聞こえる。

 

「……う、ぐすっ……」

 

「……えぇ?」

 

 それは、涙を流してぐずる声だった。泣くようなタイミングなんてあったか、とアランが困惑していると、フェリクスは涙ながらにつぶやいた。

 

「僕も……彼女ほしい……っ」

 

「そんなんで泣いてたのかよっ!」

 

 思わぬ理由にアランは拍子抜けする。さっきまで一緒だったケネスとリリィがうらやましいのだ。

 するとフェリクスはキッと顔を上げ、口をとがらせて言った。

 

「そんなんって何スか! 僕も男ですし、うらやむの分かるでしょ!?」

 

「いや分かるけどさぁ……彼女はいなくても、ケネスと仲良くしてたじゃん」

 

「それはそれ、これはこれッス!」

 

 ふくれっ面をして言い放ち、フェリクスはブツブツと文句を続けた。

 

「それに……あの二人は()()なんスよ。僕は"卒業"したクセに独りなのに……」

 

「言うて、そんなの二人の勝手じゃん」

 

「だってぇ! 僕だけお金はらって相手してもらって、けっきょく心はつながってないなんて、あんまりじゃないッスかあ! 目の前であんな風に二人きりで……」

 

「文句いうなよ。アイツらもあれで苦労してんだから……」

 

「そのうえ、相手してくれた娘は知らない人と一緒になるなんて……ううぅ……リア充爆発しろっ……」

 

「ああもう、その話は蒸し返すなって。もう終わった事。な?」

 

 アランは子供に言い聞かせるように話し、背中を優しくたたく。そして上目遣いで見てくるフェリクスへ、眉根が寄るのをこらえて笑顔で言った。

 

「……俺はカラダの相手はしてやれないけどさ。話は聞いてやれる。ケネスだってそうさ。だからガマンしようぜ」

 

「……はいッス」

 

「よぉーし、立派だ」

 

 アランはそう言って、フェリクスにあらためて肩を貸して歩きだす。今度は、フェリクスもぐずらなかった。

 仕方ないヤツ。そう思いながらも、アランはその反面うれしい気分でいた。性格はそうそう変わらない。けど、友人の輪を広げる事はできる。気長にいけば、フェリクスの風俗通いもおさまるかもしれない。

 

「……ふふっ」

 

「? どうしたんスか?」

 

 そんな風に考えて、アランはつい吹き出しそうになる。それにフェリクスが不思議そうにしていると、アランは気を取り直して言った。

 

「さて、もう歩けるな? ちょい急ぐぞ」

 

「は、はい……」

 

「それ、足出せ。ふらつくなっ」

 

 酔ったフェリクスに振り回されながらも、アランたちは少しずつ、二人三脚で帰路をたどっていった。

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