獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「ジゼル、そんなに先に行くな!」
「いいだろ、うかうかしてらんねーんだ! そっちこそ早くしろ!」
……そろそろ、太陽が本格的に照り出すかという時分。アラン、ジゼル、ダニエル、ルナの四人は街から近い森の中をせわしく歩き回っていた。
真剣な目つきで先頭を切るジゼル。少し遅れて追いかけるのがアラン。その後ろにダニエル、ルナが順について歩いている。
彼らは、森で一人の人物を探していた。先日10人ほどの盗賊が近くで捕まったさい、ただ一人逃げだしたという獣人である。
捕まえた兵隊たちから伝わった情報によると、盗賊に獣人は一人だけ。20手前ほどの見た目の女性で、ウサギの耳を生やしていたという。その人物を、冒険者ギルドの方でも探せとお達しが出たのだ。
それだけならただの人探しなのだが、一人で先行しているジゼルの胸中には、ただ罪人を捕まえるだけではない思いがあった。
「人がいたなら、どこかに痕跡があるはずなんだ……! ちくしょう、急がねえと……」
「ジゼル、焦っても仕方ないだろ。どこにいるか分からないんだから、少しずつ範囲を広げるしか……」
「街は兵隊が探し回ってる! だったら街から離れて逃げるかもしれないだろ。早くしねえと!」
なだめるアランにきつい目で言い返し、ジゼルはムキになって森の奥へ踏み込んでいく。その背中を見ながら、ダニエルが気がかりそうにアランにささやいた。
「彼女、やはり少し気が立っていますね……。まあ、放っておけば死んじゃうワケですし、もっともなんですが……」
「生きて会えたところで、例の獣人がどんなヤツか分からないが……ともかく急がないとな」
「ワシは無実を信じるぞ。獣人に事情はつきものじゃ」
アランとダニエルは深刻そうな顔を見合わせる。ルナが一人、ふんと鼻を鳴らして信じると言い切った。
ジゼルは、盗賊と共にいた例の獣人が、何か
「ったく人間どもめ。ハナから悪人だと決めつけおって」
「偏見は抜けきっていませんからね……話を聞かないどころか、すでに街にいる獣人まで目のカタキにしている」
「悪人であってほしいんだよ。その方が簡単だからな。獣人の犯罪者が一人出たら、軍も教会も絶対に騒ぎだすぞ」
アランたち三人ともそれぞれグチをこぼす。今回、冒険者ギルドに捜索を依頼してきた兵隊たちに、逃げた獣人の事情を知ろうとする気は全くなかった。街の兵隊をまとめる隊長などは、獣人を大衆の前で一方的に裁けば、人々の獣人を見る目も変わるだろうと言ったのである。
そんな中でアランたち、特にジゼルは例の獣人をせめて生かして、なるべく早く捕まえようとしていた。そうすれば事情を知れる可能性も高まる。人間側にそれを話せば、情状酌量もされるかもしれない。
……実際、それがどこまで実現するかは分からない。だが、とにかく死なせるワケにはいかないと彼らは動いているワケである。
「それにしても……」
そうして何時間も探し回って、アランはふと木に寄りかかり、ため息をついた。
「行けども同じ風景ばかりだな。手がかりくらい無いもんか」
「文句言ってねーで歩けよ! 止まってて何か見つかるのか!?」
「そうはやるなって。前に行くばっかじゃ見落とすぞ」
振り向いてがなるジゼルをなだめて、アランは額の汗をぬぐう。見ると、ダニエルも疲弊しているのか足が重そうだ。
「ダニエル、大丈夫か?」
「お主も人間なんじゃから無理するな。倒れたら元も子もないぞ」
「はは……面目ない」
魔法を発動するための杖を歩行に使いながら、ダニエルは苦笑いする。結局ルナもふくめた三人でその場に立ち止まってしまった。
しばらく休んでいたいが、あまり長引くとジゼルも焦れてくるだろう……。そんな風に考えながら、アランは前方へと目を移す。
「…………」
すると、ジゼルはアランたちを見る事なく、かわりに目を閉じて耳をすませていた。三角形の狼の耳がピンと立ち、するどく周りの音を拾っている。
「ジゼル?」
アランが呼びかけるとジゼルはフッと目を開け、ルナの方へ視線を向けて言った。
「ルナ、ちょっと上に飛んで周りを見てくれるか?」
「どうしたんじゃ、急に」
「遠くだけど、カラスのわめく声がするんだ。何かあるかもしれない」
「カラス……? 分かった、任せろ」
唐突に言われ、ルナはとまどった。しかしジゼルの表情は真剣そのもので、ルナはとりあえず真上へとはばたく。
横に張り出していた枝をかいくぐり、木のてっぺんの高さから周囲を見渡すルナ。髪についた木の葉をはらって目をこらしていると、彼女の視界に小さくあるものが映る。
上空のある箇所で、黒いカラスが何匹も集まって旋回している。ルナの視点からはそれだけだが、木の密集したその下に、カラスたちの興味をひく何かがあるように見えた。
ルナはすぐさま下に降り立ち、見たものを報告する。
「ジゼルの言った通りじゃ。カラスがおった。しかも複数じゃ!」
「やっぱりな……」
「何か分かるのか?」
神妙な顔をするジゼルへ、アランは首をかしげる。すると、ダニエルが横から口を開いた。
「確か、そういう場所は動物が死んでいる場合があります。ハゲタカのようにエサにたかるんです」
「そういう事だ。何匹もたかるほど人気って事は……死体だったら、まだ新鮮なヤツだな」
「なるほど。それが手がかりになるかも知れんのじゃな」
「あくまで『かも』だけどな。あてが無いよりマシさ。行こう」
そう言って、ジゼルはまた一人で先を急ぐ。カラスの鳴き声をたどっているせいか、歩調を合わせる気配は相変わらずなかった。
「あやつめ……いつになく急いておるな」
「僕らも急ぎましょう!」
足を早めるルナにダニエル。それについて行きながら、アランは胸中に嫌な予感をおぼえていた。
(しかし……死体が手がかりって、その時点で穏やかじゃないよな……)
しかし、とうにジゼルは先へ行ってしまっている。見失う前にと、アランは走りだした。
舗装もされていない森の中を、時おり視界に入る野生の鹿やアライグマを遠巻きによけながら突っ切る。アランやダニエルの息が荒くなりはじめた頃、ジゼルが確信したように叫んだ。
「やっぱりこっちだ! 血の匂いが濃くなってる!」
「お、おい……ペース早いって」
アランが苦言を呈するが、例によってジゼルは聞かない。むしろ手がかりを察知して切迫感がましたのか、さらに走るペースを上げる。
アランは気を入れ直してそれを追った。そして時おりペースをゆるめつつも20分以上は走っただろうか。歩調がにぶってきたアランの目に、立ち止まっているジゼルの背中が小さく映る。
その姿に急いで駆け寄り、アランは大きく息をつく。
「ぜえ……ぜえ……やっと追いついた……。何か見つかったか……」
「…………」
前かがみになりながらたずねるアラン。しかしジゼルは振り返りもせずにその場にたたずんでいた。アランは返事が無いのに気づくと、息をととのえ改めて周囲を見回す。
そして、ぎょっとして飛びのいた。
「いっ!?」
なんと、そこには何匹ものカラスがうろついていた上に、狼の群れまでたむろしていた。目に入るだけでも五、六頭の狼がアランの事をにらんでいる。
グルル……と低いうなり声を向けられ、思わず身構えるアラン。するとジゼルが手を広げ、狼たちを制止した。
「大丈夫、大丈夫だ……。さっきも言ったろ。お前らの獲物に手をつける気はない」
「獲物に……?」
狼の獣人だからか、ジゼルは狼たちを言葉で止められていた。しかし、そんなジゼルの言葉にアランは眉をひそめる。
ジゼルはそんな彼へチラリと振り向くと、スッと横に移動した。すると、ちょうどジゼルの陰になっていた場所がアランの目に映る。
そこにあるものに気づき、アランは息をのんだ。
「……っそれは……!」
「ああ、予想が当たったぜ」
そうつぶやき、ジゼルは足元に目を落とす。アランも駆け寄り、同じ場所を見た。
そこには、土に横たわる人間の死体があった。成人男性で、簡素なシャツにベストという一般的な旅人を思わせる格好。顔にはとうに生気がなかった。
アランはしばし黙っていたが、おそるおそる隣のジゼルへ問う。
「これって、誰が……」
「さあな。匂いからしてそう時間は経ってないが……」
ジゼルは歯切れ悪く答え、押し黙る。彼女が内心で何を考えているか、アランにはなんとなく分かった。
……証拠はまだ無いが、この死体が誰にどうやってつくられたか……彼らが今さがしている獣人と、無関係とは限らないのだ。悩ましげな顔で死体を見つめるジゼルを、アランは無言で見つめていた。
とそこに、バテ気味のダニエルとそれに歩調を合わせていたルナが追いついてきた。
「お待たせしました……ってうわあ狼ッ!?」
「ぎゃーっ!?」
「落ち着けよ二人とも。それよりコレ見てくれ」
狼の群れに驚いて飛び上がるダニエルとルナへ、特に気にせず手招きするアラン。二人はそろそろと歩み寄り、例の死体に目を見張った。
「なんじゃコレは……」
「人間……ですよね」
「とりあえず調べてみるか……」
深刻な顔をして、アランは死体についている土を取り除いていく。周りの狼の目がするどくなったが、ジゼルがまた制止した。
あらためて死体の全身を観察する。目立っていたのは、上半身の右脇腹あたりにある複数の刺し傷だった。赤茶けて乾いた血が衣服に広がり、痛々しい様相を呈している。
それを見たダニエルが眉をよせてつぶやく。
「動物が犯人ではなさそうですね。……遺体がキレイすぎる」
「刃物で刺して埋めた、か。そういえば荷物も無いな」
ダニエルと一緒に見ていたルナが気づく。こうして見ると、物取りの可能性が高い。
さらにくわしく調べようと、アランが遺体を掘り出し、ひっくり返す。すると、後頭部のあたりにあるものを発見する。
「……見ろよ。鈍器も使ったようだぜ」
「あ? 本当かよ」
「ほらココ。腫れて血が伝った痕」
ジゼルの視線を遺体の後頭部へみちびくアラン。そこには、確かに固い物で強く殴られたような痕跡があった。
「後頭部に打撲、右の脇腹に刺し傷、か」
「これ、明らかに殺人ですよね? しかもそう時間が経ってないって……」
緊張した顔のアラン。ダニエルも不安げな声をもらす。
しかしそんな時、不意にジゼルが一人で遺体のそばの地面を嗅ぎ回りはじめた。
「ジゼル、急にどうしたんじゃ」
ルナが困惑してたずねると、ジゼルは顔を上げ、キッと目をするどくして言った。
「ここから匂いをたどる。そうすりゃ犯人だって分かるハズだ!」
「おい待て。俺たちはもともと獣人を探しに来ただけじゃ……」
「その獣人が、この殺しの犯人じゃないって証明するんだよ! もし人間どもがこの死体の骨でも見つけたら、獣人の方を疑うに決まってるんだ!」
アランが止めようとするも、ジゼルはムキになって叫んだ。獣人の捜索と殺人犯の追跡。関連性があやふやなそれら二つの要素が、彼女の頭の中では当然のようにつながっていた。
おそらく、ジゼルはその理由を意識できていない。他の三人の方がかえって察していた。ジゼルも内心では、
アランがそう考えている間にも、ジゼルは匂いを感じ取りながら先へ走っていく。周りが見えていないその背中にアランたちは危うさを感じながらも、一人にしてはまずいと後を追った。
先頭と間が開きながらも一列になり、四人は会話もなく森の中を進んでいく。その時アランはふと、木々の葉のすき間から見える空の様子に気づいた。
死体のそばにいたカラスが一匹、はるか頭上をさっとよぎる。アランは、なんともいえない不吉な予感がした。
アランの後ろを走るダニエルとルナも、口にはせずともアランと同じようなくもった表情をしていた。
そして、先頭を黙々と走るジゼルが、果たしてどんな顔をしているか。確かめる事はできないが、きっと穏やかではないだろう……と三人とも同じように思っていた。
――
「おいジゼル……まだ歩くのか?」
「…………」
それから何時間も後。日がほとんど沈み、薄暗くなった森の中をアランたちはトボトボと歩いていた。
ジゼルは昼間よりペースこそ落ちたものの、無言でいまだ先を歩いている。アランはそれをゲンナリと見つめながらついていった。
アランのその気色は、疲労のせいだけではない。彼は小さく咳ばらいし、ジゼルの背中に声を張り上げた。
「こう雨の中じゃ、匂いもたどれないだろ! いいかげん切り上げねえと……」
そう。少し前から、彼らは折り悪く雨に降られていた。どしゃ降りというほどではないが大粒の雨がバラバラと降り、じきに雨足が強くなる気配があった。雨雲がかかっているのもあり視界もかなり悪化している。
しかも雨があると、ジゼルの嗅覚も役に立たない。にも関わらずジゼルは執着すら見えるほど一心に匂いをたどっていた。
「はぁ……」
聞こえないようにため息をつくアラン。そんな彼の背後から、やや遅れて二人ぶんの足音が近づく。
「まずいですね……灯りがもたない」
「気にするな。いざとなればワシが何とかする!」
ダニエルとルナであった。手に持った松明の火が雨に当たるのを気にしながら、ダニエルが疲れた顔を上げる。
「それにしても、これ以上は本格的に危険ですよね……夜の森なんて、昼間にもましてキツいのに」
「ジゼルのヤツ、まさかここまで躍起になるとは……」
アランが苦々しい顔で言う。ジゼルの気持ちをくみ取るにも限度があったと、今さらながら後悔していた。
アランは意を決し、ジゼルの背中へ一直線に駆け寄った。そして勢いそのままに彼女の肩をつかむ。
「ジゼル、もういいだろ! このままじゃ危ないぞ。せめて夜は歩き回らずに――」
と、そこまで言いかけた時だった。
ジゼルがとつぜん足を止め、うつむいてポツリとつぶやく。
「これは……!」
「は?」
強くなっていたアランの語気が急に弱まる。そこにダニエルとルナも駆け寄り、ジゼルの方を見る。
「どうしたんじゃ。今度は立ち止まって」
「何か見つけたんですか?」
たずねる二人へジゼルは振り向き、脇に寄って地面を指さした。暗くてほとんど見えない足元を、ダニエルが松明で照らす。
瞬間、ジゼル以外の三人がハッと表情を変えた。
雨で濡れた地面に、いくつもの足跡があったのだ。動物ではない靴の跡。
松明で照らすとそれは近辺をうろつき回るようにしてあちこちに色々な向きになってついているのが分かった。
「これは一体……」
「誰かが大勢いた、とかでもなさそうだな」
「うむ。靴跡が判を押したように同じじゃしな」
「しかし、一体なんでこんなものが?」
アラン、ダニエル、ルナは足跡を見ながら口々に推測や疑問を言う。そんな中で一人、ジゼルが断定するように言った。
「ウサギだ」
「へ?」
「昔、狩りの練習をした時に教えてもらった。ウサギは巣穴の近くにこうやってメチャクチャに足跡をつける習性があるんだ」
「へぇーっ」
ジゼルの意外に知的な一面に感心するアラン。しかしルナが首をかしげて言った。
「じゃが、巣穴の近くでこんな事をしても、辺りを探せば居場所なぞバレるんじゃないか?」
「あ、それなら大丈夫ですよ。四足歩行の動物は視点が低いですから、広い範囲が見渡せません。結果、狼やキツネは目先の足跡にまんまと騙されてしまうんです」
「ほー、案外まぬけじゃのう」
「ぐっ……」
のんきな感想とともにうなずくルナ。その横で、ジゼルは狼をバカにされたせいか不満げにしていた。
とそこで、アランが真面目な顔をして話をもどす。
「けど、そりゃ動物の話だろ? なんで獣人が同じ事すんだよ?」
ジゼルはその質問を予測していたかのように、すぐさま答えた。
「獣人は理性がにぶったり、冷静さを失うと動物みたいなマネをする事がある。ほら、私が酔っぱらって獣化したりした事あったろ。アレと似たようなもん」
「あー、そういえばずっと前に……」
記憶をたどってうなずくアラン。するとジゼルはアランふくめた仲間たちに視線をめぐらせると、仕切り直すように言った。
「まとめるとだ。例のウサギ獣人がこの近くに潜んでいる可能性が高いって事だ。それもなにかしら動揺してな」
「日没と雨を察して、早めに身をひそめているのでしょうか……」
「かもな……もっと言えば、何かやらかして焦っているかも。やっぱり殺しを……」
そこまで言いかけて、ジゼルは言いよどむ。そして一瞬間をおいて、アランたちに向けて言った。
「……とにかく、この辺をよく探してみよう。ウサギは耳がいいから慎重にな」
「う、うむ。ほれダニエル、火を消さねば」
「あ、はいっ」
ルナやダニエルは気まずそうな顔をしながら、松明を踏みつけて泥をかけて火を消す。アランはそれを見つめてふとジゼルへ視線をもどしたが、当のジゼルは何も言わずにフラフラと暗闇の中を進んでいた。
「ジゼル、待った!」
「ん……なんだよ」
アランはジゼルへ駆け寄り、あわててささやく。振り返ったジゼルはどこか放心したような顔で、焦点の合わない目でもってアランを見返す。
無理もない。アランは内心でそう思った。獣人にも事情があるのではないか、そう疑ってジゼルは行動しだしたはずだった。が、死体の匂いをたどった先で見つけた足跡がウサギの獣人のものらしい……と、"獣人が殺人をおかした"可能性がみるみる濃くなっているのだ。
「……大丈夫だ。きっと何か、のっぴきならない理由があったのさ」
「…………」
ジゼルはひきつった笑顔で言った。
アランは何も言えなかった。平静でいられるワケがない。それでもジゼルが追跡をやめないのは、獣人がわに事情や理由があってほしいからだ。
だが、もし獣人が、やむを得ない事情もなく殺人をおかしていたとしたら……そうなれば、ジゼルはどんな状態におちいるだろうか。
その恐れは、ダニエルとルナもいくらか感じていただろう。しかし誰も言い出す事ができず、一行はジゼルの夜目をたよりに無言で忍び歩きを続けた。
そうしてすっかり暗くなった頃、ついに彼らはある場所で立ち止まる。
「……おい、アレ!」
道から少しはずれた木陰で、木にもたれて座っている一人の人物。先頭のジゼルが手で後続を止めると、アランたちも身構えた。
目が慣れてきたアランやダニエルは、凝視してその人物を確かめる。雨よけのためかマントに頭からくるまっており、人間か獣人かは分からない。
ルナは目を閉じ、コウモリの超音波を出すのに集中してその獣人の動きをさぐる。一瞬たって、彼女は小声で言った。
「……動かぬな。寝ておるのか」
「さてな。もう少し近づいてみよう」
ジゼルが振り向かずに答え、そろそろと接近する。アランたちもならって慎重に足を踏み出した。
一歩ずつ近づき、ついに手で触れられる距離までくる。マントにくるまったすき間から、その人物の眠った目が見えた。雨粒が長いまつ毛につき、かすかにきらめいている。
足元には、両手で抱えるほどの大きさの袋詰めの荷物があった。それをアランは持ち主と交互に見てつぶやく。
「なんだ? このデカい袋……」
「知るかよ。本人に聞けば分かる」
ぶっきらぼうに答えるジゼルだったが、その声は緊張していた。目の前の人物が獣人か、そして殺人犯か、とうとう明らかにせねばいけないのだ。
座っている者をくるむマントへ、ジゼルがおそるおそる手をのばす。そしてグイと引っ張った、その瞬間……!
「キャッ!? だ、誰!?」
甲高い悲鳴をあげ、その人物が飛びのく。マントを払いのけた拍子に、頭の白いウサギの耳が飛び出した。
「うぉっ……!」
驚いたジゼルは急いで手を引っ込めると、動揺しながらもその人物、もとい獣人を見る。アランたちもとっさに視線を向けた。
そこにいたのは、ほぼ依頼書の通りの人物だった。ウサギの耳を生やした、20歳手前くらいの黒髪の女性。体型は細身で背が高く、ボロボロの肌着に膝丈のズボンを身につけ、右の
「…………」
その女性は警戒心に満ちた目つきでアランたちをにらむ。ウサギに似た真っ赤な瞳が暗闇の中でするどく光った。
とりあえず落ち着かせようと、ジゼルがなだめる仕草をしながら前に進み出た。
「待ってくれ。怪しいモンじゃない。私らはその近くの街の冒険者だよ」
「……冒険者?」
「そう。聞いた事ないか? 獣人と人間がフツーに協力してる、珍しい職業だよ」
ジゼルが言うと、女性はキョロキョロと四人を見回す。ジゼルは続けて言った。
「私はジゼル。コイツがアランに、ダニエル、ルナだ」
「あ、はじめまして……」
紹介されて律儀に頭を下げるダニエル。けげんそうな顔をする女性へ、ジゼルはなるべくさりげなくたずねた。
「えと、お前は?」
「……ジェーン。"ジェーン・ドゥ"」
「ジェーン……ドゥ?」
女性、もといジェーンはボソリと答えた。それを聞いたジゼルは首をひねる。獣人の名前に姓がついているのが不思議なのだろう。
そこでアランが横から補足した。
「名無しの女につける名前だよ。男だとジョン・ドゥ。孤児院でも、親から名前ももらってないヤツにそんなのがいた」
「名無し……」
「おおかた、獣人の本名が呼びにくいとかで適当に呼んでたんだろう。……誰だか知らないが、人間の誰かがな」
心なしか、アランの口調に警戒心がまじる。それを感じてかジェーンの指先がホルスターのナイフに触れた。
すると、ルナがジゼルの手からマントを取りジェーンへと差し出す。
「ほれ、とりあえず着ろ。風邪をひくぞ」
「……ありがとう」
マントをまた体にくるみ、ジェーンの表情がほんの少し落ち着く。それを見たジゼルは、意を決した様子でこう切り出した。
「あのさ。実は私ら、獣人を一人探してんだ」
「…………っ!?」
「街で聞いた話だと、盗賊と一緒にいたのが逃げ出したらしいんだが……何か知らないか?」
ジェーンの顔に警戒心がもどるのを見ながら、ジゼルは遠慮がちに言った。いずれ聞かねばならないとはいえ、話しているジゼルも、アランたちも、緊張した目でジェーンを見つめる。
その視線をうけ、ジェーンの顔にさらなる険が入る。目の前の四人をジロリと見回してから、ジェーンは短く答えた。
「……知らないわ。何も知らない」
「本当か?」
アランがすかさず確かめると、ジェーンはうなずく。しかしアランはさらに追及した。
「言っておくが、探している獣人は似顔絵が街に出回ってる。お前そっくりだ」
「……っ!」
「こんな場所で、そんな軽装で一人きりなんて、悪いがすげえ怪しいぞ」
似顔絵。そう聞いた瞬間に、ジェーンが目を見開く。まるで街に顔が広まっているのに心当たりでもあるようだ。
きつい目でジェーンをにらむアラン。そこへジゼルが口を開いた。
「な、なぁ。別に、盗賊と一緒にいたってだけなら、悪い事じゃないんじゃねえか? 獣人の一人旅なんて元からリスクだらけなんだし、ありうる話だぜ」
「…………」
「つかまって無理やり連れ回されてたとかなら、ちゃんとそう言えよ。どうなんだ?」
ジゼルは切実な口調でそう促した。獣人を信じたいという願望を隠せてもいない。
それを察したのだろうか。ジェーンは一瞬キョトンと表情を変え、うつむいてみるみる悲しげな表情になっていった。
そして、絞り出すように言う。
「実は……途中で、その盗賊につかまって……」
「本当か!?」
「ええ。逃げ出したいと思ってもできなくて……奴らが兵隊につかまった時に、やっと逃げ出せたの」
「そうだったのか……」
「思い出すのも嫌で……できれば、話したくなかった……!」
ジェーンは顔をおおい、嗚咽をもらして泣き出した。それを見たジゼルがとっさに駆け寄り、そっとジェーンの肩を抱く。
「ああ……泣くなよ。悪かったな、つらい事を聞いて……」
「えっぐ……ひくっ……」
「そういう事なら、なんとか誤解を解きたいですね……。悪事をしていない証拠でもあれば……」
「盗賊どもはつかまっておるのじゃろ? そいつらに証言させれば、上手くいくかもしれん」
ジェーンの言葉を信じて、ジゼル、ダニエル、ルナの三人が無実を証明しようと考えをめぐらせだす。その口調にはどこか安堵したフシがあった。
しかし、そんな中でアランだけがそこに水を差す。
「待て」
「え……?」
「忘れたのか? 俺たちが何の匂いをたどってここまで来たのか」
「あっ……」
振り向いたジゼルがハッと息をのむ。ダニエルとルナも同じように表情を変えた。
そう、昼間に見つけたあの死体……。打撲と刺し傷をつくって死んでいた旅人らしき者の死体。ジゼルたちはそこから匂いをたどってここまで来たのだった。
話が見えずとまどっているジェーンへ、アランが言った。
「ここに来るまでに、旅人の死体を見た。死んでからそう時間は経ってない。その血の匂いをたどったら、ここに着いたんだ」
「なによ……私がやったって言うの?」
「そうは言ってない。ただ、疑うには十分だ」
「おい、アラン……」
「ジゼル、お前も言ったろ。あのやたらと着けた足跡……動物のクセが出る獣人は、焦ってる可能性が高いって」
「それは……」
「何か、とんでもない事をしている可能性が高い。そのナイフについた匂いでも調べれば分かるかもな」
そう言われたジェーンが、ビクリと後ずさる。その姿を、ルナやダニエルも半信半疑という視線で見つめる。
……しばし、ジェーンは後ろめたい様子で目を伏せ、やがてこう述べた。
「実は……一人だけ殺してる」
「なんだって!?」
「けど! それは男に襲われそうになったから! 一人きりで逃げてる身じゃ、ああするしかなかった!」
驚くジゼルへ、ジェーンは顔を上げて大声で叫んだ。目には涙がうかび、必死なせいか頬が上気している。
しかし、アランはまだ納得せずに質問した。
「襲われたにしちゃ、傷の場所がおかしかったぞ」
「傷?」
「そ。後頭部に打撲、右のわき腹に刺し傷。背後から行かないと後頭部は殴りにくいし、刺すのだって、右利きで右わき腹なんて狙えないだろ」
「っ……さ、刺すのはっ! その、私が左利きで」
「お前のナイフのホルスター、右足の腿についてんぞ。それわざわざ左手で抜くのか?」
「ぐっ……」
アランの追及に、ついにジェーンは歯がみして黙ってしまった。くわえて、少し前に泣いていたはずの彼女の人相がけわしく、憎悪を感じさせるものに変貌していく。
眉間にシワをよせ、ジェーンはアランをにらみつける。が、アランは気にもせずに言った。
「こう考えるとつじつまが合うんだよな。お前は背後から旅人を襲った。……まずは石か何かで頭をなぐって、角度的に刺しやすい右わき腹を狙った」
「ま、待ってよ。そもそも何のためにそんな事……」
「死体からは荷物が無くなってた。旅の荷物といえば
全く動じずに詰め寄るアラン。対してジェーンは見るからに狼狽し、くやしげに持っていた袋を腕で抱く。
チャリ、と袋ごしに金属――もとい貨幣が擦れ合うような音がした。
ジェーンは救いを求めるかのようにアラン以外の三人を見回した。しかし、ルナ、ダニエルはもとより、ジゼルさえも心苦しそうにしながら疑惑の目を向けている。
「その袋の中身は何だ?」
とうとうアランが間近に来て、するどい目でたずねる。それにジェーンは目を伏せ、数秒間だまりこみ……。
「…………チッ」
かすかな舌打ち。それにアランたちがわずかに気をとられた刹那、ジェーンは持っていたマントを三人に向けてばさりと広げて叩きつけた。
「うわっ!?」
「この野郎がああぁッ!」
視界をふさがれて動揺するアランたちへ、ジェーンは怒声とともに袋の中身までぶちまける。アランたちの視界いっぱいにバラバラと、きらめくさまざまな小さな物体がふりかかった。
「おい待て、この……!」
どうにか気を取り直し、マントを払いのけたアラン。しかしその時すでにジェーンは逃げ出しており、脱兎のごとく走って森の奥へ消えていった。
ぬかった、と内心で悔しがるアラン。しかしその直後、ルナが大声をあげる。
「アラン! 見てみろ!」
「なんだよこんな時に……!」
焦った顔で振り返るアラン。しかし、ルナの視線を追った彼はすぐに言葉を失った。
ルナをふくめ、ジゼルとダニエルもみんな足元を見つめていた。そこにあったのは、先ほどジェーンがぶちまけた袋の中身。
夜闇の中でもきらめく、何百枚もの散らばった金貨、そして色とりどりの宝石。アランにくわしい相場は分からなかったが、それでも一生かけて貯められるかも怪しいと直感したほどの財宝だった。
「……同行していた盗賊からも、持ち逃げしたんでしょうか」
「かもな」
あっけに取られた様子のダニエルにうなずくアラン。そしてちらとジゼルの顔を見た。
ジゼルは目を見開き、立ちすくんで呆然としていた。無実を信じた獣人……同族が物取りの殺人をおかしたのだという事実を、受け入れられないようであった。
アランはジゼルを励ましてやりたかったが、逃げたジェーンも無視できなかった。彼は無念そうに首を横に振り、駆け出しながら言う。
「俺はヤツを追う! ジゼル、後でいいから追いついてくれ!」
「あ、待ってください!」
走っていくアランを、ダニエルがあわてて追いかける。残されたルナが、ジゼルの方を見た。
「はっ……はっ……」
か細い呼吸をしながら、胸が締めつけられるかのような表情で目をつぶる。信じた相手への失望、ウソをつかれた悲しみ、騙されそうになった自分の甘さ……。
そして何より、獣人だからというだけで相手をむやみに信じようとした自覚。ある意味、人間が獣人を見下すのと同じ事を、彼女はしていたのだ。
同じく獣人であるルナには、その気持ちが痛いほど想像できた。できれば休む時間をやりたいが、今はそんな時ではなかった。
ルナはジゼルの背中をたたき、ハッキリとした声で言った。
「ほれ! ワシらも行こうぞ! 突っ立っていても何もできん!」
「ルナ……けど」
「あのウサギを野放しにすれば、必ずどこかでのたれ死ぬぞ! それでも良いのか!?」
「…………」
放っておけば死ぬ。それがある種のごまかしだと、お互い分かっていた。連れ帰ってもジェーンは人間の手で裁きを受ける。そうすれば、獣人の風評だって悪くなるだろう。
明るい想像はできなかった。元から、人間が有利に暮らす場所へと連れて行くのだから。
ただ、それでも……逃がすワケにはいかなかった。相手はれっきとした犯罪者なのだ。
「分かった……行こう」
「うむ!」
無理にでも気合いを入れ、ジゼルは森の奥へと駆け出す。その胸の奥から悲痛な気持ちがこみ上げてくるのを、彼女は必死に抑えこんでいた。