獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼女は、偏見の中で同族を探しに出かける 後編

 

「こっちです! 足跡が続いてる!」

 

「おう!」

 

 殺人と窃盗をおかしたウサギの獣人ジェーンを追って、アランとダニエルは夜の森の中を駆けていた。

 人間にはほぼ視界の効かない真っ暗な道を、ダニエルが木の枝に魔法で火をつけただけの簡素な松明をたよりに、二人はジェーンの走った足跡を必死で追う。

 

 雨足が強くなり、泥に足をとられそうになる。息が苦しくなるのをこらえながら足跡をたどっていた二人であったが、その足が不意にそろって止まる。

 

「これは……」

 

 アランがつぶやき、ダニエルと二人で前方を見つめる。そこは細かい段差や坂道がそこかしこにあり、何故か追っていたはずの足跡が消えていた。

 とまどっているダニエルへ、アランは言う。

 

「……たぶん、ウサギの脚で飛びはねて逃げたんだろう。きっと足跡もあちこちに散らばってる」

 

「そうなると、追いかけるのも難しくなりますね……」

 

「どうするか……モタモタしてると逃げられちまう」

 

 二人が地面を見つめて立ち往生していると、後からジゼルとルナが追いかけてきた。ジゼルはめずらしく後ろをついていく形で、苦しげに顔をゆがませている。ルナは突っ立っている二人を見つけるなり焦った声をあげた。

 

「お主ら、何をしとる! ジェーンはどこ行った!?」

 

「いえ、それが……」

 

 ダニエルは申し訳なさそうに追えなくなったいきさつを伝える。すると女性陣も難しい顔をしだした。

 

「……こしゃくな真似をしおる。そうなると別の方法を考えねば」

 

「しかし、こう暗い中でどうやって……」

 

「この雨じゃ、匂いも消えてるだろうしな……」

 

 アランは悩ましげにジゼルの方を見る。するとジゼルはハッとした表情でアランを見返し、あわててうなずいた。

 

「あ、ああ……私の鼻も役に立たん」

 

「…………」

 

 どこか上の空のジゼルを、アランは不安げな目で見つめる。まだ獣人を捕まえる覚悟が固まっていないのかもしれない。

 しかし、背に腹は変えられない。殺人犯を見つけられないだけならまだしも、探す決心すらつかないままでは後々も同じ事をくり返してしまうかもしれない。

 アランはしばし目を閉じて考え、意を決して言った。

 

「やむをえん。手分けして探そう」

 

「だ、大丈夫ですかね……」

 

「深追いしないで、危ないと思ったらここに引き返して来い。一対一なら、取り押さえる事くらいできるだろ?」

 

 そう言って、アランは他の三人を見つめる。三人ともすぐには返事ができなかったが、結局は仲間たちと視線をかわした後、うなずいた。

 それを確かめ、アランはあらためて言う。

 

「よし、じゃあ行こう。気をつけろよ!」

 

 そうして、四人はとうとうバラバラに森の中へと散った。アランは背中にまだ気がかりなものを感じていたが、つとめて前を向いていた。

 

 

――

 

 

 ……やがてアランは一人きりになり、雨に濡れながら彼は木々の中をぬうように進んでいった。暗い中で目をこらし、ジェーンの逃げた痕跡をどうにか探そうとする。

 とはいえ、森のただ中となるとすでに"道"そのものがあいまいで、茂みから土が見えている細い道筋らしきものを探してたどるのが精いっぱいだった。もはや足跡を見つけるのは望み薄で、アランはいつしかほとんどカンで進むも同然になっていった。

 

 だが、油断はできない。ジェーンだって足跡を分かりにくくして逃げのびようとしたのだ。近くにいないように見えても、思いがけないところに潜んでいるかもしれない。

 アランは視線をめぐらせ、ほとんど見えない周囲をにらむ。他の三人は相手を見つけただろうか。それとも自分の目の前にあらわれるのか。彼の神経は否応なしにたかぶる。

 

 と、そんな時。彼は足元をちらと視界に入れて、あるものに気づいた。

 雑草になかば隠れた地面に、踏みしめられた跡がある。ぬかるんだ土のせいで形はおぼろげだが、それはアランの踏み込んでいない場所にあった。

 アランはとっさにその場にかがみ、地面を凝視する。雨粒のきらめきを頼りに前方へと視線を動かすと、確かにアランの進む先に点々と続く足跡があった。

 

 ジェーンのだ。アランはそう思い当たり、ふと考える。今まで足跡をたどられまいとしてきた彼女が、急に足跡を残して逃げるだろうか?

 罠かもしれない。そう思ったが、他に手がかりを探す余裕がないのも事実だ。街から離れて人のいない場所まで逃げられれば、情報の届かない遠方に隠れてしまうだろう。

 追うか、追わないか。アランはその場で悩んだ末、えいと立ち上がる。

 

「……行くか」

 

 自分に言い聞かせるように言って、彼は慎重に歩きだした。足跡を見失わないように、一歩ずつ。

 足元に集中し、少しずつ進む。かろうじて獣道と呼べるような道だったが、神経をとぎすませると不思議と足跡が視界に浮かび上がってくる。アランはいつしか、そればかりを意識していた。

 そのおかげか、足跡を見失わずにアランは何百メートルも歩いた。時に細かい段差を越え、蛇行しながら彼は森の獣道を進む。

 ところが、その時。

 

「……ん?」

 

 いつしかすっかり見えるようになっていたジェーンの足跡が、ふいにプッツリと途切れた。本当に、一定の間隔でついていた跡がなくなっているのである。

 アランは反射的にかがみ、周りの地面をキョロキョロと見回す。しかし、どこにも他の足跡は見つからなかった。

 彼の脳内で、さまざまな懸念が交錯する。ウサギの聴覚で追跡がバレてしまったのかもしれない。または、やはり初めからなんらかのワナだったのか。

 

 かがんだままその場にとどまっていたアラン。その時ふと、彼の頭に幼少の頃の記憶がよみがえる。

 

 ――

 

『ウサギって頭がいいのよ。自分で自分の足跡をごまかす事があるの』

 

『本当? でもごまかすってどうやって?』

 

『敵の見えていない場所でね、自分の足跡をもう一度ふんで後ろにもどるの。そうして途中で横に逃げちゃえば、追ってきた敵は足跡が途中で消えたと勘違いしちゃうのよ』

 

『へぇー』

 

――

 

 生まれ育った孤児院で、シスターが暇潰しに教えてくれた知識。子供の頃は野山に行くのを禁じられていて、わざわざ思い出す事など無いと思っていた。

 ……だが、こうして実際に消えた足跡を見ると、アランの頭に記憶がまざまざとよみがえる。

 頭の中でそうして思い出しているさなかだった。かがんだままでいたアランの背後へ、脇の草むらから大きな音を立てて何かが飛び出した。

 

 瞬間、アランは先ほどまでの騒動を思い出して振り返る。同時に、直面しているウサギの得意技の名称も思い出した。

 

(……そうだ、"バックトラック"!)

 

「死ねえぇーッ!!」

 

 そう叫びながら現れたジェーンは、獣化して巨大なウサギの姿をしていた。黒髪をそのままに顔をウサギに変化させ、体も服の下で白い毛皮につつまれ、人のようなシルエットをわずかに残すのみとなっている。

 

 アランが面食らうヒマもなく、ジェーンがナイフを振り下ろす。その手首をアランはすんでのところでつかんだ。そうして取っ組み合いになったまま、二人はぬかるみの上をゴロゴロと転がる。

 

「このっ……!」

 

 アランはどうにか突き離そうとするが、獣化した腕力はすさまじく、ジェーンはたやすく馬乗りになる。そうしてナイフを持っていない方の手でもってアランの首を絞めにかかった。

 

「ぐっ……ぅ」

 

「こんなところで……捕まってたまるもんですか!」

 

 ウサギの赤い目をいっぱいに見開いて、ジェーンは腕に力を込める。しだいにアランの顔はゆがみ、意識がかすみはじめる。

 

「……っ」

 

 ジェーンの持っているナイフが、徐々にアランの目の前にくる。アランは残った手で首にかかったジェーンの腕をつかんだが、引きはがすには至らない。

 押さえ込まれた状態で動けないアラン。しかし次の瞬間、彼は絞り出すような声で言った。

 

放電(スパーク)……ッ!」

 

 直後、彼の両手からまばゆい閃光がはしり、つかんでいたジェーンの腕に電撃が流れた。突然の事にジェーンの表情が一変し、とっさに体をのけぞらせる。

 

「きゃっ……!?」

 

「でぇい!」

 

 驚いたジェーンの体を、アランは下から払いのけようとする。背をつけていた体を起こし、ジェーンの腹を蹴りつけようとする。

 

「うぐっ! ……つっ」

 

 すると、ジェーンは間一髪でそれをかばい、後ろに跳んで距離をとった。立ち上がって身構えながら、彼女は憎々しげにアランをにらむ。

 

「……ひどい事するのね。魔法ってヤツ?」

 

「ああ。手で使うと威力も落ちるはずなんだがな……イテテ」

 

 魔力を通わせた腕がしびれるのをこらえながら、アランはジェーンとあらためて対峙する。

 いきなりダニエルのように魔法は使いこなせないか……などと頭のすみで考えつつ、彼は先ほどのジェーンの行動を思い返した。

 

 腹を蹴ろうとしたのを、とっさにかばう行為……それが彼の中で、なんとなく引っかかる。

 一方、ジェーンはそんなアランの思考など眼中にない様子で、ナイフを突きつけると口の端をゆがめてニヤリと笑う。

 

「……でもいいの? 私を人間どもに突き出せば、街の獣人まで白い目で見られるわよ。あなたの仲間だって……それでいいワケ?」

 

「…………」

 

「ウワサでなら私も知ってる。獣人なんて結局はみんな下に見られているんでしょう? 違うの?」

 

 アランは答えられなかった。ジェーンの言う事は間違っていない。ここに来るまでの兵隊たちの態度もそうだし、獣人全てを差別的に見る人間はたくさんいるだろう。

 しかもその偏見は根深いものだ。人間にとってそもそも獣人は異質である。そして土地や文化を奪った被害者でもある。

 そうした者への恐れや罪悪感をごまかし、押しつける先を人々は求める。教会や兵隊たちも人々をコントロールするためにそれを仕向ける。その結果が獣人たちへの理不尽だ。

 

 もちろん今回の発端はジェーンだ。しかし、人間の偏見は別の問題である。自分を裁けば、その根深い問題が噴出するぞ、と彼女は言っているのだ。

 だが。

 

「野放しにはしておけない」

 

「……っ!」

 

「お前は罪のない人を殺した。それを無かった事にはできない」

 

 アランが重い口調で言うと、ジェーンの顔がけわしくなる。アランは辛そうに唇をかむと、ジェーンを指さして言った。

 

「それよりお前、もしかして……」

 

 アランの指先が、なぜかジェーンの腹部へ向く。するとジェーンはハッと息をのみ、明らかに動揺した様子を見せた。

 張りつめていた空気がちらと変化する。ところがその時、二人の間に騒々しく乱入した者がいた。

 

「この野郎ーーッ!!」

 

「うわっ!?」

 

 雄叫びをあげ、突如ジェーンに躍りかかる狼のような影。獣化したジゼルだ。

 ジェーンは驚きながらも抵抗し、またたく間に獣化した獣人どうしの揉み合いがはじまる。しかし同じ獣人でも狼とウサギでは差があるのか、ジゼルはジェーンをあっという間に組み伏せ、ナイフを奪い放り投げる。

 

「くっ……アンタどこから!?」

 

「あ? 走ってきた。急に雷が光ったのが見えてな」

 

「! そう……あの魔法が目印だったの」

 

「ああ。私だけじゃないぜ」

 

 両手を拘束され、下に敷かれてジゼルと向かい合いながら、ジェーンは悔しげに眉をよせる。対してジゼルは目をよそに向け、アゴをしゃくった。

 ジェーンに、それからアランが示された方角を見る。すると間もなく、森の奥からダニエルとルナが歩いてきた。

 

「よかった……見つかりました」

 

「もう逃がさんぞ。覚悟せい」

 

「っく……!」

 

 一気に多勢に無勢となり、ジェーンは表情をゆがめる。ジゼルも目に迷いを浮かべてはいるものの、つかんだ手を離そうとはしない。

 あとは抵抗できなくして連れていくだけ――ジェーンもふくめたその場のほぼ全員がそう考えた、そんな時だった。

 

「待った」

 

 ふと、アランが神妙な声で言った。他の一同が虚をつかれたように彼を見ると、アランはジゼルを見ながらこう話す。

 

「ジゼル、手を離してやれ」

 

「は? お前なに言って……」

 

「いいから。もうちょっと緩く抑えてやりな」

 

 意図のつかめない提案に、ジゼルはとまどいといら立ちを顔にうかべる。ダニエルやルナも困惑しているようだった。

 だがアランは視線を一切およがさず、続けて言った。

 

「身重のヤツに、あまり乱暴するな」

 

「身重……って。えぇ!?」

 

「…………」

 

 アランの発言を一拍おくれて理解し、ジゼルは目を見開いてさけんだ。ダニエル、ルナもあっけに取られてジェーンを見つめる。

 当のジェーンもおどろいて、それからいまいましげにアランをにらみ、言った。

 

「なぜ分かったの」

 

「いや、確証はなかった。お前が腹を大事そうに守るんで、もしかしたらと思ってな」

 

 事もなげに答えるアランへ、ジェーンは苦々しい顔をした。カマをかけられたのだ。そう理解して小さくため息をもらし、ジェーンは獣化をといた。

 徐々に体がしぼむようにして、姿に人間らしさがもどっていく。それを見届けたジゼルも姿をもどし、そろそろと体勢をずらしてジェーンの膝あたりに腰をおろした。

 そして、ジゼルはためらいがちに口を開いた。

 

「ジェーン。身重……ってのは、つまり……」

 

「ふん……そのままの意味よ」

 

 ジェーンは投げやりに言って天をあおぎ、独り言のように語りだした。

 

「盗賊どもの中に女が一人だけ……そうなったら何をされるか、想像つくでしょ?」

 

「それは……」

 

「連中は避妊魔法なんて習得してない。他人、それも獣人がどうなるかなんて考えちゃいないわ」

 

 言葉の端々から、重苦しい空気がにじんでくる。アランをはじめとした四人は、ジェーンに口をはさむのを自然とためらう。

 少し間をおいて、やっとの事で口を開いたのはダニエルだった。

 

「逃げたりなんかは……できなかったんですか?」

 

「周りに10人もいたからね。無理よ」

 

「でも……どこか遠くに行けば……」

 

 そうダニエルが言いかけた時、ジェーンがグルリとけわしい目つきを向けた。

 

「遠く? 遠くってどこに?」

 

「それは……」

 

「人間のところに逃げ込めっていうの? そこらの村じゃよけいに食べ物を食べるよそ者あつかいよ? せめて人の多い街に来るまで、盗賊について行くしかなかったのよ」

 

「なら聞くが、なぜ無関係の人間を殺して、金まで奪ったんじゃ!?」

 

 今度はルナが質問をぶつける。するとジェーンの方もいささか感情的になって言った。

 

「仕方ないじゃない! 盗賊と一緒にいただけで犯罪者あつかいよ!? せめてお金がなきゃ、どう生きていけっていうの!?」

 

「盗賊と同類になる前に、誰かに事情を打ち明けようとはしなかったのか!?」

 

「……事情? 事情ねぇ……ふふ」

 

 ルナの反論を聞いたジェーンは一転、吹き出しそうな顔になってつぶやいた。鼻白むルナへ、ジェーンは嘲りのこもった声で言った。

 

「残念ねぇお嬢ちゃん。私もそれができればよかったのだけど」

 

「なぬ……?」

 

「連れ回してた盗賊をつかまえようと兵隊が来た時はね、私も少し期待したわ。これで解放される。冒険者にでもなれれば、マシな暮らしもできるって……でも」

 

 ジェーンの声の調子が一気に沈んだ。

 

「思い通りにはいかなかった。兵隊たちは私にも剣を向けたわ。話なんて聞こうともしない。それどころか、私によこしまな役得を期待したヤツまでいた……もう踏んだり蹴ったりよ」

 

「役得って……」

 

「説明しなくても見当つくでしょ? わざわざ言わせないでよ」

 

 もはや呆然としかけているジゼルへ、ジェーンは吐き捨てるように答えた。もはやアランたちは軽々しく口を開けず、痛ましい表情でジェーンを見つめるばかりだった。

 その視線が気にさわったのか、ジェーンは今度はアランを見て言った。

 

「……いっちょまえに同情なんてやめて。元はと言えばアンタら人間のせいなんだから」

 

「確かに盗賊どもはひどい事をした。けど……」

 

「そうじゃない」

 

 意外なほど低い声で、ジェーンはアランの言葉をさえぎる。アランが口をつぐむと、ジェーンは頬を地面につけ、ボンヤリと土を見つめながら話しはじめた。

 

「私たちは元々、人里はなれた場所で普通に暮らしてた……。種族的に兄弟がたくさんいてね。結構にぎやかだったの」

 

「…………」

 

「けど、人間たちがいきなり踏み込んできたんだ。そのせいで住める場所が減って、へんぴな場所に追いやられて……とうとう、口べらししなきゃいけなくなった」

 

 口べらし。そう言った瞬間、場の緊張感が増す。口べらしとは、食べ物などが困窮した時によく行われる、少数の誰かを追い出したり殺したりする行為である。

 ジェーンは悲しげに唇をかんだ。目をつぶると、そのそばから涙がつたって落ちる。そして続けた。

 

「私は自分から群れを離れた。人間の街に行ければ仕事はある。きっといい人にもめぐり会えるって、自分に言い聞かせて……でも」

 

「ジェーン……」

 

 ……それから、ジェーンは何も語らなかった。そこから先は、アランたちに分かっている事しか起こらなかったのだろう。

 盗賊につかまり、連れ回され、兵隊には無実を信じてもらえず、金銭のために人殺しに手を染めた。口べらしされてから抱いていたかすかな希望は、かくして潰えてしまったのである。

 ざあざあと、彼らに遠慮なく打ちつける雨。その雨の音にまじって、ジェーンの口からすすり泣く音が響いた。

 

 誰もなぐさめの言葉すらかけられない。特にジゼルは泣いているジェーンをいっとういたたまれない目で見つめていた。

 すると、そんなジゼルへ不意にジェーンが振り向いた。たじろぐジゼルへ、ジェーンは泣き顔のままこんな事を言う。

 

「ね……今回だけは見逃してくれない? お願いだから」

 

「え?」

 

「もう、絶対に人殺しなんてしないから。ねぇいいでしょ? 家族とも友達とも離ればなれになって、こんな目にあったのに……捕まるなんて嫌よ」

 

 ジェーンの声色は、甘える子供のようだった。油断を誘いたいのではない。情けに期待するくらい、精神が限界なのだ。

 うろたえるジゼルを見つめながら、ジェーンはなおも必死にまくし立てた。

 

「私だって殺すのなんて好きじゃないのよ……。人間の街に行くなら、お金しか頼れないんだもん。子供だって生まれるのに、律儀に貯めてちゃ暮らしていけないわよ。それにウサギの血のせいで、体質的に子沢山だし、もう……どうしたらいいか……!」

 

「…………」

 

「……うぅっ……ぐすっ……」

 

 勢い込んでしゃべっていたジェーンだったが、嗚咽をもらしてセリフが中断される。それからは顔を両腕でおおい、苦しげに泣くばかりだった。

 ジゼルは押さえつけているのがさすがに忍びなく、スッとどいて立ち上がる。そしておそるおそるアランへたずねた。

 

「……どうする?」

 

「…………」

 

 言われたアランはジッと考える。正直、同情しなくもない。故郷を離れざるを得なくなり、悪人による災難にあい、罪状をちゃんと調べてもらえる見込みもない。

 しかし、むろん殺人をなかった事にはできない。それにもし逃がしてしまえば、ジェーンが言った風評の問題も出てくる。

 

 あの兵隊長のウォルターのように、獣人をハナから見下し疎んでいる者も大勢いる。みすみすジェーンを逃がしなどすれば、冒険者にも獣人がいるから罪をうやむやにしたなどとも言われかねない。ともすればその場にいないのを良い事に適当な罪状を増やす可能性すらある。

 それで得する立場の人間がいるのだから。

 

 平等に裁いてもらうという面では八方ふさがり……。そこまで考えて、アランはポツリと言った。

 

「俺に考えがある」

 

「なに!?」

 

「本当ですか!?」

 

「ウソは言ってないじゃろうな!?」

 

「ああ……」

 

 答えるアランの表情は陰っていた。しかし周りの者たちはそれでも希望を信じ、水をささない。ジェーンすらもまさかという目でアランを見ている。

 アランはジェーンの方へ歩み寄ると、羽交い締めにするような体勢で体を起こした。ジェーンは抵抗せず、すがるような声でたずねる。

 

「ちょっと、どうする気なの?」

 

「さあな」

 

 つれない返事をして、アランは周りの仲間に向けて言った。

 

「とりあえずコイツを縛っておこう。ダニエル、縄かなんかあるか?」

 

「あ……はい」

 

「もう暗いし、夜明けまで待って……それから街へ行こう」

 

 アランの言葉に、ジェーン以外の者はうなずく。言葉にできるほどではないが、彼らはアランの"考え"にわずかに期待していた。どうにかしてジェーンに正当な罰を与え、他の獣人を偏見から守れるような、そんな策があるだろうと。

 

 そんな考えを知ってか知らずか、ダニエルとルナがジェーンを縛っている最中、アランはそっとジゼルへ耳打ちした。

 

「……今夜、ジェーンだけ先に眠らせよう」

 

「は?」

 

「話がある。ダニエルとルナにも。とにかくジェーンに聞かれないように」

 

 その言葉は、あからさまに不穏なものを含んでいた。ジゼルがいぶかしげに眉をよせるが、アランは構わずにダニエルたちの方へと歩み寄っていった。

 不安にかられ、ジゼルは天をあおいだ。いまだ、雨のやむ気配はなかった。

 

 

――

 

 

「……そうか。よくやってくれた」

 

 明くる日の午前中。アラン、ジゼル、ダニエル、ルナはまた兵隊の詰め所へ行き、隊長ウォルターと向き合っていた。

 早朝に街の出入口で門番に事情を話し、ジェーンは兵隊に引き渡した。その足でアランたちは詰め所へ報告に来たのである。

 

「今回の功績はギルドにも伝えておこう。ご苦労だったな」

 

 椅子に座ったウォルターはつまらなそうに腕組みして言った。そんな彼へ、アランは念押しするように言った。

 

「あの、先ほど申し上げた通り、その獣人は一人殺しただけだと……」

 

「ああ、お前たちとそんな話をするつもりはない。あとは裁判の役目だ」

 

「しかし……」

 

「獣人の話を鵜呑みにするほどバカらしい事はない。だいたい、自分のした事をわざわざ正直に言うか?」

 

 ウォルターの顔に険がまじる。するとジゼルがムッとして話に割り込んだ。

 

「じゃあ、そっちはよく調べたのか? 一緒にいた盗賊どもが先に捕まってんだろ?」

 

「そいつらは全員、ジェーンとかいう女も同じように略奪などをしたと証言している。全員がだ。獣人ひとりの証言よりは信じられる」

 

「じゃあ、なんでジェーンは一人で逃げたんだよ!?」

 

「命惜しさに決まっているだろう。恥知らずなヤツだ」

 

 ウォルターは冷たく言ってのけた。アランは内心で、盗賊たちがウソを言っているのではと勘づいた。

 ジェーンも荷担したといえば、盗賊一人一人の罪は相対的に軽くなる。なりゆき次第ではジェーンに罪の大部分を押しつけるのではないかとすら思われた。

 なんせ、現在の獣人は何かと押しつけるのに便利なのだから。

 

「ぐっ……!」

 

 ジゼルは怒りのためか、狼のようなうなり声をかすかに発している。ダニエルやルナも無言ではいるもののうつむいて肩を震わせていた。

 そんな時、アランがウォルターの机にふと歩み寄り、言った。

 

「あの、実はお見せしたいものがありまして」

 

「? なんだ急に」

 

 眉をひそめるウォルターの机に、アランが持っていたあるものをドンと置く。それは両手で抱えるほどの大きさの、泥のついた袋だった。

 とまどうウォルターの前で、アランが袋の口を少し下に傾ける。すると金貨や宝石が音を立ててあふれ出てきた。

 

「…………!」

 

 それを見たウォルターは明らかに目の色を変える。部屋にいる他の兵隊も動揺していた。対してアランは仏頂面でこんな事を話しはじめた。

 

「例の獣人が持ち歩いていたものです。いつもならこうした物品はギルドに預けるのですが……なにぶん金額が大きいので」

 

「それで……我々のところに?」

 

「ええ。元はあなた方からの依頼ですし、中には兵隊の持ち物だった品もあるかもしれません。この際そちらで押収していただこうかと」

 

「…………」

 

 ウォルターは物欲しげな目をしてこぼれた金へと手をのばす。するとアランが素早くそれを自分の方へ引き寄せた。

 ムッ、と眉根をよせるウォルターを、アランは無言で見返す。その視線で何かを察したのか、ウォルターは背をもたれてフンと鼻を鳴らす。

 

「何が望みだ?」

 

「望みなどありません。ただ確認したい事が」

 

「確認ん?」

 

 じれったそうに聞き返すウォルター。アランは一つ間をおき、意を決した風に言った。

 

「……今回捕まったのは獣人ですが、それを捕らえたのも獣人の功績です。その事はきちんと裁判で加味していただけますね?」

 

「…………!」

 

 その言葉に、ウォルターはとまどった。ジェーンの冤罪や減刑を求めてはいないのだ。彼はアラン以外の顔をチラチラうかがったが、ジゼルたちも不満や悲しみを表情にたたえつつ、ジッと黙っていた。

 それを見てとったウォルターはニヤリと笑い、アランに向き直って言う。

 

「……ならば、この金品は見返りだと?」

 

「めっそうもありません。それはただ問題なく処理していただければと思ったまでです。……私たちには知識がないので、例えば()()()()()()()()()()()()()()などは、お任せする他ありません」

 

「そうか、そうか」

 

 ウォルターは満足げにうなずいて立ち上がった。そしてゆっくりとアランへ歩み寄ると、横にならんでささやくように言った。

 

「いいだろう。()()()()()()()()()()()()()どもの名誉に限っては、きちんと保障しよう。それでいいな?」

 

「……ええ」

 

「なぁに、我々も教会とは悪くない仲だ。金額ぶんは便宜をはかってやろう」

 

「金額とは何か分かりませんが、感謝します」

 

 ウォルターの手が、アランの肩をポンポンとたたく。しかしアランも、ジゼルも、ダニエルもルナも、そろって不愉快そうな顔をしていた。

 

 

――

 

 

 ……それからしばらくして、アランたちは解放された。詰め所の出口で武器を返却され、門をくぐり、街の中心部の路地を歩く。

 その間中、彼らは無言だった。どこにも興味を示さず、ただうつむき、重い足取りで家路をたどる。

 そうしてしばらく経った頃、ジゼルがふと前を歩いていたアランへたずねた。

 

「なあ、アラン」

 

「……なんだ?」

 

「アイツ……ジェーンはどうなるんだ?」

 

 その問いに、アランの足がピタリと止まる。ダニエルやルナも自然と立ち止まり、くもった表情でアランの背中を見つめる。

 アランは振り向かずに答えた。

 

「……おそらく、罰としてどこかで奴隷にされるだろうな。鉱山とか、田舎の農地なんかで」

 

「解放してもらえるのか? いつか……」

 

「見込みは薄いだろう。獣人の奴隷が生きて帰ってきた話なんか、聞いた事がない。……もう、ヤツは死ぬまで名無し(ジェーン・ドゥ)だろうな」

 

「そんな……どうにかならないのか? アイツだって追い詰められてたのにあんまりだよ。それに腹にはガキが……」

 

「ジゼル」

 

 涙声でうったえるジゼルを、アランは振り向いて目で制する。そして向き合って歩み寄り、静かにこう言った。

 

「もし、俺たち人間をふくめた周りがもう少しマシだったら……めぐり合わせや時代が違っていたら、ジェーンはこんな目にあわなかったろう。仲良く平和な暮らしだってできたかもしれない」

 

「…………」

 

「けどな、そうはならなかった。ならなかったんだよ。だからこれで、この話はおしまいなんだ」

 

「……っ! …………ッ」

 

 淡々と突き放すような言葉。それを聞いて、ジゼルはハッと目を見開く。彼女の思考が停止した刹那、それは起こった。

 ジゼルの拳が、アランの顔にめり込んだのだ。

 

「あぐっ!?」

 

「ジゼル!」

 

「ジゼルさん!?」

 

 拳をまともに食らい、アランは吹っ飛んで尻もちをついた。おどろいたダニエルとルナがあわててジゼルをおさえる。

 

「落ち着いてください! 気持ちは分かりますが、そんな事してもなんにもなりませんって!!」

 

「ワシらもあらかじめ納得していたじゃろう!? 危ないマネはよさぬか!」

 

「……ふっ……ふっ……っ」

 

 二人がかりで説得されても、その言葉はジゼルに届いていなかった。彼女の視線は不安定にさまよい、涙をにじませながら肩でせわしない呼吸をしている。

 その様子を気にしつつ、ダニエルはアランの方へ手を差しのべた。

 

「立てますか? アランさん」

 

「ああ……問題ない」

 

 鼻血を軽く指でぬぐい、アランは手をとって立ち上がる。そして不安げな目をしているジゼルへまた近づいた。

 

「アラン……」

 

「気にすんな。たいして効いちゃいねえよ」

 

 アランはそう強がり、微笑んだ。それを見たジゼルは一気に涙があふれ、くずれ落ちるようにしてアランへ飛び込んだ。

 

「おっと」

 

「私……私は……!」

 

 ジゼルはアランの胸にすがり、嗚咽をもらして泣きだした。アランはしばし悲しげに目を細め、それから優しく抱き寄せた。

 

「悔しいっ……悔しいよ。なんでこんな事に……ッ!」

 

「大丈夫だ。好きなだけ泣け。そんで落ち着いたら、みんなで帰ろう。大丈夫、みんな一緒だから、ゆっくりでいい」

 

「……ぐすっ……うぅ……えぐ」

 

「よしよし……」

 

 普段のジゼルがめったに見せない、悲痛に泣きじゃくる姿。その彼女の頭をなでてやりながら、アランは穏やかに呼びかける。

 

「なあ、こんな事がいつまで続くはずないんだ。きっといつか……バカげた偏見なんて無くなる。それまでの辛抱だ」

 

「……いつか、なんて……」

 

「いつかだ。信じようぜ。俺も、俺たちも信じるから。な?」

 

「…………」

 

 それからしばらく、ジゼルは泣き通しだった。ダニエルやルナがなぐさめても、なかなか笑わなかった。

 

 ……いつか、彼女が真に笑えるように。寄り添ってやりながら、アランはそう願わずにいられなかった。

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