獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】 作:ごぼう大臣
「なに、依頼が受けられない!?」
「はい、申し訳ありませんが他を選んでください」
ある日、いつものギルドのカウンターにて、仕事の依頼書をもったジゼルが驚いた声をあげた。真ん前にいた受付嬢は困った表情で深く頭を下げている。
ジゼルのそばにいたアランがとまどい、受付嬢にたずねた。
「……どういう事だ? 金額も危険度も、いつもとそう変わらないと思うんだが」
その依頼書は、アランたちが過去にも受けていた平凡な内容だった。全く思いもよらない事であり、ジゼルも眉をよせて受付嬢へ詰め寄る。
「何かあったのか? 掲示板にも普通に貼ってあったんだぞ」
「それは……その、ちょっと事情がありまして」
「だから、その事情を聞いてんだ!」
「ジゼル、そうはやるな」
ヒートアップしかけるジゼルを、アランがなだめる。しかし、彼も納得しかねているようであった。不可解と言いたげに見つめてくる二人に、受付嬢はふと口を開く。
「……実は……これは事務所内で話していたんですけど……」
「……なんだよ?」
じれったそうにジゼルが耳を近づける。受付嬢は周りを気にしながら、その耳にそっと打ち明けた。
「……お二人とも、昨日この近くで、カレナ教の方と言い争いしませんでしたか?」
「カレナ教……?」
「…………あっ!!」
いつの間にか顔を近づけていたアランが大声をあげる。それに鬱陶しげな顔をするジゼルをよそに、彼は受付嬢へと答える。
「そうだ、確かに神官と揉めちゃったっけか」
「やっぱり……その後になって、神官さん方が何人か来たんですよ。狼の獣人を連れた青年が登録していないかって」
「わ、私も? 何のためにそんな真似すんだよ!?」
「その方たちが言うには……アランさんたちへの依頼を、しばらく制限しろと」
「制限ん~?」
ジゼルがげんなりした声を出す。一方で、アランは額をおさえて悔やみだす。
「しまった……まさか嫌がらせまでしてくるとは」
「なんでそこまで目の仇にされなきゃなんねーんだ! アランだって、別に教会じたいは悪く思ってないんだろ!?」
「教会全体としちゃそうだけど……向こうにも派閥とかがあるんだろう。獣人ぎらいなグループに目をつけられたってワケだ」
「うわ~、人間って面倒くせ~……」
ジゼルはカウンターにもたれ、深いため息をつく。それを気の毒そうに見つめていた受付嬢は、遠慮がちにこんな勧めをする。
「……いちおう、安い依頼なら大丈夫そうですが」
「安いのって何だよ?」
「えっと、街のゴミ拾いとか、草むしりとか……」
「……昔はよくやったけどよ、それだけじゃなぁ……」
「まあ確かに、そうとう忙しくやらないと飢え死にだろうなぁ」
受付嬢のアドバイスを聞いても、展望は暗かった。理不尽に仕事を妨害されたストレスがつのり、ジゼルはつい受付嬢へと食ってかかる。
「だいたい! そんなイチャモン、ギルドの方で断ってくんねえか? 犯罪やらかしたワケでもないのに」
「そうは言いましても……ギルドには教会からの依頼もありますし、こちらとしては顔を立ててあげなきゃいけないんです」
「その教会のヤツは、ギルドメンバーの獣人までコケにしてんだぞ! 運営はどうなってんだ、運営は!」
「わ、私に言われても困りますよぉ……」
「ジゼル、待てって! いったん落ち着け」
受付嬢が泣きそうになっているのを見て、アランがあわてて止めに入る。見ると周りでも何人かの冒険者たちがカウンターへと向かってきている。
「……とりあえずここは下がろう。受付で文句いってもしょうがない」
「はぁ……分かったよ。ごめんな」
アランに背をおされ、ジゼルは受付に謝りようやくその場を離れる。アランはその時、ギルドに集まってきている冒険者たちを眺め、頭の中で策を練っていた。
――
「……で、考えはあるのか?」
ギルド内の酒場で、アランと向かい合って座りながらジゼルはたずねた。彼女の手元には一杯のエールが置かれている。
アランは肘をつき、アゴを手に乗せ、少し沈黙する。そして「ああ」とうなずいた。
「手はない事もない……。100パー確実とは言わないがな」
「じゃあ教えてくれよ。もったいつけずに」
「その前に、そのエールはどうした?」
「今のうちに飲んでおきたいから勝手に買った。節約するハメになったらおあずけだもんよ」
「そうか……」
自分の酒代だけはちゃっかり使うのか、とアランは落胆しかけたが、愚痴は言うまいと勢いよく首を横に振る。今は節約せずに済む方法を考えねばならないのだ。
無くなるのを惜しんでかチビチビとエールを飲むジゼルへ、アランは咳ばらいを一つして言う。
「……パーティーを組めば、活路はある」
「パーティー? 祭りか?」
「違う。冒険者どうしでグループをつくるんだ」
ずっこけそうになりながら、アランが訂正する。いまいち分からないという顔をするジゼルへ、続けて説明する。
「いつもは二人でやってるが……今は俺たちへの依頼は制限されてる。だが、他の冒険者なら高い仕事も受けられるかもしれない。それに協力するんだ」
「それだってギルドに止められるんじゃねーの?」
「心配ないさ。組んだら有利になる依頼、ってのは沢山あるからな」
アランは自信ありげに言った。実際、それは現実味のある作戦だった。
というのも、元から寄せ集めのメンバーで構成された冒険者ギルドには、足並みそろえた実力というのが期待できない。代わりに、さまざまな経歴を持つがゆえに一芸にひいでている場合が多い。剣術、弓術にはじまり、動物の解体の知識や薬学など、その気になれば幅広い人材を期待できる。獣人に関しても、嗅覚がするどい、夜目がきく、水中で活動できるなど人間にはない長所を一つは持っているのだ。
そうしたメンバーが得意分野を生かし、依頼に合わせて協力しあうようになってくれれば、ギルドの利益も信用も段違いに増える。そういうワケで、メンバーどうしで組むというのには運営もなかなか口出しできない慣習があった。
「アランはそういう経験あるのか?」
「いや、無い。俺は二人きりでいるのが気に入ってんだ」
「……私は気に入ってねーぞ」
「そんなツンケンしてるから人が寄ってこないんだぞー? 二人で組む前だって、苦労してたろ」
「よせよ、昔の話は」
「まあそのおかげでジゼルと組めたし、俺は別にいいんだけどさ」
「よけいなお世話だ」
照れ隠しのように言って、ジゼルは手元のエールを一気にあおる。そして飲み干してからしまったという表情をしていると、彼らにふと何者かが声をかけてくる。
「あの……すみません」
それは男の声だった。アランたちがそろって振り向くと、そこには黒いローブを着た二人の人物が立っていた。
一人は背の高い青年。もう一人は小柄で、ローブのフードを脱ぎもせずに薄い笑みをうかべている。
「……どちらさん?」
アランがかすかに警戒しながら尋ねると、青年の方が口を開いた。
「アラン・エローさんにジゼルさんですね? あなた方にお願いがあってきました」
その二人組は、一人が背の高い青年。赤い髪を首までまっすぐに伸ばし、長い前髪の下で真面目そうな切れ長の目が光っている。表情には笑みをうかべていても、どこか抜け目のなさそうな雰囲気があった。
隣にいるもう一人は小柄で、青年の腹に頭が届くかどうかという背丈だった。線の細さから女のように見えるが、フードをかぶっているのでハッキリとは分からなかった。
アランがその姿をちらと見て、短く聞き返す。
「お願いって、俺たちに?」
「はい、突然ですみませんが……僕たちと組んでいただけないでしょうか?」
「組む?」
アランは思わず聞き返した。ついさっき、パーティーを組める相手が要ると話したばかり。好都合ではあるが、あまりにタイミングの良すぎる申し出でもあった。
アランがとまどっていると、ジゼルが口をはさむ。
「……その前に、お前らは誰だよ」
その口調はややとげとげしかったが、青年は嫌な顔ひとつせずに答えた。
「申し遅れました。僕はダニエル・グラニエ。冒険者ギルド所属の魔法使いです」
「つい先日、中級に上がったんじゃ」
青年、もといダニエルが自己紹介すると、隣にいた者が自慢げに付け加える。その声からしてやはり女性のようだった。
しかしその声色よりも、アランたちにとってはダニエルたちの発言の方が気になるらしかった。ガタンと席を立ち、二人へ質問をしだす。
「魔法使い……君が?」
「はい。まだまだ未熟者ですが」
青年もといダニエルはローブから杖を取り出してそう言った。一見もうしわけ程度に装飾がついただけの、1メートルほどの木製の杖。だが、それがとんでもない力を発揮するのを、アランは知っているのだ。
魔法、それはアランの使う避妊魔法ももちろん当てはまるが、一般に魔法使いと称する者のそれはスケールが違う。
自分の体力を、魔法を使うための"魔力"に変え、炎を撃ち出し、あるいは雷を落とし、氷を出現させる。接近戦が苦手などの欠点はあるにせよ、その存在は戦いにおいて重宝される。
アランは剣、ジゼルは爪に体術と物理攻撃がおもな二人にとって、まさに弱点を補ってあまりある人材であった。加えて……。
「中級……ってのは」
「分かるじゃろ。冒険者のランクの話じゃ。こないだ初級から上がった」
「俺らより上、か……」
女性の方が相変わらずフードをかぶったまま答える。それを聞いて、アランはますます興味をひかれた。
冒険者というのは、あるていど依頼に合った実力を保証するため、いくつかにランク分けされている。初めは初級、上は中級、上級、特級と続く。
活動して一年のアランたちはまだ初級だった。しかしそうなるとダニエルたちが頼もしいと同時に、怪しさが出てきてしまう。
冒険者としてのランクが上がれば、やはり依頼の危険度も上がり、それに伴い報酬も増える。しかしランクが下の者と組むとなれば、足を引っ張られる可能性が増え、報酬の取り分も減る。だいいち、万が一を防ぐために依頼のハードルは低ランクに合わせる決まりになっているのだ。
一見してダニエルたちにメリットは皆無。そこを問いただそうとしたアランだったが、それより先にジゼルが前へと進み出る。
「待てよ。まだそっちの名前を聞いてないぞ」
「ああ、こちらは……」
ジゼルが小柄な方を指さすと、ダニエルが隣へ手をさしのべ、代わりに答えようとする。
しかし、ジゼルは鼻をクンクンと利かせてそれをさえぎった。
「……人間じゃないよな。……顔を見せろよ」
「ジゼル、そんな言い方」
「血の臭いがする。なにもんだ? お前」
アランが止めるのもかまわず、初対面の相手へ警戒心をにじませるジゼル。しかしダニエルも隣も、苦笑いして顔を見合わせただけだった。
そして、ついに女性がフードに手をかける。
「これは済まなかったな。名乗るのを忘れておった」
そう言ってフードがばさりと取られ、ついに彼女の素顔があらわになる。その瞬間、ジゼルはかすかに驚いた顔をした。
そこには、白くみずみずしい肌を持ち、端正な容姿をした13、14あたりの少女がいた。きめ細かい金髪を左右で二つ結びにし、つり目がちな赤い瞳を不敵に細め、口角を上げ歯を見せて笑っている。その真っ白な歯は、人間のそれと違って鋭くとがっていた。
「ワシの名は"ルナ"。コウモリの獣人じゃ」
勝ち気に笑ってアランたちを見つめる少女、ルナ。あどけなさの残る声に二人が意外そうな顔をしていると、ダニエルが横から言う。
「コウモリの習性か、元は夜行性でして……光が苦手なんです。よけいな不安を与えてすみません」
「……なら、血の臭いがしたのは?」
「祖先に、別の大陸の吸血する種族がいたらしいんです。今でも僕にかみつくクセがありましてね」
「パートナーのくらい良いじゃろ。たまのぜいたくじゃ」
ルナが悪びれもせずに言うと、ダニエルは苦笑いする。その様子を見ながら、ジゼルはなんともばつが悪そうな顔をしていた。
アランがそっとジゼルの背を押そうとすると、彼女がそれより早く進み出て、言った。
「……すまん」
「お? どうした」
「その……事情も知らずに怪しんじまって」
かがんで、ルナの目を見つめて頭を下げるジゼル。自分から謝罪したのにアランがひそかに感心していると、言われたルナは無邪気にケラケラと笑う。
「なんじゃそんなもの。ワシは寛大じゃから安心せい」
「……はは」
ルナはジゼルの頭をなで、それから気になるのか獣耳をくいくいと弄りはじめた。ジゼルは楽しげな相手の顔を見つめ、抵抗ひとつしない。
その様子をほほえましそうに見ながら、ダニエルが口を開く。
「……打ち解けてくれたようでなによりです」
「ギルドには大人っぽいヤツしかいないからな。自然と情がわくんだろう」
「あの愛想をちょっとでいいから俺もほしいよ」などと言って肩をすくめるアラン。しかし彼はすぐに真面目な顔になり、ダニエルへ問う。
「……なぁ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何です?」
「どうしてわざわざ、俺らと組みたいんだ? 忘れてたら悪いけど、今日が初対面だと思うんだが」
アランの質問に、ジゼルも振り向く。ダニエルは「ああ」と一つうなずくと、何故か照れくさそうに目をそらす。
「実は……ですね」
「ンだよ、早く言えよ」
「ジゼル、せかすなって」
ジゼルをなだめつつ、答えを待つアラン。少しして、ダニエルがアランを見つめ、顔をかがやかせて言った。
「実は昨日、感激したんです。アランさんの言葉に」
「感激ぃ?」
ジゼルが片眉を上げるのをよそに、アランはふと思い当たる。
「昨日って……カレナの神官と揉めた時か?」
「そうです! それです!」
ダニエルは勢い込んで強調する。真面目そうだった顔がいつの間にか子供のように無邪気になっていた。
アランとジゼルがとまどっていると、今度はルナが口をはさむ。
「『自分で責任を持って生きている限り、人は堕落なんてしない』……お主らが言った事が、よほど響いたようじゃぞ」
「ああ……あれは別に、勢いで」
「ご
「え? お前ら、付き合ってたの?」
「はい!」
意外そうなアランの声に、ダニエルは爽やかにうなずく。その隣に立つルナは背丈もかなり違い、ダニエルが20歳だとしたらそれより6、7も下に見えるのだ。まるで兄妹か親戚のような二人を交互に見つめ、アランはしばし言葉を失う。
「まあ……恋愛の形は色々あるよな」
「そうですよね! 教会のいう清廉な愛ばかりが、男女の愛じゃないんですよ!」
「お、おう。お前、顔が近いって」
見当ちがいな解釈をしたダニエルは、笑みをいっぱいにたたえて熱弁する。ルナもその様子を面白そうに見つめているのを、ジゼルは温度差のある表情で眺めていた。
「で、どうするよ?」
ジゼルがアランへと詰め寄る。アランは少し考えた後、軽く笑って答える。
「いいんじゃないか。断る理由もない」
「でも幻滅させちゃ悪いぜ。仕事するお前を見て、どんなにガッカリするか……」
「なんでガッカリする前提なんだよ。大丈夫だ、信用しろって」
「……へいへい」
ジゼルがおざなりにうなずくのを見て、アランは苦笑まじりにダニエルらへと振り向く。
「決まりだ。パーティー結成といこうぜ」
「やった! よろしくお願いします!」
「ふふ、まあ頼りにしておくがいい」
「……じゃ、さっさと依頼を決めようぜ。早くしないと取られちまう」
ジゼルはさっさと依頼書の貼ってある掲示板へと近寄る。そこへダニエルが駆け寄り、横から口をはさんだ。
「依頼の内容は慎重に決めましょうね。報酬、目的はもとより、場所によっても、用意するものは違いますから」
「ん、ああ……」
「たとえ難易度は低くても、遠ければ時間を食いますし、特殊な道具を買わなければいけない依頼もあります。そうなれば報酬の額も、差し引きゼロに近く……」
「あぁーもう分かった分かった。少しゆっくり見させてくれよ」
あれこれ細かくアドバイスするダニエルを、ジゼルは鬱陶しげに手で払う。すると今度はルナが口を開く。
「それと、できれば夜にこなす依頼がいいのう。太陽があるとどうも調子が出ん」
「じゃあまとめると……んー、なるべく近くて準備が簡単で金が入って、その上で夜が本番だといい……と」
「いやいや、夜が第一じゃ。もしワシが活躍できなければお断りするわい」
「……ま、一応さがしてみるけどよ」
ルナの要望を受け、アランも掲示板へと目をこらす。そんな彼へ、ジゼルがこっそりささやいた。
「……上手くいくと思うか?」
「心配してもしょうがないさ。人が増えれば、やり方だって変えていくもんだ」
「なんだか調子くるうぜ」
不安とやる気が半々といった表情で、アランとジゼルは依頼書を見て回る。その後ろで、ダニエルたちが相変わらず細かく色々な助言をしていた。