獣人と日々を歩む冒険者 ~清くも正しくもないが、信頼はある~ 【完結】   作:ごぼう大臣

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彼らは地下格闘技場で、思わぬ怪物と遭遇する。 前編

 

「のうジゼル。豚と牛ならどっちが好きじゃ?」

 

「うーん……今あんまり関係なくね?」

 

「何を言っとる! 今この場で戦っておるじゃろうが!」

 

 ある日の夜。街の広場でルナとジゼルが並んでしゃべっていた。そばにはアランとダニエルもおり、その周りには人間も獣人もいっしょくたになった群衆が何十人もいた。

 その群衆は輪の形になり、そろって中心の()()()()を見つめている。アランやダニエルたちの視線もそこを向いていた。ルナの視線は、ひときわ熱心だった。

 

「ハッ、ハッ! ハァッ!!」

 

「フゥンッ!! グッ……!」

 

 皆が視線をそそぐ中心には、四角形の台座の四辺にロープを張ったボクシングのリングがあった。その上では二人の選手が汗と血を流しながら殴りあっている。

 一人は色白で丸々と太り、小さな三角形の耳を垂らした豚の獣人。もう一人はこちらも色白で牛の角(先は切って丸めてあった)を生やした牛の獣人だった。

 豚と牛の戦いの激しさは留まるところを知らず、観客は半径何十メートルもある広場いっぱいに聞こえるほど歓声をあげていた。

 

 その戦いを翼で浮きながら見つめていたルナは、ふと胸をはって他の三人へ体を向けた。

 

「どうじゃ、来てよかったじゃろ? 久々の地下格闘技」

 

「ええ、まぁ……」

 

「ルナ、すっかり機嫌が直ったなぁ」

 

(一番来たがってたのコイツだもんな……)

 

 ダニエルやアランが愛想笑いを返す中、ジゼルは内心でやや苦笑いしていた。

 

――

 

 ……事の起こりは、3日ほど前である。あのジェーンとの一件があり、ジゼルと同じようにルナも落ち込んだ様子を見せていた。

 仕事は一応やる気を出すもののどこか無理した風で、ダニエルなどは気弱そうにそれを気遣ったりしていた。

 そんなある日、ルナが突然思い出したようにアランたちへ言ったのだ。

 

『そうじゃ! もうすぐここに、また"ビースト"の連中が来る!!』

 

『ビースト?』

 

『あの地下格闘技の団体じゃ! ほれ、一度見たじゃろ!』

 

『あー……』

 

 獣人の選手たちが各地を回り、街の民衆の前でボクシングをする地下格闘技。一度見たその団体が、再びこの街に来るというのだ。

 ルナいわく"気を落としてうっかりしていたらしい"が、思い出すやいなや彼女はみるみるテンションを高くして言った。

 

『お主ら、また試合を見ないか!? ドミニクやキースの様子も気になるじゃろ!?』

 

『えー……でもまた急だなぁ』

 

『僕は行きたいです! あの雰囲気は興味ありますし』

 

『私も。また反則がまかり通ってねえか、確かめないとな』

 

『……じゃ、四人で行くか』

 

 そうして、アラン、ジゼル、ダニエル、ルナと以前と同じ四人組でまた試合を見に行こうという事になったのである。

 

――

 

「ふーむ、見ごたえのある試合じゃった!」

 

 3ラウンドに渡る試合が終わった頃、ルナは興奮した口ぶりでつぶやいた。頬を紅潮させて向ける視線の先では、ちょうど決着をつけてたたえ合う選手たちの姿があった。

 両者が抱き合うと、健闘をたたえる声が辺りに満ちる。それをひとしきり惚れ惚れと見つめた後、ルナはまた仲間たちへ振り向いて口を開いた。

 

「なっ? 面白いじゃろ、ボクシング!!」

 

「ふふ。まったくですね」

 

「ルナ、お前ちょっと顔が近いって……」

 

「ダニエルといい、興奮するとこうなるんだなぁ……」

 

 満面の笑みで全身を震わせ、同意を求めるルナ。ダニエルはにこやかに頷いていたが、アランとジゼルはやや愛想をつかっているところがあった。ルナほどには目の前のボクシングに熱中していないが見てとれる。

 しかしルナはそれを気にせず、リングに目を戻してうっとりと言う。

 

「いやぁ、感無量じゃ……。こうして反則行為もなく、色んな選手が活躍しとるんじゃからな」

 

「ルナのヤツ、本当にうれしそうだな」

 

「ジゼルさんのおかげですよ。体を張って反則した選手を止めたんですから」

 

「やり方は荒っぽかったがな」

 

「うるせーな。大した事してねえよ」

 

 ジゼルが以前、運営の言いなりになっていた一人の選手を皆の前で殴り倒した事がある。それは格闘技団体を今のように改善するキッカケにはなったが、ジゼルは照れたようにそっぽを向くばかりだった。

 ただ。

 

「……けど、ルナがこんなに喜ぶなら、やってよかったかもな」

 

 ジゼルはすぐそばのルナをちらりと見る。試合後の選手から目をはなさずに拍手を送るルナの姿に、ジゼルはいとおしげに目を細めた。

 彼女にしてみれば試合が見られる事より、ルナが立ち直れた事の方がうれしいのだろう。アランやダニエルも同じような穏やかな目でそろってルナを見つめていた。

 

 ところが、そのうれしそうだったルナは不意に眉間にシワをよせると、腕組みをしてこんな事を言った。

 

「しかし、クリスやケネスたちも来ればもっとよかったがのう」

 

「あー、アイツらか」

 

「そうじゃ、ケネスやナタリーは血を見るのが嫌だと言うし、クリスとリリィは興味が無いと……」

 

「そりゃしかたねえさ。好きなヤツばっかじゃあるまいし」

 

 誘っても来なかった面々を思い出し、口をとがらせるルナ。アランが笑いながらなだめると、ダニエルも続いて口を開いた。

 

「好き嫌いってありますからねぇ。正直僕も出血に慣れるまでけっこうかかりましたし」

 

「むー、面白さが分かれば皆ハマると思うんじゃがのう」

 

「まあまあルナ。考えは人それぞれさ」

 

「嫌々で試合見て『やっぱりつまんね』とか思われたら本末転倒だろ」

 

 ふくれっ面のルナをそろってなだめる他の面々。しかしルナはそれでもガマンできずに語気を強めてこう語りだした。

 

「ボクシングというものはな、筋書きなぞありゃせんのだ! 最後までどうなるか分からぬ、実力のみがモノを言う場じゃ。それじゃ足りぬというのか!?」

 

 ムキになって熱弁するルナ。それを見てアランたち三人はつい目線をかわす。

 意固地になるルナの様子は、見た目だけなら子供のような可愛らしいものだったが、いつまでもこの話題を続けてもし白けてしまっては試合を見に来たかいもない。

 

 そんな時、ちらとリングの方角を見たダニエルが、だしぬけに指をさして言った。

 

「あ! ルナ、ドミニク選手がいますよ!」

 

「なぬっ!?」

 

 それを聞いたルナはパッと表情を変え、ダニエルの頭上まで飛ぶと彼の頭を上から押さえたままリングを見た。そしてそこにいる選手の姿に歓喜する。

 

「おおっ、見ろ! ドミニクがおるぞ、ホラ!」

 

「おお、いっぺんに表情が変わった」

 

 リングの中央に立つ、筋肉質で日焼けした獣人。それこそが団体の看板選手でありルナの"推し"でもあるドミニクだった。それを見たとたん、ルナはみるみる上機嫌にもどっていく。

 

「やったー、これが一番見たかったんじゃ! ホレ、お主らも見逃すな! メインイベントじゃ!」

 

「はいはい、分かってるって……」

 

 先ほどの不機嫌はどこへやら。大喜びでドミニクを見るルナの姿に、アランたちは苦笑しつつも頬をゆるませる。やはり明るい表情の方がルナらしい。三人とも言葉にしなくともそう思っていた。

 ほどなくして、ドミニクともう一人の選手がリングに上がり試合開始がせまる。そうなると観衆も歓声をあげ、ルナも同じように熱中して頬を紅潮させた。

 

「いっけードミニク! さらに強くなったところを見せろ!」

 

 ルナがめいっぱいの声援を送ると同時に開始のゴングが鳴る。そこからは観衆も固唾をのみ、勝負のなりゆきに注目しだした。

 ルナをふくめ、大勢が戦いに注目する。その光景を見て、ジゼルはやはり以前に体を張ってよかったと思えた。

 

(面白さは人それぞれにしろ、やっぱ反則はさせちゃダメだよなぁ……うんうん)

 

 試合を見るのもそこそこに、ジゼルは一人で感慨に浸りながらボンヤリ周囲を見た。すると、その視界にふと知っている顔を見つける。

 

(……おや)

 

 目についたのはその髪型。頭頂部を残してキツく剃りこみ、残った髪がツンツンと上を向いている。ドミニクと比べて細身で、灰色の丸い獣耳と黒ぶちの入った尾をもつ獣人の男。

 ジゼルはその男の名を知っていた。キースという名で、目の前の団体にいてかつて反則を繰り返した選手である。

 その彼が、リング脇で観衆にまじって一人たたずんでいた。目はリングを見つめているものの、その目つきはボーッとして姿勢もどこか頼りない。その姿がジゼルにはなんだか気になった。

 

「…………」

 

 彼女が横を見ると、アランたちは相変わらず目の前の試合に集中している。それを確かめたジゼルはそっとその場を離れ、キースの元へと向かった。

 

「…………」

 

「ようキース。元気か?」

 

「わっ!?」

 

 軽く声をかけて肩をたたくジゼル。するとキースは我に返ったように驚いた顔で振り向いた。それからジゼルの顔を確かめ、不機嫌そうにため息をつく。

 

「なんだお前か……。ビックリさせんなよ」

 

「そんなに大した事してないだろ。なんかショボくれてるから声かけてやったのに」

 

 ジゼルは笑みを作りながら言う。以前にキースと会った時よりは柔らかい態度だった。その態度のおかげか、キースはやれやれと陰気な表情ながらも口を開く。

 

「……ちょっとな。運営の連中と折り合い悪いのさ。ま、こっちの話だ」

 

「運営って……あれか、お前に反則をやらせていたヤツらか」

 

「そうそう。そういうクソみたいな幹部と亀裂が入ってんの」

 

 キースは肩をすくめて言った。

 ジゼルが初めて試合を見た時、キースは人間もとい運営の一部に言われて反則をくり返していた。そうする事で試合が盛り上がったり、また運営に不都合な選手がケガをさせられたりするワケだ。

 ジゼルたちと色々あって結局キースは反則に懲りたのだったが、そのせいでもともと反則をやらせていた者たちとは対立しているというところだろう。

 

 それを聞いて、ジゼルがあちゃーと口元を押さえた。

 

「あ、悪ぃ……私のせいか」

 

「かもな。でも俺は気にしてねえよ。もともと他の選手たちからは嫌われてて……けど言いなりになるのをやめてから、マシになってきてるんだ」

 

 キースは少しばかりスネた様子を見せたが、すぐに笑顔になって礼を言う。

 しかし、彼はそれから少し離れたリング脇のある一点に視線をうつした。

 

「ただ……」

 

「ん?」

 

 キースがなにやらつぶやくのを見て、ジゼルも彼の視線の先を見る。そこには、白シャツにチョッキ、下はキュロットというややフォーマル気味な格好をした大柄な男が、キースと同じように沈んだ様子で椅子に座っていた。運営用の長机に目を落とし、試合を見ようともしない。

 ジゼルがその妙な人間をいぶかしげに見つめていると、キースが横から説明した。

 

「あの人、ビリーさんって言ってな……。ちょい前まで、俺によく目をかけてくれてたんだ。まあ今じゃ、さっき話したように仲悪いが……」

 

「なんか暗いなぁ。運営の方針が変わって肩身せまくなったか?」

 

「多分な……俺も今さら元のやり方をする気はないが、ちと心配でよ」

 

「いい機会じゃねえか。このまま縁切っちまえよ」

 

「そうはいかねえよ。相変わらず顔はいつも合わせるし。それに……」

 

 キースはそこでいったん言葉を切り、ややためらった口調で言った。

 

「……ここだけの話、最近おかしいんだ。ビリーさん」

 

「おかしい?」

 

「『格闘技はエンタメだ』『獣人は頑丈なんだから反則しようが荒っぽい方がウケる』『真っ当な勝負なんかで客はついてこない』……とかブツブツ言って、ろくに話もしてくれなくなっちまった」

 

「大丈夫なのか? それ」

 

「分からん。だから心配なんだよ」

 

 苦い顔で答えるキース。ジゼルも話の内容に気がかりなものを覚えた。組織の中で方針が合わず、孤立する……。それが長期にわたれば、人によってはおかしくなるかもしれない。

 しかしそれはそれとして、選手を使い潰すようなエンタメなど長続きしないだろう、とは思うのだが。

 

 ともかく、目の前で悩むキースを放っておくジゼルではなかった。『ドミニクや周りに相談してみろ』とアドバイスしようとした、その時である。

 

「…………っ!?」

 

 ジゼルの視界の端に、ふと先ほどのビリーの姿が映る。彼女はそのビリーがなにやら変わった事をしているのを見た。

 他の運営陣は試合に集中して見ていないが、ビリーは片腕の袖をまくってそこにあるものをあてがっていたのである。

 ポケット大の筒状の形をした物で、上から押すタイプのポンプがつき、先端に針らしきものがある。

 

 注射器だ。それに気づいたジゼルは思わず目をこらす。注射器の内部には、遠くてよく見えないが液状の何かが。

 

「おい、あれ!」

 

「あん?」

 

 ジゼルが叫びキースが振り向いた時には、すでにビリーは液体を注射していた。腕に針を刺し躊躇なくポンプを押していく。

 一体何してるんだ。あの液体は何なんだ。ジゼルに続いてキースもその光景に危機感をつのらせる。観客が試合に目を奪われる中、二人は無言のまま数秒だけ混乱していた。

 

 そして、直後。

 

「うわあっ!?」

 

 ビリーが突如立ちあがり、手元の長机を音を立ててひっくり返した。周りにいた者たちが悲鳴をあげるが、ビリーは無視してズカズカとリングへ歩み寄る。

 

「な、なんだなんだ?」

 

「キース見ろ、あれ!」

 

 困惑するキースの横で、ジゼルがハッとした表情でビリーを指さした。よく見るとビリーの体が、少しずつ大きくなっていく。服の下から筋肉がみるみる膨れ上がり、いつしか鍛え上げられたような巨漢の姿となった。全身を包んでいた服が筋骨粒々な形に押し上げられ、胴体が分厚く、アンバランスなほどに肩幅が広がっている。

 それを見て、ジゼルもキースもあっけに取られていた。リングにいたドミニクたちもその異様さに気づき、観客たちからも少しずつざわめきが聞こえはじめた。

 

「ジゼル! それにキースも!」

 

 と、その時。ジゼルが離れた事にやっと気づいたアランがダニエルやルナとともに駆けてくる。あわてて振り向くジゼルへ、アランがとまどいつつ言う。

 

「……ありゃなんだ。なんかのショーか?」

 

「私が知るかい。キースは?」

 

「俺も知らん! ……あ、でも」

 

 否定してから、思い出したように何か言いかけるキース。ところがその直後、観客たちが驚きの声をあげた。

 アランたちが見ると、リングの上で巨大化したビリーが暴れていた。制止するドミニクやレフェリーたちを振り払い、リング床やロープに叩きつける。

 

「こらーっ! 神聖なリングで何をしとるんじゃ!!」

 

 ルナが怒りのヤジを飛ばす。しかしビリーはジロリとルナをにらむと、手元にいたドミニクの頭をつかむや、なんと片手で軽々と放り投げた。

 

「うわっ!?」

 

 迫り来る剛体にとっさに顔をかばうダニエル。すぐさまルナが飛び出してドミニクを受け止めた。

 思わずビリーをにらむルナ。しかしビリーはすでに、そばにいるもう一人の選手やレフェリーを殴り飛ばしていた。

 

「ウオオオラアァーッ!!」

 

「ぐわっ!」

 

「ぎゃあああぁっ!?」

 

 一人はアッパーカットを食らって吹っ飛び、もう一人は連打をあびて逃げるようにリングを出ていった。ここに来て観客たちもいよいよ騒ぎはじめた。

 それを呆然と見つめながら、キースは恐れのこもった声で言った。

 

「そういやずっと前に言ってた……。魔法使いの手を借りて、選手用のクスリを開発させてるって……」

 

「クスリって……まさかヤバいヤツじゃ」

 

「ああ。筋肉を無理やり増強させて、おまけに凶暴化させるって……そうすりゃスゲェ試合だらけになるだろうって……」

 

「それってドーピングじゃねえか!」

 

 アランががく然として言う。その間ビリーは興奮がおさまらない様子でおたけびをあげ、リングをうるさく踏み鳴らしていた。その時、運営席の方があわてて動き出す。

 

「ビリー! 貴様、何をしている!?」

 

 運営の一人がようやく問う。するとビリーはリングのロープをつかむと、観客全体に聞こえる声で叫んだ。

 

「はっ! この団体をメチャクチャにしてやるのよ! そして俺が一から作り直す!!」

 

「勝手な事を言うな! とち狂いおって!」

 

「興業は続けられているだろう! 何が不満なんだ!?」

 

「……分からんか?」

 

 反発する運営たちを、ビリーはギロリとにらみつける。気圧される運営たちへ、ビリーは吠えるように言った。

 

「俺は今まで、刺激的な試合をいくつも組んできた! ひじ打ち、金的、盛り上げるためなら獣人どもに何でもやらせた! そうして団体を大きくしたんだ!!」

 

「そ、それは昔の話だろう!?」

 

「ああ。お前らは俺のやり方にあっさり手のひらを返しやがった! おかげで試合はすっかりつまらなくなった!」

 

 ビリーが吐き捨てるように言うと、ルナの眉がぴくりと動く。ビリーはさらにこう言った。

 

「このままじゃ、団体はひよって衰退する! だから俺が殺し殺されるような戦いをするチームを取り戻すのよ!!」

 

「なっ……」

 

 ビリーの言い分に、ルナもその他も、多くの観客が嫌悪をおぼえる。向かって反感のこもった目が一斉にビリーへ向けられた。それに気づいたビリーがせせら笑う。

 

「なんだその目は!? 文句があるならかかってこい! まとめて叩きのめしてやる!」

 

「野郎っ……!」

 

 ビリーの言いざまに、ジゼルが思わず飛び出しかける。しかしそこでドミニクが立ちあがり、切迫した表情で言った。

 

「待て、ジゼル!」

 

「あ?」

 

「行くな。ヤツは危険だ! 投げられた時に分かった。相当な怪力だぞ」

 

 ドミニクの口調には、ウソが一切感じられなかった。その警告にジゼルも一瞬ためらったが、それでも意地になって言う。

 

「じゃあどうすんだよ、放っておけっていうのか!?」

 

「あの状態は普通じゃない。じきに元の姿にもどるだろう。そうしたら……」

 

「元にもどるまで、おとなしくしてくれる保障はあるのか!? 見ろ、どう見てもイキりまくってるじゃねえか!」

 

 そう言ってリングを指さすジゼル。そこではビリーがリング周りにいる客たちを挑発し続けていた。客も抗弁はするものの、徐々にビリーと距離を取りはじめている。

 何かの拍子にリングを出れば、今度は一般人である観客に手を出すかもしれない。

 

「放置はできねえ。私は行くぞ。第一あんな事言われて黙ってられるか」

 

「ワシも行くぞ! 楽しみにしていた試合を台無しにされたからのう!」

 

「や、やめましょうよお二人とも。危ないですって!」

 

 血気盛んにリングをにらむジゼルとルナを、ダニエルが横から止める。そうしている間にも、ビリーは客に向かって「怖いか腰ぬけ」、「四肢を砕いてやる」などと暴言を吐いていた。

 その光景と、近くのジゼルたちを見て、今まで黙っていたアランが不意にこう言った。

 

「しゃーねえ。俺が行くよ」

 

「へ、アランお前……」

 

「ジゼル、剣をあずかっておいてくれ」

 

「いやちょっと待て。お前……!」

 

 だしぬけに言ったアランに困惑するジゼル。しかしそんな彼女に携えていた剣を押しつけ、アランはリングの方へと歩き出した。

 その背中にドミニクとキースがあわてて声をかける。

 

「待て! お前は人間だろう!? なおさら危険じゃないか!」

 

「獣人よりひ弱なクセに無理すんな!」

 

 しかしアランは顔だけ振り向くと、サムズアップとともに笑って言った。

 

「……前回はジゼルにムチャさせたからさ、今度は俺が戦いたいんだ」

 

「アラン……」

 

 ジゼルがふっと胸を打たれたような顔をする。一方でアランは駆け出し、観客たちの間をすり抜けてリングに駆け上がった。

 ダァンッ! と勢いよく着地するアラン。その音に気づいて振り向いたビリーが、不敵に笑った。

 

「ほう……勇気あるネズミだな」

 

「いやぁ、仕事で干されたおっさんを放置するって可哀想だからさ」

 

 アランはファインディング・ポーズを取りながら軽口をたたく。するとそこへビリーが前触れなく迫ってきたかと思うと、大振りのパンチをくり出した。

 

「うひっ!?」

 

 アランは一瞬ひるんだが、ビリーのモーションがあからさまだったおかげでどうにか避け、背後に回り込む。そして向き直ってきたビリーへ両手をかざすと、アランは威勢よく呪文をとなえた。

 

放電(スパーク)!」

 

 直後、アランの手のひらから魔力の電撃がほとばしった。その閃光と痛みに、ビリーが思わず腕で防御する。

 

「むぅっ……!?」

 

「ははっ、ステゴロで勝負するワケねえじゃん。ま、剣は使わないから安心しろよ」

 

「……アイツ……」

 

 リング上でケラケラと笑うアランの姿を、ジゼルはあきれた目で見つめていた。しかし方法はどうあれビリーを止めようとするアランの出現に、場内がいっせいに沸き立つ。

 

「おぉーっ! いいぞ若いの! そのバカをさっさとブチのめしてやれ!」

 

「やっちまえ! 早く追い出せ!」

 

「やあやあ。どーもどーも」

 

 観衆の声に、アランは手を振って答える。それを見てビリーは不愉快そうな顔をしていたが、ふとニヤリと口角を上げ、鼻で笑う。

 そのしぐさにアランはとっさに向き直った。するとビリーの手には、また注射器が握られていた。

 気づいたアランが注射器を指さして叫ぶ。

 

「あ、テメェ! まさかそれがクスリってヤツか!?」

 

「そうともよ。これこそが俺の発案した禁断の秘薬……! 初めてで二本も打つとは思わなかったが……」

 

 しゃべる間にもビリーは自らの腕に再び注射針を刺し、液体を送り込んだ。そして液体が減っていくにつれ、その肉体にさらに変化があらわれる。

 膨れ上がっていた筋肉がさらに巨大化し、ボコボコと音を立てて肥大する。二本の脚は丸太のごとく、腰から上もミチミチと肉が張り、ついには上半身の服がビリビリとちぎれて飛び散ってしまった。

 最終的にビリーの肉体は身長まで2メートルを超すほどに大きくなり、目はつり上がってギラギラと血走っている。

 

「……うわ……」

 

 変わり果てたビリーを見て、あっけに取られながらアランがつぶやく。そんな彼を気にも留めず、ビリーは空になった注射器を握りつぶして言った。

 

「これが試合を最高のエンタメにする秘策……ドーピング・エンタメ・エキスだ……!

 

(や、ヤバいな……これちょっと死ぬかも)

 

 怪物そのものの見た目のビリーに見下ろされながら、アランは体がひとりでに震えるのを感じていた。

 

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